ユートピアの憂鬱

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夜に虫の声が聴こえて、もう初秋だなぁと思うのに、日中は蒸し風呂のよな暑さで、夕立と言う言葉の風情もない豪雨だったり。

北海道で農業をやってる方の悲嘆のツイなど見ると、農家の方々の被害はただ収益だけの事でもなく、手をかけて育てた物への痛ましさを感じて、なんとも言えない。自然と云うのは時に残酷だよね。

日本は、四季の豊かな国ではあったけれど、ここ数年特に気候も尖ったようなのは日本だけではないだろう。地球も怒っているのかもしれないよね。

今の日本は、理想の世の中とはほど遠い、むしろディストピアのようなありさまだけど。人の傲慢や欲は計り知れなくて、大地や海を汚しつづけて人さえも傷つけて恥じないし学ばないものだよね。自分もそう思いながら便利を手放せなかったりするんだけどね。

「幼年期の終わり」って海外ドラマを観ながら、理想郷とはなんだろうなんて考える。



この作品はアーサー・C・クラークの原作で「地球幼年期の終わり」1969年か「2001年宇宙の旅」が上映された年だったか、創元社から出たとうるおぼえの記憶。SFは好きだから読んだんだけどあまり記憶が残っていなかった。映像化や映画化は難しいと云われていたのよね。それがドラマ化されて、ほむほむと観てまだ最終話は観てないが、結末は思い出してしまった。

強大な力を持った異性人が、巨大船団で地球を支配するんだけど、カレルレンと名乗る宇宙人総督は、全ての争いや戦争を無くして地球に平和をもたらすと約束するの。

初めね、異性人に支配されるなんてとんでもない、闘うべきって軍人達も多いんだけど到底かなうわけがないのね。ミサイル打ち込んでもびくともしないし、報復を怖れた人々に対してもまったく攻撃してこない。

ただ、アフリカの人種差別を撤廃しなさいとのメッセージに従わないと太陽が翳ったりしちゃうの。指示に従えばエネルギーが充分もたらされる。

それで徐々に変わって行き、米国船団は食糧貯蔵や運搬にあてられて、アフリカや貧困国に派遣され、石油パイプラインは無用になって水を世界中に送る。気候は穏やかで食糧危機もなくなって、格差もなくなり人々は好きな仕事を愉しむ。

世界連邦になって。世界市民はストレスも飢餓も貧困も無いから、寿命まで健康に暮らして出生率も寿命も延びるユートピア。

地球人の全の知恵に勝る「オーバーマインド」(主上心)というものを、かつての神ではない、別の「ありうる可能性」として見せてくれた作品なのね。

総督のカレルレンは、ずっと姿を現さなかったけど20年後に姿を現す。その姿は人間が悪魔と表現してきた、角のある赤い全身で翼を持ち足はひずめなのね。ネタばれみたいで悪いんだけどね。それでも驚きつつ人間は彼を受け入れていき、子供達とカレルレンの集ってるポスターとかフイギュアなんかも出回るの。

そうなると人は、働くなるだろうし科学も学問も進歩しないだろう。って意見もあるだろうね。ベーシックインカムの議論の中では必ずそういう方がいる。実験的なベーシックインカムの試みでは、人の労働意欲や知的好奇心は失われないという結論だが。果たして地球と人間はどうなるのか。とても面白いドラマシリーズだったね。

人間は、精神の悪性腫瘍にかかっている状態だ、ってカレルレンが言うのだけど。なんだか納得してしまうのよね。

息子の進学が、自分の思うようにならないからって包丁で刺すかね。殺しちゃ何にもならないだろう。四人の子供を絞め殺した母親もね、親が病んでるよね。

この母親も子供の構成を見れば、かなり育児が大変だったろうね。9、6双子、3歳ってものすごく手の掛かる時期だしね。周囲のサポートは、連れ合いはどうだったんだろう。通り魔的な傷害事件やら若い人の精神の痛みも、全てが社会的要因とは云えないんだけど。

全ての労働者を、非正規にしようって人材派遣会社の親玉が言って、貧乏を愉しむ自由があるんだから成功者の足を引っ張るな、だそうな。
非正規もいいよ、自由労働者もいいよね。それで食べていけて文化的な愉しみも持てるならね。経団連とか政権が、好きなように使えて、賃金格差を更に下げようとする意図でなければね。

貧困女子学生のバッシングを眺めても、貧乏人は貧乏ったらしくしていなければならないらしい。PCやスマホは贅沢だと。実名を出して意見を言う人に、匿名のネトウヨが群がって、その先頭に立って煽る議員とかあさましいよね。その内、貧乏だっていうのがタブーになる。黙って耐えろかね。毎月、月末に家賃を考えると胃が痛くなるけど。PCもエアコンもあるから貧乏ではないんだろう。

もっと大枠で云えば、資本主義的民主主義ってとか金融システムとかね。人間の我欲みたいな事もあるんだけど。人間の学習能力とか知性を、時々疑ってしまうのよね。

昨日、リハビリがてら商店街に行ったら、めまいと背中の痛みで倒れそうになったんで、もうしばらく引き篭もっておりますが。ネットで知った方が枇杷の葉を送ってくださったんで。家で塩玄米麹やら枇杷の葉エキスなどちまちま作って、合間にシェスタしてせちがない世間をやり過ごしていますの。

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国家警察

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職種、肩書きに係わらず、善き人もいれば下衆な奴もいるのは人間社会ってもので。ここで善き人っていうのはサマリア人ではなく、他者を尊重して情があつく、公正を求める人って位の勝手な解釈ですが。

役人であろうが、警察官や介護職であろうが芸人であろうが学者でも、色んな人がいるわけよね。

大層な表題ですが、冤罪の作り方ではもっと剣呑だろうと思ったんで。

沖縄や高江の警察官や機動隊員ても、心ある人も優しい家庭人もいるのよね。戦争で母子を撃ち殺す兵士だって家に帰れは穏やかな父親ってことだってある。狂気というのが恐ろしいのは人間性を失う事だから。

軍隊や組織っていうのは、往々にして命令と服従によって成り立つ面があって。組みあがった体制というのは、情や思い遣りなどの人間性を排除した方が強靭になるし、そんなもんは組織の邪魔なのよね。

ぐうだらで自由が好きな自分などには、それが判っているから、出来るだけ近寄らないようにしてますねん。冤罪っていうと死刑とかの冤罪から、痴漢や万引きの冤罪まであって一概には言えないけれどね。

自分の最初の警察との接触は、冤罪というには軽微な一時不停止だったのね。頭脳警察の記事で書いたんだけど、昔の記事だからもう一度。

当時、保育園の同僚が腰を痛めて動けなくなったんで、園長の許可を貰って自分の車で整形外科に連れて行った午後。

団地内のT字型の右肩から入って一時停止で止って直進しようとしたら前方の木陰から警察官が二人出てきて止められた。停まった、いやきちんと停止してなかったと言い合って、同僚を病院に送るからと、呼び出し状を受け取って後に警察署に行くことになったのね。

仕事が終わって、乳児の息子を迎えにいっておぶって警察署に行った。
いきなり切符切ろうとするので、自分は停止したと説明したんだけど。それじゃ供述書をとるから座れと硬い椅子に座らされ。頭の悪そうな警察官があれこれ考えて、自分は停まったつもりですがーなどと書くので。いえ、停止しました。あんた正確に二秒以上停止したって言えるのかぁ、などとやりとり。

息子がぐずって泣き出すし、周囲の剣道の練習帰りの警察官が、竹刀をぶらさげて取り囲むは、違反しといて否認してるのかと睨むし、竹刀で机とか叩くしほとんど泣きたくなりやしたの。おゆるしくだせぇ、わっしがやりましたぁって言いたくなるよね。

そこがねぇ、意地っ張りだし70年安保で警察の酷さも知ってるから、なにくそおばさんに変貌して、とにかく赤子が泣くので迎えに来てくれるよう家に電話させてくださいって頼んだ。

警察の電話は使わせない、公衆電話はないとか意地悪なの。それじゃトイレに行かせてと取りあえず廊下に出たら、公衆電話があるじゃん。

間が悪い事に小銭がない。困ったなぁと半ベソになっていたら、眼鏡をかけたひょろっとした警察官が男子トイレから出てきたんで、すいません電話かけたいんですけど、子供の迎えを頼みたいので両替してもらえませんか。

かなり必死で、気の毒に思ったのか20円を使いなさいってくれたの。地獄に仏ってこういうことよね。拝んだわぁ。

そんで家に電話して当時の夫に話したら、そんなの罰金払って帰ってくればって返事。ピキーンって何かにヒビが入ったね。たぶんそれは信頼とか愛情とかも。それでもタクシーで来てくれることになったの。

それで、メモ魔の私の手帳になぜか救援センターの電話番号がメモってあった。幸か不幸か判らないけど運命ってもんよね。残った10円で電話すると夜番のコトウ弁護士が出て、事情を話すと、供述書は本人の言い分だから、違う事が書いてあったら署名しないで帰りなさいとのこと。

励まされて戻り、子供も夫が連れ帰って落ち着いたので、何度も警察官が書き直した供述書を読み上げたけど、納得できないので署名しません。帰りやすと述べて警察を出たの。追っかけてくるんじゃないかと思うほど怒っていたね。女にナメられたってのもあるかな。立派な男の社長さんだったらどうだっただろうね。

その後、弁護士さんにお礼がてら電話して、交通問題に詳しいトラック・タクシーの組合の方を紹介してもらって相談した。

さすがに手馴れてる方で、現場の図面や色んな方向からの写真付けて、同僚の供述も添付して、警察官が隠れていた木陰から車高のあるランクルの車輪は確認が難しい、と上申書を署長あてに出したの。これで不立件になった。数千円の冤罪事件だけどやっかいだよね。

オマケに偶然か、一月後の夜残業の帰りにスピードレーダーに引っかかって12kオーバーだったのね。それが例の警察官でさ、得意げに切符きろうとしたから受け取り拒否したのよね。それが四年半の裁判になったわけで。もう脅かし電話はくるわ、職場に嫌がらせにくるわで、大人しい自分もキレたのよね。電話は録音して交通裁判の弁護士さんも紹介してもらった。

まぁ、結果は負けて8500円払って裁判費用も支払うんだけど、この事件がききっかけってだけではないんだけど離婚もして、電波振動学の教授や人間工学の学者さんと証人を頼んで、弁護士さんも無料でやってくれて頑張ったのよね。ケーススタディになって、その後レーダー裁判は無罪が続いたから、多少は人様の為にもなったかなぁ。てなもんで三度笠。

なんでこんな話かっていうと、昨夜クリント・イーストウッド監督主演の「トゥルークライム」って映画を観てね。雑貨店の強盗殺人で死刑判決を受けた黒人がいて。イーストウッドは離婚して酒びたりのぐうだらな地方新聞の記者。事故で亡くなった同僚の仕事を回されて、死刑前日の最後のインタビューに刑務所に行くの。


イーストウッドらしくジャズと酒、実の娘も出てますの。

ところが話しているうちに、彼は無実じゃないかって思うの。けれど死刑執行までは8時間しかない。彼は現場に行ったり目撃者の話を聞いて無実を確信するんだけど。間に合うか・・って話で、なかなかはらはらするのよね。

黒人差別も見え隠れする話で、米国のジャーナリストって、警察以上に突っ込んで取材も確認もするんだなぁと、アメリカらしい映画なのね。共和党支持のイーストウッドだけど、良き保守ってものか。

自分が、辺野古や高江の警察や機動隊の暴力的な行為に反発すんのもこういう訳もあるんでやす。警察官の義兄もいたし警察官が全て悪いなんて思っていない。高江では沖縄の県警の人が機動隊員に命令されてる話とか、現場の末端と上層部でも立場や意見も違うだろう。けれど本来、善良な人々を守る意志で警察官になった方も多いだろうと思うよね。

ほんとはNHKの貧困女子高生の番組に、片山さつきが暴言はいて晒して炎上した話に、いたく腹を立てたんだけど。アドレナリン出過ぎると体調に響くんでこれくらいで。って理不尽なことに腹を立てると元気になる、ヘンな婆ぁさんよね。長い記事ですまんね。

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寝ててもあれこれ

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スペインの家には天上にすずらん形のライトが付いた扇風機を二台取り付けて、これがゆっくり回っていると結構涼しいのね。天窓を開けておくと40度越える気温でも、漆喰とレンガと石タイルの部屋だから滅多に冷房はいらない。湿気がないって大きいのよね。



南国のリゾートでは見かけるけど、日本にはなんで無いんだろう。ホームセンターにはあるのかなぁ。

色々とご心配を頂いてありがとうございました。やっとおきて多少のことはできるようになりやした。

余程の重篤な病でない限り、人の抵抗力や免疫力というのはなかなかに強靭なもんで。病気は気を病むので、ストレスってのはバカにならない。離婚したり家族と揉めたり仕事のトラブルが病の引き金になる事は、思っているより多いんだよね。

前の記事でも書いたとおり、涼しい静かな病院で三食用意して貰って、好きなだけ寝ていられるって情況で、散歩したり本を読んだり気儘に過ごせると回復するってことね。そりゃね、痛みがあったり苦しかったり、こんな休んでいられない、仕事がぁ、家族が、金がと気になってゆったり出来ない場合もあるんだけど。

ベトナムの自然医療の大家のヤン先生は、スイスに自然療養村を作った。広い森の中に病院と療養できる施設、薬草風呂やマッサージとか動物もいたり。そこはお金持ち用で滞在費は高価なの。それでその費用で、同じような療養村を貧しい地域にも作って、貧しい人たちにも療養を受けられるようにしたんだよね。

昨日は呼吸器内科に通院で、息子に付き添ってもらって出かけたんだけど。薬を減らしたいって言うと医者は大体怒る。過去に診て貰った医師では、蒲田の食事療法内科の医師と、京都の病院の医師だけがちゃんと患者の話を聴いてくれたけれどね。とにかく、整形外科だ内科だ呼吸器だ皮膚科だとあちこち行くのは病人にはかなり苦痛よね。

これだけ医療も進んでいるのに、全体医療をすべきって総統医学の多田先生が嘆いた頃とそう変わらない。症状が治まっても薬を一生飲み続けるのには抵抗があるよね。

東洋医学系の医師や治療師は西洋医学を否定しない、むしろ共に利点を補って病者にいいように考える方が多いのに、西洋医学の医者は自然医療をオカルトって扱う方が多いように思う。カウンセリングや自己手当てを教えてくれる総合病院も多くないしね。

ネットの友人が病院の待合室で。「泣き騒ぐのが子供」論が定着し始めている昨今だが。目の前のガキンチョ兄弟の奇声に耐えてる。ストレッチャーで運ばれてきた患者を指差し「ねぇ〜ママ〜、この人死んでるの?」と。いやはやまことに子供らしい素直な疑問。でも…でも…そろそろキレてもいいですか?って呟いていて笑ったけど、あるあるでしょ。

子供を叱らない親が8割ってアンケートもこないだ見たけど、すぐ怒る親はきっと増えてるんじゃね。親のストレスも高い世の中だし。自分が怒っちゃあかんのよね、叱るは必要でもね。そういう自分もさ、己のイライラから子供に怒りすぎたりはあったんだけどね。野口整体の「叱りかた褒めかた」って本など読んで、いたく反省したもんです。最近は叱られる側になっていますが;

オリンピックもそろそろ静かになってくれそうだけど。選手の活躍はキャーキャー騒ぐ事はないけどよかったなぁとは観るのよ。愛ちゃんってけなげだなぁとか、ウサインボルトの走りって豹みたいだなぁとか。各国の選手が互いに讃えあったりってね。あまりに、日本ニホンが鬱陶しいだけで。日本の心を讃えるのが他国の心も尊重するになるといいんだけど。

1968年という年は。4月にマーティン・ルーサー・キング・Jr.牧師が、その2か月後の6月にロバート・ケネディが暗殺された年だね。ベトナム戦争に対する反戦運動が高まり米国のいたる所で戦争反対、人種差別反対のデモや暴動が起きた。

その年のメキシコオリンピックで、陸上でメダルを取った二人の黒人選手が、表彰台でアメリカ国家と国旗が上がる中、項垂れたまま黒い手袋の片手を突き上げた。銅をとったオーストラリアの選手も同調した。ブラックパワー・サリュート(黒人差別に抗議する示威行為だった。同調したオーストラリアでも先住民族の排斥があった時代。

スポーツに政治を持ち込むな、音楽に政治を持ち込むなとか、よく批難されるよね。けれど今のオリンピックそのものが利権まみれ、国家高揚で純粋なスポーツの祭典とは言い切れないよね。本来は戦争の代わりに競技で、の平和への願いからはじまった祭典だよね。

泣ける話だった<ニシムの記事>

ギリシャのアテネで恒久的に催せばいいという意見には同意する。各国がGOPなりに応じて、主催国に施設費用を支払うとか。ギリシャ経済や観光にも付与できるだろうしね。

まぁ、寝ながらファイアーエンブレムも二度目をクリアしたし、ぼちぼちと臨戦態勢っていうか、終末活動ならぬ週末活動をしないとね。


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緊急搬送

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おひさしぶりです。先日の午後突然具合が悪くなってしまい、立てなくなったと思ったら下半身の特に右足が激痛と麻痺に襲われ、あまりの痛みに息ができず過呼吸で死にそうになって緊急搬送されちまいました。

救急の人が、入れ替わりで何度も名前を聞いたり症状を聞くのに、呼吸が苦しいから何度も同じ事聞かないで下さい。ってにくまれ口利いて、意識はあるようですって救急の人が言ってる。

できれば横浜市大へ運んで欲しいと言ったけど、大病院は相変わらずかかりつけ医者の紹介が無いと運べないそうで。病者はまな板の鯉のようなもんだね。自分が心配したのは脳梗塞で、血管が切れたらやばいなぁと思いつつ、吐き気と頭痛と足の痛みで歯を喰いしばっているだけでやすの。

それでERは三度目だけど、若い救急担当の方が多いんだね。結局血圧が低い、脈が弱い、右脚が冷たくなってマヒして触っても感じないと自分でも了解したけど。レントゲンで脊柱狭窄だって言われて点滴もナシ、痛み止め打って終わり。えー入院もさせてくれないのね。はよ帰ってください的に痛み止め貰って出ました。

息子にタクシー呼んでもらって、玄関まで歩こうと思うけど歩けず病院の玄関で倒れていたら、通りがかった若い女性が車椅子借りてきましょうと声を掛けてくれて、持ってきてくれる。人の親切ってありがたいもんよね。病院の受付の人も見えてるのに忙しいらしいの。

知り合いの医師が、東京で夜倒れたら生存率は低いって言ってたけれど。友人の産婦人科医が当直の夜に緊急搬送された人がいて、もう4件受け入れ断られてきたそうでお願いしますって、みたら胸から糖尿病のタグ下げていてとりあえず手当てして助かったんだけど。

翌日院長に呼び出されて、病院の入り口入れて亡くなったら産婦人科医の診療ミスってことになるから断れ、って叱られたそうですからね。

そんなんで寝込んでおりましたが、一応命には別状ない・・かと思われるので。痛み止め打って横になって映画見たり過ごしていましたが、今日は少し起きて内科の通院に行こうかと。入院の可能性を考えると、入院設備のある病院に掛かっておいた方がいいね。しかし不便な医療体制だなぁ。

京都の病院など、具合悪かったら三日でも入院しなさい。だいたい三日も入院すれば重篤でなければ随分回復するはずだからって言ってくれたが。そういう病院は滅多にないし、さすがに京都に入院するのはねぇ。医療支援とか受けていると病院を選べないし。保護の場合も病院は変えられない。一応できるんだけど書類手続きとか複雑だからね。

文句は言っても、医療が受けられるのはありがたいことです。少しづつリハビリして休んだら、また憎まれ口を吐きますんでご心配なくです。フェニックス桃と呼ばれているしぶとい奴ですからねー^^;

羊とか山羊

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スペインでは、ちょっと街を離れると丘の上を羊飼いと羊の群れが移動していくのが見られて、牧歌的で美しいなぁと思う。羊飼いって職業は最も古い職業の一つで、約5,000年前のアナトリア半島が発祥だって云われている。



マドリーの郊外に「伯爵の隠れ家」って名前のレストランがあって、店は洞窟みたいなんだけど、外の席は丘を見下ろせるのね。羊の群れがゆっくりと草原を移動して行き、ほぉーいと呼ぶ羊飼いの声やら忙しげに走り回る牧羊犬を眺められる。

そこで子羊のローストを食べるのはどうなんだとかはあるけどね。実際スペインでは羊や山羊の肉は牛肉より高価だけど人気があるの。我が家も献立に悩むとピソの一階の肉とチーズの店に降りていって。ウン・キロ・デチュレタ・デ・コルデロと注文する。

母親の乳だけで育った子羊のアバラ肉で、岩塩とローズマリー少々とオリーブ油で焼いて食べるとすこぶる美味なの。残酷なようだけど命を頂き味わうのよね。

キリスト教ではイエスを羊飼い、人々を羊に例えたり、山羊は人の勝手で悪魔の使いとか云われて彼らにはいい迷惑だろね。羊飼いの仕事も実はなかなか大変らしく、牧草を食べ尽くさないように綺麗な水場を求めて北から南へ移動していくのよね。羊より山羊の方が賢いらしい。


ゴヤの黒い絵

そういうルートがあって、重労働だし出稼ぎみたいで若い人はやりたがらないから、移動を請け負う羊飼いもいるんだとか。山羊も羊も明るい所でみると瞳が四角いの知っていたかな。こんな感じ。



動物を飼育するって仕事は愉しいようだけれど、結局はチーズや羊毛や乳と、食用なわけでペットではないのよね。それでも植物だって世話をすれば愛情のようなものも抱く。知り合いにタランチュラとかサソリとか飼っている人がいたけど。やはり可愛いって言っていたから。まぁ子供だってそうだけど、手がかかるから可愛い。

でも田島征三さんの「山羊のしずか」や「豚のいた教室」のように食べるのが辛くなるだろうね。幼い頃は山梨の田舎に夏休みに行くと、爺ちゃんが近所の山羊の乳を貰ってきて飲まされた。ちょっと匂いがあるけど甘みがあるのよね。

スペインでは山羊のチーズも食品店や肉や売っていて濃厚な味わい。これは絶対赤ワインがお勧め。

いまや街の中では犬猫以外の動物はまず見ないけれど。幼い頃でもせいぜいリヤカーと自転車で。スペインに行ったら騎馬警官はうろうろしてるし、ロバや荷馬車も通りを行くのに驚いたものだった。さすがに今は田舎に行かないとみられないかな。

ガリシア県の息子がいた子供共和国には、老山羊がいて哲学者って呼ばれていたっけ。夕陽をじっと眺めている顔が思索している哲学者みたいでね。山羊ってよくみると可愛いね。



今日は少し涼しいから、てれてれ記事の第二弾をかいてみたの。

八月の夜は

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前の借家の坂上には、小さい米軍基地があって時々ヘリの音がうるさい日もあった。その代わりに遥か下の港の霧笛が聞こえる夜もあって、それはなかなか風情があったの。

今の部屋は、窓を開けると前の公園の蝉しぐれはいいんだけど、近くの小学校の改装工事の音が響いてきて暑苦しい。オスプレイの騒音が夜遅くまで響く高江では、子供が眠れないって云うのも想像されるね。

日本って、子供を大事にしない国だといろんな時に思うんだけど、ある市では保育所は二子から無料、中学まで医療無料にして日本で唯一出生率と子供の増加がみられたそうだけど。あたり前だよね。

本来、国や自治が支援するべき将来への宝を親の責任、自己責と押し付けているんだもの。児童虐待件数が右肩上がりとか、行方不明の子供が3000人を越えているとかね。なんともな先進国だよね。

殆ど家から出ず過ごしていて、オリンピックも煩いので映画やドラマばかり眺めている。

「ステート・オブ・プレイ陰謀の構図」って英国BBCの6話連続ドラマがあって。原作の「消えたヘッドライン」も昔読んで、ハリウッド映画化されたのも観た記憶があるんだけれど。ドラマの方を夜中にずっと観た。真夜中の一挙放送とはなんてぇことをしてくれるんだぃ。でも映画版よりずっと面白かった。

イギリス、ロンドン。15歳の少年ケルビン・スタッグが男に射殺され、そこを通りかかったバイク便の運転手も撃たれる。同じ頃、政府のエネルギー特別委員会の調査官ソニア・ベーカーが地下鉄線路に転落し死亡する。

彼女はエネルギー特別委員会委員長を務める下院議員スティーブン・コリンズ(デービット・モリッシー)の愛人だった。

ヘラルド紙の記者カル・マカフリー(ジョン・シム)と、デラ・スミス(ケリー・マクドナルド)が取材するなかで、ふたつの事件に接点があることが判ってくる。それには政権官僚と石油企業の影が・・というようなお話。

ハリウッド版では軍事産業と政治家ってなっているけれど、ドラマの方が濃密で複雑。最後は予想がついたどんでん返しかな。

主役より、硬骨の老編集長のビル・ナイややさぐれたチームスタッフのジェームス・マカヴォイのが素敵だったけど。事件の鍵を握るドミニク・フォイってちゃらいキャラもいいの。

こういう脇が厚いのが作品のクオリティよね。どこの国でも政治権力と企業利益は密接。そこを圧力に屈せず潜り抜けながら報道しようとするジャーナリストって図は、やはり理想というか願いなんだろうね。DVDでもでているようだ。



久しぶりに時代劇ドラマも「酔いどれ小藤次」って竹中直人が主人公のドラマを観て。このほっとする感じって日本人よのぉと思う。日本語の美しさ、行灯や棚の精緻な作り、所作の端麗さとかね。もっと時代劇が作られるといいのに。セットや小道具の技術だけでも惜しまれてならないね。



この前のジャズバーキャットの話でネットの友人が、マッチを持っていて載せてくれたので懐かしかったから、貼ってみる。とぼけた猫の顔がいいよね。

そんなてれてれな話で、今日はおしまいなのだ。

オールド・ブラインド・キャット

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昔、新宿の外れにオールド・ブラインド・キャットと云うジャズバーがあったのを想い出した。黒い盲目の老猫のシルエットデザインのマッチで。それが洒落ていて、曲ならマル・ウオルドロンのキャットが思い浮かぶ。

村上春樹の短編だったか、あるバーのマスターが店の横の路地で、メークインのジャガイモを煙草を咥えて黙々とスライスしている描写があって、その場面がなぜかキャットの路地だなぁと感じた。

暫らく記事も書かず、すっかり夏にやられてぐでぐでと寝てばかりいたからで。家の老猫も床に行き倒れているのを眺めながら。食欲も無く冷たい珈琲と煙草と夜の数杯の酒で、細々と生きているありさまだったからね。

時々起き上がって、ツイッターを覗いたり、オリンピックの絶叫調アナウンサーの騒ぎなど鬱陶しく眺めたり。天皇のお言葉なども拝聴したりで。色々と思うことはあったの。あまり軽々しいことは書けないが。

天皇制度については、自分も疑義をいだいているんだけれど。今上天皇のお姿は日本の「和の心」夫婦の優しいありかたを示して。そのお言葉は実に思慮深く美しいと思った。

護憲についても、さりげなく護持の姿勢を示されていて、今の政権の品性のなさと実に対照的だったよね。お人柄の謙虚な優しさが表に。その裏にはなんとか平和と伝統を守られようとするお強さも感じられる。

今の政権に一番欠けている、国民に寄り添う、を示されてこられたのは。震災の時の床に膝間づくご様子など、政治家の震災視察の横柄さへのカウンターのように思ったものだ。

政治的な見解はともかくね。ナマぐさい政治に利用されずに、安寧に過ごされるといいのにと親類のジイさまのように思ったりもする。

保守とは右翼とはなんだろうか。日本会議や右よりの方達が「象徴」と祭り上げているわりには、退位などそりゃならんと、中にはあからさまに反日的だと述べたりしてんのってオイオイッって思うよね。

市民協和国とか考えたりする心情アナキストの自分だけど。本来的な保守も社会主義も一理は判るつもりだけど、余りにニセ者曲者って人が跋扈しているようで。

そういえば、昭和天皇が亡くなられた時にグラナダにいて。ホテルに戻ろうとタクシーを拾ったら、初老のハンチングの運転手が、ラジオで聞いたが貴方達のエンペラーが亡くなられたようだ。心からお悔やみを述べたいと帽子を胸にあてて言ったのにはびっくりした。

敬意って実に人間的で、そういうとこもスペイン人はいいよね。あぁ、昭和は終わったんだなぁと感慨だけはあったけれど。当時のスペインは、ネットも日本のニュースも無い時代だったからね。

信州の田舎町で人口も少ないのに平和デモがあって、多くの人が参加したってツイがあった。信州は農民運動が盛んだった歴史もあるから、昔から共産系が強い土地柄なんだよね。山梨県は保守地盤が強かったの。

でも一方で、果樹園農家が多いので呑気なところもあるような。最近は有機農業で入植する方や、東京から近いから若い人の移住もあって、随分県民意識ってのも変わったんだろうね。そんなこと呟いたら。

沖縄のうるま市の具志川地区で、全住民参加の自治を目指して地域通貨とかも試みている高良さんて方がコメントを下さった。以前私もブログでも取上げた、スペインのマリナレダって市を参考にしているとか。

マリナレダは、アンアダルシアの貧しい土地柄なんだけど。独立自治の市として世界的にも注目されていて、市庁舎の壁にゲバラの肖像画が描かれているのよね。ゴルディージョ市長も農民で独立自治の市を維持している。

スペインは市民戦争時、バルセロナを中心にアナキストを含めた共和国政権が、公平性と格差の少ない統治を実行し、生産性も雇用も飛躍的にあがったんだよね。残念ながら長く続かなかったんだけど。そういう事もこの街の背景にはあるの。また改めて取上げてみようかな。

地方の時代とか云われて久しいし、地方創生などと、物々しいお題目もあるようだけど、地方が意識と力を持っていかないとね。今のような強権的中央集権国家はもう先が無いと思う。

つらつらと書いてしまったけど、残暑お見舞い申し上げて、また冬眠ならぬ夏眠シェスタの日々ですのん。あ、今もキャットってバーはあるらしいけど、ジャズバーではなくなってしまったようだ。




気分はもう

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 気分なんて他愛のないものなんだけど。それが一つの雰囲気を作ってやがて現実になるってことは多くあるんだよね。
気分はもう戦争って矢作俊彦と大友克洋のコミックもあったけど。ネットで「ヘイトな気分って」鈴木氏の記事を読んで。

高度成長期やバブルの時代も、気分はもう経済って雰囲気が世間に蔓延していたしね。未だにその気分が抜けない人も見かけるんだけど。そんなヘイト気分は世界的にもあるようで。米国のトランプから、欧州の難民排除から広がっている気もする。

ただの「不寛容」から「異端の排除」へ向かって遂にはね「弾圧」とか「粛清」とかのおぞましい現実に進みかねない。そういう危惧や心配はすべて「そんなの考えすぎよ」と一笑にふされてしまったり。あるいは放射脳と冷笑されることは多いんだけど。考える事は考えない事よりましなのさね。

今の沖縄や高江の暴力的排除を多少でもしっていて、そう言い切れるんだろうかね。沖縄をいま襲っているのは中国でも韓国でもない、自国の警察や機動隊なんだから。街のヘイトや、何人は殺せとかの人が政治家になろうって時代。

犯罪っていうのは、往々にして憎悪に基づく事が多いんだけど。それはその相手への憎しみだけでなく、自己憎悪だったり社会への憎悪だったり。街にヘイトが溢れ、それが気分のように世の中に浸透すればヘイトクライム(憎悪犯罪)ってのも増えるだろう。相模原の事件のようにね。弱い人ほど政権の意向や気分に侵されやすい。

小池都知事は、在日韓国人学校の土地貸与を白紙に戻すって言っていて。この人が、カイロ大学で学んだかどうか定かでないけれど。グローバルな視点を持っているとは思えないので、やはりなぁではあるが。

スペインにも欧州(パリ、イタリア、ドイツ各地et)にも、アジア(香港、中国にもシンガポール、タイなど)中南米(メキシコ、パナマ、アルゼンチン他)にも日本人学校がある。補修校って週末だけの授業を行なうところを含めればかなりの数ね。


サンパウロの日本人学校

日本人商社や海外駐在の人がどっと海外に出て、それに伴って一挙に増えていったのね。それは異国の土地で、その国を学び故国の学びをすることで、交流も深まり、どこの国にいても子供の学ぶ権利を保証しようとするってことよね。

問題も多くあるのは知っていますねん。息子はずっと現地校へいれて日本人学校へは行かなかった。ある時期そこで学んで故国に帰るってことは、日本のようにエスカレエーター的教育と受験があると、そこを目指してしまうからホント大変なのよね。最近は、帰国子女とかの枠もできたようだけど。小池って人も帰国子女なんでしょうに。

それで、何処の国でも日本人学校は現地の支援や優遇を受けているんだよね。つまりその国の好意とおかげで、日本人学校は保たれているのにね。日本では在日特権は許さんみたいな気分で、土地を貸さないの援助や支援をしないってどんだけヘイトなんだろうって思う。「おたがいさま」はもうないのかね。ソウルの日本人学校だって出て行けって言われてないでしょうに。

ぼやきはともかく、企業や富裕層にもまだ欲ボケばかりではないのよね。みちのく未来基金ってのがあって。11年10月にロート製薬、カルビー、カゴメの3社が合同で立ち上げ、その後、趣旨に賛同したエバラ食品工業が加わった奨学金事業なのね。

「東日本大震災の被災を見て、日本中で誰もが『何かできないか』と思ったはずです。私たちも、その思いの中で、子供たちに夢を諦めることだけはしてほしくないと考えました」(ロート製薬代表取締役会長兼CEO・山田邦雄氏)エライ!

震災遺児や進学困難な地域の子供に年間300万円を20年支援して返済無用の奨学金。本来、政府がやることなんだけどねぇ。カゴメは時々使うけど、エバラ焼肉のタレ使って目薬はロート、カルビーは・・まぁ応援の気持だけでも。

川越の企業社長が4億円子供事業にポンと寄付したりってのもあった。もうリタイアするに当たって自分は充分幸運であったと。子供達の先行きに何らかの貢献をしたいとね。こういう方が増えるといいんだけどね。

三原じゅん子と今井絵理子が参議院憲法審査会の委員だって記事には、ちょっとのけ反ったが。ヘイトへのカウンターはしばく事じゃなく愛であるってツイッターもあったように。

気分はもう、江戸情話くらいにはなってほしい夕立の午後。

ノンポリの時代

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もう、そんな言葉も死語なんだろうけれど、学生運動の頃には多少の侮蔑を持って使われた言葉だね。

英語の「nonpolitical」が元の意味で、政治運動に関心が無いことや無関心層をノンポリ層とか呼んだのね。

政治にまったく興味を持たない人だけじゃなくて、政治問題に関心はあってもセクト化してより過激化していった学生運動を嫌って、特定の党派に属することを拒否した人々(ノンセクト・ラジカル)なども含まれていたのが実態かな。自分がそうだったからよく解る。

それでも周囲の友人達がセクト化したり過激に向かう気持もすごく判ったんだよね。警察や公安のひどさは日を追って激しくなっていたし、アパートローラーでアパート追い出されたり、バイト先まで警察が来てクビになったりね。

活動家と呼ばれる人ばかりじゃなかったんだから。そんな時でも学生の気持を汲んで雇ってくれた店主も下宿屋のおばさんもいたのよね。

前線に立たなかったけれど、でも体制に同感の気持は無かったし。あいつらのお蔭で学業が遅れるとも思わなかった。共感しながらも引っ張られなかったというか。中途半端な奴なのではある。

どんなに政治に無関心であろうと、人が社会生活を営む上では、まったく政治に係わらないという訳にはいかないんだよね。無人島で自給生活していて、人とかかわらなければありうるかも知れないけれど。

前にも言ったけど、政治的人間になる必要なんて無いのよね。生活の中に政治もあるんだから。ゴミ問題でも子供の教育でも病気を巡る医療の話でもね。ちょっと考えれば社会の制度ってことに係わるのよね。銀行だって仕事場だってスーパーだって社会なんだから。

市民活動とか運動とか社会活動について、日本って色がつくって嫌うんだよね。昔は会社に入れば組合があって、独立自営の人の組合や商工会ってのもあって、その中では右も左も入り混じって地域や同業者の意識も、まだ共生意識があったように思うんだけど。今はすぐ白黒になってないだろうか。

広く思えばさ、同業者って世界中いるよね。映画屋でも八百屋でも木工職人でもね。スペインで、日本の青年座が来て写楽の演劇をやった時に通訳したんだけど。言葉もロクに通じないのに、大道具さんとか照明とか衣装さんまで話しこんでるのを見てそう思ったね。

日本人の八百屋の夫婦を案内した時もそうだった。市場の八百屋で生産地との流通の話なんかを単語を通訳するだけで笑って意思疎通してんの。水道局の人はマンホールをずーっと写真とって、これいいなぁなんて嬉しそうにしていたりね。

そんな時には、人種も肌の色も国もないじゃんって。其々の仕事には苦労も愉しみもあるもんよね。趣味だってそうだけど切手集めてる人は世界中にいて、ゲームだってやってる人は色んな国にいるもの。

どんなに政治的意見が異なっていても解りあえる人がいて、どれほど意見が同じでも理解しあえない人もいるのはあたりまえのことなのよね。百人いれば百通り、それが個性というもの。気が合うって面白い言葉で、気は精神とはちがうのよね。お、英語でもあるんだろうか。スペイン語だとlleva bien!かな相性がいいって感じだけどなんか違う;

こないだネトウヨっぽいコメつけて来た人とちょっとやりとりしたら、彼が古いゲーム好きで最後にはそんな話になって、頭の固い左翼の人と思ってしまって申し訳ない、話せてよかったです。ってなったんだけど。そういう事もあるんだよね。もちろん話にもならない人もいるんだけどね。

だから愚民とかバカ国民って、まぁ時には悔しくなって言いたくもなるんだけどさ。心の中ではいいけど表には言えない。ただねノンポリにはノンポリの気概もあって何かに染まらないぜ。ってのもあるんじゃないかね。

まぁ自分はしがないはぐれ者なんで、ハマるのは他愛ないことばかりだけど。ずっとはぐれていようって気持だけはもっているね。

選挙後のあれこれ

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祭りの後の淋しさのように、大騒ぎの選挙も終わって。実際後半に予想していたとおりで、身構えてはいたんだけどやはり脱力感があるねぇ。

候補者の政策や人格とは、別の所で決っていくシステムも含めてね。選挙改革が無ければ、また同じことが続くんだろうと思う。

世界一高い供託金も、泡沫と括って映像にもロクに載せない不公平な報道も、政策論争もそれを見て考える時間も少ない。あるいはムサシ不正選挙の噂も、どこまで真実かは自分には言えないまでも多くの人はデータを上げているしね。

日本会議の閣僚政治家がこれほど多いと、日本会議なんて知らないとは言えなくなる。早速に防衛大臣が稲田氏で。

男も女も自衛隊体験を法制化しろとか、戦争は人間の魂の最終浄化だとか、国に命を捧げられる人にだけ選挙権を。とかの発言を繰り返す女性が防衛大臣だからね。憲法改悪、軍事態勢国家に近づいたことは明らかだろうね。

愛国心が強要され、親学とか江戸しぐさとか根拠もないような事が家庭や教育の場に持ち込まれていく。ドイツのユダヤ人迫害はいきなりガス室からはじまったのではないって言葉もある。役立たずは死んで当然、貧困は自己責任のような排除と排斥から始って、自分達の不遇はあいつらがいい思いをしてるからだと在日や弱者への憎しみをつのらせる。いい思いしてるのは誰なんだよ。

昨夜の夜中に「ミシシッピーバーニング」って映画を観て。米国南部で、黒人の市民活動家が行方不明になりFBI捜査官二人(ジーンハックマンとウイリアムデフオー)が捜査する話なんだけど。

南部生まれのジーンハックマンの刑事が言うのね。「オヤジは何時もクロに負けるなって言い続けていた。だけどオヤジの本当の敵は、黒人なんかじゃなくって貧乏だったのさ」

南部の黒人差別の様子は壮絶なんだけど、日本も朝鮮人は殺せってデモする人が都知事候補になって10万票も取る国になっているんだよね。 想像してみれば、スペインで日本人は殺せってヘイトデモが大通りを練り歩き石を投げられたらどんな気持だったろうか。そんな国に愛情を持てるだろうか。

映画の中でもKKKとか自警団の白人達はふつーの職工だったり家庭人だったりするんだよね。日本でも、そこそこ余裕があって家庭順調な人は無関心に陥り、不満のある人は、後ろ向きのいじめっ子のような目先の快楽にふける。それが健全な社会のありようなんだろうか。

もう一本観た「最高の人生の始め方」って映画はとてもいい映画だった。地味で全国放映もされなかったようだけど。原題は
『The Magic of Belle Isle 』湖に浮かぶ小さな島のことで。日本語の題名がダサ過ぎ;

事故で車椅子で右手も動かない老作家(モーガンフリードマンが最高!)は、妻を失ってから酒びたりで書く事もやめてしまったの。甥っ子が心配して夏の間、欧州コンサートツアーに出かけたバンドマンの避暑地の家を借りてモンティって叔父を送る。だめだめなゴールデンリトリバーの老犬の世話がついているのね。この犬がまたいい味なんだけど。



その家の隣家に離婚調停中の母親と3人の娘が越してくる。そこは母親の祖父母の残した家だったよう。この9歳になる二番の娘は小説家に憧れていて、こづかい34ドルをモンティに渡して小説を書くことを教えてほしいって言うの。その時にモンティがちょっとした作り話をして、その場面が目の前に浮かんだかぃって言うのね。

見えないものを見る力は人への最高の贈り物だ、それを想像力とも呼ぶがね。それがあるかないかで物語は生まれるって。想像力を失ったらどれほど世界は狭く灰色だろうと思うよね。いい言葉だなぁって。ちょっと心がほっとするこういう映画もいいよね。

もうそれ程長い先は見られないまでも、少しの希望を見たかったのだが。そう、こんな本の紹介があったんで。失業率30%とか云われるスペインで、愉しく生きられる場所を作ろうとする人々と市民の活動が描かれているようで未読だけど大体判るの。



失望も希望も人生の機微だからね。通院で筋ジスの疑いがあるって言われて、ちょっとびびっているんだけど。息子の誕生日だから外食と思ったのに、贔屓の台湾料理屋はもうなくて二人で久しぶりのピザとって一緒に映画を観るのだ。