昭和の子供なのだ! -36ページ目

みぞれ・・・昭和の子供たち

 

 

、みぞれ が降る季節

みぞれ は雪と雨がまざったもので

骨まで冷えきるほど冷たく感じる

昭和30年代の子供たちは

よっぽど冬にならないと足袋を履かないし(履けない?)

当時はナイロンなんかの化学繊維の

防寒着なんて無かった

外で遊んでて みぞれ で濡れちゃたりすると

痛いを通りこして感覚が無くなり

ガタガタ震えながら、半泣きで家へ帰る

 

 

 

すぐに体のあらゆる先端が

しもやけ で赤く腫れ、かゆくなり

やがてそれが切れて痛み出す

大人になっても酷い しもやけ の痕が

顔や手に残ってる人もいたからね

 

男の子はみんな

白、青、黄色の鼻水を垂らしていた

なんで色が違ってたんだろうか

片側の穴からだけのを単線

両方の鼻の穴から垂らしているのを複線

なんて言っていた

鼻水を拭く ティッシュペーパーなんか無いから

服の袖口でゴシゴシ

袖口は乾いた鼻水でテッカテカ・・・

 

 

 

 

備忘録< 6 >・・・VINCENT

VINCENT BLACK SHADOW

Series C  1952

 

以前に何度も UP しています すみません

このバイクをモーターショーで見たばっかりに

バイクの免許を取得したのです

手に入れるなんて夢想もしなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この頃、キャブレターは純正のアマル別体型のままで

大きなコーナーを曲がる時にガス欠状態になったり

いくら調整しプラグの番手を下げても被ったりで

ポケットに常に予備のプラグを5~6本入れ

止まる度に拭いたり磨いたり交換したりだったけど

オリジナルに拘らずアマルのコンセントリック

にしたら、まあまぁ 安定したのかな・・・

 

 

ブレーキ・・・

あまりにも複雑で高級?なフロント・ブレーキは訳がわかんない

多少減速してもまったく 止まってくれず

志賀草津道路の曲がりくねりの急勾配は

死ぬ思いだった

こんな所を走るのがアホなのか

 

 

後ろに見えるのが草津の白根山

 

 

 

 

 

クラッチにオイルが回ってしまい滑りだした

カバーを開けたら ギョッ! 虫のような小さなスプリングが

ピョンピョン 大量に飛び出し収拾がつかない

おまけにクラッチ板と称するものは 紙製!!

こんな所にも訳のわからん個性がある

なんじゃこりゃ、で、色々調べたら

英国で金属製のクラッチ板を製作している所があり

そこへ発注、約10万円

組み込んでもらった当初は ギャッギャッ 鳴きが

ひどかったけど馴染んでしまえば以前より好感触

英国ってふところが深い

 

 

 

 

名古屋の税関から引き取ってきたばかり

1995年の4月だった

40代中頃だから元気いっぱい

前輪の後ろに見える黒い棒状のものは

両サイドに付いてて前輪を持ち上げるためのプロップ・スタンド

サイド・スタンドではない、強度も無い

 

 

大型のスミス・クロノメトリック・メーター

ワンテンポ遅れてコツコツと小刻みに上下するのが

たまんない・・・

130マイルは楽に出るという噂だったけど

ボクには針を真上にもっていくのが精一杯

 

後家づくり、うなる野獣、黒い貴婦人 等々

冠はいくつもあったらしいが

グシャグシャガシャ・バババッバッバー・・・

とにかくメカノイズの不協和音と排気音が半端ない

しかし、??がつく程のアルミとステンレスで構成された

凝った車体の造りは工芸品と言っていいほどの

美しさだった ( とボクは思う )

 

デコンプを使えばキックも気にならず

自転車と同様のリア・スタンドしか無かったので

サイド・スタンドを取り付けようか

リジット同然だったリア・ショックをVIN用のKONIに

、F・ブレーキを、もちとマシな

ドラム・ブレーキに換装しようか等々

妄想しているうちに本業が悪化

背に腹変えられず、絢爛豪華・艱難辛苦の10年間に

泣く泣く別れをつげる

 

因みに購入価格と手放した価格はさほど変わらず

今は当時の3倍で取引されているという噂

当然、ボクには すべての面で分不相応 ではありました

 

 

 

記念に描いた肖像です

 

 

 

PS: 先日胃カメラで検査を受けまして

   あんまり芳しくはないんだけど

   ゴホゴホやってる患者が多かった

   せいなのか酷い風邪をひいたみたい

   咳をしたりクシャミをしたりする度に

   腰やら背中に激痛が走る・・・

   膝が痛くってヨチヨチ歩く姿は老人そのもの

   どーなってんだ! とボクは自分に言いたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

備忘録 <5>・・・水平対向二気筒 - 2

 

当時のBMWの最高峰、憧れの100 RS

モノサスだったけど・・・やたらと安いんで買ってみた

これで九州行きを計画したんだけど

どーも、あの独特のガムテープの上を走るよーな

っていう直進安定性に乏しい、ヨーイングもおきる

車屋さんに F・フォーク のオイルの点検をしてもらったら

左右のオイルの量は違うし、左は赤いツースト・オイル

右には真っ黒になったオイル・・・?

前オーナーのいいかげんさ、事故車?

疑心暗鬼になり早々に手放した

 

 

 

しばらくBMWと離れていた

けれど、映画の007 でこれが活躍してたのを見て

買っちゃった BMW R1200 C

ミーハーの鑑の50歳

クルーザー・タイプはイントルーダーハーレー

で経験があるから問題無し

 

これで、写真の磐梯山から松島、平泉、酒田、鶴岡

の東北を回ったり、三内丸山遺跡や中国地方巡り

那智の滝、伊勢神宮等々長旅を多々した

ラクチンだったからね

しかし、左手が腱鞘炎となり 重いクラッチ・レバーが握るのが辛くなり

で、さようなら・・・

 

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還暦を記しての最後のフラット・ツインとして

選んだのが BMW R 1150 RS (の中古)

なにを記してなんかわかんないけど・・・

この頃、自営業が傾き

遊んでいる場合じゃなかったんだよね

 

 

 

 

 

やけくそ、後先考えず(いつもそーだけど)仲間から譲り受けた

R 1150 GS

 

 

 

 

 

 

 

 

夢のような二台の揃い踏み

この夢も長くは続かず若さが、金が続かず

GS は4年ほど、RS は10年の関係で終わっちゃった

もう二度と水平対向二気筒との縁は無いんだろーねぇ

 

 

ps: GS大きく重く高く強く速くのオリンピック精神みたいなバイクで

座高一と言われたボクは両足ツンツンで多少の不安が常に

あったんだけど・・・ツーリング先で仲間の一人がまたがってみると

両足ベッタリで膝まで曲がっているのを見てショックを受けた。 のと

老化のせいなのか、きっとそーなんだろう

停止状態からの急発進で、ハンドルから手が離れてバンザイ状態になる

ドッキリが後年、時々あったという恐怖

いつもハンドルはしっかり握らないので、アップハンドルだから

仕方がない、とは言えない、特攻隊みたいにバンザイして

ひょとして、いつかどこかへ突っ込むんじゃないか、という

最近多い高齢者運転事故への不安もあった

で、小さく軽く低くほどほどノンビリ の国産車に乗り換える

あ~~っ 年は食いたくない~頭ん中も体もボロボロ

GS はかの両足ベッタリの彼の元へ行く

          

 

                                 つづく

 

次回は 四気筒、いつかまた四気筒