中国とロシアが、日本海で合同軍事演習を行う。

 一番心配なことは、演習での接触を利用して中国がロシアにミサイルや攻撃ドローンを大量に渡してしまうのではないかということである。

 西側諸国は、偵察衛星でそのような動きを把握できるのだろうか。できるとして、武器の受け渡しが把握できた場合、中国に対して西側諸国が一致して、二度と中国がそのようなことができないほどの強い経済制裁を出せるか、西側諸国の本気度が試される。

 9月に行われるバレーボールワールドカップは、いままで30年にわたってジャニタレがスペシャルサポーターを務めてきたが、今年は一切出演しないという。

 テレビ局は、歌番組もバラエティも旅番組も街歩き番組もドラマの主人公もニュースキャスターもレポーターも相変わらずジャニタレ一色で攻勢をかけてきているが、テレビ局以外ではようやくジャニーズ事務所との癒着(優遇)解消の動きがスタートした感じだ。

 開き直っているところは、国連人権委員会に任せたい。

 西村経産大臣が、「香港政府の対応について中国政府に意思疎通の場を設けるよう申し入れているが、まだ応じてくれていない」と会見で述べていた。

「くれていない」って、日本と中国は一体どういう上下関係なのだろうか。「まだ応じない」で、いいではないか。

 中国を強気にさせているのは、これまでの日本の態度が原因のような気がする。処理水の海洋放出についての中国の反応もそうだ。明らかに日本をバカにしている。中国は、相手が弱いと見たらとことんやっつけにかかるが、「手ごわい、強いぞ」と思ったら、無茶苦茶な行動には出てこない。

 しかし、もう手遅れであろう。すでに関係性ができあがってしまっている。

 関東は今日も猛暑日だ。ニュースで各地の様子を見ると、首に白いタオルを巻いている人が何人かいた。暑くなればなるほど、その人数が増える。

 特に猛暑の中、外で道路工事や建築などの仕事をしている人たちの中には、首にタオルを巻いる人がとても多い。

 危険なほど暑い時に、なぜ首にタオルを巻いて動脈(体)を温めようとするのだろうか。逆だろう。暑い時は、首やわきの下を冷やさないといけない。

 もし汗拭きのためにタオルを首に巻いているのであれば、首ではなくズボンの腰に挟むかベルトにさげておくか、あるいは頭などに巻いておけばよい。

 もっともやってはいけないことをやる人が増えるなんて、どういうことなのだろうか。

 中国や韓国野党は、「福一原発の処理水が安全というなら国内で飲めばいい」という。

 放射性物質トリチウムの年間排出量が、韓国では福一原発1つ分の2.2倍~3.3倍の原発が複数、中国が4倍~6.5倍の原発が複数ある。まさか、騒いでいる韓国や中国が安全ではない量のトリチウムを海洋に放出しているわけではあるまい。だからといって、中国や韓国に「自分たちが放出している汚染水を直接飲んでみて」というのは適切ではない。

 小学生でもわかることだが、日本が言う「海に放出しても安全だ」という意味は、世界保健機関の飲料水基準の7分の1に希釈した上で流すために放出後には海水と混じりさらに薄まるので、海産物への危険性はないということである。「じゃあ(処理水を)飲んでみろ」というのは筋が通らない。単なる屁理屈だ。そんな恥ずかしいことを一国の政府や政治家が世界に向けて言えるというのは、自分が何を言っているのか、本当にわからないのかもしれない。自分の理解力をさらけ出すようなものだ。かわいそうなので、誰か周囲の人が教えてあげたほうがよいと思うのだが・・・。 

 それにしても、中国は福一の6倍のトリチウムを海洋に放出して、本当に大丈夫なのだろうか。

 呼び方は悪口でも非難でも誹謗でも中傷でも何でも構わないのであるが、SNS上で誰かを不快にさせる書き込みがなされるということがある。むしろ、地球上のすべての人の知識や考え方、価値観、常識、好み、性格等々が異なるため、誰も不快にしない書き込みのほうが少ないかもしれない。もしかして、誰も不快にしない書き込みというものは全く無いのかもしれない。道徳的に良いことのように見えても、特定の宗教をやっている国の人からすると、その神の命に反するということも考えられる。

 さらに本質的なことを言うと、人間は自己中で人の悪口を言うこと(=自分を有利にすること)が遺伝子に組み込まれている。4歳位までの子供を見ていると、教えもしないのにその姿ばかりが見られる。自然界で動物である人間が生き残るために備わっているものなのだろう。それを家庭や学校での道徳教育によって抑え込む練習をするから、大人になると時々我慢することができるようになる。しかし、自己中や自分を有利にしたい(しなければ!)という思いのすべてを無くすことは絶対にできない。だから、主婦の井戸端会議や、学校での友達との会話、会社の給湯室など、あらゆるところで他人の悪口、非難といったものが行われている。

 このような人間の本質や実態を基に考えると、「SNS上だけには誹謗中傷を書いてはいけない」というお願いは、非現実的なことであろう。

 一般人による書き込みに対して、よく芸能人たちは「誹謗中傷だ」とネット上(時にはテレビやラジオ)で主張するが、それらも例外ではない。内容を見聞きすると過激なワードを用いており、私にはそれこそ誹謗中傷や煽りの類に見える。一見注意のように見えて、実は誹謗中傷合戦を自分がスタートさせている場合もある。

 このような環境の中において、誰かを不快にする書き込みを無くすためには、ブログやインスタ、HP、掲示板、口コミ、コメントなど全てのSNS上への個人の書き込み(考えや意見)をシステム的にできないようにするしかない。書き込みはいいが誹謗中傷だけダメというのは無理である。

 こう書くと「表現の自由」を認めないのかとなるのだろうが、法や秩序、人権を守るために適切な範囲を決めることは悪いことではない。30年前にはツイッターもインスタもなかったと思うが、誰も困らなかった。今は人間が欲張りすぎて、墓穴を掘っている感じだ。例えば70年前にはSNSなどなく、ネット上に個人の意見を書き込むということはなかった。しかし、表現を禁じていたわけではなく、投書したり選挙で意思を示したり、あるいは警察に通報したりなど、自分の意思表現はそれなりにできる環境だった。自由な表現が禁止されていたわけではない。今は、限度を超えて誰かが困るような表現が自由にできてしまう。それが可能なツールを生み出したからだ。だから、表現できる範囲(場)を決める(限定する)ことが重要であろう。乱獲や無計画な開発同様、何事もやればよいというものではないだろう。人間は、後先考えずに欲を出しすぎてはいけない。

 草津温泉の湯畑の北側にある白いビル(上に「シゲハラ」と書いてあるビル)が、あまりにも事務所ビルのようなそっけないビルで、非常に目立っている。

 理想は、積善館のような木造の建物があれば湯畑の雰囲気も一層よくなるが、コンクリートビルにするにしても形状や色を周辺の建物に合わせてもらいたい。あのビルの存在感はすごい。

 予算の関係で建て替えなどできないのであれば、せめて壁面の色や窓ガラスになにか工夫を加えてもらいたい。

 

 休日の朝ということで、NHKでは「相葉雅紀・宮崎美子 世界自然遺産を歩く」という番組が放送されていた。

 奄美大島で見たかったのであるが、朝から相葉氏は私はいいので、残念であるが見なかった。俳優さんなど、ジャニタレ以外の適任者はごまんといたと思うのだが。あえて言うなら、中堅までのジャニタレは表現力やアドリブが普通過ぎるし、地味すぎてオーラがない。司会もレポーターも旅番組のゲスト(いつも一人で浮いてしまう)も、適していないと思う。

 例えば、本上まなみ氏や綾瀬はるか氏などだったら、旅でのアドリブを聞いていても(うまく言えるか)視聴者が気を使わないで済むし、心地よく上手なアドリブで奄美を紹介してくれたと思う。

 そもそもなぜ番組名にベテラン女優の宮崎氏よりも前に相葉氏の名前が来ているのだろうか。

 今日の夜は、ジャニタレの「SONGS」で締めくくりだ。

 NHKのジャニーズ事務所忖度は、限度を超えて徹底している。もうたくさんだ。能力のある芸能人がジャニーズに集まっているのであればわかるが、どちらかというといないほうが番組がよくなる場合が多い。先日民放で放送された歌の祭典のジャニタレ司会者はグダグダだったと批判が多く集まっていたし、旅番組のゲストにジャニタレの1人が出ると話もできずに浮いてしまい、他のゲストたちや視聴者に気を遣わせる。例えば日曜の18時から放送されている料理番組には、バイキングの小峠氏、ハライチの澤部氏、ハナコの岡部氏が出演してとても楽しい番組であるが、なぜかそこにジャニタレの相葉氏が混ざり、「普通オーラ」を出して番組の面白さを軽減している。しかも、番組名が「相葉マナブ」だ。どういうことか訳が分からないが、テレビ局によるジャニーズ事務所への忖度(優遇)と考えれば、すべてが理解できる。

 国連人権委員会は、NHKを含めたテレビ局とジャニーズ事務所との関係についても、徹底的に調べてもらいたい。そうしないと、NHKも民放もジャニーズ事務所への忖度や優遇はやめない。特にNHKには、不公平、不公正な番組作りのために、国民はお金など払いたくない。

 フジテレビの「ボクらの時代」に、ダイアンという吉本芸人が出演していた。私は知らない芸人だったので、なぜ出演したのか不思議に思い、彼らについて少し調べてみた。

 そうしたら、今年のFNS27時間テレビの司会が、かまいたちと千鳥とこのダイアンという芸人であった。そしてこのダイアンは、千鳥ととても仲が良いということだった。

 すべてが一つにつながった。大きな番組の司会があるから下地作りとして(なぜ?という視聴者からの批判を恐れて)、あらかじめ「ボクらの時代」に出しておいたのだろうが、私は逆だと思う。活躍して有名になったから「ボクらの時代」に出られるようになり、さらに努力して歴代司会者のような人気者になったから27時間テレビのような局を代表する大きな番組の司会になれるのだと思う。

 関東では、連日猛暑が続いている。今日は埼玉で38度、前橋で39度の予想だ。

 外を歩いていると、直射日光が当たる所では肌が痛いくらいだが、日陰に入るとだいぶ楽になりホッとする。日向と日陰では、大きな違いがある。

 女性は日傘をさしているが、男性でさしている人はいないために、なかなかさすことができない。男性でも日傘を指せる雰囲気づくりを国として取り組んでもらいたい。

 たとえば、すでにどこかの市町村では行っているようだが、すべての小学生に日傘を与えて夏の暑い日の登下校時に太陽が出ている時には日傘をさすように指導し、それを中学まで続けさせ、大人になってからもその日傘を使う大切さを教えるというのはどうだろうか。併せて、公務員と政府のお願いに賛同してもらえる企業では男性も積極的に日傘をさすようにすれば、結構社会の雰囲気も変わっていくのではないだろうか。雨傘と違っておしゃれなデザインを多く出せば、個性も表現できて一つの文化としても楽しくなりそうだ。

 とにかく35度越えの時に直射日光にあたりながら歩くのは、とても厳しい。