バッシング文化

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大体が、そんなもん文化と呼ばないんでげすが。文化鍋や文化包丁ほども役に立たない。政権批判や政治や行政などの公人や制度を批判するのは、バッシングとは呼ばない。勘違いしてはいけやせん。

それは自分達の税の使い道をチェックすることでもあって、見てみぬ不利が世間を悪くするってもんだからね。みんな呑気に暮らせるようにしたいねって方は一言いって当たり前なんでげす。

一億総貧困化しつつあるような社会では、気持も生活も余裕が無くなって、世間から寛容性ってのが失われていくんでしょうが。人は迷惑をかけたりかけられたりして生きてるんで。おれは誰の世話にもなっていねえよ。って人はいないのよね。

友達だって家族だって社会だって、お世話になったり世話したりお互いさまよ、の範疇で成り立ってる。町内から組合から保険だって成り立ちを考えれば相互扶助ですがな。

小田原市の生活保護の相談員が揃いのジャンバー作って着ていた事件だけど。



黄色いエンブレムにはローマ字で、「保護なめんな」その下には悪という漢字に×印が。ジャンパー背中側には「我々は正義だ。受給者が不正をして利益を得るために我々をだますのであればあえて言おう“カス”であると!」というもの。

記事はこれ「ジャンパーに生活保護「なめんな」、市職員訪問 : 読売新聞 http://www.yomiuri.co.jp/national/20170117-OYT1T50059.html?from=tw …

それに対して稲葉剛さんがこうツイートをしていて。「生活保護行政への信頼を失墜させる行為。小田原市は徹底した調査をした上で、職員の教育をやり直してほしい」
以前から、生活保護者の支援をしている稲葉さんだし穏当な意見なんだけど。そこに相変わらずのクソリブ投げてくる人の多いのに呆れる。保護者叩きって楽しいのかね。

生活保護の不正受給は咎められる事であっても。保護の補足率は先進国のなかで最低で、不正は保護者のたった0、06%なんだよね。

それを叩く事が保護を受けられない、受ける事を恥じるような人をも叩く事だとも思わない。無慈悲な非人情が果たして正義なのか。クソリブの人には何言っても無駄かもしれないけどね。

不正という言葉に反応して、己の正義を絶対化したいだけで。保護の実態も知らず自分の将来も妄信している無知でしかない。想像力も人情もなく、攻撃する自分に酔ってるだけのように思える。そこには、保護受けるような奴は敗残者で自己責任って見下しと、オレって正義という歪んだ妄信があるような。

現場の職員の方も大変な仕事なのは解るし、不正を憎む気持も間違いとは言えないけど。この方達は市民の税金で給与を貰って社会福祉の仕事についているんだよね。今日、小田原市が謝罪会見を開いたらしいけど。それも市民の声が殺到したからで。まだ世の中腐ってないと思うよ。

子持ちの母親の授乳が迷惑だとか、ベビーカーが迷惑もそうだけど。てめえだって母親の乳飲んで育ってきて、いまや巨乳の女の子大好きなのに、よく言えるよなって思う。バッシングするのはそこなのかぃ。肝っ玉の小さいセコイ奴だわぁ。電車の中で泣き出した赤子に乳やる母親なんかフツーにいて、周囲も微笑ましく見守るような世間がキライなんだね。

今日は機嫌が悪いから、口が滑ってしまうんだが。ほんの少しでも、暮らしやすい世の中になるといいと思ったら声をだしていかないとね。それはバッシングではないんだよね。

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蕎麦屋

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最近は町の蕎麦屋が減っていて、ラーメン屋全盛であるけれど。
幼い頃には蕎麦屋の方が圧倒的に多くて、近所に来々軒って支那ソバ屋が出来た頃は、物珍しくて銭湯の帰りなど女中さんと立ち寄ったものだ。なぜか35円だったのはよく覚えてる。

当時は居酒屋っていうのも少なくて、大衆酒場なんて呼ばれる店が新宿の大通りにできたりしたが。ガード下の思い出横丁も屋台に毛がはえたようなもんだったねぇ。

祖父が行きつけの蕎麦屋があって、爺ちゃんはパチンコの帰りにそこで一杯やる。パチンコも立って打つスタイルだから、足の弱い爺ちゃんは長く打てないの。一杯やって寝てしまう爺ちゃんを何度も女中さんと一緒に迎えに行ったもの。

蕎麦屋は酒を飲む所で、天ぷらや板わさやら、小鉢まであって〆に蕎麦を手繰るって感じなのよね。江戸っ子の名残があった我が家も一家で蕎麦好きで、爺ちゃんはうどんをふやけたちんちんみてえだと食べないの。おでんのちくわぶも、あんなもんはかさふやしよっと嫌ってた。

甲府にいた頃は信州や韮崎の蕎麦屋に通った。日帰り温泉帰りの蕎麦は清涼なの。今の家の近くには美味しい蕎麦屋が二軒あって、蕎麦の種類も更科から十割蕎麦まであるんだけど。素材が高沸してるからか庶民値段ではなくなってしまったね。そこのほろ酔いセットは焼酎の蕎麦湯割がついて小鉢と蕎麦で1500円。ううむ。

大体が蕎麦を作る農家が減っているから蕎麦粉も輸入物が増えているんだろうね。葛とか蕎麦とか栽培を奨励すればいいのにね。韃靼蕎麦ってのもあるけど、ソバはスペインではサラセン小麦って呼んでいる。蕎麦の実の袋入りを買って来て蕎麦の実のお粥とか、蕎麦粉のクレープ焼いたりしていた。さすがに蕎麦うちまではしなかったけど。

日本でも男の料理で蕎麦打ちが流行ったのか、ダンチュウなんかで取上げられていたね。海外に初めて出た時、帰りのバンクーバーでカップ蕎麦を売っていて思わず買ってしまったが800円もした。でも、あぁ、日本だなぁって思ったものよね。

日本の駅蕎麦って食レベルが高いよねぇ。冷える時に甲州方面に列車で行くと、高尾の駅蕎麦がたいそう美味しく思えるし。駅蕎麦グルメの人もいるんだろうね。

蕎麦好きの叔父達に浅草の蕎麦屋に連れて行ってもらったり、神田のやぶ蕎麦で成人になったからと一杯奢ってもらったりの思い出も懐かしい。


神田のやぶ蕎麦

町の蕎麦屋がどんどん閉めてラーメン屋になるのは、なんだか淋しいような気分で書いたんで。うどん好きな方にはご勘弁なのね。

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ささやかな幸福感

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 人はどんな時に幸福感を感じるんだろうか、ってぼんやり思った。

 幸福感っていうのは、脳内エンドルフインによって起こるとか。エンドルフィン(endorphin)ってのは、脳内の神経伝達物質のひとつで。モルヒネ同様の作用があって、脳内鎮静剤とか脳内麻薬とかも云われるのね。

 「幸せホルモン」といわれるのはセロトニンで、脳で作られ分泌される脳内物質の1つ。セロトニンも正確にはホルモンではなく脳内物質なのね。セロトニンは、脳幹にあるセロトニン神経という数万個の神経細胞が分泌しているらしい。日本では販売されてないけど、欧米の飛行場なんかでは時差ボケや航空障害の薬としてドラッグストアで売ってたりする。

 科学的な話ではないんだけどね。サイモントン療法って、癌患者に癌細胞と闘うイメージをさせるイメージトレーニングや末期患者に医療大麻を使うのも、これらの物質を分泌させて恐怖や痛みを軽減させ幸福感で活きる力を引き出すってことなのね。イメージ力は馬鹿にならない。

 プラシーボ効果も何かを信じる信心も、同じような意味があるんだろうと思う。幸福な思い出というのが時に強い生きる希望になったり。信頼感や強いイメージが活力になったりね。そんなもんオカルトって思う人もいるんだろうけど。

 現実世界で達成感を得られなかったり、希望を失ってしまうと。無気力な厭世観に陥ったり、自棄的な他者への攻撃になったりもするから。人の心の平和とか幸福感は社会にも反映されるのよね。

 ロシア科学アカデミーのアレクセイ・ヤブロコフ博士が「チェルノブイリの教訓」で低線量でも放射線の脳への影響についても述べていてたけど。アレルギー症状の激増や若年の白内障やら多くの影響が日本でも既に起きていて、脳内への影響もあるんだろうなぁ。

ううむ、喘息が起きたのも目が濁ったのも老化が早くなったのも、きっとそのせいだわぁ、などと放射脳の私など思ってしまうが。自分の不摂生を棚にあげてはいけんよね。早寝早起き適度な運動、禁酒禁煙どーなんだと問われるとすんませんです。

人は、どんなつらい情況や悲惨な時あっても小さな幸福感を求めるのは、きっと無意識にそれが生きる気力になるからだろうね。いい映画みると生きてて良かったぁとか、いい音楽聴くと胸の苦しいのが落ち着いたり、猫と遊んで笑うような。

シベリア抑留の厳しい監禁生活で、服の糸を抜いて石を拾ってきて囲碁を遊んだ房の抑留者が、最後まで生き延びた人が多かったという抑留日記を読んだこともある。冬の雪道を、いやなお使いに歩いていけば15分で疲れるのに、スキーに行って楽しめば平気で2時間も雪の中で過ごして疲れないものよね。

話がとぶけど。カジノ法案で晴さんも書いていらしたけど、日本の公認博打は各省庁の管轄で財源になっているんだね。競輪とオートレースは経産省、競艇は国交省、競馬は農水省、トトは文科省で宝くじは総務省、パチンコは風営法で警察が指導、管理とか。ギャンブルも縦割り天下りの利益分配になっている。

カジノの法案のことから世界のカジノ事情とか調べてみた。スペインとリスボンでしかカジノ経験はないんだけど。観光省の管轄が多い。つまりは観光外貨獲得が主な目的なんだろうね。
モナコもそうだけど海外富裕層がターゲットで設備も豪華。中にはハイローラーってプロもいて、こういう方は一種のサクラでもあり上得意客扱いで、宿泊費や食事は無料なんだねぇ。

まぁ博打って言うのは面白いから、ゲームとして楽しむ分にはいいと思うけど。ハマらないと面白くないとも云えるし、ハマると己を失うという危うさだね。それを生活にするにはかなりの覚悟と投資が必要で。賭け麻雀やパチンコや競馬で食べてる人も知っているし、600万も借財して逃げた人や店を潰した人も知っているからなぁ。日本のカジノって優雅さのかけらもない貧乏ったらしい気がする。

カンフル経済とか、ドーピング経済って、日本の経済状況が呼ばれるのも、一時の数字を出すためで、長期的安定経済を見てないってことだよね。

どうにも政権批判になっちまうんだけど、リニアやオリンピックもね。目先の経済利益に賛成する人が自分の呟きに反論してくるんだけど。切羽詰って10年後の1千万より今日の100万って気持もわかるんだけど。国の運営がそれじゃまずいいだろうと思うわけよ。

ましてやさ。森オリンピック組織委員長が「原発ゼロなら五輪返上になる」とか、安倍晋三首相が「共謀罪なしでは五輪開けない」とか言ってね。
何をトチ狂って、二週間の体育祭と国の方針や原発の廃止を一緒にしてんだか。だったらさっさと返上しちまおう。 へんじょーうへんじょう、さっさと返上~♪ 引越しおばさんの歌で布団を叩いちやうぜ。

目先の快楽や利益と、庶民のささやかな幸福感はまったくの別物だよね。どうにも庶民の幸福を少しも思慮していない政権だと思うのだが。雑多に思いつくまま、こうして文を書けるってのもささやかな幸福ではあるんだろうね。

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手のひらの物語 善人横丁

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へいっ、あっしは善兵衛と申しやすの。先日から何度かお見かけしやしたがこうやって大川の溜りで、並んで釣りをするのも何かのご縁でやんしょうよっ。

ほうっ、お武家様は橋場にお住まいで、あの辺りも、近頃めっきりと賑わってけっこうでございやすな。

あっしは深川菊名町で差配をしておりやす。片側六軒合わせて十二軒長屋ですがね。店子みんなが居職と小商いで、善兵衛横丁とも云われてるんでやす。

また、こ奴らが滅法気が良くってね、近所の悪餓鬼の面倒は見るは、気楽に修繕や手助けに出るってぇんで善人横丁とかも云われておりやす。まぁ、お近くにおいでの節はお立ち寄り下さいませ。

善兵衛と名乗った老爺は、にこにこと人の良さそうな顔で言った。


小谷真兵衛は元北の定町廻り同心で。大柄でいかついが、目鼻たちの散った間延びした面立ちで、大した手柄も立てずにそれでも町場では穏やかな人柄が親しまれた。
無事に家を息子に譲ると橋場に隠居して。おもんという在所の百姓娘を小女に雇い、六十越えた気儘な独り暮らし。

たまには嫁の久江や、下谷の御家人に嫁いだ娘の理恵が尋ねてくるが、堅物の息子の小谷真之介とはどうにも反りが合わない。
橋場の竹薮の小さな隠居所にすまわって、大川に釣りに出かけては多少の小魚を持ち帰り、碁敵きの戸羽屋の隠居と微かな交わりを持つだけの気楽さを愉しんでいる。

おもん、今日も善兵衛どんと並んで釣りをしたのだ。何とも飄々とした老人でな、釣りの楽しみが増すというものだ。

そりゃよかっただねぇ。
おもんは十七になる農家の娘で七人兄弟の末娘、親は江戸の近隣農家としてそこそこ暮らしは成り立つものの、なんとしても子沢山で、かといっておもんを江戸の町中奉公に出すのは気がかりに思えたようだ。

真兵衛が下働きの小女を捜していると聞きつけて、連れ立ってやって来たのであった。真兵衛は一目で、すこぶる元気で無垢な眼差しのおもんが気に入った。
実際に、おもんは身を厭わずくるくるとよく働く娘で、料理もこなしけらりと良く笑う屈託の無い娘だった。

夏の蝉の煩く鳴く午後に。かっての同心仲間の友が病みついてると聞き、見舞いがてらおもんを連れて深川に赴き、思い立って善兵衛横丁を訪ねたのである。

狭い路地ではあったが、善兵衛横丁の看板が木戸に掲げられ、路地ながら人の行き交いも賑やかである。狭い通りもすっきり掃かれて、長屋の間口前の打ち水も清々しい。



角の煮売り屋に入って、煮〆をつまみに一杯やり、おもんは煮豆を美味しそうに頬張った。煮売り屋の親父は、五十絡みの気さくな男で、善兵衛とのかかわりを話すと。

へえ、それはそれは。差配さんは心配りのある良いお人でやす。あっしら長屋のもんは親とも慕っているんでやんすよっ。
おいらは権六と申します、今差配さんに小女を使いにやりやしたから、おっつけとんでまいりやしょう。まぁ、ごゆっくりとなすって。

話す間も無く善兵衛が小走りにやってきて。

これはこれは何とも嬉しいことで。お尋ねくださいまして、ありがとうございやすよっ。
にこにこと顔をほころばせて隣に腰を掛けた。

良い横丁だのぉ。活気があってみな笑顔だ。どの店も繁盛してるしなぁ。

へいっ、この長屋を手に入れて五年でやすが、店子に恵まれて、あっしはすこぶるな幸せ者でやすの。おやおやっ、愛らしい娘御でござんすねぇ。旦那のお嬢様では無いようで。

うむ、これはおもんといって家の世話をしてくれる。橋場の農家の娘でな、ある意味娘より拙者にはだいじな者よっ。

ほうほう、そりゃ結構な巡り合わせで、人の縁というのは己が引き寄せるってぇ言いやすからねぇ。

気分良く過ごして、土産に煮豆まで包んでもらい真兵衛とおもんは船で橋場の家に戻った。


その日から数日たって、珍しく息子の真之介が尋ねてきた。陽射しが眩しいような日和で、真兵衛は、庭の鶏がせわしなく麦を啄ばんでいるのを眺めつつ縁側でごろり横になっていた。

父上、ご健勝で何よりでございます。
庭から入って来た真之介は律儀に頭を下げた。

黄八丈に黒の巻き羽織は若い真之介には良く似合う。どうにも生真面目すぎて真兵衛には煙たいような息子なのだが。そこは亡き妻にそっくりで、仏の旦那と呼ばれた鷹揚な真兵衛とは反りが合わないものを互いに感じている。

なんだ珍しい事もあるもんだ。何かお役目の事で困りごとかな。まぁこっちへきてお座り。

はいっ、実はでござります。
縁側に腰を降ろすのももどかしいように真之介が口をきる。

近年、市中にやた烏という義賊が跋扈しておりまして、奉行所総出で追っているのですが。町民も投げ込まれた小銭もあって情報が集りませぬ。

ふうむ、義賊というには庶民には喝采もんだろうて。金持ちから奪い長屋に銭を投げ込むは、迷惑なのは豪商だけだ。

けれど幕府の威信、奉行所の信頼は地に落ちまする。それ故、北も南も競うようにやっきになって追っているのでございますが。
それで深川菊名町に善兵衛長屋というものがありまして、訴人する者がありもうした。

えっ、善兵衛横丁のことかっ。

ご存知で。

うむ、あそこの差配とは釣り仲間でな。

ところが調べますに、どうにも評判が良いのでござります。正業を営む者ばかりで繁盛もしております。

ふむ、先日寄ってみたが、まさに善き人ばかりと見受けたが。

しかし訴状に拠りますと、飾り職人は合い鍵の作り手で、飴屋は店の見きわめ役、仕立物の娘は下女に入る引き込みではないかという訴状で。

けれど何らかの証が無ければ、訴人だけではなぁ。貧乏人はかばってこそすれ訴えはするまいに、訴人とはなぁ。
差配の善兵衛どんとは何度かご一緒したが、飄々とした好々爺と見受けたのだが。

私も何度か忍んであの長屋を訪れたのですが、どうにも、やた烏の一党とは思えないのでござります。なんとも難儀な一件でございまして、父上のお知恵を拝借したいと参上したのですが、父上が懇意の差配とは存じ上げなく。

長屋に見張りどころを設けたのか。

はいっ、長屋の外にある研ぎ屋の二階に設けまして、交代にて善兵長屋を見張っておるのですが。

ふむ、不審な様子は無いんだな。

はいっ、今ではお奉行も与力方も、訴人が何か妬みがあって、偽りの投げ込み文を入れたのではないかと。
そもそも、やた烏は町場では人気者ゆえ不審があっても庇いまする。それが訴状を投げ込むのは何故だろうかと。

そこだな。義賊といえども盗人だ。義憤で訴人したのか、あるいは商売敵きの盗人かも知れぬぞ。

御政道が締め上げれば締め上げるほど、町の怨嗟が起こる。贅沢を禁じても豪商だけは栄えて、幕閣とても小判に勝てぬ。
米の買占めや油の値上げと立て続いては民も生きにくい。義賊に救われる者もいるのは確かな事よっ。

けれどこのままでは八方塞がりのままで、町方の示しがつきませぬ。何かお知恵があればと。

ふうむ、やた烏かぁ。
真兵衛も腕組みして考え込んだ。


獲物はあったかぃ。真兵衛が横に座ると善兵衛はにこにこと。
鮒が二三匹だけでございやすが、こんな夕暮れはひょいと主も現れそうな気もしやす。

ほほう、大川の主とは鯉かぃ。

へぇ、もう何十年も生きてる大物で、滅多に姿もみせやしやせんが釣り損なった者もおるそうでやんす。

ほう、それは一度お目どおり願いたいもんだのぉ。

あっしは一度だけ撥ねるのを見ましたが、そりや立派な姿の鯉で。

ところで、町場にやた烏という義賊が出没してるのをご存知かな。

瓦版で知ったほどでございやすが、それが何か。

実は拙者は元は定町廻りなのよっ。
善兵衛の肩がびくりと動いたように見えた。

それで聞き及んだのだが、そなたの長屋は善人ぞろい、けれど訴人があったそうな。

旦那、それはお役の秘密ではありませんかぃ。なんであっしにそれを。

なんでだろうなぁ。今の御政道で民草が苦しい思いをしてるのを、知っているからだろうかな。

拙者は、やた烏を捕らえて獄門台に送って万事事なきとは思えんのだ。今のような庶民に苦を強いる政道が続けば、第二、第三のやた烏が出る。そう見てるのだよっ。

豪商が幕閣を金で抑えて、米や油の価格ををいいように釣り上げる。難儀するのは長屋の住民ばかりだ。定町としては示しがつかぬと躍起になるだろうが、それも幕閣に連なるお偉方が、豪商にせっつかれてのことよっ。

わしが町廻りに嫌気がさしたのは、盗人や騙りばかりが悪ではないということさ。御法とて人が定めた決まりに過ぎぬ。果たして貧しき者だけが咎められる御法とはなんだと。

しかしなぁ。やた烏に言いたいのはな。
義賊と云えど盗人だ。人は悪しき行いをしながら善行もなす。善を建前としても悪しきも為すものよっ。だがどんな建前でも盗人は盗人だとな。正業を営み暮らしがたつなら充分だろうに。己が法と思い上がっては善行などとは言えまいよ。

えへへっ、旦那はおかしなお方だねぇ。
善兵衛は額をぴしゃりと叩いて笑った。

お前さんも大川の主のように、撥ねて潜るのだろうよっ。やた烏も飛び立つこともあろうて。
真兵衛も笑った。


父上、善兵衛長屋が丸ごと消え申した。一夜にして長屋中が消えたのでございます。何とも面妖な話ですが。
真之介は縁側に腰を掛けて茶を啜って言った。

やはり、やた烏一味だったのでしょうか。藩の打ち棄て兆散でもあるまいに。大勢の者が家や店を打ち捨てて消えるなど、聞いたこともありませぬ。

町役人や町名主も、神隠しにしては人が多すぎると。人別を辿りますと、金で人別をつけた者もあって疑いは濃いものの実証がありませぬ。何処へ消えたのやら。

ふうむ、どこかでまた善人横丁を作っているかも知れんのぉ。善兵衛どんも何処かで釣りをしているか。ところで訴人は判明したのか。

それが訴人を訴人する者がおりまして、訴人は六介という小盗人で、素行が悪くあの長屋を追い出されそれを怨みに思って訴人したのではないかと。

瓦版でも、やた烏は庶民にとっては救いであり、娘を売らずに済んだ、店の取り立て金を落として身投げするのを救われたと、町の声も書かれておりました。善兵衛長屋の近隣の者も、あらぬ疑いでいたたまれず江戸外に出たのだろうが、なんとも残念なと嘆く声ありもうした。

拙者もそれを見まして、お役目とは何だろうと。奉行所の面目、お役目だいじと勤めて参りましたが。江戸の町を守るということは、町に生きる者を守るという事はなんなのかと。

そうか、善兵衛長屋は消えたのかぁ。そりゃ大円談って始末であろうて。真之介、お前もそう思ったなら、やっと一人前の八丁掘よっ。

善兵衛は何処かでのんびりと釣りを愉しんでいるのだろうか、長屋の連中も江戸外の町に紛れ込んで正業を商っているのだろうか。

蝉の無く木立に晩夏の風が吹き渡り、鶏の声がのどかに響く庭に、旦那様ぁうんまい茄子が煮あがったよぉ、真之介さまも食べておきなさいなぁ。

おもんの間延びした声が響いて、真兵衛はもう一度微笑んだのだ。

窮鼠は猫を噛むか・メキシコ

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天窓にカラスや鳩が停まると、スペインの家の三匹の猫は雄だけが、カカカッツと喉を鳴らして威嚇したけど。あれは威嚇だったのかなぁ。

トランプは、選挙中からメキシコやメキシコ人を冒涜するような発言を度々してきたんだけど。中南米支配の過去政策がキューバを除いて首尾よくいって。更にいまや、左派政権つぶしが経済侵略によって成果を上げているから大変思い上がっているんだろうね。

一番身近な隣国を敵視するっていうのは、国内を一色にする方法で何処の国でも使っている。けれど米国は広大でロス辺りから南で移民排除なんてできるはずもない。なんのかの言ってもメキシコは親米派であって安価な労働力や農産物の提供国だ。だから麻薬カルテルだって上手く使って目こぼししてきたんだよね。

ところがNAFTAの締結でメキシコの農家が壊滅的な打撃を受けた。モンサントンや単一種の生産もその要因で。韓国も同様な事が起きている。TPPはたぶん流れるだろうが、トランプは日本にNAFTAを押し付けてくるだろうと推測できるよね。より米国企業に有利な条件でね。

内田さんがツイッターで述べていたけど。
「メキシコは当てにしていた税収も雇用も経済波及効果もぜんぶ消えてしまった上に「メキシコ人が入れないように壁作るから費用出せ」と言われているんですよ。NAFTAを盾にとってメキシコのトウモロコシ産業を壊滅させておいて、今度はNAFTA があるせいで米国内の雇用が減るから止めるって。

僕がメキシコ市民だったら、「ふざんけんなこの野郎。じゃあ、テキサス返せ、カリフォルニア返せ、アリゾナもニューメキシコももとはうちの土地じゃないか」と無理と知りつつ言いたくなりますよ。トランプは「メキシコ人によるテロ」リスクをゼロ査定しているんですかね」

その通りまったく舐めた話なんだが、前にも取上げたようにメキシコには地方に自治の村やチアパス州にはサパテシズタの市もあって、あまり追い詰めると窮鼠猫を噛むようなこともおきかねない。

米墨(べいぼく)戦争って1846年にテキサスの所属をめぐって米国とメキシコの戦争があった。スペインからの独立革命戦争の後で、疲弊していたメキシコが結果的にはルイジアナ、カリフォルニア、アリゾナ、ニューメキシコなど失ったのよね。革命や戦争のDNAも流れている人々。

ふだん、てれってれっしてテキーラ飲んでいるけど、やるときはやるぜっ!にならないとも限らない。足元の蟻を舐めてると蟻の一穴の例えもあるからね。戦争を煽るつもりは毛頭ないけど。

それにしても、経済学者とやらがTVでトランプを称賛してて。日本の経済は飛躍的によくなるとか別の番組でも別の経済学者が言ってるんだけど。日本は窮鼠であるって意識がないからねぇ。自分を猫だと思ってる鼠は喰われるだけだね。

少年兵なんて知らない

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年明けで「明るい未来」とか「希望の年」とかの景気のいい政治家の言葉も飛び交う2017年ではありますが。あまり目出度い気分にはなれない。

初売りも福袋もいいけど、片側で家族殺しや無理心中のニュースもあって、どうにも自分の周囲の貧困や困窮に目がいってしまう。

働く子供達ってドキュメンタリーを見て胸が痛むのは。昔の子供のように家業の八百屋を手伝うとかじゃないからね。シェラレオネで穴倉に一日潜って金やダイヤの採掘とかだもの。中米やアフリカで見たのは、自分の子供四人におもらいさせて、男はぶらぶらしてる。仕事がないせもあるんだけど、すっかり気力がなくって子供ばかり作ってるとか。ウガンダでもエイズの子供を働かせないよう収容してる日本人も知ってる。

児童労働は日本には多くないと考えられるけど。子供の虐待は目に見えないしイジメ問題も浮かび上がるのほんの一部だろうなぁと思う。

オーバーージャッヂというらしいが、自分の正義で他者を裁くようなことが蔓延する世の中は、殺伐として生きにくいよね。オートバイで我が物顔に走ってると軽自動車で突っ込んだりとか。あいつはダメな奴だからやられても当然だって思う歪んだ意識もね。自分を疑う事を知らずに育つ、あるいは劣等感や自己否定に痛んでしまった結果なのか。

少年兵と直接会ったことはないの。スペインのカトリック系NPOで少年兵のの支援をしている所があるのは知っていたし。スペインから最初に出た自然医療ボラがエジプトのカイロで、アフリカのガーナに行く前に師匠と通訳のHさんと街会わせしたのね。

ガーナのビザ取るのにえらく苦労してマドリッドの英国領事館で発行してもらい、めっちゃ痛い黄熱病の予防注射して野口英世先生に感謝しつ、先乗りで一週間早くカイロに着いた。

セミナー会場のパレスチナ難民病院を下見したり、メディナ市場で迷子になって泣きそうになったりしたが。何とか師匠と落ち合い、通訳のHさんが来るまでカイロの町歩きしたりピラミッド行ったり。
通訳のHさんは英語、アラビア語、仏語と堪能な女性で中東関連の著作もある方なんだけど。お互いにヘンなおばさんと思っていたね。でもボラとはいえ仕事で職能人だから、尊重しあって上手くやっていた。

そこで、パレスチナの歴史やインティファーダ(反乱蜂起運動)の実態、子供達の石投げ闘争の話を聞いて。難民の障害児の施設でも孤児になった経緯を聞いたんだけどもう泣くに泣けない気持になる。その後に国連関係の少年兵支援の方の話も聴いて、想像もつかない悲惨を知ったのだけど。



海外ドラマでも、イラク、アフガンで子供が地雷や爆弾テロをさせられて米国兵は民間人との区別がつかないとか。実際にボコハラムなどの子供を拉致して弾や盾に使う話はあるんだが。被害者も加害者も身体の損傷だけではなく一生残っていくんだよね。南スーダンでそういうことが起きぬようにと願うばかりだが。ISに処刑された後藤さんもこんな本を出していた。



そういう未来を子供達に残さないのは大人の責任でもあるように思うのだが。そんなこと日本に起こらないわよ考えすぎよって、言われるけれどね。既に魂の難民化しているようで気がかりなのだ・・

ご挨拶

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今年がみなさまにとって穏やかな年でありますように! ポルトガルのガロ。




年末の大掃除で風邪を引いて、年越しは引き篭もって過ごしましたが。みなさま穏やかな年越しのようで何よりです。

多くの別れも新しく友達になってくださった方もいらして、ネットの上でもいろいろな事があったけど。今年も書けるだけ頑張ろうと思っております。本年もよろしくね!

歴史の今

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司馬遼太郎の本は数冊しか読んだ事がない。おっかさんは当時「小説新潮」や「文芸春秋」「小説宝石」などを本屋からとっていて。海音寺潮五郎や五味康祐やサンカ小説の三角寛とか、マセガキの私もナマイキに読んだりしていた。エンターティメント的なものが好きだったんだろうね。

福永武彦や立原正秋などもそれで知ったし、親類の深沢七郎などが載っていると母は嬉しそうに話して。司馬遼太郎の小説もその頃から目にしていたのね。著名な作家だから読んだ方も多いだろうけれど。

「竜馬がゆく」「燃えよ剣」「国盗り物語」と映画化やドラマ化された作品も多く。「坂の上の雲」「世に倦む日々」と幕末から明治にかけての作品も多い。

晩年は小説より「街道をゆく」や
「空海の風景」などルポルタージュやエッセイが多かった。好きな作家かと言われると、ちょっとふうむなんだけど。

「菜の花の沖」や
「俄 難波遊侠伝」は面白かったし、
河合継之助を描いた「峠」とか。歴史的偉人でない人々に光をあてたものは特にいいなぁと。膨大な資料にもとづく街道をゆくシリーズの江戸の下町散策などはとても惹かれたし。

「国民的作家」とか呼ばれ、歴史を俯瞰して一つの物語と見る「司馬史観」って独自の歴史観が人気だったけれど。政治的発言はほとんどしていない。松岡正剛しが言うように。

「司馬こそは日本を憂い、日本を熟知していると思われてきたのになぜなのかは。司馬の小説の中にこそ意見もコミットメントもあると思わる」ってことなんだろう。

  例えば100年前の、200年前のことと見直してみても。100年前は明治半ばで、伊藤や山県や松方が自衛隊の遠方派遣を論じデフレ対策練っていたり。実際に大隈と松方は日本資本主義最初のデフレに対処していたようだし。


200年前なら元禄から享保の時代で、家斉の老中水野忠成が、北朝鮮の日本人拉致問題にとりくんで、異国船打ち払いを日本海でしようとしたり。小田原で藩主大久保忠真が民間の二宮尊徳を登用して、教室崩壊の対策を相談していたりもする。


歴史は現在であり現在もまた歴史なんだよね。昨日、内田樹さんの司馬についてのエッセイを読んで、とても納得したので貼って於こう。なぜかリンクできないからこのまま。


<司馬遼太郎と国民国家>

http://sun.ap.teacup.com/souun/21366.html


この中で「司馬遼太郎が描いた国は小さな町内に似ている。それはたかだか暫定的な制度に過ぎない。集団のあるべき理想ではないし、他の「町内」に際立って卓越する必要もない。

けれども、そこに生活しているものにとっては、そここそが命がけの現場である。天災に襲われ、建物が壊れ、田畑が流れ、死者が出れば、災禍が去った後、人々はとりあえず生き延びたことを言祝ぎ、失われたもののために涙し、暮らしの場を再建しようとするだろう。生活者というのはそういうものである」

一人の生活者としてこの言葉に心揺さぶられる。嘆いたりい怒ったり、時に他愛なく喜ぶ人々の暮らしもまた。確実に一つの歴史なんだよね。

仕方が無いこと

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 仕方がないわよ。何かを諦める時人はよくそう言う。負けたんでも努力が足りなかったんでもない、個人の力の及ばぬ事象にぶち当たると,
そう自分を慰めて痛みをやわらげる。

 実際そういう時もあるんだよね。若い友人の病死から国際社会の紛争まで、自分の意思や想いでどうにかなるもんじゃないことは多いもの。

 こないだリニアの話をネットで話していたらこういうリブが来たのね。

 「何かを得るためには何かを捨てなければならないでしょう。日本の技術も進歩しながら様々なものを失いました。それは仕方が無いことです。原発が危険だから良くないというような一方向からしか見れない固定概念には反対ですね」

 ほむ。「技術の進歩」ってよく使う人がいるけど。科学技術も技術の進歩も何のためにあるのかってことよね。かならずしも、多くの人に安心や便利や幸福をもたらすものばかりではないし。一部の利益の為に多くの人が何かを失うのは、仕方が無いことなんだろうか。得る物と失う物は等価ではないんだから。

 「何でもかんでも釣り合わせて取捨しているわけではないんですよ。それをした時に一方だけを見て、”リニアはこういうものが悪いけど、えられるものは時間だけ。なら意味ないと決めつけておられますが、政治的効果やそれを導入したことによっての新たな進歩など、リニアには大きな将来性が見えると思います。そのとき5年間だけを見るのではなく、10年20年でプラスが少しだけ多いような状態、それが技術の発展なのではないですか?」とご返事を頂いたんで。

 まず、一方的にしか見れない固定概念を私がもっているとの御指摘だけど意見を述べただけよ。この方のリブの前に話してたことは、利便性の追求の弊害も含めて分析し議論しているのかって疑問で。自然破壊や健康だけでなく継続性や経済効果もね。

 原発事故などあって解ることは、原子力を制御する技術が脆いものだったってことよね。もんじゅなんて廃炉にするって表明して、廃炉技術を今から研究する施設を作るとかで改めてびっくり。

 電気の為、公共性の為といってバタバタと推進してきた結果よね。事故が起きてから、一部企業や政策の既得権益や隠蔽や、どなたかの懐具合で推進されてきたのも明らかになってきてるでしょ。
放射線被害の大きさを、この方は多少の損失って考えているんだろうか。仕方がないと言い切れるんだろうか。

 何でも政治のせいにするとか、安倍批判したいから何かを理由に使うとかの批判もくるんだけど。離島で一人で暮らしてるんじゃなく、社会の中で生活してるんだからさ。

 社会を回す歯車の政権やリーダーや行政に、疑問やこうなったらいいのにってって思わずにはいられないでしょ。全ては他人事じゃないんだよね。
人生には仕方がないさ、ってやり過ごすことだってあるけど。リニアの影響や原発の事も、生活から切り離して話せないよね。

色んな意見があっても、そういう話を普通に話したり意見を交わすのはいいことだと思う。周囲でも疑問を言うと政治の話は関係ないわよーって言われたりする。

税の不公平も年金減額も、物価の高さも食の安全も関係ないことなのかね、子供の未来はどーなのよとか思ってしまうのよね。

トルコは遠く

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現在のトルコはベルリンのXmasuマーケットの事件や、在トルコロシア大使銃撃もあって気楽に観光に出かけられないようで残念なんだけど。

エルトゥールル号の難破事件で日本に世話になったと、未だに教科書にも載せている親日感のある国でもあり、短い滞在の中でも、美しくて食べ物の美味しい国と思っていただけに、現在の政治情況は哀しい気がする。

トルコ政治については以前ブログで嫌な思いをしたんであまり触れたくはないけど。ファイル整理してたらトルコ旅行の記事が出てきて、寒い冬だけどまったり夏の旅を思い出して文字を直してあげてみよう。当時のままだから、お金や情況も変わっていると思うから参考にはならないけどね。


スペインに住んでいたある夏、トルコツアーに乗っかって出かけていった。マドリーの旅行代理店で1週間のツアーで1人5万弱だったかなぁ。飛行機とホテル代で、食事と観光はオプションね。

当時私は、昼はガイド夜は自宅で診療。自然食の輸入販売に試食食堂と働いて、その資金で数ヶ月は医療ボラで海外と忙しくて。三ヶ月の息子の長い夏休みに、久しぶりに家族で出かけるかってことになった。

その頃既に、クルド紛争で奥地のカッパドキアやアララト山方面は旅行自粛が出てたんだよね。それで奥地は諦めてイスタンブール中心で。
さすが紀元前2000年のヒッタイトの昔から、ペルガモン王国、ビザンチン帝国、そして強大なオスマントルコの歴史を持つ、歴史も魅力の溢れる国。

安いツアーだから宿も三ツ星クラスで、ツアーの12人位の客はばらばらのホテルだった。私達3人は下町の問屋街の真ん中の小さいホテルで、西日ががんがん当たる部屋。
一応クーラーは付いてるんだけど、これがぐぁんぶぁーんと震えながらのすごい音で眠れやしませんの。ナマ温い空気を引っ掻き回してるだけで暑い。

とにかく水はやばいらしいんで、すぐ向かいの雑貨屋でペットボトル買いこんで、あんまり冷たくならない備え付け冷蔵庫に放り込んで、それを飲んでいた。通りには民族衣装を着込んだ水売りが鈴を鳴らしながらやってきます。彼に言わせるとこれは井戸水で美味しいよと。確かに冷たくて美味しかったぁ。



実際の息子と水売りのにいちゃん。
ピンボケにしとけと息子の注文。

トルコは当然トルコ語ですが、中心街では英語も多少通じる。どっちにしてもよーわからんですが。取り合えず、メルハバこんにちわぁ、でにこにこ作戦。人々はみんな親切な印象。

でも、これが日本人の危ない面でもあって、女性ひとり旅などでは、やたらと愛嬌を振りまいてはいけませんのや。フランスの留学生行方不明も心配だよねぇ。

文法的には、日本語とトルコ語はもっとも近い文系を持つらしいんですが、発音もガ行が鼻濁音なだけで楽な方かな。

遠足バスツアーの時はスペイン語のガイドさんが来て、黒髪に黒い瞳のチョー美人のサァラさん。この方はお母様がスペイン人で教師だそうで、尚且つアンカラ大学で日本語を専攻してる大学生さんでしたの、運が良かったねぇ。

説明はスペイン語で雑談は日本語で。彼女も日本語を話す機会と喜んでくれてお喋り。良いレストランやハマム・蒸し風呂の店も紹介してもらえて自由時間も充実です。現地情報は貴重よね。

基本、観光はあんまりしないんで街を楽しむ。ホテル近所はすごい下町カオスで人が道一杯行きかってるの。衣類問屋が多い地域らしく夜行バスで地方から仕入れに来たおばさんとか、両肩一杯に袋を担いだおっさんとかね。

道の端のあちこっちで、男達がしゃがんで賭けバックギャモンをやっている。トルコ式はサイコロ二つをダイスカップを使わず手で振るから、絶対賭けてやっちゃいけないよっ。イカサマが多いからね。と、バックパッカーのギャモン好きな若い子に注意されていたんで、見るだけ。ギャモンは日本選手権に出た位の腕前なんで、勝負したいなぁとウズウズ。

二人の男がやっているのを後ろでみていて、動かし方が間違ってるのを見ると思わずノーと指差しちゃう。色の浅黒い黒いカフタン着てる若者は動かし直して勝つと、親指立ててすごくなまった英語らしき言葉でサンキューと笑った。可愛い笑顔だった。

人間、無駄なように思える事でも役に立つってこともあるんだわよね。

当時のトルコ通貨はトルコ・リラ・TLで12000円両替すると1000万トルコ・リラ!大金持ち気分を満喫できるの。タクシー乗っても35万TLとかで、わさっと出して、どや札束持ってけぇって感じ。レストランでも150万TLとか払っちゃうんだよね、ぐあはっはー良い気分だわぁ。

街のメインストリートはなだらかな坂道で、石畳の上を路面電車がのんびり走っている。カフエは外にテーブル出していて、トルコ茶は独特な香がするんで道にもその香が漂っているのがまたいいのね。黒海の東部のリゼ地方のものが高級で、ベルガモット(ライムの一種)の皮を、削って入れて飲むの。

レストランもいいけどね、何と言っても屋台よっ。ケバブのお店は何処にもあって、ピデって呼ばれるパンがまた美味。袋状のパンの中に、串刺しでこんがり焼いた、牛肉・ヤギ肉・鶏肉なんかを削って、レタスや野菜もぎゅっと詰めてくれて安い!五十円くらいなのよ。

もう息子はこればっかりで、レストランに行くよーって誘ってもこない。すっかりケバブが気に入って、独りで勝手にあちこち食べに行っては、あそこの路地のが一番だねーとか評論するのがナマイキ。

トルコ料理は詰め物が多いんだけど、米料理も沢山ある。ドルマって呼ばれる米料理は美味しいの。トマトやズッキーニ、キャベツ、葡萄の葉に、炊いた米を包んだり詰めたりしてスープで煮込むもの。葡萄の葉で包んだのは冷たくして、トマトソースをかけて食べるサラダ感覚のもある。

東西の接点と海のある土地柄で、食べ物はほんとに美味しい。ブルーモスクを観にいった帰りに港に行くと、係留してる船はみんな屋台でね、鯖とか肉を網焼きしてて、ナムって呼ばれてるバケットみたいなパンに挟んで売ってるのね。

コッペパンみたいにかぶりつくと、これがまた、めっちゃ美味しいの。網焼きした油の滴るジュウジュウいってる鯖と玉葱スライスを挟んだのとかね。
港で働くおっさん達と並んで食べて。旨いかぃ、おっさんがそういったんだと思い、私達はこくこく頷いて、ブラボーだとほっぺたをさすった。おっさんは嬉しそうに白い歯をみせて笑う。

香辛料市場は狭い路地に両側全部香辛料なの。樽に円錐型に綺麗に盛り付けて、ターメリックとか、真っ赤なパプリカとか彩りも鮮やか。ちょっと強烈な匂いにめまいが。
その奥は普通の市場で、食料や衣類も売っていて、ちいさなトルコ石のピアスやアクセサリーがとっても愛らしい。買うとチャイをごちそうしてくれるのもなんか楽しい。

トプカピ宮殿はさすがで、世界一のエメラルドも溜め息の出る美しさでしたが、まず風呂だわぁ。ハマムっていう蒸し風呂銭湯に、ごとごと路面電車で駆けつけました。これがほんとのトルコ風呂。

ここは男女別で綺麗だからと、サァラさん情報で出かけていったの。待合室でお金払ってガウン貰って、其々のロッカーで素っ裸になっていると。そこに腰にタオル巻いただけの担当のおばちゃんが呼びにくる。女性はおばさんが男性はおっさんが担当。

私めの担当は小錦サイズの三段腹のおばちゃん。もう、すんごい貫禄でこの巨体でのアカスリは、ちと怖ろしいわと怯えたね。

大きな風呂場は蒸気で真っ白で何も見えず、おばちゃんがそこに座れと無愛想に言うの。座ると頭から、ざばあって豪快にお湯をかける。更にシャンプーらしきものをざんばとふりかけ、すごい力でぐぁっしぐぁっし洗ってくれる。殺されそうな力なんだけど、でも気持ちよい。身体も隅々まで石鹸で洗ってくれてお姫様気分。

おばちゃんが顎をしゃくって、中央の六角形の石の上に行けと示す。その石の上に大の字で寝ると、じんわり暖かい蒸気が身体を包んで汗がだらだら出るのよ。しばらく蒸し鳥のように蒸されてるとおばちゃんが来て、こっちゃさこいと引っ張っていかれ、座ると垢すり手袋でゴシゴシ身体を擦る。

すんごい力で一皮剥けちゃうようなんだけど、垢抜けた女になれただろうか。垢ってこんなに出るんだって感動するのよ。終わるとざっばぁんってお湯かけて、背中をピシャリと叩いて終わりだよー。

ロッカーまで送ってくるのはチップの為で、ロッカーから財布を取ってチップをあげると、サンキューと無愛想に言ってのっしのっしと去っていきました。しかし小錦おばちゃんも重労働で汗びっしょりで、毎日こんなに汗かいていても痩せないもんかね。

ガウンを着て一服するが汗がだらだら出てしばらく呆然と動けない感じ。でもなんか悪いもんが全部出たような気がしてさばさばとする。世俗の垢にまみれて生きているものなのね。
ハマムは偉大だわ。バックパッカー達がトルコは良いよおーって、いうのが判る気がしたね。

ツアーで一緒だった、スペインのジャーナリスト夫婦に誘われて夜の街にも出かけてみましたの。
この旦那は苦みばしったいい男で、スペイン人なのに青い綺麗な目をしてるんだよね。奥様もほっそりした赤毛の美人でしたがね。

息子は置いて四人で夜の街へ。石組みの高い塔のような建物に登って夜景を見たり、夜のお姉さま達が並ぶ暗い路地も、ちょっとびくつきながらカニ歩きで眺めた。何故カニ歩きかというと、後ろから襲われない、いきなり走ってきてひったくられるの防ぐ、これはやばい路地の常識でありやす。旅の知恵だね。

四日目にシェラトンに夜景を観にいったの。ここの最上階からみるゴールデン・ベイは、世界最高の夜景と云われていてさすがに綺麗。シェラトンは好きなホテルではないので夜景のみ。

ところが帰り道の暗い歩道の段差でとうちゃんが捻挫してもうた。翌日には腫れ上がって歩けないのよね。そんで町のヒルトンホテルに移ったの。さすがのヒルトンよ。フロントに日本人の小山さんてホテルマンがいて、捻挫の話をするとサロンパスと氷嚢に氷詰めて部屋まで持って来てくれるサービス。

部屋は小さな庭付きで、静かなエアコンでひんやりしてるし、冷蔵庫にはワインから飲み物がびっしりでミネラルウォーターは飲み放題!一部屋三人で一泊12000円って安いと思ったわぁ。日本と違って一部屋単位なのがいいよね。余計な出費だけど二日はゆったりリゾート気分。

広いプールも無料でタオルもデッキチェアも、トルコ人のメイドさんが世話してくれる。この際、トルコ人のメイドさんは幾らで働いているんだろうとかは考えないようにしよう。真心は現金で、とチップは多めに。ガイドのさがよね。

丘の上は、近所が高級ホテルと住宅街であんまし面白くないけどね。体調の悪い時はホテルライフが快適なのは大事。湾内一周のクルーズは歩かなくて済むんで、翌日、予約いれて出かける。

日本の技術で架けられたコンキスタ橋や、入り江になってる高級リゾートの別荘群とか。入り江の別荘は湾が見えるようにガラス張りで桟橋つき。
桟橋にはボートやヨットが係留されているの。

豪華絢爛じゃなくって、板張りで綺麗な青や黄色に塗られていたりでとても可愛い。あぁ、こんなこじんまりした別荘で、週末はデッキで夕陽をみながら冷えたシャンパンとかヨットで海にでたり。贅沢っていうのはこんな感じだろうなぁ、と思わず涎が出るのよね。

そんなトルコの今を思うと暗澹たる気持になるけど。オリエンタルって文化圏を感じる美しい街と親切な人々に、穏やかな日々があるように願うばかりなの。