FUJITA'S BAR

酒場は、人と人の架け橋のような気がしながらカウンターに立ち続け、もう少しで

半世紀

その歳月の中で出会い、そして去っていった人々の面影も今は定かではない。

歩み続けた足跡の上に歳月が降り積み、全てが茫洋とする前に、せめて書き留

めておこう思ったのがこのブログである。

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2017-06-26 09:14:00

続・続 人間機雷 269

テーマ:小説

第三章 夢幻泡影
二 孤 旅
3 酔いどれ権六(9)

 

権六は鍋一杯のおじやを食い終わると、犬が吠えるようなゲップをした。
「喰った喰った。おまんも面に似合わず、なかなかやるじゃんけ」
「ガキの頃、相撲部屋でちゃんこ鍋ばかり作らされていたからなあ。年季が入ってるサア」
「なんでえおまんは、相撲取りだっただけ」
「相撲取りともいえねえけんど、ふんどし担ぎの真似事をしてただ。16の時、高砂部屋っちゅう相撲部屋に入ったダヨ・・・・知ってるだけ、高砂部屋ちゅうの」
「知らん」
「ほうけえ、知んだけ。まあいいずら。そんときの親方がつけてくれたのは“兜山”ちゅうだ。オレは落合の出だったから、その近くの山からとっただよ。本名は唐沢栄蔵ちゅうだ」
「栄蔵か・・・・どおりでナリだきゃあ、でっけえずら」
「たいげえのモンは俺のナリを見たら喧嘩なんぞふっかける馬鹿はいねえずら。ふんだから本気で喧嘩したあ久しぶりだに。おまんは馬鹿も馬鹿、大馬鹿もんだあな」
「馬鹿はおたげえさまずら。その兜山がどうしたでえ」

 

 

「まあ、聞いてくりょうし。おりゃあ序二段までいっただけんど、昭和4年の徴兵検査じゃ甲種合格。そのまま現役で甲府連隊まじゃ良かっただけんど、満州事変のおっぱじまるすんでのとこで満州へ行かされ、事変で流れ弾に当たって名誉の負傷さあ。そのまま軍隊を追っ払われたけんど、相撲部屋には戻れんし、食うに困って良からぬ道にはまり込んだずら・・・・と言うのも、そもそもがうちの先祖に黒駒勝三の子分で“鬼角”というヤクザもんがいたんだけんど、親が言うにゃあ、きっとその血をひいたずらちゅうだ」


「鬼角ならウンダアも名前だけは知ってるづら。ここからチョット下ったとこにある落合村の角太郎ちゅう、めっぼう喧嘩の強えヤクザでだったらしいじゃんけ。ほうけえ落合の鬼角ちゅうのが、おまんの先祖け。こりゃあぶったまげた」
「先祖っても曾爺さんでよ、ガキの頃からよくその人の話を聞かされていたずら。めっぼう喧嘩が強いが、弱いもんいじめはしなかったちゅうだ。それに憧れたちゅうこんかねえ」
「それがなんで『鬼かぶと』なんちゅう赤提灯ぶら下げて、飯屋なんかやってるだあ」
「このご時世ずら、博奕場があるわけじゃあネエし、うめえ話なんかこれっぽちもねえし、兄いや仲間なんか戦争に引っ張られて死んじもうし、ウチにけえっても田畑は猫の額のようなもんだから、親父とお袋で間に合ってるしで、与太もんのオレがけえれるわけねえずら。食うや食わずでぶらついてたおりょ(オレ)お、見るに見かねたお袋が、なけなしの金をはたいてこの店を買い取ってくれただあ。テメエで何とかして飯を食ってけしちゅうてよお・・・・『鬼かぶと』ちゅう名は曾爺さんのヤクザん時の通り名“鬼角”からもらっただ。それにオレのしこ名“兜山”をくっつけてよお、それにあやかろうっちゅう魂胆だったダヨ。オフクロは怒ったけんどね」
「いいお袋ジャンけ」
「昔から優しかっただ。だからおりゃあ不良からきっぱり足洗って、相撲部屋にいたころ覚えた包丁つかって一生懸命やってるだ。だけんど客は来ねえし、いやになっちもうこんもあるだよ」
「だけんどオマンが作ったおじや旨かったずら」
頑固の上にへそ曲がりの権六にしては、素直な言い方だった。

                                                                                          続

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2017-06-23 09:12:00

表六球の独り言 177

テーマ:酒場親父の思い出話

お汁粉の味 5


飯島先生の家は日下部警察署からさほど遠くない八幡村である・・・・意を決して訪ねることにした。
先生実は・・・・と洗いざらいを告白し、涙さえ浮かべた眼で“鬼の五郎”先生の顔を伺った。
「良く正直に言ってくれた。他の事での警察沙汰なら許すことは出来ないが、喧嘩なら何とかしよう。それに君の保証人は生原先生だったよなぁ、先生の為にも処分は出来ないだろう」
生原翠先生は近所のよしみで保証人を引き受けてくれた、寡黙で厳格の日川高校生え抜きの先生だったが、先代まで医者の家系だったこともあってか保健体育科におられ、飯島五郎先生もまた同じ科であったことも命拾いの要因だったかも知れない。
しかし二度と馬鹿な真似をするのじゃあないと釘を刺されて、確かな免罪符を首に貼り付けて貰ったのだ。
その時ほど質実剛毅を校風とし、喧嘩だけは大目に見る色合いの強かった日川高校生徒であったことを感謝したことはない。
 
                              

「“杵屋”のお汁粉でも食べていくか」
振り返った父が表情のない顔で言った。
日下部警察署の取り調べから二ヶ月が過ぎ、その年も残すとこ僅かという甲州名物空っ風の吹きすさぶ日であった。
あの折りに渋ウチワが予告していたとおり家裁に書類が廻され、保護者同伴で出廷した帰り道だった。
「オレはいいよ、腹も空いてないし」
 国鉄に勤める父は謹厳実直そのもので、定年を間近にしたその頃まで一日として勤務を休んだ事はなかったのに、その日の呼び出しのために休みを取ったのだ。
その申し訳なさが空っ風のように沁みていたし、父と二人だけで汁粉屋に入るなど何となく気恥ずかしかった。
「まだ汽車の時間まで間があるし、行こう」
甲府駅の大時計と自分の腕時計を見比べてから、安心したように路地にある“杵屋”に向かって歩き出した。
運ばれてきたお汁粉は蓋を取ると暖かい湯気と一緒に、甘い小豆とこんがりと焼いた餅の匂いが漂った。
酒を一滴も飲まない父は湯気で曇った眼鏡を外すと、合掌してから美味しそうに食べ始め、箸をとらない自分に向かって、ほら、熱いうちに食べな、と言ったきり後は二人とも黙ったまま食べた。

お父さんごめんなさい・・・・心の中で沸騰するほどの悔悟と自己嫌悪と、父の心遣いに泣きたくなるほどの感謝があるというのにその一言が言えず、県下一という評判の“杵屋”の汁粉の味も分からなかった。
父もまた黙々と汁粉を食べているだけで、今日のことについて何一つ叱言を言うではなかった。
日頃から“何も残してやれんが教育だけは残してやる、それが親の勉めだし、一生懸命勉強するのはお前達の勉めだ”と言いながら、薄給の身で五人の息子を育て上げている父にしてみれば、一杯が百五十円の出費も痛手であったに違いない。
白髪交じりの頭と額の深い皺、そしてあくまでも優しげな眼、こんな父に育ててきて貰ったというのに、一体俺は何をして居るのだ・・・・そんな思いが突き上げてきて、汁粉の中に涙がぽたぽたと落ちた。
あの時以来お汁粉は口にしたことがない・・・・
 
青春の想い出というのにはあまりにも辛く苦い残像である。
                                                                                終
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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2017-06-21 09:26:47

こころ絵  『蛇足』

テーマ:アート

蛇足』は紀元前の中国戦国時代の「戦国策」にある言葉で、酒にまつわる話である。


楚の国の司祭者から召使い達に酒がふるまわれたが、みんなで飲むのには量が少ない。
召使い達は相談して、一番早く地面に蛇の絵を描いた者が飲むことに決めた。

一番早く絵を描き上げた男は、得意満面に酒を手元に引くと、左の手に酒を持ちながら、右手で地面に「蛇の足もまだ描けるぞ」と描き出した。

後は知っての通り、次に書き終えた人が「蛇に足はないではないか」と、その酒を取り上げて飲んでしまったという話である。


付け加える必要のない余分なものを『蛇足』と言うようになった・・・・などと附記するのも蛇足かな。

             
            酒場人生覚え書き


おまけに左手に盃、右手には筆という『蛇足』ならぬ『蛇手』まで書き加えるに至っては何をか言わんやであるが、酒飲みの哀しき習性はかくのごとしかも知れない(苦笑)。

 

 

 

 

 

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2017-06-19 09:28:00

続・続 人間機雷 268

テーマ:小説

第三章 夢幻泡影
二 孤 旅
3 酔いどれ権六(8)


「ウチは夕方からだ。夕方に出直してこう」
男は素っ気なく言うと、障子戸を閉め引っ込もうとした。
そこに足を踏みかますと、戸に手をかけて半身をのり込ませて怒鳴った。
「飯屋が飯を食わせんとはどういうこんで!」
「夕方になったら飯も食わせるし、酒も飲ませる。だから暗くなったらこう」
相撲取りのように厳つい身体をした男は、しつこく迫る権六の胸を突き放していった。
権六ははじき飛ばされたように、外に転がり出た。すごい怪力である。
「この馬鹿野郎!!下出に出てりゃあいい気になりゃあがって」
逆上した権六は男に頭から突っ込んでいった。こんどは男が障子戸と一緒に内側にすっ飛び、格子の折れる激しい音がしたが、誰も出てくる気配はない。
「表へ出ろ!」
男は立ち上がりざま権六の胸ぐらを掴むと、もつれるようにして表に引っ張り出した。男の血相が変わっている。

 


それから殴り蹴っ飛ばし、組み付いて投げ合う乱闘が、とどまらずに続いた。
二人ともその場にへたり込んだのは、3・40分後であったから、喧嘩としては良い勝負だったと言えよう。
「まだやるだけ」
「うんにゃ、へえせえせえだ」
遠巻きにして眺めていた野次馬から、もっとやれし!とヤジが飛んだ。
終戦直後の殺伐としたご時世である、見世物としては格好な満足すべきものだったに違いない。
「いま、ほざいたのはどいつだ」
「こっちい出てきて面みせろ」
血だらけになった巨漢と、なりは劣るが小岩のようにごっつい身体をした二人が、野次馬に向かって吠えると、蜘蛛の子を散らすように逃げだした。
「なかなかヤルだねえ」
「おまんもな」
二人が意気投合したのは、相手の力量を認め合ったからだったからだろう。
「中へ入(へえ)れし」
男は壊れた障子戸を拾い上げると、そこに立てかけ権六を店の中に入れた。
四坪ほどの煤けた店のなかに、四人がけの古ぼけた飯台が三つと、それを仕切った奥に、狭い調理場があるだけだった。


「飯を食わせろって言ってただな」
「おうよ、腹が減ってなきゃあ、おまんなんか物の数じゃネエずら」
権六がひときわ胸を反らせた。
男はそれには答えず、調理場に入ると裸電球をつけ、なおも突っ張る権六をみながら「冷たい飯が残っているけんど、それで“おじや”(雑炊)でもつくってやらあ。それまでこれでも飲んでろし」とどんぶり鉢になみなみと注がれたどぶろくを持ってきた。
小半時もせずどぶろくを、とうに飲み干した権六の前に、鉄鍋一杯の良い匂いのする“おじや”が運ばれた。
小半時もせずどぶろくを、とうに飲み干した権六の前に、鉄鍋一杯の良い匂いのする“おじや”が運ばれた。
権六は木のお玉杓子で飯茶碗によそうと、ガツガツとむさぼり食った。
そのおじやを食いながらときおり顔をしかめるのは、殴り合ったときに口の中を切ったためだろう。
「どうでえ、うめえけ」
「う、うめえ」
男の作ったおじやは味噌味で、大根やにんじん、ジャガイモ、菜っ葉などが斬り刻まれて入っていたが、鶏肉らしいものも少しばかり混じっていた。
                                                         

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2017-06-16 09:18:00

表六球の独り言 176

テーマ:酒場親父の思い出話

お汁粉の味  4  


いぜん雑談の中で“オマン等は学校行ってるからいいけんど、俺りゃあ今度パクられたら感化院だな”と言っていた“御坂の若”の顔が、なぜか寂しげに思い出されその瞬間ハラを決めた。
出来損ないの不良集団でも、このような事態になった時に警察等に対して有り体に白状したり、自分にとって有利になるような場合でも、仲間内の名前をペラペラと喋るようなことは決してしなかった。
今考えれば噴飯ものだが、それが格好の良い潔さとして、仲間内の評判を上げることでもあった。
それに彼が居なくなれば“黒駒の勝三”の墓碑は、すぐに雑草に埋もれその所在さえ定かでなくなってしまうのだろう等とふと思ったりした。
「気が動転してたんで良く覚えてないんですけど、その後も何人か同士で殴り合いをしたような気もします、怪我をしたって言うのはその中の誰かですかねぇ」
 「バカ野郎め!ふつうの殴り合いであんな大怪我になるもんけぇ。医者の見立てじゃあ石かなんかで、ぶん殴ったんじゃあねぇかって言って来てるだア」
石で・・・・そんなもん使って喧嘩しないですよ、と言いながらもヤツなら遣りかねないだろうとも思った。
 

取り調べは昼過ぎになっても続き、石で殴ったとの見解にいつまでもこだわる渋ウチワが急に猫なで声で“オマンも腹が減ったズラ、これが一段落したら出前の親子丼を食わせてやるど”といった。
朝飯もろくに食べていないから、腹は空ききっていたし“もうどうでもいいや”と全面降伏の形で認めることにした。
しかし、やっていないものをやったらしく供述することは辻褄が合わなかったり、肋骨の骨折に至っては医者の診断書とどうしても合致しない、滅茶苦茶の供述になってしまった。

「矢っ張りオマンじゃあねぇだね」
“渋ウチワ刑事”が何度も書き直した調書をくちゃくちゃに丸めてゴミ籠に放り込み、匙を投げた形で取り調べから解放してくれたのは、午後五時を過ぎた頃だった。
「しかしなぁ、こう何度も警察に呼びつけられるような事しでかしてるだから、今度ちゅう今度はただじゃあ済まんど、上とも相談するけんど家裁送りも覚悟しとけしよ。そうでもしんきゃあ懲りんずら」
疲れ切った渋団扇の顔が、急に老けたように見えた。
秋の夕暮れは早い、薄暗い道を日下部駅に向かいながら“まてよ、このままだと学校の方がヤバイ”と気がついた。

当時、日川高校の補導課長は厳格そのものの“飯島五郎先生”であり、誇り高い長い歴史に微塵でも傷を付けるような生徒には、厳罰を持って臨まれる“恐ろしい先生”でもあったから、警察沙汰になり悪くすれば家裁送り等と言うことが知れれば、間違いなく退学処分になるだろう。
それでなくても再三喧嘩で補導され、その都度“学校には内緒にしておいてやるから、二度と喧嘩なんかするんじゃない”という事が繰り返されてきたのだ。
そこには将来ある日川高校生徒を、喧嘩ごときで滅茶苦茶にしては夢見が悪い等という温情や、反省の態の見事さに敢えて騙されてくれたりした担当刑事が居てくれたという僥倖に過ぎない。
                                                                                続

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2017-06-14 10:27:50

こころ絵 『喝』

テーマ:アート

TBS系の『サンデーモーニング』のスポーツ・コーナーで『喝!』とか『あっぱれ!』を入れまくっているのが、球界の御意見番・張本勲さんで、なかなかの人気の番組です。

 

その『』は本来、禅宗の大声で叱り付ける叱咤の声で、相手が言い訳や反論を差しはさむ余地を与えないために用いられた言葉です。

この『』に文字通り“”を吹き込んだのは、かってのご意見番大沢親分でも張さんでもなく、臨済宗の開祖“臨済義玄禅師”ですが、最初に喝を放ったのは、日常生活の中に悟りがあると説く「平常心是道」や「即心即仏」など一言で、悟りを表す数多くの名言を残した、中国・漢州(四川省)出身の馬祖道一禅師だといわれています。


その弟子である“百丈禅師”は私は昔、馬祖和尚に一喝せられて、三日間何も聞こえなかった、それほどすさまじい一喝であったと述懐しているそうです。

 

         酒場人生覚え書き


もとより修行の足らない凡人の吾にしてみれば、馬祖道一禅師から連日の『』を浴びせられてしまうのでしょうが、せめてもの戒めにこの一字を描いてみました。

 

 

 

 

 

 

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2017-06-12 09:23:00

続・続 人間機雷 267

テーマ:小説

第三章 夢幻泡影
二 孤 旅
3 酔いどれ権六(7)


アタマのあちこちに、黄色い斑点が着いているのは、スエが殴りつけたどんぶり鉢から飛び散ったカボチャの煮物だ。
「へんだ!この色気違えめ!どこへでも出てけ!二度と戻ってくるじゃあねえ!」
スエがずいと前に出ると、これまたすごい剣幕で権六に毒づいた。
権六はもうひと睨みすると、玄関の下駄をひっかけ出て行った。
「おスエちゃん、二度とあの部屋には行かせないから、安心しろし。貴方からも権六さんに手荒なまねしないよう、きつく言ってくださいよ」
妙子はスエと良雄を、交互にみながら言った。
良雄はウンと言っただけだった。顔に怯えが出ている。

その権六が土製の一斗甕を抱えて意気揚々と帰ってきたのは昼過ぎだった。
普通の甕と違い口が狭く突き出ている。昔からこれで酒や醤油などを作ったり、農薬の貯蔵用にも使われていた。この辺りでは葡萄酒の密造はもっぱらこれによる。

 

 

葡萄酒の場合は甕の三分の二ほど葡萄の絞り汁と甘みを出すグリコース等を入れ、狭い口をワラの束ねたものでふさぐと、ワラに含まれる発酵菌で葡萄液が発酵を始める。これは虫などの混入を防ぐと同時に、発酵して膨張するのを適度に緩和する役目をする。夏場だと1週間ぐらいで密造葡萄酒が完成するのだ。
 

「どぶろくを手に入れたずら」
権六は朝方の不機嫌な顔はどこえやら得意そうに迎え出た良雄に言った。
中身はどぶろくらしい。
「そんなもんをどこで手に入れただ」
「どこでもいいずら。これをいっぺえやりてえから、どんぶりを持ってきてくりょう」
良雄が古漬けとどんぶりを持って権六の部屋に行くと、待ちきれなかったのか、その重い甕を両手で抱えごくりと飲んだところだった。
「うめえ!おまんとこの酸ペエ葡萄酒にゃあこりごりだに」
良雄からどんぶりを受け取ると、なみなみと注ぎゴクリゴクリと音を立てて飲んだ。
「飲み過ぎちょしよ」良雄が心配顔で言うと「うるせえど!」と凄みながらも、ご機嫌である。
「おまんはどこでそんなもん手に入れてきただ」
酔いが回ってきたのか、権六は「聞きてえか・・・・」とニヤニヤ笑いながら話した。

権六は一騒動起こしたばっかりに、朝飯も食わず飛び出してきたはいいものの、大菩薩峠から吹き下ろしてくる風は、氷のように冷たい。それでも満州の厳冬のなかで何十年も暮らしてきた権六には、さほどに感じられなかったが、足もとがふらつくほど腹が減ってるのに気が立った。
塩山の駅前までくると赤提灯をぶら下げている店が目に付いた。
雨戸は開いているものの“酒”“めし”『鬼かぶと』と下手な字で、黒々と書いてある障子戸はしまっていて、店をやってる気配はない。
権六は腹だたしまぎれに障子戸の下半分の薄板を蹴っ飛ばして「おはようごいす」「誰かいるけ」「おーい、開てくりょう」「ばかやろう!開けんか!」とがなり立てた。
やがて奥から出てくる人の気配がし「朝っぱらからうるせえど」と障子戸から顔だけ突き出すと怒鳴った。ごつい顔をした中年男だった。
「おい、ここに“めし”って書いてあるずら、なにか喰わしてくりょう」
権六は亭主らしい男の顔を見て、何か食い物にありつけると思い、ホッとしながら言った。
                                                                     続

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2017-06-09 09:00:00

表六玉の独り言 175

テーマ:酒場親父の思い出話

お汁粉の味  3


滅法喧嘩も強かったが配下に恐喝をさせてはピンハネしたり、ラーメン屋で食い逃げをしたり、縁日の屋台の売り物を万引きしたりする一方、演芸会や村祭りでは人混みに紛れて女の尻を触ったりするのが無性に好きだったから、二時間かかろうが三時間かかろうが必死で自転車を漕いでは、とんでもない山奥の祭りや演芸会にでも、必ずと言ってよいほど顔を出し、たむろする不良連中を捜し出しては君臨したがるのだ。
そんなヤツだったから突っ張った仲間内でも、彼の顔を見かけるとそそくさと引き上げる連中も居たが、いざという時にはこれほど頼りになる男も居なかった。
そんな彼の面白いところは幕末の侠客“黒駒の勝三”の末裔だと信じ切って、ことある度に家の近くにある“黒駒の勝三”の墓碑にお参りし、雑草一本生やさないように掃除をしているのだという。
 幕末の博徒でも新体制側の官軍に潜り込み、すべての罪を帳消してもらい名を残した“清水次郎長”と比べ、幕府直轄地であった甲斐の博徒として、佐幕の心を持ち続けながらも官軍に荷担し、子分達のために報償を上申したが、博徒を正規軍として認めたくない新政権は、旧悪をあばきたて結局は斬首された。
そんな“黒駒の勝三”の不器用な生き方に共鳴する甲州人は多い。
「オマンはあん時どんなもん着てたでぇ」
「学校の帰り道だったから制服ですよ、あの日応援団の練習で遅くなったんで」
「だいたいなぁ家にも帰らんと、ほんな所ホッツキ回ってるからこういうこんになるだど!」
そう言いながら机の引き出しから分厚い調書の綴りを出すと、胸ポケットから取り出した黒縁の眼鏡をかけ、それに目を通し始めたがいつまでたっても終わらない。
 

 
小便してきて良いですか・・・・所在なさにそう聞くと、行っても良いぞと言う代わりに綴りから目も離さず手をヒラヒラと動かした。
便所の窓から見える青空は高く澄み渡り、その中にていねいに描き込んだような山の連なりが遠くに見え、真っ赤に熟れきった幾つかの柿が青空の中に浮かんでいる。
今、何時間目の授業時間なんだろう・・・・ふと、学校のことが思い出され胸がちくりと痛んだ。

「おい、矢っ張りオマンがやっただな」
便所から帰り椅子に座るやいなや、渋団扇は眼鏡を外しギロリと睨むと断定的にそう言った。
「被害者はナァ、アゴの骨が折れちまってるし、肋骨も二・三本いかれちまって、まだ病院から出てこれんだど、この農繁期の忙しい最中にだ。そりょおオマンはどう思ってるでエ」
「どう思ってるデェって言われても困りますよ、後で知ったんだけどあんとき畑の中で取っ組み合いになった消防団員は、石和高校でラグビーやってたヤツだったとかで、結構強かったからオレの方がタジタジで、最後は砂を顔中にぬたくりつけて、やっと勝ったようなもんですから、そんな怪我してるわけ無いですよ」
「オマンがやったのはそいつだけケ。他にも相手したのが居るズラ。嘘こいちゃいかんど!」
「いやいや、あの晩はアイツ一人でクタクタだったから、やってないですよ」
「あのなぁ~被害者の聞き取りで“学生服を着たヤツにやられた”って言ってるだよ。オマンの他に誰が居るデェ」
渋ウチワは調書で机を叩くようにして怒鳴った。
矢っ張りヤツか・・・・喧嘩になると、牙をむいた狂犬のように獰猛になる“御坂の若”の仕業だと合点がいった。あの夜学生服を着ていたのは二人だけで、他の連中はジャンバーやセーターだったのだ。
                                        続

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2017-06-07 09:33:40

『酔っぱらい』

テーマ:アート

 

アメリカの作家“オースン・オマリイ”さんはおっしゃいました。

 

酔っぱらい』とは、ウヰスキーの瓶のようなものである。

      ・・・・・してそのこころ首と腹だけで、頭がない。

なるほど判るよなア~。

 


                               酒場人生覚え書き

 

そうそう、ユダヤのことわざでこんなのがありましたっけ。

悪魔は、人を訪ねるのにあまりにも忙しすぎるときは、

                                その代理として“酒”をよこす

人をしてウヰスキーの瓶に変えてしまうのも、これで納得・・・・酒は悪魔の使いだったんですね。

ゆめゆめ悪魔に“”を取られないようにしなくては・・・・二日酔いの朝はしみじみとそう思ったりしてるんですがねえ。

                                 
女「昨日はどこへいってたの?」

男「そんな昔のことは覚えてないな」

 

女「明日は会えるの?」

男「そんな先のことは分からない」

聞きようによっては、この男は痴呆症がずいぶん進んじゃったのかなあと気になるが、ご存じのとおり、映画「カサブランカ」の中の名場面での名セリフです。


凡人がこんな粋な言葉のやり取りが出来るのは、しこたま酒を飲んだ後じゃろか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2017-06-05 09:25:00

続・続 人間機雷 266

テーマ:小説

第三章 夢幻泡影
二 孤 旅
3 酔いどれ権六(6)


そこへ配膳を終えた女将の妙子が戻ってきた。
女将さん、聞いてくりょう・・・・と2階端の部屋にいる泊まり客に、あやうく手籠めにされそうになったことを、興奮しながら大声で話した。奥まった調理場からも、割烹前掛けをした二人が顔を出した。飯時だけ手伝いに来る料理当番の女達である。物好きもいたもんだとニヤニヤささやき会っている。
食事を作る慌ただしく忙しい時間が過ぎて、後はさがってきた食器類を洗えば、家に帰って野良仕事を手伝うだけだから、今はてもちぶさたなのである。

 

格好の退屈しのぎの話だ。
「おスエちゃん、大変だったねえ・・・・怪我はしてないの」
妙子は心配顔で尋ねた。三十半ばを越え女将としての落ち着きも備ったが、生来の温和さを失わず、使用人から慕われる存在である。
「怪我けえ。怪我は向こうがしたずら。どんぶり鉢で力いっぺえアタマあどうづいただから」
「あらま、大変。後で様子を観てくるね。二度と変な真似しないように注意しとくからね」
「女将さん、そんなこんしちょしねえ、あの気違えがなにをしでかすか判ったもんじゃあネエ」
朝食を運び終えたフミも、話に加わると心配顔で言った。
「ウチの人に聞いたけど、あの泊まり客は子供の頃からの知り合だというから心配ないわ」
「うんにゃ、なんぼ旦那さんの知り合でも、油断なんねえよ。アイツのとこに行くちゅうなら“のし棒”もって、オレが着いてくだに」
スエが意気込んでいった。
「こんな朝っぱらから、面合わせてなにをゴチャゴチャ言ってるだあ」
外から帰ってきた、良雄が言った。
「貴方のお友達だって言う2階の泊まり客が、おスエちゃんに乱暴したらしいのよ」
「乱暴?」
良雄は呆気にとられた声で聞き直した。
「オレを手籠めにしようとしたずら」
目下のところ騒動の中心人物であるスエが、他を押しのけるようにして言った。
「手籠め・・・・?」
良雄はスエをしげしげと見つめているばかりで、言葉が出てこない。
「すんでのとこでヤラれちまうとこだったずらに」
興奮冷めやらぬ声で訴えると、押しのけられた女達の忍び笑いが聞こえた。

 


スエはその面相の通り、何かにつけてがさつで、女らしい細やかさなど微塵も持ち合わせない男のような性格で、威張り散らすことが多かったから、仲間達にしても今朝の椿事に同情心など持ち合わせていたいようだった。
「スエ、そりゃあてえへんだったなあ。どれ、ワシが権六のとこに行って、よまって(叱って)くるずら」
興奮しているかも知れない権六の部屋に行くなんぞ願い下げだが、橋爪屋の主人としてはこの場を取り繕うためにも、そうせざるを得ない。肩を落として賄い所を出て行こうとした時である、ドタドタと足音がして、権六が降りてきた。


ひえっ、と小さな悲鳴を上げた良雄が「なんで、なんで。権六どうしただ」と女達の輪の中に、身を潜めるように後ずさった。
「どうもこうもネエずら・・・・クソ面白くもねえ。ちょっくら出てくる・・・・この糞ビクちょめえ!」
血走った三白眼でスエを睨み付けて言った。

                                                                                     続

                                                                      次回6月12日
 

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