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2009年11月21日 18時00分56秒

今日の原宿・表参道!

テーマ:道々寄り道だよん

表参道のケヤキ並木も色づいて、秋らしくなってきました。表参道の街は、たくさんの人で賑わっていましたが、お店の中には人はあまり入っていないようです。やはり不景気なのか、人は高級なお店には行かないようです。今年の表参道は10数年ぶりにケヤキ並木にイルミネーションが入るようで、もうケヤキの木にはたくさんの豆電球が取り付けられていました。








「表参道ヒルズ」ホームページ


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2009年11月20日 23時17分14秒

「信濃デッサン館」「無言館」「無言館第2展示館」:建築編

テーマ:なぜかケンチクでも
無言館と信濃デッサン館は、「信州の鎌倉」と呼ばれ、別所温泉のある塩田平にあります。どちらも、東御市に住んだ作家故水上勉(みずかみつとむ)さんの息子である窪島誠一郎(くぼしませいいちろう)さんが私財を投じて運営されている、とてもユニークな美術館です。無言館は、戦没画学生たちの遺作となった絵画・作品・絵の道具・手紙などを専門に収蔵展示しています。芸術の才能を花開かせる前に戦場で散った画学生の作品は、涙なしには見られず、観覧中にあちこちですすり泣く声が聞こえることもあります。信濃デッサン館は、村山槐多・関根正二など若くして病死した画家のデッサンを中心に展示しています。無言館に比べて経営が苦しく、2006年にいったん閉館すると発表しましたが、「閉館しないで欲しい」というファンの声で、2007年1月から半年休館して改修、展示スペースを拡張して再オープンしました。さらに、2009年からは、全国から寄せられる戦没画学生の絵画をより多く展示するため、第二展示館がオープンしています。(「無言館・信濃デッサン館」ホームページより)













「無言館・信濃デッサン館」ホームページ


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窪島誠一郎の「私の『母子像』」を読んだ!
窪島誠一郎の「明大前」物語を読む!
「無言館ノオト――戦没画学生へのレクイエム」

2009年11月20日 23時05分03秒

東御市梅野記念絵画館・ふれあい館:建築編

テーマ:なぜかケンチクでも

長野県東御市八重原の芸術むら公園にある「東御市梅野記念絵画館・ふれあい館」へ行ってきました。「明神池」の向こうに、紅葉が始まった林の中に「梅野記念絵画館」は建っていました。アプローチは少し上り坂、歩きやすいように枕木を敷き並べてありました。建物は鉄筋コンクリート造で、斜め屋根で、外壁はコンクリート打ち放しのカチッとした仕上げ、明神池の見える側面はガラス張りです。晴天に陽は下足のままで入場できますが、雨天時や冬場は靴を脱いでスリッパに履き替えるようになっています。「稜線の風の如く 犬塚勉展」を観に行ったのですが、常設として青木繁と菅野圭介の作品が展示してありました。館長の梅野隆さんの父親が、青木繁と同級生だったとか?








「東御市梅野記念美術館」ホームページ

2009年11月20日 21時50分19秒

奥田真理子の「ディヴィジョン」を読んだ!

テーマ:本でも読んでみっか
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第109回文学界新人賞受賞作品、奥田真理子の「ディヴィジョン」を読みました。奥田真理子は、1972年生まれ、37歳。大阪府大阪市出身。京都府立立木津高校普通科卒業。現在、主婦兼社会人学生(大阪芸術大学短期大学部通信部方法学科在)。奥田は過去に、響田コウというペンネームを使っていたようです。「ディヴィジョン」は、文学界新人賞は3回目の候補だそうです。「選評」を読むと、議論の大半が17歳の高校生男子の作品「狭い庭」に費やされて、「ディヴィジョン」はわりとあっさり決まったようです。ということですが、「ディヴィジョン」はなかなか込み入った手強い作品なので、僕の力では正面からはとても太刀打ちできません。従って、搦め手で攻めてみます。文学界新人賞選考委員の「選評」を頼りに、以下、感じたままに書いてみました。


「ディヴィジョン」は、選考委員の花村萬月によれば、「きっちり進歩していることは認める。技術の向上はなかなかなものだ。だから受賞させようと思って○をつけたけれど」という。松浦理英子は「今回3回目の候補となるこの作者には、小説への情熱とそれに見合った地力がある」という。吉田修一は、「とにかく何が何でも半年に一度必ず作品を書き上げるという努力と執念は見上げたものだし、回を追うごとに間違いなく上手くなっていると思う」と述べています。吉田修一も「過去二回にわたって本賞の最終候補に残った奥田氏の二篇と比べると、本作は明らかに一頭地を抜いて魅力的である。この進化のさまから作者の資質を信頼できると判断し、受賞に賛成した」と述べています。角田光代も「一度目より二度目が、二度目より今回が、目に見えてうまくなっている。・・・半年に一度、ある水準に達したものを書けることはたしかで、そういう意味合いも含め、積極的にではないが受賞作とするにはこの作品がふさわしいのではないかと思った」と述べています。


奥田真理子の作品、文学界新人賞の候補作の過去の2作読んだわけではないので、受賞作の「ディヴィジョン」だけで判断するのは難しいのですが、僕の印象は笙野頼子の「金毘羅」を読んだ時と感じが重なります。はっきり言えば非常に読みづらい小説で、なおかつわけの分からない小説です。「わけの分からない小説」とはどういうところか?もう最初からムチャクチャです。「ディヴィジョン」は、「乳児の頃より酷い癇癪に悩まされた。家の、不便ごとにばかり遭ったのは、父親の博打狂いによる借金苦がその主な原因で、けだし癇癪というのは、たとえばせっかちともよく似ているものなのかどうか、母親のはらの中にさえ、ト月十日のまんをじしてジッとしていることの、ついぞできやしなかった」という書き出しで始まります。


松浦理英子は、「新生児の時から意識と視力が備わった超現実的な主人公を設定することによって、日常リアリズムとの距離を取り、無理矢理な文体による語りをとりあえず成立させたところなど、才能の証だろう」と言いながらも、「無理矢理作り込んだ文体は板についていないし、ことばの誤用もあれば必然性なく格好をつけた表現も現れる。『いまようやく、既にない』などという文章は、ジョイスを気取ったのか、要するに上滑りしまくった文章である」という。「だからこそ、才能ある作者のためにも『ディヴィジョン』がだめな作品であり、こんなものが再び通用すると思ってはいけないということは、はっきりと言っておきたい」とまで述べています。いや、批判も厳しい。


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そして全体の構成について花村萬月は、「他選考委員から、作品のはじめと後半の差異を指摘する声があった。俺も、それを感じはしたが、divisionを文字通り分裂と受け取って、前半人以前、後半どうにか人と捉えて読了した」と、やや苦しい言い訳をしています。それについて松浦寿輝は、「『猿毛』を生やした乳児にいきなり大人の知力が備わっていて、意地の悪い観察眼で両親の愚考を語り出すという寓話的設定が面白い」としながらも、後半は「『猿毛』をなくした平凡な中年女をめぐる風俗心理小説に滑り込んでいて、全体が二つに割れたような形になっているのはなぜなのか」と疑問を呈しています。角田光代は平易な言い回しで、次のように言います。「文章を作りこんでいるわりに、凡庸な表現が目立ち、そこが悪い意味でほころびになって、ああずいぶんとがんばって文体をつくろうとしたんだなあとまず思ってしまう」と。


上の引用した文章にもありましたが、例えば次のような箇所にも「の」と「が」の用法に、意図したことでしょうが違和感があります。「そして失敗した。尻尾こそ生えやしなかったものの体毛の無茶苦茶に生え伸びて、どうにも猿じみた。背筋の見開き中央線などとりわけ立派なもので、頸の根元辺りから尻尾の始まりの辺りまで縦にまっすぐ、剛毛のびっしりと生えそろっている」という箇所です。松浦寿輝は「主格の『が』の代用としての助詞『の』の多用にも、わたしは完全には説得されなかった」と延べ、また花村萬月は「今回は『の』という助詞に特徴のある文章だったが、思わず『が』との違いをその手の本で確認してしまったよ。意味が伝わるから問題はないのだが、いささか煩い。『の』と『が』だけでなく、俺が最初に読んだ<静寂の耳>のときから奥田さんの文章につきまとうこの煩さをどう処理するか。それが貴女の課題です」と述べています。


松浦寿輝は「悪意とアイロニーを粘っこく反芻しつつ、『臓器(もつ)のにおい』を振り撒きながらどんどん前に進んでいくこの文章のドライブ感は悪くないし、大阪弁の会話のテンポも快調だ」と評価しています。が、しかし、角田光代の言葉を借りれば「生まれた時の記憶、背中に生えた猿毛、ギャンブル狂の父、いったん逃げて戻ってくる母、痙攣仲間のゆずる等々、魅惑的で印象的な設定なりエピソードなりキャラクターなりを登場させるのに、それを有効にせず持続もさせず尻つぼみにしたまま先に進んでしまうのがいかにももったいなく、綴じの部分がゆるんでしまった本を思わせる」と、思わせるところはやはり残念です。


「文学界新人賞受賞作」ということで、奥田真理子の「ディヴィジョン」は、けっこう実験的だし、もしかしたら芥川賞受賞最短距離にいるのではないでしょうか?とはいえ、まだ、候補作にも上がってはいませんが・・・。

2009年11月19日 20時38分21秒

イーユン・リー原作の映画「千年の祈り」を観た!

テーマ:映画もいいかも
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イーユン・リー原作の映画「千年の祈り」を観てきました。以前、イーユン・リーの短編集「千年の祈り」を読んだときに、表題作「千年の祈り」について、以下のように書きました。


題名の「千年の祈り」は、英文で「A Thousand Years of Good Prayers」です。表題作「千年の祈り」の中で、ロケット工学者だった石(シー)氏が、離婚した娘を慰めようとアメリカへ渡り、散歩中に知り合い友だちになったイラン出身のマダムに「中国で『修百世可同舟』といいます」、「誰かと同じ舟で川をわたるためには、300年祈らなくてはならない。たがいが会って話すには、長い年月の深い祈りが必ずあったんです」と。「どんな関係にも理由がある、それがことわざの意味です」と付け加えます。そして「愛する人と枕をともにするには、そうしたいと祈って3000年かかる。父と娘なら、おそらく1000年でしょう」という個所から、この本の題名「千年の祈り」はとられたのでしょう。「一夜床をともにした夫婦は百日愛しあう」という箴言(しんげん)を持ち出して娘の不倫をなじると、父親に心を開かない娘からは「父さんはロケット工学者じゃなかった。母さんは知っていたのよ」と反論されてしまいます。ロケット工学者でなくなったことには、別の事情があったのです。「犠牲にしたものこそ、人生を意義あるものにする」、しかし石氏はこの言葉に、顔を大きく横にふります。ロケット工学者の父親と父親に心を開かない娘は、ほとんど作家自身とその生活環境に近いと思われます。


小説「千年の祈り」はわずか20ページの短編ですが、この映画そのものも思っていた以上に短い(83分)、あれっ、もう終わったの?という感じでした。それだけ緊張が持続して観ることができた、ということでしょう。監督のウェイン・ワンは、この映画の脚本を原作者のイーユン・リーに依頼しました。従って、小説を映画化した時によくある、原作と映画の違和感はほとんどありませんでした。監督は「もとの題材をできる限り尊重する形で作った」と語っています。主な登場人物はたったの3人です。父親役のヘンリー・オーや娘役のフェイ・ユーも小説から抜け出したように、すんなりとけ込んでいました。もう一人は石氏が公園で知り合ったイラン出身の「マダム」です。


映画の筋書きはいたってシンプルで、映像表現は抑制が効いています。中国で生きてきた父親とアメリカに渡って生活している娘、家族主義と個人主義の違い、歳月と距離の隔たりが、父親と娘の意識や感情のズレを浮き彫りにします。父親のあまりの干渉に、ついには「お父さん、いつまで嘘をつくの?」というイーランの残酷なセリフが出ます。父親は初めて壁越しに娘に自分の本当のことを語り始めます。隣の部屋で娘はそれを聞いています。父親の哀しみと娘の哀しみが交錯します。娘は表面上の仲直りとして、父親に「アメリカ・ツアー」を提案します。かつての親子関係は清算され、新しい価値観に変わっていきます。父親は哀しみを背負いながら、「アメリカ・ツアー」へと旅立ちます。


以下、とりあえず「シネマトゥデイ」より引用しておきます。


チェック:世界中から注目を集める中国人女性作家イーユン・リーのデビュー短編集に収められた一編を映画化。わだかまりを抱えて離れ離れになった父娘が、本当の親子のきずなを築くようになるまでを描く。監督は『スモーク』のウェイン・ワン。父を『ロミオ・マスト・ダイ』のヘンリー・オー、娘を『ジョイ・ラック・クラブ』のフェイ・ユーが演じている。サン・セバスチャン国際映画祭で作品賞などにも輝いた、心に染み入る感動ストーリーが堪能できる。


ストーリー:妻に先立たれてからは高齢者向けの料理教室に通うなどし、引退生活を静かに楽しんでいたシー(ヘンリー・オー)。彼はアメリカで暮らす娘のイーラン(フェイ・ユー)を気がかりに思い、はるばる北京から娘のもとを訪ねる。しかし、朝食も食べずに出勤し、帰宅も夜遅いイーランとシーは心を通わせ合うことができず……。


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「千年の祈り」公式サイト


過去の関連記事:

イーユン・リーの「千年の祈り」を読んだ!

2009年11月19日 19時04分43秒

目黒区八雲の「エーエス・クラシックス・ダイナー」でハンバーガーを食べる!

テーマ:美味いものでも食うか

目黒区八雲の「エーエス・クラシックス・ダイナー」でハンバーガーを食べました。国道246から自由通りを駒沢江綿方向へ向かい、駒沢通りを左折、ちょっと環7方向へ行くとすぐです。なにしろ一目でアメリカンなハンバーガー屋さんだと分かります。もちろん、店内もアメリカンです。お昼には少し早い時間に行ったので、お店はガラガラでしたが、帰る頃には満席になってました。そうそう、お店の外のウッドデッキでも食べられます。これからはちょっと寒いかもしれませんが。でも、おしゃれ!


いつものように、まずはビールを、ビールはハイネケン、これが美味い!ハンバーガーは、炭火焼ビーフのハンバーガーです。ハンバーグを焼くのに少々時間がかかります。ハンバーグは、一見カラッとしているのですが、ハトロン紙の袋に入れて食べ、食べ終わる頃には、肉汁がいっぱい袋にたまりました。












「AS CLASSIC DINER(エーエス・クラシックス・ダイナー)」ホームページ


過去の関連記事:

丸ビルの「クアアイナ」でハンバーガーを食べる!

桜木町の「バビーズ横浜」でハンバーガーを食べる!

駒沢の「フェローズ」でハンバーガーを食べる!
「ベーカーバウンズ三軒茶屋本店」でハンバーガーを食べる!
恵比寿の「BLACOWS」でハンバーガーを食べる!

2009年11月18日 23時43分40秒

今日の六本木・東京ミッドタウン!

テーマ:道々寄り道だよん
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少し早いかとは思ったのですが、六本木へ行ったついでに、六本木・東京ミッドタウンで「クリスマスイルミネーション」を観てきました。といっても、芝生広場のブルーのイルミネーション、「スターライトガーデン」だけですが。そうそう、1週間くらい前に長澤まさみによる点灯式があり、ニュースになっていました。同じ六本木では、六本木ヒルズ横のケヤキ坂のイルミネーションも点灯したようです。


そういえば、Jウェーヴの「グルーヴ・ライン」は、渋谷のHMVスタジオから、六本木のケヤキ坂スタジオへ移りました。まあ、それはいいとして。今年は表参道も10数年ぶりにイルミネーションが復活するというので、話題になっています。それにしても、今日の六本木、東京ミッドタウンは寒かったです。クリスマスムードにはちょっと早いようですね。






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「東京ミッドタウン」ホームページ


点灯式の画像は「マイコミジャーナル」より


過去の関連記事:
六本木「東京ミッドタウン」のイルミネーション!

2009年11月17日 22時50分26秒

今日の恵比寿ガーデンプレイス!

テーマ:道々寄り道だよん
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毎年恒例ですが、恵比寿ガーデンプレイスのバカラのシャンデリアにあかりがともりました。今夜は雨降りでしたが、クリスタルの見事さとその明るさは見る人の心を和ませてくれます。以下、表示してあるものを書き写してきましたので載せておきます。


1769年の創設以来、世界で「王者たちのクリスタル」と冠されるバカラ。展示してあるシャンデリアは、245年の歴史を経て継承されてきたバカラの高度な技術により制作されたものです。高さ約5m、幅約3m、クリスタルパーツ数8472ピース。ライト総数約250燈の世界最大級を誇ります。また展示ケースは、SUS株式会社の技術協力のもと、最新の建築部材として注目を集めるアルミで制作しています。廃棄物の発生抑制(リヂュース)、再利用(リユース)、再資源化(リサイクル)を可能にするアルミは、環境にやさしい素材です。ゆったりとした“こころに響く、豊かな時間”を創造するバカラシャンデリア。「歓びのかたち」をお楽しみ下さい。


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「恵比寿ガーデンプレイス」ホームページ


過去の関連記事:
恵比寿ガーデンプレイスのシャンデリア
2009年11月17日 19時21分39秒

水野美術館で「水野コレクション 錦の季節」展を観た!

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記
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長野市にある水野美術館で「水野コレクション 錦の季節」展を観てきました。水野美術館のことを知ったのは、明治神宮で開催されていた「菱田春草展」でした。水野美術館は、実業家・水野正幸が蒐集した絵画をもとに、平成14年(2002)7月に開館した日本画専門の美術館です。


「水野コレクションは、東京美術学校を開校したフェノロサと岡倉天心に共鳴した当時の大御所・橋本雅邦や、そのもとで育った横山大観・下山観山・菱田春草ら近代日本画を形成した巨匠たちの作品を、系統立てて集めており、ヤク400点を収蔵しています。その他、杉山寧・奥田元宋・加山又造・高山辰雄など戦後に活躍した作家たちや、上村松園・鏑木清方・伊東深水ら美人画も充実しており、幅広い魅力を持った日本画の世界を堪能することが出来ます」と、チラシの「美術館のご紹介」にあります。


まず3階の第1展示室、会場の自動扉を入ると、奥田元宋の「秋渓淙々」がドーンとお出迎え、縦180cm横400cmと、日本画では屏風をべつにすれば、まずメッタに見られない大きさです。なおかつ真っ赤な紅葉と音を立てて流れる渓流がなにしろ圧巻です。この部屋、第1展示室は畳敷きのいわば前室のようなものですが、比較的新しいこの作品1点だけが展示してありました。強烈なインパクトでした。



続いて、第2展示室には「美術館のご紹介」にある通り、橋本雅邦に始まり、河合玉堂、菱田春草、横山大観、下村観山、西郷孤月、堅山南風、山本丘人、児玉希望、菊池契月、池上秀畝らの作品が並びます。言うなれば日本画の巨匠たちの作品が、次々と並んでいます。日本画を形成した巨匠たち、橋本雅邦、横山大観、下村観山、そして菱田春草と、続けて観られたのはラッキーでした。どれをとっても甲乙つけがたく、なんて偉そうに言ってますが、素晴らしい日本画の代表にような作品の中で、あの横山大観の「鼬」は、なんとも形容がしがたく、可愛い鼬が描かれていました。


2階の第3展示室には、上記の画家たちの他に、比較的若いグループ、柳沢正人、橋本明治、山口蓬春、大山忠作、岩橋英遠、加倉井和夫、加山又造、等々の作品が並んでいます。美術館も新しくてきれいでしたが、出ている作品も比較的新しいこともあり、きれいな作品が多いように感じられました。ひとつだけ、加山又造の「白い太陽」という作品、ほとんど白黒だけで抽象画のように描かれており、他の作品と異なり、一際目立った存在でした。今回の展示は「錦の季節」という「秋」がらみのテーマでまとめられていましたが、水野美術館の一方の柱、松園・清方・深水らの「美人画」も別の機会に観てみたいと思いました。

















「水野コレクション 錦の季節」展:水野美術館ホームページより
澄んだ青空と紅や黄に彩られた木々との美しいコントラストは、まさに秋ならではの情景です。古来より私たち日本人は、この情景を愛で、やがて霜が降り木々の葉が散りゆく初冬の様にも「もののあはれ」を感じてきました。秋が織りなす情景は、今日に至るまで私たちはもちろん多くの画家たちを様々に魅了し続けています。例えば、近代日本画の巨匠・川合玉堂は、葉が落ちた冬枯れの木々を見て「葉は枯れ落ちたのではない 訪れる春に向けて萌えいづる芽が押し出したのだ」と、その奥に秘められた命を見いだし好んで描きました。今回は、当館コレクションより、秋から初冬にかけての情景や、この季節から自由にイマジネーションを広げて描かれた作品を紹介します。季節のうつろいに呼応する画家たちの多彩な感性や彩りへの美意識を、錦秋織りなす当館の日本庭園とともにお楽しみ下さい。

「水野美術館」ホームページ


とんとん・にっき-mizu2 「 水野美術館名品集」とんとん・にっき-mizu1

図録
平成14年7月初版発行

平成17年1月改訂版発行

編集・発行:財団法人水野美術館














次回開催

「水野コレクション 寿の美」

平成22年1月1日(祝)~2月28日(日)

2009年11月17日 18時56分48秒

梅野記念絵画館で「稜線の風の如く 犬塚勉展」を観た!

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記
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梅野記念絵画館で「稜線の風の如く 犬塚勉展」を観てきました。梅野美術館のある長野県東御市まで行くことになったのは、家人がNHK新日曜美術館で犬塚勉を紹介していたのを観ていたことに始まります。家人の書いたメモには「梅野記念絵画館」と「せせらぎの里美術館」が書いてありました。僕は出かけていて朝のその番組を観なかったのですが、次の週の再放送で観ることができました。奥多摩町立せせらぎの里美術館は、犬塚勉の全作品を管理しているところです。東御市梅野記念美術館は2004年8月から9月にかけて「稜線の風の如く 犬塚勉展」を開催し、昨年2008年9月から10月にかけて「没後20年 稜線風の如く 犬塚勉展」を開催し、今回が3度目の「犬塚勉展」の開催のようです(2006年に「早世のアーティストたちⅡ」が、梅野絵画館で開催されていますが)。


ほとんど無名の画家だった犬塚勉も、NHKが取り上げたことにより、東御市にある、決して足場がいいとは言えない梅野記念絵画館へ、多くの人が足を運んでいるようです。会場で話しかけてきたご老人が、あまりに詳しいので「館長さんですか?」とお聞きしたところ、梅野記念絵画館館長の梅野隆さんであることが判明、いろいろとお話を聞くことが出来ました。また、昨年開催された「犬塚勉 没後20年展」でのギャラリートークをビデオで観ることができ、より詳細に犬塚勉を知ることが出来ました。僕の勝手な印象ですが、樹木や草、石や岩などを細かく丁寧に描くところは、アンドリュー・ワイエスに通じるとことがあるように思います(と僕が思ったら、画家の桜田晴義がギャラリートークで、ワイエスに通じていることを指摘していました)。


そしてやっと「稜線の風の如く――犬塚勉」という画集(3150円)が、2009年4月6日限定1000部初版発行され、今回2009年7月20日第2刷発行されました。犬塚勉は、1949年川崎市生まれ、6歳で稲城市に転居、多摩川と多摩丘陵の自然に囲まれて育ちます。1976年東京学芸大学大学院修了、町田市の中学校美術科教諭となります。山が好きだったので、1984年にはあきるの市へ転居します。そこでは飽きたらずに、長野に家を探していたようです。そして1988年、谷川連峰赤谷川本谷から平標山へ向かう途中、悪天候のため遭難、尾根にだて後頃のエビス大黒の頭にて力尽きて永眠しました。享年38歳でした。友人たちがアトリエから遺作を見つけ、「せせらぎの里美術館」へ犬塚勉の全作品を寄託した、という経緯のようです。以下、犬塚の作品を画集から取り出して載せておきます。(この展覧会は終了しました)














「東御市梅野記念絵画館」ホームページ


「NHK新日曜美術館」

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