知識を武器に不況を乗り切る仕事術 -7ページ目

iPhoneの復元で分かったこと

先日iPhoneのOSをアップデートしたところ、エラー表示がでてその後まったく動かなくなってしまいました。


今日は仕事が休みなので、1日かけてようやく復元に成功しました。



しかし、Podcastのファイルや音楽ファイルなど、iTunesでパックアップがとってあるものは元通りにできましたがメモや写真、連絡先などがすべて消去されていました。


マインドマップも画像として保存していたので二度と見ることができません。
とても残念です。



連絡先は「かんたん電話帳コピー」というソフトバンクのサービスで復旧することができましたし、Evernoteなどクラウドに保存したメモ類や画像も元に戻すこともできます。


しかしそれ以外のローカルにしか保存していなかった記録は、思い出すしかありません。
でもそんなこと不可能ですね。


iPhoneなどのスマートフォンであっても、やはり外部にバックアップを取っておくべきですね。


前回の続き~漢字の勉強

前回の続きです。


軽度の知的障害のある小学生が、漢字を何回書いても覚えられません。


そこで、ちょっとしたアドバイスをしました。



彼は国語辞典を持ってきていたので、読めない漢字、書けない漢字、意味の分からない漢字が出てきたときに辞書を引かせました。


内容を読んで意味が理解できるか確認し、さらに詳しく説明します。


漢字の意味や具体的な例、音読みと訓読み、どんな形をしているか。


こういったことを小学生に理解できるように易しく、そして冗談もまじえておもしろく、話します。


一通り話し終えたら1回だけ書かせます。


書いているときにもどんな形をしているか、横から解説して耳からも覚えさせます。


書き終えたら「今書いた漢字はどんな形をしていた?意味は?」
と聞いて、自分で思い出せるようなきっかけを作ります。



漢字の勉強をするとき、家や学校で
「覚えるために10回ずつ書きなさい」なんて言われて、漢字が10個あれば全部で100回書かなければなりません。


漢字を100個書くなんて、小学生には途方もない数です。


でもそれが
「書くのは1回か2回でいいよ」
と言われたら、とたんにやる気が出てくるんです。


意味の分からない作業を大量に、いやいややるのと、意味のあることを少しやれば終わるのと(もちろんその後は遊べる)、子供にとってどちらがいいか、考えるまでもありませんね。


覚えさせられるよりも自分の意思で覚えようとするほうが、はるかに身につきます。

子供に勉強を教えるには

私は仕事で障害者の介護をしています。


大人の方だけではなく、小学生や中学生も大勢来ているんですが、夏休みや冬休みには学校の宿題を持ってくる子も多いんですね。


で、先日、冬休み中のことですが、チラシの裏に漢字を書いている小学生がいました。


スタッフに宿題を見てもらったのですが、漢字がうまく書けなかったので一人で勉強しているようです。 


「なんていう字を書いてるの?」
と聞くと、
「分からない」
との返答。


これではいくら書いても覚えられません。

文字は言葉を表すものですから、読み方とセットでないと記憶として定着しません。


さらに悪いことに、同じ漢字をひたすら紙の上から下まで書かされているので、本人にとっては苦痛で仕方ありません。

とても覚えられる状況ではありませんでした。


そこで私は彼にちょっとしたアドバイスをしました。


するととたんにやる気が出てきて、しかもすごい勢いで今まで何回やっても覚えられなかった漢字を覚えていきます。


ひととおりやり終えると彼の口から「もっと教えて欲しい」との言葉が。


一日中勉強だけしているわけにもいきませんから、その日は3回くらいに分けて漢字の勉強をしました。


その子は軽い知的障害のある子なんですが、午前中覚えた漢字を夕方まできちんと覚えていることがでたんです。



私が彼にどんなアドバイスをしたか。

これは障害がなくても、大人に対しても効果のある方法です。



詳しくは次回。


偶然は必然である

ある人のことを考えていたら、街でばったり出会った、なんてことないでしょうか。

二人が同時に同じ場所にいたことは偶然ですが、しかし相手に気づくことは必然です。


もしかしたら今までにもすれ違っていたことがあったかもしれないけれど、相手がいることに気づかなければ、結果的にはいなかったのと同じことです。


意識することではじめて偶然は起こる、意識しなければすべての物事は起こっていないのと同じである、と言えますね。



人は、あることを意識していると、無意識に探してしまうそうです。


お腹がいっぱいの時には手が届くところに食べ物があってもテレビを見てしまいますが、お腹がすいてるときにはテレビが点いてても冷蔵庫を開けちゃいますよね。


偶然起こった出来事を積極的に活かしていくことを偶有性といいますが、そもそも意識していないと偶然も起こらないんです。



人に会いたければ、目を開けていなければなりません。

情報の世界ではなおさらです。


求めよ、さらば与えられん、ということです。

 

関連付けると頭が良くなる

一を聞いて十を知る、という言葉があります。


実際にこの域に達するには大変ですが、我々だって、一を聞いて二を知る、二を聞いて三を知る、あるいは三を聞いて五を知る、ということはよくありますし、意識的に頭をそのような状態にすることもできます。



頭のいい人とは関連付けのうまい人です。
関連付けとは、具体的には「サバ」と「サンマ」という言葉を聞いてその姿を思い浮かべ、「そういえばサケも流線型をしていてヒレがあって海にいる。そうか、サケはサバやサンマの仲間なんだ」と気づくようなことです。 


関連付けの能力は人間なら誰でも持っているもので、子供がクジラやイルカの姿をテレビや本で見て、クジラやイルカは魚だと勘違いしてしまうのは仕方のないことです。


でもそこで、昔海にいた恐竜もイルカのような姿をしていた、ということを知ったとき、
「海の中を早く泳ぐ生き物は、魚類であれ爬虫類であれ哺乳類であれ、同じような姿になっていく」
ということに気づく人が、頭のいい人、ということになるんですね。


いくつかの物事に対して、それぞれの共通点や相違点を見つけ出し、法則性を見つけ出すことが関連付けだ、といえるでしょうか。



で、この関連付けの能力は意識して高めることもできます。


日ごろから、ある事実に接したときに、「なぜだろう?」「どうしてだろう?」「本当だろうか?」と疑問に思うことで、それまでに知っていた物事との共通点や相違点に気づくことができるようになります。


人から言われたことをただ丸呑みにして疑問に思わないでいると、ただの奴隷になってしまいます。