森美術館で開催中の「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」へ行って来ました。
シアスター・ゲイツは米国シカゴのサウス・サイド地区を拠点に、陶芸や絵画、彫刻、音楽、パフォーマンスなどに加え、既存の建物を独自の美学で再生させるプロジェクトを推進し、2012年の「ドクメンタ13」(ドイツ、カッセル)で国際的な脚光を浴びました。
その幅広い活動の把握は容易ではありませんが、彼が自らアーティストというよりむしろ「作り手(メイカー)」と呼ぶことはその理解の一助になるでしょう。
ゲイツは2004年、愛知県常滑市で日本の陶芸文化を体験します。
それから20年間、日本との関係を続け、日本の民藝や工芸の調査、常滑での建築プロジェクトなどに繋がりました。
米国ミシシッピ州とシカゴにルーツを持つアフリカ系アメリカ人としてのゲイツが、日本と出会うことで生まれたコンセプト「アフロ民藝」は、アメリカ公民権運動の一翼を担ったスローガン「ブラック・イズ・ビューティフル」と日本の「民藝運動」の哲学とを融合した独自の美学です。
それぞれの文化に、価値と美しさを認めることで、尊厳と自信、精神的な強さを与え、称賛することを通して、支配的な価値観への抵抗を示しています。
本展は、ゲイツの多角的な実践を通し、世界で注目を集め続けるブラック・アートの魅力に迫るものです。
展覧会の構成は以下の通りです。
神聖な空間
ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース
ブラックネス
年表
アフロ民藝
ゲイツにとって、音楽や儀礼、詩、そして彫刻や陶芸を創作することはスピリチュアルな行為であり、神聖なものに触れる手段でもあります。
ゲイツはこれまでも、詩的な作品を通じて、人々が集い、美を感じることができる教会や寺院のような空間を作ってきたことで高い評価を受けてきました。
会場入ると、床に煉瓦が敷かれているのに気付きます。
これらは、常滑市にある水野製陶園ラボにて本展のために制作されました。
常滑市はかつて煉瓦や土管など、産業陶器の生産で繁栄していた歴史があります。
煉瓦という素材に関心を抱き続けているゲイツは本作で、建築的でありながら概念的な新しいシンボルを創り出しました。
煉瓦の歴史的背景や、それに関わってきた労働者の存在に常滑の職人技や土が重ねられたこの空間は、寺社仏閣のような神聖な雰囲気を醸し出しています。
シアスタ・ゲイツ《散歩道》(2024年)
同じ空間に展示されている《無題の器》には心を動かされます。
奴隷労働者であったデイヴィッド・ドレイクは、サウス・カロライナ州エッジフィールドにあった農園や工場で陶芸職人として働いていました。
ドレイクは、2009年以降、ゲイツが作品の中で称賛してきたアーティストのひとりです。
1834年には同州で、黒人の識字率の向上を抑えるために、奴隷だけでなく自由黒人にも読み書きを学ぶことを禁じる法律が可決されていましたが、ドレイクは自作の陶器に、名前だけでなく日付や制作場所、詩、聖書の言葉などを彫り込んでいました。
危険を冒してまで刻字することで、奴隷制への抵抗を示していたのです。
現在、ドレイクはアメリカ陶芸の分野で広く研究されています。
デイヴィッド・ドレイク《無題の器(碑文:ルイス・マイルズ・エッジフィールド工房の壺)》(1855年)
ゲイツにとって、黒人の文化的空間や関連する品々を過去15年間にわたって蒐集し、保存し、管理してきたことは、創造的な作業であり重要な表現手段のひとつとなってきました。
これまでも、親しいアーティストや研究者の遺品、教会や出版社、レコードショップ、金物屋など、地域社会で重要な役割を果たしてきた場所が取り壊されたり廃業したりする時に、遺された大量の物品を保存し、アーカイブ化してきました。
ゲイツは、そうした品々やコレクションが宿す力をアート作品として称え、自身の創作と実践を通じて共有することで、人々の人生に敬意を表し、その人生をより永く続くものにしているのです。
《黒い縫い目の黄色いタペストリー》でゲイツは、放棄された消防ホースを用いて創り出す、要素をそぎ落としたシンプルな表現を通じて、1960年のアメリカ公民権運動の際、警察が平和的デモ隊を高水圧ホースで弾圧したという歴史的事実を引用しています。
また、本シリーズはゲイツのカラー・フィールド・ペインティングやコンセプチュアル・フォーマリズムといった美術様式への関心も表しています。
シアスター・ゲイツ《黒い縫い目の黄色いタペストリー》(2024年)
ゲイツが取り組んできた陶芸や彫刻をはじめ、パフォーマンス、インスタレーション、建築、蒐集などの幅広い表現は、その多くが「ブラックネス(黒人であること)」の複雑さや心理的葛藤を表しています。
それらは、今日のアメリカ社会にも根強く残る人種差別を可視化し、黒人文化のあらゆる表現とそこにある真実を称賛するものです。
ゲイツが、アーティストや近隣住民のためにブラック・スペース(黒人の文化的空間)を作り上げようとするその姿勢こそが、「ブラック・スペースは空き家でない」「ブラック・オブジェクツ・マター」といったゲイツの強い信念の証なのです。
また、ゲイツの作品群で重要なのは、それらが答えを提示するよりも多くの問いを投げかけ、新たなアイディアを示すということです。
ミニマリズム、形式主義、モダニズムを横断するコンセプチュアルなアプローチは、ブラックネスに対する個人的であり、独自で普遍的な解釈を可能にし、美術史の系譜においても重要な場所に位置づけられています。
《基本的なルール》は取り壊された小学校の体育館の床を用いた絵画で、並べられた床板の縦縞と、床の上に引かれていた様々な色の線が、部分的に切り取られることで抽象的な模様を作り出しています。
子どもや若者たちにとって、遊びやスポーツを通じて、客観的思考や社会性を学ぶことができる場が徐々に失われている現状を批判しています。
シアスター・ゲイツ《基本的なルール》(2015年)
陶芸を制作してきたゲイツは、魂の入れ物としての器、そして土を用いた造形の可能性を探究してきました。
これらの黒い器には、アメリカの黒人陶芸から、アフリカ、日本、朝鮮、中国の陶芸を思わせる、いくつもの要素が重ねられています。
「ブラック・ベッセル(黒い器)」シリーズは、何日もかけて燃成する過程で、灰と炎が果たす錬金術的な役割を目立たせています。
本作の焼成に使用された穴窯は、薪を燃料とし、薪の灰が釉薬のように陶器の表面を変化させることで独自の表情を生み出します。
シアスター・ゲイツ《ドリツ様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器) 》(2022-2023年)
グローバル化が進むにつれて、伝統的な社会の中でも複数の文化が混ざり合い、ハイブリッドな様式が生まれていることにゲイツは深い関心を抱いてきました。
「アフロ民藝」は、日本での様々な出会いが、ゲイツ自身のアイデンティティを形成してきたことを理解し、日本の民藝運動とアフリカ系アメリカ人の公民権運動が融合する物語であり、創造的な提案です。
あるいは、日本、中国、韓国の陶磁器の歴史をたどりながら、このふたつの重要な運動を重ね合わせることで、自身のアーティストとしての経験に基づく、新たな美意識と文化的価値を創造しようとする試みとも言えるでしょう。
これらは常滑市の陶芸家・小出芳弘の作品群です。
小出は伝統的な常滑焼を研究しながら作陶を続けていた作家です。
ここに展示されている約2万点の陶芸作品は、ひとりの陶芸家としての生涯を表しています。
遺された陶芸作品の量に圧倒されたゲイツは、小出の「生涯」を引き受けることを決め、作品を梱包し、目録を作成し、美術館で展示しているのです。
小出芳弘コレクション(1941-2022年)
これらの陶器は、貧乏徳利と呼ばれ、明治から昭和初期まで酒屋で少量買いをする客への貸し容器として利用されていたものです。
主な大きさは1升、5合入りなどがあります。
日本の窯業が発展してから、常滑、備前、丹波などで大小様々なものが作られました。
本作で、ゲイツは陶芸家の谷穹とコラボレーションしています。
これらの貧乏徳利は谷の祖父が長年かけて蒐集していたもので、ゲイツはそこに自身のプロジェクト名である「門インダストリー」ロゴを印字しました。
実用性がなくなり、過去のものとなった貧乏徳利が、ロゴを印字されることで現代の作品として生まれ変わりました。
シアスター・ゲイツ《みんなで酒を飲もう》(2024年)
近年、グローバルなアートシーンでは第一線で活躍する黒人アーティストたちの表現に見られる重層的な経験が注目されています。
ゲイツの多角的な実践を通し、世界の多様な文化や歴史への意識を拡げてみませんか。
会期:2024年4月24日(水)-9月1日(日)
会場:森美術館
〒106-6150 東京都港区六本木6-10-1六本木ヒルズ森タワー53階
開館時間:10:00-22:00(火曜のみ17:00まで)
※ただし、2024年8月13日(火)は22:00まで
※入館は閉館時間の30分前まで
※会期中無休
主催:森美術館
協賛:株式会社大林組、ブルムバーグ・フィランソロピーズ、あいおいニッセイ同和損害保険株式会社、ウッドフォードリザーブ
特別協力:WHITE CUBE
協力:ガゴシアン、GRAY
制作協力:山翠舎、香老舗 松栄堂、宇治茶 堀井七茗園、HOSOO
お問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)