続・続 人間機雷 374  | 酒場人生覚え書き

続・続 人間機雷 374 

第七章 蒼穹遙か
一  巨星落つ

1 情縁(10)


卓をつなげ席を作ると、良三はのりきらないほどの料理を作って並べた。
若い頃には京料理の老舗で修行したというだけあって、素材は簡素でも心を込めた品々がその夜の酒席を盛り上げた。
白魚の卵とじや韮の味噌和えなどの小鉢の他、今が旬の蛤鍋や嫁菜を添えた鱒の味噌漬は数日前から仕込んだものだろう。別の大皿には薬味をのせた鰹の刺身がある。
「よお、親父さんもう料理はいいから、こっちにきて一緒に飲もうぜ。酒もいちいちお燗なんていらねえから、一升瓶ごとここえ並べちまいな。今夜は実に楽しい。けどな俺にとっちゃあ片思いの終幕さ。なあ妙ちやん」
「国松さんはお姉ちゃん目当てで来てたんでしょ。ちゃんと知ってんだから」
「馬鹿言うなよ。俺はねえここの親父さんの作る料理が好きで、通ってきてたんだよ。それにわざわざ灘から仕入れてるって言う酒の虜だったのさ。本当だよ。だけど美子ちゃんが注いでくれる酒はうまかったなあ。いやいや、妙ちゃんが注いでくれた酒はもっとうまかったけどな。それも今夜を限りにあきらめるぜ。秀敏と恋の鞘当てなんざあしたくねえしよ。やい!秀敏!てめえこの野郎!妙ちゃんを泣かしたらこの俺が許さねえから覚えとけ」
「分かりました。この命ある限り妙ちゃんを大事にします」
「おお、命ある限りとでたか。そりゃそうだ、死んじまったらそれまでだもんな。妙ちゃん聞いたかい。生きてる限り愛し続けてくれるそうだぜ。そのセリフ。この俺が証人だ」
酔いの回った国松が、体をゆらゆらさせながら見得を切った。
「この男はウチにも居る予科練帰りの中でも、腹の据わったヤツでねえ、やる事なす事いまに居ねえ快男児なんだよ。戦争はとっくに終わったというのに、未だにお国のためなら命をまとに戦いますなんて時代遅れなことを言ってやがる。先代の松岡菊治親分がそんな秀敏のためにって、白神一家の守り刀とも言うべき“國廣”を贈ったんだよ。そのくれえの男だからヤクザの世界に朽ちせるのはもったいねえと、先代が修行の旅へ追いやったんだな。そんでいまは山梨の山奥で武者修行なのさ。いましばらくは山からも下りられねえかもしれないが妙ちゃん待ってやってくれよ。親父さんも女将さんもそのあたりは分かってやってくれ。さっき此奴が“不実な男とさげすんでいたろうね”なんて言ってやがったが、不実でも何で寝ねえ、男の生きる様からの食い違いなのさ」
何のことはない、この国松の弁明で秀敏が心の中に引っかかった、命ある限りにおいてと言う命題は妙子には分かってもらえたかもしれない。
この夜白神一家若頭武井国松の独壇場だった。

看板を消し暖簾をしまった“あいざわ”であるが、明かりは表に漏れ活気ある声が表に漏れているものだから、何人かの客が扉をガタガタさせたり、声をかけたりしていたが、それもやがてやんだころ、「すいません。白神のものですが、若頭を迎えに来ました」と声がかかった。
「おぉ、ウチのもんだ。すまねえが開けてやってくれ」
妙子が鍵を開けると三人の男が立っていた。
若者頭の鮫島登が二人の若衆を連れ、車まで迎えに来たのだ。
鮫島は秀敏の兄貴分に当たる。
「頭、遅くまでご苦労様です」
鮫島が両手を膝頭に置き、深々と頭を下げ慇懃に言った。
二人の若衆もそれに習った。
                                                    
                                        続 
                              
          次回3月9日