肺炎は治っているので、本来ならもうとっくに退院している筈です。
でも、飲み込みができなくなって、鼻腔経管栄養に頼っていますので、このまま自宅に連れ帰ったら、私はやっていける自信がありません。
注入とか、そうしたことは、やればできるとは思いますが、チューブを引き抜いてしまうのを止めることができないだろうと思います。

ベッドは相変わらずウォーターベッドを使っています。
もちろん柵とかはありません。
ベッドから落ちたりするようになって、介護ベッドにしなければと思ったこともありますが、低反発ウレタンマットを毎晩ベッド脇に敷くことによって凌いできました。
チューブを引き抜くのを止めるには、今やっているように、手を柵に拘束する以外方法がありません。
介護ベッドにすれば、可能だと思います。
でも、これから先ずっと拘束しなければならないのは、どう考えても私にはできません。

この状態で家に戻れば、もしかして嚥下機能が回復するかもしれない機会を奪ってしまうことになるでしょう。
ともかくリハビリをして欲しい、ダメかもしれないけど、やってみて欲しいというのが、偽らざる心境です。


リハビリ病院へ転院へ向けて、ソーシャルワーカーさんと面談が25日にありました。
14時という指定だったので、受付に行って、時間外面会許可証を出してもらいました。
ソーシャルワーカーさんは、Nzさんという女性でした。
いろいろと昨今のリハビリ病院事情を聞きました。

脳梗塞とか、或いは事故とかで、身体が不自由になった人は、比較的スムーズに入院できるようです。
夫のように、内科的な疾患からのリハビリは、なかなか受け入れてもらえないそうです。
なにか制度が変わっていて、そうした患者のリハビリは、病院側にとって、益にはならなくなってしまったとのことでした。
夫の場合は、入院による廃用症候群のリハビリということで受け入れてもらうしかないそうです。

それで、受け入れ先を選べる状況ではなく、入れてくれるところに入るしかないと言われました。
家から近くでとか、そういうことを言っていられないようです。
或いは療養型病院で、リハビリもしてくれるところを探すしかないそうです。
ただ、療養型病院だと、リハビリが主目的ではないので、頻度がかなり落ちるようです。
いずれにしても、入院期間は3ヶ月が目安だとのことでした。
3ヶ月経って、改善しなくても、そこにはもう居られないそうです。

そうしたことを踏まえて、夫の場合はどうしましょうかと話が始まりました。

前の週に、Ao先生とまた話す機会がありました。
先生はやっぱり、自宅に帰る前に、リハビリ病院を挟みましょうと結論を出して下さいました。
このままの状態では、家に帰っても私がやっていけないのを配慮して下さいました。
それで、このNzさんとの面談が決まったのです。
その時に、いいリハビリ病院はありませんか?とお聞きしたところ、T病院と、他に2,3、名前を挙げてくれました。
その後、ネットでホームページを見ると、T病院はなかなかいい病院のようでした。

それで、NzさんにT病院はどうでしょうかと聞いてみました。
Nzさんは、T病院のことは頭になかったらしく、ちょっと驚いた顔をしていました。
そして、ああ、あの病院ならいいかもしれないですね、ただ、遠いし、入院費用も高額になりますとのことでした。
歴史も古く、県内では有数のリハビリ病院だそうです。

確かにT病院は、私の家からは相当遠いです。
電車に乗っている時間だけで、1時間は超えそうです。しかも乗り継ぎ...。
でも、そんなことより、夫に適切なリハビリをしてもらえるかどうかが問題なわけで、受け入れてもらえるなら、T病院にしたいと言いました。
それではそうしましょうということになり、年内に申し込みをしてくれることになりました。

もし、書類審査で通ったら、次には私が行って面接?ということになるようです。
こうして一応、方向性が定まりました。
もしも断られたら、別のところを探してもらうしかありませんが..。



夫の皮膚の状態は、見違えるように改善してきています。
24日にはお風呂に入れてもらえました。
その後は、頂いたコメントを参考に、蒸しタオルでケアしています。
沢山のコメント、ほんとに助かりました。ありがとうございました。

お湯は、看護師さんに熱いお湯をもらって使っています。
その時によって洗面器だったり、小さめの手桶だったりして、洗面器じゃないとお湯が結構飛ぶので、洗面器は持参することにしました。
これにお湯を汲んでもらおうと思っています。

両腕の皮膚がひどかったのですが、腫れも引き、今日の段階ではかさぶたが数カ所あるだけです。
このまま剥がさなければ、治ってくれると思います。



もう今年も残すところ2日になりました。
一緒になって、初めて別々に新年を迎えます。
お正月は、今回はおせちもなにもありません。
新しい年は、私たちに何を運んでくれるのでしょうか。
一番の望みは、夫がまたおいしいものを食べられるようになることです。
それを信じて、新年を迎えたいと思っています。

皆様、この一年、本当にありがとうございました。
温かなコメントや、ランキングの応援、また、いいね!を押して下さって、本当に嬉しく思います。
落ち込んでいるときも、それにどれだけ励まされたことか..。
来年もどうかよろしくお願いいたします。


どうぞ皆様、よいお年をお迎え下さいませ。




          
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この病院はいい病院だと思います。
入院の原因の肺炎が治った後も、なんとか元の状態に近づけられるように、考えて下さる先生がいます。
看護師さんたちは、皆、明るくて親切で、イヤな顔を患者や家族に見せることはありません。
病室は見晴らしがよく、清潔で、温度調整もしっかりできています。

でも..。
肝心の夫にとってはどうなんでしょうか..。


夫は、口から食べられないので、鼻からチューブを胃まで通し、それで栄養を摂っています。
そのチューブ、細くて柔らかい材質ではあるのですが、ずっと鼻穴に挿しっぱなしです。
違和感がある以外にも、なにか障害がでてくるのではないかと心配していました。

一昨日、心配していたことが現実になりました。
右側の鼻穴の上の部分に、かさぶたが出来ていました。
治ったかさぶたではなく、血が止まったばかりというようなかさぶたです。
赤黒い色をして、痛々しいです。
チューブは、いつも鼻穴の上部からでていて、絆創膏で固定されていたのですが、一昨日は、少し下の方に固定されていました。

看護師さんに、チューブを左側に変えてもらうことはできないのか聞いたところ、入れ直すと、正しい位置に入っているかどうか、レントゲンを撮ったりしなくてはならず、大がかりになってしまうとのことでした。
また入れる時に、夫自身が苦しいでしょうしとのことでした。

チューブはどのくらいで交換するのか聞いたところ、1ヶ月に一度だそうです。
前回は12月10日に換えているので、次は1月10日ですねと言われました。
12月10日は、おそらく、夫がチューブを引き抜いて、入れ直してもらった日なのでしょう。
その後、手首の拘束帯に加え、ミトンが布製に変わって、引き抜くことがなくなったのだと思われます。
同じ場所にチューブを固定されて、11日経ってついに傷が出来てしまったのでしょう。
それまで何回も引き抜いてしまって、手間を掛けさせましたが、逆に言えばこうした傷ができることが、それで回避されていたようです。
入れ直す度に、反対側に入っていましたから。

傷ができてしまったので、まだ日にちはこないけど、取り替える検討をして下さいとお願いしましたが、昨日もそのままでした。
一応、かさぶたを避けて絆創膏は貼ってありましたが、その縁がかさぶたに触っていて、痛そうです..。
今日は、再びチューブは鼻穴の上部に固定され、傷が全く見えないように、絆創膏がかぶせてありました。
空気に触れないので、傷口が治らないのではないかと思います。


夫は皮膚が弱く、すぐ湿疹とかができて悩まされていました。
ここ1,2年は、夏場でもまめに保湿剤を塗ったりして、かなりいい状態を保ってきました。

今や夫の皮膚は悲惨そのものです..。
あちこちに赤く腫れ水疱ができたところや、ひっかき傷がミミズ腫れになったところや、かさぶたを剥がしてまた血が滲んでいるところがあります。
口腔ケアが終わってから、手首の拘束帯を外し、ミトンを外すのですが、狂ったようにあちこちを掻きむしります。
それを制止しながら、顔、頭から体の方を拭いていくのですが、時々その手をすり抜けて掻きむしります。
拭き上げた後、痒み止め入りワセリンを塗って、ようやく落ち着きます。
おそらく、リハビリの時も拘束を解かれて同じ状態になっているものと思います。
頭のてっぺん辺りや耳に、バリバリと爪でひっかいた傷跡がありました。

毎日清拭をしてもらっているとは思います。
でも、やっぱりお風呂に入れないのは、きついです。
入院してしばらく経った時、お風呂はどうなっているんでしょうかと聞いてみました。
そしたら、お風呂は通常、退院前に一度だけ入れるのだそうです。
急性期病院なので、それでいいんでしょうね。
でも、夫の場合は、いつまでの入院になるかわからないし、ともかく痒がってもう限界みたいなので、なんとか入れて欲しいと頼みました。
その時担当していた看護師さんは、そうですねぇと言って、まもなくお風呂に入れる手配をしてくれました。
12月5日にお風呂に入れてもらえました。
入院して丸一ヶ月後でした。

その後、もう一度12月12日にも入れてもらえました。
1週間に一度入れてもらえるなら助かると思っていましたが、担当の看護師さんが変わってからは全く気配がありません。
おそるおそるどうなっているのでしょう?と聞いてみたら、退院の時に入れますと答えが返ってきました。
皮膚の状態がひどくなっているし、なんとかお願いしますと頼んではみたものの、望みは薄そうです。
昨日からまた別の看護師さんに変わりましたので、なんか...もう言うのがきつくて..。
毎日催促しているような状態で、看護師さんの方も病院の決まりがあるから、おいそれとは返事できないでしょうし..。


今日は祝日ということもあり、リハビリは全く行っていません。
嚥下のリハビリ、どの程度の頻度でしてもらっているのかがわかりません。
少なくても昨日はやっていないというのを聞きました。
一昨日は日曜なので、この日もやっていないでしょう。

一日中ベッドに縛り付けられて、夫は何を待っているのでしょうか..。
夫にとっては体中が痒くて、不快な状況の中で、ただ自由を奪われているだけです。
痒くても掻くことができないのは、どんなに辛いことでしょう。
どうしてやりようもない...。

病院のせいではありません。
急性期の病院としては、何も間違ってはいないのです。

いけないのは、その急性期病院に長居していることなのだと思います。




          
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11月16日付けの記事に頂いたコメントで、「救命病棟と一般病棟での費用負担の差について」ご質問がありました。
支払いが済みましたので、お約束通り記事にしてお知らせします。

とはいえ、思っていたとおり、障害者医療証を頂いているので、医療費に関しての支払いは0でした。
11月6日に入院して、11月30日まで25日間の入院で支払ったのは、
病衣使用料:200円x25=5000円
消費税:           400円
食事療養標準負担額:260円x2食x1=520円
    〃        :260円x3食x22=17160円
合計 23080円
のみでした。

ご質問のお答えには全然なっていませんけど、これだけで済んでとても助かりました。
障害者医療証は本当にありがたいです。

ご質問の救命病棟と一般病棟の差は、この明細書からは読み取れません。
いろいろな検査料、リハビリ料、薬代、入院料などが、それぞれ細かな項目に分かれて何頁にも渡って記載されています。
こちらは、金額ではなく点数表示でした。

入院料の内訳として、
患者サポート体制充実加算:70x1
救急医療管理加算:800x4
療養環境加算:25x22
救命救急入院料:8087x3
となっています。

他にも入院の項目があって、そちらは81026となっています。

救命病棟と一般病棟の差は、ベースになる入院費があって、それに、救命病棟での諸々が加わるというイメージなのではないかと思います。
患者によって行った処置、使用した薬などで大きく違いがでてくるものと思います。
具体的な金額をお知りになりたかったのだと思いますが、残念ながらお伝えできません。
お役に立てずごめんなさいね。




夫の状態は、未だに口を開けて眠っていることが多いです。
病室へ着くとまず手を洗います。
手の洗い方のイラストが洗面所に貼ってあって、それを見ながら洗っています。
結構面倒ですが、イラストに従って洗うと、隅々まできれいになるので、気持ちがいいです。
これまでいかに手の洗い方が適当だったかがわかります。

その後、コップにお湯を汲んで、夫の口をマッサージしています。
マッサージを始めると、目を開けます。
最初モアブラシを口に入れるとき、嫌がって唇を閉ざしますが、マッサージを始めると、今度は積極的に口を開いてくれます。
喉の奥に溜まっている痰を拭いとって上げると、夫ばかりでなく、私も気持ちよくなります。(笑
仕上げに保湿用ジェルを使い捨てのスポンジブラシを使って塗っています。
この使い捨てブラシは、看護師さんに言うと、温かくしたおしぼりタオルと一緒に持って来てくれます。

夫は鼻腔経管から栄養をとっていますので、このチューブは常時つけっぱなしです。
それを夫は時々抜いてしまうようです...。
看護師さんから聞いて知っている限りで、6回抜いてしまったそうです。

最初この一般病棟へ移った時には、手首の拘束帯だけでしたが、その後、再びミトンになりました。
このミトンは、ビニール製です。
厚手のビニールを組み合わせて作っているもので、ビニールとビニールの間に隙間があって、蒸れないようになっています。
手のひらの中に入るような小さなボールが付属品であり、それを握らせてミトンをかぶせます。

しばらくそのミトンの状態でしたが、その後、再び拘束帯が加わりました。
ミトンだけでは、鼻のチューブを外してしまうのを防げないと。

更にその後、よく動く左手のミトンが、布製に変わりました。
拘束されていても、体をずり下げて、顔を手の近くまでもっていき、ビニールの隙間から指を出して、また鼻チューブを抜いてしまったとのこと...。
よほど不快を感じていて、そういう行動をとったのでしょうね。
そういうことができる元気が出てきたことが嬉しくもあり、そういう行動を阻止しなくちゃいけないので、可哀想で、複雑な思いです。

口内のマッサージが終わった後、ここで初めてミトンや拘束帯を外します。
外したとたん、両手で体のあちこちを掻きむしります。
痒いんでしょうねぇ..。
可哀想でなりません。

温かいおしぼりタオルで、顔や頭、首のまわりや腕、脇の下を拭き上げます。
手の指の間は、特に念入りに拭いています。
毎日清拭してもらってはいますが、指までは拭いていないだろうと思って。
足も拭いて、その後、足の指をぐるぐる回してマッサージをしています。
足は脳に直接刺激が行くのでいいと言われてそれ以来ずっとやっています。

大抵の場合、体が全体にベッドの下方にずり落ちていて、病衣もまくれあがっていますので、看護師さんが近くにいるときは手を借り、いないときはなんとか自力で、夫をひっぱり上げ、病衣もできるだけきちんとします。
その後、ベッドの背をリモコンで上げて、ベッド上に座らせます。

このあたりになると、やっと夫は起きているという状態になってくれます。
目を開けて、口を閉じている状態になります。
その日によっては、すぐ目を閉じて、口を開けてしまうのですが..。
私は丸椅子を持って来てそばに座り、ずっと手を握っています。
私だということがわかるのかなぁ..おそらくわかっていないと思います。
話しかけにたまに頷いてくれたりします。

4時半を過ぎると、看護師さんが二人でやってきて、おむつを見て、汚れていれば替えてくれます。
おむつは家族が用意して、キャビネットに入れておきます。
もし、持って行かないうちに足りなくなったら、病院備え付けのおむつを使っておいて、後で現物を返すシステムになっています。
おむつを替えた後は、褥瘡防止のため、片側にクッションを入れて高くして寝かせた状態になっているので、再びベッドの背を上げることはしないで、私はぼちぼち帰ることにしています。
あるときは、帰るね、また明日くるからねと言ったところ、大きく相好を崩して笑ってくれました。
帰りたくなくなるので困ります。



昨日、帰りがけにナースステーションに挨拶したら、偶然Ao先生がいて、少し話しましょうとのことだったので、病室にもどりました。

先生の見解では少しずつよくなってきているとのことでした。
先生も、アルツハイマーだけではなく、やはりレビ-なのではないかと思われているようでした。
レビ-でもアリセプトが効く人がいるので、ご主人はそうなのではないかと思うとのことでした。
アリセプトを7.5mgに増やしてみたいけど、どうだろうとおっしゃるので、私は一瞬、うーんとためらいました。
7.5mgを続けた地獄の日々が蘇ったからです。
今ではもう暴力をふるうことも覚束ない夫ですが、それ故に尚更、7.5mgでは多すぎると思いました。
アリセプトを増やす代わりに、サプリメントですけど、フェルガードを飲ませるわけにはいきませんか?とお訊ねしました。
先生は、フェルガードをご存じなかったようですが、これまでずっと家で飲ませてきたのならいいでしょうとのことで、持参すれば飲ませてくださることになりました。

イーケプラは中止しているのですかと伺ったところ、中止していないとのことでした。
よくなってきているうちは、薬は変えない方がいい、悪くなって来ているなら、どんどん薬は変えていくけどもとおっしゃっていました。

それから、グルタチオンについて、この病院で接種するのは可能だとのことでした。
ただ、効くかもしれないけど、リスクは高いと言われました。
体ががちがちになってしまう可能性もあるそうで、そうなったらどうしようもないとのことでした。
私は悩みました。
意識障害について、シチコリンならば著効を示してくれそうですが、シチコリンは既にここでは使えないと結論がでています。
グルタチオンのみの接種で、今の夫の状態を改善させることができるものなのか..。
咄嗟に判断できなかったし、先生がよくなって来ているとおっしゃってるし、で、とりあえずはお願いしませんでした。

リハビリについても話しました。
嚥下のリハビリは進んでいるんでしょうかとお聞きしたところ、あまり進んではいないようです。
先生もお答えに困っていらっしゃいましたが、実はSTさんを始めリハビリをして下さるスタッフの数が、入院患者でリハビリを必要としている人数に対して足りていないようなのです。
スタッフさん達はかなり大勢いらっしゃるようですが、入院患者も何百人もいるわけで..。
一人のSTさんが一日にみれる数は、6~7人だからとおっしゃってました。
嚥下のリハビリも一日おきくらいになってしまっているようです。

それで、ここの病院にいるよりも、リハビリ専門の病院へ転院したほうがいいかもしれないという考えも出てきました。
先生もそのようにおっしゃいました。
ここは急性期病院で、リハビリを目的とした病院ではありません。
夫のためには、毎日リハビリしてくれるところへ移した方がいいんじゃないかと思います。
ただ、こんなにも夫の病状に向き合ってくれて、よくなる方向を探って下さる先生は今までお会いしたことがありません。
もうしばらく、先生に診て頂きたいなと思いながら、帰途につきました。




          
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前回の記事を書いた時から、毎日同じような状態の日が続いていました。
悪くもならないけど、良くもならない。
相変わらず、口を開けて呼吸して、声かけしても反応なく、ほとんど目を閉じた状態でした。


12月5日、入院して丸一ヶ月です。
Ao先生に会うことができました。

まず、シチコリンについては、どこか海外で、重大な副作用があって、それ以来この病院では使用を中止にしているとのことでした。
動きが悪い点について、ドーパミンの欠乏からきているとの判断から、エルドーパという薬を使い始めたとのことでした。
これはパーキンソン病に使われる薬らしいです。
いろいろと試してみて下さっているようです。

アリセプト(ドネペジル)について、今も効いているのかどうか知りたい、効いていないのなら薬は害にしかならないので、止めてしまった方がいいとおっしゃいました。
確かに言われてみればその通りです。
アリセプト7.5mgを続けて、不穏暴力の時期を経て、やっとの思いで1.5mgまで減量してきましたが、それでいいのかどうなのか、確信があるわけではありませんでした。
その日から既に始めていたようで、当面5mgで様子をみるとのことでした。
もしも、まだ効いているようなら、減らしていって維持量を見つけて下さるそうです。
とても納得のいくお話でした。

それから、イーケプラについては、素人にもわかりやすく、次のような説明をして下さいました。
抗てんかん薬は、神経を遮断して信号がいかないようにするものである。
例えば10本ある神経のうち、2本を遮断していたけど、長期間服用することによって、それが4本になったり5本になったりすることがある。
今回、動きが悪くなった原因を探るため、一旦イーケプラを中止してみたい。
それによって、てんかんの発作が起きるかもしれないけど、まぁ、ここは病院だからとおっしゃいました。
翌週あたりから中止してみるとのことでした。

もしもイーケプラを中止して、良い結果がでて、もう飲ませないとなったとき、退院後またてんかん発作に怯えるようになる可能性があるなあとは思いました。
でも、その時点の夫の様子を見ると、もうなにも失うものはない..という感じでしたし、ここは先生にお任せしようと腹を決めました。

日中ほとんど眠った状態なのは、メラトニンがうまく働いていないからだとして、それをうまく調整させるため、午前中1~3時間、車いすに乗せて、看護ステーションに連れて行ってるそうです。
夫の病室は北東を向いていて、明るいけどもおそらく直射日光は入りません。
看護ステーションは、朝日が当たる場所にあるため、そこに連れて行って日光を当てているとのことでした。
リハビリがない限り、ずっと寝かせっぱなしだと思っていましたので、それを聞いてその意味でも嬉しくなりました。
奥さんが来ている間も、できるだけ起こしておいてくださいと言われました。
その方が夜よく眠れるからとのことでした。

リハビリは、やりすぎるかもしれない(痛いかもしれない)位、やっているとのことでした。
関節が固まるといけないからとおっしゃっていました。
なんかとても安心しました。

ちょっと声を潜めて、先生に聞いてみました。
もう肺炎は治ったのに、置いて頂いていいんですか?と。
先生は、実は、あまりよくはない、でも、まだやれることがあるから、頑張りますと答えて下さいました。
やれることがなくなった時には、またご相談しなくちゃいけないけどもと言われました。

先生が、夫をなんとかいい状態にして下さろうとしているのがわかりました。
結果がどうなるのかわからないけど、希望がでてきました。



翌日面会に行ったとき、なんとなく今までと違うのを感じました。
目を開けている時間が長く、反応がいい感じです。
どうしても下あごが下がり、口を開けて呼吸をするので、何度もあごを持ち上げて口を閉ざしていました。
すぐ目を閉じてしまいそうになるので、寝ちゃダメ!口は閉じて、目は開けるの!と何度も言った後、うるさい?って聞いたら、ニヤッと笑いました。
布団を直して、これでいい?と聞いたら、なんと、いいよと答えました。
アリセプト、もしかして効いているんでしょうか。




          
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病院の面会時間は午後3時からです。
3時近くなると、面会受付のところに長蛇の列ができます。
最初この列を見たときはびっくりして、相当待たされると覚悟しましたが、時間になると職員さんが3人出てきて、手際よく列をさばくので、後ろの方に並んでいても5分もかかりません。
3時10分頃には、病室へ入れます。
帰る時間はその日によりますが、大抵5時から6時位です。

今回の入院の主治医の先生が、私がいる時間を見計らって説明に来て下さいました。
この病院は、数人の先生がチームを組んで患者を診ているようで、夫の枕元には、この主治医のAo先生を始め、4人の先生の名前の札が下がっています。

Ao先生の説明は、肺炎は治っているという先週のMs先生とほぼ同じ内容でした。
加えて、無呼吸がある、最大で50秒呼吸が止まる、これをどうするかということと、動きが悪いので、同じ病院の神経内科の先生と連携をとって、今後の治療を進めていくとのことでした。

睡眠時無呼吸は以前からあり、認知症の主治医に相談したことがありましたが、治療はできないからと言われ、そのままになっていました。
今では、眠っていない時も、無呼吸になるときがあり、そうするとSPO2が一気に5~6下がっています。
ただ、すぐ回復するので、あまり心配しないようにしていました。

動きが悪いというのは、認知症が終末期に入ってしまったせいかもしれません。
もう私の顔を認識していないし、声かけしても反応がありません。
肺炎を治すのと引き替えに、ベッドに寝たきりで、もう3週間が過ぎています。
認知機能に決定的なダメージを与えるには、充分な期間です。

先生に、ニコリン(シチコリン)の使用をお願いしてみました。
意識障害に効くとのことなのでと言ったのですが、知識の付け焼き刃の悲しさで、我ながら説得力に欠けるお願いでした。
グルタチオンについても名前を出しただけでした。
頭の中では、今の夫には、この二つしかないと思っているのですが、それをいざ口に出してみるとあきれるばかりに情けない言い方で、これでは誰もわかってくれないだろうなと思いました。

先生は、強い薬は副作用もあるし、慎重に使っていかなければならないとおっしゃいました。
でも、おそらく神経内科の先生に相談して下さると思います。


このところ夫は、たまに口を閉じて普通の呼吸をしている時があります。
ちょっと体の向きを変えたり、何かするとまたすぐ口を開けて、いびきのような呼吸音に戻ってしまうのですが..。
痰が絡んで苦しそうな状態はもうあまりありません。
でも、看護師さんの話では日中4回位、夜間に2回位の吸引をしているそうです。

嚥下のリハビリは一応毎日して下さっているようです。
ゼリーを食べさせてもらっているそうですが、むせてしまって続けられなくなって中断することが多いようです。
歩行の方のリハビリは、意識が落ちているときは危ないということで、毎日はできてないようです。
でも先日、1メートル位を自力で歩いたと教えてもらいました。
もちろんリハビリの先生が危なくないように体に手を添えていたそうですが。
いずれも面会時間より前におこなっているようで、私は見ることができません。
もどかしいけど、お任せするしかありません。

排便の方は、毎日はでていないものの、便秘ではないそうです。
ただ、便は泥状の形態に近いそうです。
薬を使っているんですかと質問したら、調べてくれて、薬は使っていないとのことでした。
運動量も極端に少ないのに、よく自力で出していてくれると嬉しくなります。


水曜日にお泊まりデイのMgさんが来てくれました。
Inさんが火曜休みで、Mgさんは水曜休みです。
二人同時にいないことがないようにこういうシフトになっているようです。
Mgさんもまた、自分の休みを潰して見舞いに来て下さいました。
Mgさんが病室に来たら、一気に雰囲気が明るくなりました。
二人で入浴介助していた時のノリで、半ば夫をオモチャにするような冗談交じりの掛け合いが続きました。
なんと、それまで、私が呼びかけても話しかけても反応のなかった夫が、笑いました。
笑いというのはほど遠く、ちょっと口元をゆがめたという感じですが、でも確かにこれは笑っているんだなと思いました。

Mgさんは、耳かきも持参してくれました。
先週、爪切りを買ったときに、耳かきも一緒に買ってはあったのですが、やっぱり怖くて使っていませんでした。
Mgさんが持参してくれた耳かきは、プラスチックで出来ていて明かりがつくタイプです。
初めて見ました。
それで夫の耳を掃除してくれました。
耳垢がいっぱいとれました。

Mgさんに、大丈夫よと元気づけてもらうと、ほんとに大丈夫な気がしてきます。
まだまだ先の見通しは立ちませんが、とりあえずの危機は脱したようだし、焦らずにやっていこうと思っています。




          
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今月6日に救命病棟に入院し、14日に一般病棟に移りました。
15日には鼻カニュラが外され、16日には点滴の残置針も外されました。
残っているのは、栄養をとるための鼻腔経管だけです。

これがどうなるのか...。
なにしろ口から食べることができないうちは、これで栄養を摂るしかありません。

一昨日私がちょうど居合わせたときに、嚥下のリハビリの先生がきてくれました。
口の中を冷たいもので刺激した後、本当にちっちゃなスプーンに、とろみがトロトロとついた水を掬って、夫の口に入れました。
私は息をのんで見つめていました。
夫は、のど仏を上下させながら、ごっくんと飲んでいました。
おお、飲めるんだ~
かすかに希望が見えてきて、ちょっと感動しました。

前記事にYuyaさんからコメント頂いて、口内乾燥防止用ジェルを持参していましたが、先生は、あ、これは塗った方がいいですと言ってくれて、実際に塗って見せて下さいました。
それから、冷たいので刺激するのは、嚥下を促すためのもので、温かいブラシでマッサージするのは頬の筋肉を緩めるのでいいですよとも言ってくださいました。
Yuyaさん、教えて下さって、ほんとにありがとうございました。
ちなみにお湯の入手は、病室入り口脇に洗面器が設置されていて、そこには自動水栓がついています。
下の方に、お湯と水の混合割合を調整するレバーがあるのですが、それを動かしてお湯にすることができました。


昨日は、お泊まりデイの責任者のInさんが、お見舞いに来てくれました。
夫の暴力がひどくて、私が疲弊していた頃、暴力があるのを承知で、引き受けてくれた人です。
それ以来、ずっと頼りっぱなしです。
火曜日は彼女の週一回の休みの日にもかかわらず、それを潰して来て下さいました。
責任者といっても、実際にデイにでて、他のスタッフに混じって利用者さんのお世話もしています。
私が口腔ケアをしている間、タオルで、顔や手や足をきれいに拭いていてくれていました。

2週間も入院しているので、夫の爪が伸びてきていて、どうしたものかと思っていました。
実は...
私は夫の爪を切ったことがないのです。(>_<)
いつのまにか夫は自分で爪を切れなくなってしまっていましたが、当時通っていたデイサービスが何もお願いしなくても切ってくれていて、その後は、このお泊まりデイで切ってもらっていました。
一度切ろうとしたことはあったのですが、うまく切れなくて深爪になりそうでした。
それ以来、夫の爪切りには挑戦していません。
爪伸びたしどうしよう~と言ったら、切ってあげると言うので、看護師さんに爪切りがないか聞いてみました。
病棟には用意はなくて、家族が用意して置いておけば、看護師さんが切ってくれるということでした。
そこで、早速、下の売店で爪切りを探して買ってきました。
Inさんが慣れた手つきで切ってくれました。


Inさんが帰った後、先生から現在の容態についての説明がありました。
入院当日と、17日の血液検査の結果表を両方持って来てくれて、説明して下さいました。
入院当日のCRP(炎症反応をみる数値)は、13.387と非常に高かったようです。
17日には、それが1.146まで落ちていました。
~0.5が正常値なので、まだまだ高いですけど。
微熱も続いているし、口を開けて苦しそうな呼吸をしているのを見ると、良くなった!とは思えないのですが、ずいぶん改善してきているようです。
レントゲンの結果も肺炎はなくなっているようで、小さいのはあるかもしれませんけどとおっしゃっていました。
肺炎を起こした菌は、特定できていて、そのための抗生剤を15日まで投与したとのことでした。
この先は、夫は自身の快復力で元気になっていくしかないんだなと理解しました。


いつもなら、今頃は病室にいる時間です。
なーんにもしてなくて、ただ、夫の顔を眺めながら、手を握っています。
病院はそれほど遠くはなく、バスを利用して、家から1時間以内には到着します。
病室にいる時間も、2~3時間です。
それでも、毎日通うと、ちょっと疲れが溜まってきたような気がしていました。
姉に話したら、毎日通わなくてもいいんだよと言われましたが、ベッドに手首を繋がれて一日中寝かされている夫を思うと、せめて手首の紐を解いてやりたいと思ってしまうのです。
姉が、代わりに行ってくれるというので、今日は、初めて病院へ行かないで家にいます。

..落ち着かないです。(笑



          
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金曜日に救命病棟から一般病棟に移りました。
呼吸器内科だそうです。
4人部屋の窓際で、見晴らしがよく明るい感じです。
枕元には、酸素のボンベと、痰を吸引するための装置がついています。


移った当日は、相変わらず鼻カニュラ(鼻穴にあてがって酸素を供給するもの)と、鼻腔経管(鼻穴からチューブを胃まで差し込み、流動食を流し入れて栄養を摂るもの)と、電解質の点滴がついていました。
モニターがないので、胸とかについていた電極や、SPO2を測るものは取り外されていて、「線」は全てなくなっていました。

昨日行った時には、鼻カニュラも外されて、点滴は繋がれていませんでした。
手首には、点滴用に残置された針はついています。
後ついているのは鼻腔経管だけで、かなりすっきりした感じでした。

鼻腔経管から、栄養と白湯を入れているということで、常時点滴はなくなりました。
点滴は、一日一回抗生剤を入れるのに使うのだそうです。
鼻カニュラを外した状態で、SPO2は92位だそうです。

まだ痰が絡んで吐き出せないので、時々吸引をしてもらっています。
鼻穴から差し込んで吸引するので、苦しそうです。
可哀想だけど、必要なものなので、仕方ないです。


救命病棟にいるときから、毎日、モアブラシを使って口の中を拭っていました。
気持ち良さそうにしてくれるのと、頬の内側を刺激すれば、後々嚥下にもいいかなと素人考えでやっていました。
昨日もやり始めたところに、看護師さんが来て、今、流動食の注入が終わったところだから、こちらで、口腔ケアはやりますと言ってくれたので、お任せしました。
一日3回、鼻腔経管からの流動食の後、口腔ケアもして下さっているようです。

それからリハビリの先生が来て、今日は、歩行器を使って歩いたんですよと教えてくれました。
救命病棟にいたときも、車いすに移乗させてくれたり、その場で立ち上がらせてくれたりのリハビリは始まっていました。
靴を用意して下さいと言われたので、柔らかな室内履きを持って行ったばかりのところでした。
抱えられながら5,6メートルは歩けたそうです。
俄然、目の前が明るくなりました。

とはいえ、まだまだこれからです。
目をつむり、口で息をしている夫を見ると、家に連れて帰れるようになるんだろうかと心許ない思いにとらわれます。


この病院は、毎朝清拭してくれて、寝間着を替えてくれているそうです。
2週間もお風呂に入ってないのに、夫はこざっぱりとして清潔な感じで、心配した皮膚の湿疹もできていません。
ただ、おむつまわりは、多少赤くなっているので、以前から皮膚科の先生に処方されいた塗り薬を預けていました。
それを使ってくれているようです。

救命病棟にいたときは、安全のためにミトンをつけられていました。
ここに移ってからは、手首に抑制帯を巻いて、それをベッドの柵に紐で繋いであります。
最初の日、巻き方がきつくて、外すと跡が残っていましたので、もう少しゆるめにお願いしました。
昨日は、巻き方はよかったけど、紐が短くて、ベッドの柵ぎりぎりになっていました。
これでは、ほとんど手を動かすことができないので、危なくない範囲でもう少し長くして下さいとお願いしました。
看護師さんは、じゃ帰り際に一緒にやりましょうと言ってくれました。
(家族がいるときは、抑制帯を外していいことになっています)
看護師さんは、このくらいでいいですか?とか、いろいろ紐の長さを検討してくれました。


夫は今、考えられる最高の手厚い看護を受けていると思います。
先の見通しは立っていませんが、一般病棟へ移れたことで、一安心しました。
今日もこれから夫の顔を見に行ってきます。




          
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時間が前後してしまいましたが、入院した日の前の週の様子を記しておきたいと思います。

秋祭りがあった時のお泊まりデイから帰宅する日、デイの看護師さんから電話がありました。
熱が37度2分あるので、今日の入浴は見合わせたいということと、熱はあるけれど、受診するほどではないと思うとのことでした。

通常の場合、デイから戻って来たときには、送迎の人に、二階まで送ってもらっています。
その後食事をし、20時にくるヘルパーさんを待ちます。
ヘルパーさんは、階段を降りるのを手伝ってくれ、歯磨きと、パジャマへの着替えを手伝ってくれます。

階段の昇降、ただでさえ大変なので、熱があるとすれば難しいだろうと思いました。
二階に上がらず、寝室でご飯を食べさせればいいわけですが、その後、ヘルパーさんが来るまで待たないとなりません。
今ではもう、自力では立っていられないので、私一人の力では、立ち上がらせて着替えさせるとか、おむつをつけるとかが困難になっています。
熱があるなら、早めに寝かせたいと思いました。

そんなわけで、今日は、食事をさせてから帰してほしいと頼みました。
食事が終わっていれば、ちょっとだけ送迎の人に支えるのを手伝ってもらって、すぐに寝せられると思ったからです。

19時過ぎ、車いすに乗せられて夫が帰ってきました。
ヘルパーさんが、時間を早めて一緒に来てくれていました。
上からすっぽり毛布にくるんでもらっていました。
喉がぜいぜいして、明らかに普通の状態ではありませんでした。
外階段を登らせるのがやっとでした。
それでも、夫は足を上げようとしてくれたので、なんとかなりました。

寝室まで送ってくれて、送迎の人は帰っていきました。
ついてきてくれたヘルパーさんに依ると、なんと、Mgさんが、食事の後、歯磨きをしてくれ、おむつもつけてくれたそうです。
本当に助かりました。

一旦ロッキングチェアに座らせ、イーケプラと痰切り剤を飲ませました。
そして、パジャマに着替えて、その後すぐベッドへ寝かせました。

息が苦しそうだったので、横向きにして寝かせました。
熱を測ってみたら、7度3分ありました。
ヘルパーさんの話では、一旦6度8分まで下がったとの事ですが、また上がってきたようです。
タオルを水で絞って額に当てました。
間もなく眠ったようで、多少息が苦しそうでしたが、大分軽くなりました。

翌朝、熱を測ってみたら、7度3分。
とてもお風呂には入れられないし、今日は一日ベッドで安静にさせようと思いました。
入浴介助に来てくれたヘルパーさんも、その方がいいと言って、ベッドの上で清拭だけをしてくれました。

ご飯を食べさせるために、手伝ってもらって起こして、ロッキングチェアに座らせました。
ご飯はおかゆにして、普段の半量位を食べさせました。おかずも半分位。

食べ終わってしばらくしてベッドに寝かせました。
ロッキングチェアをベッドの真横に設置していたので、一人でもなんとかなりました。

ベッドに落ち着いた後、おむつを開いてみました。
三角形に巻いたパットだけが汚れていたので交換しました。
ベッドの上で、夫のおむつを交換したのは、これが初めてです。

午後になり、良くなるどころか、熱が更に上がってきました。
38度4分になってしまって、これはもうダメだと思いました。
以前から紹介されていた往診して下さるという医院に電話をしました。
先生はすぐ来て下さって、まず、採血をしました。
夫はすごい顔をして痛がりましたが、暴れたりすることはありませんでした。
その後抗生物質の注射をしてもらいました。
心配したけど、これもおとなしく我慢してくれました。

薬を処方されましたが、買いにいくのに夫を一人でおいていかないとなりません。
先生は、馴染みの薬局に電話をして、届けてもらう手配をしてくれました。

先生が帰ってまもなく、薬屋さんが一週間分の薬(抗生物質)を届けてくれました。
よくなっても、これを全部飲んだほうがいいとのことでした。

夕方になって、また熱が上がったようで、顔が赤黒くなりました。
測ってみたら38度8分ありました。
どうしよう..救急車頼むかなぁと思ったけど、じゃ、どこの病院に?
そこでも検査とか採血されて、夫は辛い思いをするだろうし..。
肺炎を起こしているんじゃないかと気が気ではなかったですが、病院へ連れて行く決心がつきませんでした。
39度になったら、もう否応なしに救急車を呼ぼうと決めて、頭のタオルを取り替えたり、脇の下に保冷剤をタオルでくるんで入れて冷やしたりしました。

多少熱が下がってきたようなので、夕食を食べさせないとと思って、起こそうとしましたが、どうしても起き上がらせることができませんでした。
枕を2つ足して、頭を少し高くして、おかゆを食べさせました。
3口くらいしか食べられませんでした。

夜のヘルパーさんが来てくれて、おかゆをちょっとしか食べなかったと言ったら、ベッドの上に起こして支えてくれました。
おかゆの残りを全部食べてくれました。
薬も飲ませることができました。

土曜日まで具合が悪かったらどうしようと言ったら、デイの方が看護師さんもいるし安心だ、奥さん一人では大変だから預ければいいと言ってくれました。
このヘルパーさんは、デイに入っているとき、よく夫を歩かせたり言葉をかけてくれている人です。
ほんとに親身になって考えてくれ、行動してくれています。

寝かせてから、頭のタオルを何度も絞り替えました。
しばらくして熱を測ってみたら、7度2分でした。

翌朝、熱は6度8分に下がっていました。
入浴介助のヘルパーさんがきたので、今日は足浴をしてもらうことにしました。
ずっとお風呂に入ってないし、汗をかいていて気持ち悪いだろうから、最後にサッとシャワーで流してもらいました。

ロッキングチェアをベッドの頭のそばにおいて、そこに座らせてもらいました。
ここなら私一人でも、ベッドに寝かせられるので。
二階で食事を用意してもってきて食べさせました。

前の週から実は、呼吸筋のマッサージを開始していました。
サチュレーションが常に低めで、気になっていたからです。
なかなか実現しなかったのですが、いつも来ている訪看さんの所で引き受けて下さることになって、この日が二回目でした。
呼吸を楽にするマッサージをしてもらいました。
看護師さんに夫をお願いして、私はその間にご飯を食べました。
マッサージが済むと、夫はかなり楽そうな呼吸をしていました。
サチュレーションも97に上がって、早速マッサージの効果を見ることができました。

往診に来てくれた先生に、午前中に電話くれと言われていて電話したところ、前日の採血の検査結果を教えてくれました。
炎症反応をみる数値:CRPが高いそうで、6.70だったそうです。(基準値は0.50以下)
午後また行くと言われ、来て下さいました。
前日と同じ注射を打ちました。
今日は、ついてきた看護師さんが、夫は顔をしかめるヒマもなくサッと打ってくれました。
帰り際、これで今回の治療は終わりですからと言われました。
いつまで安静にしていればいいですかと聞いたら、もう普通にしていいですよと言われました。


その後、熱も平熱に戻り、たまに多少痰が絡んだ咳をするものの、いつもとほぼ同じ状態に回復しました。
週末には、いつも通り、お泊まりデイに送り出しました。


夫は未だに救命病棟にいます。
呼吸不全/肺炎で、嚥下が非常に悪く、点滴と鼻腔経管はついたままです。
モニターで刻々状態が映し出されていますが、脈100前後、SPO2は91前後です。
先生のお話では、多少改善してきているようで、昨日から酸素は止めているようです。
面会は3時からなので、行ってきます。


          
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夫は昨日、入院しました。
熱が9度3分あり、サチュレーションが89、脈も速い状態でしたので、介護タクシーでは連れて行けないと思い、救急車に来てもらいました。

首の周りが異常に固く、髄膜炎の疑いがあるということで、検査をしましたが、それは大丈夫だったようです。
意識がない状態だったので、水分を摂らせることができず、更に下痢をしていましたので、脱水が心配でしたが、生理食塩水の点滴を受けて改善したようです。

先週から抗生剤を飲んでいましたが、それの影響で下痢があったのかもしれないとのことでした。

でも、今は熱が高いので、また抗生剤の点滴をしています。
もう7日間も抗生剤を飲んで、更にですので、気がかりです。

肺炎はあるけど、それはそれほど心配する状態ではないそうです。
それより、舌根が落ちて、気道をを塞ぐ可能性がある方が怖いと言われました。
夫は前から、睡眠時無呼吸症候群です。
首の周りが固くなったことによって、尚更危険性が増していると理解しました。

もっと状態が悪くなったとき、人工呼吸器をつけるかと質問されましたが、答えられず保留しました。
人工呼吸器は、一旦つけてしまうと、もう外せなくなる可能性が高いようです。
外す=死を意味することを、決断できるとは思えません..。
それにしても、いきなり冷たい水を頭からかけられた思いをしました。
夫は、もうそんなに悪いのか....と。

現状では栄養が摂れないが、点滴で栄養を入れるのは、限度があるし、当人も辛いので、鼻腔から管を入れて、栄養と、薬を流し込むことにしました。
これは、栄養を入れて、回復を早めることができ、回復したら管は抜けるとのことでしたので、同意しました。

入院の手続きは、何枚か書類は書きましたが、ハンコを持参していたので、その場で手続きが済みました。
タオル、パジャマ代として、一日216円かかり、おむつは、売店で自分で買って用意するということなので、そうしました。

部屋は、救命病棟の、看護師さんや、先生のいるステーションに面しています。
ICUではないのですが、それに近い感じです。
ステーションには、常時、各患者さんのバイタルのモニターが映し出されています。
落ち着いたら、一般病棟に移ることになるようです。



実は、前記事の「秋祭り」をアップした時点で、夫は体調を崩してました。
これをアップしておかないと、もうこの記事はアップできなくなると思って、とりあえずアップした経緯があります。
その後、一旦回復したので、その時の様子を合間を見ながら書き始めていたのですが、まとめる前に、入院になってしまいました。

秋祭りから入院までの間の様子は、時間が前後してしまいましたが、近いうちにアップしたいと思っています。
そうしないと、今の夫に繋がらないので..。

面会は午後からなので、午後、姉と二人で行ってきます。



          
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先週の土曜日は、お世話になっているお泊まりデイの秋祭りでした。
素晴らしいお天気に恵まれて、ひなたでは汗ばむほどの陽気でした。

いつもなら土曜日からお泊まりデイにお願いするのですが、土曜日の朝、入浴介助に来てもらうことが、人員的にきつそうだったので、それならばと金曜の夜からお願いしていました。

土曜のお昼近く、デイを訪ねました。
職員さんたちの、気合いの入った手作りの飾り付けがされていて、外にはやはり職員さん達の模擬店が出ていました。
夫は私が来る少し前まで、外で私を待っていてくれたそうです。
お祭りの会場の、いつもは通常型のデイで使われる広い部屋に、車いすに乗せられて、夫がいました。
私を認めたように、表情を動かしてくれました。
ついていてくれた職員さんは私が引き継ぐと、慌ただしくどこかへ行ってしまいました。

まもなく、揃いの半被を着た職員さん達に担がれた手作りの御神輿が会場に入って来て練り歩き、次にはデイの社長さんが扮する神主の入場です。
社長さんのご挨拶と、本職はだしの祝詞で、お祭りが始まりました。

毎年、この時期に秋祭りがあり、去年も参加しました。
去年は、多少危なっかしかったけど、夫は歩けていましたので、二人で模擬店をあちこち覗いて、楽しく過ごしました。

模擬店は、去年と同じく、やきそば、おいなりさん、けんちんそば、おでん、焼き鳥、わたあめ、ヨーヨー釣り、豪華景品(!?)がもらえる輪投げ会場などがありました。
食べ物は全部職員さん達の手作りです。
来場者は首にぶら下げられるようになっている食券セットを買って、好きな物を食券と交換するシステムです。
食券を買おうとしたら、顔見知りの職員さんが、いいからいいからと言って、自分の首にかけていた食券を私の首にかけてくれました。(内緒?(´v`))

さて、何か食べよ~と思い、けんちんそばを買いました。
そこでハタと気がついたのですが、車いすを押しながら、けんちんそばは持てないっ。(笑
売り子の職員さんが、車いすを交代してくれて、テーブルが並べてある普段駐車場になっている中庭まで押していってくれました。

中庭のテーブルは、既にほぼ満員で、やっと見つけてもらった隙間に車いすを入れてもらいました。
そこは陽光を遮るものがなく、真っ正面から夫の顔に日が当たる場所でした。
私は、忙しそうにしている職員さんを捕まえて、部屋から帽子をとってきてもらいました。
他の何人かの人達も、帽子を用意してもらっていました。

考えなしに、けんちんそばを選んだのを後悔しました。
エプロンを持って来ていないので、つゆを飛ばさないように食べさせるのが大変でした。
半分も食べないうちに、口を開けなくなりました。
おいなりさんや、焼き鳥なら食べるかなと、もらってきました。
おいなりさんは1個、焼き鳥は2本食べました。

そうしているうちに、どんどん夫の顔が赤らんできました。
どうみても具合悪そうなので、熱を測ってもらったら37.6度!ひゃぁ~!。
慌てて室内に連れて行ってもらいました。
お祭りの会場になっている部屋の片隅にベッドがありましたが、既に先客がいて横になっていました。
おそらくこの方も熱中症?気味で休まれていたのかも。

そのベッドのそばで、車いすのまま、夫は座っていました。
職員さんが、保冷剤と、マスクを持って来ました。
何するのかと思ったら、マスクで保冷剤を包んで、それを額に当てました。
...なるほど。
冷たすぎないかなと心配になりましたが、やむを得ません。
しばらくしてベッドの人が気分よくなったようで、立ち上がって場所をあけてくれました。

一人でベッドに移すのは危険なので、私はまた忙しそうにしている職員さんに声をかけてお願いしました。
その職員さんは、一人じゃできないからと、別の職員さんを呼びました。
もしもし~、私がここにいるんですけど....。
そう言う間もなく、別の職員さんが来たので、私はそばで傍観することにしました。

二人の職員さんが夫を立ち上がらせて、強引に向きを変え、ベッドに座らせました。
見ていてはらはらするほど危なっかしいやりかたでした。
あげくに、座った場所が悪いけどいいや、頭の向きを反対にしようと言って、そのまま寝かせました。

ベッドは頭の方が少し持ち上がっていました。
そこに逆向きに寝かせられたので、足の方が高い状態です。

さすがにこれじゃまずいと思ったのか、片方の職員さんが、夫を抱え上げて向きを変えました。
あー危ないと思いながら、咄嗟に手出しも出来す見守るしかありませんでした。
やっぱり最後は、ドサッと落とされました..。
わざと乱暴に扱っているわけではなく、重い夫を一人で持ち上げられたということに、感心もしました。
でも、自分では身動きもできず、なすがままに、ベッドに落とされた夫が可哀想でした。

ともかく夫はベッドに落ち着きました。
そこへ、顔見知りの看護師の職員さんが来て、アイスノンを頭の下に入れてくれました。
しばらくして熱を測ってみると、36.8度まで下がっていました。

お祭りもたけなわで、いろいろな出し物が始まっていました。
夫は顔色も普通に戻り、もぞもぞ動き始めたので、もう大丈夫と思い、起こすことにしました。
また職員さんにきてもらい、今度は私が立ち上がらせて、そばにあった椅子に腰掛けさせるまでを手伝ってもらいました。

私たちがいた場所は部屋の片隅なので、その前には大勢の人がいて、出し物はよく見えませんでした。
利用者さんの家族で、クラリネットの演奏をする方がいて、プロ級の腕前です。
去年聴いて楽しみにしていましたが、今年も演奏をして下さいました。
その後は、毎年恒例の水戸黄門の寸劇です。
社長さん扮する水戸黄門と、職員さんたちの助さん格さん、悪役お代官にさらわれ役の娘など、毎年ストーリーは同じながら、年々洗練されてきています。

それが済んで、トイレ休憩がありました。
寸劇にでなかった職員さんたちが、忙しそうに、利用者さんたちをトイレに連れて行っています。
夫も連れて行きたかったけど、トイレに行くまで狭い隙間を車いすで通れそうもなく、また、私一人では、車いすから便座への移乗ができないので、あきらめました。
誰か来てくれないかなと思いましたが、結局誰も来ませんでした。
見てると、自分で歩ける人達だけを連れて行っていたようです。
車いすの人は、パットで処理ということなんでしょうね。

実は目の前に、Sさんという認知症デイ担当の職員さんがいました。
数回顔を合わせたことがあって、知らないわけじゃなく、頼めばよかったかもですが、この人はMyさん情報に依れば、利用者さんが、トイレに行きたいと騒いでいても、聞こえないふりしてあっちに行っちゃう人だそうです。
夫をベッドへ寝かせたり起こしたりしていた間中、こちらを振り向きもしませんでした。
背中から、私に声かけないで!というオーラが出ていました。
Myさんの言っていたことが納得できました。(笑

紅白にわかれて、玉入れ競争がありました。
もちろん夫は参加できません。
そうしている間に、夫は、手を前に持って行くようになりました。
見ると、失禁した尿が漏れて、ズボンまで浸みだしていました。
もう遠慮している場合じゃないので、また職員さんを呼びました。
職員さんは、濡れたパットを新しいのに取り替えてはくれましたが、パンツやズボンは後で二階に上がってから替えますとのことでした。

このデイは、通常型のデイサービスと、認知症対応デイサービスとがあり、認知症対応は二階にあります。
古いマンションの一部を使っていて、それぞれの部屋への相互の連絡はありません。
エレベーターもなく、外階段を使っての登り降りです。
車いすの人は、階段にレールを設置し、人力で引き上げています。
お泊まりする部屋も二階で、荷物も全て二階においてあります。

こうした状況なので、仕方ないなと思いました。
夫が歩ける状態なら、なんてことはないのにな..。
歩けないことが、なんと不自由なことなのか。
全てのことが、私一人では処理できなくなってしまっていて、結果、夫に不快な思いをさせてしまいました。
私がちゃんとして上げられないのがもどかしく、夫が可哀想な一日でした。






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