今流行のカタカナ新語(ジェンダーや性的マイノリティなど)については専門家が集まってきちんと議論をし、国としての共通認識が必要だ。政治家とマスコミが国民に対して感覚的に押し付けるだけでは、国民は個別の事象において整合性をとることができず、すっきりとしていない。その中で激しい対立が起き、不毛な口喧嘩や非難の応酬が行われている。
いや、そもそも共通認識なるものを定めることは可能なのだろうか。人それぞれに価値観に基づく優先順位がある上に、医学、生物学、社会学、環境学等の立場の違いによる対立も生じる。それらを総合的に調整することができるのだろうか。ジェンダーやマイノリティという価値観や概念は、世界的、絶対的に尊重されなければいけないというところからスタートしている所に問題があるように思う。疑いも反論も一切聞いたことがない。どのような結果になってもよいから、せめて専門家による議論だけは行ってほしかった。
いずれにせよ、大切なことは他人に迷惑をかけない範囲内で服装や生活の仕方など自由に生きることを皆が認めあい、かつ、相手に自分の趣味や価値観を押し付けないということであろう。押し付けようとしたり、あえて認めさせようとしたりすると、そこから対立が生じる。私はユーチューブで歌舞伎町のライブカメラをぼーっと見ていることがあるが、様々な人種の人や奇抜な服装をしている人など多くの人々が街中を行きかっているが、誰も相手を見つめたり振り返ったりせず、まったく気にしないで歩いている。我関せずといった感じだ。見ていると、「いいなあ」と思うのである。