迷子の大人たち2

~もしもエエ加減な男が農業を始めたら~「池田なません」の【ニワトリノニワ】農場経営者池田司が送る、脱力系テキトー農業日記


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うっかり更新忘れてました。

 

もう6月ですね。梅雨入りですね。でも全然雨降りませんね。気象庁は近々梅雨入り時期を訂正するんでしょうね。ズルいですねぇ・・

 

さて、今回も例のヤツですが最近ブログ公開を初めから念頭に入れているので何となく本来のターゲットである梅原さんの顔が薄れてきたというか・・

 

ともかく、私は脱サラしてもう9年も経つ訳ですがサラリーマンの最後の方は結構面白おかしくやってたんですがそれまでは毎日あんまり楽しくなく、生きるのとてもシンドかったです。

 

つまり離婚を機に生き方が変わった訳で。その変化とはズバリ自己否定をしないということ。もっと積極的に言えばいつも自己肯定をしながら生きるということ。

 

何年か継続してると毎朝目覚めると同時に理由もなく内側から沸々と生きる喜びみたいなモノに満たされて来て一人で冗談でも言いながらニコニコしているようになる訳で。

 

今思うにあのまま生き方を変えてなかったらそこらに居るような仏頂面したニコリともしない中年のオッサン・サラリーマンになってるところでした。

 

自分でなんとかできる大人の方は意識して自己を肯定するよう癖をつけてみてくださいね。

 

では今回のテーマは自己否定。若干言葉が難しくて理解しにくいかも・・

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 


いつも有り難うございます。
最近ずっと考えているのは「自己否定」の問題です。


北朝鮮の問題、やらトランプやらISやら、戦争やらテロやら殺人やら、性犯罪やら痴漢やら。これだけ科学が発展し、文明が進歩しても依然として消えない人類の抱える問題。これら全てを引き起こす共通因子が「自己否定」だと私は思うのです。


自己否定とは倫理観と本能的衝動との乖離の際に生まれます。倫理観とは、ものの善悪をわきまえて正しく振る舞おうとする気持ちのこと、即ち社会的な人間生活を送るためのルールのことです。倫理観は原始的な数十人程度の集団生活ではさほど重要ではなく人口の増加と共に集団の規模が大きくなるにつれ必要になったと考えられます。


しかし倫理観は闘争本能や性衝動など本能を否定するものだから動物である人間としてはごく自然な衝動を否定する訳です。これが自己否定の問題点です。

 

心理学の面からみると自己否定は顕在意識(倫理観)によって潜在意識(本能)を否定することです。

 

即ちユングの言うペルソナとシャドーの話に置き換えると、ペルソナ(倫理観)が本能的な衝動を否定することで潜在意識の中にシャドー(影)ができます。

 

このシャドーは無意識に他者に投影される性質を持つ。つまり自己否定が他者否定に向かうのです。言うまでもなくこれが人類が戦争を止められない理由です。

 

即ち人類が増加し大規模な社会生活を送るために必要になった倫理観が自己否定を生み、その自己否定が戦争を生み出しているのです。これからの人類がどのような社会に向かうべきか分かりかけて来ました。


その前に、そもそも倫理観はどのように人間に埋め込まれるのか。勿論社会的な教育にもよりますがそれは後天的で最も根源的な倫理観は間違いなく親による教育だと考えられます。

 

電車の中で大きな声を出せば「ダメ!」と叱られ強烈に倫理観が植え込まれます。倫理観は即ち無意識における自己否定だからユングの言うシャドーを生み、それが他者に投影され戦争に繋がります。


残念ながら私の考えでは戦争は家庭で親が作り出しているという結論です。もし人類が戦争を望まないのであれば、解決策は2通りだと考えています。

 

一つは、倫理観の不要な社会を目指す。二つ目は、倫理観の教育方法を変える、です。

 

一つ目は生物として過密すぎると強烈な倫理観が必要なのだから、小規模な社会を目指せば良いのです。二つ目は、親による盲目の「騒いじゃダメ!」という言葉では潜在意識に強烈な否定が埋め込まれてしまいます。そこで親は感情を我慢して「~だから少しの間静かにして、協力してね」という具合に否定を止めて社会的に生きる理由から丁寧に教えるしつけを行うのです。


小規模な社会を目指すのは長い目で見て人類全体で考えて行く問題だからすぐにはできません。でも世のお母さんお父さんが小さい子供をしつける際に優しく諭すのは今すぐに一人ひとりができることです。子供を一人の人間として扱うこと。


そして潜在意識に自己否定の少ない子供は自分の可能性を際限なく信じられ、その才能を充分に開花させることができることでしょう。なにより、自己否定が少ないことは感情の抑制が少ないことだから幸せを感じながら生きて行くことができるはずです。

 

喜怒哀楽の感情はどれ一つを抑制しても全てが抑制されるという特徴があります。つまり怒りの感情が少ない人は喜びや楽しさを感じにくい人なのです。

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ヘーンシン!

 

と言えば僕ら中年男子は間違いなく仮面ライダーのアレを思い出す。仮面ライダーではバッタっぽい改造人間とやらに変身し、それこそ敵をバッタバッタとなぎ倒す正義の味方にレベルアップするのだ。

 

なにか辛いことがあると。

 

こんな弱い自分を脱皮し変身して別人のように強くなりたいと思ったりする。カフカの「変身」はある朝目覚めたら毒虫に変身してしまうのだけれど。

 

こんなに辛いならいっそ醜い毒虫にでもなって世の中の皆から嫌われてしまえばいいのに、と自虐的な夢をみたりもする。

 

全く人間てぇヤツは本音と真逆の願いを持ったりする厄介な生き物な訳で・・・

 

と、ちょっと意味深な含みを残しつつ、毎月恒例のやつ。どーぞ。

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 


いつも有り難うございます。


あれほど反省したのに。またしても世界にはキナ臭く危ないムードが漂っております。

 

それはさておき。連休も明け、すっかり潤いのある新緑の季節になりました。春までの半年間に比べこれからの半年は植物が劇的な変化を遂げます。まるでこれまでの半年間の沈黙で体内に蓄えたエネルギーを一気に解放するかのように。


劇的な変化を遂げると言えば昆虫の類は、卵→幼虫→何度か脱皮で大きな幼虫→蛹→成虫、と著しく形態を変化させます。そしてなにより驚くべきは我々が良く知る成虫の状態は多くの昆虫においてその期間はライフサイクルのごく一部でしかないという事実です。


ご存知のように、セミは3-10年ほどを地中で幼虫として過ごし、地上に出て蛹→羽化して成虫として過ごすのは数週間程度しかありません。一生の内ほとんどを地下で幼虫として過ごし、一瞬とも言えるわずかな期間だけを成虫として過ごす訳です。

 

つまり我々が認識している一般的なセミの形、羽が生えてミンミーンと鳴いている状態の方が、セミの立場からすると死ぬ直前の瞬間的な形態であるということです。


多くの蝶も同様に、「やーい芋虫」とか「キモい毛虫」とか我々がテキトーに呼んでいる状態が彼女らにすれば通常状態であって蝶の代名詞的な羽の生えた成虫は、アチラに行く直前のいわば「死の舞いのヒラヒラ」である訳です。


昆虫がこのように姿を変えて行くことを「このヘンタイ野郎!」と呼びます。あ、変態ですね。いや、夜の蝶が昼間はすっぴんでまるで芋虫のように地味で目立たなく過ごし、日が陰りネオンが灯る夜になるとピッカピカの蝶々に変身する様を万が一でも「へ、ヘンタイ!」と呼んでしまったら本気で怒られるの注意してください。


ま、そんなことはさておき昆虫以外でも変態する生き物は、節足動物全般(昆虫も含まれる)、棘皮動物(ウニ)、尾索動物(ホヤ)、魚類(ウナギ・ヒラメ・カレイ)、両生類(カエル)など案外たくさんおります。

 

人間も、もしかしたら我々が思っている姿は幼虫の姿であって、これから内面的に劇的な変化を起こして美しい羽が生え、ヒラヒラリ~と天を舞うようになるのかも知れません。


その時には人間同士の憎しみ合いなど、きっとなくなっているでしょう。

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こんにちわ。

 

四万十は本日ヌルい雨。折角咲いた遅咲きの桜が・・・

 

さて今回は甥っ子の受験をきっかけにこれまに考えていた学歴についてまとめてみた文章です。もしこれを読めば自分のことだと分かってしまう甥っ子と兄貴には申し訳ないのだけど悪気など微塵もないのでお許しくだされ。

 

ホントはもっと世の中の教育ママに対して警告したい、なんて意図もあったんだけど控えめにしてます。何しろこんなド田舎でも小学校の低学年から幾つもの習い事に通わせるおバカな自己満足親がたくさんいるもので・・・

 

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 

 

いつも有り難うございます。
今年の桜は異様に遅かったですね。ここ四万十でも2、3日前に雨降りの中ようやく満開になったと思ったら昨日は晴れて春一番のような強風が吹き、あろうことか咲いたばかりの桜が散っていくではありませんか。今年の春は遅くまた短く一瞬で過ぎて行きました。それは北国の春のように。


桜散る、と言えばまさに北の大地に住む甥っ子の二浪目が確定したと兄から報告がありました。甥っ子は東大を受験し続けているんだとか。一流大学出身の親を持つ子供は気の毒だな、と思います。

 

兄は京大出身でNTTデータから北の国立大学の准教授へと転職したいわゆるエリート。そんな親の家庭で育った甥っ子はきっと東大京大以外は大学とは呼べないと思ってるんでしょう。実際僕自身がある時まで全く同じ価値観でしたから。


以下、恥ずかしながら自分のことを話します。僕と兄は同じ高校出身です。その高校は当時南房総で随一の進学校で中でも少なくとも入学当初はクラスの半分くらいが東大京大などの難関校受験を視野に入れているような特殊クラスでした。

 

つまり出身の中学校ではほぼ全員トップだったような、今思うと価値観が極端に偏っていて気持ちの悪い生徒ばかりでした。いいえ僕自身もそんな気持ち悪い生徒の一人だったんですが。

 

そんな中で有名進学校に入学したという満足感からか、改めて勉強ってなんのためにするのか?みたいないかにも思春期らしい疑問にうまく答えが出せずに落ちこぼれて行きました。

 

当時から曲がったことが嫌いで、理由が良くわからないことを親から命じられたからと言ってできるタイプの人間ではなかったのです。自分が納得できることしかやらない。増して父が教育熱心で圧力をかけてくるものだから反抗期の少年としては余計やりたくない。

 

父はいつも不機嫌で勉強部屋に居ないと怒るので高校三年間、心理的にはほぼ軟禁状態でした。そういう次第で徐々に鬱病のようになって行き増々集中力を無くし・・・


さすがに一流大学は無理だと諦めた父の勧めで一年間浪人した後ココ落ちる人いるの?みたいな三流(?)大学に入学しました。どうしても大学に入れたかったようですね。

 

そこで出会った友人たちは少なくとも高校時代には出会ったことのないような元気いっぱいな若者ばかり。たった1年半のモラトリアムでしたが今思えば最適な友人たちに囲まれ心の病の自己治癒に専念できました。

 

そうする内に子供の頃からずっと自分がやりたかったことを思い出してきました。それが生物を学ぶことだったのです。


何故生物かというと、思春期に差し掛かる、僕の場合は小学校の高学年の頃から自分というものに興味を持ち始めたのです。まずは心の不思議さについて。

 

ようやく自分の心が客観視できるようになりその動向の不可思議さにじっくりと向き合いました。その頃から参考テキストとして小説を初めとする文学に興味を持ちふけっていきます。

 

そんな自分の心理分析みたいなことを高校生まで5年間くらい続けている内に、ふとこの心を生み出す脳とは?細胞とは?遺伝子とは?と生命の神秘に興味を持ったのです。あ、だいぶ話が脱線しましたな。


ともかく僕は自分に興味があり、人間に興味があり、生物に興味がある、と。そこで鬱病の自己治癒が終わり元気になったので本当にやりたいことのために生物を勉強したいと父を説得。

 

費用の安い国立大の中で当時僕が最も安全と考えた弘前大学に進学しました。大学名なんぞどうでも良くただ生物が勉強できれば良かったのです。と、言うと弘前大学に失礼ですね。いや鬱病の時に敬愛していた太宰治の故郷に惹かれて弘前大学に進学、ということにしといてください。


ですが、40を過ぎた今思います。ホントは大学なんて必要なかったってこと。何を学ぶかは自分次第だからどこかの図書館とか本さえあれば学べる訳です。増して大学名なんて、妙なプライドや逆にコンプレックスを持つだけで気にするだけ自分の価値を損ねるような気がします。

 

そもそも社会人になって暫らくすれば大学で勉強したことなんぞは社会でほとんど役に立たないことを実感しますよね。社会人になって勉強することの多さ、それが直にビジネスマンとして身になる充実感。甥っ子がバカでなければ大学のブランドにこだわって多感な思春期を浪人として過ごした無意味さを数年後に嘆くことでしょう。

 

いや、官僚としてクダラン政治家を頂点とするヒエラルキーに組み込まれる人生を歩む覚悟があるなら別、ですか。でもそんなブランドをまとった人生でできる友達はきっと心が貧しいんじゃないかな。その人生は楽しくないと思う。

 

今僕は学歴なんて全然ない田舎のフルチンのオッサンたちに囲まれて暮らしてるけど(あ、フルチンはサウナだけでしたな)、みんな元気で心から笑う人間らしい生き生きした人たちばかりです。都会人とは全然違います。


学歴なんていう親や社会に捻じ曲げられた価値観なんかに囚われている甥っ子に言いたいです。

 

かつて君と同じ価値観だった僕が40年以上ずっと考えてきて一番大事だと思うのは、たまたま隣に座った人と分け隔てなく友達のようになれる力。「自分の中に」敵を作らない共感力。人類だけでなく、地球上のすべての生き物に自分と同じように生きる価値を認め仲間だと思えること。

 

そういうことを心がけていれば何をしても必ず誰かが助けてくれ、そしてなにより毎日楽しく暮らすことができる。


人は例外なく必ず誰かに支えられて生きている。この宇宙の意思によって、生命は単独で生きて行くことができないシステムに創られているのだ。


その、最も大切な共感力のことを愛と呼ぶ、かも知れない。
 

 

 

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ご無沙汰しており申し訳ありません。

 

例の毎月一回の梅原さんへの2月号ですが、大して面白くもないので割愛させて頂きました。いわゆる自主規制というヤツです。

 

なんて書くと今後ハードルが上がって増々更新しにくい状況に陥るというなんとも悪循環な・・・

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 

 
いつも有り難うございます。
春ですね。まだ一向に暖かくない感じではありますが。春と言えばニワトリノニワの農場開園記念日が去る2月22日でした。今年で6周年になります。

 

そう、開園直後に東日本大震災が起きたのです。今のようにヒヨコから飼育しておらず、120日雛を導入したので震災の日には既に小ぶりの初玉がポコポコ生まれておりました。

 

そのこんもりとした、スーパーの卵には見られない生命力のある卵の充実ぶりに唖然として、自分がやろうとしていることに間違いはないと確信を深めたのです。


付加価値の高い農業。ちゃんとした食べ物。手をかけて大事に育む生命。機械化・工業化、大量生産の真逆の農業。それこそが抗生物質や農薬に対する耐性菌の問題や化石燃料枯渇などの未来に起こる食糧生産の問題を解決すると信じたのです。


当時は近くで同じようにこだわりをもって放し飼い養鶏をやっている農場の受託生産という約束があったので、販路に関して全く憂慮しておりませんでした。

 

が、初玉の時期を過ぎ、連休に差し掛かったところでまだ出荷の指示がないのでさすがにオカシイと連絡してみると出荷先の販売低迷を理由に急きょ販路が断たれてしまったのです。

 

5月の時点で貯金残高は20万円を切り一ヶ月分の鶏の餌代しか残っていない状態でした。販路安泰と思っていたのでギリギリ乗り切れたと思っていたのですが。


販路の確保必要なし。俺はなんてラッキーなんだ。といい気になっていたのですが慌てて自力でネットショップや地元のネットワークを駆使して販路確保に奔走するもののこだわりの生産方法が仇となり一個100円以上もする卵を置かせてくれるところは地元の産直市場くらいしかありませんでした。

 

勿論ほとんど売れません。そんな折、友人のお陰で梅原さんにラベルデザインを依頼できることになり、ご存知の通り半年後の2012年2月に梅原さんが取材されたNHKプロフェッショナルの反響に便乗して今に至る訳です。


梅原さんとの初ミーティングがあったのが2011年の夏。その同時期にインターネットで東京を中心に自然食品店を調べてしらみつぶしに営業をかけ、卵のサンプルと、上記のようなこだわりの生産方法をアツく書いた営業資料を送り続けました。

 

しかし東京でも一個80円くらいの鶏舎内での放し飼い、いわゆる平飼いの卵が置いてあるところがほとんどで、それもそこそこ売れているくらいとのことでした。

 

なのでニワトリノニワ(当時はねはんの里というナイスなネーミングでしたが)の卸値で一個100円以上もする卵に対する拒絶反応はご想像の通りです。

 

そもそも放し飼いと平飼いの飼育方法の違いが良く分かっていないし、その意味するところを理解する気もないようなお店ばかりでした。当時は一日200円で生活をしていたのでサンプルを送り断られる度に深く落ち込んだものです。


そんな中、唯一放し飼いの卵を検討しているという経営者がいるお店がありました。電話による直接の営業に対して、「うちもそろそろこういう卵を置こうと思っていたんだよね」とのこと。

 

サンプルと資料を送ったところすぐに連絡があり、「すごい卵だうちに置かせてほしい」と2011年の10月から販売をスタートすることになりました。

 

現在のニワトリノニワの販売先はほとんどがNHKプロフェッショナル放送後に開始した取引先ばかり。放送前に放し飼いの卵の価値を分かってくれたのはこの自然食品店と、主に楽天ショップで卵を販売してくれている株式会社バサラスター(水野さん)の二社だけ。

 

で、その一社が御茶ノ水にあるGAIA(株式会社がいあプロジェクト)という自然食品店さんなんです。放し飼いの卵の価値をすぐに理解してくれたのが代表取締役の清水仁司さん。清水さんは「GAIAのまかない日記帖」という著書もあります。

 

その清水さんから昨年12月に電話があり、1月にとある講演会で農業とデザインについて話をするので梅原さんとの話を確認させて欲しいとのこと。

 

清水さんとの付き合いを懐かしく思い出した経緯で上記のような農業に対する情熱というか姿勢を改めて思い出し、そう言えば丁度今頃初めて生まれた初玉を割り、そのこんもりとした生命力に感動していたことも思い出したのでした。

 

つい先週のこと。件のプロフェッショナルの撮影現場ともなった地元の産直市場、サンリバー四万十で春休みに合わせてメディアで紹介された商品の特設売り場を作るので御社を紹介するPOPを作ってほしいという依頼がありました。

 

梅原さんに絶対売れるようになる、と背中を押してもらう前から付き合いのある今回ご紹介した三つのお店は、たくさんではありませんが今でもずっと売れ続けております。

 

いいえ。売り続けてくれている、のですよね。

 

 

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1月もあっという間に2週間が過ぎようとしている訳ですね。

 

大変サボり気味なブログの更新新年一回目はやはりコピペのこちらから。

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 


明けましておめでとうございます。
今年は酉年ということで。先日、年始に日帰り湯のサウナでおっちゃんらと恒例の、全裸で井戸端会議2017!をしてましたら「池田くん、今年は当たり年だね。悪い方に当たらなけりゃいいけどねぇ」 なんつって、鳥インフルエンザ全盛期の現在にシャレにならん悪い冗談を言われたりしております。

 

なんでも今年はトリは酉でも丁酉(ひのととり)という60年に一度の当たり年だそうで、これまで積み重ねてきた物事の結果に果実が得られる、のだとか。トリ年だけに鶏飼いの僕にとっては当たり年なんだとか。


ってそんなバナナ!(昭和な・・)酉年に養鶏が当たり年なら動物園はほぼ毎年当たり年ってことになりますがな。ま、そんな胡散臭い干支の運勢占いみたいなもんはさておき、「ここはいっちょう酉年に便乗して当たり~☆彡に持ってったれ作戦第一弾」 としてニワトリノニワのアホ、じゃなかった、社長お手製酉年特製名刺を作ってみました。


これまでの文字とロゴを組み合わせただけのシンプル・イズ・ビュティーな名刺から初めて微妙なデザイン性を加えて酉年正月っぽい感じの名刺にしてみました。コンセプトは人に見せたくなるような名刺、です。

 

そう、昨今のSNSブームに便乗したれという我ながらなんとも安易な作戦ですな。ま、イラナイとは思いますがそこは義理堅く添付しますので是非騙されたフリしてお友達にご紹介願います。自家印刷ですのでいつでも増刷可能です。では今年もお元気で。スミマセン、今回は年始早々いつになくフザけておりました。・・・・酒年orz

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因みにこんな感じです。

 

 

紀伊国屋書店で絶賛発売中です!な、訳なくて1月中にニワトリノニワHPなどで直接卵を購入して下さったお客様に有無を言わさずお付けしております。万が一名刺だけが欲しい方はお友達なら喜んでプレゼント致します。

 

いや、お友達だと思ってもらえるだけで結構ですから・・・

 

 

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すっかり寒くなりましたな。

 

もうちょっとブログの更新しなきゃと思いつつ再開から一ヶ月経ち、二ヶ月経ち、三ヶ月が経ち、今日はもう忘年会。今年ちゃんとできなかったことは都合よく今晩の内に忘れちゃおーっと。テヘー♪っと。

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 


いつも有り難うございます。
最近ニュースで配偶者控除の見直しについて話題になっております。様々な議論があるようですが僕はこれ何かオカシイと思うのです。


そもそもこれは昨年9月にアベノミクス「新三本の矢」として発表された「夢を紡ぐ子育て支援」の具体策のようです。この政策の目標は出生率1.4→1.8までアップさせるとのこと。つまり、①配偶者控除の上限撤廃⇒②パート主婦の労働時間増加、また専業主婦の社会進出⇒③共働き世帯の増加による世帯収入の向上⇒④将来に対する安心から出生率が向上する、てな魂胆でしょうか。


ちょっとオカシイぞ、と思います。まず①⇒②の流れは理解できます。私がローソンで店長をしていた時分、主婦のパートさんが11月、12月になるともうそろそろ103万円を超えるので来月からシフトを減らしてください、なんて相談されたものです。で、オカシイのはその次の女性の労働参加が世帯収入の増加に繋がるか、という問題。


この政策で恩恵を受けるのは低所得者層です。ということは派遣やパートアルバイトで働いてる旦那の仕事領域に奥さんが侵略してくるということにはならないでしょうか。派遣やアルバイトが支える日本の産業構造は歪んでいるとは思いますが、その低賃金労働を夫婦で奪い合う結果になるような気がします。


もう一つオカシイのは③⇒④の流れです。仮に低所得者層の世帯収入が向上したとしてそのことが出生率の向上に繋がるとは思えないのです。金銭的な余裕=子供を増やそうという図式は余りに短絡的過ぎます。

 

というのは都道府県別の出生率ランキングを見ると出生率が最低なのは言うまでもなく東京、最も高いのは沖縄。そして世帯当たりの貯蓄高ランキングを見ると最も高いのは東京、最低は沖縄。因みに東京の2千万弱に対して沖縄は5百万という差があります。つまり出生率と金銭的な余裕の間には反比例の因果があるのです。


世界の出生率ランキングを見た場合、上位100位くらいまではアフリカ・中東・オセアニア・中南米で占められます。要するに、戦争や紛争が続くキナ臭い地域、またいわゆる貧しく医療や食が充実していない地域と言えます。

 

生物的に考えると生命の存続が危ぶまれる環境と考えられます。このような環境では出生率は高いかも知れませんが死亡率も高いため必ずしも人口増加に繋がっておりません。これらの国は発展途上国であり低所得で労働そのものが少ない人々が多い。


また政府が進める働き方改革では長時間労働を是正しようとしております。即ちアベノミクスが目指すのは労働時間を短縮して世帯収入を向上させること。そんなことできるでしょうか?日本人はすべからくマネーゲームに参加し他国への投資で楽して短時間で収入を得るとか・・・あ、いや、もしかしてアベノミクスは男性の長時間労働を削ってその分を女性の社会進出に充てれば良いなんて考えてるのじゃないでしょうか。おそらく低所得世帯の収入は増えるもののそれ以外の世帯の収入は平均して減るでしょう。要するに高いところから低いところへと流す政策。労働時間が減り所得が減る・・・これはまさに上で考察した発展途上国の特徴ではないですか。しかも労働を分け合うだけなので日本全体としての生産量は変わらないか、短時間労働になった分だけ効率が上がって生産量は増えるかも知れません。更に因果関係で見たように労働時間が減れば出生率も上がる・・・もし安倍政権がそこまで考えているのだとすれば恐るべしですね。


あ、今一度になりますがニワトリノニワでは半農半X的なライフスタイルを推奨しています。半日だけの時短労働を基本としているのは生産性の向上のためでもあります。そして残りの半日に副業を勧めています。午後から違う仕事をすることによって気分転換が図れ作業効率が上がり、また別のスキルが身に付く・・・どちらの仕事に対してもプラスになるでしょう。


因みに私は残りの半分を人的交流の時間として水泳同好会や温泉(サウナ)同好会に参加して地元住民との交流に努めております!なんて言い訳をしながらただ遊んでいるだけですが。

 

最近バドミントンサークルなんぞにも参加して中学の部活以来30年ぶりにラケットを年甲斐もなくブンブン振り回したらうっかり肩を痛めてしまいました。オレの場合仕事にマイナスだったりする、イタタタ・・・

 


 

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いつの間にかブログのエディタが変わって丁度いい文字サイズがなくなってしまったようだ。てことで老眼向きの文字(大)で勘弁してくだされ。。

 

じゃ、新しいやつ。

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 


いつも有り難うございます。
突然ですがアニマルウェルフェア(AW)という言葉はご存知かと思います。ここでいうアニマルとは家畜のことで、日本語では動物福祉と訳されるのですが議論の対象は家畜のみです。

 

例によって欧米は動物愛護的なこのような動きの先進国で既に畜産物の販売レベルでの制度化もなされ、基準をクリアした飼育方法の畜産物に関してはAWフードのラベルを添付して良しということで畜産企業も差別化を図るための制度導入が盛んになっているらしいです。


さて。私自身はこういう動きは苦手です。何故ならまるで動物を擬人化して可哀そうだなんて言ったってどうせ食べちゃうくせに、みたいなアイロニーがあるからです。しかも欧米は肉食文化が根深い訳で・・・。


そんなことを思っていたのですがついこの間、今年の5月にアニマルウェルフェアフードコミュニティジャパン(AWFC JAPAN)というのが日本でも設立されて、知り合いの大学のセンセが創立の世話役になっていることから私にもお声が掛かりました。お前のところはまさにAWの考え方に沿った飼育をしているじゃないか、と。

 

色々悩んだのですが結局はメンバーに入ることになり、先日HPに載せる農場の紹介文として代表者のメッセージを書いてくれということになりました。私の性格として嘘は書けないので何とも苦しい文章を書くことになってしまいました。以下、掲載されるかどうか分かりませんがそのまんま転記して苦しい胸の内をお察し頂ければと思います。

 

<代表メッセージ>
ここでこんなことを書くと水を差すようで心苦しいのですが私の正直な考えを述べます。
家畜を何となく擬人化して可哀そうとかいうのであれば、私はアニマルウェルフェアの理念に100%賛同しているとは言えません。鶏が幸せかどうかなんて人間である私にはほとんど分かりません。そもそも幸せとは何でしょうか?


お金をたくさん持つことが幸せな人もいれば健康なら幸せと思う人もいる。また例えば、幼い頃泥まみれで遊び大地の様々な雑菌に触れ、大小の病気に罹患し、その経験よってアレルギーを起こさない正常な免疫力を獲得するのが幸せなのか。或いは昨今の日本人のように無菌的に、まるでクリーンベンチの中のように清潔な環境でキレイにキレイに育てるがために自己免疫力が暴走し、たくさんのアレルギーを持って生きるのが幸せなのか。


人類は自分にとっての幸せすらきちんと定義できていないのだと思います。幸せの定義、快適の定義に万人(種)に共通するものはなく、また普遍性もないのではないでしょうか。だとすればアニマルウェルフェアの基本概念 “人も動物も満たされて生きる”の「満たされて」とはいったい何なのか、誰の定義・尺度なんだろうかと疑問に思えてきてしまいます。

 

では何故私はこの会に参加しているのでしょうか。それは考え方や理念に多少疑問があっても目的とするところが同じだからです。その目的は放し飼い養鶏の普及ということです。


私が放し飼いという飼育方法にこだわって養鶏を始めたのは低迷する日本の食糧自給率を危惧したからです。自給率を上げるためには農業の大規模化を推し進めるか、あるいは農業人口を増加させねばならない。

 

しかし農業の大規模化がもたらす暗い未来は容易に想像できます。人手を補う機械化、それによる化石燃料の消費、大気汚染、更に農薬による環境汚染、生態系の秩序崩壊等々・・・。


畜産で考えると農薬はワクチンや抗生物質漬けで飼育することに値します。病原菌に人工的な手段で抵抗すること。しかし病原菌はライフサイクルが早いが故に遺伝的な進化が早いのです。

 

つまり耐性菌が発生しやすい。これでは毎年変異型インフルエンザに怯える我々人間の姿と同じではないですか。そんな危うい農業を未来に残すわけには行かない。


ところが宇宙が奇跡に奇跡を重ねて創造した生命は己の内に自己免疫力という素晴らしい能力を有している。鶏の場合、その能力を発揮させるのは、太陽の光・様々な微生物を含む土・温度変化のある環境、そして運動すること、即ち放し飼いという生産効率の悪い飼育方法であると考えたのです。


また、放し飼いは家畜の自由度を広げることでもありますが、外敵など命の危険をはらむ恐怖や少なからず雨風雪など荒々しい自然の変動に晒されることでもあります。これが本当に動物福祉なんて言ってしまって良いものでしょうか。


私の結論を述べます。人間の食料自給率の向上を目標とし、人間のために100年先も安定して残る養鶏を、と考えた場合、放し飼い養鶏がいいんじゃないか、と。従って理念が完全に同調しなくても放し飼い養鶏の普及という目的においてアニマルウェルフェアに賛同しているのです。

 

 

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やっ、うっかりしてまたブログ放置してしもうた。

 

とはいえメンドくせーから例のシリーズの先月のやつ、コピペーして焼き直し~♪みたいな感じでヨロシクね♡

 

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梅原デザイン事務所  梅原 真  様 

 

いつも有り難うございます。

今朝(10/10)は秋らしくとても涼しいので久しぶりに長袖を着ても一枚じゃまだ寒い感じです。

 

寒いといえば。人間は絶対的な温度で寒いと感じる訳ではなく、温度差で寒いと感じるらしいです。例えば25℃は絶対的に暖かい訳ではなく昨日まで20℃しかなかったとすれば25℃になれば暖かいと感じ、逆に昨日30℃から25℃に低下したら寒いと感じます。

 

まさに今朝がそんな感じで寒いです。ま、実に当たり前の話ですが。

 

寒暖差に関して面白いデータがあります。業界では常識ですが、コンビニのおでんが最も売れる時期は真冬ではなくて今時分の朝晩がちょっと冷えてきた、というような秋口です。

 

前日との気温差が大体5℃くらいあるとおでんがよく売れる。これはコンビニ最大手のセブンイレブンが初めに気付いたことです。彼らは業界に先駆けてデータ分析からモノの販売動向を掴み確実に売り上げを伸ばしてきました。

 

その他のコンビニはセブンの後姿を見ながらモノマネしているに過ぎません。私が販売と経営の勉強をさせてもらった当時業界第2位のローソンも同様です。

 

販売動向についてもう一つ面白いデータがあります。それはコンビニで弁当が一番売れる時期はいつかという問題。正解はなんと年末。しかも会社が御用納めになる2-3日の間です。もちろん店舗によりけりで平均値です。

 

理由は幾つかあるようですが、まず一つは会社の社員食堂が御用納めに先駆けて休みになってしまうこと。もう一つは年末までに仕事を完了するため、御用納めまでの数日残業続きで夕食に飲食店ではなくすぐに食べられるコンビニ弁当を買い仕事をしながら食べるため、などと推測されています。

 

この販売動向もまずセブンが掴み、年末に弁当セールを実施。他社はセブンの弁当セールを偵察して何故こんな時期にセールを?と考え、同様のセールを追従する。

 

コンビニだけでなく、小売業界はケーキやウナギなど催事モノの予約ノルマなんかがあって社員は泣く泣く自分で2個も3個も食べたりとか古い体質が残っておりかなり疑問がありました。

 

しかしセブン流の、データから真実を発見し常識を覆すような手法は小売り業界では革新的でした。そう、それは遺伝子配列からパターンを発見しその機能を見つける、というバイオ業界に似ているかも知れません。

 

コンビニのみならず全ての業界でデータ収集、分析、実行という戦略がルーチン化し、また自動化、AI化が進められ人は仕事を失う、などと言われています。

 

実は遺伝子研究の世界で私はまさにその流れを実現しようと画策していたのです。研究の世界は、頭脳労働は僅かで実はそのほとんどの時間が地味で単純な手作業=肉体労働であることに疑問を持ち、私は博士課程には進みませんでした。従って世間的にアカデミックの人々が優秀である、という評価には私は著しく疑問です。

 

AI化のメリットは妙な先入観や常識を持たないことだと思います。だから研究もAIの方が向いていると言えます。僅かな頭脳労働もAIに奪われるとすれば研究者の社会的価値は今後数十年で地に落ちるかも知れません。

 

教授の言うことが絶対、な狭くてまさに動物園の猿山のような・・・とか言ったら叱られるでしょうねぇ。。

 

 

 

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今年の5月1日にニワトリノニワにやってきたちっちゃいものクラブ第一号は隣町の宿毛市からやってきた。



なんでも親猫は半野生的にお外で飼われていたらしくこの子らもココに連れて来られるまで人間というけったいな動物を見たこともなく・・・

指を出せばネコパンチがぶっ飛んでくるわ、噛みついて来るわ、でまったく手におえず。上は移動用ハウスだけど常にこちらから一番離れた反対側にいるという警戒っぷり。

3日ほどこの中で飼ったけど一向に慣れる気配なし。そこでもうちょいオープンな檻に移動することに。



暗くて閉鎖的な中に居ると警戒心ばかりが育つ。全天オープンな檻なら動き回る人間にも次第に慣れよう。そして人と野生のネコが近づく絶好の機会であるエサやりを、この日から全て檻の外から僕が手で直接与えることに。

はじめは警戒していたが空腹から1日後には僕の指に挟まったエサを食べるように。子猫用の小さいペットフードを一個ずつつまんで与えていく。根気の要である。

初めはエサを出すと寄ってくる感じだったけど、次第に僕の姿を見たら寄ってくるようになった。



そろそろだな。

ここまでおよそ3週間。人間の手は安全であること、人間はエサをくれる親と同等の存在であること。これを覚えてもらう地道な作業。

そうして一か月後ようやく空ちゃんにご挨拶し、晴れてネコらしく放し飼いできるように。



こうして子ニャンコたちが晴れて自由の身になったその日、雨の中段ボール箱に入れられて彼らはやってきた。



柴犬と紀州犬の子で、エサをやりすぎなのかみんなぷっくりしていて日本犬の子犬らしくとても可愛い。

前から犬が欲しいと宿毛から通うスタッフのT君にお願いしていたのだが、なんと四匹も入っている。ああ、この中から何匹か選んでくれということだよね、とT君に「何匹くれるの?」と尋ねると、「全部です」

えっ?

僕は二匹くら欲しいと言ってたはずなんだが。しかしこの子ワンコたちは僕にもらわれないと三日後には保健所行きだという。そんなこと聞いたら全部もらう他ない、よね?

つーことで、子ニャンコの後に子ワンコたちが檻に入ることに。



いやぁ、しかしこれ4匹じゃ狭いなぁ。


続く。


あ、そういえば暫らく前から6月に入った新しいスタッフが僕のブログに先駆けて一足先にスタッフブログを更新してますので宜しければ見てやってくださいね。

ニワトリノニワ☆スタッフブログ




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三四郎を読んでいた。

先日ふと、かつて読んだ小説を読み返してみようなんて思い立ってアマゾンをテキトーに検索して数冊を大人買い。高校生の時、模擬試験に行った休日。昼飯代としてもらった500円。古本屋で小説3冊と交換し心の飢えを満たした・・・

小説を読むのは恐らく20年ぶりだろうか。社会人になってから小説という誰かの空想の中に描いた非現実に物足りなさを覚えて以来ずっと架空の世界に身を置いたことはない。

漱石にはまっていたのは中学生の頃。だからおよそ30年ぶりということになろうか。振り返ると、あの頃異性に対して自信のなかった僕は漱石のややナルシストな恋愛感に憧れていたのかも知れない。


と、まぁ9月になったんで。

おもむろにブログを再開してみようか、と。なんつって9/1から始めない僕はテキトーだなぁ。中断してからずっと再開の機会を伺っていた訳だけれど思うようなきっかけなんぞ見当たらず。

ブログのファンだという何人かの変態さんからは復活を、の声を頂いており多分に申し訳なく思ったりしており。。

そういえばブログを止めてから気づいた副作用は、考えを深める癖がなくなりつつあり、日常の雑事に思考が溺れていく切なさを感じていたこと。

・・・・ともかく一年前のあれから色々なイベントがあった。昨年までいたスタッフが全て入れ替わり、番犬や番猫らも新旧交代があったり、というか大幅に増えた。

そう、例えば5月1日。連休の真っただ中に二匹の小っちゃい奴らがやって来たりしてたな。



それ以外にも新たなメンバーが加わり少数精鋭のメンバーで新たなニワトリノニワとして新生している。変わらないのは先日44の誕生日を迎えたこのオッサンのみ・・・


高校を卒業し、熊本から東京に出てきた三四郎。初めての、都会で出会った可憐な淡い恋の相手、美禰子(みねこ)。二人の間の切ない合言葉が「
ストレイシープ

そう、迷子の子羊。 ということですね。


どれくらい更新できるか不明ですが、迷子の大人たち、再開しますか。

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