韓国の尹錫悦大統領は、「日本は何度も謝罪してきた」、「IAEAの科学的調査結果を尊重する」など、事実を話したり科学を否定しなかったりできる正常な人のように見える。

 そうであれば、韓国における今の反日教科書や反日教育を改善できる最後のチャンスかもしれない。客観性のない嘘(誇大表現)や作り話、一面的で偏った内容、未来志向ではなく恨みを持たせるような書き方や教育に対して、今の大統領であるならば不快に感じ改善しようと思うのではないだろうか。この点においても、日韓首脳会談で話し合ったほうがよいと思う。

 韓国は、真実や科学よりも洗脳された国民の感情が優先されるようなので、欧米水準のきちんとした教育を受けさせることが重要であろう。そうでないと、交渉事や条約締結などができない国となってしまうし、実際日韓ではそうなっている。まずは、韓国国民の教育レベル(客観性のある知識や道徳教育など)や民度を上げないと、何も始まらない。始めたとしてもひっくり返される。

 もちろん韓国国民が悪いのではなく、これまでの韓国政府の方針が悪かったということであろう。韓国国民もまた犠牲者なのである。

 博多祇園山笠で、「かき山笠」にひかれて男性が亡くなった。映像を見ると速いスピードで山車のようなものを引っ張るお祭りのようだ。

 他にも、時々死亡事故が起きるお祭りがある。そのようなお祭りは、命を売り物にしているとは思いたくないが、スリルや危険行為を一つの売り物にしているのは間違いないだろう。観客も何かを期待する野次馬と化し、正常なお祭りとはいいがたい。

 お祭りは、神をまつったり行事などを祝ったりするもので、危険な見世物ではない。そのお祭り全てをなくす必要はないが、つまずいて転んでもひかれる前に起き上がったり他人が助けたりできるスピードで山車を引いたり、喧嘩山車のようなもので山車と山車の間に挟まったら死んでしまうようなものはぶつけるふりをして実際はぶつけないようにするなど、皆が楽しく見られるようなものに変えていく必要があるだろう。

 ハラハラ、ドキドキを売り物にする命がけのお祭りは本来の趣旨から離れてエスカレートし、危険なエンターテインメントになってしまっている。

 ジャニー喜多川氏の性犯罪について、国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会が日本に来て、当事者への聞き取り調査に乗り出すことになった。

 本当に良かった。政治家もテレビ局も、調査を行うふりだけ見せて真剣に取り組まない。国民の記憶力の無さを利用して、このままやり過ごそうとしている。資生堂は、ジャニーズ事務所がまだけじめをつけていないとして木村拓哉氏のCM起用を撤回したが、NHKをはじめ全てのテレビ局はむしろこれまで以上にジャニタレを多く出演させるようになった。国民の感覚を麻痺させようとする戦略には気持ち悪ささえ感じられる。

 歴史に残る性犯罪事件が、政治家とテレビ局によってうやむやにされて終わるのだろうと残念に思っていたが、よく国連が乗り出してくれた。本当に感謝である。日本には自浄作用がない。なぜらならば、日本において絶対的な権力と影響力を持つ二大巨頭の政治家(作戦本部)とテレビ局(広報・洗脳部隊)が、不適切なことをやることが多いからだ。当然責任逃れをするために、もみ消すことに必死となる。この両者によって政治家やテレビ局が絡んだ社会問題や犯罪まがいの問題は、ことごとくなかったことにされてきた。この政治家とテレビ局の心を入れ替えさせるためには、外(外国)から厳しく叱ってもらう以外に方法はない。外圧に対しては、日本はすぐにシュンとなって言われたとおりに行動するのだから。女子サッカーW杯の日本でのテレビ放送問題のように。

 日本国内の犯罪を、海外の人によって調べてもらわないと何もできないとは、日本は本当に精神的に未発達な国だと思う。海外の多くの人々は、日本は文化も街も自然も人々も素晴らしいといって日本旅行にやって来るが、地域的な違いを物珍しく感じているだけである。日本は精神面において、法や哲学、民主主義の歴史がはるかに長い欧米の足元にも及ばない。

 多くのベテランジャニタレ達は、「何も言いたくない」と訳の分からないことを言って事を葬ろうとしているが、国連人権理事会はそんなことを許さずに、ジャニタレやテレビ局などに事件の真相を問いただし、黙認し犯罪を助長してきたすべての人と会社を法に照らして告発してもらいたい(ほう助の罪で)。

 反省なしに改善なし、反省なしに進歩無しである。政治家とテレビ局に存在する汚くて程度の低い古くからの慣習(癒着や忖度、詭弁、無視、責任逃れ等々)を無くすことができる最後のチャンスであろう。国連には徹底的に調査をしてもらいたい。

 今流行のカタカナ新語(ジェンダーや性的マイノリティなど)については専門家が集まってきちんと議論をし、国としての共通認識が必要だ。政治家とマスコミが国民に対して感覚的に押し付けるだけでは、国民は個別の事象において整合性をとることができず、すっきりとしていない。その中で激しい対立が起き、不毛な口喧嘩や非難の応酬が行われている。

 いや、そもそも共通認識なるものを定めることは可能なのだろうか。人それぞれに価値観に基づく優先順位がある上に、医学、生物学、社会学、環境学等の立場の違いによる対立も生じる。それらを総合的に調整することができるのだろうか。ジェンダーやマイノリティという価値観や概念は、世界的、絶対的に尊重されなければいけないというところからスタートしている所に問題があるように思う。疑いも反論も一切聞いたことがない。どのような結果になってもよいから、せめて専門家による議論だけは行ってほしかった。

 いずれにせよ、大切なことは他人に迷惑をかけない範囲内で服装や生活の仕方など自由に生きることを皆が認めあい、かつ、相手に自分の趣味や価値観を押し付けないということであろう。押し付けようとしたり、あえて認めさせようとしたりすると、そこから対立が生じる。私はユーチューブで歌舞伎町のライブカメラをぼーっと見ていることがあるが、様々な人種の人や奇抜な服装をしている人など多くの人々が街中を行きかっているが、誰も相手を見つめたり振り返ったりせず、まったく気にしないで歩いている。我関せずといった感じだ。見ていると、「いいなあ」と思うのである。

 学校でいじめられた子供が自殺をすれば、大きな問題となって警察も教育委員会も学校も社会も動く。しかし自殺しなければ放置状態、あるいは学校で気休めの指導を行う程度しか行われない。

 タレントのryuchell氏が亡くなった。原因は不明であるが、自殺したから原因について大きな問題となっている。自殺する前までは、局所的に不毛な対立はあったが、社会的には大きな問題になっていなかった。

 被害者が自殺するかしないかだけで社会の対応が大きく変わる。自殺するまでに生じていた現象は同じであるのに・・・。

 同じ現象があったのにも関わらず、人が死んだから解決に取り組む、だれも死んでいないから真剣に取り組まないというのは、おかしな話である。自殺者が出る出ないに関わらず、いけないことや不適切なことについては、国や専門家などが事前に対応したほうがよい。

 昨夜の歌の祭典も、司会から出演者までジャニーズタレント総出演となった。どの局の歌の祭典も、ジャニーズ事務所の広報番組のようだ。しかもジャニーズグループはみな大勢が出てきて同じような服装、同じような振り付け、同じようなテンポの歌なので、どの局の歌の祭典も必然的に似てしまう。そして、視聴者からの批判を避けるかのように、合間にジャニーズタレント以外の歌手や昭和歌謡を入れる。それをやるなら、むしろジャニーズタレントのみのほうが、狡猾さが感じられなくてよい。

 司会をやるジャニタレは、ジャニーズの中でもいつも地味な存在のタレントで、視聴者のことを考えずにまるで事務所の売り込みだけで決定されているようだ。そのようなタレントは喉だけで一生懸命声を出すから、声が通らずよく聞き取れない。

 もちろん、ジャニーズグループの歌がヒットしたから出演させるというのであればわかるが、ラジオをずっと聴いている私でも聞いたことがない曲ばかりだ。この部分に関してはジャニーズ事務所が悪いというより、出演者の最終決定権者であるテレビ局がジャニーズ事務所への忖度を貫いているためであろう。テレビ局が断ろうと思えば法的物理的にはできるのだから。

 テレビ局は、喜多川氏の性犯罪が表ざたになってから、ジャニーズ事務所との癒着(優遇)をやめることにしたはずではなかったのか。

 今日の「ヒルナンデス!」は、新聞を見たら友近氏の温泉巡りだったので見てみたら、ジャニタレが1人ついてきての2人旅だった。もちろんそれでさらに面白くなるのであれば誰でもいいのであるが、ジャニタレは普通のことを一生懸命話すから、帰れマンデー同様につまらなくなるのである。明るくて楽しい友近氏1人での温泉散歩旅を見たかった。なぜ正当な理由なくあらゆる番組に、そこまでジャニーズタレントを・・・。テレビ局は公平公正な態度で、視聴者のことを考えて仕事をしなければいけない。

 いずれにせよ、このまま被害者を多く出した喜多川氏の問題がしりすぼみになって、黙認してきたと思われるテレビ局とジャニーズ事務所に対して(ほう助の罪で)警察による捜査もなしに、今後も今まで通りジャニタレ一色の姿勢を続けさせることを許していいのだろうか。今回の事件が、内容や規模、期間においてどれほど大きな犯罪だったのか、テレビ局以外の新聞社や雑誌社などは追及し続けてもらいたい。正義が、政治家とテレビ局によって破壊される社会なんてだめだ。

 医学部付属病院に行くと、患者に対して驚くほど傲慢で攻撃的な医師に合うことがよくある(複数の病院において)。そして、それらの病院は残念ながらすべて偏差値の低い私立大学の医学部付属病院であった。私の場合に限って言えば、そのような医師に出会う確率は5割を超える。

 一方、複数の国立大学医学部付属病院にも行ったことがあるが、このような医師に出会ったことが1度もない。

 イメージとしては、偏差値の高い医学部付属病院の医師はプライドが高く威張っていて患者を粗末に扱い、偏差値の低い私立の医学部付属病院の医師はプライドがあまりなく謙虚で患者に寄り添うように思えるのだが、現実はその逆だった。

 なぜなのだろうか。考えも、その理由がよくわからない。

 ユーチューブに不適切な動画を上げた時、批判的なコメントのみ次々と削除するユーチューバーがいる。これは許される行動なのだろうか。

 もし自分の過ちを一切認めないスタンスで動画をアップしているのであれば、すべてのコメントを受け付けない設定にしなければいけない。嘘の世間的評価や動画の誤った正当性を意図的に社会に広め、多くの人を欺く結果となってしまうからだ。そして、多くの被害者を出し続けている動画(米国株関連動画など)は管理者の責任において、削除するか詐欺として警察に通報するのが適切であり自然なことではないだろうか。起訴の判断は、検察が法に照らして行えばよい。

 歯止めを作らず、犯罪めいたことを野放しにしておくことは、社会にとって良くないことだろう。

 

 戸籍上は男性(50代)のトランスジェンダーが、職場で女性トイレ使用を制限されたことを不当だとして国を訴えていた裁判で、最高裁判所は「制限は違法」との判決をだした。この人は女性と生活し、性別適合手術も受けていないという。この人が男性トイレに入ったら捕まるのだろうか。ひろゆき氏が言うように、風呂の場合も同じ判断になるのだろうか。ますます混沌としていきそうだ。

 今後、いっきにトランスジェンダーが増えないことを祈る。

 韓国のマスコミや国会議員が福一原発からの処理水放出について、非科学的に猛反対している。

 それに対して日本は静観している状況だ。ほおっておくということは認めることでもあり、認めればますます反対行動はエスカレートする。

 ロシアや中国、韓国を見てもわかるように、世界は言ったもの勝ちになるところがある。日本も、韓国や中国の放出状況や、現在最も客観的科学的な国連機関への反対(否定)がどういうことなのか、世界に主張し続けたほうがよいと思う。

 おとなしい者、弱い者をとことんやっつけたくなる国民性の国も世界にはいくつかあるのだろう。韓国への丁寧な説明も、反対行動をエスカレートさせるだけである。彼らの目的は別の所にあるのだから。徹底的に反論しながら、後は国連と一緒に着々と実行すればよい。どんなに科学的根拠を示しても正論を言っても、自分たちの思った通りにならないと反対するのだから、無駄である。無駄というより、相手のやり方に付き合ってしまうと、もっと悪い結果になる。

 どんな問題においてもこのようになるのだから、日本は韓国政府との関係を深めるのはやめたほうがよい。韓国の政権が今の野党に変わったとしたらどうなるかわかるだろう。また初めからスタートではなく、韓国は都合の良い所だけをとって、後は全部ちゃぶ台返しをする。今まで通り。結果、日本は不利になり、韓国は嘘を世界に広めながら日本を悪者にしようと必死になるだろう。それが彼らの生きがいであり、パワーの源となっている。なぜ、日本はそのような国と付き合わなければいけないのだろうか。本当に付き合うとしたら、韓国が反日教育をやめ、今の韓国国民が世代交代する50年位先のことである。それまでは、外交はやめたほうがよいのではないだろうか。一時的に信用したら、後に大きく持っていかれる。