佐藤正午の「彼女について知ることのすべて」を読んだ! | とんとん・にっき

佐藤正午の「彼女について知ることのすべて」を読んだ!

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たぶん、この本を読むことになったきっかけは、新聞の片隅の小さな広告だったように思う。「彼女について知ることのすべて」(単行本:1995年7月集英社刊、文庫:1999年1月集英社文庫)という本の題名に驚かされました。この妙に長い題名、いっぺんで「すげ~」と思いました。佐藤正午の本の題名はほとんど知っているつもりでしたが、ヤバイ、この本の題名はこの小さな広告で初めて知りました。そして「映画化」とあります。「聞いてね~よ!」。佐藤正午のあの回りくどい小説が映画化されるって、これはどう撮るんだろうと、俄然、興味が沸いてきました。しかも5月19日の公開が迫っています。これは絶対に読んでから映画を観なくてはなりません。というわけで、さっそくアマゾンで購入し、一気に読んだというわけです。

その夜わたしは人を殺しに車を走らせていた。突然、停電のため暗闇が街を襲う。そして2時間後、事件はすでにわたし抜きで起こってしまっていた。――わたしは小学校の教員。愛した女には危険な愛人がいた。ふたりで殺害計画を企てるが・・・。男は約束を守れなかった。女は実行した。思いがけない結末。ふたりを待つ現実。切ない「思い」が胸を打つ傑作長篇。と、本のカバー裏にはこう書いてあります。


実は佐藤正午の本は「アンダーリポート」など、数冊、ブックオフで購入して読もうと思っていました。その矢先、「彼女について知ることのすべて」を知ったので、まずはこちらが先となりました。文庫本で450ページもある長篇ですが、一気に読ませます。目次をみれば「冬」「春」「夏」「秋」と4章に分かれていますが、物語は特に章立てとは関係ありません。大きくは事件があった8年前の過去と、弁護士が訪ねてきた現在が描かれています。過去を思い出しては現在の戻るという、生きて来た過去を反芻し続ける、融通無碍な構成です。


真面目な小学校の教師・鵜川に結婚間近の謹厳実直で堅実な同僚教師・笠松三千代、そして男を惑わす魅惑的な看護婦遠沢めい、恋仲になるとその看護婦にヤクザな元彼・真山がいた、とまあ、ありふれた通俗的な設定ですが、小説では鵜川が離島に勤務していた時期が挟まれていて、事件から8年経った現在、小学生だった時田直美が大学生になって主人公の家に同居していたり、離島に勤務していたときの教え子で今は高校生になっている里子が下宿していたりもします。里子は同級生を勝手に泊めたりして、鵜川を悩ませたりもします。


「サン=テクジュベリは、控えめで内気な、長身の男である」。8年前、真山を初めて見たときの鵜川はその言葉を思い浮かべます。婚約者の三千代の兄が同じ小学校の教頭として赴任します。共通の話題はなく、なぜか「メタセコイア」の話になります。鵜川の父親が元競輪選手、その弟子の杉浦が鵜川の友人という設定です。女弁護士の稲村がうまいところに出てきて、物語を引っ張っていきます。あるいは、鵜川のあやふやな考えをきれいに整理します。


遠沢めいは鵜川と暮らすために、真山を真山が持っている拳銃で殺害することを、鵜川に持ちかけます。便箋2枚に箇条書きされた「指示」を書き連ねて。「どんなことになっても私はあなたのことには口をつぐみます。連絡ができるときが来るまで二度と連絡も取りません。あなたも約束してください。『欲しいものを手に入れるためにはそれなりの代償を払わなければならない』からです」と。拳銃を手に入れた鵜川は計画の第一歩を踏み出しますが、思わぬ停電で計画は頓挫します。帰宅した鵜川が朝食を食べていると、杉浦から電話で「真山がきのうの夜、殺された」と言われます。「あの看護婦にピストルで撃たれたんだ」と。


8年前の事件、鵜川が一方的に遠沢めいに罪を着せたのではなく、彼女はひとりで罪を犯したのだ。土壇場で鵜川を見放したのは彼女の方だ。事件は鵜川の与り知らぬところで始まりそして終わっていました。そして8年後、遠沢めいが願い通り真山をこの世から葬り去ったがその代償は大きい。彼女は本気で拳銃で殺した男の墓を建て、月命日に墓参りをかかさない。だとしたら、もう一丁の拳銃について口を噤んだことも二度と取り返しがつかない。鵜川は8年前からずっと悔やみ続けています。いまさら遠沢めいにあったところで、なにを話しかければいいのだろうか、彼女からなにを訊き出したいのか、鵜川は真山の墓を探しながら考えます。


文庫本の「解説」は池上冬樹。以下のように書く。

偶然がおりなす人生でありながら、人はいくつもある選択肢のなかから一つを選び取り、“未来”を決めていく。だが、その選択は正しいのか、過去において選びとった“未来”、すなわち“現在”に自分は満足しているのかどうかと考えるのである。こうして人物たちは迷いだす。現在から過去、過去から現在へと行きつ戻りつして、人物と事件の全体像をゆっくりと読者の目の前に見せていく。このあたりのゆったりとしたテンポと、それを描く緻密な文体がたまらない。


大切なのは、合理的に解明される謎ではなく、おもに第4章「秋」で語られる、約束、間違い(手違い)、偶然、決断といった言葉の重さだろう。それらがときに人生を狂わせ、生き方そのものを変えてしまう重大な事実になることを切実に伝えている。・・・“どれもこれも些細なことばかり”の重大さをつきつける。“事件の核心からはほど遠く、記憶する値打ちさえもないと思う。にもかかわらず、わたしはそれらの一つ一つを決して忘れたことがない”と「わたし」が冒頭で語る些末な事柄が、ときに主人公たちの人生を決めてしまうからである。


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