(´・ω・`)日記 -21ページ目
新学期が始まってから、あっという間に時間が過ぎて、もうすぐクリスマス。
昨日から、マルクトでクリスマス市も始まった。

クリスマスが近づくと、ついついため息がでちゃう。
「プレゼント何にしよう?」って。

ま、それは置いといて。

最近はインターンシップ探しやら就職活動の情報集めに忙しい。
日本では海外で大学を卒業した人用のセミナーなんかにも参加しちゃう予定。
それで、何がやばいって日本語だよ。
日本語大丈夫かな、って結構心配で、ふと、友人のEさんに洩らしたところ、「そういう人たちばっかが集まるから大丈夫!」と、励ましになるような、ならないようなお言葉を頂いた。

もっと建設的なアドバイスはなかったの?(笑)

さて、日本で就職って想像したときに、何が嬉しいって、友達と仕事帰りにたまーに会って、ご飯食べたり、飲みに行ったり、仕事で疲れた後のビール一杯とか。

なんで私、こんな平凡なことしたいんだろう?

ドイツで就職した場合、時間通りに帰れたり、土日が休日だったり、休暇がたくさん取れたり、通勤時間が短いことが長所かもしれないんだけど、余暇を共にする友人が……。

ま、でも人生はいたってシンプルで、何事にも「楽しもう」精神で行かなきゃね。

あー、それにしても迷う…

どっちにしよう??
多少、えげつないタイトルから始まってしまいましたが、うちの街にあるGrosse Ulrich Strasseを通り、あるお店を見た瞬間、本当にそう思った!

遡るは、2年前。
Grosse UlrichstrasseにWOK BAR(WOKは中華鍋)というベトナム人がやってるコッテコテの中国風レストランとは違った、さっぱり、小ぎれいなレストレンがオープンした。

このお店、寿司屋と同系列で、中華鍋を使った料理が売り物。
もちろん、経営者も同じ。

ここ最近、お店はガラガラだって聞いていた。


一昨日通りかかったらお店も暗く、こんなチラシが…

「店貸します」(しかも店の名前で)

見た瞬間、「あははは、ざまーみろ!」って思った。
一番いい立地条件なのに、潰れてやんの。
あんなにまずいのに、高くて、お金のないうちの市民に受け入れられないっつーの。

思うに、店の経営は続けられないけど、店を賃貸する契約が残ってるとみた。
だから、店の名前で、(不動産屋ではなく)引き継いでくれる人を募集中。

大体、レストランを開こうと思ったら、ちゃんとその国の料理を研究しなきゃだめなのよ。インターネット見て、試してみて、そのなんちゃってレシピでお店開いても、何度も着てくれるような常連さんなんて作れないって。

とまあ、夏の寿司屋の恨みも重なって、まさに因果応報とはこのことね、なんて、つい嬉しくなってしまった。

でも、こんなことで喜ぶなんて、自分自身の人間性を疑ってしまいます。。。
日曜日から冬時間が始まり、時計もちゃんと一時間遅らせた。

それなのに!

寝室の時計を遅らせるのを忘れたが為に、今日は間違って一時間早く家を出てしまうとこだった。

気が付いて、キッチンでボーっとラジオを聴いているとこんな質問が流れてきた。

「今日、19歳の少女が少年院から釈放されました。その際、彼女はとても大きなスーツケースを持っていたんですが、その中にはもう一人、受刑者である彼女の友達が隠れていたそうです。さて、これは本当でしょうか?それとも冗談だと思いますか?」


皆さんどう思う?



私は、「本当」派!ベア君は嘘派。



答えは、「事実」です。
そんな馬鹿な!

というか、そんな大きなスーツケースがあることと、回りが誰も気が付かなかった事実に驚きです。


秋、そして10月といえばかぼちゃの季節。
ドイツはかぼちゃに季節に突入です。

私はかぼちゃが大好き。
いつもは日本のかぼちゃスープを飲んでたけど、今年は自分で作ろうと思い立ち、久々に自転車から降り、マルクトを歩いてみた。

八百屋さんにはかぼちゃの山。

置いてあるかぼちゃはオレンジだったり緑だったり、大きさもまちまち。
「HOKKAIDO」という名のかぼちゃまであるじゃないの。

八百屋のおばさん曰く、HOKKAIDOは味が濃いらしい。
ハテ、味が濃いとはどういうこと?!なんて思いながら、名前につられ、HOKKAIDOを買おうと思ったんだけど、ちょっと高いので、3ユーロで丸々一個買える八百屋で大きなかぼちゃを購入。

冷凍したりしてあのおいしいかぼちゃが長期間食べられると思うと気分もウキウキ。

とてつもなく大きいので、持てず、ベア君を呼んだ。


家に帰り測ってみたところ、なんと8.6キロ。


そして、女の子らしくかぼちゃスープなんてものを作ってみました。
作り方は適当。
作ったことないもんね。

で、ドイツ産かぼちゃの味は。。。


薄い!!


あの日本風のぽくぽく感の味がなく、
まるで失敗した水っぽい煮物の味。


やっぱりHOKKAIDOを買っておけばよかった。
値段につられこっちを買ってみたものの、残りどうしよう…?



毎週日曜欠かさないことは

TATORT(刑事ドラマ)を見る事。

ドイツ各地で撮影され、街ごとに刑事さんが決まっているのでおもしろい。
一度、うちの街もあった!

で、昨日はミュンヘンのTATORTだった。
ミュンヘンのTATORTということは、役者達もバイエルン出身の可能性が大きい。


始まって数分経過…



わ、わからない!



刑事さんの言う事はわかる。
でも、他の役者さんの言うドイツ語、バイエルン訛りが強すぎて、叫んだり、怒鳴ったりする場面ではなんのこっちゃ、全然わかりません。

だから、重要な証言が聞き取れん!

「父さん!(VATER=ファーター)」→「写真!(FOTO=フォト)」


ちょっと待って!私、ドイツ暦けっこう長いのに~!!


ミュンヘンに住んでいるお友達のMちゃんの苦悩がわかった瞬間だった。



セルビア映画を見てきた。

裕福ではないけれど幸せにやってきた家族3人の日常は、ある日突然破られる。
小学校に通う息子が倒れたのだ。
心臓に欠陥があり、もう一度大きな発作が起きれば命の保障はない。
たった一つ、息子の命を救うのはベルリンで手術を受けることだという。
費用は30000ユーロ。
手術の費用を負担出来るだけのお金を持ち合わせない夫婦は、新聞に募金の記事を載せることに望みをかけた。何の連絡もなく、諦めかけたとき、夫に手術の費用を負担してもいいという男から連絡が入る。
条件は一つ、ライバル会社のオーナーを殺すこと。

息子を救いたいために、誰かの命を簡単に奪ってもいいのか?
誰かの犠牲の上に、息子の幸福は成り立ってもいいのか?

命の価値を巡るジレンマ。

果たして彼の下した決断は?


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親友がセルビア人という理由で見に行った。
将来、裕福な暮らしが望めないとわかっている人ならば、誰でも陥る日常がそこには描かれていた。

お金がないためだけに助けられない命。
私にだって起こりうる、そう遠くない日常だ。

愛するものの為に、私は誰かを手にかけることが出来るだろうか?

ドイツ事情というか、独り言なんだけれども、大きなスーパーに行くと気づくこと。

レジに並ぶ人、人、人!!!

大きなスーパーではレジが10個あるのに、あいてるのはいつも半分かそれ以下。お客さんの為に全部空けて待たせないようにする努力は見たことがありません。

まあ、これは時間があるって証拠なのかな。
日本なら待たせないサービスをするでしょ?そのサービスに付加価値がついて高くなる。ドイツ人はサービス精神に欠けているから、(サービスという概念がないのかもしれないが)サービスに対してお金を払う気なし。

でもこれって時間にゆとりがあるから多少のことは目を瞑れるんじゃ…?
日本なら客離れの原因にもなりかねないよ。

レジ打ちも遅いんだ、これが…
3つ同じものがあれば、3という数字のキーを押して1つだけレジに通せば早いのに、全部同じようにピッピッピって通してる。たまに、バーコードが読み込めないと何度も繰り返す。

なんでだろう??

お釣りも細かいのがあるから渡そうとすると、入りませんと言われる。
2.64ユーロ買い物して、ピッタリがないけど、細かいお釣りも沢山欲しくないから3.14ユーロ出して50セント(50セント硬貨です)もらおうとすると「必要ありません」って言って14セント返される。


え、っていうか、あなたには必要でなくても私には必要だよ!
あなたの為じゃなくて、私の為!
そこんとこ、考えてみたことあるのかな?


それとも、計算できないの???


レジに細かいお金がなくて、20ユーロで払おうとするといやな顔されるのと関係あるのかもしれないけど…

きちんとお釣りを返せるくらいのストックを用意してくれよ!と思うのはこの国では我侭なのでしょうか?


ドイツも結構長いのに、このレジについての謎だけはわかりません。




最近は忙しく、アルバイトを探す暇もなく、学期が始まってしまったわけですが、うちの大学にある日本学の授業のお手伝いをさせていただくことになりました!

わーい(‐^▽^‐)

今日は初めての授業。
私に与えられた課題はというと、本を読んでその中で重要そうな単語を拾って、学生に説明すること。

「年収300万以下だと結婚は難しい」というような題材で、拾った単語は

ミリオネーゼ、
パラサイトシングル、
専業主婦、
学歴社会、
団塊世代、
出来ちゃった婚

などなど。

「学歴の歴はなぜ必要なんですか?」
「団塊?まとまりがある世代なのですか?」
「いつからミリオネーゼ?」

中には

「主婦は家に主にいる女性のことで、それを専業とするのはおかしい!」

家にいて家事をするのを専業というのはは働く人に対して失礼である。
なぜなら、今まで受けた恩恵を社会に還元していないのに、「専業主婦」というような1つの職であるかのような単語は間違いである、というのが言い分だ。

だよね!私もそう思います!
でもまあ、定着した単語を変える事は出来ないからね。

主婦についての議論は来週してもらうことにしました。

それにしても、日本語をわかりやすく説明するのって難しい・・・!




スポーツといえばもちろんテコンドーです。(私の中では…)

学期が始まったばかりで私は発表があります。
ドイツ人2人と組みます。(この二人、コースの子)

ボーっとしていた私もいけないのだけれど、誰がどの章をやるか決めたときに、私がなぜか一番多い章を受け持ってしまった。彼女達は60ページ未満で、私は130ぺージ。
こういうところだけ平等?なんて思ったけど、やった分だけ自分のためになると思いそのままにした。

ただ!!

月曜に決めて、その後メールが来た。

「プレゼンの中身は水曜までに終わらせて欲しい。」

外国人だから大目に見てとは言わない。
ただ、ページ数も多いし、読んで要約して、配るプリントを作り、発表用のプレゼンはまた別に作り、要約を他の2人にすぐに送るなんて、普通に考えても時間が短すぎる。

そんな早くは出来ない、といっても妥協もしてくれない。
木曜に出して、教授にゴマをすりたいからだ。

というわけで、フル回転で仕上げた。

そんな中、昨日のようなことが起こったので、もうプレゼン自体やる気もしない・・・

気分転換にテコンドー!

やっぱりスポーツはいい!やっている間は一生懸命でウダウダ考える暇がない。
技がうまいかどうかはドイツ語が出来る出来ないに左右されないので気持ちがいい。

ドイツに来て、テコンドーだけはやり通そうと決めた。
試験に落ちて頑張った証がなくても、テコンドーだけは自分が何かをやった証になるような気がした。

というわけで、今学期は・・・

緑帯を取ります!!



冬学期が始まり、私の学生生活も残るところ一年半となった。
2月には試験と平行して、この町でインターンシップをやろうと思っている。街自体が小さいので通勤も30分以上はかからないので、夜に勉強できるからである。

9月にあった試験にも通り、取る授業も今学期でほとんど終えられるという良い結果に満足し、幸先の良いスタートを切ったと思ってた。

思いもかけないことに、いや、改めて気が付かされた事実に今は悔しくて仕方がない。

私のマスターコースは去年設置された新しいコースであり、選考が厳しかったせいか、私の学年には6人しかいない。そのうちの一人はもう抜けて、もう一人はスペインに留学中。
人数が少ないせいか、毎日のように顔を合わすし、一緒に発表をしなければならなかったりすることも多かったし、今学期もそう。

私以外はドイツ人。
この一年間で、打ち解けようと努力した。

けれど、今日、そういう行為自体、努力自体が無駄だったと改めて気が付いた。

私はこの一年間、そしてこの先もクラスメイトにとって足を引っ張る存在でしかないのだ。
私がどんなキャラクターを持っていようが、関係ない。

クラスメイトにとって一番大事なのは、私が使えるかどうかである。

勿論、私のドイツ語も完璧ではないし、要約や本を読むのに他の人よりも時間を要する。書き取りだって、全てできるわけではない。従って、私は勉強に関しては全く使えない人間なのだ。

だから価値がない。

スペインやフランス、または南アメリカのような、ドイツ人が大好きな国出身でもない。
私と付き合っても、得ではないのだ。

初めからそうかなと思ったし、だからこそ、私をもっと知ってもらえたら違うんじゃないだろうかって努力した。自分に自信がない私の被害妄想なのかとも思った。

勉強で頑張ったら、私だってそこまでおばかさんじゃないってわかるはず。
悔しくて猛勉強して、97点を取った。

でも、それは外国人だからボーナスがもらえるって見なされる。


早く課題を読めなかったり、宿題に時間がかかったり、教授の言ったことを全て書き取れなかったりすることが全てなの?
授業中にこそこそ話を出来なかったら駄目なの?
知っててもすぐに発言できなかったら、落ちこぼれ?
言語がパーフェクトでない=知能が低いなの?
外国人であることがそれほど問題なの?

言語は完璧であればいいけれど、手段だと思ってた。
発言する中身だと思ってたけど、それが重要視されない場合もあるんだって知った。
同じ発言をしても聞いてもらえない。
外国人ってだけで中身を見てもらうチャンスも与えられない。

初めから面倒くさい存在だったのだ。
しょうがないから一緒にいる存在。


改めて今日わかった。
これ以上、私の時間を投資する必要はない。

私も経営学的な考え方をしよう。