2月には試験と平行して、この町でインターンシップをやろうと思っている。街自体が小さいので通勤も30分以上はかからないので、夜に勉強できるからである。
9月にあった試験にも通り、取る授業も今学期でほとんど終えられるという良い結果に満足し、幸先の良いスタートを切ったと思ってた。
思いもかけないことに、いや、改めて気が付かされた事実に今は悔しくて仕方がない。
私のマスターコースは去年設置された新しいコースであり、選考が厳しかったせいか、私の学年には6人しかいない。そのうちの一人はもう抜けて、もう一人はスペインに留学中。
人数が少ないせいか、毎日のように顔を合わすし、一緒に発表をしなければならなかったりすることも多かったし、今学期もそう。
私以外はドイツ人。
この一年間で、打ち解けようと努力した。
けれど、今日、そういう行為自体、努力自体が無駄だったと改めて気が付いた。
私はこの一年間、そしてこの先もクラスメイトにとって足を引っ張る存在でしかないのだ。
私がどんなキャラクターを持っていようが、関係ない。
クラスメイトにとって一番大事なのは、私が使えるかどうかである。
勿論、私のドイツ語も完璧ではないし、要約や本を読むのに他の人よりも時間を要する。書き取りだって、全てできるわけではない。従って、私は勉強に関しては全く使えない人間なのだ。
だから価値がない。
スペインやフランス、または南アメリカのような、ドイツ人が大好きな国出身でもない。
私と付き合っても、得ではないのだ。
初めからそうかなと思ったし、だからこそ、私をもっと知ってもらえたら違うんじゃないだろうかって努力した。自分に自信がない私の被害妄想なのかとも思った。
勉強で頑張ったら、私だってそこまでおばかさんじゃないってわかるはず。
悔しくて猛勉強して、97点を取った。
でも、それは外国人だからボーナスがもらえるって見なされる。
早く課題を読めなかったり、宿題に時間がかかったり、教授の言ったことを全て書き取れなかったりすることが全てなの?
授業中にこそこそ話を出来なかったら駄目なの?
知っててもすぐに発言できなかったら、落ちこぼれ?
言語がパーフェクトでない=知能が低いなの?
外国人であることがそれほど問題なの?
言語は完璧であればいいけれど、手段だと思ってた。
発言する中身だと思ってたけど、それが重要視されない場合もあるんだって知った。
同じ発言をしても聞いてもらえない。
外国人ってだけで中身を見てもらうチャンスも与えられない。
初めから面倒くさい存在だったのだ。
しょうがないから一緒にいる存在。
改めて今日わかった。
これ以上、私の時間を投資する必要はない。
私も経営学的な考え方をしよう。