ウエストランド、錦鯉、マヂカルラブリーなどM1チャンピョンだからテレビ出演が多いが、漫才以外で彼らを見て笑ったことがない。

 ミルクボーイやトレンディエンジェル、笑い飯など、もうテレビに出てこないコンビも多い。

 漫才(シナリオと演技力)と、お笑いの能力は別物だと認識させられる。

 例えば、ダウンタウンは普段面白いが、昔やっていた漫才は個人的にはとてもつまらなかった。シナリオや表現方法に問題があったのかもしれない。

 M1の第7回のサンドイッチマンあたりまでの優勝者は、現在もバラエティで活躍をしているコンビが多い。それまでの審査員や審査方法が、現在と違っていたのだろうか。今後、M1チャンピョンを決める時は、漫才そのものだけで判断せずに、お笑いのセンスや将来性も考慮したほうがよいとおもう。

 ストレートの悪口を延々と話すだけで全く面白くなかったウエストランドの漫才をみて、審査員たちはみな笑っていた。決勝戦でウエストランドに票を入れなかったのは大吉氏のみで、他の審査員がみなウエストランドに入れた時に大吉氏が「えっ」と驚きの声を上げたのが印象的だった。M1の審査員メンバーも非常に重要だ。

 とんでもない動画(嘘や多くの被害者を出すような動画)がアップされ、それに対して批判の書き込みがアップされると、その批判に対して「アンチだ」「クズだ」といった再反応が書き込まれる。そこから炎上が始まる。最初の正当な批判内における暴言は、あまり見たことがない。最初の批判に対する2番目の再反応から暴言や口喧嘩、炎上が始まることが多い。

 正当な批判をしたり嘘をやめるようにうながしたりするような書き込みを、「アンチだ」という言葉で否定して加害者を守ることは、いけないことである。社会から正当性や進歩が無くなってしまう。

 

 スポーツの国際大会において日本人選手が負けた時に「悔しい」と感想を言う選手がいるが、実力を出し切って全力で戦っても、「悔しい」と感じるのだろうか。「しかたがない」「まいった」とすがすがしい気持ちにはならないだろうか。

 想像であるが、悔しいと思う人はできること全てをやってこなかった人のように思う。相手を科学的に分析したり、専門家を入れて作戦を綿密に立てたり、科学的な練習を最大限に行ったり、セルフコントロールの訓練をしたりなど、まだやれる余地があったから後悔の念が生じ、悔しいと思うのではないだろうか。

 これ以上はできないというほど全力でやってきた人には、負けた時に悔しいという気持ちは起こらないと思うのだが・・・。

 夜の歌舞伎町のライブカメラを見ていると、特に金曜日や土曜日の夜は道が歩行者天国状態で大混雑をしているが、時間帯によっては全体の3分の1くらいが外国人になる時がある。観光地化しているようだ。

 これほど多くの外国人が集中して夜の街を歩いているのを見ると、もし何かあった時にどうなるのだろうかと恐怖さえ感じるほどだ。もちろん海外から来た旅行客なので日本人と同じ行動をとれるとは考えにくい。今地震が起きたら、集団同士の喧嘩が始まったら、一部で暴動が起きたら、この多くの外国人はどうなるのだろうか。何が起きても、冷静沈着に、法と道徳を守り、助け合いながら行動するだろうか。それとも人にぶつかりながら一目散に走り出し、大群衆全体をパニック状態にしてしまうのだろうか。フランスのように、どさくさに紛れて店のものを盗んで逃げだしたりするのだろうか。

 とにかく最近の歌舞伎町の夜の道は、怖いくらいに人が多く、怖いくらいに外国人でいっぱいだ。飽和状態だ。

 安倍元首相の一周忌法要が行われた。

 献花台には、安倍氏が腕組みをしている写真が中央に置かれていた。ちなみに横に置いてあったもう一種類は、腰に手を当てている写真である。

 腕組みをする人の心理や能力については、このブログでも散々書いてきたとおりだ。腰に手を当てている写真については言うまでもない。わかりやすく言うと、社長や天皇陛下の前でこのようなポーズはしないということだ。

 このような写真を選んだのは、もちろん安倍氏ではない。これまでも、周りが彼を裸の王様にしてイメージを悪くしてきた面もある。亡くなってまで彼を利用するのはやめて、もうそっとしておいてあげてほしい。

 近所のスーパーで買い物中、大きな話し声が聞こえてきたので振り返ってみたら、70歳位の老夫婦がノーマスクで会話をしながら店内を歩いていた。

 買い物を続けていたら、大きなくしゃみの音が聞こえたのでそちらに目をやると、ノーマスクの60歳位のおばちゃんがお総菜コーナーに向かって立っていた。

 その後、ノーマスクで50歳位のサーファー風の男性が大きな声で携帯で話をしながら、弁当売り場の弁当を手にとっては置くという行為を繰り返していた。飛沫が弁当のふたに飛び放題であった。

 店内には200人位のお客さんがいたが、ノーマスクだったのは私が見る限りではこの4人のみだった。

 病院で、「院内ではマスク着用を推奨しています」と張り紙がされていても、ノーマスクの人がたまにいる。デパートや混雑した街中を歩いていても時々目にする。その人々は、やはり納得できる風貌(見た目や様子)をしている人がほとんどである。

 現在、マスクの着用は個人の判断に任せられているが、そのようにするとこういう状況になる。自己中の人が、自分のことだけを考えてやりたいようにする。自然の流れであろう。現在、第9波に入ったという。他人のことを考えず、感染拡大の要因となりそうな人々を野放しにするための方針となってしまってはいけない。

 福一原発からの処理水を海洋に放出することに対して福島の漁業関係者が反対しているが、危険だから反対しているのか、安全なのに海産物が売れなくなるから反対しているのか、はっきりさせたほうがよい。

 もし後者だとしたら、国民としては結論ありきの日本政府の発表は全く信用できなくても、国際機関であるIAEAの調査は信用できるので、風評被害は実際には起こらないのではないだろうか。

 漁業関係者が反対することは、印象として「漁業の人が反対しているからやっぱり危険なのかなあ」と国民に思わせることと、周辺国の非科学的で非中立的な主張を支えることにつながってしまう。私には、どうも日本の漁業関係者が反対している目的や本当の思いが見えてこない。

 京都新聞は、「理解得る努力足りぬ」と社説で述べているが、世界最高の権威者が集まって調べた客観的・科学的結果を見せれば、それで誰もが理解し納得する。他意がなければ。それ以上に信頼できるものは無いのだから。

 理解や納得ができないというのは、非現実的、非論理的な理由か、外交的な戦略なので、丁寧に付き合う必要はない。むしろ丁寧に相手をすると、相手は調子に乗ってもっと無茶苦茶なことを主張してくるだろう。こちらが説明すればするほど、嘘(作り話)と非論理的な説明、論点外し等々あらゆる方法で日本を攻撃し、ますます泥沼に入っていく。キリがない。数十年にわたって韓国と中国のこれまでの主張や反論の全てがそうであったではないか。

 反対の目的が違う所にある国に対し、「丁寧に説明する」というのはギャグのような話である。韓国や中国は、日本やIAEAの言うことが わからないのではない。普通に理解でき、本当はその通りだと思っている。わざと日本を困らせて、精神的満足感を得て喜んだり外交的有利に立ったりするためにそのようにしているのに、その相手に対して子供に教えるようにバカ丁寧に処理水放出の安全性について繰り返し説明している場面を想像すると笑ってしまう。どちらの国にとってもマイナスになることは、やらないほうがよい。

 NHKの「うたコン」のゲストは、以前は氷川きよし氏と純烈と山内惠介氏の3組のローテーションだったが、ようやく正常化した。NHKの他の番組でも、以前はこの3組の出演回数は異常なほど多かった。事務所との癒着がなければあり得ないほどの出演頻度だった。

 しかしこれはNHKが忖度(一部の優遇)の姿勢を改めたのではなく、氷川氏や純烈のメンバーが辞めたために、忖度できなくなったというのが実態だろう。現在でも、NHKによるジャニタレ忖度は目に余るものがある。

 民放は国民がお金を払っているのではないからまだわかるが、NHKは国民から直接強制的にお金を徴収して、大河ドラマの主役から解体キングダム、サンドドッチマンツアーズの審判員まで、ジャニタレで固めている。なぜ国民は、NHKのジャニタレ忖度にお金を払わないといけないのだろうか。このように言うと、NHKは「実力があるから選んでいる」というだろうが、例えば大河ドラマの主役は俳優としての演技力があるだろうか。主役以外の全ての俳優の演技のほうが、はるかにうまい。本物の俳優とジャニタレの違いが誰の目にも明らかである。顔の細かな表情や声の違いも出せず、能面のような表情や喉で必死に叫んでいる場面ばかりが目立つ。松本氏がジャニーズではなくて小さな個人芸能事務所であったら、松本氏の実力では大河の主役などにNHKも選ばなかったであろう。

 NHKが公共放送と名乗る以上、忖度や芸能事務所との癒着はアウトである。

 

 大谷選手は、チームの選手や知り合いの野球選手と接する時はいつも笑ったりニコニコしたりしてとても楽しそうにしているが、ファンと接する時やインタビューの時(=応援している多くの視聴者に話す時)、笑顔や笑った表情を私は1度も見たことがない。仕方なく機械的にやっているように私には見える。「そのようにしよう」という決意さえ感じられる。

 そもそもプロ野球は、ファンや見ている人を楽しませるためにやるものであり、それが選手たちの収入に直結している。実力のみを競う高校野球とは違う。芸能人にも同じような態度をとる人がいるが、勘違いをしてはいけない。ファンや応援してくれる人無しに、自分だけの力でそうなることはない。

 大谷選手がそのような態度をとるのには何らかの理由があるように思うが、傍で見ている一ファンとしては、楽しい気持ちにはならない。

 大谷選手がいるエンゼルスは、ホームランを打つとベンチ内で兜をかぶることになっているようだが、兜についている鍬形(ツノのような飾り)が時々落ちる時がある。昨日も落ちていた。

 現代の兜は飾り用であり、床の間などに置いておくものではないのだろうか。重量もかなり重いという。日本でも、お祭りで武将役の人がかぶるくらいで、一般の日本人がかぶるということはない。ひな祭りの時のひな人形のような存在であろう。

 野球選手が、重くて邪魔なくらいの大きな飾りがついた兜をかぶって歩く姿に、とても違和感を覚える。誰の発案なのだろうか。おそらくアメリカ人選手の発想だと思うが、そうだとしたら日本人の通訳の人や大谷選手が、そのように使うものではないことを教えたほうがよかった。