旅中毒 -30ページ目

旅中毒

バックパックと少しのお金とパスポートがあればいい。行けば行くほど行きたい場所が増え、人生狂って後悔なし!

青森駅で自宅用にアップルパイや職場用にねぶたの絵が付いたお菓子など買い込んででから、まずは弘前にJRで向かいました。そして弘前からは弘南鉄道で黒石に。

 

なんかこう、単線が駅だけで複線になるのって好き。

 

黒石から今度は弘南バスに乗って温湯(ぬるゆ)温泉に向かいます。

 

バスの時間まで少し時間があったので観光案内所に入ってみたら、外国人のスタッフがいました。後で話を聞きましたら、英語の先生として赴任した後、ここが気に入って住むことにしたご夫妻がいるのだそうで。日本語ペラペラでした。さすがに言語習得能力が高いのね。

 

さて、この日に温湯温泉で私が泊まるのは飯塚旅館。新むつ旅館に泊まりたくて八戸に行ったように、飯塚旅館に泊まりたくて行き先が決定したようなもの。

 

最初は2泊する予定でしたが、後に同じ温泉郷の別の宿にも泊まりたくなって、1泊ずつに変えました。

 

さて、新むつ旅館も、エアコンがついていないと言う理由で宿泊を取りやめる人がいるとご主人が笑っていましたが、この飯塚旅館にもエアコンはありません。8月半ばという真夏ではありましたが、実際、不要ですわ。朝なんて肌寒かったほどです。



飯塚旅館にもちろん内風呂があります。屋内から行けますが離れだし、後から作られたのでしょうね。

 

元は公共浴場で皆が入浴していたはず。公共浴場は旅館の真ん前にある。というか、公共浴場は集落の中心にあるので、旅館などはすべて公共浴場の周りにあるのだ。

 

この変な写真の撮り方は何なのだろう… 後でもっとちゃんと写真を撮ろうと思って忘れていたのか? この巨大こけしは、そういうお祭りです。翌日に訪れた黒石でも見かけたわ。

 

さて、日暮れまでまだ間がありましたので、集落の中を歩いてみました。小さな集落ですので、簡単に一回りできます。


お寺もあります。

 

岩を抱き込むようにして育った椿の木。

 

小さな墓地の向こうにハイウェイが…。


夕方だったからか、あんまり人の姿がない。温泉街なので夜にはどこかの酒場で一杯ひっかけられたらいいなあと思っていましたが、そもそもお店が開いていない…のか、あるいは、そもそも無い。なんか洒落たカフェがあったけど、閉店していました。お盆だからね…。

 

開いていたのは酒屋さんと万屋さんっぽいお店くらい。ここでは卒塔婆を売っているんだって。

 

この建物もいい味わいだね。

 

これは蔵ですねえ。蔵のこっち側に後から木造の家屋をくっつけたの? 中を見たいわ…。

 

反対側は公共浴場の駐車場です。蔵、現役で使われているらしいね。

 


夕食は予め飯塚旅館に頼んでありました。かなり豪華です。今日も4食分だな…。完食したけど。

 

朝食もこの通り4食分です。…って、普段は朝食を食べないので、4倍ってわけではない。

 

これ思い出した。オタク男性の集まる掲示板に乱入した頭悪そうなマッチョと冷静なオタクの会話。

 

「カマ野郎ども、俺はお前らの20倍は女とヤッてるぜ。悔しいか?」

「20 × 0 = 0」

 

2018/8/11

 

さて、青森駅に着きました。弘前方面に行く電車の時間に合わせて、空き時間で駅周辺だけを見て周るるのだ。

 

青森は前々から来て見たかったのですが、今回「よし、行こう!」ってなったのは、①八戸の新むつ旅館に泊まりたい気持ちが盛り上がった、②青森駅前のお寿司屋さんが素晴らしいと聞き及んだ、この2つなんですよね。もちろん奥入瀬も重要ではありましたが、奥入瀬は何と言いますか、常に『行きたい場所』のトップグループに君臨していたので、今回の青森行きに踏み切った理由と言うよりは、青森が常に旅先候補上位にあり続ける理由でした。

 

さて、青森駅前に美味しくてボリュームもあるお寿司屋さんが沢山あると言う話はネットで読みました。色々なお店も紹介されていた。写真だけでよだれが出そう。訪れた人の口コミなども研究し、候補の順番を付けて、それはそれは楽しみにしておりました。で、結果から言いますと、

 

お盆休みで全滅

 

お盆は仕事上の客を迎える時期ではなく、親戚という身内から客を迎える(そして先祖の霊を迎える)季節なのであった。駅に隣接の観光案内所でその恐れを聞かされて愕然。で、実際にいくつか当たってみたら、本当にどこもお休みでしてね。こういうのは旅行情報サイトには書いていないんだよなあ。定休の曜日は書いてあっても。

 

で、そんな場合に備えて、観光案内所のお姉さんは、のっけ丼を作らせてくれる『青森魚菜センター』を薦めてくれていたのです。

 

先にチケットを買っておき、まずは丼ご飯を買い、それから市場の中の好きな店で好きなものを買ってオリジナルの海鮮丼を作るの。このように100円、200円で売られているネタを自分で選ぶ。

 

これが夜梅風のっけ丼だ!

 

私はお昼時直前くらいに行ったから少ししか並びませんでしたが、出てくる頃には施設の外までずらっと人が並んでいた。2巡目にネタだけ買って一杯やろうと思っていたんですが、こりゃアカンと諦め。

 

さて、時間もありますので、その後は駅前の『ねぶたの家 ワ・ラッセ』へ。実は最初は行先候補に挙がっていなかった。ねぶたもお祭りで見るならともかく、博物館に展示されているだけじゃあねえ…。でも観光案内所で『駅近で遊ぶならまずここ』と推薦されましたので、ま、行ってみるかと。

 

行って良かったー! 展示されているだけでも、間近に見るとド迫力ですわー!

 

2階から見る。立体的なんだけど、私の写真だと全然わからんね。

 

角度を変えてみると見え方が違うでしょ? 立体だからです。

 

下に降りてあおりで撮ってみました。龍が飛び出ているの、わかるかしら…。私のスマホではこれが限界ですわ。1眼レフとかで撮ったら全然違うんでしょうね。

 

他にもいっぱいありました。かっこいいなあ。

 

演奏の実演もありましたよ。地元のNTTのチームだそうで、これも良かったなあ。

 

演奏を聞かせてもらうだけでなく、太鼓や鉦などを鳴らさせてくれる。

 

更に、演奏に合わせて観光客も歌い踊る。チームや司会の「ラッセーラ、ラッセーラ!」に続けて観客が「アー ラッセー、ラッセー、ラッセーラ!」と叫んで跳ねる。

 

更に更に、この時たまたまその年のミスター跳人(はねと)に選ばれた人がプライベートで来ていまして。今は東京で働いていて、里帰りから東京に戻る前にちょっと覗きに来たそうな。司会の人に頼まれてその場で跳ねてみせてくれました。いや、もう、衝撃でした! 躍動感と言う言葉を人間の形にしたらあれよ! キレがすごい! 彼の圧倒的なオーラに、小さな子供たちがつられて踊り出していましたよ!

 

私も動画を撮ったのになぜだか消えてしまっている(涙) YouTubeにアップされているお祭りの様子でもどうぞ。お祭りの衣装と雰囲気も楽しい。でも目の前で跳ねるのを見た、あの迫力には及ばないなあ。

 

最後に私も、叫んだり跳ねたりしたご褒美に団扇をもらいました。いやー、行ってみて良かった。観光案内所に行って、お姉さんにお礼を言っておいたよ。

 

2018/8/12

 

翌朝に起きてみますと、昨日の雨が嘘のような良いお天気でした。改めて、これがホステルの全景です。天気が良ければ、昨日、正面のこのテラスでくつろぎたかった。

 

ここは朝食つきです。コンチネンタルスタイルで、食パンにバターやジャム、コーヒーと紅茶ね。私はそれで充分ですが(てゆか普段は朝食は食べないでギリギリまで寝ている)、それじゃ足りない人は自分で予めチーズとか用意していたみたい。

 

青森行きのバスの時間までまだ間があったので、湖畔をうろつきました。昨日は着いたのがもう夕方だったし、既に曇ってきていたから、日差しも弱かったのよね。晴天で見ると雰囲気が違う。

 

 

船の錨の鎖が水底に消えていく様子。左下には白い雲が、上の方には私の脚が写っている。

 

ちなみに、黒石に行くなら十和田湖から弘前行きの直行バスに乗るのが最短です。青森に行っても結局黒石には弘前経由で行くことになります。少し前までなら十和田湖から黒石への直行バスもあったんだけど、廃止されてしまったのだ。やはり寂れて行っているのか…。

 

さて、青森に行く途中でバスが休憩した蔦温泉。お風呂が評判のいい老舗旅館ですって。

 

この蔦温泉の周りにはきれいな沼が散らばっているんだって。素敵ね。私は遠くから来ていることもあって駆け足で通り抜けてしまったけど、本当はこういう温泉郷に一つずつ泊まりながら歩いて行くと楽しいんだろうねえ。いつかやりたいな。こんな風に帰ってきてから思い出して旅行記を書くんじゃなくて、日記を付けながら旅するのだ。「おくのほそ道」の世界。

 

ちなみに、「歩けや奥入瀬三里半」の大町桂月のお墓は蔦温泉の近くにあるそうだ。この人は旅好きで、美しい文章での旅行記を残しているそうです。Kindleで0円だし、読んでみようっと。


バスは八甲田山を越えていきます。緑の中を抜けていく素晴らしいルートでしたよ。自転車で峠を超えていく元気印さんたちも見かけました。

 

高地の自然が美しいだけに、210名中199人が死んだあの訓練の事を思うと、気が滅入りますね。

 

ここが一番標高が高い辺りだったかな。



ここら辺は谷地温泉、猿倉温泉など、温泉号が点在する地域なので、バス停は基本的に温泉にあるようでした。猿倉温泉へと繋がる脇道のところで一人の白人の男の子が乗ってきましたよ。外国にも秘湯マニアがいるんだね。外国人がよくこんなとこまで一人で来るものだわ。酸ヶ湯温泉ならともかく。

 

そう、一番有名なのは酸ヶ湯温泉。ここは建物も素敵なので時間的な余裕さえあれば寄りたかったな。(写真はジョルダンの温泉特集から拝借しました。青森県で人気第1位だそうです)

 

更に進んで、八甲田のロープウェイがあるところで何人か降りて行きました。上まで行ったら山脈から大井平原までを見渡せる絶景なんだろうなあ…。

 

緑のトンネル…。もうすぐ青森です。

 

2018/8/11

 

奥入瀬渓流を遡って辿り着いた十和田湖。次は船に乗るのよ。

 

私が着いた場所は子ノ口(ねのくち)。宿泊するホステルは休屋(やすみや)にあります。路線バスでも行けるけど、どうせなら遊覧船にも乗りたい。2つの半島を周っていきます。

 

そして、せっかくなので、700円払って3階の特別の客室に入りました。何が違うって、まあ、冷房が入っているとか、コーヒーやお茶が飲み放題だとかもあるんですが、何より見晴らしが良いのだ。位置が高いからね。どうせ広い湖の上だから大して変わらないと思うかもしれませんが、違いはありますよ。

 

十和田湖は火山河口にできたカルデラ湖。噴火の際にできただけあり周りには激しい起伏を見せる崖もあります。これは溶岩ドームである御倉山。

 

もちろん、放送で十和田湖や周辺の観光案内もしてくれます。赤いところは銅が含まれているんだったかな。昔は十和田には鉛、亜鉛、銅を算出する鉱山があったのだ。

 

御倉半島と中山半島に挟まれた中湖(なかのうみ)。ここが一番深くて、水深326.8メートル。十和田湖は日本で3番目に深い湖です。

 

5人くらい乗ったジェットボートが何艘か走っていました。こういうアトラクションがあるのね。

 

2つ目の中山半島を周って西湖(にしのうみ)に来ました。ここら辺は水深50~100m。水の色が違うね。

 

ジェットボートでは、こういう岸の辺りの木々の下の洞窟なども接近してみることができるって。

 

休屋の近くにある、恵比寿大黒島。神社が建っている。

 

休屋港に到着しました。

 

さて、休屋港で船を降りてすぐのところに観光案内所がありました。中は小さな博物館でもあり、十和田湖の自然についての展示や上映もありました。で、職員の方に、翌日に黒石まで行きたいと相談しましたところ、当然のように自分の車で行くルートを案内されました。ここら辺は交通の便があまり良くないので、公共交通機関を使って旅行する人は少ないのかも。とにかく、バスの時間を教えてもらいました。

 

そして夕暮れまでの空いた時間で高村光太郎の手による「おとめ像」を見に行きました。正直、そんなに興味はなかったけど、まあせっかくここまで来たのだし、同じ方角に神社があるし、行っとこうかと。

 

やっぱり見て良かったなと思いましたよ。力強くて美しい像です。ゲージツの事なんか何もわからない私でもじっと見ていたいと思える像でしたわ。高村光太郎の最後の作品だそうですね。

 

これはおとめ像の近くにある十和田神社。雰囲気あるわー。参道の杉並木も良かったよ。

 

この頃になると雨が降り始めました。お昼はあんなにお天気が良かったのに。奥入瀬渓流を歩いている時や十和田湖を遊覧している時に雨が降らなくて良かったあ。

 

日暮れまではもう少し時間がありましたが宿に向かいます。湖畔で夕食にしてから行こうかと思っておりましたが、何と言いますか… 縁日の屋台みたいなのか、営業中なのかよくわからないお店しか…。

 

湖畔の寂れっぷりは見ていてつらかったです。湖畔に近い大きなホテルが廃墟と化していましたし、その周りの旅館やお店も、閉まっているところが…。開いている飲食店やお土産屋さんも何十年か前で時が止まっているかのようだったり…。

 

休屋の寂れっぷりは有名な話だそうで、「廃屋通り」なんて呼ばれてもいるそうです。春には環境省から湖畔の3軒の廃屋を撤去するため、持ち主に土地の明け渡しが求められている。観光地ですし、景観の悪化は地域全体の経済活動に悪影響を与えるから。

 

奥入瀬渓流は今も大人気。でも、十和田湖はそうではなくなってしまった。奥入瀬渓流の始まりは子ノ口だし、そこから距離のある休屋には人が来ない。奥入瀬に来た人も、十和田湖に泊まらず青森や弘前に抜けてしまう。更には、奥入瀬の下流の入り口である焼山に星野リゾートができた。泊まるにしても、焼山を選ぶ人が多いでしょうね。交通から言ってもそっちの方が便利だもの。

 

近くに住む人が言うには、『宿や店の認識が、放っておいても客が来た時代のまま変わっていない』とのこと。地元の家族連れや若いグループが週末に遊びに来て一日かけて遊んでいく場所として整備し直すべきだ、と。そしてそのためには駐車場をもっと確保して安くしなければ、と。今の駐車料金では人が寄り付かないって。そう言えば、子ノ口や焼山の駐車場は無料なんですよねえ…。
 

と、まあ、それはそれとして、私は湖畔から徒歩20分ほどの場所にある十和田バックパッカーズへ。

 

そしたらね、むしろその辺りの方が活き活きしている気がしたんですよ。飲食店や土産物はないんだけど、ホテル十和田荘と言う立派なホテルがあり賑わっていた。民宿や、別のホステルもありました。十和田バックパッカーズも、日本人はもちろん外国人のお客さんもたくさんいて、ワイワイしていたよ。家族連れも何組もいたし、一人旅同士で盛り上がる人たちも。いいね、この雰囲気。

 

「素泊まりですか、夕食を付けますか」と問われ、近くに飲食店もないそうなので、夕食も頼みました。カレーか名物のバラ焼き。せっかくだから名物の方にしておきました。地元のブランド牛の牛肉と玉ねぎを甘いソースで炒めたものですね。美味しかった。

 

あと、宿の自家製の果実酒が何種類も用意されていました。自己申告制で1杯200円で飲める。かりんだったかな、いただきました。

 

色々飲んでみたかったけど、あんまり酔っ払いたくなくて、一杯だけで終了。地ビールにつまみのお菓子も置いていて、ちょっと惹かれたけどさ。ホステルの斜め向かいにある食料品店でお酒とつまみを買ってくれば更に安上がりなんだけど、雨が強くなっていたので面倒になりまして。

 

さてこの宿、ホステルなので何もかもシンプルですけど、居心地が良かったよ。今回は洗濯はしないつもりで着替えも用意していたけど、その日は奥入瀬で結構汗をかいたし、ジーンズに泥も付いたので、洗濯機と乾燥機を使いました。こういうところがユースホステルはいいよね。ちなみに、ホステルの泊り客も、500円払ったら隣のホテル十和田の温泉に入れます。

 


部屋の中にはジェットボートの案内もありました。若い人が楽しめる場所になるといいね。

 

一つ、気になったのはこれ。

 

機械翻訳ですかね…。ヘアドライヤーを「部屋ードライヤー」と解釈したらしいな。他もめちゃくちゃだ。文法的なことは諦めるとして、「ヒューズが飛ぶ」は「The fuse was blown off 」ですね。でも最近はヒューズって使われていないから、「ブレーカーが落ちる」ですよね、そもそも。

 

2018/8/11

 

奥入瀬で一番好きな場所。まるで水の林道…。私の写真だと伝わらないけど!

 

奥入瀬の名は水の泡立つ瀬が美しいからこそ付けられたのでしょう。その瀬が続く中に突然現れる静かな道。真っ直ぐな廊下のよう。この透き通る通路はどこに続くのか…。こんな道の先にはきっと、世界が切り替わる縁(ふち)が隠れている…。

 

でも、もちろん瀬も好きなの。この白い流れが。

 

と言うか、グリーンシャワーを浴びて流れが緑に染まっているの。なんという美しさであろう。

 

ちょっと順番は狂うけど、緑の流れ3連発にするね。

 

水そのものが緑色の川や湖も美しいけど、葉の緑を写す水もまた格別です。

 

川ばかり写していますけど、ずっと森の中を歩いているわけですから、植物の説明のプレートを読みながらのハイキングも楽しめるのです。ビックリするくらい太い蔓が巻き付いた大木とか、お花とか。

 

これは白布の滝か白糸の滝かどっちかでしょう。わからん。メモもしていない。

 

銀色に光る水も良い。光の当たる方向によって、同じ場所が全く違う景色を見せるんだよね。プリトヴィッツェに行った時、春夏秋冬の朝昼晩の晴雨曇を全部見たいと思ったものですが、奥入瀬も同じだわ。それぞれの美しさを全て見てみたい。

 

これは九段の滝。そろそろ渓流も終わりが近づいてきました。

 

そして銚子大滝。ここまで来るととても人が多い。

 
私は5時間ほど楽しみましたが、皆が皆そんなにゆっくりできるわけでもない。奥入瀬に特別に時間を割いりしない東北周遊ツアーとかだと、30分とか1時間くらいしか取らないかも。そうなるとこの銚子大滝の辺りだけを見ることになるのかもしれない。だって、渓流そのものが見どころとは言え、迫力ある大きな滝はやはり見応えがあって人を惹きつけるし、上流なら十和田湖と奥入瀬渓流の両方を見ることができるもの。
 
でもさ、この銚子大滝はとてもきれいだけど、雲居の滝でも思ったように、奥入瀬ならではの景色ってわけじゃないよなあ…とも思ったりもするのです、個人的には。

 

別に、滝とそれ以外の場所を分けて考えているわけではないの。滝だって奥入瀬の一部だし、楽しいメリハリを作っている。ただ、あまりにも滝にばかり人が群がっていたもので。それ以外の場所は、絶景がずっと続く分、群がりようもないのだとは思いますが。

 

銚子大滝を過ぎると後は静かな流れが続きます。

 

ここまで来ると本当に水がきれいで、やはり下流は少し水が濁っていたのかもと思ったりも。

 

ここが、十和田湖から奥入瀬渓流が始まる場所です。

 

奥入瀬は下流から上っていくのが良いとよく言われます。ただ、南から北へと流れるので、陽が高く上がらない秋や冬は、時間帯によっては、下流からだと日光を真正面から浴びながら歩くことになって眩しいんだって。

 

あと、時間が限られている場合は路線バスをうまく使って、見たい場所をポイントで押さえていくのもいいだろうって。上流は滝が多く、渓流が一番素晴らしいのは中流で、下流になると森林がメインって感じらしいです。私の印象もそんな感じ。写真はほとんどが中流で撮ったものです。

 

2018/8/11

 
さて、八戸から奥入瀬までの交通手段としては、十和田湖まで行くバスが出ています。渓流の始まる十和田湖の子ノ口から渓流の終わりである焼山までの間、どこで降りてもいいわけですが、やはり川下である焼山から遡っていく方が眺めが良い。それに私はこの晩は十和田湖に泊まるので、渓流沿いに十和田湖まで歩いて行くルートにしました。もっとも焼山から石毛道までは舗装道路沿いを歩くだけで、さほど渓流を楽しめるってわけでもない。時間の無い人は石毛道で降りるのが一番いいです。
 

 

この前日は雨が降ったとかで、川下の方は水が少し濁っているらしい。泥が混じらない川上(湖)に近づけば近づくほど、水がきれいになっていくって。そんなには気にならなかったけど。

 

 

お盆という最高のハイシーズンでしたが、思っていたほどの混雑ではありませんでした。さすがだなと思ったのは、外国人観光客の多さです。韓国や中国からと思しきお客さんがたくさん。それも、ツアーじゃない個人客らしい、若い人たちがね。東京や京都ばかりでなく、こういう場所も人気が出ているんだなあ。

 

 

私も外国に行く際には色々と調べて、好きそうなお城や渓谷を探し出してルートを決める。同じように、日本の中でどこに行こうかと調べて、奥入瀬の景色に魅せられてやってくる人がたくさんいるんだろう。

 

 

お寺や旧市街のような歴史的建築物やテーマパークなどのアトラクション施設も良いけど、日本は自然も素晴らしいのだから、たくさんの人に知ってもらいたいね。そう言えば奥秩父を強力に推している人がいて、写真を見て息を呑んだわ。私も行かなくては…。

 

 

同じような写真ばかりと思われるでしょうが、とにかく美しい。美しいのです。

 

これは橋の下にあった藻。白い花が咲いているのはこの季節だけだと教わりまして。

 
「右ひだり 桂もみぢの影にして 滝を見る目の いとまなきかな」 (大町桂月)

 

 

「住まば日の本 遊ばば十和田 歩けや奥入瀬三里半」 (大町桂月)
 


 

ここが阿修羅の流れ。奥入瀬の中で一番流れが速いそうです。

 

奥の方にも小さな段差で小さな滝ができているの、見えますかしら。肉眼だと何もかもが鮮明なのに、写真に撮ると多くが見えなくなる。プロの写真家さんの凄さを思い知るわ…。

 

雲井の滝。皆、順番に記念写真を撮っていた。滝は目立つからどうしても観光のポイントとされるけど、個人的には、奥入瀬の美の神髄はこういう滝にあるのではないと思っている…。

 

 

ここ、九十九島と呼ばれる場所だったと思う。流れの中に岩が点在している様子をそう呼んだ。

 

まあ、いちいち公式の名前なんて気にしなくて良いのだ。自分のお気に入りの場所を見つければそれで良いと言うか、むしろそっちの方が大事なのですよ。

 

ここもとても美しい。しばらく眺めていました。皆が使う名前がある場所かもしれない。誰も名前を付けていない場所かもしれない。誰かが自分だけが知っている名前で呼んでいる場所かもしれない。

 

ここは確か支流のような場所だったと思う。湧水が出て流れていた。

 

この↑近くに確かお手洗いがあって、こんな場所にまでと感心したんだった。用を足した後に手を洗ったら飛び上るほど水が冷たかったっけ。

 

ここはピクニックスペースがあったんじゃなかったかな? 家族連れがおやつにしていた。

 

ここは土の上を歩ける場所がないので流れの横に橋が渡してあるの。これはこれで素敵ね。

 

やっぱり夏に来て良かったと思いました。春も秋も冬もきれいに決まっているけど、夏のこの明るい日差し、夏の力強い葉…。降り注ぐグリーンシャワーは言葉に尽くせぬ美しさです。

 


 

2018/8/11

 

翌日は、少し早起きしました。と言いますのも、前の晩のうちにおかみさんがご親切にも、近隣を案内してくださるとおっしゃるので。この旅館の周りしか見れていないのでは気の毒すぎる、と。

 

朝に見て周れるところと言うことで、行先は2つの朝市と、ウミネコが大乱舞する蕪島です。

 

まず最初に行ったのが、「館鼻岸壁朝市」。各地それぞれに朝市は賑わっていますけど、「館鼻岸壁朝市」はその規模が半端じゃない。日本最大級なの。広大な岸壁に、毎週日曜日の朝だけ出現する巨大なマーケット。全長800メートルに300以上の店がひしめき、毎週数万人もが押しかける。

 

(写真は 八戸観光NAVI から拝借)

 
ここはもう蚤の市的な色合いもありまして、魚介や農産物だけでなく、お菓子や衣料品や日用品など無いものはないってくらいのマーケットになっているそうです。以前は車まで売っていたらしい。(そして実際に売れていたらしい)
 
私が行ったのは土曜日でしたが、少しだけお店が出ていました。朝ごはんをここで食べたりできたら楽しいだろうなあ。新鮮な魚介をつまみに朝から飲めるし…。「日曜だとここ(駐車場の端っこ)までお店がびっしり並ぶんですよ」とか、おかみさんの説明を聞きながら見ているだけでも、すごさがわかりましたよ。
 
それからウミネコを見に行きました。ちょっと時間が遅すぎたみたいで、大乱舞ってほどじゃなかった。もっと早起きしたら良かったのね。おかみさんをあんまり早起きさせるのも申し訳ない気がしちゃって… って、よく考えたら、せっかく見せたいと言ってくれていたんだから、いつ起きたらいいかと逆に聞けば良かったね。自分は早起きは構いませんが、と。
 
本来はこれくらい集まっていて、飛び始めたらすごいことになるらしい。ここには神社もありまして、参拝者がウミネコの糞まみれにならないよう傘が置いてあるとか。

By 張振, CC 表示-継承 3.0, Link

 
私は行った時間が遅かったので親鳥がもう出かけてしまっていて、雛たちがよちよちしている様子を眺めてきました。体は親と同じくらい大きいけど、まだ飛べないんだよ。

 

その後、魚の倉庫街等を横目に見ながらドライブ。昔は、魚を積んだ船が戻ってきたら、女性や子供たちが港(というか、その近くの道)で待機していたんだって。昔は魚を運ぶのにコンテナじゃなくトラックの荷台にむき出しで積んでいて、カーブを曲がる時などにバラバラ~と道に魚が落ちてくるから、それを拾って帰るんだって。道端に落ちているものを拾うだけだから罪ではない。でも安全上の問題か、お巡りさんには叱られる。なので、お巡りさんに追い払われる前に拾えるだけ拾うスピード勝負だったらしい。

 

あと、イカは買うものではなかったとも言っていた。漁から戻ってきた近所の人が配ってくれるものだったって。港に戻ってきてすぐに持ってきてくれるから、新鮮で透き通っていて、本当に美味しかったって。

 

そしてそのまま陸奥湊駅に送っていただきました。ここで終戦直後から開かれている陸奥湊駅前朝市が2つ目の朝市なの。八戸の台所と呼ばれている。駅前通りの両脇に小売店や卸店がずらりと並ぶ。

 

この建物もいい感じ。

 

朝市は日の出とともに始まるので、私が行った頃は一段落ついた頃。お掃除しているお店もたくさんあった。このお店ももう片付けに入っていたね。このアラ、捨てちゃうのかな?

 

観光客が行列を作っている食道もあったよ。朝市で好きなお刺身やおかずを買って、八戸市営魚菜小売市場でご飯やお味噌汁を買って、朝ごはんを食べるのも観光客にも大人気らしい。ここかしら。奥には宅急便の受付もあります。

 

何でも売ってますけど、

 

やっぱりホヤよねー!

 

そして陸奥湊駅から電車で八戸まで行ったのでした。泊まるだけのつもりで行った新むつ荘でしたが、優しくて面倒見の良いおかみさんにお世話になって、予想外に色んなことができて楽しかったです。
 
八戸駅にあった顔はめ。これ、トラに食われている断末魔の写真になっちゃうよねえ。
 

2018/8/10

 

萩の旅が「芳和荘に泊まってみたい」から始まったように、青森の旅は「新むつ旅館に泊まってみたい」から始まりました。(空がまるで嵐の前みたいですが、ただの曇りです)

 

この旅館は明治三十一年に建てられたもの。1898年ですから、もう120年も経っているのね。元は遊郭として作られました。おかみさん曰く、「本当はこんな規模では遊郭とは言わないはずなんですけどね。五部屋しかないんだもの」。

 

とにかく、当時は「新陸奥楼」という屋号で営業していた妓楼でした。売春防止法発令の後は旅館として営業しているそうです。この界隈で残っているのはここだけだって。

 

玄関の両脇に格子は大きな格子窓。お客と遊女がやり取りしていた窓だね。

 

玄関を入ったところ。

 

下足箱も年季が入っていますね。良い感じ。

 

これが、外から玄関に向かって左側のお部屋。ここで顔見世していたんだね。

 

昔の大福帳や宿帳も見ることができます。

 

面白いのが「相貌着衣其他事依」の欄。宿泊者の特徴を書いてあるの。「丈五尺二寸位(身長158センチくらい)」とか「散髪」とか「眼鼻口並」とか、あと持ち物とかね。宿泊施設にはお尋ね者が流れてくることもあるから、昔は、警察に協力を求められた時に答えられるようメモを取っていたんだって。

 

新むつ荘の一番のポイントがこの階段。雑誌や本での紹介も必ずここの写真を使っているね。

 

妓楼によくあるように回廊式になっていて、更に渡り廊下があるのが特徴。

 

反対側から。神棚も見えているね。左奥に見えるのが私が泊まった部屋です。

 

繁忙期なら半分に仕切って使うのかもしれない。広すぎる…。位置的には、通りから見て裏側。

 

アンティークな鏡台。そうそう、使わない時はこうやって布をかけるんだよね。

 

釘隠しや襖の引手も凝っています。腹が立つことに、客が外して持ち帰ってしまった所もあるらしい。

 

 

夜の様子。泊まった者だけが見ることを許される光景です。


ご飯も豪華ですよ! これだけでも「ご馳走だ!」と思っていたところ、

 

さらに肉野菜炒めや焼き魚が! そしてもちろんごはんとお味噌汁が付くわけでして。このボリューム、自宅だったら4食分だわ…!

 

 

ごはんの後は快適なお風呂。お手洗いもリフォームされて現代的になっていました。古い内装を残している宿でも、水回りだけは最新式のところが多いね。やはり衛生面でも掃除の利便性でも、それが正解なんでしょう。お客としても、水回りだけは現代的な方が快適だと思う人が多いだろうし(私もです)。

 

こちら朝ごはん。またしても豪華版! 私の普段の生活、晩ごはんでもこんなに豪華じゃないです。

 

 

2018/8/10

 

イタリア旅行の方をまとめるにはもう少し時間がかかりますんで、去年の旅行を先に…。書かずじまいになりたくないので、夏休みの青森旅行も書いておきます。蘇州・上海旅行のがかけなかったの今でも心残りだわ。(今からだって書けるけど、忘れてしまったこともいっぱいあるよね)


青森には飛行機で行きました。八戸に行きたかったので、伊丹空港から三沢空港へ。 久しぶりに使った伊丹空港の進化に驚きましたわ。国内ではめったに飛行機に乗らないから知らなかったの。特に、初めて使ったスマートレーンには感動しましたね。(別記事に書きました)

 

三沢空港では到着便に合せて八戸行きのバスが待っていましたが、乗り換えの時間が15分しかない。これはちょっと怖いなと思っていたんですけど、飛行機が到着してからバスに乗り込むまで、たぶん3分くらいでしたわ。三沢空港は小さな空港ですのでね。

 

 

曇っていたせいもあるのでしょうが、寒くてびっくりです。北に来たんだなあと実感。さて、バスを本八戸駅で降り、そこからは電車で小中野駅へ。八戸に泊まりたいと思った理由がそこにあるのです。歩いて15分位だったかな。新むつ旅館に到着しました。


ちょうどおかみさんが外に出てきていたところ。予約している者ですと声をかけたら驚かれました。と言いますのは、その予約を把握していらっしゃらなかったので。私は予約サイトを通して予約していたのですが、その連絡がうまくいっていなかったのかな? 直接電話してくれた方が確実だし安いですよとのことです。皆様、ご参考まで…。

 

翌日は満室だったそうですが、幸いにもこの日は私以外に泊まり客がいなかった。セーフ。ただ、この日は誰も泊まらないと思っていたから片付けができていないとのこと。シーツ等が廊下に山になっていて、見苦しくてごめんなさいねえと謝られました。何をおっしゃいますやら!

 

 

娘さんが顔を出してくれるようだけど、基本的にはお一人で切り盛りしているようです。古い建物を利用した宿泊施設の本に載ったので、あちこちから人が来るとのことでした。客には女性が多いとも。夕食はどうするか問われ、今からでもお願いできるならぜひ、と答えましたら、「じゃあスーパーに買い物に行ってきますね」と。わざわざのお手間になったのではと恐縮する私におかみさんは「何も、何も。美味しいもの作りますね」と言ってくださいました。

 

夕食は7時からで、まだ間があるので、街にお散歩に行く。おかみさんが地図を広げ、どこに何があるのかをざっと説明してくださいました。

 

ここら辺は、今はすっかり住宅街だけど元々は歓楽街でした。昔は海がこの近くまであったので、船宿がいっぱいあったんだって。特にこの通りは花街。だから住宅街にしては本当に道が広いんだよね。

 

このお宅も昔は旅館。今ガレージになっている場所は、昔は宿泊者の馬を入れておく場所だった。

 

大きな火事があった後、繁華街は別の場所に移り、この辺りは住宅街へと変わっていったんだって。確かに、昔はお店だったであろう建物がたくさんあった。せっかく開業したのになあと気の毒な気持ちに。

 

ここまで来ると海もすぐそこ。川には小さな漁船が並んでいました。時間帯によっては船が全部イカ釣りに出てしまっていることもあるらしい。まだ夕方の早い時間だったのでこの通りです。(イカ釣りは夜)
 
屋形船みたいなのもあったよ。中にテーブルといすが並んでいて、食事しながらクルーズ出来るらしい。乗ってみたかったな。船にも待合所にも人がいなかった。(今思うに、お盆だからでしょう)
 

橋を渡って、立派な酒蔵を眺めたり。

 

1775年創業の駒井酒造店。国の有形文化財です。

 

一代目は近江から森岡に移ってきた商人。(萩にも近江商人が進出して移住したと聞いたし、近江商人、ホンマにすごかってんなとよその土地で思う) 八戸に移住したのは明治時代だって。20世紀末からは、理想とする酒造りのために組合を抜けることになり、しかしそれには大変な苦労があったらしい。先祖代々受け継いできた蔵を出なければならなくなり、近隣の同業者の蔵を借りていた時期もありました。裁判の末に蔵を組合から取り戻し、今は九代目の兄弟が活躍しています。まだ30代だって。(こちらに見学された方のブログ

 

冷やかしに入ったつもりの和菓子屋さんであれこれ買い込んだりもしました。お土産にするからと自分に言い訳しましたが、まだ初日だってば。わかっちゃいたんだけど、美味しそうでさ…。半分くらいは帰る前に自分で食べてしまった。リンゴを使ったケーキがメチャクチャ美味しそうだったんだけど、要冷蔵だったので諦めました。

 

橋のこっち側に戻ってきて、商店街をぶらついてみる。印象的だったのは、服屋さんに熊や鹿の剥製があったこと。服屋さんで毛皮も扱うからなのかな?

 

この玄関の引き戸、懐かしい感じ。昔はこういうお店がいっぱいありましたよね。

 

一番目を引いたのはこちらの自転車屋さん。2階の窓のおしゃれなこと。

 

 

本屋さんにブラッと入ったら面白いものが。POPごと本を買えるお店なんですって。しおりの代わりにするのかな、面白いねえ。文庫本を一冊買って、POPを写真に撮らせていただきました。実はツイッターなどでも有名な本屋さんだったみたいです。

 

これは宿の前の道の突き当りにあるおうち。1階の引き戸の様子を見ると、こちらもお店なのかも。そして、その左側にチョロッと映っている建物。ログハウスみたいな感じでね、こちらもお店らしいし、営業中らしいし、どうしても気になるので、恐る恐るドアを押してみました。

 

中は何と、こじゃれたティーハウスでしたわ。

 

定年退職した男性が1人でやっているそうです。お茶請けの焼き菓子は少し置いているけど食事は出さない、純粋にお茶だけ楽しむお店。うちの近所に欲しいよ、こんなお店…。私はコーヒーは年に数えるほどしか飲まないけど、紅茶は毎日何杯か飲む、完全なる紅茶党なのだ。(緑茶も飲みますが)

 

ストレートとミルク入りで、美味しい紅茶を2杯いただきました。お店を出す地域の価格帯によって出せる茶葉の種類も違ってくるという話や、ちゃんと淹れればティーバッグでも結構美味しいなんて話で盛り上がりました。もっとゆっくりしたかったけど、ご飯の時間が迫ったので退出。というか、もう閉店時間を過ぎていたらしい。すみません。

 

イタリアから無事に戻ってきました。

 

心配していた胃潰瘍も歯痛も、ずっと忘れていられるくらいに元気でした。帰国便で脚がパンッパンにむくんで、関空でまずマッサージ屋に転がり込みましたが、まあそんな程度。

 

今回、現地の様々な楽しかったこと、美味しかったものなどの話とは別に、旅行者としての変化が一つございましてね。それは、SIMフリーのスマホを購入したことです。準備していったわけではありません。空港で出発ギリギリ直前まで、「Wi-Fiのレンタル、どうしようかな」と悩んでいたくらいですし。

 

思えば、外国でのネット使用に関して私はゆっくりと歩みを進めてきたのでした。

 

第1段階:2010年の年末から行った蘇州・上海旅行において、「海外パケット死放題」で書きましたように、外国でパケットし放題対象の通信業者を使っているつもりで失敗。幸い、大した金額にはなりませんでしたが。

 

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(蘇州の公園の写真。ガラケーの写真って、こんなんだったのね…)

 

ところで、パケ死って、昔と今とで意味が違うんですってね。私らは、想定を超えた高額を使ってしまった(そして支払いで地獄を見る)状態をパケ死と呼んでいたと思いますが、今の若い人は、契約した通信量の上限に達して通信できなくなる状態をそう呼ぶんですって。

 

2011年の年末から行った東北旅行の最中に携帯を水没させ、すぐ乾かしたので復活はしたけど、いつ壊れるかわからなくて怖いので買い替え… る際に、ガラケーからスマホに変更。

 

 

第2段階:その後の年末年始旅行の外国(ベルギー、ハンガリー、アルバニア、チェコ)では、モバイル通信はOFFにして、宿やカフェのWi-Fiでのみ接続。前回の恐怖のためか、念のためとして、使わない時には機内モードにまでしていた頃も。

 

ベルギーのブルージュ

 

ハンガリーのクーセグ

 

思えば、この頃って、宿くらいでしかネットに接続したりしなかったし、それで特に不便も感じなかった。そもそも、ネットに接続している状態を保ちたいと思っていなかったよな。そんな必要、なかったもの。昔の旅行ってそんなものだったでしょ。だって、インターネットなんて存在していなかったんだもの。

 

アルバニアのベラト

 

アルバニアのジロカストラ

 

ちょっとだけ不便を感じたのが、チェコでした。と言いますのは、予め調べておいた情報と、現地の様子が食い違っていてね。外で調べ直した。あと、電車が遅れたので、宿のチェックインタイムに間に合わなくなりそうで、電話して遅刻を知らせた。この日はパケットし放題の上限まで行ったはず。

 

チェコのロケト

 

第3段階:2016年の年末から行ったセルビア、2017年の年末から行ったポルトガルでは、海外用のポータブルWi-Fiを使用。

 

セルビアのマナシア修道院

 

セルビアのツルナ・レカ修道院

 

ポータブルWi-Fi、便利でしたねえ。非常に助かりました。しかし、これさえあればいつでもどこでもネットに接続できると思っていたのに、山の中とか人里離れた大平原の中とかはだめでした。それに、ポータブルWi-Fi、結構カサも張るし重いしで、荷物が増えるのがちょっと嫌でした。

 

ポルトガルのソルテーリャ

 

2018年のGWのラトビア旅行では、第2段階に撤退。ラトビアではWi-Fiがバンバン飛んでると聞いたのでWi-Fiのレンタルはしませんでした。確かに特に困ることはなかったのですが第3段階の便利さに慣れてしまうと、道端でちょっと調べ物をしたい時などに不自由だと感じましたわ。

 

ラトビアのアーライシ

 

第4段階:今回のイタリア旅行。SIMフリースマホ購入。

 

前半は、「古城と湖の町、イタリア ブラッチャーノ通信」のyuminaさんにお世話になりました。出発前からネット接続をどうするかなんて相談にも付き合っていただいてはおりました。結局Wi-Fiをレンタルせずに行きまして、空港でSIMを購入している旅行者を見て「やっぱり私も買っておいたら良かったな…」とか思っていたのです。で、yuminaさんにそんな話をしていたら、「スマホすぐ買えますから、もう、今から買いに行っちゃいます?」ってなりまして。

 
yuminaさんに付き添ってもらって町のスマホ屋さんで16ギガのアンドロイドを99ユーロで買い、SIMの購入とネット接続のセッティングもお店の人に頼んでもらって、更には画面がイタリア語になっていたのもyuminaさんに日本語に設定してもらって、無事に快適ネット生活を手に入れたのでした。
 
バールで私のスマホを日本語に設定してくれているyuminaさんの手と私のカプチーノ

Wi-Fiのレンタルも、一日1000円くらいしちゃいますからね。そこにバッテリーとか保険とか追加すると10日で99ユーロじゃ済まない。私みたいに毎年外国に行くのであれば、スマホを用意しておいて、あとはその都度現地で使えるSIMカードを買う方がお得。今時は空港に必ずお店が出ていて30ユーロくらいで買えるし、お店でネット接続の設定もやってもらえる。
 
なんでも、新しく買ったこのスマホ、SIMカードが2枚入るんですって。だから日本のSIMカードを買えば日本でも使えるわけだ。てゆかWi-Fi環境さえあればSIMなくても繋がりますけど。とにかく、これで外国に行く時にいちいち接続を気にすることもなくなったのだ。楽になるぞー。