14日目★カトマンズ→ポカラ(ネパール内)その1
まだまだ寝ていたいところ、気力を振り絞って起きます。だって今日はポカラに行くんですもの。出発時間早いんですよねー。6時集合ですよ。寝ポケマナコながら私はクリシュナやロミタに見送られつつ昨日教えてもらったバス停へ。観光バス並のバスが何台も並んでとまっているのが見えます。バス停付近に着くと売り子たちがたくさんいて、お菓子や水を売ってきました。最初断るも、しつこいのとお腹が減っていたので20ルビーでビスケットらしき菓子を2つ買いました。ちょっと高いですよね。寄って来たネパール人に持っていたバスチケットを見せると、あのバスだよと教えてくれ、私はバスに乗り込み出発を待ちました。
車内を見回すとネパール人もわずかにいますがほぼ欧米人の方々。あと日本人と思われる男子が1名います。待つこと数十分。バスは動き出しました。・・欧米人、なんかなあ・・ウォークマンの音とかかなり漏れてるんですよね、あとなんか態度でかいんですよね。5.6人の男女混合グループらしく、アメリカンな感じ。男女共に大柄です。そして女子露出度高し。特に害はないからいいんだけれども。なぜおとなしく普通に座ってられないのだろうか。なぜそんなにも足を投げ出すのだろうか。ツアーのみんなに会う前まで、私が思っていた典型的な欧米人のイメージままの方々です。ツアーのみんな。・・みんなどうしてるのかな。もう帰ったんだろうな。もう旅(チベットツアー)は終わったはずなのに、私はふとチベットツアーのみんなを思い出してしまいます。私の中でツアーが終わったと同時に自分の旅は完結してしまったかのような感覚です。正直、ボダナートを見に行ってる時も、こうして新たな場所に向かってるときも、好奇心やワクワク感なんてなくて惰性で動いている感じ。カトマンズで欧米人を見ては、ツアーの誰かがいないかと期待し、私はしばらくチベットツアーにひきづられたままでした。あのツアー以上のことなんてこれからもうないんだろうな・・外の景色をみながらチベットツアーを思い出してました。
食事休憩らしくバスは止まり、みんな降ります。テラスみたいな感じで椅子とテーブルがいくつかあり、パンやコーヒーが売ってます。ビスケットを食べてたのでそんなお腹減ってもなかったのだけど、この先お腹減るかなと思い一応注文。そして食べながらも目線はバスと同バス欧米人に集中。だっていつバスが出発するか分かんないんですもん。休憩時間が何分かも不明。周りの行動を見つつ注意するしかありません。日本ならまずおいていくなんてありえないだろうけど、ここはネパールですからね。十分ありえそうなんですよね。
注意したかいがあってバスに乗り遅れることなく。休憩も終わりバスは再び出発です。ポカラまでは7時間弱。カトマンズを離れるとずっと田舎道です。私は道中半分くらい寝てましたね。寝るか景色見るか歩き方を読むか。そして2回めの休憩です。この時同バスに乗っていた日本人男子と少し話したのですが、彼は坊主風な髪型、旅行歴は結構ある感じでドゥリケルで絵を描いてたらしい。絵がうまいせいか、彼の絵をみたドゥリケルの人々がもっと描いてくれと壁画など、仕事かのように頼まれ、忙しかったらしくポカラにはのんびりしに来たそうだ・・・とそんなことは全然どうでもよくて。私はこの時点でこの彼とはかなり距離をおきたいのでした。なぜかというと車内でですね目があったのか、彼は私に「日本人?」と聞いて来たので私は「そうですけど。」と答えると「だと思った。」とニヤっと笑って言ったのです。そもそも「日本人?」って単語で聞いて来ること自体間違ってるのだけど「だと思った。」って。ハァ?明らかに上から言ってますよね。彼とは初対面だしそんな言い方される覚えも間柄もないんですけど。日本人ってだけで皆仲間と思うなよ、慣れ慣れしいんだよ。・・困ったものです。自分が何様なのか旅歴が長いか世界を見て来たか何だか知らないけれど、勘違いも甚だしい。たまにいるんですよね、こういう勘違い若者が。「日本人」だからって何なんだ。チベットツアーを体験したあとだけに余計、こういう感じの人には嫌悪感がわきます。私はバスに戻った後も彼に自ら話しかけることはありませんでした。
時は14時半。バスはとうとう終点ポカラに着いたみたい。私はポカラの宿をどこにしようか、移動時間に歩き方を見て数軒絞ってました。欧米人やネパール人は途中で降りたようでバスに残ってるのは私とあの日本人男子です。彼は多分私が気分を害したとは全く気付いてないでしょう。「どうします?」とでも話しかけてほしげだったのですが、もちろん何も話さず私は先にバスを降りると同時に、バス出口にいる沢山の客引きの中に、絞っていた宿名の名刺を持っている人が居たので、宿をそこに決めその客引きのネパール人について行ったのでありました。
ひき続き祭り写真

赤の服の子がシュシュミナです
車内を見回すとネパール人もわずかにいますがほぼ欧米人の方々。あと日本人と思われる男子が1名います。待つこと数十分。バスは動き出しました。・・欧米人、なんかなあ・・ウォークマンの音とかかなり漏れてるんですよね、あとなんか態度でかいんですよね。5.6人の男女混合グループらしく、アメリカンな感じ。男女共に大柄です。そして女子露出度高し。特に害はないからいいんだけれども。なぜおとなしく普通に座ってられないのだろうか。なぜそんなにも足を投げ出すのだろうか。ツアーのみんなに会う前まで、私が思っていた典型的な欧米人のイメージままの方々です。ツアーのみんな。・・みんなどうしてるのかな。もう帰ったんだろうな。もう旅(チベットツアー)は終わったはずなのに、私はふとチベットツアーのみんなを思い出してしまいます。私の中でツアーが終わったと同時に自分の旅は完結してしまったかのような感覚です。正直、ボダナートを見に行ってる時も、こうして新たな場所に向かってるときも、好奇心やワクワク感なんてなくて惰性で動いている感じ。カトマンズで欧米人を見ては、ツアーの誰かがいないかと期待し、私はしばらくチベットツアーにひきづられたままでした。あのツアー以上のことなんてこれからもうないんだろうな・・外の景色をみながらチベットツアーを思い出してました。
食事休憩らしくバスは止まり、みんな降ります。テラスみたいな感じで椅子とテーブルがいくつかあり、パンやコーヒーが売ってます。ビスケットを食べてたのでそんなお腹減ってもなかったのだけど、この先お腹減るかなと思い一応注文。そして食べながらも目線はバスと同バス欧米人に集中。だっていつバスが出発するか分かんないんですもん。休憩時間が何分かも不明。周りの行動を見つつ注意するしかありません。日本ならまずおいていくなんてありえないだろうけど、ここはネパールですからね。十分ありえそうなんですよね。
注意したかいがあってバスに乗り遅れることなく。休憩も終わりバスは再び出発です。ポカラまでは7時間弱。カトマンズを離れるとずっと田舎道です。私は道中半分くらい寝てましたね。寝るか景色見るか歩き方を読むか。そして2回めの休憩です。この時同バスに乗っていた日本人男子と少し話したのですが、彼は坊主風な髪型、旅行歴は結構ある感じでドゥリケルで絵を描いてたらしい。絵がうまいせいか、彼の絵をみたドゥリケルの人々がもっと描いてくれと壁画など、仕事かのように頼まれ、忙しかったらしくポカラにはのんびりしに来たそうだ・・・とそんなことは全然どうでもよくて。私はこの時点でこの彼とはかなり距離をおきたいのでした。なぜかというと車内でですね目があったのか、彼は私に「日本人?」と聞いて来たので私は「そうですけど。」と答えると「だと思った。」とニヤっと笑って言ったのです。そもそも「日本人?」って単語で聞いて来ること自体間違ってるのだけど「だと思った。」って。ハァ?明らかに上から言ってますよね。彼とは初対面だしそんな言い方される覚えも間柄もないんですけど。日本人ってだけで皆仲間と思うなよ、慣れ慣れしいんだよ。・・困ったものです。自分が何様なのか旅歴が長いか世界を見て来たか何だか知らないけれど、勘違いも甚だしい。たまにいるんですよね、こういう勘違い若者が。「日本人」だからって何なんだ。チベットツアーを体験したあとだけに余計、こういう感じの人には嫌悪感がわきます。私はバスに戻った後も彼に自ら話しかけることはありませんでした。
時は14時半。バスはとうとう終点ポカラに着いたみたい。私はポカラの宿をどこにしようか、移動時間に歩き方を見て数軒絞ってました。欧米人やネパール人は途中で降りたようでバスに残ってるのは私とあの日本人男子です。彼は多分私が気分を害したとは全く気付いてないでしょう。「どうします?」とでも話しかけてほしげだったのですが、もちろん何も話さず私は先にバスを降りると同時に、バス出口にいる沢山の客引きの中に、絞っていた宿名の名刺を持っている人が居たので、宿をそこに決めその客引きのネパール人について行ったのでありました。
ひき続き祭り写真

赤の服の子がシュシュミナです
13日目★カトマンズ(ネパール)その3
私とHさんと代理店の女の子シュシュミナ(年は20くらいかな)は、代理店を出てひとまず宿へ。Hさんはよく休みを利用して海外に来るという。これまでもインドに数回、あとベトナムとかいろいろ行っているらしい。ネパールは始めてとのこと。でも始めてと思えないくらいネパール人たちと打ち解けちゃうのですね、Hさん。Hさん大のインド映画好きで映画のタイトルはもちろん、インドの俳優や女優の名前もスラスラ出てくるのです。ネパールでもインドは隣国なだけにみんな知っているようで、映画の話をすれば「なんだ?!あんた○●(映画タイトル)見てるのか?」とたちまち仲良くなってしまう。かなりの武器を持ってます。そしてHさん、英語が上手いんですわ。発音からして違う。スラスラと流れるように英語が出てくるのです。こんだけしゃべれれば怖いもんないだろうなあってくらい。そんなHさんと話しながら歩くこと20分くらいですかね。宿に到着。でもすぐ祭りに行くので宿滞在は10分ほどでしょうか。Hさんは私より下の階の部屋です。ちなみにシュシュミナは毎年この祭りを見ているということで、私たちの案内をしてくれるとのこと。
私たちは宿を後にし祭りの中心地である、私がネパール初日に行ったダルバール広場に向かいます。Hさんにしてみればネパール着いてそうそう、宿滞在10分で祭りに行くという結構ハードになっておりちょっと疲れてる気が。でもさすが大人です。あまりそんなそぶりを見せず、テンション高く私にも気をつかってくれます。最初はそのテンションにちょっと引き気味だったのですが、今やそのテンションこそが気遣いだったことが分かってきました。しかしテンション高いのはHさんだけではないです。シュシュミナも結構興奮気味なのですな。最初はおとなしかったのですが、ダルバール広場に近づくにつれ「あそこ!見て見て!あそこでいつも人が踊るの!!」とか「あれあれ!あの人たちはねー・・」と私たちの袖をひっぱりながら嬉しそうに話すんですよね。あとちなみにシュシュミナも英語が上手い!最初恥ずかしがってあんまり話さなかったのですが、Hさんが話せるのが分かり彼女も話しだしたのですね。上手い。上手すぎる。タメル付近で英語話せる人は珍しくないものの、彼女は発音が他の人とは違う。そして話せない私。今回は英語の必要性をつくづく感じさせられる旅ですわ。
広場に近づくにつれ、街に人が増えてきました。そしてしまいには3人手をつなぐか袖をつかまえてないとはぐれてしまいそうなくらいの人ごみが。みんな興奮してます。シュシュミナも興奮気味。そしてダルバール広場へ。人がスゴイ!!気をつけないと何か盗まれてしまいそうなくらい。広場では伝統的と思われる踊りを踊っていたり、なぜか酒をまきちらしていたり。そして彼女が「あれあれ!」っていう方を見ると神輿の集団がこっちへやってきてます。神輿の上にはクマリではないのだけど、クマリの次くらいの地位の子どもが乗っているらしく、その周りに人がさらなる人が溢れかえっています。私とHさんは写真を撮ろうと必死。もみくちゃになりながらシャッターをきります。隙間からなんとか撮れました。男の子らしくチビッコです。(写真参照)クマリではなくちょっと残念ですが。。でも写真には撮れなかったもののクマリの顔見ることできたんですよね!シュシュミナ曰く、クマリの顔が見れるといいことがあるのだそうだ。よしっ!ちなみにクマリも下の写真の男の子のような感じでした。(一瞬だけによくは分からなかったけど)
私たちは神輿やクマリ、そしてその親戚、伝統的な踊りなどもみくちゃになりながらもなんとか見ることができました。さすがに結構疲れてきました。そろそろ帰ろうということになりシュシュミナが途中まで送ってくれることに。あたりは結構暗くなってきてます。でもシュシュミナは(私たちを祭りに案内することで)帰りが遅れることを両親に言ってないらしく、親が心配するからということで自宅に寄ってから私たちを送ることに。彼女の家はダルバール広場から数分、私たち観光客が訪れることはない現地住宅地です。ネパールの一般家庭初潜入。既に7時は過ぎてるせいか周りは暗くよくわかりません。家はかなり入り組んだ奥の方にありました。私たちは彼女のお母さんにあいさつし、シュシュミナは私たちのことをお母さんに説明してました。後からシュシュミナが言ってたのですが、お母さんは心臓が悪くあまり家から出られないのだそうだ。それだけにあまり心配かけられないと。多分いつもは仕事が終わったら真っすぐ家に帰って手伝いとかしてるんだろうなあ。そして彼女は送る途中私たちに「今日は本当に楽しかった。あなたたちがこの日を忘れても私はずっと覚えてます。」と。(ほぼシュシュミナの話はHさんの通訳なのですが)うう泣けますね。そんな、忘れたりしないよ。私も覚えてます。そしてブログに書いてます。
私が宿までの道を覚えてるということでシュシュミナとは途中で別れ、Hさんと宿に帰りました。その後彼女と宿のテラスらしきところでダルバート(ネパール定食)を食べながら、私のチベット話やHさんの旅行歴を聞いたりしてたら時は11時近く。すると日本人の女の子がネパール人のおじさんとやってきました。確か私たち以外にも日本人の女の子が泊まってるってMさん言ってたっけな。その子はネパール人と別れた後、私たちと少し話すことに。彼女はTちゃん。まだ大学生で卒論の研究のためネパールに来てるらしく、先ほどのネパール人のおじさんは大学の教授の紹介された人で、こっちでの身元引受人的存在らしい。Tちゃんはなんとクマリの研究をしてるらしく、元クマリだった人にインタビューなどもするらしい。そしてまだこれから2ヶ月は滞在するとのこと。な・ながい!!そしてTちゃん一見日本人に見えないんだな。ハーフみたいな顔立ち。こっちの人に近いかも。そんなTちゃん、そしてHさんの話を聞きつつ夜は更けてくのでありました。
60ドル→4080ルピー
1ルピー=約1.5円
ボダナートまでタクシー行き 163Rs(ルピー)
帰り 170Rs
うどん 200Rs
ボダナート入場料 100Rs
ダルバール広場入場料 200Rs
飲み物 12Rs
ネット 30Rs
ポカラバス代 350Rs
計 1225Rs
宿代2日分 20ドル
クマリ・・ではないらしい。

ブレてますが、踊り風景。

すごい人っす
私たちは宿を後にし祭りの中心地である、私がネパール初日に行ったダルバール広場に向かいます。Hさんにしてみればネパール着いてそうそう、宿滞在10分で祭りに行くという結構ハードになっておりちょっと疲れてる気が。でもさすが大人です。あまりそんなそぶりを見せず、テンション高く私にも気をつかってくれます。最初はそのテンションにちょっと引き気味だったのですが、今やそのテンションこそが気遣いだったことが分かってきました。しかしテンション高いのはHさんだけではないです。シュシュミナも結構興奮気味なのですな。最初はおとなしかったのですが、ダルバール広場に近づくにつれ「あそこ!見て見て!あそこでいつも人が踊るの!!」とか「あれあれ!あの人たちはねー・・」と私たちの袖をひっぱりながら嬉しそうに話すんですよね。あとちなみにシュシュミナも英語が上手い!最初恥ずかしがってあんまり話さなかったのですが、Hさんが話せるのが分かり彼女も話しだしたのですね。上手い。上手すぎる。タメル付近で英語話せる人は珍しくないものの、彼女は発音が他の人とは違う。そして話せない私。今回は英語の必要性をつくづく感じさせられる旅ですわ。
広場に近づくにつれ、街に人が増えてきました。そしてしまいには3人手をつなぐか袖をつかまえてないとはぐれてしまいそうなくらいの人ごみが。みんな興奮してます。シュシュミナも興奮気味。そしてダルバール広場へ。人がスゴイ!!気をつけないと何か盗まれてしまいそうなくらい。広場では伝統的と思われる踊りを踊っていたり、なぜか酒をまきちらしていたり。そして彼女が「あれあれ!」っていう方を見ると神輿の集団がこっちへやってきてます。神輿の上にはクマリではないのだけど、クマリの次くらいの地位の子どもが乗っているらしく、その周りに人がさらなる人が溢れかえっています。私とHさんは写真を撮ろうと必死。もみくちゃになりながらシャッターをきります。隙間からなんとか撮れました。男の子らしくチビッコです。(写真参照)クマリではなくちょっと残念ですが。。でも写真には撮れなかったもののクマリの顔見ることできたんですよね!シュシュミナ曰く、クマリの顔が見れるといいことがあるのだそうだ。よしっ!ちなみにクマリも下の写真の男の子のような感じでした。(一瞬だけによくは分からなかったけど)
私たちは神輿やクマリ、そしてその親戚、伝統的な踊りなどもみくちゃになりながらもなんとか見ることができました。さすがに結構疲れてきました。そろそろ帰ろうということになりシュシュミナが途中まで送ってくれることに。あたりは結構暗くなってきてます。でもシュシュミナは(私たちを祭りに案内することで)帰りが遅れることを両親に言ってないらしく、親が心配するからということで自宅に寄ってから私たちを送ることに。彼女の家はダルバール広場から数分、私たち観光客が訪れることはない現地住宅地です。ネパールの一般家庭初潜入。既に7時は過ぎてるせいか周りは暗くよくわかりません。家はかなり入り組んだ奥の方にありました。私たちは彼女のお母さんにあいさつし、シュシュミナは私たちのことをお母さんに説明してました。後からシュシュミナが言ってたのですが、お母さんは心臓が悪くあまり家から出られないのだそうだ。それだけにあまり心配かけられないと。多分いつもは仕事が終わったら真っすぐ家に帰って手伝いとかしてるんだろうなあ。そして彼女は送る途中私たちに「今日は本当に楽しかった。あなたたちがこの日を忘れても私はずっと覚えてます。」と。(ほぼシュシュミナの話はHさんの通訳なのですが)うう泣けますね。そんな、忘れたりしないよ。私も覚えてます。そしてブログに書いてます。
私が宿までの道を覚えてるということでシュシュミナとは途中で別れ、Hさんと宿に帰りました。その後彼女と宿のテラスらしきところでダルバート(ネパール定食)を食べながら、私のチベット話やHさんの旅行歴を聞いたりしてたら時は11時近く。すると日本人の女の子がネパール人のおじさんとやってきました。確か私たち以外にも日本人の女の子が泊まってるってMさん言ってたっけな。その子はネパール人と別れた後、私たちと少し話すことに。彼女はTちゃん。まだ大学生で卒論の研究のためネパールに来てるらしく、先ほどのネパール人のおじさんは大学の教授の紹介された人で、こっちでの身元引受人的存在らしい。Tちゃんはなんとクマリの研究をしてるらしく、元クマリだった人にインタビューなどもするらしい。そしてまだこれから2ヶ月は滞在するとのこと。な・ながい!!そしてTちゃん一見日本人に見えないんだな。ハーフみたいな顔立ち。こっちの人に近いかも。そんなTちゃん、そしてHさんの話を聞きつつ夜は更けてくのでありました。
60ドル→4080ルピー
1ルピー=約1.5円
ボダナートまでタクシー行き 163Rs(ルピー)
帰り 170Rs
うどん 200Rs
ボダナート入場料 100Rs
ダルバール広場入場料 200Rs
飲み物 12Rs
ネット 30Rs
ポカラバス代 350Rs
計 1225Rs
宿代2日分 20ドル
クマリ・・ではないらしい。

ブレてますが、踊り風景。

すごい人っす
13日目★カトマンズ(ネパール)その2
ストゥーパを見ると、ストゥーパ自体に人がいます。どうやらこのストゥーパに登れるらしい。というわけで私も登ってみることに。門らしきところをくぐり、上へと登ります。(といってもなだらかな大きい階段なのですが)私は一番上あたりに腰掛け、下を見ながらひと休み。土産物屋がストゥーパをグルッと取り囲んでることがよくわかります。でも景色はこれといって、感動することもなく。スワヤンブナートには負けますな。
ストゥーパから降り、再び歩きだすと小学校高学年くらいと思われる現地チビッコ5、6人になぜか声をかけられ、英語で「写真を撮っていいですか?」と聞かれました。私にシャッターを押してほしいわけではなく、私を撮りたいのだそうだ。よく分かんないけど特に不都合もないので撮られてみることに。私を撮ったら「ありがとう~」とこれまた英語で言って去って行きました。見るところによると、社会見学か修学旅行で学校で来ているっぽい感じでした。他にも集団を見かけたし英語も話せるしね。でも何ですかね。私珍しかったのかな。日本人、確かにあんまり見ませんからね。
ボダナートを堪能し、再びタメルへ戻ることに。ルピーがなくなりそうなので両替をした後、代理店へ行くことに。明日は移動したいし、いろいろ聞けること聞いとかないとね。
代理店へ行くとMさんがいました。「0932さん~!久しぶりですねー、お帰りなさい~。」とMさん。私は「Mさんが言ってた下痢と嘔吐が同時にくるってこういうことだったんですね・・。」とチベット話をMさんに。日本語をこう聞いてもらえるだけで、なんかいいですね。そして明日の予定を話そうとしたその時、ラグーが2人の日本人を連れ入ってきました。新たなお客様なようです。私との話は一時中断。Mさんはそのお二人に私が来た時と同じような説明を。2人はカップルか?男の人はメガネをかけてます。Tシャツに半パン。小脇に普通サイズのリュックがひとつ。もしや荷物これだけ?年は20代後半くらいかなあ。スーツ着て仕事してるのが想像つく感じです。そして女の人の方は髪は長く後ろで束ねており、この方もメガネです。色黒で分かりやすくいえば東南アジア系な顔立ちです。男の人はどうやら明日からチベットツアーらしい。そしてMさんに渡しているお金がなんと100ドル超えとりますがな!!どうやら彼は往路、帰路とも飛行機でいくそうな。そしてラサに3泊4日くらいの滞在なんだそうです。・・これからチベットかあ。そしていきなりラサですか・・間違いなくヤラれますね。あの苦しみを味わうことになるでしょう・・。うう、お疲れさまです、、と密かに思っていたら、Mさんが彼に私を紹介。「実は彼女、昨日ツアーから帰って来たばかりで~・・。」私は彼に「あ・えっと・・結構キツかったかな~・・なんて。。」と思わず言っちゃいました。そして余計と思いつつもこれまで私が味わった体験を彼に話してしまいました。だって、陸路から入った私でさえこんなんでしたからね・・空路でいきなり標高3500m近いところに行ってしまうなんて、絶対キツい、キビしい。聞くところ、彼はどうやら有給を活用してやってきただけに時間がなくやむを得ず空路とのこと。とにかくチベットに行ってみたいらしい。彼は私の話を聞くもあまり動揺はしてないように見えましたね。いや実際してたのかな。うーん、分かりにくい感じの人です。
・・!。そういえば、登山隊の人からもらった薬、ダイアモックスがまだ余っていたかも。私はこのまま自分が持っていても仕方ないので彼にあげることにしました。私には効かなかったけど。後からクリシュナ経由で受け取ってもらうことに。その彼は必要事項を全部聞いた後、安宿へ去っていきました。この代理店経営の私が泊まってる宿には泊まらず、タメル地区内にある安宿に泊まるそうな。旅慣れてるとみた。
そしてもう1人、女の人はですね、どうやらカップルではなかったようで、たまたま同じ日で同じ便のピックアップだったという。でも一見2人はカップルぽかったんですよ。えっとですね、彼女はと言いますと、大阪弁をフル活用で、とにかくしゃべりたおしてました。初日なんでテンション高いのも分かるのですが、分かっててもあっ気にとられるくらい勢いが・・。そして短時間にしてMさんの爆笑をとってます。さすが関西人?!そして彼女はかなーりインド映画に詳しいみたいで、インド映画話で既にラグーと打ち解けておりました。ラグー、私には見せなかった笑顔です・・。いつのまにか彼女はラグーとインド映画を見に行く話に。。おおー・・。彼女もどうやら連休を利用して来たみたいで、滞在は1週間くらいなのかな。ネパール満喫予定らしい。ここでホテルの手配やガイドの手配もすべてやって、ネパールを回るそうな。私は彼女とMさんの話が終わるのをチャイを飲みながら待つこと数十分。ようやく話も終わったらしく、やっと私が話せることに。私は明日どうするかというと、ポカラに行くことにしました。ネパールといえばまずカトマンズ、そしてポカラ。というくらいネパールではかなりメジャーな都市らしいのですね。ジョワンもいいって言ってたしな・・ということでポカラにしてみました。チケットを買い、明日の発車時間とバス停の場所を教えてもらい一安心。
そして大阪弁の彼女なのですが、彼女はHさんと言って私よりお姉さん。それまで私ちょっと気後れというか、引き気味だったのだけど年上と聞いてなんだかホッとしました。なぜ?!彼女はどうやら私と同じ宿に泊まるようで、一緒に宿に行くことになりました。そしてですね、全然知らなかったのですが今日はなんとインドラ祭という祭りの日らしく、ネパールの国王すらひざまづくという、普段見ることのできない生き神クマリが神輿にのって街中を練り歩くらしい。ちなみにクマリは幼い女子らしい。クマリと決められたらその時からその子は「生き神クマリ」として教育を受けるのだそうだ。しかし、成長しある一定の年齢になるとクマリは別の幼き女子になり、それまでクマリだった女の子はいきなり普通の人に戻るという・・。クマリだった人は神からいきなり人間に、一般社会に戻らねばならないらしく適応するのが大変なのだとか。。
というわけで私は宿に寄ったあと、Hさんと代理店のネパール女子シュシュミナと一緒に祭りに見に行くことになったのでした。
ボダナートアップ
ストゥーパから降り、再び歩きだすと小学校高学年くらいと思われる現地チビッコ5、6人になぜか声をかけられ、英語で「写真を撮っていいですか?」と聞かれました。私にシャッターを押してほしいわけではなく、私を撮りたいのだそうだ。よく分かんないけど特に不都合もないので撮られてみることに。私を撮ったら「ありがとう~」とこれまた英語で言って去って行きました。見るところによると、社会見学か修学旅行で学校で来ているっぽい感じでした。他にも集団を見かけたし英語も話せるしね。でも何ですかね。私珍しかったのかな。日本人、確かにあんまり見ませんからね。
ボダナートを堪能し、再びタメルへ戻ることに。ルピーがなくなりそうなので両替をした後、代理店へ行くことに。明日は移動したいし、いろいろ聞けること聞いとかないとね。
代理店へ行くとMさんがいました。「0932さん~!久しぶりですねー、お帰りなさい~。」とMさん。私は「Mさんが言ってた下痢と嘔吐が同時にくるってこういうことだったんですね・・。」とチベット話をMさんに。日本語をこう聞いてもらえるだけで、なんかいいですね。そして明日の予定を話そうとしたその時、ラグーが2人の日本人を連れ入ってきました。新たなお客様なようです。私との話は一時中断。Mさんはそのお二人に私が来た時と同じような説明を。2人はカップルか?男の人はメガネをかけてます。Tシャツに半パン。小脇に普通サイズのリュックがひとつ。もしや荷物これだけ?年は20代後半くらいかなあ。スーツ着て仕事してるのが想像つく感じです。そして女の人の方は髪は長く後ろで束ねており、この方もメガネです。色黒で分かりやすくいえば東南アジア系な顔立ちです。男の人はどうやら明日からチベットツアーらしい。そしてMさんに渡しているお金がなんと100ドル超えとりますがな!!どうやら彼は往路、帰路とも飛行機でいくそうな。そしてラサに3泊4日くらいの滞在なんだそうです。・・これからチベットかあ。そしていきなりラサですか・・間違いなくヤラれますね。あの苦しみを味わうことになるでしょう・・。うう、お疲れさまです、、と密かに思っていたら、Mさんが彼に私を紹介。「実は彼女、昨日ツアーから帰って来たばかりで~・・。」私は彼に「あ・えっと・・結構キツかったかな~・・なんて。。」と思わず言っちゃいました。そして余計と思いつつもこれまで私が味わった体験を彼に話してしまいました。だって、陸路から入った私でさえこんなんでしたからね・・空路でいきなり標高3500m近いところに行ってしまうなんて、絶対キツい、キビしい。聞くところ、彼はどうやら有給を活用してやってきただけに時間がなくやむを得ず空路とのこと。とにかくチベットに行ってみたいらしい。彼は私の話を聞くもあまり動揺はしてないように見えましたね。いや実際してたのかな。うーん、分かりにくい感じの人です。
・・!。そういえば、登山隊の人からもらった薬、ダイアモックスがまだ余っていたかも。私はこのまま自分が持っていても仕方ないので彼にあげることにしました。私には効かなかったけど。後からクリシュナ経由で受け取ってもらうことに。その彼は必要事項を全部聞いた後、安宿へ去っていきました。この代理店経営の私が泊まってる宿には泊まらず、タメル地区内にある安宿に泊まるそうな。旅慣れてるとみた。
そしてもう1人、女の人はですね、どうやらカップルではなかったようで、たまたま同じ日で同じ便のピックアップだったという。でも一見2人はカップルぽかったんですよ。えっとですね、彼女はと言いますと、大阪弁をフル活用で、とにかくしゃべりたおしてました。初日なんでテンション高いのも分かるのですが、分かっててもあっ気にとられるくらい勢いが・・。そして短時間にしてMさんの爆笑をとってます。さすが関西人?!そして彼女はかなーりインド映画に詳しいみたいで、インド映画話で既にラグーと打ち解けておりました。ラグー、私には見せなかった笑顔です・・。いつのまにか彼女はラグーとインド映画を見に行く話に。。おおー・・。彼女もどうやら連休を利用して来たみたいで、滞在は1週間くらいなのかな。ネパール満喫予定らしい。ここでホテルの手配やガイドの手配もすべてやって、ネパールを回るそうな。私は彼女とMさんの話が終わるのをチャイを飲みながら待つこと数十分。ようやく話も終わったらしく、やっと私が話せることに。私は明日どうするかというと、ポカラに行くことにしました。ネパールといえばまずカトマンズ、そしてポカラ。というくらいネパールではかなりメジャーな都市らしいのですね。ジョワンもいいって言ってたしな・・ということでポカラにしてみました。チケットを買い、明日の発車時間とバス停の場所を教えてもらい一安心。
そして大阪弁の彼女なのですが、彼女はHさんと言って私よりお姉さん。それまで私ちょっと気後れというか、引き気味だったのだけど年上と聞いてなんだかホッとしました。なぜ?!彼女はどうやら私と同じ宿に泊まるようで、一緒に宿に行くことになりました。そしてですね、全然知らなかったのですが今日はなんとインドラ祭という祭りの日らしく、ネパールの国王すらひざまづくという、普段見ることのできない生き神クマリが神輿にのって街中を練り歩くらしい。ちなみにクマリは幼い女子らしい。クマリと決められたらその時からその子は「生き神クマリ」として教育を受けるのだそうだ。しかし、成長しある一定の年齢になるとクマリは別の幼き女子になり、それまでクマリだった女の子はいきなり普通の人に戻るという・・。クマリだった人は神からいきなり人間に、一般社会に戻らねばならないらしく適応するのが大変なのだとか。。
というわけで私は宿に寄ったあと、Hさんと代理店のネパール女子シュシュミナと一緒に祭りに見に行くことになったのでした。
ボダナートアップ
13日目★カトマンズ(ネパール)その1
恐るべし。17時間近く寝ておりました。チベットツアーでの疲れが一気に出たのか、昨日洗濯してから爆睡し続けてしまいました。予定では仮眠をしてから軽く街へ出るはずだったのに。でもまあよしとします。寝たかったのだからしょうがない。
昨日クリシュナがダルバート(ネパール定食)を持って来てくれたのですが、どうもまだ胃がよろしくなく、スパイシーかつ香辛料が効いたものはうけつけないです。申し訳なかったけどちょっとだけ箸をつけ、残してしまいました。ああ、あっさりしたものが食べたい。麺類がいいな、ということで日本食を食べに街へ。来たばかりはうっとおしく感じたネパールの客引きたちだけど、声をかけられても全然平気になっていた。「コンニチハ」「ナマステ」っていう挨拶にも笑顔で「こんにちは~」なんて答えていた。なんだろう、この余裕は。チベットツアーで鍛えられたのかなんなのか、客引きたちが全然気にならない。私は街に心地よさを感じながらタメル地区にある日本食屋「ふる里」に向かいました。
日本食ですよ、日本食。私はざるうどんを注文。これがね、本当に美味しい。美味しくって、美味しくって。ああやっぱり日本食ですよ。1に日本食。2に日本食。34がなくて5に日本食ですよ。高山病で胃をやられ、それからまともに食べれず、食の天国中国なのに美味い物にありつけず。。食生活に全くもって運がなかった私ですが、いやあ、、カトマンズ最高です。日本食のクオリティかなり高いです。なんと手打ちですよ。食材も日本からとりよせてるらしく、コシもあってほんとに美味しいんです。たとえ日本で食べたとしても美味いと胸を張って言える美味しさですね。なのにたったの200ルピー。約300円ですよ。いやあ、カトマンズ素晴らしいっす。ってなんだか店のまわし者かのように絶賛してしまいましたけど。でもほんと美味いのでカトマンズ行かれる方は是非に。美味さのあまり泣きながら(ウソ)完食した後、恒例かのごとくネット屋へ。みんなとアドレス交換したし、もしかしてメールきてるかもと、100分の1くらい期待して行ったけどやはりきてなかった・・。まあそんなもんか。ネット屋を出てどうしようかなと街を歩く。歩きながらふと、まだこの街に誰か残ってるのかなと考えてしまう。みんなと別れる時も、これで最後っていうことにピンときてなくて、きっとカトマンズでまた会えるって気がしてたのです。きた時全然気にしてなかった欧米観光客に目がいってしまう。土産物やなんかで「あ。0932~!」なんて・・。でも実際こうして街を歩くとそんな期待はどっかにいってしまいました。ああ、もうみんないないんだなあ。しみじみ感じるのでした。
さて、どうしますか。「歩き方」をパラパラ見ます。ボダナートにでも行くか。「歩き方」には「ネパール最大の仏塔が建つ、チベット仏教の巡礼地」とあります。写真をみると前見たスワヤンブナートに似てるけどまあいいです。正直特に見たいってこともなかったのですが、このままタメルに居てもしょうがない。「観光は義務」なので行くことにしました。歩いてはムリというのが地図をみて一目瞭然なため、おもいきってタクシーを使ってみることに。バスもあるらしいんですけどね。バスだと8ルピーなんですよね・・でもよく分かんなくて悔しいけどタクシーに。「歩き方」にはメータータクシーで100~120ルピーほどってあるのに、渋滞してて163ルピーもかかってしまった。手持ちルピーが少なかったのでちょっとドキドキしちゃいましたよ。ボダナートは意外にも街中にあってちょっとビックリ。スワヤンブナートは丘の上(山?)だしちょっと外れにあったから、そんな場所をイメージしてたのにタクシーの運ちゃんは街中で停まり、あそこだよあそこ、と。指差す方を見ると写真にある建物の頭が見えました。こんな街中なのに!なんだかちょっと変な感じです。都心に神社があるみたいな。狐につままれた感のまま入場料を払い中へ。
おおこんな風になってるのか。目の前にはスワヤンブナートのようなストゥーパと呼ばれる三角の目のついた建物があって、その周りはまさにザ・観光地的な土産物屋がズラリと。観光客もたくさんいます。チベットでも見た土産物が店先にたくさん並べられ、像や仏の置物や、チベットTシャツ、マニ車、チベット音楽のCD屋などなど。タメルの土産物屋と対してかわらず。奥の方には巡礼者向けと思われる線香や仏具が売っているお店も。・・なんだか思っていたの違って拍子抜けでした。まさにザ・観光地化なんですよね・・。まあでもとりあえずひととおり見るかと、ストゥーパの周りを歩くことに。
ボダナートです
昨日クリシュナがダルバート(ネパール定食)を持って来てくれたのですが、どうもまだ胃がよろしくなく、スパイシーかつ香辛料が効いたものはうけつけないです。申し訳なかったけどちょっとだけ箸をつけ、残してしまいました。ああ、あっさりしたものが食べたい。麺類がいいな、ということで日本食を食べに街へ。来たばかりはうっとおしく感じたネパールの客引きたちだけど、声をかけられても全然平気になっていた。「コンニチハ」「ナマステ」っていう挨拶にも笑顔で「こんにちは~」なんて答えていた。なんだろう、この余裕は。チベットツアーで鍛えられたのかなんなのか、客引きたちが全然気にならない。私は街に心地よさを感じながらタメル地区にある日本食屋「ふる里」に向かいました。
日本食ですよ、日本食。私はざるうどんを注文。これがね、本当に美味しい。美味しくって、美味しくって。ああやっぱり日本食ですよ。1に日本食。2に日本食。34がなくて5に日本食ですよ。高山病で胃をやられ、それからまともに食べれず、食の天国中国なのに美味い物にありつけず。。食生活に全くもって運がなかった私ですが、いやあ、、カトマンズ最高です。日本食のクオリティかなり高いです。なんと手打ちですよ。食材も日本からとりよせてるらしく、コシもあってほんとに美味しいんです。たとえ日本で食べたとしても美味いと胸を張って言える美味しさですね。なのにたったの200ルピー。約300円ですよ。いやあ、カトマンズ素晴らしいっす。ってなんだか店のまわし者かのように絶賛してしまいましたけど。でもほんと美味いのでカトマンズ行かれる方は是非に。美味さのあまり泣きながら(ウソ)完食した後、恒例かのごとくネット屋へ。みんなとアドレス交換したし、もしかしてメールきてるかもと、100分の1くらい期待して行ったけどやはりきてなかった・・。まあそんなもんか。ネット屋を出てどうしようかなと街を歩く。歩きながらふと、まだこの街に誰か残ってるのかなと考えてしまう。みんなと別れる時も、これで最後っていうことにピンときてなくて、きっとカトマンズでまた会えるって気がしてたのです。きた時全然気にしてなかった欧米観光客に目がいってしまう。土産物やなんかで「あ。0932~!」なんて・・。でも実際こうして街を歩くとそんな期待はどっかにいってしまいました。ああ、もうみんないないんだなあ。しみじみ感じるのでした。
さて、どうしますか。「歩き方」をパラパラ見ます。ボダナートにでも行くか。「歩き方」には「ネパール最大の仏塔が建つ、チベット仏教の巡礼地」とあります。写真をみると前見たスワヤンブナートに似てるけどまあいいです。正直特に見たいってこともなかったのですが、このままタメルに居てもしょうがない。「観光は義務」なので行くことにしました。歩いてはムリというのが地図をみて一目瞭然なため、おもいきってタクシーを使ってみることに。バスもあるらしいんですけどね。バスだと8ルピーなんですよね・・でもよく分かんなくて悔しいけどタクシーに。「歩き方」にはメータータクシーで100~120ルピーほどってあるのに、渋滞してて163ルピーもかかってしまった。手持ちルピーが少なかったのでちょっとドキドキしちゃいましたよ。ボダナートは意外にも街中にあってちょっとビックリ。スワヤンブナートは丘の上(山?)だしちょっと外れにあったから、そんな場所をイメージしてたのにタクシーの運ちゃんは街中で停まり、あそこだよあそこ、と。指差す方を見ると写真にある建物の頭が見えました。こんな街中なのに!なんだかちょっと変な感じです。都心に神社があるみたいな。狐につままれた感のまま入場料を払い中へ。
おおこんな風になってるのか。目の前にはスワヤンブナートのようなストゥーパと呼ばれる三角の目のついた建物があって、その周りはまさにザ・観光地的な土産物屋がズラリと。観光客もたくさんいます。チベットでも見た土産物が店先にたくさん並べられ、像や仏の置物や、チベットTシャツ、マニ車、チベット音楽のCD屋などなど。タメルの土産物屋と対してかわらず。奥の方には巡礼者向けと思われる線香や仏具が売っているお店も。・・なんだか思っていたの違って拍子抜けでした。まさにザ・観光地化なんですよね・・。まあでもとりあえずひととおり見るかと、ストゥーパの周りを歩くことに。
ボダナートです
12日目★チベットツアー8日目→カトマンズ(ネパール)その2
飛行機は着陸。カトマンズです。ネパールです。実際1週間しか経ってないのに凄く懐かしい。人の流れに乗って入国審査のところへ。ビザをとるためビザ申請の列に並びます。ネパールは3泊4日以上の滞在はビザがいるのです。タイから到着した時はすぐ中国(チベット)に行くことになってたのでビザ代は不要だったのですが、今回は10日ほど滞在予定なのでビザが必要なのですね。ビザ取得に必要なものは顔写真と30USドル。
列に並んでるとどこに並んだらいいんだとガブリエルがやってきました。教えてあげると、彼は並んだのはいいものの、どうやら顔写真がないらしく空港の係の人にどうすればいいか聞いており、わざわざまた空港の証明写真機(?)でとらねばならず、列を外れておりました。顔写真なんて基本事項なのに~。・・行き当たりばったりですな。
私の前には日本人のIさんとSさんが。これからどうするんですかー?なんて話してるとSさんが 「0932さん、まだ10日くらい居るんですよね?この列違いますよ~。僕たち1泊くらいしてすぐ帰るんで。」・・・ガーーン。。(←古!)そうか、もしやこの列はビザ代不要のビザ申請の列なのね!!・・ガブリエルのこと言えませんな。私は速攻正しい列に並びなおしたものの最後尾。。うう。
遅ればれながらも無事ビザをとり、入国審査も終えました。ガブリエルとその友らしき人が荷物を受けとっているところを発見したので、最後に一言くらいと思って近づいてみたけど、なんだか拍子抜け。「じゃあね~」って感じでかる~く挨拶して彼らは行ってしまうのでありました。・・まあそんなもんか。別れってこんなあっけないもんなんだ。でも、でも最後にライヤにだけは挨拶しときたい!私は迎えにきているラグーを待たせ、ライヤたちが空港から出てるのを待ちました。そうそう、ほんとはツアーはここで終わりなのですが、ありがたいことに代理店のMさんが「バイクでいいなら無料でラグーを迎えに行かせますけど」と言ってくれたのですね。
しばらく待つとライヤとアンナ(スペイン)が空港から出てきました。「アンナ~」と声をかけ寄って行くと「0932~!パルセロナにも遊びに来てねー」と抱き合いました。ライヤに「ムーチャスグラシアス(ほんとにありがとう)」というとライヤは「0932~!」と言ってハグしてきました。良かった、最後にちゃんとお別れが言えて。
ライヤたちと別れ私はラグーの元に戻りました。久々に見たラグーはなんだかちょっと痩せた気が・・。いや、ヒゲ剃っただけか?私は彼の後ろにまたがりバイクは一路、泊まっていた宿へ。懐かしい景色です。ああほんとに帰って来たんだ。1週間ぶりのカトマンズ。実質2日しか居なかったのになんだかとても安心します。そして宿へ到着。2日泊まったあの宿へ。部屋も私のためにとっておいてくれたのか、もしくはたまたままた空いていたのか同じ部屋。私は部屋に着いたと同時にベッドに倒れこみました。ああ帰って来たんだー。なんだか嘘みたい。こうしてこの部屋に戻ると、あの1週間がまるでバーチャルみたいに思えてくる。1週間は実は夢で、昨日登山隊の人とご飯を食べ散々迷って帰って来たかのよう。1週間飛んで、つながっているような・・。本当に私チベット行ってきたんだ・・。当たり前だけど手帳をみるとちゃんとみんなのアドレスが残されてる。・・行ってきたんだなあ。
さて、私はまず預けておいた荷物をとりにクリシュナの元へ。「ヒサシブリデスネ。」とカタコトの日本語でクリシュナはいいます。本当に久しぶりだよー。きっと毎日忙しく仕事してるクリシュナやロミタにとっては1週間なんてあっという間だっただろうけど、私にとっては1週間どころか1ヶ月ぶりくらいな感覚。ただいま帰ってまいりましたわ。クリシュナから荷物を受け取り部屋で中身を確認。もちろん無事です。疑ってるつもりもないけど、常に確認はしないとね。少し落ち着いたところでまず洗濯。チベットツアー中、もちろん洗濯など一度もしておりませぬ。する気力もなく。私のリュックの中には山のような小汚い洗濯物たちが!!ロミタが部屋にミルクティー(チャイ)を持って来てくれたので、そのついでに洗濯桶を借りたいと言ったら、彼女は下から持って来てくれました。ありがたいわ。
よし、ミルクティーも飲み終え、いよいよ洗濯です。何せ量が多いので気合い入れないと。ジーンズも洗いますからね。山のような洗濯物たちを私はひたすら風呂場で洗い続けること1時間くらい。洗った物を外に干すときにはかなりの体力を消耗。ジーンズがまたクセモノで水気をきるため絞るのがかなりキツイ。持参してきた麻ひもを屋上の鉄柵に結びつけ、竿がわりにし、そこに洗濯バサミで干していきます。ああ疲れる。
全部干し終え部屋に戻り、最後は自分を洗うがためシャワーを浴びます。風呂から出て来た頃にはもうクタクタ。ベッドに倒れ込み、ちょっと仮眠するつもりが爆睡してしまいました。一度クリシュナがダルバートを部屋に持って来てくれたことはなんとなく覚えているものの、再びまた眠ってしまい、とうとうこの日は目覚めることはありませんでした。
関係ないけどまたもやチビッコ

チベットツアー*7泊8日中
ツアー代を除くおこづかい(水、菓子、ネット代など)
60ドル→455.8元(約6900円)
56元余る。
よって使ったのは約6000円。
12日目★チベットツアー8日目→カトマンズ(ネパール)その1
チベットツアー最終日。飛行機でカトマンズに戻ります。でも朝の時点ではまだそんな実感なく私は朝食を食べに食堂へ。そして食べ終えて部屋に戻る途中、ガブリエルに遭遇。彼はこれから朝食らしい。相変わらず遅いなぁ。すれ違う時「ハーイ」か何か言いながらハイタッチです。ん?ハイタッチって言うのかな。えっと、サッカーでもバスケでもいいけど、よく選手が交代する時、交代する選手同士、手のひらと手のひらで叩くとでもいうのでしょうか、アレですアレ。
私は部屋に戻り荷物整理。そしてあっという間に集合時間。ホテルのロビー前に泊まっているバスに乗り込みます。みんなも乗り込んできます。ライヤもアンナ(スペイン)もいます。でもカトリーナとアンナ(フランス)はいません。アンナ(スペイン)から聞くところによると彼女たちはあと2・3泊延泊するそうな。お別れは言えなかったけど、アンナ(フランス)らしくてなんだか納得。そしてまたギリギリになってガブリエルが乗り込んできました。彼は私の隣に座り走ってきたのかハァハァいってます。みんなが揃ったようでバスが出発。バスの窓から見た朝焼けが眩しくちょっと幻想的だったことを覚えてます。バスは走り見慣れたラサの街がどんどん遠くなって行きます。そしてラサに来る前よく見た景色が見えてきました。もう実際に見ることはないんだろうな、サヨナララサ。バイバイチベット。隣にいるガブリエルは何も話さず座っています。手でも握ってくれたらいいのに。(乙女発言だわ!)。そんなことを思いつつ、でもそんなロマンチックな展開もなくバスは無情にも空港に到着です。
空港に着き、出国カードなど手続きを済ませ、待合室へ。いろいろ手続きをしてる時、前にニナ(とその彼)がいて、パスポードを見せてもらうとニナの写真が別人。今はおかっぱなニナだけど写真はショートで、学級委員みたいな感じでした。そして、彼女のパスポートはななんとジャーマニー!つまりドイツです。私なぜか勝手にイギリスと思い込んでたんですね。。ドイツ人とは知らなんだ。ちょっとビックリです。「ダンケシェーン、グーテンターク」と私が言うと「えー!0932なんでドイツ語知ってるの!スゴイスゴイ!!」と。でもそれしかしらないんだけどね・・。待合室ではニナに電子辞書に入っている「ドイツ語自由自在」の日本紹介を見せたりして、それを読んでニナは「これでだいたい日本のことは分かったわ。」なんて言ってました。ニナは何を話してもとても反応がいいから嬉しいんだな。かわいいんだな。ニナ曰くドイツにくる日本人たちはみんな観光バスに乗ってやってきて、バチバチ写真を撮って、買い物して、急ぎ足で帰って行くと言ってました。ああ、やっぱそんな風に見られてるのか日本人って。なんか痛いな。「0932是非ドイツに来てね。」って。本当に言っちゃうよーそんなこと言うと。
待合室にはあの日本人のIさんやSさん、エリックや南もいます。みんな行き先がカトマンズなだけに同じ飛行機。最後まで一緒ですな。搭乗を待つ間みんなでアドレス交換。海外でもyahooやhotmailが主流なようです。私はこの時始めてエリックがパリ在住と知り、そしてブログではずっと南が南がと書いてきたけど南が「南」という名前だったとここで始めて知るのですね。最後の最後で知ることが多いわ。IさんとSさんにも挨拶しなきゃと彼らの方へ行き、「あの時はありがとうございましたー」とお礼を言い、借りていた(?)インド産のマンゴーの栄養剤を返しました。そして彼らとも流れで(?)一応アドレスを聞くと、Sさんは書いてくれたのですが、Iさんは名刺があるというので、名刺をもらうとですね、そこには○●山▲▽院○▼寺副住職とあるではないですか!!なんとIさんは住職=僧だったのです!!なるほどぉ。。そういうことだったのね。だからジョカンでも一般観光客にあるまじき祈り様だったもんなー。確かに風貌からしてちょっと違いますもん。本人学生って言ってたけど、確かにまだ学生なのかもしれないけど、顔つきがそこらの学生とは違ってますもん。住職って知ったから言ってるわけじゃないですよ。ムムム、最後の最後でまた知るとは。Sさんに「ちょっとIさんって住職さんだったんですね!!」って言ったら「え?知らなかったんですか?僕は会った時に教えてもらいましたよ。」と。みんななんなんだー!あの登山隊の人といい、Iさんといい、最後に正体を明かすなんて。
そうこうしてたらいよいよ搭乗です。みんな席はバラバラ。私の席は初日で同部屋になった知的な感じのポルトガル人です。
飛行機は飛び立ちました。あと数時間後にはカトマンズに着いてしまうのですね。行きに4日もかけてラサに来たのに帰りはたった2時間でカトマンズに帰れちゃうんですね・・・。
飛行機が降り立ったと同時にみんなバラバラです。個々に戻っていくのですね、それぞれの旅に。ちょっとした寂しさもあり、でも再び個人旅に戻る開放感もあり。複雑な心境でした。
機内アナウンスが流れ、窓からエベレストが見えるという。みんな立ち上がって、窓の方へ行ってました。後ろを見るとガブリエルが窓側にいるライヤの隣へ移動してました。他にも中側の席の子は窓側へ寄ってました。隣のポルトガル人女子は全く外を気にしてなく、私もその雰囲気に飲み込まれちょっと動けなかったけど、思い切って立ち上がって窓側のアンナ(スペイン)の隣へ。雲から山が突き出してました。2山ほど。エベレストです。あれがエベレストかー。。飛行機から見ても絶対的な存在感でした。見といて良かった。。
みんなこれからどうするのかというと、Iさんは2日後には日本へ。Sさんはイギリスへ。そう、Sさんは現在イギリス在住らしいです。住んでもう1年は経つそうな。どうりで英語もスムーズなわけです。IさんとSさんほんとにいいチームですよー。だってIさんはチベットに詳しいから、寺院にしろ文化にしろSさんは聞けるわけで、一方Sさんは英語ができるので通訳になりIさんは言葉で困ることはなく。うーん、ズルいわ。ガブリエルもカトマンズに着いた次の日には母国フランスへ。ニナとその彼はもうしばらく旅は続くみたいで、ネパールでトレッキング予定。そしてドイツに帰れば試験と引っ越しという。ライヤはカトマンズで彼氏と合流なのだそうだ。彼氏はチベットに行くお金がなくチベットはライヤだけで参加したとのこと。その後タイ、ラオス、ベトナム方面へ。私もタイへ、バンコクへまた戻るから会いたいねと話してたものの、きっとムリな気がするな。
楽しかった。辛いことも多かったけど、行けて良かったな。
ちょっと感傷的になりつつ、カトマンズまでの時を過ごすのでした。
バイバイチベット
私は部屋に戻り荷物整理。そしてあっという間に集合時間。ホテルのロビー前に泊まっているバスに乗り込みます。みんなも乗り込んできます。ライヤもアンナ(スペイン)もいます。でもカトリーナとアンナ(フランス)はいません。アンナ(スペイン)から聞くところによると彼女たちはあと2・3泊延泊するそうな。お別れは言えなかったけど、アンナ(フランス)らしくてなんだか納得。そしてまたギリギリになってガブリエルが乗り込んできました。彼は私の隣に座り走ってきたのかハァハァいってます。みんなが揃ったようでバスが出発。バスの窓から見た朝焼けが眩しくちょっと幻想的だったことを覚えてます。バスは走り見慣れたラサの街がどんどん遠くなって行きます。そしてラサに来る前よく見た景色が見えてきました。もう実際に見ることはないんだろうな、サヨナララサ。バイバイチベット。隣にいるガブリエルは何も話さず座っています。手でも握ってくれたらいいのに。(乙女発言だわ!)。そんなことを思いつつ、でもそんなロマンチックな展開もなくバスは無情にも空港に到着です。
空港に着き、出国カードなど手続きを済ませ、待合室へ。いろいろ手続きをしてる時、前にニナ(とその彼)がいて、パスポードを見せてもらうとニナの写真が別人。今はおかっぱなニナだけど写真はショートで、学級委員みたいな感じでした。そして、彼女のパスポートはななんとジャーマニー!つまりドイツです。私なぜか勝手にイギリスと思い込んでたんですね。。ドイツ人とは知らなんだ。ちょっとビックリです。「ダンケシェーン、グーテンターク」と私が言うと「えー!0932なんでドイツ語知ってるの!スゴイスゴイ!!」と。でもそれしかしらないんだけどね・・。待合室ではニナに電子辞書に入っている「ドイツ語自由自在」の日本紹介を見せたりして、それを読んでニナは「これでだいたい日本のことは分かったわ。」なんて言ってました。ニナは何を話してもとても反応がいいから嬉しいんだな。かわいいんだな。ニナ曰くドイツにくる日本人たちはみんな観光バスに乗ってやってきて、バチバチ写真を撮って、買い物して、急ぎ足で帰って行くと言ってました。ああ、やっぱそんな風に見られてるのか日本人って。なんか痛いな。「0932是非ドイツに来てね。」って。本当に言っちゃうよーそんなこと言うと。
待合室にはあの日本人のIさんやSさん、エリックや南もいます。みんな行き先がカトマンズなだけに同じ飛行機。最後まで一緒ですな。搭乗を待つ間みんなでアドレス交換。海外でもyahooやhotmailが主流なようです。私はこの時始めてエリックがパリ在住と知り、そしてブログではずっと南が南がと書いてきたけど南が「南」という名前だったとここで始めて知るのですね。最後の最後で知ることが多いわ。IさんとSさんにも挨拶しなきゃと彼らの方へ行き、「あの時はありがとうございましたー」とお礼を言い、借りていた(?)インド産のマンゴーの栄養剤を返しました。そして彼らとも流れで(?)一応アドレスを聞くと、Sさんは書いてくれたのですが、Iさんは名刺があるというので、名刺をもらうとですね、そこには○●山▲▽院○▼寺副住職とあるではないですか!!なんとIさんは住職=僧だったのです!!なるほどぉ。。そういうことだったのね。だからジョカンでも一般観光客にあるまじき祈り様だったもんなー。確かに風貌からしてちょっと違いますもん。本人学生って言ってたけど、確かにまだ学生なのかもしれないけど、顔つきがそこらの学生とは違ってますもん。住職って知ったから言ってるわけじゃないですよ。ムムム、最後の最後でまた知るとは。Sさんに「ちょっとIさんって住職さんだったんですね!!」って言ったら「え?知らなかったんですか?僕は会った時に教えてもらいましたよ。」と。みんななんなんだー!あの登山隊の人といい、Iさんといい、最後に正体を明かすなんて。
そうこうしてたらいよいよ搭乗です。みんな席はバラバラ。私の席は初日で同部屋になった知的な感じのポルトガル人です。
飛行機は飛び立ちました。あと数時間後にはカトマンズに着いてしまうのですね。行きに4日もかけてラサに来たのに帰りはたった2時間でカトマンズに帰れちゃうんですね・・・。
飛行機が降り立ったと同時にみんなバラバラです。個々に戻っていくのですね、それぞれの旅に。ちょっとした寂しさもあり、でも再び個人旅に戻る開放感もあり。複雑な心境でした。
機内アナウンスが流れ、窓からエベレストが見えるという。みんな立ち上がって、窓の方へ行ってました。後ろを見るとガブリエルが窓側にいるライヤの隣へ移動してました。他にも中側の席の子は窓側へ寄ってました。隣のポルトガル人女子は全く外を気にしてなく、私もその雰囲気に飲み込まれちょっと動けなかったけど、思い切って立ち上がって窓側のアンナ(スペイン)の隣へ。雲から山が突き出してました。2山ほど。エベレストです。あれがエベレストかー。。飛行機から見ても絶対的な存在感でした。見といて良かった。。
みんなこれからどうするのかというと、Iさんは2日後には日本へ。Sさんはイギリスへ。そう、Sさんは現在イギリス在住らしいです。住んでもう1年は経つそうな。どうりで英語もスムーズなわけです。IさんとSさんほんとにいいチームですよー。だってIさんはチベットに詳しいから、寺院にしろ文化にしろSさんは聞けるわけで、一方Sさんは英語ができるので通訳になりIさんは言葉で困ることはなく。うーん、ズルいわ。ガブリエルもカトマンズに着いた次の日には母国フランスへ。ニナとその彼はもうしばらく旅は続くみたいで、ネパールでトレッキング予定。そしてドイツに帰れば試験と引っ越しという。ライヤはカトマンズで彼氏と合流なのだそうだ。彼氏はチベットに行くお金がなくチベットはライヤだけで参加したとのこと。その後タイ、ラオス、ベトナム方面へ。私もタイへ、バンコクへまた戻るから会いたいねと話してたものの、きっとムリな気がするな。
楽しかった。辛いことも多かったけど、行けて良かったな。
ちょっと感傷的になりつつ、カトマンズまでの時を過ごすのでした。
バイバイチベット
11日目★チベットツアー7日目その8
バーは昨日私たちが行ったところ。中華料理店から出てダラダラとバーまでみんな歩きます。たまたま近くに金髪カップルが。男の人は別の人としゃべってて、女の子はひとりで歩いてます。女の子、なんかまだあどけないな。学生なのかなー。どっちからしゃべりかけたのか覚えてませんが、気付いたら話してました。私がこのツアーに1人で来てることに驚いてて「私だったら絶対ムリ。行けない。すごいねー。」なんて言ってました。いや、まさかこんな過酷とは知らなかったしね・・。年齢を聞くと彼女はななんと19。19ですよ、あなた。そりゃあどうりであどけないわけだ。若いわけだ。穢れてない(?)わけですよ。19って・・。スゲー。19でこないよ。来れないよ。チベットなんて。いいなあ、、こんな若くからして旅してますよ。「0932はいくつ?」なんて聞かれたけど答えたくないねぇ。こんな英語も話せず頼りない私が27って。8歳も姉さんなのに。でも聞かれたから答えたけどね。ひとりひとりみんなの年なんて聞いてないけどきっと私より若い人が多い気がする。ショックを受けそうなので、敢えて聞かなかったんだけど・・。ちなみに彼女の名はニナ。あらなんてかわいらしいんでしょう。名前だけじゃなくて見た目も、スレてない感じでとても好印象でございます。ニナが0932株式会社に面接に来たら即合格です。そんなニナは私の話を、ツタない英語を一生懸命聞いてくれるのですね。通常なら私が英語話せないことをみんな分かってるのか、挨拶程度な会話はしてもそこまで積極的に話してきたりしないし、私も必要に迫られない限りあまり話そうとはしません。しかしニナは私の話に興味深く耳を傾けてくれるので、私もツタないながら話したくなるのです。ニナは本当にカワイイ。
ニナは今大学生で帰ったらすぐテストと引っ越しがあって大変らしい。そんな話をしていたらバーに到着。そして大所帯なためか昨日は1階だったけど2階に通された。靴を脱いで上がれるところがあり、クッションなど置いてあって座ってくつろげるところがあった。私たちは円になって座り、飲み物など注文。私はまたもノンアルコールで。ガブリエルが注文してくれるみたい。みんなのオーダーをとっていた。ライヤはみんなに「昨日ここに来たのよー、帰ったら0932カギ持ってなくて大変だったのよククク」なんて話してるじゃないですか!・・うう。でも今日は大丈夫、キーはちゃんと持参しております。よしよし。
「意外とみんなカトマンズで会いそうだよね。狭い街だし。」なんてライヤが話してます。私もそう思う。カトマンズ、狭いから土産物屋とかでバッタリ会いそうな気がする。だから正直今日でこうしてみんなと居ることが最後なんだってピンとこない。
みんなの話を聞いてたのですが例のごとく英語。そしてまた込み入った話になってるぞこれ。話はじめ30分は経ったかな、なぜか盛り上げ役と言うか、みんなの話が途絶えると南が話しだす。でも場所がチベットのせいなのかやはり宗教話。ああ、ムリだついていけない。途中までなんとか聞こうとしたけどギブアップ。互いの宗教観など、韓国ではこうなんだ、とか話してたけど私はもともと理解力が足りない上、夜も早0時を回っており電池が切れかかってました。彼の話はほとんど右から左へ。私は目の前にいるエリックが回しているコインをボーっと見てました。そしてしばらく、え?、え?みんなが私の方を見ている。何?何?「0932!0932はどう思う?」え?え?私どうやら南に話を振られているようです。ギャー・・全く聞いてなかった。パニクってる私をみてみんな大笑い。・・ああ。やらかしてもーた。再度南に聞かれ、「ゴメン、聞いてなかった・・私あんまり英語わからなくて・・」というしかなく。ソーリーなんて言いつつ「デ・ナーダ」と言って隣に座ってるライヤの後ろに隠れてみました。ちなみに「デ・ナーダ」はスペイン語で本来「どういたしまして」の意味なのですが当時私は、ライヤから「ごめんなさい」の意味だと勘違いして覚えてしまい、言ったのですね。そしたらライヤが「0932はスペイン語の方が得意なのよ」とフォローしてくれてその場はなんとか乗り切ったのですが、って全然乗り切れてないけれども。いかん、いかんなあ・・みんなで話してるのに、人の話全然聞いてないのはダメだよなあ・・。
この後、南は私に「0932、こんな機会は滅多にないんだよ。分からなくても何でも、とにかく話さなきゃ。僕だってそんな英語できないけど、なんとか話してる。話していかないと。」と言いました。この南の言葉はかなりガツンときました。ほんとにそうだなって思いました。私はずっと逃げてました。ちょっと話がめんどくさくなってくると「英語あまり分からない」って逃げてました。だから相手もあまり話しかけてこなかったんでしょう。確かに南はとても流暢とは言えないけれど一生懸命話してます。たわいのないことでも何でも思ったことは常に話してます。南のいうとおり、こんなこと今後そうそうないでしょう、そんなそうそうない機会を私はみすみす話もせず逃してってるんですもんね。正直「日本に帰って勉強してから」なんて思ってたんです。でも南に言われて、今話さずして、今後も話せるわけないって気付かされました。
バーを出ます。ここから南たちのホテルと私たちのホテルは逆方向。バーの外でみんな立ってます。全員が出てくるの待ってます。待ってる間、近くにニナがいたからまた話すとニナの彼氏はななんと私と同い年って!おお。27才と19才ですよ。ちょっと彼、10代の子に手を付けるとは・・なかなかやりおるな。そして彼はなんとニナの大学の講師なんだって。おいおいー。そして一緒にチベット来ちゃうんですか。ハア・・。ニナに「おお。やるねー、うーん8つ違いかあ。このこのぉ~」なんて言ってたらニナは「私も大丈夫だから0932も大丈夫だよー。彼も若いけど。」え?ニナが指す彼って完全にガブリエル指してますね。「彼いくつなの?」ってニナに聞くと「いくつかは知らないけど多分学生よ」なんて答えが。エエー!!学生?!・・あれ?なんか私テンション落ちてるね。確かに若いとは思ってたけどまさか学生とはなー。チッ。なぜか残念がっている自分が・・。
そんなことを話してたらみんながバーから出てきました。どうやらバーのお金は全部ガブリエルのおごりらしい。みんな「サンキューガブリエル!」って言ってます。サンキューガブリエル。そしてガブリエルはみんなを並ばせ、集合写真を撮りました。うう、なんだか本当に最後みたいだ。その写真私も欲しいな・・。
ホテルまでの帰路、ガブリエルに直接「ガブリエルって何才?」って聞くとなぜか彼は教えてくれず。何で隠すのー?!いくつなのー?!と再び聞くものの「秘密。」だって。なんじゃそりゃー!!なぜ隠すー。では質問を変え「(フランスに)帰ってから何するの?」って聞くと「勉強したり、バイトしたり・・」って。それってやっぱ学生じゃん!!てことはやはり20~22ぐらいか?!若!!ヤツは一瞬「シマッタ」って顔してましたね。
そうかー。学生ですか・・。若者だったんだ・・。なぜこんなヘコんでるのでしょうか私。なぜか衝撃を受けつつホテルまで一緒に帰るのでありました。
関係ないけどチビッコたち。
ニナは今大学生で帰ったらすぐテストと引っ越しがあって大変らしい。そんな話をしていたらバーに到着。そして大所帯なためか昨日は1階だったけど2階に通された。靴を脱いで上がれるところがあり、クッションなど置いてあって座ってくつろげるところがあった。私たちは円になって座り、飲み物など注文。私はまたもノンアルコールで。ガブリエルが注文してくれるみたい。みんなのオーダーをとっていた。ライヤはみんなに「昨日ここに来たのよー、帰ったら0932カギ持ってなくて大変だったのよククク」なんて話してるじゃないですか!・・うう。でも今日は大丈夫、キーはちゃんと持参しております。よしよし。
「意外とみんなカトマンズで会いそうだよね。狭い街だし。」なんてライヤが話してます。私もそう思う。カトマンズ、狭いから土産物屋とかでバッタリ会いそうな気がする。だから正直今日でこうしてみんなと居ることが最後なんだってピンとこない。
みんなの話を聞いてたのですが例のごとく英語。そしてまた込み入った話になってるぞこれ。話はじめ30分は経ったかな、なぜか盛り上げ役と言うか、みんなの話が途絶えると南が話しだす。でも場所がチベットのせいなのかやはり宗教話。ああ、ムリだついていけない。途中までなんとか聞こうとしたけどギブアップ。互いの宗教観など、韓国ではこうなんだ、とか話してたけど私はもともと理解力が足りない上、夜も早0時を回っており電池が切れかかってました。彼の話はほとんど右から左へ。私は目の前にいるエリックが回しているコインをボーっと見てました。そしてしばらく、え?、え?みんなが私の方を見ている。何?何?「0932!0932はどう思う?」え?え?私どうやら南に話を振られているようです。ギャー・・全く聞いてなかった。パニクってる私をみてみんな大笑い。・・ああ。やらかしてもーた。再度南に聞かれ、「ゴメン、聞いてなかった・・私あんまり英語わからなくて・・」というしかなく。ソーリーなんて言いつつ「デ・ナーダ」と言って隣に座ってるライヤの後ろに隠れてみました。ちなみに「デ・ナーダ」はスペイン語で本来「どういたしまして」の意味なのですが当時私は、ライヤから「ごめんなさい」の意味だと勘違いして覚えてしまい、言ったのですね。そしたらライヤが「0932はスペイン語の方が得意なのよ」とフォローしてくれてその場はなんとか乗り切ったのですが、って全然乗り切れてないけれども。いかん、いかんなあ・・みんなで話してるのに、人の話全然聞いてないのはダメだよなあ・・。
この後、南は私に「0932、こんな機会は滅多にないんだよ。分からなくても何でも、とにかく話さなきゃ。僕だってそんな英語できないけど、なんとか話してる。話していかないと。」と言いました。この南の言葉はかなりガツンときました。ほんとにそうだなって思いました。私はずっと逃げてました。ちょっと話がめんどくさくなってくると「英語あまり分からない」って逃げてました。だから相手もあまり話しかけてこなかったんでしょう。確かに南はとても流暢とは言えないけれど一生懸命話してます。たわいのないことでも何でも思ったことは常に話してます。南のいうとおり、こんなこと今後そうそうないでしょう、そんなそうそうない機会を私はみすみす話もせず逃してってるんですもんね。正直「日本に帰って勉強してから」なんて思ってたんです。でも南に言われて、今話さずして、今後も話せるわけないって気付かされました。
バーを出ます。ここから南たちのホテルと私たちのホテルは逆方向。バーの外でみんな立ってます。全員が出てくるの待ってます。待ってる間、近くにニナがいたからまた話すとニナの彼氏はななんと私と同い年って!おお。27才と19才ですよ。ちょっと彼、10代の子に手を付けるとは・・なかなかやりおるな。そして彼はなんとニナの大学の講師なんだって。おいおいー。そして一緒にチベット来ちゃうんですか。ハア・・。ニナに「おお。やるねー、うーん8つ違いかあ。このこのぉ~」なんて言ってたらニナは「私も大丈夫だから0932も大丈夫だよー。彼も若いけど。」え?ニナが指す彼って完全にガブリエル指してますね。「彼いくつなの?」ってニナに聞くと「いくつかは知らないけど多分学生よ」なんて答えが。エエー!!学生?!・・あれ?なんか私テンション落ちてるね。確かに若いとは思ってたけどまさか学生とはなー。チッ。なぜか残念がっている自分が・・。
そんなことを話してたらみんながバーから出てきました。どうやらバーのお金は全部ガブリエルのおごりらしい。みんな「サンキューガブリエル!」って言ってます。サンキューガブリエル。そしてガブリエルはみんなを並ばせ、集合写真を撮りました。うう、なんだか本当に最後みたいだ。その写真私も欲しいな・・。
ホテルまでの帰路、ガブリエルに直接「ガブリエルって何才?」って聞くとなぜか彼は教えてくれず。何で隠すのー?!いくつなのー?!と再び聞くものの「秘密。」だって。なんじゃそりゃー!!なぜ隠すー。では質問を変え「(フランスに)帰ってから何するの?」って聞くと「勉強したり、バイトしたり・・」って。それってやっぱ学生じゃん!!てことはやはり20~22ぐらいか?!若!!ヤツは一瞬「シマッタ」って顔してましたね。
そうかー。学生ですか・・。若者だったんだ・・。なぜこんなヘコんでるのでしょうか私。なぜか衝撃を受けつつホテルまで一緒に帰るのでありました。
関係ないけどチビッコたち。
11日目★チベットツアー7日目その7
メンバーも揃い、いよいよご飯です。私たち一行はホテルを出て歩き出しました。なにせ大所帯。私はもちろんどこに向かっているのかわからず。(大所帯じゃなくてもわかんないんだけど。)とりあえずみんなの行く方へなんとなくついてってます。みんな国籍が違ってもなんとなく話せちゃうのね。多分君たちお互い違う国だろうと思われる人々もなんだか自然に話しちゃってます。いいよな。ユーロ圏ってきっと言葉違っても言語が似てるのかなんとなく話せちゃうんだろうな・・。まわりが会話してる中ひとり歩いてると、近くにガブリエルが。「ハーイ0932~!」「ハーイガブリエル!」なんて言ってたらいつの間にか肩組んで歌いながら歩いちゃってました。ちょっとこれってラブラブなのでは?えっ?勘違いだって?
まるで酔っぱらいかのようにフラフラと2人で歩いてたらどうやら店に着いたようです。
今回お店はどこにでもありそうな中華料理店です。南とおばちゃんたちで一悶着あった大衆食堂ほど小さくもなく、かといってホテルに隣接してるようなお店のように広すぎもせず、ほどよい大きさです。私たち大所帯は2階に通されました。なんと個室!そして中華料理店らしく上段がくるくる回せる大きな丸テーブルが真ん中にあります。なかなかいいではないですか。テーブルを囲むようにみんな着席。しばらくすると従業員の人が急須を持ってきました。そしてその急須と湯のみならず紙コップをテープルにおいて去っていきました。もともとこの店は紙コップなのか、人数が多いから紙コップになったのか分かりませんが、この紙コップかなりミニサイズな上にヤワいんですよ!みんなそれぞれ紙コップを手渡しつつ急須も回しながらお茶を入れていくのですが、ある1人の紙コップにお茶を入れたらその紙コップ、ふやけはじめヨレヨレに。茶が漏れていくのです!なんだこれはー。こんなヤワい紙コップ始めて見た。。人ごとと思いきや私の紙コップも茶を入れてしばらくしたらヘナヘナに。。しょうがないから紙コップを2重にしてなんとか飲めるようにしたけれども。
そして問題はやはりオーダー。やっぱり英語のメニューなんてないです。となると頼るはやはり南。前回の失敗がかなり効いてるのか南はかなり慎重。そしてなにせ人数も多いから大変!みんなの英語のオーダーを聞き取り、それを漢字に直して紙に書き従業員に伝えるという。ごくろうさまです、ほんとに。私は分からないながらメニューを見ていると、南は「0932は日本人だからメニュー分かるんだよー」なんて、みんなに言ってるんですよ!分かんないから。いやいやほんとに。肉か魚か麺かご飯かぐらいしか分かんないから。みんな「分かるの?」なんて聞いてくるから「ほんのちょっと」って答えといたけれども。ほんとにほんのちょっとだもんな、、ああやっぱり分からん。どういう料理なのかさっぱり分からず(悲)。南が私のオーダーを聞いてきたのでまた適当に頼んでしまった。。とにかく肉が食べたかったから「牛肉」ってついてるものを指さしオーダーしてしまった。。どうか美味しい料理でありますように。。
南はしつこいくらいに店員に個数と料理の確認をとっていた。そして席をたってわざわざ1階に降りていき念押ししに。南が席を外しちょっと静かになったスキにカメラを出して反対側に座っていたガブリエルともう1人の人を激写してみた。そして席をたってできるだけ部屋の端っこに行って「みんなこっち見て~、ハイチーズ」と撮ってみた。
満足。撮りたかったんだよね、最後くらいみんなを。思えば全然人を撮ってないのだよ。寺より何よりみんなといるところを撮りたかったんだよね。
壊れそうな紙コップのお茶を飲みつつ、南が持ってきた(またか?)マスカットを食べていたらようやく料理がやってきた。みんななかなか無難なものを頼んでらっしゃる。(やはりフライドライスです)でも小エビを揚げたやつとか、結構まとも(?)なものも多く今回はハズレじゃないとみた。そしてついに私のオーダーした「牛肉」がきたのだが・・。えっっと、一見味噌炒めです。牛肉が味噌だらけになってます。それはいいです。しかしなんか味噌がかなり赤いんですよ。ていうか赤いものが混じってるんですよ(泣)明らかに辛そうです。うう(涙目)。私辛いのダメなんです。あーあ。ハズれだよ。最後にしてハズレって。。食べなくても分かるんです。絶対辛いんです。みんなが「0932、どうしたんだ?」って感じなのでハズレと分かりつつ、恐る恐る箸で挟み、口に持っていき、一口食べてみると・・辛い!!!予想通りって、予想以上に辛いよ!!口が痛い!ムリムリムリムリムリ!!!水、水、水は!!私がヒーヒー言ってるのを見てか誰かが水をくれました。ああ口がどうにかなってましたねあれは。私のリアクションで興味を持ったのか、エリックが肉に手をつけると彼は「ちょっとスパイシーだね」と。いやいや、ちょっとじゃないし!かなりだし!!辛いもん好きな人でもこれは結構キツい気がするんだけどなあ。。とにかく私はまたも料理に手をつけることができず(泣)。そんな私をみて不憫に思ったのかみんながご飯を分けてくれ、ちょっとずつ頂きました。完全に「かわいそうな子」と化してますね(泣)小エビの揚げたやつを頭から食べてると、ライヤがみんなに「見て!0932海老頭から食べてるよ!」と。みんな私を見ておおっと驚いてました。みんな頭とって頭だけ残して食べてるんですよね。私ってもしやスゴい人?!でも南は頭も食べてたけど。そしてあの激辛牛肉味噌炒めも難なく食べてたけど。きっと(南を除く)みんなめざしの頭も食べれないんだろうな。みんなからみたら私はゲテものを食べてるようにでも見えるのかしら?・・おおっと言われてもあんま嬉しくないな・・。
オーダーミスはややあったにしろ、なんだかんだあの激辛味噌炒めも南やエリックが平らげてたし、前回に比べれば南はかなり頑張ったと思われるのですが、でも南は私たちに申し訳なさそうで。南、韓国人だからオーダーできなくても当たり前なのにね。みんなに謝ってました。もちろん誰ひとり南を責める人なんていません。
私たちは食べ終え、恒例のごとく飲みにあのバーへ。
意を決して激写。
まるで酔っぱらいかのようにフラフラと2人で歩いてたらどうやら店に着いたようです。
今回お店はどこにでもありそうな中華料理店です。南とおばちゃんたちで一悶着あった大衆食堂ほど小さくもなく、かといってホテルに隣接してるようなお店のように広すぎもせず、ほどよい大きさです。私たち大所帯は2階に通されました。なんと個室!そして中華料理店らしく上段がくるくる回せる大きな丸テーブルが真ん中にあります。なかなかいいではないですか。テーブルを囲むようにみんな着席。しばらくすると従業員の人が急須を持ってきました。そしてその急須と湯のみならず紙コップをテープルにおいて去っていきました。もともとこの店は紙コップなのか、人数が多いから紙コップになったのか分かりませんが、この紙コップかなりミニサイズな上にヤワいんですよ!みんなそれぞれ紙コップを手渡しつつ急須も回しながらお茶を入れていくのですが、ある1人の紙コップにお茶を入れたらその紙コップ、ふやけはじめヨレヨレに。茶が漏れていくのです!なんだこれはー。こんなヤワい紙コップ始めて見た。。人ごとと思いきや私の紙コップも茶を入れてしばらくしたらヘナヘナに。。しょうがないから紙コップを2重にしてなんとか飲めるようにしたけれども。
そして問題はやはりオーダー。やっぱり英語のメニューなんてないです。となると頼るはやはり南。前回の失敗がかなり効いてるのか南はかなり慎重。そしてなにせ人数も多いから大変!みんなの英語のオーダーを聞き取り、それを漢字に直して紙に書き従業員に伝えるという。ごくろうさまです、ほんとに。私は分からないながらメニューを見ていると、南は「0932は日本人だからメニュー分かるんだよー」なんて、みんなに言ってるんですよ!分かんないから。いやいやほんとに。肉か魚か麺かご飯かぐらいしか分かんないから。みんな「分かるの?」なんて聞いてくるから「ほんのちょっと」って答えといたけれども。ほんとにほんのちょっとだもんな、、ああやっぱり分からん。どういう料理なのかさっぱり分からず(悲)。南が私のオーダーを聞いてきたのでまた適当に頼んでしまった。。とにかく肉が食べたかったから「牛肉」ってついてるものを指さしオーダーしてしまった。。どうか美味しい料理でありますように。。
南はしつこいくらいに店員に個数と料理の確認をとっていた。そして席をたってわざわざ1階に降りていき念押ししに。南が席を外しちょっと静かになったスキにカメラを出して反対側に座っていたガブリエルともう1人の人を激写してみた。そして席をたってできるだけ部屋の端っこに行って「みんなこっち見て~、ハイチーズ」と撮ってみた。
満足。撮りたかったんだよね、最後くらいみんなを。思えば全然人を撮ってないのだよ。寺より何よりみんなといるところを撮りたかったんだよね。
壊れそうな紙コップのお茶を飲みつつ、南が持ってきた(またか?)マスカットを食べていたらようやく料理がやってきた。みんななかなか無難なものを頼んでらっしゃる。(やはりフライドライスです)でも小エビを揚げたやつとか、結構まとも(?)なものも多く今回はハズレじゃないとみた。そしてついに私のオーダーした「牛肉」がきたのだが・・。えっっと、一見味噌炒めです。牛肉が味噌だらけになってます。それはいいです。しかしなんか味噌がかなり赤いんですよ。ていうか赤いものが混じってるんですよ(泣)明らかに辛そうです。うう(涙目)。私辛いのダメなんです。あーあ。ハズれだよ。最後にしてハズレって。。食べなくても分かるんです。絶対辛いんです。みんなが「0932、どうしたんだ?」って感じなのでハズレと分かりつつ、恐る恐る箸で挟み、口に持っていき、一口食べてみると・・辛い!!!予想通りって、予想以上に辛いよ!!口が痛い!ムリムリムリムリムリ!!!水、水、水は!!私がヒーヒー言ってるのを見てか誰かが水をくれました。ああ口がどうにかなってましたねあれは。私のリアクションで興味を持ったのか、エリックが肉に手をつけると彼は「ちょっとスパイシーだね」と。いやいや、ちょっとじゃないし!かなりだし!!辛いもん好きな人でもこれは結構キツい気がするんだけどなあ。。とにかく私はまたも料理に手をつけることができず(泣)。そんな私をみて不憫に思ったのかみんながご飯を分けてくれ、ちょっとずつ頂きました。完全に「かわいそうな子」と化してますね(泣)小エビの揚げたやつを頭から食べてると、ライヤがみんなに「見て!0932海老頭から食べてるよ!」と。みんな私を見ておおっと驚いてました。みんな頭とって頭だけ残して食べてるんですよね。私ってもしやスゴい人?!でも南は頭も食べてたけど。そしてあの激辛牛肉味噌炒めも難なく食べてたけど。きっと(南を除く)みんなめざしの頭も食べれないんだろうな。みんなからみたら私はゲテものを食べてるようにでも見えるのかしら?・・おおっと言われてもあんま嬉しくないな・・。
オーダーミスはややあったにしろ、なんだかんだあの激辛味噌炒めも南やエリックが平らげてたし、前回に比べれば南はかなり頑張ったと思われるのですが、でも南は私たちに申し訳なさそうで。南、韓国人だからオーダーできなくても当たり前なのにね。みんなに謝ってました。もちろん誰ひとり南を責める人なんていません。
私たちは食べ終え、恒例のごとく飲みにあのバーへ。
意を決して激写。
11日目★チベットツアー7日目その6
そして時は21時。私は集合場所であるホテルのロビーへ。どうやら私が一番乗りのようです。そしてしばらくしたらライヤが階段から降りてきました。そしてその次にジョワンが。ライヤはジョワンにも声掛けておりました。
ジョワンといえば、私が2泊部屋を共にしたイギリス人女子、年は20代前半、職業は英語の教師らしいのですが(←聞き取りに自信なし)私にとっての初イギリス人。そして当然イギリス英語体験はこの時初となったのですが、イギリス英語ってなんて聞き取りにくいのでしょう!!それまで聞いてきた英語とは全然違うではないですか!!だって「10 o'clock」が聞き取れなかったんですよ・・。舌ったらずっていうか、語尾が短いとでもいうべきか、「テンオクロック」が「タンオクロッ」とでも言えばいいのか。切って発音するっていうのか、とにかく簡単なことを言っているはずなのに分からず(> <)。なんとなく分かったフリしてみたりして。。同じ英語なのに、違いすぎるわーー!!
さて、あとはガブリエルを待つのみ。「あいつはいつも遅いのよねー」なんてライヤが言いつつ、確かにジョカンに行くバスにも最後にやってきたしね・・。
ってここで思い出したのですが、最近本で「フランスではホームパーティなどに招待された場合、30分ほど遅れて行くのがマナーとされている。時間通りに行くとマナー違反となるので気をつけよう。」みたいなことが書かれていたんですよ!・・・だからガブリエルはよく遅刻してたのか?!
ガブリエルを待つ間私はジョワンにカメラを渡し、ライヤとの2ショットを撮ってもらうことに。1枚くらいちゃんと一緒にうつっているの欲しかったんだよね。というのもここ最近全然写真は撮ってなく。寺院とかは撮るにしても、集団行動をしているとなかなか撮るタイミングがないんです。1人で行動してる時は食べ物からホテルの部屋などいろいろ撮ってるのですが、どうもみんなで行動してる時に、「ちょっと待って」と言って写真を撮るのはなかなか気がひけるのです。本当はみんなとの食事風景とか撮りたかったんだけど・・。ライヤとの写真は今がチャンスってことでジョワンに気をつかいながらも、おもいきって(?)撮ってもらいました。ちなみにジョワンとは2ショット撮ってないんですけどね・・。そうこうしてたら集合時間から20分は経った頃にようやくガブリエルが降りてきました。っておお!彼はなんとチャイナスーツで登場です。最後の晩餐ということで気合いが入っているのか?!どうやら街で上下購入したらしい。似合ってるかはさておき、この晩餐に対する思い入れが感じられなんかいいな。でもやや丈短いんですけどね。彼はちょっと気恥ずかしそうで、そして自分がイケてるかどうか不安そうだったので、私はつい「いいじゃん、似合ってるよ」と言ってしまいました。・・シマッタ。ちょっと嘘つきましたかね・・。ライヤたちは「おお」と驚いてたものの褒めてはなかったな・・。
そして私たち3人は南たちのホテルへ。ロビーでエリックと合流し、あとこのホテルに泊まっているガブリエルと仲良さげなイタリア人男子(フランス人かも?)も誘うらしく、私たちは部屋へ初潜入。一度あのチベット料理店を探しさまよっていた時にこのホテルには来たものの、さすがに部屋は見たことなく。入ってみると・・おお!ちょっとちょっと、かなりいいじゃないですかー!!グレード高いじゃないですかー!!風呂といい、ベッドといい、何ひとつとっても我々のホテルより数段いい!!エーー何でーー。ツアー値段ほとんど変わらないはずなのに・・。運が悪かったのですかね、私たち。そしてその私たちのホテルより数段いい広いベッドにイタリア人の彼が寝ております。・・って寝てるって?!見るところによるとかなり体調を崩している様子。熱があるようです。咳き込んだりしてます。みんな彼のベッドに駆け寄り「大丈夫?何か欲しいものない?買って来るよ。」と。私はというと、みんなよりちょっとひいたところで申し訳無さそうに彼を見つつこそっと立っておりました。他のみんなは彼としゃべったことがあるのか、はたまたしゃべってないけど話しかけてるのか。私は姿はこれまで見たことあるものの話したことはなく。当然しゃべりかけれません。彼は「水もいっぱいあるし、薬もあるし大丈夫だよ。でもご飯は一緒にはいけないな。」と言ってました。部屋を出る時ちょっと目が合ったんだけど「あ。すいませんっす。お・お大事にー・・」と私は顔で言っておきました。・・シャイなジャパニーズガールなんですよ。
彼の部屋を出て、私たちは南と合流。あといつの間にかこれまた私は話したことがない、イギリス人と思われる男女カップル。(同ツアーなので見たことはあります)そしてさらにもうひとカップル。イギリスかなあ・・アメリカっぽくはないなあ・・これまた多分ライヤの呼びかけで合流。私を含め計10人くらいでしょうか。さて、いよいよこれからご飯です。
またも問答修行写真
ジョワンといえば、私が2泊部屋を共にしたイギリス人女子、年は20代前半、職業は英語の教師らしいのですが(←聞き取りに自信なし)私にとっての初イギリス人。そして当然イギリス英語体験はこの時初となったのですが、イギリス英語ってなんて聞き取りにくいのでしょう!!それまで聞いてきた英語とは全然違うではないですか!!だって「10 o'clock」が聞き取れなかったんですよ・・。舌ったらずっていうか、語尾が短いとでもいうべきか、「テンオクロック」が「タンオクロッ」とでも言えばいいのか。切って発音するっていうのか、とにかく簡単なことを言っているはずなのに分からず(> <)。なんとなく分かったフリしてみたりして。。同じ英語なのに、違いすぎるわーー!!
さて、あとはガブリエルを待つのみ。「あいつはいつも遅いのよねー」なんてライヤが言いつつ、確かにジョカンに行くバスにも最後にやってきたしね・・。
ってここで思い出したのですが、最近本で「フランスではホームパーティなどに招待された場合、30分ほど遅れて行くのがマナーとされている。時間通りに行くとマナー違反となるので気をつけよう。」みたいなことが書かれていたんですよ!・・・だからガブリエルはよく遅刻してたのか?!
ガブリエルを待つ間私はジョワンにカメラを渡し、ライヤとの2ショットを撮ってもらうことに。1枚くらいちゃんと一緒にうつっているの欲しかったんだよね。というのもここ最近全然写真は撮ってなく。寺院とかは撮るにしても、集団行動をしているとなかなか撮るタイミングがないんです。1人で行動してる時は食べ物からホテルの部屋などいろいろ撮ってるのですが、どうもみんなで行動してる時に、「ちょっと待って」と言って写真を撮るのはなかなか気がひけるのです。本当はみんなとの食事風景とか撮りたかったんだけど・・。ライヤとの写真は今がチャンスってことでジョワンに気をつかいながらも、おもいきって(?)撮ってもらいました。ちなみにジョワンとは2ショット撮ってないんですけどね・・。そうこうしてたら集合時間から20分は経った頃にようやくガブリエルが降りてきました。っておお!彼はなんとチャイナスーツで登場です。最後の晩餐ということで気合いが入っているのか?!どうやら街で上下購入したらしい。似合ってるかはさておき、この晩餐に対する思い入れが感じられなんかいいな。でもやや丈短いんですけどね。彼はちょっと気恥ずかしそうで、そして自分がイケてるかどうか不安そうだったので、私はつい「いいじゃん、似合ってるよ」と言ってしまいました。・・シマッタ。ちょっと嘘つきましたかね・・。ライヤたちは「おお」と驚いてたものの褒めてはなかったな・・。
そして私たち3人は南たちのホテルへ。ロビーでエリックと合流し、あとこのホテルに泊まっているガブリエルと仲良さげなイタリア人男子(フランス人かも?)も誘うらしく、私たちは部屋へ初潜入。一度あのチベット料理店を探しさまよっていた時にこのホテルには来たものの、さすがに部屋は見たことなく。入ってみると・・おお!ちょっとちょっと、かなりいいじゃないですかー!!グレード高いじゃないですかー!!風呂といい、ベッドといい、何ひとつとっても我々のホテルより数段いい!!エーー何でーー。ツアー値段ほとんど変わらないはずなのに・・。運が悪かったのですかね、私たち。そしてその私たちのホテルより数段いい広いベッドにイタリア人の彼が寝ております。・・って寝てるって?!見るところによるとかなり体調を崩している様子。熱があるようです。咳き込んだりしてます。みんな彼のベッドに駆け寄り「大丈夫?何か欲しいものない?買って来るよ。」と。私はというと、みんなよりちょっとひいたところで申し訳無さそうに彼を見つつこそっと立っておりました。他のみんなは彼としゃべったことがあるのか、はたまたしゃべってないけど話しかけてるのか。私は姿はこれまで見たことあるものの話したことはなく。当然しゃべりかけれません。彼は「水もいっぱいあるし、薬もあるし大丈夫だよ。でもご飯は一緒にはいけないな。」と言ってました。部屋を出る時ちょっと目が合ったんだけど「あ。すいませんっす。お・お大事にー・・」と私は顔で言っておきました。・・シャイなジャパニーズガールなんですよ。
彼の部屋を出て、私たちは南と合流。あといつの間にかこれまた私は話したことがない、イギリス人と思われる男女カップル。(同ツアーなので見たことはあります)そしてさらにもうひとカップル。イギリスかなあ・・アメリカっぽくはないなあ・・これまた多分ライヤの呼びかけで合流。私を含め計10人くらいでしょうか。さて、いよいよこれからご飯です。
またも問答修行写真
11日目★チベットツアー7日目その5
私たち一行(といっても5人ですが)は、セラ寺を後にしホテルに戻ってきました。一応カトリーナに「このツアーはいくらだった?私払ってないから。」って聞くと「タダよ、タダ。ほんとは元々ツアーに入ってて、ライヤが・・・」とこれまでの経緯を直接聞きました。なんとなくタダかなーとは思っていたのだけど、やっぱりきちんと確認しておかないとね。
この後の予定はといいますと、みんなで最後の晩餐でございます。といってもチーム若者ですが。ライヤの呼びかけで集合です。昨夜のメンバーはもちろん、ライヤは会う人会う人(同ツアーメンバー)に声掛けてました。このツアーでキャプテン、もしくはリーダーを決めろと言われたら間違いなくみんなライヤを推薦することでしょう。ということで21時ホテルロビー集合です。そのあと南たちのホテルに彼らを迎えに行くという。南たちには確かセラ寺で会った時、ライヤが夕飯のことを言ってました。でもまだガブリエルに声をかけてないらしく、集合時間を伝えようと、ホテルに戻ったライヤはガブリエルの部屋へ行くことに。そしてなぜか私も成り行きでついていくことに。違う部屋に初潜入です。しかも男子部屋です。ライヤは来たことがあるのかなんだか慣れてる感じがしました。ライヤがノックをして中に入るのに続いて、私も入ります。おお、さすがに男子。部屋汚い。ベッドの周りには見事に物が散乱しております。そしてその散乱してる中男2人となると、部屋がかなり狭く見える!自分の部屋は全然そんな風に感じなかったのに。ライヤは全く臆することなくベッドにいるガブリエルの元へ。「散らかってるわねー」とか言いながら彼のベッドに腰を降ろし早速夕飯の件を伝えます。そしてその隣にはもちろんルームメイトのあのポルトガル人が。このポルトガル人と私たちはほぼ話してないのですが、ライヤは律儀に彼にも「みんなで夕飯を食べるんだけど、あなたもどう?」と誘っておりました。スバラシイ。でも彼は義理で誘っているのに気付いてるのか先に予定があるのか、その場で断ってました。ちょっとホッとした。
ライヤはガブリエルと話した後、トイレに行きたかったのかその部屋のトイレへ。私はその間ガブリエルとトーク。ならず、ほとんどテンションで話してました。というのは「Hi、0932~!元気かー?」「元気よー!」なんて会話。そして後はアクション。ボディランゲージってやつですよ。というか私はしゃべれない赤ちゃん扱いですな。さすがにベロベロバーとかはされないけど。ほら、大人って赤ちゃんにはテンション高く話しかけてくれるでしょ?そんな感じです。そして気付けばボディランゲージがボディタッチ(?!)になっており、って書くとなんかヤラしいな。ガブリエルが「マッサージ」とか言って肩をもんでくれるんですよねー。過剰反応するのもどうかと思い、私はされるがまま甘んじてました。「おおきもちいよー」なんて言いながら。でも結構長くやってくれるんだよねー。そしてちょっと沈黙。・・これ甘い雰囲気なのでは?多分私がここで気を緩めでもして奴にもたれかかったら、きっと抱きしめてくるに違いない(?!)。一瞬そんなことがよぎるも、イカン。てかとなりにあのポルトガル人もいるんですけど。・・ってそういう問題じゃないわ。ダメだダメだ。頭の中がそんなことになってる最中、ライヤがトイレから出てきた。ライヤは私たちのマッサージ光景にも特に疑問を持つこともなく。私はライヤが出て来たのを機にガブリエルから離れ、「じゃあとでねー」とライヤと部屋を出ました。
前々からなんとなく思ってたのだけれど、ガブリエル、私のこと好きに違いない!!
・・なんつって。いいんですよ。例え私の勘違いだったとしても。思う分には自由さ~。例え思い込みであったとしても、そう思った方がちょっと楽しい。フフ。
そして私は部屋に戻り、荷物整理したり日記を書いたり手持ちの元(ゲン)を数えたりとしばらくダラダラ。手持ちの元といえば、私郵便局からネット屋にいく間に銀行に寄ってましたね。残り金額に不安を覚え、迷った末10ドルほど両替しといたのですね。10ドル→80.8元。まあ悪くない。これだけあればあと夕飯+水代くらいで、帰路まで大丈夫なはず。うんうん。
ベッドでゴロゴロしながら、もしあの時ちょっと気を緩してたらどうなったかなーなんて思いつつ、集合時間まで時を過ごすのでありました。
セラ寺近くの岩山。上にはお釈迦様の絵が書いてあります
この後の予定はといいますと、みんなで最後の晩餐でございます。といってもチーム若者ですが。ライヤの呼びかけで集合です。昨夜のメンバーはもちろん、ライヤは会う人会う人(同ツアーメンバー)に声掛けてました。このツアーでキャプテン、もしくはリーダーを決めろと言われたら間違いなくみんなライヤを推薦することでしょう。ということで21時ホテルロビー集合です。そのあと南たちのホテルに彼らを迎えに行くという。南たちには確かセラ寺で会った時、ライヤが夕飯のことを言ってました。でもまだガブリエルに声をかけてないらしく、集合時間を伝えようと、ホテルに戻ったライヤはガブリエルの部屋へ行くことに。そしてなぜか私も成り行きでついていくことに。違う部屋に初潜入です。しかも男子部屋です。ライヤは来たことがあるのかなんだか慣れてる感じがしました。ライヤがノックをして中に入るのに続いて、私も入ります。おお、さすがに男子。部屋汚い。ベッドの周りには見事に物が散乱しております。そしてその散乱してる中男2人となると、部屋がかなり狭く見える!自分の部屋は全然そんな風に感じなかったのに。ライヤは全く臆することなくベッドにいるガブリエルの元へ。「散らかってるわねー」とか言いながら彼のベッドに腰を降ろし早速夕飯の件を伝えます。そしてその隣にはもちろんルームメイトのあのポルトガル人が。このポルトガル人と私たちはほぼ話してないのですが、ライヤは律儀に彼にも「みんなで夕飯を食べるんだけど、あなたもどう?」と誘っておりました。スバラシイ。でも彼は義理で誘っているのに気付いてるのか先に予定があるのか、その場で断ってました。ちょっとホッとした。
ライヤはガブリエルと話した後、トイレに行きたかったのかその部屋のトイレへ。私はその間ガブリエルとトーク。ならず、ほとんどテンションで話してました。というのは「Hi、0932~!元気かー?」「元気よー!」なんて会話。そして後はアクション。ボディランゲージってやつですよ。というか私はしゃべれない赤ちゃん扱いですな。さすがにベロベロバーとかはされないけど。ほら、大人って赤ちゃんにはテンション高く話しかけてくれるでしょ?そんな感じです。そして気付けばボディランゲージがボディタッチ(?!)になっており、って書くとなんかヤラしいな。ガブリエルが「マッサージ」とか言って肩をもんでくれるんですよねー。過剰反応するのもどうかと思い、私はされるがまま甘んじてました。「おおきもちいよー」なんて言いながら。でも結構長くやってくれるんだよねー。そしてちょっと沈黙。・・これ甘い雰囲気なのでは?多分私がここで気を緩めでもして奴にもたれかかったら、きっと抱きしめてくるに違いない(?!)。一瞬そんなことがよぎるも、イカン。てかとなりにあのポルトガル人もいるんですけど。・・ってそういう問題じゃないわ。ダメだダメだ。頭の中がそんなことになってる最中、ライヤがトイレから出てきた。ライヤは私たちのマッサージ光景にも特に疑問を持つこともなく。私はライヤが出て来たのを機にガブリエルから離れ、「じゃあとでねー」とライヤと部屋を出ました。
前々からなんとなく思ってたのだけれど、ガブリエル、私のこと好きに違いない!!
・・なんつって。いいんですよ。例え私の勘違いだったとしても。思う分には自由さ~。例え思い込みであったとしても、そう思った方がちょっと楽しい。フフ。
そして私は部屋に戻り、荷物整理したり日記を書いたり手持ちの元(ゲン)を数えたりとしばらくダラダラ。手持ちの元といえば、私郵便局からネット屋にいく間に銀行に寄ってましたね。残り金額に不安を覚え、迷った末10ドルほど両替しといたのですね。10ドル→80.8元。まあ悪くない。これだけあればあと夕飯+水代くらいで、帰路まで大丈夫なはず。うんうん。
ベッドでゴロゴロしながら、もしあの時ちょっと気を緩してたらどうなったかなーなんて思いつつ、集合時間まで時を過ごすのでありました。
セラ寺近くの岩山。上にはお釈迦様の絵が書いてあります