大掃除と言うタイトルはつけたけど、大掃除はしていません。ここ何年か、大掃除ってしていない気がする。何をもって大掃除と呼ぶかによるんですけどね。
うちは普段使わない部屋が二つありまして、どちらもマイルドに物置状態になっております。で、年末年始だけは、姉や弟が家族連れでやってきますので、そこを片付けなければなりません。
最近、私にとって大掃除とはこの片づけを指すような気がするのですわ。でも今年はあまり散らかしていなかったので、さして片づけるものもありませんし。
後は別に特別なことはしないなあ…。換気扇の掃除は父がするし。窓拭きは寒いから最近は3月上旬くらいにやっているような。完全に春になると虫が入るから、春にならないうちくらい。
水回りは、旅行に出発する日の朝にやります。
それよりも出発の準備を何もしていないことの方が問題な気がする。とは言え、お風呂セット、朝の洗顔セット、フェイスタオルとハンドタオル、靴下&下着の替え、寝巻き用のイージーパンツ、充電関係のものくらいしか要らないんだよな。
同僚にはドン引きされたんですけど、私は下着ではない服の替えは持って行かないんですよ。1週間、同じ服を着ます。夏ならともかく冬なんぞそれで充分です。襟や袖口をつまみ洗いするくらいでいい。寝巻だって、下は持って行くけど上は持って行かないよ。お風呂に入った後、翌日着る服を着て寝る。バックパッカーなんて皆こんなもんです。これが染みついたら、1週間分の着替えなんて持ち歩けなくなる。
それでも最近は、毎晩洗濯をしなくても済むように余分の着替えを入れることも増えました。段々に楽ができるよう荷物が増えていくんだろうな。
最近は30リットルのバックパックを愛用しているのですけど、今回は40リットルのを持って行くつもり。と言いますのは、お土産が増えそうな予感がするから。それに、今回、チェコでお世話になったザダネクさんと、彼のお友達にも会うことになるので、何かお土産も持って行きたいしね。
あ、ところで、お酒の方は結構、復活してきた気がする。昨日はワインをグラスに3杯、スムースに飲めました。それで今日は飲む気になれずにいるけど、あと1週間も経てば毎晩飲めるかもしれない。
私は犯罪捜査ドラマが好きでよく見ます。それで前々から不思議に思っていたのが、事件の関係者が刑事に電話をかけてきて、大事な話があると言いながら、「電話では話せない。会って話がしたい」と言うやつ。これを言った人は95%くらいの確率で、待ち合わせ場所で死体で発見されます。
で、後から判明するのはその人が真相を、あるいは犯人特定に繋がる重要な情報を知っていたってことなわけですが、どう考えたって電話で話せない内容じゃないんですよね。そりゃ込み入った話になったら対面で話をした方が良いでしょうけど、何についての話であるかさえ「電話では話せない」と口をつぐむのは何故なの。犯罪捜査ドラマのこの阿呆な伝統はどこから生まれたの。
と何十年も思っていたのですが、たぶん私、謎を解明しました。
今通っている歯医者さんは、待合室で常に「ローマの休日」を上映しているのです。日替わりなのかと思っていたけど、何度行っても「ローマの休日」です。先生の好みなのか、万人受けする映画として選んであるのか。
そこで、主役のジョーが、アン王女の写真を撮ってもらうためアーヴィングを呼び出そうと電話を掛ける場面がある。自宅に電話がない彼は、近所にある会社(職人さんたちが沢山いる職場)に行って、電話を借りるのです。で、呼び出しに応じたがらないアーヴィングを説得しながら「(出て来いと頼む理由は)電話では話せない。情報が洩れたら最後だ」と言うんです。
あっ、これか! と閃きましたわ!
昔は電話って周りに大勢の人がいる場所でかけるものだったんだ! 大事な話、他人に聞かれたら困る話は、電話では話せなかったんだ!
今の時代でも、似た状況は発生します。元上司がいた頃、よその事務局の人が「確認したいことがある」と私に電話をかけてきて、でも元上司には内容を知られたくないからと、「 『はい』 か 『いいえ』 だけで答えて。内容については何も返事しないで。いい?」と前置きして話を始めたりしておりました。
そんな状況でもなく、盗聴を恐れているわけでもないのに、「電話では話せない」と要件すら言わないのは、ドラマで「犯人に都合が悪いから口封じに殺された」を視聴者に教える便利な演出なわけでして、それが通用していた時代の名残なのでしょう。
ちなみに、「ローマの休日」を見るのは子供の頃以来です。あの時はラストシーンが理解できず、続きがあるのかと思って「この2人はこの後どうするの?」と親に聞き、「これで終わりだよ。もう会うことはないんだよ」と言われて大混乱していました。ハッピーエンドになるものと思い込んでいたらしい。
歯医者さんでは通うたびに違うところが上映されていて、細切れに見ておりますが、先日はついにラストシーンを見ました。握手した後、階段を上り、少し間をおいて振り返って、輝くような見事な笑顔を作ってみせるアン王女。いやー、びっくりしたけど、ここで私、泣いてしまいました。恋愛ものは守備範囲じゃないんだけど、そんな問題じゃない。見つめ続けるジョー、不自然にならないよう抑えながらジョーと視線を交わすアン王女。主役2人の演技力がすごいんだな。今度ネトフリか何かで最初からじっくり見よう。
そろりそろりとお酒のリハビリも始めております。
先日はついに、缶ビール1本、350mlを夕食の際に飲み切りました! が、その後、機能停止に陥りました…。別に具合は悪くない。でも、頭を使う作業ができない。やっぱアルコールで心身ともに弛緩すると怠惰に流れます。
その後、イタリア料理屋さんで忘年会もしました。この時はアルコール度数低めのカクテルを2杯、スムースに飲めました。これはいけるかもと最後にワインを1杯頼もうかとも思いましたが、結局やめ。飲みたいと強く感じるならともかく、リハビリ目的で飲むことはないのだ。この日も帰宅後には寝支度するのが精いっぱいだったので、やめておいて正解でしたわ。
飲み過ぎで具合が悪くなった人のイメージ
それにしても、食べる量もすっかり減りましたわ。そして、少し前までなら、美味しいものをたくさん食べられない事態は残念に思えたのに、今はもう残念でもなくなっている。
最近、体力も落ちていますが、それよりも怖いのが気力の減退。そしてそれよりもっと怖いのが、好奇心や欲の減退です。やる気満々なのに体がついていかないなら、まだいい。やりたいけど手配や調整が面倒くさくて手が出ないってのも、まだ何とかなる。でも、やりたいと思えなくなったら、本当に終わる。
10年前くらいに、「若い頃あんなに世界を一周してみたかったのに、もうやらないかも。定年退職したらと思っていたけど、体力がもたないわ」と思っていた。それが「定年後にそんな気力が残っているだろうか」に変わり、今ではもう、世界一周したいという願いが消えるのではないかと感じ始めているのです。それはつまり、既に世界一周したいと思わなくなりつつあるってことなんでしょう。
2018年のお盆休みには青森に遊びに行きました(後で旅行記を書きます…!)
それで久しぶりに伊丹空港を使ったのですけど、その変わりっぷりに驚きましたわ。国内ではめったに飛行機に乗らないからもう何年も伊丹空港を使っていなかったんです。特に、2017年7月から試験的に導入された(と、書いている今知った)スマートレーンに驚いたわ。情報が遅すぎますね私。
従来の手荷物検査場は、何列かに分かれるとは言え、列の先頭の人だけが荷物をコンベアに送りこめる形ですよね。しかし伊丹のスマートレーンは違う。一度に3人がその位置に付けるのだ。
空港のウェブサイトから写真を拝借します…。
一番奥は人がいるからランプが点いていないけど、手前2つは使用可能なのでランプが点いている。トレイは台の下に収納されており、自分で引き出して上に置きまして…

(この写真だと、1枚目の写真の人と2番目の写真の人が同じ人だから、複数の人間が同時に荷物整理している写真の説明としては大失敗であろう。これじゃ、この男性が一番奥のブースから真ん中のブースに移動したみたいじゃないか。アホですか伊丹空港は)
荷物を入れたら、奥のコンベアに押し出す。そして、済んだ人から先に前に進めるの。
(突然、一番奥にシャツ姿の男性が出現。この人を1枚目から置いとけよ)
問題なければすぐ荷物を取れるので立ち去れば良い。問題がある荷物の入ったトレイは、自動的にシュッと再検査レーンに分岐します。持ち主は再検査場に行って検査を受ければ良い。
最大の利点は、荷物整理に手間取る人を追い越せることかな。ブーツを脱ぐよう指示されて紐をほどいたり、「荷物にコンピュータは入っていませんね?」「あ…」ってなったりで後ろがつっかえることがない。
あと、再検査の荷物も、本格的に調べるなら別の場所に誘導されるのは前からだけど、スマートレーンはもっと分業が進むのかしら。
なんでこれ、もっと早くに発明・導入されなかったんだろう。時間のかかる人を追い越せれば後ろがつかえなくて済むことくらい、客も職員も100人中100人が思っていただろうに。あとは金属探知機のゲートが各レーンに2つあれば、そこで引っかかった人も追い越せるんだけど、どうですかね。
ところで、伊丹より先に関空の国際線で導入されたとのことですが、私、使った記憶ないわ…。全面的に導入されたわけじゃないからね。
それだけじゃなくて、伊丹空港、本当に変わったよね。前に使ったのがいつか、全然憶えていないんだけどさ。でもお土産屋さんと言い、飲食店と言い、あんなんじゃなかったことは記憶している。何でも50年ぶりの大改修を行っているそうで。2016年2月に工事が始まり、2018年の春に中央エリアが公開したところだったらしい。すべての工事が終わるのは2020年の夏の予定。
ただの交通機関のターミナルではなく、遊びに来てもらえるような施設を目指しているんだって。いいですね。飛行機自体には興味がないのでわざわざ遊びに行くことはないと思うけど、関空で時々やってるみたいな旅行のイベントとかを開いてくれるならぜひ行きたい。関空より伊丹が近いもんで…。
そうやってどんどん便利になって利用者も増えて盛り上がって、もう一度国際空港になってくれたら更に嬉しい。仁川とかのハブ空港に飛ぶだけでもいいからー!
話はそれますが、この秋にハーゲンダッツから期間限定で出ていたメルティーバー 『リッチショコラ ~ベリーソースとともに~』、めっちゃ美味しかったですね。
ワインを飲んで胃の痛みに朝まで眠れなかった、あれはもう2ヶ月も前のこと。
その後、胃潰瘍の診断が下り、投薬治療を続け、その後ピロリ菌除去のために服薬。約2ヶ月の間、お酒を飲めませんでした。というか、飲みたくもならなかった。たまに、「あ、これを食べる時ってビールが美味しいんだよね」と、 “飲めたらいいのになあ” みたいな気持ちになることはあったけど。私は本当にお酒が好きだったんだろうかとすら思いましたよ。お酒を飲むことを楽しんでいただけで、お酒そのものは本当は大して好きではなかったのでは、と。
さて、ピロリ菌除去の服薬期間も終わり、お酒を飲んでもいいことになり… でも飲まない。別に飲みたくないし。だけどイタリア旅行が迫っているし、そろそろリハビリしておかんとなあ、と思いまして、とりあえず夕食に合せて缶ビールを開けてみました。…3分の1でごちそうさま。
この時はねえ、怖くなったんですよ。いえ、ビールを飲んでまた胃が痛くなったわけじゃない。でも何か、違和感のようなものを感じる。気のせいかもしれない。でも、またあんな痛みに襲われたら? また胃を傷めて、イタリアで食事すら思うに任せなくなったら? 不安で、その精神状態のせいか、それ以上のアルコールを受け付けなくなった。
でも先日、音楽会の帰りに食事すべくフレンチのお店に寄って、久しぶりにグラスワインを注文。1杯目は飲み切りました。ゆっくり、ゆっくり時間をかけて、ワインを一口飲むごとにお水も飲んでね。辛口の白ワインはとても美味しくて、やっぱり私はワインが好きだ、お酒が好きだったんだと思いました。が、赤も欲しいと注文した2杯目は半分ほどで飲めなくなりました。
そしてその翌日。特に飲む予定もなかったけど、『もし飲みの予定が入っていたらソフトドリンクを頼むしかなかっただろうな』という感じでして。ああ、お酒が好きでも毎日は飲まない人の方が多いと言うのはこういうことかと思いました。『飲めば美味しいし、飲むのも好きだけど、毎日なんて飲めない』って、体がこういう風になるんじゃないのかな。別に二日酔いでもなんでもない、だけどお酒を体に入れたくない。こういうことなのかな。ホントのトコ、どうなんですかね、他の方々って。
胃がこんなことになる前にワインショップで購入してあったワイン2本、治ったら自分で飲むつもりだったけど、姉に「次にうちに来た時に持って帰っていいよ。それかお正月に皆で飲んじゃって」と連絡。昔、元気いっぱいだった頃は、調子が良ければ辛口すっきり白ワインなら一人で1日で1本空けた。もっと濃厚なワインだと3日くらい。酒量が落ちてからでも、4日か5日あれば空いていた。でも今のこの状態では開栓してから1ヶ月かかるよ。以前に比べたら飲めない人も同然だ…。
でも… でも… 治ってもらわないと困るんだ! もうすぐイタリアに行くんだよー! 美酒と美食の国! 各種おつまみでゆっくりワインを飲むアペリティーボ、私がどんなに楽しみにしていたか! 待って、「していた」って、自然に過去形で書いちゃったわ! 楽しみにして い る のよ!
まあ、いざとなればノンアルコールカクテルでも充分楽しめそうですが。
あとはねえ、もっと若い頃に行けば良かったと思う。この15年ほどずっとそう思っているけど、今、改めて! そう思う! 昔ほど食べられなくなった上に、今、胃が小さくなっているからさあ。
先日の音楽界の帰りの食事だって、前菜6種(写真は2人分)、チーズを一口ずつ3種に一口サイズの極薄バゲット3枚、ガーリックトースト(サンドイッチ用食パン0.5枚くらい)。これでもうお腹いっぱい。
アペリティーボって、前菜をつまみながら飲むことらしいので、つまり食事の前に食べるわけですが、夏ごろは「アペリティーボしたらもう食事なんて入らないよなあ」。今は「あれこれ食べたいけど、アペリティーボで頼むもの、食べ切れないかもなあ」。
無理にお酒を飲んで食欲に影響するくらいなら、最初からノンアルコールカクテルにして食べる方に専念すべきか…。悩みどころです。
2018/2/25
いよいよ時間が押してまいりました。心配性なので、萩から新山口へ戻るバスは終バスから一本前のやつに乗る予定にしていたのですが、時間が足りないので終バスに変更。せっかく萩まで来ているんだもの、萩で時間を使わなきゃ!
で、目指すは東光寺なのですが、途中に玉木文之進の家もあるので寄っておきました。吉田松陰の叔父さんで、松下村塾を始めた人ね。
郊外にポツンとある小さな家… と記憶していましたが、これが小さく見えたんだなと今写真を見ながら感心しているところです。直前に見た伊藤博文の別邸がすごすぎたのか。ここで松下村塾を開いていたんだから、そんなに小さな家のわけがなかったよね。
そして東光寺へ。バスの時間がどうこう言うより、東光寺の拝観時間終了が迫っている。早歩きで向かいました。お寺に至る道には人もあまりおらず、もう一日が終りかけているんだなとしみじみ。
時間が遅すぎたのか、入り口に人がいませんでしたよ。拝観料を入れる箱だけあったので、そこにお金を投入して中に入りました。

1691年に3代目藩主が建てた、大照院とならぶ毛利家の菩提寺で、奇数の代の藩主と令室が葬られているとか。何すかそれ、奇数と偶数で分けてるの? そういうのってよくあるの?
何じゃこれはとびっくりしたのがこれ。魚板とか魚鼓とか言うものなんだって。これが後に木魚となったのだとか。宇治の萬福寺にも同じようなものがあるらしい。どちらも黄檗宗です。

口には煩悩をくわえております。お腹をポクポク叩くことで煩悩を吐き出させるんだって。
大雄宝殿(いわゆる本殿)。……の横。
大雄宝殿と庫裏を繋ぐ通路。
釈迦如来、脇士迦葉尊者、阿難尊者が祀られている。
大雄宝殿の表側。……ここら辺でやっと、自分が正面から入ってこなかったことに気付く。
500を超える石灯籠が並ぶ毛利家の墓所とか、見たかったんだけどね、もう時間がなくてね。ダーッと境内を通り抜けるだけで終わってしまった感じ。松陰神社より先にこっちに来たら良かった~。こっちの方がずっと興味深いよ…。
鐘楼? もう近づいてじっくり見る時間すらない。
駆け抜けるよ三門。
でも振り返るよ三門。
ここでついに、別の人を見ました。まだ他に人がいた、と安心したんですが、その人は私を見て「あら?」みたいな顔をして、その後はちょっと離れたところで私の様子をうかがっている様子…。もしかして…と思っていたら、はい、職員の方でした。私が総門に近づいていったらニッコリ笑って「ありがとうございました」と言ってくれて、私を送り出した後、総門を閉めていました…。
たぶん彼女は総門で受付をしていたんじゃないかしら。で、もう入っていった客はいないはずだったのに、裏から入った私が現れた、と。
ここから入るはずだったんだよね。なのに私は、この総門に行きつく前に道を曲がって、庫裡の裏から入ってきたのだ。だって、グーグルマップのピンがそっちに立ったんですものー!
さて、後は帰るだけ。来た時は終点の東萩駅まで行ったけど、今回は町中にあるバスセンターから乗り込みます。
バスセンターの前にあった渋い酒屋さん。開いていればここでお酒を買ったのに。
さて、せっかくだから萩で晩ご飯を食べて帰ろう。てゆか、お昼も食べてない、忙しくて。てことで、周りのお店はと見渡してみる。どうせならお寿司とか、こう、お魚を堪能できるお店がいい。そして、バスの時間が気になるので、バスセンターから近い店がいい。と思ったら、その時間に営業していて良さげなお店がないんですよねえ。結局、バスセンターの前にある旅館のレストランに入ってしまった。おまけにお寿司どころか洋食のお得セットを頼んでしまった。だって老舗のフレンチレストランらしかったので。(後で調べたら創業140年だった。旅館の見学ツアーがあるほどらしい、知らんかった)
いやあ、このお店は当たりでしたね。美味しかった。それに、お値段にそぐわないほど丁寧なお給仕をしてくれました。バスの時間もあらかじめ伝えてあったので、コーヒーも、食べ終わる前に出しましょうかと気遣ってくれまして。猫舌なのでありがたい。
そしてバスセンターでササッとお土産を買いこみ、萩の旅は終わりました。
最後に、面白かったこと(面白がっている場合ではないのですが)。
今回私、新神戸駅から新幹線に乗って新山口まで行って、そこから萩に直行するバスを使ったのです。帰りも同じルート。で、新神戸駅から三宮まで地下鉄に乗ろうと改札にICカードをかざしたところ、ピンポンピンポンとチャイムが鳴るではありませんか。何事かと思ったら、出発日に改札を通る時に急ぎ過ぎたのか、改札を出た記録がついていなかったんですよ。
駅員さんに「前はどこまで乗りましたか」と聞かれ、「一昨日、三宮からこの駅まで… ここから新幹線に乗ったので…」と呆然と答える私。駅員さんは、私がぶら下げていた「萩」の大きな文字が入ったお土産の袋をチラッと見て、「…結構です。どうぞ通ってください」。今後はちゃんと気を付けて通ります、ホントに…。すみません。
2018/2/25
さて、残り時間を計算しながら動く必要を感じ始めております。そういうことも考えて、どうしても時間がなければ省いてもいいと思えるものを後に持って来てありました。失礼ながら、その一つが松陰神社です。
こっちがオリジナルの八畳ね。高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文、山縣有朋など、有名な塾生たちの写真が飾ってあった。
んで、神社の社殿。
神社の後には、すぐ近くにある伊藤博文の別邸へ。東京にあったものを移築したそうです。
現在の品川区に建てられた、左右に書院と洋館、更に離れ座敷や蔵などを配した広大なお屋敷のうち、ここに一部の玄関と大広間と離れ座敷を移築しているとのこと。
いや、このスケール、さすが伊藤博文のお住まいっすわ!
廊下が広いこと。畳も敷いてくれてるし、ここを細い部屋として暮らせそう。
2階も広いので、旅館みたいに両側に階段が延びている。
旅館として使えそうなくらいね。名門の血筋の内閣総理大臣の私邸ともなれば広大なのも当然だけど、こういうの見ていつも思う、ホントに持っている部屋数をちゃんと使っていたんだろうか…?
窓の内側に手すりを付けてるのか。掃除がしにくそうだな。
2018/2/25
タクシーで一気に到着したのは藍場川。 元は細い農業用水路でしたが、18世紀半ば、 6代藩主毛利宗広が拡張して船も通れる運河にしました。
参勤交代の途中で立ち寄った岡山城下の水路を参考にしたんだって。全長2.6キロメートル。農業用水としてはもちろん、防火用水、物資運搬、水害時の水はけとして大いに活用されました。
今は鯉が放流されておりまして、観光客の多い時期だと鯉の餌が売られていたりするらしい。
この川の最上流にあるお屋敷が旧湯川邸。築年は明確じゃないけど、恐らく明治よりも前とのこと。
これ、川に何か沈めておく時のための屋根…?
お庭から見た主屋。座敷や茶室があって、結構大きいんだよ。
お庭には、藍場川から引き入れた水で川が作ってある。
右の写真の奥にある建物に、台所やお風呂があります。
お風呂、ちょっと冬が寒そうだけど、下が石になっていて、水が流れ落ちるようになっている。右の写真がお風呂場のハトバね。
奥に見えている建物は何か、休憩所的な場所らしい。写真の右から、藍場川の水が引き入れられて…
…この手前の方に流れてきて、炊事のハトバに流れていき、また藍場川に戻るの。
この休憩所っぽい場所って、東屋みたいなものかしら。
そして次に、すぐご近所の桂太郎氏の旧宅へ。ちなみに、湯川邸の裏からでも行けるらしい。
お庭にはやはり水が引き入れられています。奥の方にハトバがある。
このように。
明治政府の重鎮だった桂氏が少年時代を過ごした地に、彼の晩年に建てられた家なのだ。スタッフの人によると「ここで生活していたわけじゃないのでお手洗いがない」そうです。台所はあるのに? ある意味、台所よりも切実に、お手洗いって必要じゃない?
余談ですが、各お屋敷の受付でスタッフの人に、どこから来たのか記入をと求められます。で、兵庫と書くと、「まあ、遠いところから」って。いや、関西地方と中国地方なんて隣ですやん…。で、このスタッフの人の親戚が兵庫県に住んでいて、去年行ってきたところだと。でね、その親戚の人が住んでいるのが、なんと私の隣町! いやあ、世間って狭いねえ。
お庭はやはり流水池泉庭園で、懸石と言う萩地方独特の石組が特徴と書いてありますが、どこら辺が独特なのか素養がないので全然わかりませんでした。
私にわかるのは、とにかく素敵なお庭だということだけだ。
桂氏は現在の拓殖大学に当たる台湾協会学校を創立した人です。創立100周年に拓殖大学から贈られた像がこれ。今でも年に一度、拓殖大学から学生さんの代表が何人か来て、この像の前で校歌を歌っていくとスタッフの人が言ってました。
観光の中心からは少し離れているからか、人が全然いなかったけど、藍場川は素晴らしいわ。次に来たら、レンタサイクルで市内をゆっくり回りたい。そしてこの藍場川沿いの道と、この2つのお屋敷で、たっぷり時間を取って遊びたい。水路のある街やお庭が好きな人にはホントお薦めよ。




























































