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2012年02月14日 23時51分26秒

朽木ゆり子・前橋重二の「フェルメール巡礼」を読んだ!

テーマ:本でも読んでみっか


朽木ゆり子・前橋重二の「フェルメール巡礼」を読みました。なにしろ僕のフェルメール歴は、映画「真珠の耳飾りの少女」を観てから、朽木ゆり子の「フェルメール全点踏破の旅」(集英社新書ヴィジュアル版:2006年9月20日第1刷発行)を読み、有吉玉青の「恋するフェルメール」を読んで、始まったのですから。この本「フェルメール巡礼」がとんぼの本で刊行されるという情報は、昨年9月末の朽木ゆり子と山下裕二の「ハウス・オブ・ヤマナカ」の出版記念講演会で知りました。12月には手元に届いていたのですが、「芸術新潮」に書いたものを加筆したものと知って、今年に入るまで読まないでいました。


実は「芸術新潮 2008年9月号」、特集「やっぱり気になるフェルメール」は、発売と同時に購入しましたが、ざっと読んだだけで全部は読んでいませんでした。今回通して読んでみて、「芸術新潮」に書いたときから、地域別に美術館を振り分けていたりして、見事な構成であり、コラムも洋書要所に入っていて、よく考えられた本だと感心しました。所蔵美術館一覧や、年譜、フェルメールの全作品が載っていて、しかも、カバー裏にはセイムスケールで載っていて、作品の大きさがよくわかり、面白い試みです。


カバーの折り返しには、以下のようにあります。

オランダの首都アムステルダムから列車でおよそ1時間、デルフトは、ゆったりと時のたゆたう閑静な小都市だ。画家ヨハネス・フェルメール(1632-1675)は、この街で生を受け、生涯を過ごした。43年間に遺した画はわずか30数点。プルーストをして「世界でもっとも美しい絵」といわしめた《デルフトの眺望》、ゴッホが「とても美しい身重のオランダ婦人」と描写した《青衣の女》、近年の小説・映画でその存在をいっそう際立たせた《真珠の耳飾りの少女》ほか、心震わす作品のすべてを、オランダ・マウリッツハイス美術館を出発点に、世界全16美術館に訪れる。画中にちりばめられた数々の仕掛けを解き明かし、画家の暮らしや技法の秘密を探る新知見もたっぷりと。まだまだ知らないフェルメールのあれこれが、この1冊に。


目次を見ると、以下のようです。

巡礼の道1 オランダ(文:朽木ゆり子)

        マウリッツハイス美術館

        アムステルダム国立美術館


巡礼の道2 ヨーロッパ(文:朽木ゆり子)

        ドレスデン国立絵画館

        ベルリン国立絵画館

        シュテーデル美術館

        アントン・ウルリッヒ公美術館

        ウィーン美術史美術館

        ルーヴル美術館

        スコットランド・ナショナル・ギャラリー

        ロンドン・ナショナル・ギャラリー

        ケンウッド・ハウス

        バッキンガム宮殿ステート・ルーム

        アイルランド・ナショナル・ギャラリー


巡礼の道3 アメリカ(文:朽木ゆり子)

        フリック・コレクション

        メトロポリタン美術館

        ワシントン・ナショナル・ギャラリー


コラム誰も知らないフェルメール(文:前橋重二ほか)

      1 お住まい拝見!

      2 カメラを使った?

      3 同時代画家との「往復書簡」

      4 エコノミカル画法

      5 《小路》は実在した

      6 悲運の“師匠”

      7 33億円絵画のいま

      8 そこまでやるか! 画中の実物探し

      9 盗まれた《合奏》

     10 驚愕のピンぼけテクニック

     11 鏡から消えた画家


所蔵美術館一覧

年譜

全作品




とんとん・にっき-geishin 「芸術新潮 2008年9月号」

2008年9月1日発行

新潮社
愛蔵版特集

「やっぱり気になるフェルメール」

世界全16美術館完全ガイド付








過去の関連記事:朽木ゆり子関連
朽木ゆり子と山下裕二の対談「消えた世界的古美術商『ヤマナカ商会』」を聞いた!
朽木ゆり子の「ハウス・オブ・ヤマナカ―東洋の至宝を欧米に売った美術商―」を読んだ!
「謎解きフェルメール」を読む!
「フェルメール全点踏破の旅」を読む!


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Bunkamuraザ・ミュージアムで「フェルメール《地理学者》とオランダ・フランドル絵画展」を観

またまた「フェルメールの名画、日本へ」というニュースが!
フェルメール「真珠の耳飾りの少女」12年東京・神戸に
東京都美術館で「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」を観た!

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フェルメール、来夏日本公開へ 初公開3点含む6点以上
国立新美術館で「フェルメール『牛乳を注ぐ女』とオランダ風俗画展」を観る!
フェルメール・オフ会に参加しました!
有吉玉青の「恋するフェルメール」を読む!
またまた、真珠の耳飾りの少女


2012年02月13日 23時51分14秒

「三国志テーマパーク・三国城」と「太湖遊覧」

テーマ:旅に出よう

三国城は、かつて錫(スズ)がたくさん取れたが、それを全部掘り尽くしてしまったことから、「無錫」と名付けられた地の太湖のほとりにつくられた三国志のテーマパークです。中国中央電視台の人気歴史ドラマ「三国志」(三国演義)を撮影するために建築されたものを利用しています。三国城は美しい太湖の側にあり、面積は 35ヘクタールです。復元された漢代の古城や戦艦など、映画のセットが数多くあります。馬上で闘う三国の争覇実演は圧巻でした。三国城テーマパーク約60分、太湖遊覧約20分でした。











2012年02月12日 23時51分12秒

メゾンエルメス8階フォーラムで「望郷 山口晃展」を観た!

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記

東京・銀座のメゾンエルメス8階フォーラムで、山口晃の展覧会「望郷―TOKIORE(I)MIX」を観てきました。山口の作品を纏まって観るのは、銀座三越で開催された「山口晃展 東京旅ノ介」 以来、2度目ということになります。


チラシの裏には、以下のようにあります。

東京広尾で生まれた山口は群馬県桐生市で育ったのち、大学入学にあたり再び東京での生活を始めました。東京というモチーフは、日常的な都市景観のおかしみにおいて際立っており、山口は今までも幾度となく描き作品としてきました。諧謔を織り交ぜつつ、甘美な哀愁に流されつつ、今はなき、慣れ親しんだ風景を、色鮮やかにたどることで故郷への思慕を現してきたのである。


今回展示されている作品は、以下の通りです。

(画像は、Fashionsnap.com より)
1.忘れじの電柱/2012
2.正しい、しかし間違えている/2012
3.Tokio山水(東京圖2012)/2012


今回、新作で構成されるフォーラムの展覧会は、作家を代表する鳥瞰図のみならず、電柱のシリーズやノスタルジックな仕掛け小屋などによって立ち現れる東京の街並みです。東京という街が歴史の中で纏ってきた美意識にどこまでも忠実でありながら、時間軸だけがデフォルメされたこの風景に身を投じるとき、私たちは望郷への想いを共有します。見過ごしてしまいそうな位、我々の身体に染み付いている都市の記憶をすくいとり、軽やかに時をとどめ、超越する間隔は、古の街歩きに似た風情があるのです。


トウヨウリミックス、トキヲリミックス、トキオリミックス。タイトルに含まれる「言葉あそび」に惑わされるように、見るものの間隔もミックス(攪拌)され、見慣れた東京の街が、過去、現在、未来、時が幾重にも重なった不思議な姿で浮かびあがります。


山口晃は1969年生まれ、群馬県桐生市に育つ。東京藝術大学では油画を専攻し、1996年に同大学院美術研究科絵画専攻(絵画)修士課程修了。卒業後、日本美術史と大和絵の深い造詣と精緻な技術をもとに、時空の混在し、古今東西様々な自称や風俗画、卓越した画力によって画面狭しと描き込まれた年鳥瞰図や合戦図などが代表作。2001年には、第4回岡本太郎記念現代芸術大賞優秀賞を受賞。近年では美術展のみならず、 書籍や新聞挿絵、パブリックアートなど、活躍の幅を広げている。







山口晃「望郷―TOKIORE(I)MIX」
会期:2012年2月11日(土・祝)~5月13日(日)
   月~土曜 11:00~20:00 (最終入場 19:30)
   日曜 11:00~19:00(最終入場 18:30)会期中無休 入場無料
会場:メゾンエルメス8階フォーラム(中央区銀座5-4-1 TEL:03-3569-3300)
主催:エルメス財団


過去の関連記事:

銀座三越で「山口晃展 東京旅ノ介」を観た!




2012年02月11日 23時51分07秒

「上海博物館」を観た!

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記



2月3日から2月6日まで、3泊4日の「上海格安ツアー」に行ってきました。実質的には観て回るのは2日間だけ、そしてその1日目は無錫や蘇州に行ったので、上海観光は残りの1日だけでした。その上海観光、「上海博物館」の見学が組み込まれていました。元々、格安ツアーなので、なんの希望もなかったのですが、この「上海博物館」は、望外の、思っていた以上に素晴らしい体験でした。見学時間は約1時間、観るべき者があるはあるはで、完全に時間の配分を間違えました。4階まで展示室があるのですが、1階の「中国古代青銅館」だけで、それでも駆け足でしたが、40分も使ってしまいました。


上海博物館は、質の高い中国古美術のコレクションを主とする博物館です。1952年に設立され、1996年には上海の中心地である人民広場のなかに新館が建てられました。新館は、中国古代の宇宙観、「天円地方(天は円く地は方形)」説に従い、方形を土台にした円柱形の建物になっています。現在、100万点近くに達した所蔵品のうち、重要文化財は13万点におよびます。コレクションは、青銅器、陶磁器、書画が優れていますが、ほかに玉器、象牙、漆、家具、甲骨、印章、貨幣および中国各民族の伝統工芸品などを、それぞれ21部門に分類して展示されています。


各階の構成は以下の通りです。

1階 中国古代青銅館

   中国古代彫刻館

2階 中国古代陶磁器館

   暫得楼陶磁器館

3階 中国歴代絵画館

   両塗軒書画室

   中国歴代印章館

   中国歴代書蹟館

4階 中国少数民族工芸館

   中国古代玉器館

   中国明清家具館

   中国歴代貨幣館

   シルクロード中央アジア古銭室


1階 中国古代青銅館




1階 中国古代彫刻館



2階 中国古代陶磁器館





3階 中国歴代絵画館



4階 中国少数民族工芸館



4階 中国明清家具館



とんとん・にっき-sya1 「上海博物館(日本語版)」

図録

監修:陳燮君

責任編集者(上海):王運天 劉婕

2008年6月初版、2008年6月北京第1刷発行











2012年02月10日 23時51分58秒

円城塔の「道化師の蝶」を読んだ!

テーマ:本でも読んでみっか
とんとん・にっき-aku1


円城塔の芥川賞受賞作「道化師の蝶」を読みました。アマゾンに頼んでおいたこの本が届いたのは1月29日、読んだのは上海旅行の行き帰りの飛行機の中でした。本の帯の表には「無活用ラテン語で記された小説『猫の下で読むに限る』。正体不明の作家を追って、言葉は世界中を飛びまわる」とあり、本の帯の裏には「帽子をすりぬける蝶が飛行機の中を舞うとき、『言葉』の網が振りかざされる。希代の多言語作家『友幸友幸』と、資産家A・A・エイブラムスの、言語をめぐって連関してゆく物語」として「現代言語表現の最前線!」とあります。


円城塔の略歴は、以下の通りです。1972年北海道生まれ。東北大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2007年「オブ・ザ・ベースボール」で文学界新人賞、2010年「鳥有此譚」で野間文芸新人賞、2011年、第3回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞する。他の作品に「Self-Reference ENGINE」「Boys Surface」「これはペンです」などがある。「道化師の蝶」で第146回芥川賞を受賞。とあります。


「道化師の蝶」は、90ページ弱の短編作品です。複数の語り手が旅をし、一貫した筋がなく、いわば新しさを狙った実験的な小説作品といえます。5章から成り立っていますが、それぞれの章を結びつけるものはなく、かといって、バラバラかといえばそうではなく、なにかしら法則めいたものはあるようです。「何よりもまず、名前があ行で始まる人々に。・・・諸々の規則によって仮に生じる、様々な区分へ順々に。網の交点が一体誰を指し示すのか、わたしに指定する術はもうないのだが、こうする以外にどんな方法があるというのだろうか」と、1章に入る前に書かれています。


さて1章では、「旅の間にしか読めない本があるとよい。旅の間にも読める本ではつまらない。なにごとにも適した時と場所があるはずであり、どこでも通用するものなどは結局中途半端なまがい物であるにすぎぎない」と始まります。。東京―シアトル間を結ぶ飛行中の出来事、キオスクで買った「腕が3本ある人への打ち明け話」が載っています。ぱらぱらとめくるくらいはしてみたものの、内容が頭に入ってきません。彼は無駄な抵抗はやめて、文字の動きを利用した本について考えます。エイブラムス氏は、年中旅客機で飛びまわっている男で、どこへという目的地はなく、ただ飛んでいるのを事業としており、やむをえぬ場合に限って空港近くのホテルに宿泊しています。


肥満した体をエコノミークラスの座席に押し込み、ワインを赤白1本ずつ頼んだあたりで、胸の内ポケットから一つの道具を取り出します。毛だらけの指の間に小さな捕虫網が現れます。鼻歌を歌うように軽やかに振ります。隣席のわたしを探るように横目を流し、途方もないことを語り出します。「私の仕事は、こうして着想を捕まえて歩くことなのです。旅の間というものは様々な着想が浮かび続けて体を離れ、そこいらじゅうに浮遊していく。物事を支えているのは着想で、事業というのは常に着想を注ぎこまなければ維持できない生き物で、こうして餌を捕まえて歩くわけです」。


A・A・エイブラムス、1952年、ミシガン生まれ。奇抜な経営方針により多種多様な会社を育て、ちいさな帝国を築いている。初期の大ヒット作、「飛行機の中で読むに限る」は、豪華客船で旅する富裕層の間に口コミで広がり話題となります。それほどの反響を呼ぶならばと一般書店が売り出しに出、豪華客船御用達のキャッチの本は飛ぶように売れました。実際のところ読み通した者は多くなかったらしい。エイブラムス氏はその奇行で知られ、銀色の捕虫網をトレードマークに採用し、彼の会社の製品にはどれもがそのマークがつけられています。


「捕虫網という会話のきっかけは、どこで思いつかれたのか」とインタビューで訪ねられ、「この網は実際に着想を捕らえるのです。あれは1974年、スイスに向かう機内で、顔を煽いでいた帽子の中に、蝶が1匹飛び込んだのに気付いたのです」。「飛行機の中に蝶がいたのですか」と問われると、「わたしは着想の話をしている。その蝶は帽子をすり抜けましたよ。この世のものではないという明白な証拠だ。同時に、見えているから物質なのです。実在しているのです」と答えます。その蝶はどうやら機内の他の誰にも、エイブラムス氏にしか見えない生き物だったらしい。


架空の蝶をモントルー・パレス・ホテルまで運び、たまたまそこに宿泊していた鱗翅目研究者に披露します。鱗翅目研究者は「架空の新種の蝶です。雌ですな」と、口の中でぶつぶつと言います。「正に道化師そのものだな」、満足気な鱗翅目研究者は「アルレキヌス・アルレキヌス、学名ですよ」と言います。その蝶の名前をもらって「A・A・エイブラムス」と、エイブラムス氏はそう名乗りました。


ここまでが第1章の要約です。第2章は、「さてこそ以上、希代の多言語作家、友幸友幸の小説『猫の下で読むに限る』からの全訳となる」と始まります。友幸友幸という奇妙な名前の由来については、異説が多く存在しますが、実際にその名前であったという公算は低い。アール・ブリュットに分類されることもある作家であり、生涯のほとんどは知られていない。当人の姿が見当たらないまま、多数の未発表作品が発見されたという。アウトサイダー・アートの担い手としては奇特なことに友幸友幸の原稿の発見場所は世界中、につに30数カ所に及んでいます。A・A・エイブラムスの配下による追跡調査の結果です。友幸友幸、生年不明。生地不明。世界各地を転々とし、現在のところ生死不明。


第3章は、こうして始まります。「台所と辞書はどこか似ている」。フェズの街の旧市街は世界有数の迷宮都市として知られています。束の間身を隠すにはもってこいの街。路地が路地へと繋がっていき網目をつくり、場所の表記はあてにならない。地図に記されてない道と、地図の表記とは異なる道。迷宮とは呼ばれているものの、住んでしまえばただの道へといつしか変わる。フェズ・ステッチ、フェズ刺繍は、この古都に伝わる伝統手芸で、布の表と裏に同じ模様が出てくるように刺していく。下絵の用意もなしに直接に、幾何学的なアラベスクを刺す。幾何学模様を刺繍するのに、幾何学の知識は要らない。体が先に動くのならば、頭を動かす必要はない。会話は指先で行えば足りる。


それは、シアトル―東京間の飛行の間の出来事になる。一人の女性が、胸元にのぞく銀色のチーフを取り出す。チーフと見えたものは実は袋で、袋には棒が附属している。一見絹と見えたのは、とても細い銀糸です。小さな袋の首を起こして口を開く。それは小さな虫取り網だ。「幸運を捕まえるための網」と、声が聞こえる。その網が捕まえるのは幸運ではなく、その網が捕まえたものが幸運となる。かつてわたしはそんな網を編んだことがあるに違いない。少し違ってあの網は、わたしが将来編むことになる網だと気づく。ふと隣り合った人物が、移動の中でしか読めない小説の話をはじめ、彼女の網はそれを捕まえる。以前どこかでそんな話を読んだなと思いながら。


第4章、「この5月、わたしはサンフランシスコにおり、冒頭の謝辞を書いている。出発までにこのレポートが仕上がらなかったおかげでそうなっている」と、始まります。謝辞は浮かばず、全く別の想念ばかりが浮かび続ける。今回わたしがやってきたのは、A・A・エイブラムス私設記念館への定期報告のためであり、年に一度は顔を出すべしと決められている。友幸友幸の捜索がわたしの仕事だ。エイブラムス氏は友幸友幸の捜索に多くの人員を雇用していた。誰も追いついたことがなく、足跡を見つけたときには既に姿を消しており、出入りの雑多な場所を選んで友幸友幸は渡り歩く。友幸友幸がどうして生計を立てているのかも、未だに謎のままである。


そんな人物を発見するのに、一体何ができるのか。わたしたちエージェントに与えられているのは網だ。ただ網を振り回すのを仕事にしている。何か実体が捕まれば、その実体を提出する。何かの着想が得られれば、その着想を報告書にして郵送する。A・A・エイブラムス私設記念館は、ただ網を振り回し捕獲物を郵送せよとエージェントに求める他は一切の説明を行わず、業務は個人の意志に任せるだけである。記念館が目論むのが、エイブラムス氏の悲願としての友幸友幸の発見なのか、量産型エイブラムス氏を清算することなのか、記念館自身にもわかってないのではと思う。


第5章、レポートを受け取った側の記述に変わります。「手芸を読めます。適した作品が与えられれば」。この私の説明は、面接に出てきた館員の興味を引いた。無造作に集められそのまま保管されたっきりも手芸品の分類は、館員たちの手に余った。いくつかの試験を抜けて、今は非常勤の職員としての扱いを受けている。夜には、文字を書いて過ごす。昼間の男が残した原稿を机の前に広げている。友幸友幸ではないあの人物。それは私の知らない言葉で書かれており、そこに何が書かれているかはわからない。私は悟る。何かの種類のこれは呪いだ。わたしの言葉を固めようとする種類の呪いで、思考を縛り、血を凍らせて細い血管を詰まらせていく。


見上げた先には出番を待つように年老いた男性が一人、足踏みしている。老人は、前置きもなく突然喋り出す。老人の言葉の響きに共鳴した蝶が空中で砕ける鈴音が、また新たに老人の声を作り出し林の中へ消えて行く。「君は網を作るのが上手いと聞いてね。色んな技を知っているとか」、「どんな網をお望みですか」、職業柄、反射的に答えてしまう。「とある種類の蝶を捕まえる専門の網さ。ただ蝶だけが捕まれば良い。蝶であるなら、現実だろうと架空だろうと、とっ捕まえる、そんな網さ」。老人は満足気に一つ頷き、遠い目をする。「今は趣味だが、昔は鱗翅目の研究者をしていてね。いま奇妙な蝶を持ち込まれたところなのさ。とある種類の特種な網でしか捕まえられない蝶らしい」。「作ってみましょう」とわたしは答えます。


さてこそ一冊の本を脇に挟んで、鱗翅目研究者はテーブルへ戻る。得意の絶頂にあるエイブラムス氏の前の机へ、老人は一冊の本を広げる。蝶のスケッチには既に、アルレキヌス・アルレキヌスの名前が記されている。「あなたは蝶を捕まえてなどいないのですよ。蝶が勝手についてきただけだ」。エイブラムス氏が慌てて帽子を引き寄せて、蝶へ向かって振り下ろす。蝶はすっぽり帽子に捕らわれ、ややあってからすり抜け羽ばたく。道化師の模様をひらめかせつつ。声にならない呻きをもらすエイブラムス氏の傍らに、老人がどこからか小さな銀色の捕虫網を取り出して立つ。


スナップを効かせて蝶を捕まえる。袋の中で蝶が羽ばたく。エイブラムス氏は囁く。「着想を捕まえる網だ」。「まああまり乱用されぬのが良い。あなたの身も滅ぼしましょうし」、老人は網をエイブラムス氏の手に押し込んで、右手の蝶を宙へと放ち、わたしに向けて大きく手を振る。わたしはこうして解き放たれて、次に宿るべき人形を求める旅へと戻る。わたしは男の頭の中に、卵を一つ生みつける。言葉を食べて、卵から孵る彼女は育つ。こうしてわたしは思考を続ける。


朝日新聞によると、「道化師の蝶」は4回目の投票で決まったという。黒井千次選考委員は、「部分的には面白いが推せなかった。新しさというものは古さに拮抗して古さの円熟を超えるものでなければダメだが、現時点ではそうは思わない」との評でした。他の委員は新しさに注目し、特に島田雅彦委員と川上弘美委員が推したという。


過去の関連記事:

芥川賞に円城塔さん・田中慎弥さん 直木賞に葉室麟さん

2012年02月09日 23時51分50秒

田中伸弥の「共喰い」を読んだ!

テーマ:本でも読んでみっか
とんとん・にっき-aku2


田中慎弥の芥川賞受賞作「共喰い」(集英社:2012年1月30日第1刷発行)を読みました。発売前からアマゾンに予約していたので、届いたのが1月28日 、その日のうちに読み終わりました。「共喰い」の装画は、野見山暁治の「誰もいない」(1995年)です。


田中慎弥の略歴は、以下の通り。1972年山口県生まれ。山口県立下関中央工業高校卒業。2005年「冷たい水の羊」で第37回新潮新人賞受賞。2008年「蛹」により第34回川端康成文学賞を受賞、同年に「蛹」を収録した作品集「切れた鎖」で第21回三島由紀夫賞受賞。他の著書に「図書準備室」「神様のいない日本シリーズ」「犬と鴉」がある。「共喰い」で第146回(平成23年度下半期)芥川龍之介賞を受賞。


「共喰い」は、わずか70ページに満たない短篇作品です。昭和63年の7月、17歳の誕生日を迎えた篠垣遠馬はその日の授業が終わってから、自宅には戻らず、一つ年上で別の高校に通う会田千種の家に直行した。といっても2人とも、川辺と呼ばれる同じ地域に住んでいて、家は歩いて3分も離れていない。と始まります。


千種の両親は早ければ6時前に帰ってくる。誕生日記念のセックスはいつも通りの慌ただしいものだった。お互いにとって初めてのセックスは、夏休み前の遠馬の誕生日まで取っておこうという約束を当然破り、今日が何度目かもうわからなくなっていた。「しよる間は思いよらんけど、終わってみたら、親父と俺、やっぱりおんなじなんやなあって。とにかくやるのが好きなだけなんやなあって」と言うと、千種は「馬あ君は殴ったりせんわあね」と言う。遠馬は「殴ってから気がついても遅いやろうがっちゃ」と答えます。


幅が10メートルほどの川、潮が引いて川底が見える。川は満ちてくる海と混じり合い、夏場は激しいにおいが来る。川沿いの魚屋には黒い前かけ姿の母親の仁子さんが魚をおろしている。川を挟んで魚屋の斜め向かいの、アパートの角には、薄い服を着た40くらいの女が、地面に直接腰を下ろして、男を待っているように見える。親父の女です。


遠馬の産みの母親は仁子さんで、いま父の円と遠馬と一緒に住んでいるのは、琴子さんという人です。60近い魚屋の仁子さんの右腕の手首から先は、戦争中、空襲に遭って失った。魚屋に住み込んで働き、そのまま居着いてしまった。10歳も年下の円とは、夏祭りがきっかけでつき合うようになり、結婚した。だが、円は女に関していろいろある男であること、セックスの時、殴りつけることを知ります。


遠馬が生まれて1年も経つとまた殴り始めたので、籍は抜かずに篠垣の家を出て、前の店主から譲り受けた魚屋で一人暮らしを始めた。息子を連れてゆかなかった理由は、「あんたはあの男の種じゃけえね」という簡単なものだった。その時仁子さんは遠馬の弟か妹を腹に入れていたが、生まなかった。「あの男の子どもはあんた一人で十分じゃけえ、病院で引っ掻き出してもろうたんよ」と言った。


海に近い飲み屋街の店に勤めている琴子さんは、1年ほど前に篠垣の家に住むようになった。美人ではないが胸と尻が大きく、35という年の割には肌が若かった。飲み屋が好きな父が通い詰めて口説いた。琴子さんの頬や目の周りには時々痣ができた。なんで別れんの、親父が怖いけえ?と訊くと、うちの体がええんで、殴ったらもっとようなるんて、と笑った。琴子さんが来てからも、父は外へ出かけ、アパートの角に座り込む女とは続いています。


朝の5時、1階からの気配で目を覚ますと、父が帰ってきていた。階段の上から豆電球のともっている座敷を覗く。見るのは初めてではない。大きくて厚みのある琴子さんに小柄な父が埋め込まれ、その肉のかたまりが、止まることなく動いている。父は呻きを短く漏らし、琴子さんは吐息を大きく吹き上げる。やがて父は琴子さんの髪を掴み、反対の手で頬を張り、両手を首にかけて絞め上げます。


川が女の割れ目だと言ったのは父だった。「なんが割れ目か。川なんかどうでもええ。こういうところで生きとるうちは何やっても駄目やけ。どんだけ頑張って生きとっても、最終的にはなんもかんも川に吸い取られる気ィする」と言うと、千種は「ちょっと、勘違いせんでよ。馬あ君は川やないで、うちの中にちゃんと入ってくれるやんけ」と言う。「ほやけどそれ、親父とおんなじちゅうことやろ。やることしか能がない。こんな川の傍やけ、そういう楽しみしかないんじゃっちゃ」と遠馬はつぶやきます。


夏休みに入って初めて鰻釣りに行きます。魚を捌いた後の骨や皮を仁子さんが直接川に捨てるので、魚屋の前に鰻が集まります。遠馬は最近になって、下水が流れ込む川で釣った鰻を父が食べるのを、不潔で危ないことだと思うようになります。仁子さんは、右腕の先に布巾を巻きつけ、その上から義手をつけています。鰻を捌くときは、滑らないように剥出しになったステンレスの爪で押さえつけます。ちょっと見には痛々しい一種の機械と呼べそうなこの右手は、病院で勧められた手に似せた義手では仕事に不都合だと、父が小さな町工場に頼んで作らせたものでした。


遠馬は、2本の竿を持って表へ出、片方の竿には釣具屋で買った鰻用の針をつけ、もう片方は父の言ったとおり釘針にした。鈴が鳴ったので外へ出てみると、釘針の方で、鰻がここまでしっかりかかったのは初めてでした。「訊いてええ? 父さん、ここに泊まる時、やっぱり、殴るん?」と訊くと、「泊まるっちゅうことはのうなった。もう女やのうなっとる女、どうこうする気もないんじゃろういね。うちと違うて、琴子さんはやられよるんじゃろう」、そして「相手がちゃんと女じゃったら、あいつは。ああいうことせんと、男にならんそよ」と、仁子さんは言う。


家に帰り、風呂場で水を浴び、性器を握る。急激に硬くなり、千種と琴子さんが恐ろしい速度で入れ替わり、混じり合う。充満する血が編み目になって広がり、いきり立つところを押さえつけ、父に首を絞められる琴子さんが目の前に現れて、終わりだった。飛び散った灰白色の滴が溶けて、排水溝に集まり、川へ流れ込んでいきます。


「琴子さん、妊娠したんてよ」と仁子さんに言うと、「ほしたら琴子さんも暫くの間は、やられんですむわ」と言い、「琴子さんに小さいのができたら、あんたはどうするつもりかね。家から出て行け言われたら」と問い返されます。家に帰ると、琴子さんは「出てくことにしたんよ」と言う。「親父が一番ばかやけど、琴子さんと仁子さんもばかやなって、ずっと思いよった。女、殴るような男と、どうしてって。ほやけどばかやないよ。逃げる気になったんやんけ。親父、止めきらんかった俺の方が親父と同じくらいばかやった」。「どんだけいやなことあってもよ、馬あ君、自分と、自分の親のこと、ばかって言うの、ようないよ」と琴子さんは言います。


アパートの前まで来て始めて、本当に目指してきたのかどうかわからなくなった遠馬は、自分の意志で立ち止まります。女は「はい」と腰を上げ、遠馬の手を取り、鉄の階段を登っていきます。自分のしていることがますます信じられなくなります。女を裸にし、肉を掴むと、掌に白いものがつきます。父のお古だと思う。においは女の体から強く迫ってくる。肉だと思った途端に、性器が反応する。女は自分の方から腰を浮かせ、迎え入れる恰好を見せます。遠馬は右腕を振り上げると、女の頬へ平手を繰り返し打ち下ろします。女の髪を掴んで頭を激しくねじります。女の頭皮に爪を立てると腰がいっそう固く漲り、金槌で叩かれるように射精します。女が父のお古なら、自分自身は一番新しい父だと感じます。


千種とは、一度首を絞めたこともあって、ずっと会っていない。祭は2日に分かれていて、2日目ははじめから終わりまで、高校生以上の大人だけの、手足の動きが複雑な大人踊りになります。踊りは一度途切れて、花火が打ち上げられ、そのあと再開される踊りは真夜中まで続きます。父と仁子さんが知り合ったのもこの踊りの最中です。祭当日に向け、本番と同じ社の境内に小学生達が集まって、踊りの練習があります。遠馬は行くつもりはなかったが、子どもたちが踊りを教えてと呼びに来たので、社の石段を上がっていった。


社の真裏に出ると、千種が立っていました。「馬あ君、彼女、放っといたらいけんわあね」と、坊主頭の5年生が言って、社の表の方へ走ってゆきます。「お前、俺に何されたか覚えちょるやろうが」と言うと、「今度やったら殺す。それでええやろ」と千種は言います。「俺、絶対、またやるんぞ。あの親父の息子なんぞ」、そう言った声が父に似ている気がして怖くなります。アパートの女で知ってしまった以上、殴って、首を絞める。千種とセックスして殴らない自信が、おかしいほどありません。


下駄の音を響かせて父が戻ってきます。「のお遠馬、お前こないだ、アパートで、雨宿り、やったんじゃろが、わしは、言うちょくけえの、ちょっとも怒っちょりゃせんけえの。どんどんやったらええ。どうじゃった、ああ? 一回やってしもうから、やめよう思うても無理ぞ」と、父は言います。「まだなんも知らんやろ。琴子さん、もう戻ってこんぞ」と言ってから、父の顔を暫く見つめます。琴子さんが逃げたことを話したのは、何も知らない父に本当のことを、自分の口で言いたかったからだが、原の子どもと自分の意志だけで川辺から簡単に抜け出した琴子さんがうらやましかったからでもあると、後でわかります。


玄関の方に気配がして、子どもたちが飛び込んできます。誰ともなく泣き声で、「馬あ君、お社、お社」「馬あ君、お父さんが」「千種ちゃんが」「ごめえん。止められんかったんよお」と、子どもたちは言う。子どもたちの横をすり抜け、川のようになった道を、一歩一歩を重たく引き抜きながら、お社の境内へと走ります。ここからあと10ページ、思いもかけない展開が起こり、そして、驚くべき結末が控えています。


が、しかし、中上健次の描く父と息子の物語とも通い合う、なんとなく既視感がある作品です。父と女たちと暴力と生を描いた、言うなれば純文学の王道を走る物語です。朝日新聞によると、選考会では早々に決まったという。黒井千次選考委員は「テーマは珍しくないが、月並みにならず強烈に書けるのは、描く対象の選び方であり、やむを得ず出てきたものに力があった」と、高い評価だったという。


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2012年02月08日 23時51分09秒

三菱一号館美術館で「ルドンとその周辺―夢みる世紀末」展を観た!

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記


三菱一号館美術館で「ルドンとその周辺―夢みる世紀末」展を観てきました。観に行ったのは1月22日の日曜日でした。


「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」と題された今回の展覧会、ほとんど全部が岐阜県美術館の所蔵品でした。フランス象徴主義を代表する画家オディロン・ルドン(1840-1916)の作品は、現在250点を超えるというから驚きです。しかも、ルドンに影響を与えたり、後継になった画家たちの作品をあわせて収集することにより、19世紀末ヨーロッパの象徴主義美術の流れを通観できる個性的なコレクションです。


今回は岐阜県美術館が改修工事のため休館されるのを機に、所蔵品から139点を精選し、「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」展として、日本国内を巡回することになりました。ルドンと象徴主義の12人の画家たちが、世紀末に夢見た深遠な世界を堪能することができます。浜松市美術館、美術館「えき」KYOTOを巡回し、最後に三菱一号館へ廻ってきたというわけです。


そしてもう一つ、三菱一号館美術館が新規収蔵した「グラン・ブーケ(大きな花束)」、ルドンが描いた最大級のパステル画です。110年間、フランスの城館に秘蔵されていた作品で、もちろん、本邦初公開ということになります。1897年、ロベール・ド・ドムシー男爵が、ブルゴーニュ地方のヴェズレー近郊の城館の、食堂全体の装飾をルドンに直接発注しました。ルドンの装飾画は16点が知られており、15点は1978年に取り外されドムシー城を離れますが、「グラン・ブーケ」は大食堂に残されたままだったという。カラフルで、思っていた以上に大きな作品です。


しかし2010年、当初の設置場所から外され、制作後110年目の2011年3月、パリのルドン展で初公開されました。2010年8月に、三菱一号館美術館が、この作品を所得することになりました。ドムシー男爵は、1946年にドムシー城で亡くなります。男爵のコレクションは散逸しました。しかし岐阜県美術館は、油彩の「神秘的な対話」、パステルの「スフィンクス」など、ルドンの最重要作品を所蔵していて、今回、展示されていて観ることができます。


展覧会の構成は、「第一部 ルドンの黒」、「第二部 色彩のルドン」、そして「第三部 ルドンの周辺―象徴主義の画家たち」となっています。第一部から第二部へと移るとき、カラフルな作品が次々と出現し、劇的でした。また、第三部は、ルドンに影響を与えたモローやブレスダン、ファンタン=ラトゥールやゴーギャンなどの同時代人、あるいはルドンの影響を受けたドニを始めとするナビ派など、ルドンに先駆け、後を受け継いだ画家たちの作品を観ることができます。


三菱一号館所蔵

「グラン・ブーケ(大きな花束)」



岐阜県美術館所蔵

ルドンとその周辺―夢見る世紀末


第一部 ルドンの黒




第二部 色彩のルドン



第三部 ルドンの周辺―象徴主義の画家たち





岐阜県美術館所蔵

「ルドンとその周辺―夢見る世紀末」
オディロン・ルドン(1840-1916)は、印象派を初めとする画家たちの関心が外界の情景描写に向けられていた時代に、夢の世界に無限の可能性を見出しました。本展は、世界有数のルドン・コレクションを誇る岐阜県美術館の所蔵品により、ルドンの幻想世界を概観します。ルドンに影響を与えたモローやブレスダン、ファンタン=ラトゥールやゴーギャンなどの同時代人、あるいはルドンの影響を受けたドニを始めとするナビ派など、ルドンに先駆け、後を受け継いだ画家たちを併せて概観することで、ルドンが切り開いた象徴主義の世界の広がりと奥行きを辿ります。また、本展覧会の開催に合わせ、三菱一号館美術館が新規収蔵した《グラン・ブーケ(大きな花束)》を公開いたします。ルドンが描いた最大級のパステル画でありながら、110年間フランスの城館に秘蔵されていた作品の本邦初公開となります。
※《グラン・ブーケ(大きな花束)》は作品保護のために展示期間に制限を加えております。「ルドンとその周辺-夢見る世紀末」展の会期終了後の公開は、2012年9月からを予定しています。


「三菱一号館美術館」ホームページ


とんとん・にっき-mitu2 岐阜県美術館所蔵

ルドンとその周辺―夢見る世紀末

図録

企画構成:

山本敦子(岐阜県美術館)

小山明日香(岐阜県美術館)

企画協力:岐阜県美術館

発行:中日新聞社
表紙画像は、ルドンの、

「翼のある横向きの胸像(スフィンクス)」
とんとん・にっき-mitu1 オディロン・ルドン

「グラン・ブーケ」
リーフレット

三菱一号館美術館










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2012年02月08日 16時48分42秒

「写真家・石元泰博を悼む」磯崎新

テーマ:ニュース画像等
写真家の石元泰博さん死去…「桂」「伊勢神宮」
モダンな視角で桂離宮などの日本文化を撮影した写真家で、文化功労者の石元(いしもと)泰博(やすひろ)さんが6日、肺炎で亡くなった。90歳。告別式は13日午前10時、東京都品川区西五反田5の32の20桐ヶ谷斎場。自宅は東京都品川区北品川6の7の11の601。喪主は甥の喬(たかし)氏。米サンフランシスコ生まれ。日系移民の父の郷里・高知で少年時代を過ごしたが、農業学校卒業後、再び米国へ。戦時中の日系人収容所を経て、シカゴで先進的な写真教育を受けた。ニューヨーク近代美術館から写真収集などを依頼され、1953年に来日。その際に出合った京都・桂離宮の簡素さに近代的な美を見いだすなど、高度な造形感覚を持つ作品で評価された。主な作品に「桂」「伊勢神宮」「両界(りょうがい)曼荼羅(まんだら)」、都市風景を撮った「シカゴ、シカゴ」、落ち葉や雲や水を見つめた「刻(とき)」など。
読売新聞 2月6日(月)



「写真家・石元泰博を悼む」磯崎新

 とんとん・にっき-ishi


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「建築の記憶―写真と建築の近現代―」展を観た!



2012年02月07日 23時51分53秒

「上海・超格安ツアー」、行ってきました!

テーマ:旅に出よう
とんとん・にっき-syan2


「上海4日間、超格安ツアー」へ行ってきました。JTB旅物語「スペシャル上海4日間」、なんと驚くなかれツアー料金はたったの18800円です。夜着いて、朝出発ですから、ほとんど見て廻るのは2日のみです。が、しかし、上海だけでなく、欲張って無錫や蘇州にも行くという行程です。「超格安ツアー」ですから、おつき合いで真珠や寝具、刺繍や中国茶などの、工場見学やショッピングが入っていることはやむを得ません。そして、現地オプショナルツアーが多くなり、これも「超格安ツアー」ならでは仕方がないことです。


そんなこんなで、2日目は「蘇州古運河めぐり」(200元)を、3日目は「朱家角半日観光と夕食」(500元)を選びました。もちろんこのツアーの目玉、「上海ガニ」は3日目のお昼にいただきましたが、身は少なくて、食べるのが大変でした。


そしてそして、なぜか2月3日出発のツアー参加者が2家族、6人、がしかし、1家族4人は自由行動で、空港からホテルまで、ホテルから空港までだけの参加でした。こんなことはおおっぴらには言えないことなんだそうですが。従って僕たち2人は、現地ガイドと運転手がついてのまったくの単独行動、プライベート・ツアーという感じでした。現地のガイドさんも10年やっていて初めてだと言ってました。2月3日の前後のJTB旅物語は、15~20名のツアーでしたので、こんなんでいいの?と驚きました。


最後の日は雨になりましたが、その他はまあまあのお天気でした。まったく予想もしていなかったのですが、豫園商域でのお正月の飾り付けは、見事なものでした。「九曲橋」の周辺です。ホテルに帰ったらその晩、また次の日の朝もテレビで放映していました。



スケジュールは以下の通りです。

2月3日(金) 渋谷発14:46発(成田エクスプレス)

        成田着15:57着

        東京(成田)18:40発

        上海(浦東)21:10着

        ホテルへ

2月4日(土) ホテル発無錫へ

        無錫市内観光とショッピング

         ・三国志テーマパーク「三国城」

         ・太湖遊覧

         (淡水真珠研究所見学)

        観光後、蘇州へ

         ・蘇州古運河めぐり(現地OP:200元)

         ・虎丘、シルク工場

         ・江楓橋

         (刺繍研究所見学)

        夕食後、上海へ

2月5日(日) 上海半日観光とショッピング

        ・上海博物館

        ・豫園商域散策、九曲橋

         (ラテックス寝具店)

         (中国茶専売店)

        昼食(上海ガニ)

        ・外灘散策

        ・朱家角半日観光と夕食(現地OP:500元)

2月6日(月) ホテル発空港へ

        上海(浦東)10:15発

        東京(成田)13:55着

        成田発14:45発(成田エクスプレス)

        渋谷着16:05着

2012年02月06日 18時06分35秒

『100年あとの世田谷』

テーマ:ゲ~ジュツ見てある記
とんとん・にっき-art100

世田谷区にゆかりのある7人のアーティストが未来の街を描く「100年あとの世田谷」展が、世田谷区太子堂4丁目の生活工房ギャラリーで、26日まで開催されています。会場に並ぶのは、社会問題や環境問題を反映した絵画や映像作品です。企画した生活工房ギャラリーの杉本勝彦さんは「震災後、不安な要素が多い未来をどう考えていくか。見にいらした方にも想像して欲しい」と語っています。(朝日新聞:2月6日朝刊)

入場無料。展示は午前9時から午後8時。会期中は無休。

問い合わせは生活工房(03-5432-1543)へ。


『100年あとの世田谷』

2012年2月3日(金)~2月26日(日)
会場:東京都 三軒茶屋 生活工房ギャラリー(キャロットタワー3F)
時間:9:00~20:00
出展作家:
伊藤桂司
大原大次郎
qp
近藤さくら
菅俊一
佃弘樹
ひらのりょう
企画制作:古屋蔵人


「生活工房イベント詳細」

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