学校の勉強は役に立たないか~数学編4
数学は論理的な思考を身につけるための勉強です。
成功する確率は何%くらい、なんてことを考えることってよくあることですが、普段の生活で微分積分や代数や幾何、因数分解を使うことはほとんどありません。
しかし、論理的な思考を行なうことは大事です。
論理的な思考ができないと、
会話の途中でいきなり感情が爆発して
「アンダト?(何だと)」とか
「オッカッカ?(文句あっか?)」とか
言い出しちゃうわけです。
これはこれで、身を守るために必要性があって身についた技術の一つなんですが、物事を改善するための方法としてはかなりレベル低いです。
数学が得意な人で、いきなり「バカヤロー」なんて言う人いませんから。
そんなことをしたら自分が損することが分かっているのでやりません。
論理的思考は、騙されないためにも、自分が損をしないためにも必要なことです。
論理、論理といいながら、全然論理的じゃない文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。
数学編はこれで終わります。
学校の勉強は役に立たないか~数学編3
他人の口車に乗って騙された、そんな人が後を立ちません。
冷静に考えればそんなことありえない、と思うようなことでも人は簡単に騙されてしまうことがあります。
甘い誘い文句に乗せられそうになったときでも、論理的に考えることで矛盾に気づけば騙されなくてすみます。
政府の言っていることが本当に国民のためになっているのか、と考えることも論理的な思考力が必要です。
消費税を上げないと、高齢化社会を支えることができない。
原子力発電は二酸化炭素を出さない。
これらは論理的に考えてみると、ウソだということに誰でも気づくことができます。
論理的な思考を行なわないと、必要ないお金を払わされている、ということにすら気づかないまま過ごしているのかもしれません。
(財政の支出構造を変えれば高齢化社会を支えることはできます。大型公共事業が景気回復に役立たないことは、中曽根内閣で証明済みです。福祉予算の割合を上げることで高齢化に対応し、なおかつGDPの6割を占める個人消費を引き上げることができます)
(原子力発電の燃料となるウランの精製には莫大なエネルギーを消費します。採掘、運搬、精製、使用済み核燃料の保管まで考えると、石油を燃やしたほうが二酸化炭素の排出は少なくなるのではないでしょうか)
学校の勉強は役に立たないか~数学編2
問題の原因を先祖に求めたところで一時の気休めにはなっても根本的な解決にはなりません。
問題の原因を突き止めるには、客観的な事実を積み重ねるしかありません。
人間の脳はもともと論理的に考えるようになっていますが、どうしても感情が入ってしまいます。
身近なことになればなるほど、感情が大きく思考に影響してしまいます。
しかし数字には一切感情が入りません。
数字を使って、原因から結果を導く、あるいはその逆に結果から原因を突き止める、この練習をするのが数学です。
さらに、論理的な思考ができるようになると、問題解決能力が上がるだけではなく、騙されにくくなります。
私たちの周りには、私たちを騙そうとする人たちがたくさんいますから、注意が必要です。
学校の勉強は役に立たないか~数学編その1
数学は単に計算能力をつけるために勉強するものではありません。
数学とは、論理的思考能力を身につけるために勉強するんです。
論理的思考とは、“原因”と“結果”を結び付けて考える思考です。
現在ある状態というのは、何らかの原因から導かれた結果です。
また、現在が原因となって未来という結果に行きつきます。
今、身の回りや仕事に何か問題があるとしたら、その原因は何かを突き止め、原因を排除することで問題を解決することができるかもしれません。
また、今ある問題が将来どのような形に変化するかを予測することができれば、問題を小さくすることも、問題が現れないようにすることもできます。
行き当たりばったりの対処法や、問題の原因を先祖に求めたところで根本的な解決にはなりません。
学校の勉強は役に立たないか~序
成功の五角形で勝利をつかめ!
を読みました。
五角形とは学校で勉強する5教科のことです。
本の内容についてはまた別の機会に譲るとして、別のことを思ったのでそのことについて書きます。
「学校の勉強は社会に出たら役に立たない」という意見がありますが、でも子供には勉強しなさい、と矛盾したことを言う人が稀にいます。
そこで、本当に学校の勉強が社会に出たら役に立たないのか考えてみました。
私は教育関係者でも何でもありませんが、これから何回かに渡って学校の勉強について意見を述べさせていただきます。