続・続 人間機雷 370 | 酒場人生覚え書き

続・続 人間機雷 370

第七章 蒼穹遙か
一  巨星落つ
1 情縁(6)
 


「洗いざらい話したんじゃないの?」
「秀ちゃんが命をかけて戦おうとしていたアメリカ兵と結婚したうえ捨てられて、芸者に身を落としてるだけでも恥ずかしかったのに、金で身体を許しているダンナがいるなんて言えなかった。ましてはじめて身体をあわせた後は、その人のことは言えなかった・・・・」
「お母さんも知らなかったわ・・・・そんなダンナさんがいたなんて。置屋の女将には迷惑かからないの?」
 「浅草のお母さんのスポンサーでもあるから、関わりは出てくると思うの・・・・」
「そんなことよりダンナという人の存在も、洗いざらい打ち明けた方がいいと思うわ。妙ちゃんの気持ちも分かるけど、そこまで話しても秀ちゃんの気持ちが変わらないのなら本物だもの・・・・お姉さんはそう思うな」
「いまはただ秀ちゃんを失いたくないの」

 

 

「分かるわよ・・・・その気持ち。やっと人並みの幸せがこようとしているんだものね」
美子は目頭をおさえて言った。
「でもね、そうであけばあるほどすべてを打ち明けるべきだと思うわ、そうじゃないお母さん」
「お母さんだったら美子の言うようにするわ。大丈夫よ。秀ちゃん子供の頃から知ってるけど一途で真面目な子だったもの。そんなことで彼の気持ちが変わるとは思えないなあ」
「その一途で真面目なところが怖いの・・・・ひどく傷つけそうな気がして」


その頃、秀敏は菅井組の応接間で菅井欽一と話をしていた。
「浅草土産にしては粋な話だねえ。一夜で幼なじみと恋に落ちて、嫁さんにしたいなんて小説に出てきそうな話だ。浅草に行って良かったじゃないか。オレの方はそんなおめでたい話を聞くのに腰掛けるつもりはないけど、白神の木村さんにには木村さんなりの考えもあるだろうから、いまんところ手放しで祝うこともなあ・・・・と菅井欽一は言ったものである。


しかし、秀敏が横浜連続殺人事件の被疑者であることや、黒白がまだはっきりしていない立場であることも話はしてないことを知った欽一は「5人も殺してんだ。間違いなく死刑か良くても一生高い塀の中から出てこれねえ。龍王寺の話に乗っても、厳しい言い方だけど赤狩りの犬みたいな生活が待ってるだけのお前さんだろ・・・・独り身だったらどちらに転んでも、自分の信じる道を突っ走ってきゃあいいんだろうが、女と二人連れじゃあ越えられねえ山坂もあるんじゃあねえのかなあ。惚れた女に苦労させたくないんなら、懐に抱え込むのは考え物だな。ようは修羅道の底をのたうち回って生きていくことになるお前さんに、それでもついて行くって覚悟がその彼女にもあるかってことだ。だから肝心なことを言わずに先に進んじゃいけねえような気がする」と言ったことに、「少しばかり熱くなりすぎてました・・・・辛い人生を歩んできたこの女を、オレが幸せにしてやらなきゃあ思ってのことだったんですけど、冷静に考えてみればオレはとんでもない爆弾を背負って生きてるんですよね」とうなだれた秀敏のこころの中の色合いが消え、モノトーンの荒涼とした原野を、寒々とした風が吹き抜けていくのを感じたものである。
白神一家五代目木村京介を訪ねすべてを打ち明けたのだが「俺には異存はネエよ。めでてえ話じゃネエか・・・・で、俺に何か出来ることはあるかい」と今は直系から外れたところに居る秀敏に温情をみせたが、木村は「ところで先代から譲られた“國廣”の魂は忘れていねえだろうな」
「はい、胸に刻み込んでいます」
 そうかい・・・・それなら良いが、といった木村京介の口元に苦みが過ぎった。 

          

そして「先代が“日本のために死のうって大井の心意気へのはなむけだ”と言っていた裏側にある思いをくみ取らなきゃあいけねえ。沢山の人間をバラしたお前が日本のために死のうって大義名分を遂げる前に、殺人犯としてサツに追われることになっちまったが、例えそうなろうとも“國廣”の魂に恥じぬ生き方をしろっていう親分の思いがこもっていたに違いねえ・・・・」と言葉を継いだものである。                                            
                                                                               続 

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