かめおかゆみこの≪表現するからだとことば≫塾

私は、そのひとがそのひとらしく、生き生きと生きることを、《表現》をとおしてサポートします。ちがいをみとめ、おだやかなこころで、調和とつながりのみちすじをさぐり、想像と創造によって平和を実現させる。それが、私のすべての活動のめざすところです。

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かめおかゆみこ です。

 

 2003年11月1日に創刊した、日刊メルマガ「今日のフォーカス

チェンジ」が、この7月10日に、完全連続発行5000号を達成し

ました。ウインク メルマガ連続記録は、女性では日本一です。照れ

その記念として、自分の人生ドラマをまとめています。

 

1~30★幼少時から26歳まで

31★記憶のふた

32★足が軽い!

33★全肯定の愛

34★どんなふうにも生きていい

35★「きらわれていた」

36★8年ぶりの実家

37★朗読劇とソフトと

 

 

38★異形の面

 

翌年の町民文化祭には、町のひとを巻きこんで劇をつりたいと想い、

募集ちらしをつくって、新聞折り込みをしました。過去に上演した劇

のビデオの上映会をして、興味のあるひとを集めようとしたのです。

 

けれども、集まったのは、何かの映画会とかんちがいをした、親子

連れ1組だけ。あえなく企画はチャラになりました。タラー

 

そのため、前年どおり、周辺市町村の演劇仲間に呼びかけて、協

力してもらうことにしたのですが、今年はさらに提案がありました。

部分的に、役者としても出演してもらおうと考えたのです。

 

作品は、中島敦の「山月記」。これを朗読劇仕立てにしました。もと

もと、主人公・李徴のひとり語りの作品なので、ほぼ原文のまま舞

台化ができます。

 

下級官吏に甘んじることができず、詩人として世に名を成そうとし、

報いられず、いつか虎に変身してしまい、山にこもる李徴が、旧友

で、役人として出世した袁傪(えんさん) と出会います。

 

そこで、身をかくして、そのようにいたったいきさつを語ったあと、

おのれの創作した詩を幾編も詠む場面があります。この場面を、

李徴のこころの声として、複数読みで表現しようと思ったのです。

 

複数読みにしたのは、一編ずつ朗読すると時間がかかってしまう

ことと、重複的に読むことで、李徴のこころにわき上がる想いを表

現したかったのです。

 

とはいえ、みな、ちがう町に住んでいるため、稽古のために何度

も集まることはできません。事前に台本をわたして読んでおいても

らい、前夜から我が家に合宿して合同稽古をすることにしました。

 

このへんは、元気会での実践体験が役に立ちました。こんな場数

ばかり踏んでいるせいか、私の劇づくりは、いまでも、けっこう短期

間でおこなうことが多いです。

 

 

もうひとつのこだわりは、最後に、虎になった姿を、袁傪に見せる

場面です。ここは、インパクトのあるものにしたいと考えました。

 

そこで、面を使うことにしました。竹内さんの上級クラスで、面のレ

ッスンをやって以来、いつか、お芝居で面を使ってみたいと思って

いたのです。

 

もともと、草むらにかくれてはいるとはいえ、この時点で、李徴は、

虎の姿になっています。人間ではないけれども、人間の意識をも

つものとして、ここは真っ白な中性面を使いたいと想いました。

 

それにたいして、最後に、袁傪に、自分をあきらめさせるため、

虎の姿になって躍り出るところ。ここでは、異形のものとしての面

に、すげ替えたいと思いました。

 

虎、ではあるのですが、虎そのままではタイガーマスクになっちゃ

いますので、 「人間ではないが、本物の虎でもないもの」として、

虎の象徴の黄色と、血の涙のイメージの赤で、表情面を。

 

記憶では、たぶん、『お面をつくる』(大月書店)を参考にしたと思

います。粘土で型をとって、和紙を貼り合わせてつくるものです。

異形の面は、我ながら、迫力あるものができあがりました。

 

自身がかつて書いた詩の複数読み(群読)のあと、袁傪に別れを

告げる李徴。ここで、マントを広げて後ろ向きになり、面をつけ替

えてもらいました。振り向くと、面が変わっているわけです。

 

この作品も、けっこう反応がよくて、私なりのスタイルでのお芝居

づくりに、自信をもたせてくれるきっかけになったのでした。

 

 

なお、面については、後日談があります。想い出深い面を、私は

箱にしまい、棚のなかにしまっておきました。ところが、数年後、

取り出してみると、ありませんゲッソリ

 

このとき、私はすでにふたたび家を離れていたのです。いやあ

な予感がして、私は、おそるおそる、母に訊きました。

「え~っと、この箱のなかにあったモノ、どこにいったかなあ」

 

母の、シンプルな返事がかえってきました。

ガラクタだと思ったから、捨てたよ」…ぐぉあらくたあああ~ガーン

 

母は、基本的に、私の自由をみとめてくれたのですが、片づけ

に関しては、かなりの「自分基準」をもっています。自分が「不要」

と思ったものは、きっぱりすっぱり、捨ててしまいます。笑い泣き

 

もともと、転勤族で、官舎もせまく、ものをおくスペースがなかっ

たので、引っ越しのたびに、かなーりいろいろなものを捨ててき

ました。それはいつも母の役回りでした。

 

子どものころ、私が描いた塗り絵とか、そーゆーたぐいのもの

を、畑に穴をほって放りこまれ、そのまま火をつけて燃やされ

た記憶がありますから。笑い泣き

 

いや、母がいなければ、我が家の片づけはまったく進みません

ので、文句は言えないのです。この場合は、きちんと保管してお

かなかった、私の痛恨のミスなのでした。タラー

 

 

 

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1~30★幼少時から26歳まで

31★記憶のふた

32★足が軽い!

33★全肯定の愛

34★どんなふうにも生きていい

35★「きらわれていた」

36★8年ぶりの実家

 

 

37★朗読劇とソフトと

 

そのうち、町役場の事務のアルバイトにつくことができ、とりあえ

ず、ある程度の収入を得ることができるようになりました。

 

車を手に入れたことで、活動範囲は広がりました。近隣の町に住

む、オホーツク子ども劇場元気会の仲間や、高校演劇の仲間たち

と会うようになりました。

 

オホーツク子ども劇場の活動も、元気会の活動もつづいていたの

で、もちろん、そちらにも参加しました。

 

また、当時、網走や北見、紋別など、オホーツク地域にあった、地

域劇団とも交流するようにもなりました。

 

札幌での即興劇づくりで、演劇への自信をうしなって、4年あまり

の時間が経っていました。私のなかで、その傷は少しずつ癒えて

いたようです。

 

何よりも、竹内さんの教室で、つくりものではない、内面からの表

と出会ったことで、もう一度、演劇や表現活動をやってみたいと

いう気持ちが強くなっていたのです。

 

地元に、劇団があったことを知っていたので、代表のひとをたず

ねてみました。けれども、現在は実質的な活動は、していないとの

こと。こうなったら、自分で動くしかありません。

 

 

そんな折、地元の小清水町の町民文化祭の話を耳にしました。

過去のプログラムを見ると、合唱、詩吟などにまじって、いまは

活動中止中の劇団の名前もありました。これはチャンスです!

 

さっそく、町の文化協会に、出演の申し込みに行きました。ところ

が、そこで、「個人での参加はみとめていない」と言われてしまい

ました。団体でなければ参加できないというのです。

 

なぜに、同じ、町民なのに? 不公平だ! カチンときました。DASH!

 

高校時代の顧問の先生といい、私は、どうも、いわゆる権力をも

っているがわから、一方的に言われるような状態になると、奮起

するようです。絶対に参加してやる!と決意。炎

 

すぐに、演劇サークルを「結成」しました。いや、実体は、私ひと

りです。名前だけ、まわりから借りて、登録条件を満たしました。

ともかく、それで、正式参加申し込み!笑い泣き

 

実は、私が、小清水町に住んだのは中学1年まで。私が大学生

のときに、両親が佐呂間からふたたび小清水にもどったので、

私自身は、地域に知り合いはほとんどいません。

 

10年以上前の同級生とは、連絡もとりあっていませんでしたか

ら、ほとんど、よそものに近い状態だったのです。滝汗

 

それでも、名前を貸してくれたひとの何人かが、「手伝うよ」と言

ってくれ、何より、周辺の市町村に住む、演劇仲間たちが、スタ

ッフ協力で、駆けつけてくれることになりました。照れ

 

 

文化協会とはその後も一悶着。文化祭に参加する団体は、稽

古のためにステージを借りられるのですが、一団体何回など、

とくに規定もなかったので、とっとと予約を入れました。

 

ところが、後日、私の使う回数が多すぎると、古株の団体から、
クレームが入ったとかで、予告なく、「何回ぶんかの使用を取り
消した(←過去形)と、会合のときに言われました。ゲロー

な、な、なんだとう~?! ちゃんと、打ち合わせの席で、使用
回数の規定があるかどうか、確認したろうがっ!ムカムカ

 

それまで、ほとんど同じ団体だけで運営していたので、私のよう

な飛び入り には、対応が後手にまわったのでしょう。いまなら

理解できますが、当時は、いちいち、火の玉小僧炎でした。爆  笑

 

 

かんじんの演目ですが、私は、ミヒャエル・エンデの「モモ」を、朗

読劇で上演することにしました。上演時間に制限がありますから、

かなりダイジェストしました。(いま考えると、このときは、朗読だ

からと、原作使用許可をとっていませんでした。詫)

 

朗読劇ではありますが、多少の動きも入れました。語り手、モモ、

カメのカシオペイア、灰色の男、マイスター・ホラの5役を、簡単

な衣裳替えで演じ分けて、表現したのです。

 

本番。演劇の上演そのものが久しぶりだったせいもあるでしょ

うが、評判は上々でした。終わったあと、小学生の女の子が、

感想を言いに、わざわざたずねてきてくれたりしました。ピンクハート

 

 

そんなすったもんだのかたわらで、それでも、私は地域に溶け

こもうと、いろいろなことに参加していました。

 

そのひとつは、町民親睦のためのソフトボール大会に参加し

たことです。なんと、各地区に男子チーム、女子チームが編成

され、土日、数か月をかけて、決勝戦までおこなうのです。

 

私、子どものころから、基本的に運動音痴です。とくに、球技

にはまったく才能がありません。笑い泣き

 

短大のとき、球技大会のメンバーが足りなくて困っていたので、

「私、やってもいいよ?」と手を挙げたら、スルーされたほどで

す。滝汗(ヲイ!)

 

しかし、町民親睦の大会で、みんな素人なのと、まだ20代で

若かったので、駆り出されてメンバーとなったのでした。

 

 

このとき、印象に残る体験がありました。たまたま、キャプテン

になったひとが、中学時代、ソフトボール部に所属していたの

です。

 

素人の私たちが、飛んできた球を必死に受け止めようとする

と、彼女は、こう言ったのです。「あ~、無理しなくていいよ~。

突き指とかしたら、ばかくさいから。落ちてから取って

 

へっ?! そんなことしたら、塁に出られちゃうんじゃ…?ポーン

 

ところが、そうではなかったのです。ほぼ全員が素人の親睦

ソフトボール大会。カキーン。打ったほうも、

あら~、打てちゃったわ~。…はっ! 走る~!」DASH!DASH!DASH!

 

てな調子ですから、落ちてから、落ち着いてとって投げても、

けっこうな確率で、走者アウトにできるのでした。笑い泣き

 

そして、毎回、そんな調子で勝ち抜き、最後に、もっとも強豪と

言われるチームと対戦することになったのですが、直前、その

チームが何かの違反をやったとかで、出場停止に?!ゲッソリ

 

結果、我が女子チームは、決勝で勝って、一等賞~流れ星

生まれてはじめて、金メダル(メッキだけど)をいただきました

とさ。

 

そして、そのときのキャプテンのひとこと「落ちてから取って

は、のちに、私の「『聴く』を磨く」講座で使われる、ある手法と

なるのですが、それは実際に参加してのお楽しみです。爆  笑

 

 

 

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33★全肯定の愛

34★どんなふうにも生きていい

35★「きらわれていた」

 

 

36★8年ぶりの実家

 

実家は、そのころ、父の勤務の関係で、佐呂間町から小清水町にも

どっていました。このとき、父の職場は、家からほぼ直線で30秒。

17時定時で、17時5分には、帰宅してました。爆  笑

 

ちなみに、父は多趣味なひとで、若いころから、釣り、写真、囲碁、

将棋、その他、お金のあまりかからないことなら、ひととおりこなして

いたようです。

 

私は、運動はまったく得意ではありませんでしたが、小学生のころ、

父が、縄跳びを教えてくれて、おかげで、二重飛びを20回以上連続

して跳ぶことができました。スキーも教えてもらいました。

 

大学時代、本州出身の後輩(男子)が、道東旅行ということで我が家

を拠点にして、1週間ほど居候したことがあります。そのとき、後輩も

ふくめて家族で、ボーリングに行ったときのことです。

 

たまたま、ボーリング場にビリヤード台がありました。後輩は、ちょ

っと手馴らししたことがあるらしく、父に「やりませんか?」と誘い、父

も「久しぶりだなあ」と快諾しました。結果は父の圧勝でした。爆  笑

 

また、後年、網走に移ってからですが、地元で演劇教育のセミナー

を開催した折、東京からまねいた講師のかたを、我が家にお泊めし

ました。

 

そのかたは、将棋が好きで、将棋盤があるのを見て、「お手合わせ

願えませんか」。もちろん、父、快諾。翌朝、講師のかたに言われま

した。「かめちゃん、先に言ってよ。強すぎるよ」爆  笑爆  笑爆  笑

 

父は、何かをやりだすと、あるレベルまできわめないと、気が済まな

いたちなのです。その探究心は、感心するばかりです。

 

 

一方、母は、畑いじりは好きですが、ほかには趣味らしい趣味はな

し。あるとき、突然、詩吟をはじめました。理由を聴くと、「年をとった

とき、何も趣味がないとボケるから」。そんな理由でっ?!びっくり

 

母の継続力は、ものすごいのです。毎日1時間くらい、練習をしてい

ました。しかし、1か月くらい経ったころ、ぴたりとやめてしまいました。

聴くと、「やっぱり向かないとわかった」。1か月も必要かっ!ポーン

 

そんな両親ですが、小清水町で、母が、ゴルフのキャディーをはじめ

ました。家族割引がきくので、父もゴルフをやるようになりました。

はじめて、両親共通の趣味ができたようです。

 

最近は、高齢になったので、ゴルフではなく、負担の少ない、パーク

ゴルフを楽しんでいるようです。このとき、ゴルフをやっていなかった

ら、こんな楽しみかたはできなかったでしょうね。

 

 

さて。18歳で予備校に通うため、なかば強制的に、家を出された私

は、今度もなかば強制的、8年ぶりの帰郷となりました。

 

このころは、新幹線もなく、東京から我が家までは、片道、約21時

間半かかってました。ちなみに、東京-青森間の鉄道距離と、函館

-網走の鉄道距離は、ほぼ同じ、700キロあるんですよ~。アセアセ

 

(小清水町には小清水駅という駅はなく、途中の釧網本線の浜小

清水しかないので、網走からは約1時間、バスで帰りました)

 

 

帰宅して、母に言われたのが、「こっちにいると、車がないと不便だ

から、免許をとりなさい」。ということで、さっそく、隣の斜里(しゃり)

町にある、自動車教習所に通うことになりました。

 

  

 

さいわい、斜里町には、親戚の家があり、祖母も同居していました。

高校受験をひかえたいとこがいて、勉強を教える代わりに、居候さ

せてもらうことになりました。

 

北海道の冬道はこわいです。ほぼ全員が、圧雪状態の道路で、ブ

レーキがきかなくなる体験をします。だから、夏に免許をとったひと

は、冬対策の講習を追加で受けなければなりません。

私は、こう見えても(どう見える?)、けっこう緊張しいのひとで(笑)、

とくにこういう実技講習は苦手です。学科はまあまあ問題なくクリア

できたものの、仮免許の日は、かなり緊張するはずでした。

はず…と書いたのは、実は前の晩に、叔父さんとかなり飲んでしま

い、この朝は、ほとんど二日酔い状態でした。なので、緊張するだ

けのゆとりがありませんでした。(意味伝わります?)(笑)

しかも、当日は吹雪! ええ、吹雪だって講習はあるんです。外は

寒いのに、アタマのなかだけ熱い!(爆) そんななか、縦列駐車

のところで、教官から「ふかしすぎ!」と言われます。

えええ? 別にそんなにアクセル踏んでないし。しかも、何度も繰

り返し言われるのです。さすがにむっときて、「言われている意味

がわかりません!」と言ってしまいました。プンプン

教官は、そこでだまってしまいました。仮免許は受かりました。が、

あとではっと気づきました。そのかたは東北なまりのあるかたでし

た。もしかして、「(縦列駐車)深く入りすぎ」と言ったのでは…と。

実際、縦列駐車はいつも角度がうまくいかず、一番のネックだった

のですから。というわけで、教官には申し訳ありませんが、ラッキ

ーで勝ち取った仮免なのでした。チーン

しかし、奇跡は二度はつづきません。路上練習も、なんとかクリア

し、むかえた本免許試験の日。この日は二日酔いもなく(笑)、天

気もよく晴れていました。

なんとか途中でストップがかからず、コースを一周し、ゴールの教

習所が見えたときです。「あああ、やっと終わりだ!」そう思った瞬

間、私の足は、思わず、アクセルを踏んでいたのです!笑い泣き

17キロオーバー」教官の声が冷たくひびきました。いや、たしか

に、練習のときからスピードはオーバー気味でした。でも、本免の

試験で、スピードオーバーで失格って、フツー、ありですかあ?爆  笑

というおまけもつきましたが、なんとか免許を獲得。親に車を買っ

てもらって、我が家の第二運転手となりました。(妹は、このときす

でに家を出て、札幌で正看護師をやってました)

そして実際、車を手に入れたことで、私の行動範囲は、飛躍的に

広がったのです。

 

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32★足が軽い!

33★全肯定の愛

34★どんなふうにも生きていい

 

 

35★「きらわれていた」

 

「北海道上陸」の前に、もうひとつ書き落としていたこと。

 

演劇の方向性が見えなくなったこと、未来の夢を見失ったこと、

婚約破棄…それらが私のこころを打ち砕いたのですが、もうひ

とつ、あるできごとが、強い衝撃を私にあたえていました。

 

大学生のころだと思います。私は、あるひとからお誘いの手紙
をいただいて、会っていました。高校時代、同じ学年だったひと
でした。(クラスはちがったと思います)

 

そんなに親しかったひとではなかったのですが、東京で、あまり

知り合いもできないなかで、こころが動いたのかもしれません。

 

そして、どんないきさつかも忘れたのですが、そのとき、そのひ
とにこう言われたのです。
「かめおかさん、みんなにきらわれていたよね」

 

ショックでした。

たしかに、ある面で、おぼえはありました。演劇熱中少女だっ

た私は、演劇以外のことにはまったく興味がありませんでした。

 

そのため、クラスの行事なども、あまり積極的ではなく、文化

祭行事でさえも、おざなりな参加になっていたのです。

 

それでも、「みんなにきらわれている」ほどに、うまくいってい

ないとは思っていませんでした。

 

でも、自己肯定感が落ちていた当時の私に、それは強烈な

衝撃でした。その瞬間に、過去の景色がまったく変わって見

えてしまったのです。

 

あの笑顔は、うそだったんだろうか。表面だけ合わせて、本

当は私に背を向けていたのだろうか。言ってくれたことばは、

いつわりだったんだろうか。そんな想いがうずまきました。

 

そして、私は、こわくなってしまったのです。えーん

 

出会うひと、出会うひとが、かけてくれることばは、本当に

本心から発せられているものなのだろうか。本当は陰で、舌

を出しているのではないだろうか…と。プンプン

 

もともと、小学生のころ、まわりとうまくコミュニケーションが

とれなかったという意識が、根底にありました。その意識が、

急激によみがえってきたのです。

 

 

いまにして思えば、すべて、フォーカスのわなであったこと

がわかります。

 

「きらわれていた」にフォーカスすることにより、過去がすべ

て「きらわれていた」という意識からのフォーカスに変わって

しまったのです。事実はけっしてそうではないのに。

 

でも、何もかもがうまくいっていない(と感じていた)状況が、

それが、事実であったかのように思わせてしまったのです。

 

竹内さんの教室のなかでさえ、私は、その怖れに翻弄され

て、かけてくれる手をはらいのけたことがあります。

 

このやさしさはうそかもしれない。私がもっとひどい姿をさ

らしたら、離れていってしまうかもしれない。そう思ってしま

うと、素直に受け取ることができなくなったのです。プンプン

 

 

いまはもう、そのわなからは、抜け出ています。たしかに、

うまくいっていなかった面はあるけれども、うまくいってい

たことも、たくさんあったことを思い出せたからです。

 

そのひとが、どんな意図で、そのことばを言ったのかは、

わかりません。

 

もしかしたら、そのひとから私は、好きなように生きている

ように見えたのかもしれません。そしてそれをうらやましく

思ったのかもしれません。

 

だから、私を否定するようなことばを、言いたくなったのか

もしれません。けれども、仮にそうであっても、それもまた、

そのひとのフォーカスにすぎないのです。

 

受け取る必要のなかったことを、受け取ってしまった私は、

その後、10年以上にわたって、この「ひとが怖い」という

感覚に、ふりまわされることになりました。

 

うまくいかないことがおきるたびに、この感覚がフラッシュ

バックしたのです。そのたびに私は、宇宙でたったひとり

…ともいうべき、孤独感を味わいました。プンプン

 

本当は、「ひとが信じられない」のではなく、私が「ひとを

信じていなかったのだ」ということに気がつくためには、

長い時間を要しました。

 

 

 

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34★どんなふうにも生きていい


あるとき、「ゆうき」くんと2人で遊んでいると、マンションの下の

道を、石焼きいもやさんが通っていく音が聴こえました。ルンルン

「おいも食べたい」と「ゆうき」くんが言うので、「よし、買いに行
こう!」と、2人で追いかけることにしました。

すでに石焼きいもやさんは、少し先に行ってしまっていました
ので、私がちょっとオーバーアクションで、「待ってくれえ~」と
言って走ると、「ゆうき」くんが、大受けして笑いました。

その日、めずらしくお母さんが早めに帰って来たので、2人で
そのようすを再現しました。

「ゆうき」くんが石焼きいもやさん、私が私の役で、「待ってくれ
え~」とオーバーアクション。いまでいえば、プレイバックシア
ター
ですね。お母さんもいっしょになって、笑いました。爆  笑


また、いろいろなお話を読むなかで、2人が気に入った作品
に、「アタゴオル物語」(ますむらひろし作)がありました。
大酒飲みの猫、ヒデヨシが主人公の猫マンガです。

あるとき、いつものように、お風呂で「ゆうき」くんにお話をせ
がまれ、困った私は、この「アタゴオル物語」のストーリーに、
「ゆうき」くんを登場させて話しました。これが大受け。

もちろん、お母さんにも話して、いっしょに楽しみました。

ちなみに、のちに、この「ゆうきくんが登場するアタゴオル物
語」を、清書して、作者のますむらさんにお送りしたところ、
「おもしろかったです」と、お礼状をいただきました。ニコニコ


そんな感じで、私は「ゆうき」くんのお母さんとも仲よくなり、
「ゆうき」くんが小学校にあがってバイトが終わりになっても、
その後も、しばしば遊びにいきました。

その小学校のことで、こんな話を聴きました。「ゆうき」くん
の通う小学校では、時間内に給食を食べ終わらないと、そ
の時点で給食が回収になってしまうのだそうです。

ところが、「ゆうき」くん、私と毎回遊びながらごはんを食べて
いたせいか、ごはんの食べかたがゆっくりで、毎回、途中ま
でしか食べられず、いつも回収~になってしまうのだそう。びっくり

けれども、この話を、「ゆうき」くんは、実に淡々と話すのです。
彼にとっては、「食べ終わらない」ということに、いいも悪い
もなく、単に「それだけの事実」という意味しかないのです。


その証拠に、「ゆうき」くん、小学校時代、ずーっとその状態

だったそう。無理に「改善」しようとしないのですね。実にマイ

ペースな生活をしたわけです。爆  笑


起きたできごとを、いちいち自己評価(とくにマイナスの)に
結びつけない。そうすると、ひとは安定していられるのです。

 


小学校5年生のとき、お母さんが、出会って2週間のひとと
電撃結婚しました。しかも11歳下。「ゆうき」くんのお父さん
とは結婚していなかったため、このときが初婚びっくり

少し離れた地方都市に、引っ越していきました。私は、そ
の引っ越し先にもおじゃまさせていただいたことがあって、
「ゆうき」くんのその後の話を聴くことができました。

年の離れた兄弟のような、あたらしい(実際にははじめて
の)お父さんは、「ゆうき」くんを、大好きになって、とてもか
わいがってくれるのだそうです。

「ゆうき」くんのほうは相変わらず淡々としています。結婚
して4年目の、「ゆうき」くんが中学3年のとき、「ゆうき」く
んの作文が、学校で最優秀賞をとったそうです。

その内容が、なんと、「夫婦喧嘩」。結婚記念日に、それ
を忘れて飲んで帰って来たお父さんと、きっとプレゼント
をもって帰ってくると待っていたお母さんの、「バトルポーン

それが実況中継ふうに、まるで、コントの台本みたいに、
ユーモラスに描かれているのです。いつのまに、こんなゆ
たかな表現ができるようになったのかと、感心しました。


いいも悪いもなく、ただその存在を全肯定するお母さんの
ありかたが、「ゆうき」くんの伸びやかな性格をつくっていっ
たことは、まちがいありません。

世の中では、しばしば、「ほめる」のがいいとか悪いとか、
子育て論議がなされますが、どちらであっても、その根底
に、「全肯定の愛」があれば、子どもは育つのではないかと。

そして、いまからン十年も前に、未婚での出産を決意、営業
職で好成績をあげて子どもを育て、直感で結婚…というスー
パーな生きかたをしているお母さんと出会えたことが、

ひとはどんなふうにも生きられるのだ、生きていいのだ…

と、私の人生に、明るい希望をあたえてくれたことも事実です。

 

 

 

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かめおかゆみこ です。

 

 2003年11月1日に創刊した、日刊メルマガ「今日のフォーカス

チェンジ」が、この7月10日に、完全連続発行5000号を達成し

ました。ウインク メルマガ連続記録は、女性では日本一です。照れ

その記念として、自分の人生ドラマをまとめています。

 

1~30★幼少時から26歳まで

31★記憶のふた

32★足が軽い!

 

 

33★全肯定の愛

 

結局、教員の仕事にはつきませんでしたが、私の人生のなかでは、

やや「教員」的な立場で、子どもたちとかかわる機会には、恵まれ

てきたように思います。

 

そのひとつの原点となりうる体験が、大学生のころにありました。

友人の紹介で、ある家庭のベビーシッターのアルバイトをすること

になったのです。

 

子どもの名前は、「ゆうき」くんと言いました。 ベビーといっても、

すでに4歳でしたから、ホームキーパー兼子守といったほうが正

解だったかもしれません。3人の大学生が、交代で担当しました。

 

そこは、母子家庭ではあったのですが、お母さんがばりばりのキャ

リアウーマン。営業職で、社内トップクラスの成績をとるほどとか。

そのため、帰宅は、いつも21時をすぎます。びっくり

 

私たちの役割は、17時に保育園にお迎えにいき、家まで連れて

帰り、宅配で届けられる食材で夕食をつくり、いっしょに食べ、お風

呂に入れて、21時前には寝かしつけるという内容でした。

 

時給はあまり高くはなかったけれど、夕食も食べられるし、お風呂

にも入れるし、洗濯機も自由に使っていいというので、とてもありが

たいバイトでした。ウインク

 

 

「ゆうき」くんと私は、すぐに仲良しになりました。何しろ演劇部で

きたえた表現力で、絵本を読んだり、素話をしたりしましたからね。

とてもよろこんでもらえました。

 

テレビは、食後の30分だけと決めて、それ以外は、絵を描いた

り、工作をしたり、お芝居ごっこをしたりして遊びました。

 

ごはんの時間も、ある意味、遊びの時間でした。私たちの夕食

は、いつも1時間近くかかってしまうのです。何しろ、ごはんの山

が宇宙基地になったりしちゃうのですからね。爆  笑

 

お風呂も、出るころには、お湯が半分以下になっちゃうくらい、

遊びました。

 

「ゆうき」くんは、お話好きで、お風呂のなかでも3つ、夜、おふと

んに入ってからもひとつ、ふたつとお話をしてほしいと言います。

 

さすがにネタがなくなり、演劇部で上演したお芝居のあらすじを

話したりしていました。笑い泣き

 

たぶん、内容は、わけがわからなかったと思いますが、目の前

のひとと、コミュニケーションをとることが楽しかったんだろうなと

思います。

 

 

「ゆうき」くんのお母さんは、とてもすてきなひとで、いまで言えば、

スーパーポジティブなひと。自己肯定感が高くて、自分を魅せる

ということを自覚していたひとだったなあと思います。

 

あと、「ゆうき」くんにたいする愛情を、いつも惜しみなく表現して

いました。たまに早く帰って来れるときがあると、玄関を開ける

なり、駆け寄って抱きしめて、「ゆうき~! 私の大事!」って。ニコニコ

 

で、ごはんの山を宇宙基地にしてても、「すごーいピンクハート

ごはんをおかわりしても、「すごーいグリーンハート

テーブルのうえから飛び下りても、「すごーいイエローハート

 

そう、否定がないんです。爆  笑 このことだけ書くと、「甘やかし

ている」と感じるひともいるかもしれませんが、そうではなく、

 

それをとおして、お母さんが「ゆうき」くんにあたえていたものは、

この世に、自分のことを、絶対的に愛してくれている存在

がいる」という確信だったのだと思います。

 

それは、言い換えれば、おさない子どもにとって、「親」って、

世界そのものだと思うのです。その「世界」が、絶対的に自分

を愛してくれる、って、すごいことだと思いませんか?

 

 

あるとき、「ゆうき」くんと、その友だちと、私と3人で、あるイベ

ントに出かけることになりました。お母さんが、私を信頼してく

れて、そんな外出もさせてくれたのですね。

 

たまたま乗った電車が、とても空いていて、隅っこの席に、男

の人が、ひとり眠っているだけの状態でした。

 

「ゆうき」くんたちは、電車に乗っての外出に、大もりあがりで、

車両のなかを少し走ったり、さわいだりしてしまったのですね。

私も、つい、ひとがいないからと、注意をしていませんでした。

 

突然、眠っていると思った男のひとが、「うるさい!ムカムカ」と、

怒鳴りだしたのです。

 

その瞬間、友だちのほうは、「ごめんなさい、ごめんなさい」

と言いながら、びーーっアセアセガーンと、大声で泣きだしました。

私も、思わずあやまりました。

 

ところが、「ゆうき」くんは…と見ると、なんと、その男の人の

真ん前の席にすわって、目を丸くして、その男の人を、じーっ

と見つめているのです。びっくり

 

そのようすが、なんというか、動物園で、はじめて見る動物を

見ているとでもいうかのような…。笑い泣き

 

つまり、そこに、「怖れ」がないのです。どなられたことで、

自分が否定された、攻撃されていると感じていない。そうい

自動反応が形成されていないのです。

 

当時は、そういうことばでは理解はできませんでしたが、思い

当たったのは、いつも「ゆうき」くんを全肯定している、お母さ

んの態度のことでした。

 

「世界に愛されている」と確信している子どもは、いたずら

に、不安がったり、おびえたりはしないのだと。この体験は、

私に「教育」というものについて考えるきっかけをくれました。

 

「ゆうき」くんのお話のつづき、あと1回、書きますね。

 

 

 

星かめおかゆみこの、13年以上つづく日刊メルマガ

「今日のフォーカスチェンジ」の詳細は、こちら 流れ星

 

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 2003年11月1日に創刊した、日刊メルマガ「今日のフォーカス

チェンジ」が、この7月10日に、完全連続発行5000号を達成し

ました。ウインク メルマガ連続記録は、女性では日本一です。照れ

その記念として、自分の人生ドラマをまとめています。

 

1~30★幼少時から26歳まで

31★記憶のふた

 

 

32★足が軽い!

 

「内観」は、同時に、何部屋にも分かれて、おこなわれています。

 

ふすまをはさんで、隣の部屋の隅には、年配(たぶん60代くらい)

の女性が入っていました。何せ、隣ですから、否応なしに声が聴

こえてくるのですね。まだ、私も記憶が出てこない時期でした。

 

そのかたは、夫さんが長年ひそかに「不倫」をしていて、それが

発覚したことにショックを受けていました。ご夫婦で相談されて、

おふたりでこの内観研修所の門をくぐられたそうなのです。

 

そのかたは、「先生」が何度たずねてこられても、指定された課

題のこたえではなく、いかに自分がうらぎられてつらい想いをし

たか、夫さんの不実をなじることばかり言われるのです。

 

「先生」が何度来られても、その返事は変わることがありません。

2日目か3日目でしたでしょうか、ついに「先生」も、小声ながら

も、やや強い調子で言われたのです。

 

「ここでは、4歳の子どもでも、きちんと自分の課題にとりくんで

います。あなたのだんなさんも別の部屋で、内観をつづけておら

れます。なぜあなたは、向き合おうとしないのですか」

 

それでも、そのかたは、ご自身のつらさ、夫さんへの恨みつら

みを語るのをやめませんでした。それは聴いていて、こころが

痛くなるほどでした。

 

いまは知りませんが、当時の内観研修所は、途中で帰る選択

もみとめられていました。結局のところ、自分の意思をもたな

ければ、内面の対話はできないと思います。

 

そのかたは、4日目くらいで帰ってしまわれました。私は、自分

の記憶が噴き出てきた時期で、ひとのことに気を散らしている

よゆうもなく、その後のことはわかりません。

 

いまであれば、内観より先に、カウンセリングなどを受けたほ

うがよかったのかもしれません。でも、当時は、カウンセリング

は一般的ではなく、あとはおそらく、占いか宗教くらいしか…。

 

(占いや宗教が悪い、ということではありません)

 

ひとのありかた、生きかたについて、しみじみ考えさせられる

一件となったのでした。ショボーン

 

 

そうして、一週間目の朝、すべての予定を終えて、参加者全

員が、大広間に一堂に会しました。そこで、それぞれの感想

などを述べあう時間をもちました。

 

多くのかたが、親をはじめ、自分が出会ってきた、まわりの

ひとたちへの感謝の気持ちを語っていました。語りながら涙

するひとも、何人もいました。

 

いまでこそ、メルマガで「記憶の捏造」のハナシをえらそーに

書いている私ですが、ひとはいかに、自分都合で記憶を残

しているかを実感した、最初の体験となりました。

 

まあ、それでも、完全に腑に落ちていなかった、というか、明

確に言語化できていなかったため、その後も、同じような轍を

踏むのですが…。あいたたた。ゲロー

 

 

その日はよく晴れていました。研修所の門を出ると、外の明

るさに、一瞬くらっとしました。こころなしか、目の前がひらけ

て見える気がしました。まさしくシャバに出た気分です。滝汗

 

そして、一歩を踏み出しておどろきました。足が軽いのです。

まるで、空をかけるような、勝手にはずむような、そんなかろ

やかさがあるのです。はじめての感覚でした。

 

残念ながら、そのときの感覚をもうおぼえていません。ただ、

「軽い!」と思った、そのおどろきはいまも残っています。

 

 

その後、以前にも書いたように、西日本から九州にかけて、

友人・知人宅を泊まり歩きました。

 

絵に描いたようなボンビー旅行でした。交通手段は、徒歩

か各駅停車の電車かバスか、フェリーの三等席。食事は、

昼間はパンいっこくらい。夜は、友人・知人宅でたらふく。爆  笑

 

みなさん、あたたかく歓待してくださいました。お酒もしっ

かり飲ませていただきました。日本酒

 

宮崎の、知人の親戚宅では、その家のご主人と意気投合

し、焼酎の一升瓶をふたりで8割がた空けました。翌朝、

ご主人は完全に二日酔いでした。爆  笑

 

福岡の親戚の家に行ったときには、伯母さんが私の姿を

ひとめ見るなり、そのまま、デパートに連行されました。

 

そして、上から下まで、一式、すべて新調してくれました。

たぶん、伯母さんから見たら、相当ひどいかっこうをして

いたのだと思います。本人は気に入っていたのですが。爆  笑

 

 

そうして、10月下旬から12月下旬まで、無職住所不定

の生活をつづけ、帰郷するわけですが、その前に、書き

忘れたことがあるので、次回、それを書きます。

 

いえ、書き落としたことは、まだまだたくさんあるのです

が、このことは、いま書いておかないと、あとで書くチャ

ンスがなさそうなので。ウインク

 

26歳。なかなか北海道にたどり着きません。

 

ちなみに、北海道の友人たちにも、年内に帰ると連絡

してあったため、12月に入ると、実家には、問い合わ

せの電話がはいったそうです。

 

実は、私は、このかん、ただの一度も、実家に連絡を

入れていません。何しろ帰郷の一番の原因は、婚約

破棄でしたから、親と話をするのを避けていたのです。

 

そんなときに、友人たちからかかってくる問い合わせの

電話にたいして、父は、悠然とこたえたものです。

 

「おそらく、そろそろ、(北海道に)上陸したころだろう」びっくり

 

さすが、我が父。というか、この親にしてこの子あり、と

いうべきか?!てへぺろ

 

 

 

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幼少時から26歳まで、30回ぶんのエピソードは、こちらです。

 

 

31★記憶のふた

 

第30回で、内観研修所にはいった話を書きました。田舎に帰る

ことだけは決まっていたけれど、未来も見えず、こころのなかは

ぐちゃぐちゃのままでした。その整理をつけたかったのです。

 

きっかけは、竹内さんの教室で出会った友人が、「気持ちを切り

替えたいときに、ときどき行くよ。1週間、ぽかーんとしてくるんだ」

と、聴いたからです。

 

何しろ、1週間、お寺にこもって、朝から晩まで自分を見つめる、

というのですから、自分にできるかなあと思っていたのが、友人

のことばに、ちょっと勇気づけられもしたのです。

 

がっ、あとで思うに、どう考えても、これ、性格のちがいというか、

スタンスのちがいというか…。初挑戦した私の最初の印象は、

ポーンまぢですか~!」(当時、まぢという表現はなかったですが)

 

でも、いまは、「あのことばを真に受けたから行ったんだな~。

よかった」と、思っています。「すごくきびしいよ」と言われていた

ら、びびって行かなかったかもしれませんから。爆  笑

 

 

何しろ、朝6時から、夜9時まで、部屋の四隅に、屏風を立てて、

半畳ほどの空間にこもるのです。(姿勢はどうでもいいのですが)

 

食事も、そのなかで食べます。1週間のあいだ、外出禁止、電話

禁止、手紙禁止、いまならメール、ラインも禁止でしょう。他のひ

ととも、一切口をきいてはいけません。

 

要は外部の情報を遮断して、そのあいだ、あたえられた質問に

ついて、考えつづけるのです。

 

最初の質問は、たしか、「3歳のとき、お母さんにしてもらったこ

と」だったと思います。当然ながら、ほとんど思い出せません。

 

2時間おきに、「先生」がいらっしゃって、「何を思い出されました

か?」と訊かれます。でも、何もないのです。苦しまぎれに、ひと

ことふたことは話すものの、ほとんど出てきません。

 

何をこたえてもこたえなくても、「先生」は、「ありがとうございます」

とだけ言って、ただ手をあわせ、「では、(2時間後に)よろしくお

願いします」と、屏風を閉じます。

はっきり言って、苦行でした。

一体、友人は、この状態で、どうやって、「ぽかーん」とできるん

だ?! だまされた!と思いました。爆  笑

 

それでも、2時間ごとに確認の訪問があるので、思い出す作業

に没頭せざるを得ません。(ここが、天秤座・A型・長女の几帳面

なところ)DASH!

 

記憶なのか捏造なのかわからないことを、ぽつぽつと話している

と、なんとなく記憶の糸がつながってくるというか、少しずつ思い

出せるようになってくるのですね。

 

ちなみに、質問は少しずつ変化して、「4歳のときの…」「お父さ

んにしてもらったこと」というふうに進んでいきます。

 

 

 

転機は、3日目くらいにやってきました。

 

突然、「記憶のふたがひらいた」ように、ぶあーーーっと記憶が

あふれ出してきたのです。笑い泣き

 

正確には、3日間、ずっと、質問を頼りに記憶をたどっているうち

に、シナプスがつながったということなのでしょうが。そこから先

は大変でした。

 

それまでは、必死に記憶をしぼりだす感じで話していたのが、今

度は、あふれてあふれて、池の鯉が口を開けてエサを待ってる

感じで、「早くきてくれえ、口からあふれる~」という感じ。滝汗

 

そして、実際に、記憶は、こんな細かいことを覚えていたのか!

と思うようなことまでが、出てくる、出てくる。滝汗滝汗滝汗


こんなに、たくさんのことをしてもらっていたんだなあ。こんなに

気にかけてもらってたんだなあ。自分は自分にとって、都合の

いい記憶だけをセレクトしていたんだなあ。

 

当時は「フォーカス」なんてことばは知りませんでしたが、自分

の記憶が、いかに自分本位であったかを思い知りました。

結局、自分で自分を苦しめていたんですね。

 

たしかに、苦しいと思うきっかけはあったと思うけれども、どこ

かで、「苦しい自分が自分らしい」というか「自分は苦しくある

べき」みたいに、思いこんでいたのですね。

 

涙があふれて止まりませんでした。えーん

 

内観の話、あと1回だけ、つづけます。

 

 

 

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がっ、30日前からスタートしたにもかかわらず、30回目でようやく

26歳までしかいきません。しかも書き落としも多々あります。アセアセ

 

 

5000号は達成したので、いったん連載は終了にしたのですが、

うれしいことに、何人もの読者さんから、「楽しく読んでます」「つづ

けてください」と、メッセージをいただきました。

 

こんなマニアックな連載を、読んでくださるかたがいて、なかには、

「ますます、かめさんが好きになりました」なんて書いてくださるか

たまでいて、本当にうれしくてたまりませんでした。

 

そんなわけで、明日から、連載、再開します!!爆  笑

 

毎日というわけにはいかないかもしれませんが、私自身も、自分

をまとめる気持ちで書いていきますので、気長におつきあいい

ただけたらありがたいです。

 

バックナンバーの部分がどんどん長くなっちゃいますので、第1回

から第30回までは、このページで一覧できるようにしておきますね。

 


連載義理チョコ「かめおかゆみこ」ができるまで

 

幼少時代

 

01★黒曜石が採れた村      

02★「いのちの場」で     

03★自然と絵本と空想と

 

小学校時代

 

04★「トリップ」する子ども

05★「世界」の終わり        

06★2つの交通事故

07★頭のよくなる薬         

 

中学校時代

 

08★居場所を見つけた!

09★演劇部設立!         

 

高校時代

 

10★バトルな季節

11★もっと学びたい…       

12★あこがれの存在

13★授業さぼって事件       

14★悲喜こもごもの地区大会

15★はじめてのひとり旅      

16★輝く日々

17★Sさんのこと           

 

浪人時代

 

18★撃沈、また撃沈…

19★「泣くな!」            

 

大学時代

 

20★ブチ切れ事件

21★「M くんの話」          

22★さよならぼくのともだち

23★自信喪失            

24★東京へ

 

「からだとことばの教室」のころ

 

25★からだとことばの教室    

26★からだの叛乱

27★出会いのレッスン       

28★仮面のレッスン

29★「歩く」レッスン

30★「からだ」の声を聴く

 

 

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かめおかゆみこ です。

 

おかげさまで、5月7日で、≪じぶん≫創造レッスンのモニター募集

を終了。26名のかたにお申し込みをいただきました。感謝です。ラブラブ

 

 

イエローハートいただいた感想をご紹介します。(現時点で19名)

 

気持ちもからだも軽くなる

声まで変わった?!

勇気を出せた自分にマル!

花ひらくタイミング

あこがれの未来だけを見て

いつもどおりの自分で

反応するタネ

いつでもまるごと完全

過去世からの応援

それはもう、いらない!

思考の前にまず身体から

具体的なアドバイス

冷静さを取り戻せた

「自分の声」が聴けた!

浄化の感覚

新たな自分を発見

とっても日常的なこと

100人に1人でいいから

伝える「意識」

 

 

これら、いただいた感想をもとに、内容を、よりブラッシュアップし、

 

かめおかゆみこオリジナルメニューとして、

≪じぶん≫創造セッション

が、このたび、スタートすることになりましたピンクハート流れ星

 

 

生きるとは表現すること。

表現することは、自分自身であること。

詳細は、下記をクリック!!

 

.義理チョコ≪じぶん≫創造セッション義理チョコ

   ~「なりたい自分」につながる!~

※画像は、イメージです。

 

ダイヤオレンジ関連記事

過去は振り返るなっちゅうことか?!

突っ走ります。いえ、飛びます!!

かめおかゆみこを使い倒すレッスン♪

2分で見きわめ、1分で指摘し、2分で改善。

「私」という引き出し・「私」という創造

「じぶん」=まるごと「表現」

セッションから生まれた企画「お散歩写真部in谷中」 

「光」しか感じない

 

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