佐藤正午の「アンダーリポート」を読んだ! | とんとん・にっき

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佐藤正午の「アンダーリポート」(株式会社集英社:2007年12月20日第1刷発行)を読みました。


「人参倶楽部」を読んだのは2014年3月、約10か月ほど前のことです。その頃ブックオフでこの本を購入しました。が、読まれることなく積んでおかれました。購入してすぐにカバーをかけたのがいけなかった。佐藤の最新作「鳩の撃退法(上・下)」が異常に評判がいいので、早速購入しました。が、その前に、たしか佐藤正午の本あったよな、と思い出したのが「アンダーリポート」でした。


「アンダーリポート」の第1章は「旗の台」、最終章の第15章は「旗の台へ」です。最後まで読んで初めて第1章が最終章に当たることに気が付きます。主人公の古堀徹、学校を出て、公務員試験に受かり、地方検察庁に職を得た。人なみに恋愛し、結婚して子供をもうけ家を建てた。30代の終わりに結婚を解消してひとりに戻り、月々の養育費をねん出するために借家住まいをしている。年齢は43になった。新しいことはもう起こらないだろう。しかし、ある時点からまったく新しい物語として書き直される。村里ちあきが訪ねてきたからだ。


旗の台の駅を出て右へ踏切を渡り、商店街をしばらく行くと、「アートショップ・カフェ」の看板が見えてくる。ドアを押して中へ入り、奥のバー・カウンターの方へと向かう。ピアノを弾いていた若い女がカウンターの中へ入り、「ご注文はお決まりですか」と言った。「トーストの上にスライスしたリンゴをのせてくれませんか」。そばに立った社長が微笑みを浮かべた。15年ぶりの笑顔だ。彼女にまちがいない。「古堀くん、検察庁に勤めていた」。「いまでも勤めています。地方検察庁の検察事務官として」。


「実は15年前の話です」と単刀直入に始めた。「当時、僕は28歳で、いまと同じ地方検察庁で働いていて、市内のマンションに独り暮らしでした。マンションの隣の部屋に若い夫婦が住んでいたのですが、奥さんのほうの名前は悦子・・・」。「遠い昔ね。それはまだ、あなたと美由規がうまくいってた頃の話ね?」。「憶えていますか、15年前の今日、自分がどこで何をしていたか」、「いいえ」と彼女は嘘をついた。


「いいわ、わかった。全部話してみて」」と彼女は言った。「ひとつの物語です。記憶を頼りに僕が独りで作りあげた物語」。・・・「僕の物語は正しいですか。つまり15年前に実際に起きた事と同じですか、それともどこなに誤りがありますか」。「言葉に気をつけて、古堀くん」と彼女は笑いながら言った。「実際に起きた事と同じだと言えば、言ったとたんにあたしの立場は危うくなるのよ」。


「他人の秘密を暴き立てて、自分はそれで満足して帰りますと言う。そんな馬鹿な事はあり得ない。それこそ絵空事よ。いったいあなたは、自分の人生が一生安泰だとでも思っているの? 人にどんな災厄が降りかかろうと、自分だけはいつまでもいまの自分であり続けると信じているの? だったらそんな考えは捨てたほうがいい。いまここで捨てたほうがいい」。


彼女の言うとおり、他人の秘密を暴き立ててひとりだけ満足して引き返すわけにはゆかない。そのつもりでいたのなら、もう手遅れだ。彼女たちが背負っている秘密の重さと同じだけのものをこれから私も背負うことになるのだから。


ここにきて私は自分の欲しい物がやっとわかったような気がする。私がここにたどり着くまで願っていたのはこれなのだ。ふたりの秘密の輪の中にたぐりこまれること。彼女たちの荒唐無稽を、絵空事を、他人には説明のつかない物事を共有すること。安泰ではない人生に足を踏み入れること。・・・自ら殺人を認めた女に、15年前、人ひとり撲殺した女に、自分よりもずっと背の高いひとりの男を金属バットで殴り殺した女に、目を見つめられたまま。


「つまりこういうことだね」と私は頭の中を整理するためにサオリに言った。「誰かに殺人を依頼すれば、依頼者と実行者という危うい関係が一生残る。そのことで相手からは一方的に、弱みを握られる危険性もある。ところが、一方的にではなくて、もし両方がたがいに殺人を依頼しあえば、そしてそれがじっこうされれば、同じ弱みを持つことになる。それは対等の立場ということになる」。「同じ弱みを握りあう。そうなれば相手を信頼するしか方法はなくなる」。・・・「ふたりとも、それぞれころさなければならない人間がいる。で、たがいが、たがいに殺人を依頼することで、そしてたがいに実行することで、相手の信頼を勝ち得る」。・・・「交換殺人ということだね」。


「お父さんのあれが始まったら隠れなさいと、娘に一生言いつづけてくらしていくつもり?」村里悦子は強く首を振る。「できるものならそんな一生は送りたくない。娘のためにも」。「だったら、やるしかない。自分で血路をひらくしかないのよ。ゆうべも言ったように、あたしが協力する。邪魔者を排除しましょう。信頼して任せて」。・・・すべてが終わったら、普通の生活に戻って、あたしたちは何事もなかったように年をとってゆける。だいじょうぶ、あたしの言う通りにすれば、なにもかもうまくいくし、あなたもあたしもきっと可愛いおばあさんになるまで長生きできる。


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