命の尊厳、命の儚さ、人が生きることの重さ、先日叔父を見送る時に虚しさと、これで良かったと、これしか出来なかったと自問自答している娘と私。

心のこもった葬儀が出来たこと本当に良かったと思います。
 

葬儀社の社長、スタッフの方々の暖かい優しさで私達家族は癒されました。

家族葬は穏やかで故人を静かに忍び、安らかに旅立たれることを祈る一日かもしれません。

五行歌です。


静かな旅立ち
 

満天の星空
 

お星様になって
 

微笑みながら
 

見守って下さいね


目まぐるしい日が続きます。

 

いつか私もいいえあなたもこの日を迎えます。

この世の楽しさ、面白さを満喫して生きて行くことね。

 

いつも思うのです。
 

前向きに日々明るく笑顔で暮らせる努力して行きたいと思います。

坂村真民さんの詩です。


一年草のように

生も一度きり
 

死も一度きり
 

一度きりの人生だから
 

一年草のように
 

独自の花を咲かせよう


四季折々の花、梅、桜、小さな花々、私の花、あなたの花咲かせましょう。

花の種をたくさん撒いて咲く花は嬉しいものですよ。
 

自分らしさ大切ですね。
 

自分の心の花。
 

あなたの心の花。
 

きっときっと咲かせましょう。

また来週ね。

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春の陽射しが眩しいと思うそんな日和です。

冷たい朝の空気を吸ってしゃんとしていたいと思います。

 

でもね、なかなかそういうわけにはいかず縮こまっている自分がいます。

七草も終わり鏡開きの日が十一日でした。
 

大納言小豆を煮てお供え餅を焼いて頂きます。

 

お供え餅は割って入れるのよ。
 

一年幸せを授けてもらうという意味があるそうです。

一月六日朝方電話が鳴りました。

 

〔笑ってよ〜きみのために〜)私の着信音。

 

ハイ!ハイ!施設からの電話でした。
 

叔父さんが意識が無いとのこと、救急車で搬送されましたが残念ながら亡くなられました。

 

心不全でした。

認知症の叔母さんは死を受け止められない様子。
 

〔おっちゃん起きてよ。おっちゃん起きてよ。)
 

髪の毛を引っ張って、頬っぺたを何回も叩きながら泣き叫びます。

一旦家に帰り落ち着かせようとしました。
 

〔主人はどこにいるの?主人はどこにいるの?)
 

何回も何回も繰り返しています。

 

そう何百回繰り返したでしょうか?
 

好きで認知症になった訳では無いのです。

 

ただ可哀想だと思います。

五行歌です。


認知症
 

好きでなる人はいない
 

悲しいけれど
 

向かいあい認め合う
 

現実と妄想の狭間


私の母も脳梗塞から認知症になりました。

 

まだまだ認知症という言葉さえなかった時代です。
 

何もわからなくなってしまったこと、本当に可哀想な姿です。
 

母を大学病院へ連れて行きました。

 

藁をも掴む思いからです。

 

名前を呼ばれ診察室に入りました。
 

先生に〔お名前は?〇〇です。)それから色々検査が始まりました。

 

引き算、昔の話等々。

 

そのうちに母はいきなり〔失礼します。何も解らないのです。)あっと言う間に診察室から出て行きました。


私は母のプライドを傷つけてしまったことに、落ち込み悩みました。
 

それからはかかりつけの先生にお願いして亡くなるまで気持ちの良い関係を続けられました。

叔母さんも同じです。

 

プライドは人一倍持っています。

 

介護する人は大変です。
 

なんでわからないのかな?
 

と自分で言うことが可哀想です。

 

頭の中が変なんだよ。

 

そんなことはないわよ。)慰めだけでしかない言葉を言う自分が切ないのです。

私もこれだけは避けて通りたい認知症という病気です。

さだまさしさんのメッセージです。


愛するものを
 

見つめよう
 

心をこめて
 

見つめよう


簡単なようでなかなか難しいことですね。
 

でも心をこめてことをはこべばきっときっと伝わることでしょうね

お休みも終わり通常通りの生活に戻ります。
 

また一年無理をせず平常心で過ごしましょう。
 

お元気で。

また来週ね。

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箱根駅伝を見ながらあっという間に三日間が過ぎてしまいました。

一喜一憂しながらの観戦は楽しくもはらはらドキドキの時間です。

切磋琢磨しての日々を過ごして、この日を迎えるのですから若者の力は素晴らしいものですね。
 

スリムな青年達の走りは見ていて羨ましいと思います。デブな私は特にね。(笑)

青山学院優勝おめでとうございます。
 

一月七日は七草ですね。

 

七草粥を食べて無病息災、健康長寿を願います。
 

七草はご存知のとおり「入日」(じんじつの節句)と言って人を大切にする日とも言われています。

七草はご存知の通り、(せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ、これぞ七草。)

七草粥を作る時にまな板の上にきれいに洗った野菜をのせて「七草なずな唐土の鳥が日本の土地に来ぬうちに。」と唱えながら七回唱え切るとみじん切りになります。
 

これは今は亡きお寺で修行なさった尼さんのお祖母様に教えて頂いたことです。

今はスーパーで七草が沢山用意されています。

 

お試しあれ。

五行歌です。


七草粥
 

温かな心
 

嬉しい心
 

家族の健康
 

願う日々


湯気が上がる七草粥を食べて無病息災を願うのは日本の伝統文化の名残です。
 

大切にしましょう。
 

百人一首で詠まれた一首です。

君がため
 

春の野に出でて
 

若菜つむ
 

我が衣手に
 

雪は降りつつ

若菜を食べると邪気を払って病気が退散する、無病息災を願う。
 

遠く昔からの言い伝えですね。

稲畑広太郎の俳句です。


出勤す
 

七種粥に
 

癒されて


朝食に七草粥を戴いて出勤して欲しいと思います。
 

幸い今年は休日に当たり良かったかな?と思います。
 

今年一年皆様方の健康お祈り致します。

毎週一回更新にさせて頂きます。

また来週ね。

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初春。

明けましておめでとうございます。

 

お健やかに明るい新年お迎えになりましたか?

今年も一年健康で愉快に楽しく過ごしたいものですね。
 

楽しい日々を送れるのは自分自身の努力です。

より一層の心の努力しましょう。
 

心が折れたら前には進みません。

笑顔がでる日々であってほしいです。

五行歌です。


笑顔の一年
 

あなたもあなたも

 

明るい陽射し
 

幸せ求めながら
 

歩こうね


急がずに、何事にも負けず、心強く生きましょう。

今年一年が皆様の明るい、愉快な一年で有りますように祈ります。

高浜虚子の俳句です。


日輪は
 

古びて廻り
 

年新た


この俳句は太陽が天を回り、年は新たになった、と詠んだ俳句です。

今日一月一日のお月様はスーパームーンです。
 

ちょっと寒いけれど空を見上げて下さいね。

また来週ね。

 

 

一年はあっという間に過ぎてしまいます。

あれもこれもとやることが多いですね。

「もういくつ寝るとお正月♪」と歌でも歌って楽しく過ごしたいと思っています。

皆さんも新しい年に向かって頑張って下さいね。

五行歌です。


嬉しい春に
 

楽しい春に
 

心まっすぐに
 

心穏やかに
 

未来に歩こう


一年間、三人の介護に明け暮れました。
 

特に娘中心に回る介護生活、あるときはくたくたに、あるときは愉しげに喜怒哀楽の一年でした。

高齢化は望むわけではなく医療の進歩が長生きをさせてくれている一因でしょうね。
 

ならば元気に、活き活きと常に自分らしく生きていきたいと思います。
 

何もすることがないのは自分を閉じ込めることになります。

 

積極的に社会参加をしながら過ごしたいと思っています。

稲畑汀子の俳句です。


人生を
 

語るも年の
 

暮れらしく


こんな日常有りますね。

年を重ねれば余計こんな時間が増えますあなたの日々が幸せな日々で有りますように。

そう、さだまさしさんの「幸せはあなたのポケットの中に[?]と言うメッセージが有りますがそうであって欲しいと願いをこめて皆様の幸せお祈り致します。

一年間、本当にありがとうございました。

 

皆様の暖かい応援が私に元気を送って下さっていると感謝です。

また来年もよろしくお願いいたします。
 

どうぞ良い新年をお迎え下さいませ。

一月一日に更新させて頂きます。

 

 

夕焼けに染まる西の空、「お母さん♪西の空に三日月が見えるわよ♪」
 

外に出て見ても三日月は見えない。

 

もう少しで地平線の彼方に沈むところでした。

三日月が大好きな私は娘に連れられて田んぼの真ん中へ。

 

遠くのビルの上にかすかに見える三日月をカメラにおさめました。
 

夕映えに夢を重ねてみられる幸せです。

二十二日は冬至でした。

 

柚子湯に入り、カボチャ、小豆のいとこ煮を戴いて来年の運のよきことを願いました。

 

その日の朝階段の若い?彼女が「日本の伝統文化大切にしたいね。」と言う言葉に嬉しくなりました。
 

今すたれて行く日本の心、日本の伝統文化大切にしたいものですね。

五行歌です。


日本の伝統文化
 

忘れ去られる
 

失われる怖さ
 

残したい想い
 

大切よ、心


一人一人の自覚が大切なのよ、進み行く電子機器に追われる若者の日々。

 

クリスマスが過ぎればお正月。

せめて私の生きている間はおせち料理を作りたいと思っています。

稲畑汀子の俳句です。


三日月の
 

しばし隠るる
 

まま沈む


この句のとおりです。

 

沈むまでただ立ちつくす私です。

インフルエンザ流行の兆しうがい、手洗いしてくださいね。

また来週ね。

 

疎開から東中野に引っ越しをして来たものの慣れない生活に戸惑うことばかりです。

小学六年生の二学期。

 

担任は男の先生でした。

 

でもあまり記憶に残っていないのです。

空襲があるわけもなく、警報もなりません。

 

それだけでも幸せな気持ち、恐怖感を感じることなく通学出来るのですから。

お友達もなかなか出来なくて寂しい日々でした。

坂道を上りひたすら歩いた小学校までの道のり、お兄ちゃんがいなくて頼りにしてきた事の重さを感じたことでした

途中八百屋さんがあり御用聞きに来てくれているお兄さんがいることにほっとするのです。

 

「元気に行っておいで♪」その一声に励まされる日々でした。

五行歌です。


助けられる
 

嬉しさ
 

助けることの
 

嬉しさ
 

一声の優しさ


ささいなことでもお手伝い出来る喜び。

 

やれば、躊躇することなく何人かの方々が救われるかわかりません。
 

いつでも声かけ出来る勇気持ちましょう。
 

知らない人に声かけ結構勇気のいることです。

 

でも声かけに答えてくれる方々もニコニコしながら「昔は良かったよね。」等と話され方、一人暮らしと思われる方は積もる話をして下さいます。

袖振り合うも他生の縁というとおりですね。

 

次の日からは普通に挨拶出来る喜びです。
 

簡単なことでもなかなか難しいことです。

小林一茶の俳句です。


うまさうな
 

雲がふうはり
 

ふわりかな


青空の中に雲がぽっかり浮かんでいます。

 

とってみたいと思いますね。あちらにもこちらにも雲のご馳走よ。
 

空を見るの大好きなのよ。
 

あの青空のように大きな心持ち、くよくよすることなく過ごしたいものです。

また明日ね。

 

朝の清々しいお月様。

 

心が震えるほどの美しさ、お日様に追われるように動いています。

 

一点の曇りもない青空に晴れ晴れとした気持ちで朝食の支度が出来ます。
 

あなたの朝は?
 

まだ薄暗い朝、冷たい空気を頬に受け出勤する孫を送ります。

 

行ってらっしゃい♪気をつけてね。」お決まりの言葉に「行ってきます。」一日の始まりです。
 

当たり前のことですがこれが家族なのね。

五行歌です。


出かける時は
 

気持ち良く
 

笑顔で送る朝
 

曲がり角で
 

手を振る孫と私


残心とでも言うのでしょうか?
 

無事を祈る私の願いです。

与謝野晶子の短歌です。


金色の
 

小さな鳥の
 

かたちして
 

いちょう散るなり夕日の丘に


いちょう並木の金色に輝く様子、ひらひらと舞う葉の情景をこの短歌に教えられた気がします。

夕方水路を見るとつぐみが水浴びをしていました。
 

水面に美しい輪が出来ています。

 

水紋というそうですよ。

 

今は水が流れてはいません。

 

雨が降った後の残った水の中です。

 

綺麗な水で浴びさせてあげたいと思いましたよ。

寒い冬温かなお風呂に入って疲れを癒して下さい。

また来週ね。

 

鹿児島から帰京したものの東中野の家は小さく台所も土間です。

何から何まで生活の仕方も変わりびっくりの連続。

戦後の物のない時代を親子四人肩寄せあって暮らして来ました。

 

一番困ったのはお風呂です。
 

「風呂はないからお風呂屋さんに行くんだぞ!!」父の言葉に「どこにあるの?」父に付いてお風呂屋さんへ。

 

たくさんの人がいるのでびっくり。

 

人前で裸になる恥ずかしさ!!でもお風呂に入ったら気持ちの良いこと、ちょっと嬉しくちょっと恥ずかしい経験でした。

兄は勉強するにも机が有りません。

 

ミカン箱を机にして勉強していました。

 

一人一部屋は無くても勉強は十分できるものです。

五行歌です。


不自由を感じず
 

与えられた環境
 

順応する力は
 

自分の強さ逞しさ

 

考える力よね


不平不満を言えばきりが有りません。

 

どこかで妥協するしかないのです。

 

難しいけれどやるしかない!!そう思います。

さだまさしさんのメッセージです。
 

 

さてさて今年
 

納めのひと月
 

まだ間に合うぞともうひと気合い


十二月も半ばを過ぎるとなぜか気忙しくなります。
 

今日が明日に、今年が来年になること焦らす、過ごしたいものです。

嬉しいニュースが飛び込んできました。
 

愛媛県「伊方原発の運転差し止め」ひとたび事故が起きたら福島原発になります。

 

人間が住める環境ではありません。

 

二度と繰り返さない繰り返してはいけないのです。

 

あぁ良かった!!」心から思います。
 

またICAN・ノーベル平和賞の演説では「核兵器は絶対悪」と叫ばれています。

 

絶対反対を叫び続けなければならないのです。
 

急に冷え込む今日この頃、風邪を引かないように気をつけて下さい。

また明日ね。

 

毎週一回夕方になると遠くからラッパの音が聴こえて来ます。

 

不思議なのは「トーフトーフ」と聴こえるのよね。

天秤棒を担ぎ美濃傘をかぶりラッパを吹いてお豆腐を売りにきた懐かしい日を振り返ります。

ラッパに合わせて週一回お友達と集合しておしゃべりタイム。

 

雀ではないけれとひとしきり話に花が咲きます。(笑)

同年齢の方ばかりなので楽しいひとときです。

体調のこと今話題のニュース等々よもやま話も盛りだくさん、それもストレス解消の一つですね。

生きることに私を含め不安があるのです。

 

早くお父さんがお迎えに来てくれないかと毎日お願いしているねよ。同じ骨壺に入りたい!!」

 

何十年間、連れ添ってこういうことが言える方は幸せな結婚生活だったのでしょう。
 

羨ましい!!と思います。
 

私は?無難なこと言っておきます。

 

当たり障りのないようにね。(笑)

幸せの価値観、愛に対する価値観人それぞれの生き方大切にしたいですね。

五行歌です。


大切にしたい
 

明るい時間
 

幸せの時間の共有

 

期待しては駄目
 

自分しかないわ


家族が居てくれても最後は一人ね。

 

でも家族のありがたさをひしひしと感じるこの頃です。
 

一人暮らしの従姉は秋の夜長になってからはテレビを見ながらうたた寝をすることが多く私のメールで目を覚ますことが多く刺激のない生活は年よりには向かないのだとつくづく思います。
 

核家族ではない生活もまた大切なことかもしれません。

 

遠慮しながらの生活ではなく自分を持ちながらの日々過ごしたいものです。
 

終活、終活と言われていますけれとあまりにも寂しく、悲しい言葉ですね。

 

来るべき日に備えるのは良いけれど始終それに明け暮れるのは私は好きではありません。

 

今を、今を生きたいからです。

松尾芭蕉の俳句です。


枯れ枝に
 

鳥のとまりけり
 

秋の暮れ


枯れ枝でも役に立つのよね。

 

そんな枯れ枝になりたい私です。

十二月に入って寒さも一段と厳しくなりました。

 

風邪引かぬように気をつけて下さい。

また来週ね。