続・続 人間機雷  373 | 酒場人生覚え書き

続・続 人間機雷  373

第七章 蒼穹遙か
一  巨星落つ

1 情縁(9)

 

「国松さん、本当にありがとうございました。ひとりではここに来られる勇気もなかったです」
「そうだろうと思ったから、こうやって引っ張ってきてやったんじゃあねえか。全くだらしねえ男だなあ。ぼーっと突っ立っていないでなんか言ったらどうなんだい。えっ、秀敏ちゃん」
「妙ちゃん。不実な男とさげすんでいたろうね。申し訳なかった。許してくれ」
妙子に向かって頭を下げた秀敏が、ぎこちなく言った。
「不実なんて・・・・思っているわけないじゃない。ズーッと待ってたわ」
唇をかみしめ、涙をためた眼で秀敏を見つめながら言った。
「本当にすまなかった」
「いいの。こうしてまた会えたんだから。国松さん本当にありがとうございました」
「言っただろ。必ず俺が連れてきてやるって。特にかわいい女の子の頼みとあっては、おとこ国松は死んでも約束を守ります」
これが横浜野毛に根を張り、敵対する中華街ヤクザをしっかりと押さえ込みながら、多摩川からこっち川崎までも縄張りに納める、関東白神一家のナンバー2は思えぬほどにひょうけてみせた。


「よお、親父冷やで一杯くれや。俺まで興奮しちまって喉が渇いたぜ」
大ぶりの湯飲みになみなみと注がれた日本酒を一気に飲み干すと、「親父もなんか一言挨拶はねぇのかよ」と矛先を変えた。

「秀敏君、沼津から帰ってきてくれたとき、あんないけずな仕打ちをしてほんまに申し訳あらへん。一番に悪かったのはワシやがな。ゆるしてな。ほんまのこと言うとこの店を秀敏君に継いでもろたらええと思っていたんよ。ほんまやで」
親父の良三はかぶり物ものをとると、それを両手で揉みしだきながら秀敏に言った。
「親父さん。何をおっしゃいます。大概のことは妙ちゃんから聞きました。当時の親父さんの苦しい胸の内も分かっているつもりです」
「そないにゆうてくれはったら、長いこと胸につかえてたことが、のうなりますがな。ほへんまおおきにだっせ秀敏はん。妙子にもワシのおかげでほんま可哀想なことした。妙子も許してな」
「お父ちゃん。許してだなんて・・・・私こそいろいろ心配かけて悪かったわ」
妙子がたまりかねたように、嗚咽に途切れそうになりがらいった。

 

                                    
                                       
「親父さん。今夜はこの国松の貸し切りにしてくれねえか。それぞれが積もる話もあるだろうし、だいいち肝心の秀坊主と妙ちゃんの劇的な再会の盛り上がりが済んでねえ。どうだい、看板消して暖簾をしまい込んでじっくりとやろうじゃねえか」
「お父さんそうしましょ。10年前の夜のやり直しよ」と女将が声を弾ませた。
「国松さん。今夜はわてのおごりや。貸し切りだなんて水くさいこと言わんといて、大いに飲みましょ。妙子もそれでええよな」
良三が気を取り直したように言った。
「ええ」
地味な和服に割烹着姿の妙子が、目を潤まして秀敏を凝視しながら小さく頷いた。浅草で再会したときから6年。化粧気もない妙子は秀敏をして、近寄りがたいほどの清楚な美しさを漂わせている。
それは幼きころかくれんぼや缶蹴りをして遊んだ頃、妙子のようだった。
歳月が妙子のうえを過ぎ去っていき、忌まわしい過去すべてを洗い流し、純朴な幼女時代に蘇らせたのかもしれない。
                 
                                                                     続 

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