人生の迷いをクリアにし、
あなた本来のミッションを覚醒させる
ゲートキーパーの鼎ナオ(かなえなお)です。

過去の出来事と心の変化を
「自分探しの歩み」として表現しています。

 

だいたい毎日22時前後に更新しています!

 

前回の話の続きです。

 
彼は自分の仕事が特殊であるということを理由に、
自分の部屋にこもって出てこないことが増えてきました。
 
また、女性の声優や歌手の方から深夜に何時間も
電話をするようになったり、
日中に女性を家に入れたりで、
仕事だとは言うのだけど、つらくて、だんだん会話もしなくなりました。
そして、朝方に帰ってくるのも普通で、飲むのも、遊ぶのも、
先輩やプロデューサーの付き合いで仕事なんだから仕方ないと。
 
家にも、職場にも居場所がなく、
・・・かといって、戻る場所もない・・・。
 
私は仕事に没頭するしかなくなり、
深夜や、たまに泊まりがけで仕事をするようになりました。
 
そして、ある日・・・
 
とある大きなタイトルゲーム・・・
 
以前、大阪にいる時に、
シナリオライティングを手伝った、
誰もが知る国民的アニメのゲームの
録音に立ち会ってほしいということで、
以前、仲良くしてくれてた大阪でのメンバーから
声をかけられ、
スタジオに立ち会うことになったのです。
 
自分がシナリオを書いた部分が多くあったので、
ニュアンスを理解していたため、
録音の立ち会いをさせてもらったのです。
 
 
本当に驚きの連続でした。
 
子供の頃からアニメで見ていた、
あの声を担当されている、
雲の上の人たち・・・
 
今はものまね芸人などがネタとして
ものまねされている、
当時からすでに超大御所の声優さんや、
当時は今ほど有名ではなかったのですが、
今や大人気のアニメの主役をやられている大御所声優さんたちの
ディレクション補助的な立場で、立ち会いをさせて頂きました。
 
 
 
なかなかおもしろかったのは、
声優さんによって、タイプが全く異なっていたということです。
 
やっぱり大御所の方は、一度目を通して、
アドリブなんかもサクサク入れられて、
めちゃくちゃ感動しました。
 
シナリオに書いた言葉
 
「はぁーーーー!!」
 
という言葉に対し、
 
「ごめんなさい、そこ、
 出すんじゃなくて、タメる方の
 "はぁーーーー!"なんです」
 
と、大御所さんに声をかけると
 
「えへへ、ゴッメーン、
 じゃぁやりなおすわ!」
 
と、気さくに応じてくださったのも感動でした。
 
また、別の几帳面な
・・・これまた有名な男性の声優さんは、
私の書いたシナリオを前日からコピーして、
几帳面に赤で抑揚等の記号をかかれて、
かなり事前にストイックに練習され、
本番前にも何度も練習してから録音に臨まれてて、
それはそれで、
 
「私が書いたシナリオ、
  ここまで事前に丁寧に読み込んでくださったんだ・・・」
 
・・・と、感動し、
これはこれでめちゃくちゃうれしかったです。
 
そして、録音スタジオで、
声優さんたちの差し入れを、わざわざ声掛けしてくださり、
一緒に食べよう、なんて声をかけてくださった、
とても気さくで優しい女性の声優さんがいて、
優しくてめちゃくちゃ感動しました。
 
本当にいい人なので、
もっと売れてほしい!!!
って思ってたら、
いま本当に知らない人はいないぐらい
売れてて本当によかったと思ってます。
 
また、TVでみてると
全く上下関係ないように感じたのですが、
現場ではかなり上下関係がしっかりありそうでした。
 
本当に感動的で楽しい現場でした。
 
〇〇マンの真実として、
他にも書きたいことはあるのですが、
ブログには限界があるので、
これぐらいにしておきます。
 

その後にも、

プレイステーションのゲームタイトルの

進行プロデューサー(言うてもPM的な立場)等を

させて頂くことが多くありました。

 

しかし、やっぱりジャイアン上司がどうも

肌に合わず、辞めることになりました。

 

そして、間もなく、最寄り駅から路面電車で

9分で行ける、三軒茶屋の駅前にあった

モバイル系に強いIT会社に勤めることになりました。

 

そして・・・


 

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前回の話の続きです。

 
引っ越してから、
翌日、さっそく彼に言われた言葉が
 
「あのさ・・・
 前から言おうと思ってたんだけど、
 関西弁、ムカつくんだよね。」
 
・・・でした。
 
正直、「最初から言ってよ」と思いましたが、
恋は盲目というもので、
言い返せず、謝りました。

元々関西人ではないのですが、
現地人にも大阪の北摂の現地人かと思ったと
割とよく言われてるぐらい馴染んでたなか、
必死になんとか、
「3日」で強制的に標準語に直しました。
 
また、仕事関係上、
彼と私のクライアントが共通だったこともあり、
彼の仕事の内容上、
勝手に付き合ってることや、
一緒に住んでることは言ったらダメだと
強く釘を刺されました。
 
これらのこと、後から考えると、
雲行き不安な予兆が
あったのかなと思うのですが、
当時は軽く傷つきながらも、
彼のためにがんばろうと、
嫌われたくない、捨てられたくない一心で、
素直に言うことを聴いていました。
 
そして、新たに私が働きはじめた
六本木にあった東京事務所では、
規模が小さく、常時居るメンバーも
8人足らずの、いわゆるアットホームな雰囲気で、
Fさんという女性メンバーを
みんなが信仰しているような状況でした。
 
その事務所のお偉いさんと、
Fさんは仲が良く、初日の面談でも、
「Fさんのような働き方をしてほしい。」
・・・とお偉いさんから言われ、
元々全然仕事ができないような
その人たちよりかなり下・・・
仕事のできないバイト的な立場に見られ、
フィルターがかかった状態からスタートでした。
 
そんな状態なので、
最初、仕事もあまり回ってきませんでした。
 
大阪では、私を誘ってくれた取締役と、
入ってから直属の上司になった取締役から愛され、
「秘蔵っ子」と呼ばれていたぐらい、好待遇だったのに、
こちらにきて、
まるで新人バイト扱いになりました。
 
まだバイトならよかったのですが、
本当に仕事がない・・・。
 
好きな仕事をしているような心地よさがなかったので、
「仕事、ください!頑張ります!」
・・・と言ったものの、
みんな自分のことでいっぱいすぎて、
振れる仕事がないということで、
あまり相手にしてもらえませんでした。
 
また、みんな、
自分たちのことをアットホームといいながら、
そこのお偉いさんばかりみてて、
自分の存在はどうでもよさそうでした。
 
結構いい仕事するつもりで転勤したのに・・・。
 
「〇〇α版のデバッグを
 デバッギングステーションでやっておいて・・・」
 
(・・・ほぼ出来上がってるゲームに
 大きな修正点がないかみといて・・・)
 
「〇〇の攻略本の校正やっておいて・・・」
 
(攻略本に掲載されている文言や、
 地味にめんどくさい「ボタン表示」や「ストーリー順」等があってるかの
チェックや、そこに載せる為の画面のスクショを撮る等・・・)
 
 
うーん・・・ヒマすぎてしんどい・・・。
 
さすがにヒマすぎて死にそうだったので、
一応、今のお偉いさんと、
元の部署の上司にも筋を通したうえで、
大阪本社に交渉して仕事をもらって、
こぢんまりと、
シナリオライティングをしたり、
WEBの仕事をもらって、なんとか凌いでました。
 
この時、居場所がなくて、
なかなかしんどかったです・・・。
 
そのうち、
以前から懇意にしてくださっていた
大手玩具会社のお偉いさんや
音楽会社の有名プロデューサーさんから
いつも私指名で電話が入ったり、
呼び出しがかかる姿をみられてか、
自分の上司(男性)も決まり、
かなり大きなゲームタイトルの
進行プロデューサーとして動けるようになりました。
 
へんな話ですよね・・・。
 
しかし、
その上司が曲者でした。
 
「上にはやさしく」
「下には厳しく」といった感じで、
態度が豹変する人だったのです。
 
自分のミスは私に押し付け、
私の手柄は上司の手柄として報告するような
とんでもない人でした。
 
 
お偉いさんは、
私ではなく、その上司の方を信頼して、
私は叱られるばかりで、
筋が通ってないことが大嫌いな私は、
納得できませんでしたが、
自分以外は元からのアットホームな雰囲気で、
揉めるのがややこしかったので、
暫く、我慢して耐え凌ぎました・・・。
 
そして・・・
 

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前回の話の続きです。

 
 
それから、暫く、
超有名アニメゲームのWEB制作の傍ら、
空き時間で、シナリオライティングや、
MAP画面のスクリプトや
パラメーター調整の
お手伝いをするようになりました。

 

ある日、

とあるアニメの声優の方や、

主題歌を歌っているメンバーの方々が

大阪の百貨店にやってきて、

その際にインタビューをさせて頂けるという

許可を頂きました。

 

その際、ある方と

かなりマニアックな話しで盛り上がり、

後日、メールをさせて頂き、

個人的に仲良くなりました。


それから、

淡々とマイペースに仕事をこなしながら、

インタビューページももちろん作成し、

ファンの方々からとても評価を頂き、

なかなか楽しくお仕事をさせて頂きました。

 

そして、間もなく、東京ゲームショウ(TGS)という、

各ゲーム会社が、新作ゲームのテストお披露目をするようなイベントで、

最新ゲームの状況をビデオ撮影するという

楽しい出張のお仕事を頂きました。

 

 

前ゲーム会社でも、同役で出張させて頂いてましたが、

これはなかなか毎年楽しいイベントでした。

 

また、そこへ行くついでということもあり、

翌日、休みをとって、先日お会いした人と、

会うことになり、さらに仲が急接近しました。

 

さらに大阪に戻ってからは

淡々と普通に楽しく仕事をしながら、

その頃には、皆にはわからないように、

彼と付き合いはじめていました。

 

なんだか幸せだなぁと、思っていました。

 

そんな状況も知らない、

東京でゲーム制作発注元の某大手玩具会社さんと、

音楽会社のプロデューサーさん(よく雑誌に出ていた)が、

コラボで、声優さんや歌手さんたちに

ゲームをプレイしてもらって、その雑誌取材をするので、

WEBも便乗して、インタビューをしないかという

企画を頂き、東京に通う機会も増えました。

 

そして、大手玩具会社の広報の方と一緒に、

インタビューを撮影させて頂きました。

 

そして、彼から、

「東京に来なよ」と言われました。

 

私は例の如く、純粋にアホなので、

東京にまた引っ越しの計画をたてはじめました。

 

そして、風水的にも申し分ない、

世田谷のある駅近くで、

広めの部屋に一緒に住むことになりました。

 

入籍の話しまでは、しなかったものの、

彼はうちの実家にも挨拶に行き、

私も彼の実家に挨拶に行きました。

 

会社に、辞める気で話をしにいったら、

 

「むしろあちらで人手が足りないから、

 東京事務所で働かないか?」

 

・・・ということを言ってくださり、

とてもいい条件で、働くことになりました。

 

しかし、

その一見、幸せで新たな環境は、

地獄の始まりだったのです・・・。
 

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前回の話の続きです。

 

相談役の島田紳助さんは、たまに会社に訪れて、

みんなに栄養ドリンクや差し入れをくれたり、

声掛けをされたりしましたが、

自分は遠巻きにみてるだけでした。

 

ある日、私は誰もが知る

宇宙や地球を舞台にした某ロボットの

オンラインゲームのWEBサイトを

デザイン、作成していました。

 

開発チームのデザイナーから

「ダメすぎる」「センスない」

ボロッカスに言われていたデザインで、

どこをどう直せばよいかわからなくて、

今まで、そこまでけなされたことがないので、

自信をなくしかけていた状態でした。

 

ただ、その時は淡々と、

マウスオーバーでシャッと動く

自分ではカッコいいかな、・・・と思うような

アニメーションボタンを

デザイン、コーディング作成していました。


すると、紳助さんが私の席の隣に来て、

私の画面を見て、話しかけてくださりました。

 

「ほー・・・・!!!
 すごいなー自分、

 カッコええなぁ~!!
 こんなん作ってんねや・・・」

 

ありがとうございます!^ ^

 紳助さんにそう言って頂けてうれしいです ^ ^」

 

「こボタンって・・・

 

 

 

 

 


 

紳助さんから話しかけられた途中から、

自分の脳内に↑のような、

 

「空海」

 

「高野山」

 

「朝霧と廊下」

 

「朝、精進料理を作ってい運んでいる僧たち」

 

「僧が並んで歩いている」

 

「自分が仏師として仏様を彫っている」

 

「空海が自分に話しかけている」

 

・・・そんなシーンが

急にすごい勢いで光と共に入ってきました。

 

朝、仏師(男性)の自分が、

仏像を彫っている時、

なかなか会えない、

噂だけ知っていた空海さんに

自分の仏さんを褒められた、

そんなシーンが

フラッシュバックのように、

強烈に蘇ってきました。

 

あきらかに過去生のヴィジョンです。

 

まるで、一瞬の間に、

データをダウンロードし、

ファイルを上書きされたみたいでした。

 

こんなことは初めてでした。

 

空海は、頭の回転が良く、

面白いことをよく言っていたそうで、

書も絵も上手だったんですよね。

 

紳助さんも、頭の回転が良く、

面白いことを言われ、

あまり知られてませんが、絵もよく描かれていました。

 

なぜそれが起こったのか・・・

 

そのキャラが重なったのかもしれませんし、

紳助さんに、空海の分魂が宿っていたのかもしれません。

 

・・・どうやって作ったん?」

 

「あー、それはですね・・・」

 

本当に一瞬の出来事でしたが、

普通の会話に戻っていきました。

 

別の日も、

笑顔であいさつをするぐらいで、

紳助さんと会話することは

そんなにありませんでしたが、

東京のオフィスにも、

若手芸人さんを連れて訪れたり、

差し入れをよく持ってきてくださりました。

 

とても不思議で、鮮明な体験でした。

 

後日談:

当時、高野山には訪れたことのない私でしたが、

この一瞬の出来事で、高野山について、

またその時期何をしていたかが思い出されました。

数年後、初めて高野山に行ったのですが、

当時自分が彫っていた彫刻等が、どこにあるか、

どんなものか覚えているものがあり、

実際その建物に行ってみると、設置してあったり、

その場で様々な出来事を思い出すこともありました。

 

そして・・・

 

人生の迷いをクリアにし、
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過去の出来事と心の変化を
「自分探しの歩み」として表現しています。

 

だいたい毎日22時前後に更新しています!

 

前回の話の続きです。

 

前のゲーム会社の取締役が、

新しいゲーム会社を作ったということで

お誘いくださり、

そのゲーム会社でWEB担当として働くことになりました。

 

誰もが知っている有名アニメの

プレステ系のゲームを作ることが多く、

その発注元も誰もが知る大手玩具会社。

 

それらのサイト作成の担当をすることになりました。

 

働いているメンバーもちらほらと

知っている男性たちが多くいて、やさしく迎え入れられました。

 

WEBに関しては、

当時、ロックな感じで、

仲が悪い女性2人が作成していました。

 

以前、その取締役たちがいたゲーム会社で、

WEB・PVチームのリーダーをやっていたということもあり、

また、FlashやShockwaveを触れるのは当時私のみだった為、

私は後から来たにも関わらず、リーダーを任されました。

 

当然、面白くなかったろうなと思います。

 

最初はあからさまにひそひそと

こばかにされてるような会話が目立ちましたが、

当時、私はお気に入りだったゲームのMADARAのBGMを聴きながら、

WEB制作の作業に集中していました。

 

オリエンタルな雰囲気で「どろろ」的なお話、

曲も超好みだった

KONAMI社の「魍魎戦記MADARA」というゲームがあったんです。

私は学生時代にこの曲のコピーをキーボードで弾いたりしてました。

(マニアックすぎる。)

ゲーム雑誌『マル勝ファミコン』読んでた人は知ってるかもですが、

知ってる人少ないだろうな・・・。

 

そして、私を嫌っていた2人が、

態度を一気に変える出来事がありました。

 

私がかなりの「米米CLUB」好きで、

ファンクラブに入っていたという話題で一気に打ち解けました。

 

さらにはその2人が「米米CLUB」好きなら

きっと「鳥肌実」さんも好きだと思う

…ということで、

DVDを貸してくれるぐらいの仲になり、

問題なく仕事もできるようになってきました。

 

(↑この根拠、今考えると何故なのだと思ってしまうw

 たしかにハマりましたが。)

 

そして、その会社の相談役は、

島田紳助さんした。

 

 

今でこそ一般的には

あまり良い印象のない紳助さんですが、

個人的には、全く悪い印象はなく、

自分のなかでは

「めっちゃいい人」

「やさしい人」

・・・という印象です。

 

今でも変わりません。

 

その紳助さんは、

よく芸人さんを連れて会社に訪れて、

みんなに栄養ドリンクや差し入れをくれたり、

声掛けをされたりしましたが、

自分は遠い存在として、遠巻きにみてるだけでした。

 

しかし、ある日、

紳助さんが私の席にきた時、

それは起こったのです・・・

いつもありがとうございます。

人生の迷いをクリアにする天命発掘セラピスト・
アカシックレコードリーダー・
あなたの潜在能力を開くゲートキーパーの
鼎ナオ(かなえなお)です。

 

引き続き、フランスでの失敗やレアな体験記等を書いていきます。

 

[←前回の話]

 

 

トイレは、明らかに日本の方が清潔だと

感じることは多かったのだが、

例外を除き、都市部のトイレは

事前情報にきいていたほど汚くもなく普通のイメージが多い。

 

イメージとしては日本の公園にあるトイレのクオリティ。

 

ただ、公衆での場所がとにかく少ない。


日本だと、駅や商業施設、公園に行けば

トイレが普通にあるという当たり前の感覚だが、

フランスの場合、そうはいかない。

 

日本なら小さな駅だとしてもまずトイレがあるのが当たり前である。

 

フランスでは、都市部でも、相当巨大な駅でない限り、駅にトイレがない。

 

あったとしても、トイレが圧倒的に少ないのである。


それよりも驚いたのが、トイレットペーパー。


基本的に手が30cm〜1mほど

ゴム人間のように手が伸びる人間じゃないと届かないような、

めちゃくちゃ高いところか、

とても低いところにある。

みんなどうやってふいてるんやという湧き上がる疑問。

日本では当然のようにどこをどう考えてもUIがよく、

手が届くちょうど良いところに

トイレットペーパーホルダーがある。
至極当然で、それ以外考えられない。

しかしここフランスでは、立って手をのばして

ようやく届くところに50cmぐらいの巨大なロールがあったりする。

 

おぼっちゃまくん(昭和の人しか分からない漫画である)の

トイレかと思ったほどだ。

ほんでもって重いし質が悪いのでスグ切れる。

座る前に適量取ってるということなんだろうけど、
みんな、途中で切れたらどうするんや?

フランス人に聴きたい質問のひとつである。

 

あまりにヒドいサービスエリアでのトイレは、

全て便座がなく(おそらく壊れてそのままになってる)、

空中浮揚する必要があるトイレもあった。

事前にガイドさんからきいてたからマシだったけど、

アレはいやだったな。

 

ピカソ美術館は、トイレのボタンが

オシャレすぎてどこをどう押せばいいかシンプルにわからず、
30秒ほど動きが止まることもあった。

 

とにかく極端なのである。

ここでもバランスが取れてるのは日本だなと改めて感じることができた。(笑)

 

P.S.

日本の冬の駅や商業施設、サービスエリア等で、

UI最高でとても清潔で、

手を洗う蛇口がセンサーで自動でお湯が出るなんて、

ホントに清潔で天国やなと思っている。

 

まだフランス旅行記は続く予定です。

お楽しみに!?

 

[←前回の話] [フランス旅行記] [次回に続く…]

 

 

メルマガ

 

 

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前回の話の続きです。

 

1LDKの味気ない部屋で、
働く気も起きず、貯金も少なく、
ゲーム廃人のようになった私は、
少しずつ、なんとかしないとと思い始めました。

台所側の部屋にベッドや電子ピアノ、
そしてラックの上にプリンタ、

下にPCを置きました。

今思うとへんなアホな配置にしたなぁと思うのですが、

当時の私としては、居間はあまりごちゃごちゃしたくなかったのです。


自分のエネルギーが下がってる時は仕方ないですね・・・。

 

しかし、何かもっといい配置等あるのではないかと、

思い立ち、当時よく通っていた本屋さんに

インテリアに関する本を読みに行きました。

 

すると、そこで風水の本に出会ったのです。

 

元々から風水に興味はあったのですが、

「ややこしい」という印象しかありませんでした。

 

しかし、思ったより簡単に、

しかも風水の本質を知れば知るほど、

急に興味を持ち、

例えば、

物理的に風や水気等通しやすく、

滞りをなくし、

長持ちさせるような建築的な意味、

裏側もわかり、

本屋さんで一気に7冊ぐらい立ち読みしました。

(迷惑なやつ)

 

元々美術教員免許を取得するほと、

色彩に興味があり、

なおかつ心理的に意味にも

色彩に興味があったため、

ガッツーンとハマりました。

 

そして、当時の貧乏生活をしていた

私としては大奮発の、

1,500円を超える本を購入し、

ヒマな私は、自分の部屋を

できる限り忠実に、模様替えしたのです。


すると、間もなく、いろいろと動き始めました。

 

中国語はある程度読めていたので、

現地人しか入らなそうなマニアックな

中華系直輸入の雑貨店に

ふらっとさりげなく入りました。

 

店内はもちろん中国人しかいなそうでしたが、

金運の黄色い紙に金箔等が貼ってある

かっこいい護符が安く売られていたので、

自分用と、誰かにあげようかなと、

500円分(50枚×2セット)を購入しました。

 

少しでもお金を作りたかった私は、

断捨離も含め、

Yahoo!オークションでよくモノを売っていました。

 

1枚、試しに売ってみたところ、

一瞬で1,000円で売れました。

 

「一瞬で元手を返せた!」

 

驚きでした。

 

それから、

ばんばん売りました。

飛ぶように売れたのです。

 

1か月で、15万円分。

当時の私からしたら大きな生活費です。

 

まさに

金運の護符で

金運UP

となったのです。

 

そして、さらに、

前のゲーム会社の取締役が、

元彼を通して、

 

「もし今、大阪にいるなら、

 前のゲーム会社を辞めた専務や取締役と、

 新しくゲーム会社を作ったから、

 来てもらえないか?」

 

「メンバーは前のゲーム会社の

 プランナーやデザイナーが割といる」

 

・・・とメールで質問があり、

ちょっと元氣が復活しかけていて、

お金に困っていた私は、

2つ返事で、

 

「行かせて頂きたい」

 

・・・と元彼を通して返事をし、

そのゲーム会社で働くことになりました。

 

ありがたや。

 

そして、風水の力おそるべし!

 

(それから少しずつ風水関係の本を

 集めたのは言うまでもありません。)

 

そして・・・

いつもありがとうございます。

人生の迷いをクリアにする天命発掘セラピスト・
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鼎ナオ(かなえなお)です。

 

引き続き、フランスでの失敗やレアな体験記等を書いていきます。

 

[←前回の話]


ホテルは、明らかに日本の方が便利で安いと感じた。

日本だと数千~1万円台でも、

もっといいお部屋やサービスを受けれる内容が、
フランスだと、そもそも物価が高すぎて、
バックパッカーが同じ部屋で泊まる安宿以外、
1万円台レベルのホテルがそもそもほぼ存在しない。

3万円台の三ツ星ホテルでも、
カードキーは毎日のように壊れるわ、
紙コップは毎回水が漏れ、
湯舟はないのがデフォ。

 

例えるなら昭和~平成によくあった感じのホテル。

 

まさかの飲み物もホテルに自販機がないので、

圧倒的に困った。

 

事前にスーパーで買いだめしておく必要があった。

 

(自販機も巨大な駅や空港以外ないし、

 あったとしても壊れてるかもしれないし、

 そもそも日本のようにコンビニ自体もまずない。)


冷蔵庫がなかったのは想定内だったが、

あったとて季節的に元々そんなに使わないのでそこまで困らなかった。

 

 


(↑パッと見、オシャレである。)

 

ベッドやシャワールームはさすがに清潔感はあったが、
全体的に導線設計が日本ほど便利な設計ではない。

そして、慣れればなんてことないが、
スイッチ等の操作が分からないものが多かった。

 

「なんぞこれ?」

となった。

 

どこをどうひねれば電灯がつくのかシンプルにわからず、
動きが数秒止まることもあった。

 

(↑電灯スイッチはひねるのではなく押すのであった・・・。

 改めてみると、三ツ星ホテルらしからぬドアノブや鍵である。

 ペンキついとるし。

 

シャワーひとつにとっても、

コックやスイッチがありすぎて

当初はわけわからんかった。

やっぱり日本のホテルはクオリティめちゃ高くて

清潔感最高やわと改めて感じながら毎日眠りについたのあった。
 

まだフランス旅行記は続く予定です。

お楽しみに!?

 

[←前回の話] [フランス旅行記] [次回に続く…]

 

 

 

メルマガ

 

 

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前回の話の続きです。


引っ越した後殆ど住んでいなかった

1LDKの味気ない部屋で、

働く気も起きず、貯金も少なく、

廃人のようになりながら、

なんとかYahoo!ゲームのオセロや

パズルやチャットをして日々生きていました。

 

ある日、少し買い物で外に出ている間、

居間でポルターガイストが起きるようになりました。

 

収納場所から明らかにモノが飛んでいるのです。

 

地震がおこってたとしたら全体が落ちるはずなのに、

あるものだけ・・・

例えば、ぬいぐるみだったり、

電話の子機だったりが

ポーンと1m以上飛んでいるのです。

 

最初は、

「納め方がわるかったのかな・・・?」

「たまたまかな・・・?」

・・・そう思っていたのです。

 

しかし、間もなくだんだんとそれはひどくなり、

自分が台所にいる時や、

居間に居る時も起こるようになったのです。

 

でも、子供の頃にあっていた金縛りもないし、

(これブログ書くの忘れてましたね。

 またおさらいの時に追加しよう…。)

そんなに変な、

怖いエネルギーや気配は感じなかったので、

なんだろうな?

子供(の霊)のいたずらかなぁ・・・。

ぐらいに思っていました。

 

すると、その正体がわかりました。

 

ある日、電灯を消して、

横になったけどまだ眠ってはいない時、

それは起こったのです・・・!

 

「えっ!???」

 

驚きました。

 

「カンカンカンカン・・・・!」

 

という音とともに、まるで競馬場の馬の走る地響きの如く、

 

「ドドドドドドドドド・・・・!!」

 

私の真上を、見たこともない姿かたちの異形の生き物??が

いそいで、すごい勢いで、北側に列をなして走っていったのです。

 

一反木綿にぬりかべ、

白黒のでっかい足、

百鬼夜行に火車、

鵺(ぬえ)っぽい生き物、

 

なんというか、

クーロンズゲートの桃児みたいなものまで。

 

 

えええええこんなの本当にいるの!???

 

めちゃくちゃ驚きました。
 

なぜか白黒っぽい色の存在達が多く、

120体ぐらいは私の2mほど真上を通っていきました。

 

私は彼らにバレないように、

息を殺して、

ドキドキしながら下から見守ってました。

 

気づいてチラ見したのもいましたが、

そのまま北に走っていきました。

 

怒らせたりしたら大変なんだろうけど、

そんなに怖くなくて、

動物園でライオンやトラを見る感じに似てました。

 

後から分かったのですが、

自宅の北側の神社がお祭りだったようです。

 

そして、これを書いている今から2-3年前頃、

「その時期、妖怪が日本を大移動している」

「そしてそれを見たことがある」

・・・と、言われた方がいらっしゃり、

私が見た光景と、ほぼ同じ光景だったので、納得しました。

 

推測するに、

霊道、

ならぬ妖怪道が

自宅をぶった切ってたんでしょうね。

 

そして・・・

人生の迷いをクリアにし、
あなた本来のミッションを覚醒させる
ゲートキーパーの鼎ナオ(かなえなお)です。

過去の出来事と心の変化を
「自分探しの歩み」として表現しています。

 

だいたい毎日22時前後に更新しています!

 

前回の話の続きです。

 

もうそこで働く気も起こらず、

・・・とは言え、東京に暮らす気もなく、

失意のまま、

大阪に戻ることにしました。

 

そして泥のような毎日がはじまりました・・・.。

 

暫く、働く気が失せてしまい、

半分、引きこもり状態になりました。

 

そして、人間不信になってしまいました。

 

ノドがつまって、苦しくて、

何もやる気が起こらず、動けない。

 

お金もない・・・。

 

税金や年金の減額の申請をしに行きました。

 

「情けない・・・」

 

「でも実家に帰る勇気はない・・・」

 

罪悪感に苛まれ、

毎日涙が止まりませんでした。

 

「私は一体、なにをやってるんだろう・・・」

 

「生きていても何の役にも立たないどころか、

 生きてるだけで誰かの迷惑になっている・・・」

 

「世の中の為に、死んだ方がいいかな・・・」

 

後になってから、思ったのですが、

あれは軽い鬱状態になってたのかもしれません。

 

ある日、

少し前に付き合っていた元彼から

手紙が届いていました。

 

送り先をみると、

たまたま私が新しく借りた家と

同じ区画に住んでることに驚きました。

 

私は僅かばかりの期待と共に、

封を開けました。

 

「本当にごめん、

 何も言えない、

 自分を探す為に、

 先日中国に一人旅をしてきたよ。

 でもみつからなかった。」

 

「一方的すぎる。

 ナオさんにあやまれと

 父親から怒られたよ」

 

「大阪のデザイン系の

  専門学生になることにした」

 

・・・みたいなアンニュイな詩人が書いたような内容でした。

 

失意に追い打ちをかけられました。

 

今までは私や彼をモデルにしたキャラのイラストを

たくさん送ってくれていたのに・・・

 

 

全く知らない茶髪パーマの娘のイラストを描いたハガキが

数枚同封されていました。

 

「・・・本当に終わってしまったんだ…。」

 

「私は今、誰からも必要とされていない・・・。」

 

「このままここで死んでも誰も気づかない・・・。」

 

毎日、毎日、なかなか寝れず、

涙が止まりませんでした。

 

何度か、歩けば2分もかからない、

彼の家の前まで行って、戻ってきました。

 

(ストーカーみたいですね。)

 

苦しかったな・・・。

 

そして・・・