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旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

2018/8/15

 

さて、雨の中を泳ぐようにして次に行ったのは青森銀行記念館です。素晴らしい建物…。この建物自体が国の重要文化財に指定されています。

 

第59銀行本店本館として1904年に建設されました。今は銀行の博物館となっております。この博物館が実に見ごたえがあって面白かったのよー!

 

アホほど写真を撮りましたが全部は載せていられないので、ちょっとだけ。古いお札とか…

 

 

藩札とか! 弘前藩だけのローカル通貨ってわけですよ。明治政府により禁止されました。

 

金融の歴史も解説してくれる。日本で文献に残る一番古い紙幣の記録はなんと1334年だって!後醍醐天皇の時代。でもその紙幣は現存しないので確認できない。現存するものとしては、1622年に伊勢神宮領内で発行された山田羽書(やまだはがき)という丁銀手形が最初の紙幣と言われている。その後、1661年に越前福井藩が藩札を発行したそうです。

 

あと、為替会社の紙幣(不換紙幣。会社はやがて軒並み解散)とか、明治政府が発行した開拓使兌換証券(実質、政府発行のお金)とか! 政府経費を補うため発行された太政官札と、それが高額すぎて使いにくいので補助的に発行された民部省札とか!

 

通帳とか!

 

通帳とか、通帳とか!

 

他にも軍票とか! 中国の紀元前のお金、刀貨や布貨とか! 世界の流通通貨だった宋銭とか!

 

賃金表も面白かった。この銀行では明治29年、頭取には20円、4人いた取締役には8円~12円、6等の貸付係だと8円、公債係などは7円…と続き、出納係や13等の貸付係だと4円、お月給を払っておりました。

 

たっぷり時間をかけて展示を楽しんだ後は、お二階へ。

 

ここは会議室だったか、応接室だったか。

 

この天井の「金唐革紙(きんからかわかみ)」が非常に貴重なの。和紙に錫箔と漆を使って17もの工程を手仕事で仕上げた美しい装飾で、外国にも盛んに輸出されました。機械化によって消えてしまい、現存するのはここと、日本郵船小樽支店の2ヶ所だけなんだって。

 

お隣の部屋。この階段は上がれません。

 

 

ここには、弘前の街角を3つの時代で写した写真がたくさん展示してありました。昭和30年代、昭和60年代、現代。めっちゃ興味深かったわ。

 

で、また1階に降りて行きますね…。

 

こういう建物は階段部分が特に素晴らしいと思う。

 

凛とした直線から優雅な曲線に繋がるところとかホント好き。

 

中にいる間に雨が上がってくれていました。この記事の最初に貼った写真も、実際には出てきてから撮ったもの。着いた時には写真を撮るどころじゃなかったからね、雨がひどすぎて。

 

最後に、弘前の名建築に関する100円の本を買ったら、とっても立派な領収書をくれました。雰囲気づくりなのかしら。

 

2018/8/15

 

次のお目当てに向かう途中で、また素敵な消防署に巡り合いました。

 

弘前市にはこういう消防署がたくさん残っているんだね。改築する際にもこの形を残すのかな。ちなみに、弘前市では「趣のある建物」という認定があるらしく、この建物の前にそのプレートがあったよ。今調べてみたら、ネット上でマップも手に入るの。次に弘前に行く時にはこれを印刷していこう…。

 

さて、次のお目当てはここ、藤田記念庭園

 

弘前出身の大実業家、藤田謙一氏が1919年に東京から庭師を呼んで作らせた広大な庭園です。小川はもちろん滝もあり、滝の上にかかる橋まであるのだ。

 

この滝の上にある高台部は岩木山を借景とした洋風庭園。滝の下に広がる広い低地部は、池泉回遊式の日本庭園となっております。

 

 

洋風庭園には洋館が建っており、和風庭園にはこの通り立派な日本家屋があります。

 

 

 

広すぎてワケわからんくなってきたけど、お茶室とかもある。いずれも時間貸ししているので、会場を借り切ってパーティーしたりも出来るよ! 音楽ホールだってあるのだ。元倉庫は考古学資料館として開放されている。いいな、この近くに住んでる人。私ももっとゆっくりしたかったんだけど、ちょっと、色々予定を詰め込み過ぎておりまして。

 

洋館には「大正浪漫喫茶室」というカフェもありますので入る気満々だったんですけど、順番待ちがすごいことになっていたので諦め。別のところで素敵カフェに入る計画もありますし。でも、朝から時折りパラパラと振っていた雨がついに本降りになったので、雨宿りできたらちょうど良かったのにな~。


仕方がないので、雨の中を出撃いたしました。真夏だもの、濡れたって平気さ。見たいものはまだまだあるんだ。趣のある消防署を横目に自転車でかっ飛ばしまして…

 

 

次に来たのは、長勝寺。1528年に建てられたお寺で、元は別の場所にあったんだけど、3回お引越しして、1610年に今の場所に落ち着いたらしい。武将の菩提寺だったからなのかしら、本拠地を移る度にお寺まで持っていくってのは。

 

この三門に一目惚れしましてねえ。1629年に第2代弘前藩主が作らせた楼門なの。

 

1809年に大改修して、仁王像などが設置されたとのこと。斜め後ろから見てもカッコいいね。雨が降っていなかったらもっときれいな写真が撮れたと思うんだ。残念。

 

鐘楼も渋い。中の鐘は1306年のものらしいよ。

 

蒼龍窟という建物の中には…

 

大量の仏像が。

 

こちらは本堂のご本尊。

 

庫裡には、私が萩で見たのと同じような木造の巨大魚があったらしい。見たかったわ。

 

あかーん、もうホンットに土砂降り! ひー

 

このような天候の中、白人の初老の夫婦が来ていましたよ。好みが渋いね。

 

長勝寺の前の真っ直ぐな長い路には、曹洞宗のお寺が33も並んでいます。弘前城を築城した2代目藩主が、弘前城の裏鬼門を守るために、1610年に、津軽一円の主なお寺を集めたんですって。同じ宗派のお寺がこんなに並ぶのは珍しいそうですよ。心身の余裕があったら写真も撮りたかったわ。

 

2018/8/15
 

この日は弘前の市内観光。駅でレンタサイクルをやっているので、借りました。荷物はまたバスターミナルのロッカーへ。夕方にバス停から青森空港に行くのでね。

 

まずはやっぱり弘前城!  二の丸南門、かっこいいよねえ。

 

本丸で残っているのはこの天守のみ。芝生の上にぽつんとあるのがちょっとシュールでした。


ところで私、この天守の中を見学し始めた時に、急にめちゃくちゃ気分が悪くなりましてね。暑いのはもちろん暑かったのですが、急にその暑さをつらいと感じ始めた。他に見学者がいないのをいいことに、天守の中に設置されて動き続けている扇風機の前に陣取って、風に当たりながら水を少しずつ飲み続けました。しばらくすると、やっと体が楽になってきて、動けるように。ちょっと脱水気味だったのかも…。昨夜、深酒しているしね。

 

その後も城址公園を散策しましたが、エアコンの効いた休憩所に入って、ウォータークーラーの水を好きなだけ頂戴しつつゆっくり休憩。

 

本当はぐるり櫓なんかも見て周ると良いの絵しょうけど、ちょっとしんどかったのと、」休憩で思いのほか時間を使ってしまったのとで、もう真っ直ぐ北の郭北門 まで行ってしまいました。

 

門を振り返って見てみる。やっぱかっこいいなあ。

 

さてさて、お城のすぐ北、道路を挟んでお向かいにあるのが次の目的地、石場家住宅。

 

黒石と同じような、「こみせ」の軒先だ。


石場家は江戸時には弘前藩御用達の商家でした。主な取扱品は藁製品だったって。今でも現役でお商売しているけど、現在は酒屋さんです。お城に面した側の小さな一室に商品を置き、そのお隣の小さな一室がこのように事務室的なお部屋に。古い家具も残っていていい感じ。

 

 

奥のお部屋はもう、お商売には使っていません。博物館状態。建物は、18世紀前半のものらしい。今の場所には19世紀初頭に移築されたんだって。

 

 

 

では次に、仲町伝統的建築物保存地区に参ります。江戸時代の武家屋敷がいくつか移築されていて、コンパクトに見て周れます。

 

まずは旧笹森家住宅…。弘前藩の中・下級武士の典型的な住宅なんですって。

 

 

 

で、こちらが旧伊東家。

 

元藩医の住宅で、19世紀初期の建築と考えられております。何度か増改築されているらしいけど、この伝建地区に移築される際、解体修理のついでに藩医時代を想定して復元が行われたそうです。

 

 

中二階がある。昔の家具や道具も残っているよ。

 

 

右奥が手燭で、左が何だったかな…温熱のための機会だったような気が。床の上を転がしても大丈夫なやつ。手前はお燗の道具ではなかったかな。

 

これは確か、医療器具を入れて運ぶ往診のための箱だったような記憶。「伊東」って書いてあるんだよ。

 

旧伊東家の奥にあるのが旧梅田家住宅。

 

小さいながらも武家屋敷、取次の間があります。

 

ここも中二階がある。

 

ここは台所に色んなものが残っていたな。

 

 

そして旧岩田家。18世紀の終わり~19世紀の初めごろに建てられたと考えられるそうです。

 

家の造りで言えばここが一番面白かったな。

 

この雨戸とか。

 

あとこれ。明治元年からのお米のお値段表。

 

旧岩田家住宅、旧伊東家住宅は県重宝に、旧笹森家住宅は市指定有形文化財に指定されています。

 

 

2018/8/14

 

さて、弘前まで戻ってきました。荷物をロッカーから取り出し、宿に向かいます。本日のお宿は、弘前駅からまっすぐ歩いて徒歩5分のビジネス旅館です。ちなみに、ここのご主人は温湯温泉の出身なんですってよ。

 

中はいたってシンプルで、弘前は暑いのでエアコンも付いています。お風呂は共同ですけど非常に清潔。これで素泊まり6,000円はお得ですわ。
 

 

 

晩ごはんのため外出。弘前で飲食店が集まっている地区には、駅から少し歩きます。宿からだと15分くらいですかね。
 

その途中で通りかかった、美しい日本聖公会弘前昇天教会教会堂。1920年の建築だそうです。

 

中も見てみたかったけど入れませんでした。日本だと教会って普通は閉まっていますね。イタリアやスペインでは基本的に開けっ放しのことが多いように思いますが。後でネットで見てみたら、この教会は中もとても美しい。それに、1882年製のオルガンが現役で使われているそうです。

 

 

教会のすぐ近くには弘南鉄道大鰐線の中央弘前駅があります。なかなか渋い。

 

ここら辺には古い建物がポツポツあって素敵。旧市街と呼べるほどにはまとまって残っていないけどね。ここ、何かのお店かなあ。

 

さて、私がお目当てにしていたお店は、郷土料理を食べさせてくれる「弥三郎」さん。でも行ってみたら満席でした。そこで、席が空いたら携帯に連絡してくれとお願いしました。

 

近くで時間つぶしをとうろついて目に入ったのが、古式ゆかしい純喫茶「ルビアン」さん。

 

こんな喫茶店も珍しくなったよね… と入ってみたところ、ここも大当たりでしたわ! このクラシックな雰囲気がたまらない。後で調べたところ、なんでも50年の歴史を持つ、弘前で一番古い喫茶店らしい。一日限定10杯の水出しコーヒー、ホンットに美味しかったあ。他の人が頼んでいるナポリタンスパゲッティがまた美味しそうで、「ああ、もう、ここで晩ごはんにしてしまえば良かったかも…」とか思っていたら、思ったよりずっと早く弥三郎さんから連絡をもらえたので、後ろ髪を引かれながら出てきました。

 

さて、「弥三郎」さんはもちろん地元の方にも評価が高いのですが、観光客にも大人気ですので、一通りの郷土料理を簡単に堪能できるコースも用意してくれています。お得なので、それをお願いしました。

 

どれも美味しくてお酒が進む…。下の右側の写真は追加で頼んだ、鱈の干物を生卵で和えたもの。

 

 

私は一人客なのでカウンター席でした。他にもカウンターには一人旅の若い男性や旅行好きの中年夫婦が。女将さんがうまく話を振ってくれて、やがて4人で大盛り上がり。お互いの弘前での経験や、これまでの旅先のことなどをたくさん話して、本当に楽しかったなあ。

 

もっともっと飲んでいたかったけど、近くに泊まっている彼らと違い私は宿が少し離れておりますので、途中で離脱。またしても後ろ髪を引かれながら帰途につきました。が、歩いて帰るつもりだったのが、すっかり酔っていてしんどくなっちゃって、結局タクシーで帰ったのでした。


さて、こちらが宿の朝ごはんです。フル・ジャパニーズ・ブレックファストだな…。豪華…。

 

食堂でいただいておりましたら、お台所に、宿のオーナーご夫妻のお孫さんらしい小学生の男の子が来て、おばあちゃんにあれこれ構ってもらっていたのが微笑ましかったです。

 

 
あと食堂で点けっぱなしになっているテレビから、当時行方不明になって話題になっていた2歳の男の子が無事に発見されたと速報が入り、思わず姉にLINEで「あの子見つかったって」と連絡してしまったのを憶えています。本当に、良かったなあ…。
 

2018/8/14

 

バス停まで戻り、まだ時間があったので、マザーツリーも見に行きました。そんなにまでは興味がなかったんだけどね、せっかくだし。

 

通過者を記録する機械?

 

こちらがマザーツリー。樹齢400年のブナの木だそうです。

 

美しいね…。見に来て良かったな。

 

私が訪れたのは8月半ばでした。そして翌月、大きな台風が日本を襲い、マザーツリーは折れてしまったそうです。自分が見たほんのちょっと後に無くなってしまうなんて、とてもショックです…。

 

津軽峠のバス停近くからの光景。ここが一番見晴らしがいいね。

 

出は山を下っていきます…。

 

ビジターセンターに戻り、今度はそこからブナ林散策路に行く… つもりが、道を間違えて、暗門の滝に向かうコースに入ってしまっていたらしい。途中で気づいて引き返しました。

 

で、ブナ林散策路に入り直し。

 

ブナの葉っぱを透かして陽の光が降り注ぐ、静かな世界でした。緑のグラデーションの見事さよ。

 

 

もうちょっと時間があったらよかったな。津軽峠から高倉森を通ってビジターセンターまで歩き、暗門の滝も見に行けたらいいのに。一泊したら充分できる。ビジターセンターがあるアクアグリーンビレッジでは宿泊も可能。コテージタイプで、温泉もある。泊まってゆっくり散策してみるのも良いね。朝の景色など見れたらどんなにいいだろう。

 

弘前に戻ります…。

 

2018/8/14

 

さて、温湯温泉から黒石へ…。途中、気になっていた場所の表札を撮影。名前が直球で素敵。

 

昨夜の残りのお赤飯を朝ごはんに食べる。早起きしてちゃんと宿で食べればいいのにねえ。ちなみに、小豆が甘く炊いてあるの。うちの地元だと甘くはしない。こういうのって本当に、文化だよねえ。

 

さてさて、弘前まで戻ってきまして、バスターミナルに荷物を預け、本日は白神山地に参ります。

 
残りあと2日、弘前観光と白神山地散策を予定しており、どっちの日にどっちに行くかは決めていませんでした。どっちでもいいんですけど、心配性なので、飛行機で帰る日に遠出したくないという気持ちも働きましてね。てことで、弘前に着いたらそのままバスに乗って白神山地に向かいました。

 

白神山地へは、特別な周遊チケットがあります。行きたい場所に合せて途中下車しやすくできている。

 

白神山地は体力や時間に合わせて散策ルートも色々と選べる。泊まりながらの本格的なトレッキングも可能ですし、私みたいに日帰りでさらっと行ってきたい人にも行きやすい。私が選んだのは高倉森往復コース。本当は 暗門渓谷ルートにしたかったんですが、それは時間が足りなくて。

 

バスが休憩したビジターセンターで聞いても、私の持ち時間だとやはり高倉森まで行って引き返すのが良いだろうとの事でした。パッと視界が開ける見晴らしが良い場所があるとも言われて、楽しみ。
 

津軽峠に着いたら、皆さん一斉に私とは違う方向に歩き始めました。すぐ近くにあるマザーツリーを見に行くコース。たぶん、マザーツリーを見て引き返すんだね。

 

マザーツリーを見た後で来る人もいるかもと思いながら高倉森を目指して歩き出す。

 

森の中を歩いて行きます。木々に囲まれて歩いて行くので、自分が高い山の上にいると言う感覚はあまりないな。森しか見えないからわかんないの。



視界が開ける場所と言うのはここの事かな? ここ以外には、遠くが見える場所はなかった。

 

ここが高倉森です。ここで引き返します。

 

高倉森からの眺めもそんなにいいわけではない。標高はあるのかもしれないけど。

 

高倉森から引き返す時にやっと一人、私の後ろから来た人に出会ったよ。

 

たまに、木々の間から谷間が見えて、ああやっぱりここはすごい山の上なんだなと…。

 

さっきの、視界がパッと開ける場所。やっぱ、高倉森往復コースで「視界がいい」ってのはここのことだと思う。ここからだと、高い山の上にいるのだというのがよくわかるもの。

 

実は、ビジターセンターで恐ろしい話を聞いておりました。視界がパッと開ける場所で、いろいろ無茶な格好をして写真を撮っていた若い男性が、転落したんですって。

 

ここね、上から見ると全然わからないんですけど、200メートル位垂直に崖が切り立っているそうなんです。おまけに、あまりにも場所が狭く、崖から木々が生い茂っていて、上から降りていくこともできないし、ヘリコプターも近づけないのだそうです。だから、その転落した人を助けに行く手段がなかったんだって。

 

 

つまり、私がここで写真を撮っていたその時にも、その人の遺体が下の方にあったんだろうね…。更に怖いのは、200mの崖から転落したと言っても、生い茂る木々に引っかかりながら落ちたのなら、即死はしなかったんじゃないかなってこと。とてもつらい亡くなり方をしたのでは…。無茶をしてはいけませんね。

 

途中にはお花もいろいろ咲いていました。

 

教養がないので名前がわからん。

 

 

食べられるきのこかしら? たくさん見た。白い紫陽花もたくさん。ツルアジサイっていうやつ?

 

 
アジサイの季節は6月~7月とのことですが、ここは涼しいから8月でも咲いているのかな。

 

 

2018/8/13

 

夕方のバスで黒石から温湯温泉に戻りました。この日の宿は後藤温泉客舎。素泊まりで2500円!

 

 
元は長期滞在する湯治客が相手だったのかな。昔は宿泊&自炊施設を提供するものだったらしい。ってそれ、言うなればホステルね。今でも内風呂はなくて、目の前にある公共浴場の入浴券が一枚、宿泊料に含まれていました。

 

 

到着した時、おかみさんがお出かけ中で、このようなメモが縁側に。

 

もう最高でしょ…、本当に、ここに泊まることにして良かった…!

 

上の写真で言えば左、下の写真で言えば右の、このガラス戸が、道に面した玄関側です。真ん中のとこが入り口ね。そこ釜真っ直ぐ裏に通じる通路がある。私の部屋は、玄関を入って左側の一つ目。

 

 

これが裏側。作りとしては玄関側と同じです。

 

裏から出るとお庭があって、その奥に、おかみさんのご一家がお住まいらしいおうちがありました。作りは客舎と同じなんだね。ずいぶん大きいから、もしかしたら別館的なものなのかも。

 

これが客舎のお台所。使って良かったのかな? この真ん中の流しとか、昔風でいいよね。各部屋に冷蔵庫も付いているから、食材を入れておくこともできるのだ。

 

お手洗いは水洗ではないけど、このように洋式にしてある。これ、2月に行った萩の芳和荘でも同じようにしていたわ。昔の建物が好きな人も、多くは、お手洗いだけは今風でないとつらいんだよな(私もです)。その現実を前に、現代人が少しでも使いやすいようにしてあるわけ。

 

実をいうと、温湯温泉に来るまでは、飲み屋さんくらいは見つかるだろうと思っていたんです。が、全然ない。お盆だからかもしれないけど。なので、この写真の奥にある酒屋さんでお酒とつまみを調達。

 

 

一通り探検を済ませて、部屋の前の縁側に座ってのんびりしておりましたら、ガラス戸の向こうから声をかけてくれる人がいます。黒石で最初にお話しして、色々と情報をくれたローカルガイドさんでした。ガイドさんは黒石に住んでるんですけれど、温湯温泉が好きで娘さんと一緒に入りに来るのだそうです。そういう人も珍しくはないらしい。で、私がここに泊まると話していたので、なんとお赤飯の差し入れを持ってきてくれたんです! ありがたいねえ。

 

部屋から徒歩10秒の公共浴場に出かけて、お風呂に入ります。ここはすっかり新しく建て直されているので、実に現代的な浴場です。上がった後はポカリスエットを飲みながらエアコンの効いた待合でテレビを見てダラダラしておりました。

 

さて、部屋に戻り、いただいた差し入れのお赤飯を食べ始めました。が、ちょっと考えて、翌朝の朝ごはん用に取っておくことに。てことで、晩ごはんはこれです。

 

良い気持ちになり、寝ようかなあと思っていたところ、何やら太鼓の音が…。

 

何だろうと音がする方に行ってみたら、ねぶたがー! 大人たちに付き添われ、子供たちが綱を引っ張っていました。すごい、この日にここに泊まって良かった!

 

黒石のガイドさんが、「また黒石に来てね。ねぶたもあるからね。青森や弘前のねぶたはちょっと観光客向けになっちゃってるけど、黒石のねぶたは私ら地元民が自分たちのためにやっている昔のままのねぶたよ」と言っていました。温湯温泉のねぶたも黒石と同じなんだろうね。

 

 

夜になると、部屋から見える様子はこんな風です。

 

 

これは朝にお散歩していて気になった光景。お墓が一つだけぽつんと。元はここも墓地だったのかな? お寺の横にある墓地には移さないのね…。

 

2018/8/13

 

さて、金平庭園を堪能した後は、ローカルガイドさんが教えてくださった他の古い建物を見に行きました。なんだあ~、こみせ通りが休業状態でも、まだまだ見学する場所はいっぱいあるんだ。

 

まずはこれ。ただの民家。

 

ただの民家なんですよ! 町のど真ん中でこんな立派な茅葺屋根を残してくれているけど! 市から補助とか出てるのかしら? 自力で維持するのはあまりにも大変そうなんですけど!

 

そしてこちらは、中心部から離れたところにある「こみせ」の一つ、旧佐藤酒造さん。

 

明治27年(1894)創業の造り酒屋が2008年に廃業。2014年には解体工事が始まってしまう。それを知った地元民がNPO法人を立ち上げ、クラウドファンディングで資金を募って、持ち主と賃貸契約を結んだのだそうです。そしてボランティアの力を借りて3年半をかけて改修を続け、カフェ「はつこま」をオープン。(はつこまというのは、佐藤酒造さんのお酒の銘柄)  売上金の一部は今も続く改修費用に充てている。募金箱もありました(もちろん協力しました)。

 

 

土日のみ営業とのことで、公開情報によるとこの日は閉まっているはずでした。しかしガイドさん曰く「僕、あの近くに住んでるんですけど、今朝通りかかったら営業していましたよ」。ってことで、ガイドさんは、まず上記の民家まで連れて行ってくれた後、この佐藤酒造さんまで付き添ってくれて、スタッフさんに挨拶してからお庭に戻っていってました。お世話になりましたー。

 

ここも木造アーケードを残す「こみせ」なのだ。

 

蔵を利用したカフェ。奥が厨房です。

 

メニューは色々ありますが、カレーがあるとついカレーを頼んでしまうカレー好き…。美味しかった。

 

この写真を撮っている場所の手前(屋外)には煙突もある蔵があります。写真の奥が玄関と表の通り。

 

玄関を入ってすぐの部屋とカフェのある蔵との間にある部屋が、店舗スペースだったのかな?お二階に行く階段も見える。二階はまだ改修が続いているらしい。

 

上の写真の左側。土間からお座敷を見る。縁台の下の所は靴をしまえるようになっているらしい。

 

広いね。宿とかもやってくれないかなー。

 

さて、佐藤酒造さんを出て、こみせ通りの方に戻っていく… 途中にある、立派な建物。黄色い看板に 「横山文具店」 と書いてあったけど、本当に文具店として今も営業しているんだろうか…。これだけの建物なのに、確か観光地図には記載されていなかった。持ち主の意向かしら?

 

また消防署が。黒石市第2消防部屯所。大正9年(1920年)のもので、火の見櫓のある屯所の中では黒石市内に現存する中で一番古いそうです。

 

ここは黒石城の門があった場所かな。道がここでぎゅわんと狭くなっていて、「西門」の跡とプレートが。

 

 

街中にも、こうしてふっと近代建築が現れる。大変だと思うけど、大事に保存してほしいなあ…。

 

 

そしてこみせ通りに戻ってきたよ。 これは 文化三年(1806年) 創業の鳴海醸造店。現役のお店ですよ。この日は閉まってたけどね!(涙)

 

蔵も現役なのでこのような煙突が。

 

この一角が丸ごと、蔵と店舗なのだね…。

 

上の写真の、道路を挟んだお向かいには、中村旅館さんがあります。こちらも古く、120年前の建物です。泊まってみたいな。もとは遊郭だったって…。小さく見えるけど、お座敷もあるし部屋数も多い。逆光で真っ黒になった写真を後で調整しているので白っぽく見えて残念~。

 

これはこみせ通りからちょっと路地に入った辺り。写真左下の方、湧水があるのかな?

 

この奥の辺りも古い建物が残っていて、だけどちょっと荒れていて、壊れないよう保存できますようにと祈るような気持ちに…。

 

とかやってたら、お蕎麦屋さんを発見。さっきカレー食べたところだろうが!と自分にツッコミを入れつつ、ざるそばを食べてしまったわ。美味しかった!

 

 

この頃になると、他にも開いている飲食店があったよ。酒蔵とかは開いていないけど、カフェなんかはお盆でもお昼からなら開けているのかも。こみせ通り、午前中は人がほとんどいなかったのに、午後は賑やかになっていた。

 

2018/8/13

 

その後はローカルガイドの方に薦められた庭園を見に行きました。このお庭にもローカルガイドさんがいらっしゃいます。全て無料。こみせ通りの方は完全予約制だけど、こちらはガイドさんが待機してくれていて、空いていればいつでも案内してもらえる。

 

このお屋敷のお庭として造られた庭園ってわけではなく、庭園が先に作られて、その後でお屋敷を作ったみたいよ。

 

この玄関から、お庭までストンと見通せます。かっこいい。

 

反対にお庭側から玄関を見ると、こうです。

 

旧加藤家住宅です。加藤さんと言うのが、このお庭を作った方ね。主屋、離れ、煎茶用の茶室(というものがあるのを初めて知った)から成る立派なお屋敷。加藤家が手放した後は料亭として使われていた時期もあるとか。シャンデリアはその頃の名残だったかな。

 

しばらくは放置されて、家屋もお庭も荒れ放題だったらしい。それを最近になってから復元したんだって。たくさんのボランティアの方々の協力の賜物。後で写真を見てびっくりしたよ。あんなひどい状態になっていたとは…。よくここまで美しく元通りにしてもらえたものだわ。

 

今は中に入って見学することはできないので、お屋敷の脇をからお庭に入っていくのだ。この溝は、お庭の池からの排水を受けている。

 

離れに隣接して蔵もある。しかしでかい離れだ…。

 

作られた当時(1903年)のガラスが残っているよ。保存されている近代建築でも、ガラスは割れてしまって現代のガラスが入っていることが多い。古いガラスは貴重なんですって。

 

このお庭とお屋敷を作った加藤さんて人は、地元の政治家であり、実業家でした。

 

失業して経済的苦境にある地元の人達の雇用を創出するため、このお庭を作ったんだって。自治体並みの資金を持つ富豪による公共事業みたいなもんか。これもノブレス・オブリージュなのね。

 

このお庭の建設には地元民1000人が関わったそうだよ。金平庭園と言う名前も、加藤さんの「万民に金が行きわたり、平和な世の中になるように」という願いから付けられたんだって。もっとも、加藤家の家業である酒造業の初代屋号「澤屋成之助(さわやなりのすけ)」から生まれた「澤成園」と言うニックネームの方が広まっていたそうで 笑


 

煎茶の茶室ってこれ?

 

襖にも欄間にも鶴が飛んでいるよ。なんて優雅なんだ…。

 

さて、お庭。

 

母屋の縁側の前にある巨大な沓脱石から飛び石が二手に延びている。一方の先には大きな礼拝石に繋がります。礼拝石は庭園の神仏へのお供えを置くための石だから、この石に上がってはいけないの。行っていいのは一つ手前の「踏み止め石」の上まで。もう一方の飛び石は池を渡る端に繋がっていく。

 

このお庭は「大石武学流」という、津軽地方に特有の様式で作られています。大きい武骨な岩を配するのが特徴だとか。その岩は、黒石から温湯温泉に行く途中にある石切場から切り出したんだって。そこから人力で引っ張ってきたんだ。写真を見せてもらった。
 

 

造園デザインを担当したのは高橋亭山先生。明治25年(1892年)に加藤さんに頼まれて造り始めましたが、完成を待たず亡くなったので、お弟子さんたちが後を継いで完成させました。

 
築山の土台。
 
築山から見たお屋敷。雲が無ければ、左側の平たい屋根の上っつか向こうに、岩木山が借景となる。
 
左側は築山の奥にある月見灯籠。お庭ができた当時の貴重なもの。右側は後から追加されたんだったかな? どちらも、お座敷から見てお月様の形が真っ直ぐ見えるよう配置されているんだよ。
 

 

お庭の横にある通用門。お庭の反対側は、一部の土地が切り売りされてしまって、残念な姿に。町のど真ん中だもんなあ…。お庭が文化財として保護されるまでは、ただの高い土地だったんだろうなあ。

 

池には島があって、石橋2つで向こう岸と繋がっているの。(今は通れません)

 

ガイドの方にたっぷり1時間かけてお庭を案内してもらいましたよ。写真もいっぱい見せてもらった。説明するべき事柄はもう大量にあるんだよ、時間さえあればいくらでも聞かせてもらえるよ。

 

YouTubeに、お庭の歴史が紹介された動画がある。ぜひ見て!


 

翌日、飯塚旅館を出立。この日もどうせ温湯温泉に戻ってくるので、荷物を次の宿に預けていこうかと思案。でもむしろそれが面倒くさく感じられて、背負ったまま黒石に行きました。どうせ大して重くもない。

 

黒石では駅前の観光案内所でレンタサイクルも借りることができます。ちょっと考えたけど、こみせ通りで自転車を停めておく場所は、などと考えているうちに面倒になり、歩いていくことにしました。

 

駅の近くで見かけた印象的な看板。サハリン…書体が怖くない?

 

最初に出てきた古い建物は黒石市消防団第三分団第三消防部屯所です。大正13年(1924年)の建築。 唐破風の屋根を持つ火の見櫓が印象的ね。櫓は鉄板で覆われていて、中に半鐘があり、四面がガラス張り。最初はバルコニーが付いていたそうだけど、昭和3年に消防車(自動車)が配備された際に1階が増改築されて取り払われたんだって。自動車の前は右下の写真にあるようなポンプを運んでいた。

 

 

この駐屯所、今も現役なんだよ。黒石にはこういう駐屯所がいくつか残っているんだ。現役だけに、中の見学はできませんが。この消防車は、現役で使われている中で日本で一番古いものの一つだって。


さて、いよいよこみせ通りにやってきました。

 

軒先がこのようにアーケードになっているの。藩政時代からのものなんだって。雪国特有の工夫。黒石のあちこちにあるけど、特にここは集中して残っているし、保存状態が良いのだとか。

 

 

この↑黒石小学校ってのは、ここに学校があるわけではなく、子供たちの将来の夢をこの↓ように展示しているからです。消防士や警察官やYouTuberに交じって、個性的な回答もありました。

 

 

この中町のこみせ通りには、創業210年を超える造り酒屋や240年を超える商店、蔵などが並んでいて、中を見学できるのです!

 

 

………できるのです……?

 

 

誰もいない……。

 

 

開店時間になってもどこも開かない…。これはどうしたことだろうかと戸惑っておりましたら、やっと人影が。近づいていったら、ローカルガイドの方でした。黒石では事前予約でローカルガイドに案内をお願いできるのです。この方は他の観光客の予約で待機している人でした。で、教えてくれたことにはですね、お盆だから造り酒屋も蔵も全部お休みだって。(て話している間にお土産屋さんだけは開きました)

 

今日は丸一日、黒石のために取っておいたのですが…… 私、何しに来たんでしょうか…。

 

旧市街は大好きだけど、黒石の旧市街はこの通りの一画だけみたいなもん。いくら私でも丸一日使うほどの規模とは言えない。いっそのこと弘前に遊びに行って来ようかな? 電車で30分で行けるんだし…。とも思いましたが、ローカルガイドの方が、今日もお土産屋さんで三味線の演奏があるし庭園も開いているし、楽しみはたくさんありますよと薦めてくださいましたので、やっぱり黒石で過ごすことに。

 

三味線ライブが始まるまでの時間つぶしに、まずは松の湯交流館に行ってみました。昔のお風呂屋さんを利用した、地元民と観光客の交流館なんだって。観光案内所やカフェ、談話室などがあります。

 

カランが並んでいたところはPCが使えるスペースに。椅子は風呂椅子です。

 

ここは観光客向けの新しい店を、古風な外観で作ってあるらしい。全部閉まってるけど。

 

とりあえず端っこまで行ったら、奥にこんなスペースがあるのがわかりまして。気持ちの良い場所なので少し休憩することにして、八戸で買った文庫本を読んでおりましたら、眠くなってきた…。ので、ベンチにあおむけになってちょっとだけ寝ました。ああ、こういうのもいいね…。あれを見たい、これを見たいと飛び回るのもいいけど、こうしてのんびりしてさ。真夏なのに涼しいこの場所でね…。

 

さて、津軽三味線ライブの時間になりましたので、お土産屋さんに。この中でライブがあるの。食事もできる店で、ステージがあるんだ。

 

演奏者はこのお方。

 

この日演奏してくれたのは、全国大会で優勝するようなお師匠様。いつもだったら一番弟子さんが演奏しているそうですが、この日はたまたま先生がいらしたので、演奏してくださったらしい! 何という幸運! もちろん一番弟子さんでも素晴らしかったとは思いますが、お師匠様の演奏は、三味線のことなど何も知らない私でさえ鳥肌が立つようなものだったのです。すごかった!

 

この日に来て、私、むしろ大ラッキーだったのでは…?