No.3-16 嬉しさの分だけの不安
初日に感じた、“しぼんでいく期待”は、不安の象徴でした。
本屋さんに並んでる耳慣れた雑誌、大手企業やアミューズメントパークの社内報、大学・専門学校・旅館のパンフ、旅行会社の会員誌など、多様な仕事を多数抱えていたこの会社は、今までの環境では出会ったことのない、独特の空気と目をした人たちの集まり、でした。
穏やかな佇まいからは想像がつかないほど、それぞれの意識とレベルは高く、挑戦や冒険のなかで、仕事に取り組んでいように、私の目には映りました。飄々と、踊るように。
ひとつのチームとしての統一感と、強烈なまでの光を放つ個々の個性。それは、入社したその日のうちに、私の細胞に染み込んでしまうほど、でした。
半端なく仕事のできる、スーパースペシャリスト集団。そこにいられることは、この仕事を目指してきた者として、ひどく誇らしかった。
でも、同じだけ、怖いと感じてもいたのです。それだけの力を自分が持っていないことを、誰より一番わかっていたから。
期待と怖さの狭間で、私は、初仕事となる日経新聞のコラム原稿を書きました。今思えば、これは、私のレベルをはかるためのテスト、だったような気がします。
数日後、日経新聞に掲載されると同時に賞賛を浴びたその原稿は、例に漏れず、外出記入ボード横、他スタッフの掲載紙の切り抜きの上にクリップ止めされました。
“それ”は、このクリエイティブ集団への入団許可証のようで、嬉しかった。
でも…認められた、ということが表す現実に、鮮明になっていく恐怖。その根因は、たったひとつ。
自分を支えてきた自信が、いずれ打ち砕かれるかもしれない……。
No.3-15 教わる意識を持ち、実践を通して、仕事は学べ
私を拾ってくれたのは、最初の会社より規模も大きく、抱えている仕事レベルもうんと高い、大阪市内のとある編集プロダクション。
ここも、面接を終えた帰り道には、心のなかに確信が芽生えていました。
「大丈夫」。
それは、家に着くころには、もう揺るぎないものになり…結果を聞く前からテンション上がってました(笑)。
採用の連絡を受け、伝えられた日時に初出勤。
朝礼等がある会社ではなかったし、出勤時間がばらばらだったため、そのときそこにいたスタッフの人たちへの紹介だけすませると……即仕事。「えっ…もう終わり!?」ってくらい、あっさり、さっぱり、してました。
とにかく忙しい事務所だったので仕方ないと言えば仕方ないんだけれど……
通常、入社当初に行なわれるであろう、社内の案内や仕事の説明といった事務的な報告も一切なく。社長から「○○に付いて、彼女の仕事手伝って」と言われ、あとは放置。
先輩スタッフから「ちょっと待っててくれる?」と言われ、机に座って、ただ待つ。そして、仕事内容の説明を聞き、言われた仕事をこなしていく。
本格的な編集の仕事は初めてに近かった私は、中途半端にできるけど、大事なことを意外と知らなかったりする、というややこしい新入社員だったのですが…
仕事を教えてくれる人は……どこにも、いない。もちろん、聞けば、みんな親身に色々教えてはくれました。でも、聞かない限り、教えてはくれない。誰も、何も。
すべてが実践。言葉で教えるより、仕事そのものをこなしていくなかで、わからないことをその時々で聞きながら、学んでいく。
それが、この会社のスタンス、でした。
初めての会社。初めてに近い仕事。
期待と同じくらいの緊張のなかで、何がなんだかわからないまま一日を終えた記憶だけが、残っています。帰りの道中、行きの電車で抱いていたきらきらした期待が、少ししぼんでいるのを感じました。
あのなかで、本当に自分はやっていけるんだろうか?
No.3-14 無駄に満々の自信だけを携えて
昔から、感覚だけで物事を決め、その本能だけで動いてきました。
後先考えず、行き当たりばったりで、今日まで生きてきた私。
最初の会社を辞める、と決めたときも、誰にも相談はしませんでした。家に帰って、ご飯を食べながら、何食わぬ顔で「そうそう。今日、辞めるって会社に言ってきたから」と、両親に伝えたくらい。
いつものことながら、頭を抱える両親に対して、申し訳ないな、と思いながら。でも、自分の心に、感覚に、嘘はつけないんだもん、と開き直りながら。
次の仕事を見つけていたわけではなかったので、退職してから再就職の活動を開始しました。
前と違って経験あるもの、と思いつつ、積んだ経験たったの2年弱。そんなの屁の突っ張りにもならない“経験”に胸を張って、面接に挑んでました(笑)。たった2年の、たいして役にも立たない“経験年数”を、恥ずかし気もなく声高に謳いながら。
当時の私は、15のころの自惚れのまま、社会のなかで書き続けていました。
もしかしたら、今よりずっと自信を持っていたかもしれません。自分自身に、自分の書く文章に。
面接で、何度経験年数の少なさを指摘されても。それによって、何回涙を飲んでも。無駄に満々の自信だけを携えて。必ず、私を必要としてくれる場所に出会える、と無邪気に信じて。
その自信は一体どこからくるんだってくらい、自信に満ちあふれていました。
根拠は……そうです、ないです。いつものことながら。
でも、感覚だけは研ぎ澄まして生きてますから、自分の居場所を見つける嗅覚は優れているようです。
前の会社を退職してから約1年後。ここだ!って、感覚に触れた、新たな可能性の潜む居場所に、私は、しっかり出会うことができたのです。
No.3-13 もっと、自分の可能性を試してみたい
私が勤めていた編集プロダクションというのは、とてもアナログな仕事の仕方をしていて…
原稿は所定の原稿用紙に手書きで書き、FAXと電話で校正のやり取りをして、写真は紙焼きでもらい、編集長以外は一切パソコンは使わない。そんな職場環境。
そこに違和感さえ感じないほど、入社当時は舞い上がっていた模様…。
でも、仕事を覚え、経験を積み、色んなことがわかってくるごとに、違和感が増していきました。大学の授業でさえパソコンやDTPを使っていたのに…と。
そのやり方に対してもそうだけど、ひとつのフリーペーパーだけを作っていたため、毎月毎日変わらない仕事内容に、何とも言えぬ物足りなさを感じるようになっていきました。
新しいことに何ひとつ挑戦できないことも、仕事が色褪せていった理由のひとつ。
でも、未経験の人間を雇ってくれることの少ない業界で、何の経験もスキルもない、無駄に自信だけに溢れた私を採用し、基本を教えてくれた会社に対して、深い感謝がありました。
だから、辞めることを決断するのは、正直難しかったし、心が痛みました。
それでもやっぱり消えない、想い、があったのです。
もっとレベルの高い仕事がしたい。
本当の編集の現場で働いてみたい。
もっともっと、色んなことをしてみたい。
自分の「書く」がどれくらい通用するのか、その可能性を試してみたい。
日に日に大きくなるその感情は、ついには私自身を追い越していきました。
それを感じた日の夜、退職の意を編集長に伝え、その意志が決して変わらないことを理解していただいたのです。
入社2年目を終えるころ、新たな目標を胸に、私がこの世界で第一歩を踏み出すきっかけをくれた会社をあとにしました。
No.3-12 満たされた欲望による、枯渇
初めて勤めた会社は、大阪市内で女性向けのフリーペーパーを作っている、小さな小さな編集プロダクションでした。
すべてが初めての経験だったので、先輩の取材に同行しながら取材の仕方を学び、自分なりに書いた原稿を編集長に直してもらいながら書き方を学び、校正の記号を教えてもらい、ひとつずつひとつずつ仕事を覚えていきました。
その過程は、純粋に楽しかった。
慣れてくると、一人でクライアントさんのところに取材に行き、原稿をまとめ、校正のやり取りをして、掲載誌を送る。それとは別に、映画担当として、配給会社から送られてくる資料を元にしたり実際に試写会に行ったりして、原稿を書いたりもさせてもらっていました。
とにかく「書く」仕事ができていることが嬉しくて、毎日が幸せでした。
もちろん、失敗したり、クライアントさんから怒られたり、うまく取材ができなかったり、咄嗟の判断がくだせないことがあったり…、思うようにできないことを大変だな、と思ったことも、たくさんあります。
でも、実感がありました。あ~好きな仕事ができてるんだなっていう、細胞レベルの実感。だから、なんでもできた。自分らしく、無理することなく。
でも、人間というのは欲深いもので、ひとつが叶うと、新たな欲や望みが生まれてくるもの、です。安定に溺れることを嫌う、というか…常に刺激を求める癖が、私にはあるようで。
毎日の仕事に満足していたはずなのに、1年が経ったころからその心境に少しずつ変化が生じ始めました。初期段階の一番の欲望が満たされてしまったことによる、心の枯渇…。そのとき置かれていた現状では、もう、目指すものがなくなってしまったのです。
それは、ひどく恐ろしいことのような気がしていました。