昨日の記事の続き。
ソシャゲへの課金と中学受験の塾代への課金、これについてもうちょっと考えてみたいと思う。
ソシャゲへの課金の理由を踏まえて、塾への課金の合理性が多少説明しやすくなる考え方を紹介したい。
まず、ソシャゲユーザーはなぜ課金をするのか考えてみたい。私の世代からすると、そもそもゲームという形の残らないものに大金を課金するという感覚はよく理解できないことの方が多い。「課金すれば自分のキャラが最強になる」と言われても、「で、何万円もかけてキャラが最強になると何かいいことあるんですか?」と言いたくなってしまう。
でもそれはおそらく理解が不足しているのだろう。課金するソシャゲユーザーは、「最強になった」という結果だけを求めているのではなく、「最強になるまでの育成の楽しみ」「強くなることによって広がり、深まるゲームプレイの楽しみ」にお金を払っているのではないだろうか。つまり「最強になった」という「結果」ではなく、「最強になるまでの過程」に課金しているということだ。
そうすると、ソシャゲにおける課金というものから、中学受験への課金にも敷衍できることがあるように思う。
中学受験においては、当然結果を求めがちになる。「塾代に○○万円もかけたのに、第一志望に合格できなかったら、金をドブに捨てたようなものだ!」という言説はありうる。
もちろん、志望校に合格するため、成績を上げるために塾に通わせるのだから、結果を求めるのは当然である。
しかし、もうちょっとその結果に至るまでの「過程」に焦点を当ててみるといいように思う。
試験結果というのはその時の運にも左右されるので、努力が実を結ばないこともある。だが、そのように努力する「過程」、自分の子供が育っていく「過程」に価値を見いだすことはできないだろうか。その有益な「過程」を経るための対価としても、塾代を払っている、と考えるのだ。
つまり、ソシャゲで課金して得られるものは、結果としての「最強のキャラ」だけではなく、課金していない場合には得られない「キャラ育成の楽しみ」「ゲーム内での広がり」なのだ、と考えられるとすれば、中学受験でも、結果として「合格」は得られなくても、塾に通っていない場合には得られない「知らないことを知ることの楽しみ」「目標に向かって努力することの重要性」「優秀な友人達と切磋琢磨する環境」などが得られるのであれば、課金した価値はある、と考えるわけだ。
そのような観点からすると、塾選びの視点として、その塾に通うことによって「志望校に合格できるか」はもちろん重要なのだが、目標に向かっていく「過程」において子供が何が得られそうか、という視点も重要だと思う。そのためには、情報を集め、自分の子供に合う塾をよく吟味すること、入塾した後も、子供がその塾に合っているか、得られるものがあるかを常にチェックすることが肝要だと感じる。
もちろん、「過程」に価値を見いだせるからといって、無制限に塾代や家庭教師に課金していいといっている訳ではない。ただ、ある程度であれば、結果が出なくても塾代が全て無駄になるわけではない、という考えることができるのではないだろうか(ただ、私も今のカリキュラムはやりすぎと思っているので、そこはもう業界が月間の最高授業時間数などを設けるなどして自主規制をするべきだと思うのだが)。
息子に関しては他の大手塾に通わせたことがないので、他塾についてはなんとも言えないが、サピックスに通わせることで、上記のような「過程」において得たものは既にたくさんあると思う。
「努力の重要性の理解」「優秀な友人との競争することの楽しさ」「新しい知識を得ることの楽しさ」「自分が何が得意で何が不得意かも含めた自己分析」など。もちろんサピに通っていなくてもある程度は得られることだと思うが、サピに通うことによって、これらの事項をより早く、より強く得ることができたと思っている。従って、もし万一、息子の入試結果が意に沿うようなものでなかったとしても、私はサピに払った塾代が無駄になるとは全く思わないだろう。
単に息子をサピに通わせるという選択を正当化したいだけかもしれないが、上記のように考えれば、多少は高額な塾代も仕方ないかと思えてくる。
何だかサピの宣伝みたいになってしまった。
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↓これまでに書いた低学年~5年生くらいまでに使用した家庭学習用問題集に関する記事です。
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