酒場は、人と人の架け橋のような気がしながらカウンターに立ち続け、もう少しで

半世紀

その歳月の中で出会い、そして去っていった人々の面影も今は定かではない。

歩み続けた足跡の上に歳月が降り積み、全てが茫洋とする前に、せめて書き留

めておこう思ったのがこのブログである。

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2018-01-17 09:25:53

こころ絵 『無』

テーマ:ブログ

 無

 

今から千年も前の中国で“雲門山”というところで修行をし、中国の禅

宗のひとつ“雲門宗”をたてた雲門禅師というえらいお坊さんがいまし

た。


その雲門禅師は弟子を指導するのに、言葉で表現する事の出来ない

仏法の真理を簡潔な一字をもって説いたといわれます。

そこから当時の人々は雲門宗の特色を『雲門の一字関』と呼ぶよう

になったのだそうです。


一字関の代表的なもとしては“”(かつ)・“”(かん)・“”(ろー)・

”(かー)・“”(さん)・“”(とつ)などなど沢山ありますが、今日

のこころ絵ではそのなかのひとつ“”に取り組んでみました。

 


…………………………酒場人生覚え書き

 

 

禅の世界で云う“”は「ある」に対する「ない」ではなく、有無の二元を

超えた絶対の“”を指し、禅の究極の目的とする所は、この“”を

体得することに他ならないといいます。

 

その境地に達することなど凡人には望むべくもないのですが、出処進退にきわまったときにはせめてこの言葉を思い浮かべようと心しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018-01-15 10:42:42

続・続 人間機雷 297

テーマ:小説

                      
第三章 夢幻泡影
二 孤 旅
5 雲峰寺の天狗 9


「オレ達はお国のために闘ってきた。それなのにこの扱いはなんだ」と暴力を振るっては村人を恐喝し、酒や金品を巻き上げるものまでいた。
岩間権六もそのなかのひとりだったと言えるだろう。
それから10年近くが経ち世の中が落ち着いてくると、まだまだ貧しいとはいえ村人達は本来の姿を取り戻しつつある。
そんな中で生まれたひとつが、娯楽会と言われた青年たちの素人演芸会である。
特別な娯楽もなかった田舎での若いエネルギー発散の目的と、地域の交流のための催しで始まったのだが、昭和26年頃からこの山梨でも近郷近在で一大ブームとなった。
なかには『○○劇団』等と銘打ったセミプロ並の一座が出現し、近郷を巡回しては木戸銭稼ぎをするものまで現れた。劇団の構成員はむろん農夫達なのだが、カツラにしても衣装にしても本格的なものを揃え、なかには見応えのある芝居を見せてくれるものだから、巡回を楽しみにする人たちも多かった。

 

                      

裂石村での演芸会は村の青年団が中心となって有志を募り、暇を見ては稽古を積み、出演するというまったくの素人演芸であるが、新谷金也という青年からは巡回してくる劇団にも“負けたくない”という意気込みが感じられる。
雲峰寺からほど近い神金神社の春の祭礼には、さして広くもない境内に仮設の舞台を作りそこで演芸会が催されるのだ。かっては平舞台で奉納されたこともあるというお神楽の流れをくむものかも知れない。
それだけに春の祭礼に合わせて行われる演芸会は、この地区での一大イベントになりつつある。地区で各々が保有している屋根がえの時に使う杉やヒノキの長い丸太・他に厚板や戸板を借り集め、丸太を縄で結んで組み立てて舞台を作るのにも村人総出である。
仮設とはいえ立派な舞台が作られるのだ。
衣装や小道具は石和の“川田劇団”から借り受ける。この川田劇団は戦前から続く老舗で起源は江戸末期のこれも近郷での娯楽を支えてきた“村芝居”の一座とも言われているだけに、芝居に必要な小道具・大道具のほとんどは、川田村の外れにある蔵に収められているし、時にはそこの振り付け師役の人から指導を受けることもあった。そこから必要なものを借り受け、オート三輪車を持つ家に頼んで運んでもらったり、それでも都合の付かないときには大八車に乗せて、石和から塩山の外れの奥深い神金神社まで半日がかりで運んでくる。
村の電気屋に頼んで拡声装置や蓄音機なども借り受けたりと、当事者にとっては大変な作業であったが、村を挙げて楽しげに準備するのだ。
来春の演芸会での呼び物である新谷達の芝居は“国定忠治”だという。
飢饉に喘ぐ農民を助けるため、悪代官を斬った国定忠治と子分たちは国定村を追われ、赤城の山に立てこもるが、捕り手に囲まれた忠治がもはやこれまでと子分達と別れを告げひとり赤城の山を下りていく「赤城の山も今宵を限り、生れ故郷の国定の村や、縄張りをすて故郷を捨て、可愛い子分のてめェ達とも別れ別れになる門出だ」の名台詞を残して・・・・
去年の演芸会でも観衆の涙を誘った名場面だという。
その見得の切り方の稽古も、なかなか堂に入ったものだ。
この国定忠治にしてもそうだが、素人演芸の主流は復古調の股旅物が多かった。
長いこと進駐軍の規制で軍国主義を標榜する、すべてのものが禁止されていた反動だったのかも知れない。

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2018-01-10 10:10:05

こころ絵 『一期一会』

テーマ:アート

一期一会

 

人間の一生は生命が母の胎内に宿った瞬間からはじまり、やがて成

長し、老い、そして死を迎えてゆくのだけど、生滅の一瞬一瞬は二度

と繰り返されることはありません。

 

 

                   酒場人生覚え書き

 

 

そう考えると茫々流転の無常の世界を一瞬たりとも油断なく、いまこ

の時の出会いをこれ一回限りとおもい、全身全霊を尽くし精一杯の充

実したき方をしなければと思いながら、いまいちど噛み締めていま

す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018-01-05 10:38:47

続・続 人間機雷 296

テーマ:小説

第三章 夢幻泡影
二 孤 旅


5 雲峰寺の天狗 8
 

蒔田源一の戒めも聞かずに勝手に立ち合い、この若者達の前で初老の男を打ち据えたことが、自制心の欠如だったと自責の念に駆られるのである。
「どうか今夜のことは他言無用にしてください。恥ずかしいところを見せてしまいました」
大井は若者達に頭を下げるとそう言った。
「何を言うで、先生はてえしたもんだに。何が恥ずかしいでえ」
新谷金也が真顔で言い、他の連中も強く頷いている。
「いや、このことが他にもれたりしたら蒔田先生ばかりが、月心老師にもご迷惑が掛かります。錬成館の行く末にも掛かってきます。そこまで考えがおよばず、一時の怒りにまかせた愚行でした。私に恥をかかせないとするならば、是非他ご無用にしていただきたい。どうかお願いします」
深々と頭を下げる大井の姿を見て、彼らは他言はしないと約束をした。

 


 

その代わり・・・・と笑いながら彼らが頼んできたことは、剣道の型を基にした芝居の立ち回りを工夫してくれと言うことだった。
きけば来春に催される“村の演芸会”で時代物をやるためだという。
彼らが剣道の基本とも言うべき、素振りや切り返しの鍛錬より何より、型の稽古に夢中だったわけがを納得した。
新谷金也・井尻源造・古屋喜六などいう大井よりもわずか年上の青年に加え、大井と同年代かやや年下の六人ほどが、木剣を手に取り組んでいたものだった。
もう少し稽古をしたいだけんどいいけ・・・・と、帰り支度をしている大井に訊ねた。
元来、農閑期になるとここを稽古場にしていたのだが、それを蒔田源一が村の承諾を受けて、剣道場として借り受けたものである。
師範代格で錬成館を預かっているといっても、まだ日が浅いことだし、村の青年団の中核を為す彼らに対して否応はない。まず彼らの稽古を観ることにした。
大井から手ほどきを受けた型を組み入れた“殺陣”を工夫しようとしている。
彼らの立ち回りは本来の型稽古とはほど遠いものだが、それぞれが真剣である。


「先生さんよお、来年の演芸会ではひと味違った立ち回りが出来そうだア。それも本格的な型を教えてもらったからずら」
稽古途中で一息入れた新谷金也が親しげに語りかけてきた。北風が窓ガラスをたたき通るというのにうっすらと汗をかいている。大井より5・6歳は年長に見える彼は、村芝居の呼びものになりつつある股旅物の花形だという。
「どうずらかねえ。先生から見て」
「その先生というのは止めてください。芝居のことは何も分からないので、恥ずかしいですよ」
「いやね、いくら芝居とはいえ剣道の型からあまりかけ離れては、子供のチャンバラになっちもうずら。気がついたことがあったら教えてくりょうし。いままでと違った立ち回りを見せてえだよ」
観客を“うならせたい”という熱意が伝わってくる。
その当時は何の娯楽も無い寒村にあって、村人達のもっとも楽しみとするのが演芸会である。

 

過去に経験したことのない敗戦という現実は、大菩薩峠の裾野の裂け石村まで、さまざまな混乱の渦に巻き込んだ。流通もままならないなかで、恒常的な物資の不足にみまわれ、配給の地下足袋ひとつにとっても、奪い合うような有様のなかで、助け合うことを美徳としてきた村人の心さえ荒みに荒んだ。些細なことでいがみ合ったり、さしたる理由も無いのに村八分のような差別をしたり、二・三の不良帰還兵がぐるになって、なにかと言えば「オレ達はお国のために闘ってきた。それなのにこの扱いはなんだ」と暴力を振るっては村人を恐喝し、酒や金品を巻き上げるものまでいた。
岩間権六もそのなかのひとりだったと言えるだろう。
                                                                         

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2018-01-05 09:09:00

表六玉の独り言 205

テーマ:酒場親父の思い出話

 イカロスの飛翔


  その三 迷昧帰路 5


  それから数か月がまたたく間に過ぎた。
 人間は不思議なもので、前向きに物事を考え始めると、何故か生きるための活力さえ生じてくるものである。それは相乗的に強くなり、やがて、ひとつの構想へと結びついていった。
 この構想が原点となり、それから約二年後、“馬車道どん底”の開店に結びついたのだが、その時にしてみれば、今度こそ失敗は許されない文字通り己の命をかけたもの、となりそうな気がした。
 この夢が現実となるまで、暫くは故郷ともお別れだ。その前に今一度、父母の墓にお参りし、腹をくくろうと考えた。
 梅雨明けも間近な甲州街道は、新緑に輝き、田園を吹きわたる薫風はすがすがしかった。まぶしすぎる陽の光は、新羅万象を躍動の輝きに包んでいる。
 わずかばかりの手向けの花を手に寺に行った。すっかり野草におおわれた塔婆の墨跡も、時の流れに悲しみがうすらぐ ように薄にじんでいた。合掌をし、いまだなお心の何処かで迷昧とする己の人生の帰路に、確かな答えを求めたかった。

その時である。

 ふと見上げた小さな玉つばきの枝に見覚えのある奇妙なものを見つけた。そして、その瞬間、すべての迷いは去り、闘魂の激情が全身を燃えあがらせた。
 奇妙なもの、それは絹糸よりも細い柄の先に、薄緑色の細長い玉がチョコンとついているのだ。コメ粒半分ほどの大きさの玉はキラキラと輝き、行儀よく数十個が並んでぶら下っていた。
 

まだ幼なかった頃、やはり同じものを庭先の桃の枝に見つけたことがあった。その微細で、美しく、風にのうてワルツを踊るような不思議な生き物にすっかり心を奪われた私は、とうとう自分ひとりの秘密にしておけずに、大声で家の中の毋を呼んだ。

 

 

台所仕事の途中だったのだろう。手をふきふき、それでもイヤな顔もせずに私の所に来てくれた。
 「そんな大きな声で、どうしたの」得意気で指さすそれを見て、大仰に驚いてみせた。
 「よく見つけたね、滅多に見つかるものじゃないんだヨ、これは優曇華といって、この家にすごくいいことが訪れるという前ぶれなんだよ」
と教えてくれた。子供心にも、こんなに毋が喜んでくれる素晴らしいものを見つけたんだな……とますます得意になったものだった。
 その時の毋は、それが草蜻蛉の卵であることを知っていたのだろう。だけど育ち盛りの五人の男の子をかかえ、経済的にも苦しかったその頃であれば、優曇華と俗称される草蜻蛉の卵であったとしても、仏教でいう三千年に一度咲く吉兆。優曇華の伝説”に結びつけたかったに違いない。
-そんな想い出があったのだ。

しかし、その想い出は、そして眠る墓に見つけた優曇華は、私の心をしっかりと決めさせた。
 そして誓った『事が成就するまでは、再び墓前には立ちません』
 考えてみれば母が亡くなって四か月余、精神的支えであった毋と断腸の訣別をしたことは、真の意味での自我を感ぜずにはいられなかった。“私を見つめる人のためでなく、自分のために自分をかける人生にするのだ”と考えた。
 その結論はあまりにも遅きに失したものだったかもしれないが、水商売稼業に身を投じた日から自分の心の何処かに、いつも周囲の人の目を意識し、己を卑下するあまり、突飛な野望を抱き、失敗をくりかえしてきたのではないだろうかと思った。
しかし、それがどんなに野放図なものであろうと、放り出すことが出来なかったのが、オレの人生だったのかも知れない。

 

優曇華の花はまだ咲かない。

                                                                                     終

 

 

 

 


  
 

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2018-01-02 10:03:53

こころ絵 『飛』

テーマ:アート

 飛

 

広げた羽を振ってのとぶ鳥の形を写しとり、そのまま“飛ぶ”の意を表しています。
それにしてもこの字の書き順は難しい・・・・飛ぶことも順序を間違えたら形にならないかもしれません。

 

 


            

 

今年こそ飛躍を”とこころに決めましょうかねえ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2018-01-01 08:00:00

明けましておめでとうございます。

テーマ:ブログ

 

  皆様のご健康とご多幸お祈りします。

  今年もよろしくお付き合いください。

 

        平成30年元旦

     鎌倉市稲村ガ崎2-1-20

                  石原登

                 LIONMAN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017-12-29 09:00:00

表六玉の独り言 204

テーマ:酒場親父の思い出話

 イカロスの飛翔


  その三 迷昧帰路 4


“人間は死んだ時、その人の本当の価値が判るものだ”とつぶやく人々は、粗末な墓を幾重にも取り囲み、その鳴咽の中、父の眠る土中深く静かに棺はおろされていった。
   それは、誰が見ても一生を見事に生き抜いた人の終焉にふさわしいものであったに違いない。そしてまた、五人の息子たちに人の生きざまの大切さを、あまりにも觧烈にたたきこんでくれた最後の大見得でもあった。

 戦後もなんとか落着きはしめたころ、次代を担う子供たちの健康のためにと“栄養普及員”として、手弁当で精力的に近郷近在を駈けずり廻ったのを始めとし、後に大に推されるまま、厚生委員、民生委員、教育委貝、保護司、初代婦人消防隊々長、連合婦人会役員……等々、数え切れぬ程の役職を地域発展のためになるならばと見事にこなし続け、そして父の亡き後は一切の役職を辞退し、二度と表面に出ることはなくなり“人間死ぬまで学ぶことは山ほどある”と口ぐせにいっていた毋は、その言葉どおり、書道、和歌、詩吟と修業を続けていた。
 

その毋が、燃焼しつくしたというにはあまりにも早すぎる突然の死だった。 享年六十二歳。脳卒中だった。

 

                               
   
  夢幻の如く葬儀を終え、親戚もすべて帰り、やがて兄弟たちも規定の忌引休暇が過ぎてそれぞれが帰っていった。取り急ぎ帰る必要もない私は、それから数日間、毋のいない故郷の家に残った。
 それは、毋の生きている間に積み重ねた親不孝の数々を詫び、息子たちのうち、最も出来そこないであった自分であれば、せめて朝夕仏前に線香をたてて供養を続けたかったことでもあった。
 毋のいなくなった小さな家は、夜になるとおそろしいくらいひろびろとした闇に塗りつぶされた。その闇の中に身をよこたえ、母を考え、己を考えた。
 悲しみは日増しに自分のものだけになって耐え難く、心の中にしみこんできた。今にも、玄関をカラカラと開け、毋が帰って来そうな幻想にとらわれ、幾度か涙を流した。
 小学生の頃の“泣き虫小僧”に戻ってしまったかのようだった。三十四歳の男の退行現象としては、余りにみっともないものだったとしても、心のどこかで「コラ、いつまでメソメソしてるんだ、男の子だろ!」と毋が叱りとばしてくれそうな気のする泣き虫小僧になりたかったのかもしれない。
 人生の折り返し点にさしかかり、今なお、だらしなく漂流を続け、これからの自分の人生で、何を求め、何処に行けば良いのかさえ迷昧として定まらぬ、そんな私に今ここに母がいたならば、一体何と語りかけるのだろう。そんな事ばかりが胸中をかけめぐった。
 母の一生を考えた。子を産み、それを宝と、貧しくとも、つらくとも、精一杯生き続け、幾度かの挫折にも拘わらず戦前、戦中、戦後の波乱にとんだ世の中をたくましく生き抜いてきた。その人生がそうであったように、今の私を激励する言葉はやはり唯一つ。
 「倒れたら起きろ、起きたら前を向いて歩め」ではないだろうか。
 その言葉が徐々に実感となって心の中に広がってゆき、明日は横浜に帰ろう、そしてまた一からやり直しだ!と考えた時、初めて心の奥底にぼんやりと灯がともった。
「そうだ、生きざまは死にざまだ。己の死に場所を求め、今一度、歩き始めよう。父母には遠く及ばぬまでも、せめて恥 かしくない人生の路を探してやろう」と心に決めた。
    
                                                                         続

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2017-12-27 09:03:37

こころ絵 『轍』

テーマ:アート

はるか昔、田舎町の郊外にサーカスが来た。

クラリネットを吹くサンドイッチマンはピエロだった。

後を歩く涙を頬に描いた“小さなピエロ”は、笑いながら手を振っていた。

“小さなピエロ”はハラハラし通しの空中ブランコで宙返りをしたり、仔馬の背中で逆立ちをやって見せてくれた。

いろんなことを観たはずなのに、こころの中に残ったのは“小さなピエロ”のことだけ。


もう一度あの子に逢いたい・・・・

数日後、小銭を握りしめてサーカスに急いだ。

三角のフラッグに飾られた巨大なテントも、沢山の荷馬車も、なんにもなくなった広場に風だけが吹いていた。

 
            

 

たくさんの轍(わだち)が、山裾に向かって延々と続いていた。

いま“人生の轍”を振り返るとき、荒涼とした広場に蕭々と吹く風の音と、あの時の寂寥感がこころに蘇る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017-12-25 09:00:00

続・続 人間機雷 295

テーマ:ブログ

第三章 夢幻泡影
二 孤 旅


5 雲峰寺の天狗 7


万が一にも大井に事あるときには、自分らがこの男を懲らしめようとする気概に満ちていた。
「良いでしょう。権六さんかまいませんね」
「ふん、かまうこたあね。テメエんとうも馬賊仕込みのヤットウがどんなもんか、よく見とけ」
「それじゃあ権六さん、防具を着けてください」
「ほんなもんいらんずら!おりゃあこのままでいいだ」
権六は木刀の素振りをしながら言った。
「木刀では危険すぎますから、竹刀にしましょう」
「何をこくだ!木刀で良いじゃゅんけ。おまんも木刀で掛かってこおし」
木刀で立ち合うとなれば命に関わる。
竹刀での立ち合いを求めたが、いっこうに聞く耳を持たない。
「分かりました。権六さんは木刀でも良いですが、自分は竹刀で立ち合いましょう」
稽古場の中ほどで向かいあい、大戸は蹲踞の姿勢をとった。
その瞬間である。立ち姿勢のままの権六は、大井の頭上をめがけ獣めいたかけ声を発し、うなりを立てて木刀を振り下ろした。
作法も無い無謀な攻撃に、居合わせた者達が一瞬息をのんだ。
打ち据えられたら頭蓋骨は割れ、脳髄をまき散らして絶命するだろう。
大井は蹲踞のままその打ち込みをはじき返し、次の瞬間1メートルも後ろに跳びさがり青眼に構えた。
ニヤリと笑った権六は大上段に構えると、雄たけびのような気合いもろとも、大井の顔面を狙い打ち込んできた。侮りがたい激しい攻撃である。
だが次の瞬間大井は権六の右小手をしたたかに打ち据え、ついで右首筋の頸動脈に一撃を放った。怒りを込めた厳しい打ち込みである。
一瞬動きを止めた権六が次の瞬間、ゆっくりと膝を着いたかと思うと、そのままくずれるように倒れた。
あまりにも呆気ない決着だった。

 


これが真剣だったら頸動脈から胸にかけての袈裟斬りで、一瞬にして絶命していただろう。
大井の怒りにまかせての一撃だった。
暫く立ち上がらない権六を見て、居残った若者達は我に返ったように、感嘆の声と賞賛の拍手をした。「権六めが、でっけえ口を叩いたっちゅうのにざまあねえな」などと言いながら我がことのように喜んでいる。
以前の小競り合いの時もそうであったし、蒔田からも忠告を受けていたが、息を吹き返したときの権六の攻撃が危険なのである。
果たして何が起こったか自分でも分からぬげに、朦朧として立ち上がった権六が、とつぜん奇声を上げて猛然と組み付いてこようとした。その一瞬ふたたび大井の竹刀が、権六の脳天に炸裂した。こんどは丸太のように仰向けに倒れ、道場の床が激しい音を立てた。
したたかに頭を打ち付けたようである。
さしもの権六も昏絶から目覚め立ち上がったものの、三度目の攻撃は無かった。よろよろと立ち上がると、形相もの凄く一同をなめ回すようにしてから出て行ったが、足もとはふらつていた。
「馬鹿つらめ。ざまあみろ」
「木刀で殴りかかるなんちゅうは、気違えざただ」
「大井先生、てえしたもんだねえ」
「これで権六も温和しくなるずら」
勝手なことを口にしながら喜々としてるのを聞いても、権六はよほどの嫌われ者らしい。
大井秀敏は強い後悔にとらわれた。
                                                                              続

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