抑鬱亭日乗 -9ページ目

抑鬱亭日乗

複数の精神疾患を抱える者の独言を忌憚なく収録する
傾いた視線からこの世はどのように見えるのか

 2023年を迎えることができました。

 今年もよろしくお願いいたします。

 皆様にとって2023年がよい年となりますように祈っております。

 

 毎年、12月31日は「笑ってはいけない」を酒を吞みながら視聴していました。

 「くだらない」、「下品だ」と酷評されていますがこれを視ずして一年を終えることはできません。

 嫌なこと、苦しいこと、辛いこと、腹の立つこと、怒鳴りそうになること、殺意を抱いたこと、何度も仕事を辞めようと思ったこと等を笑いに昇華し、気分を新たにして1月1日を迎えていました。

 あの番組がないと小生は年を越せないのです。

 

 昨年のモヤモヤ感が今も続いています。

 「笑い」の効用がいかに素晴らしいものであるか思い知らされました。

 

 どうやら2023年を迎えられそうである。

 この一年は「戦争」に翻弄された。

 ロシアによるウクライナ侵攻、北朝鮮による日本海へのミサイル発射等。

 北朝鮮によるミサイル発射の報道に慣れてしまい「また発射か」としか思えなくなった。

 

 日本政府は中国、北朝鮮からの攻撃を予想し、従来の防衛政策を根本的に見直し始めた。

 「敵基地攻撃能力」の保有の必要性を主張している。

 遠方から発射された不規則な動きをするミサイルを自国で迎撃するのは技術的に困難とされている。

 ならば、自国が撃たれないように敵国の軍事施設を直接狙える技術を開発しようという発想である。

 このような方針が急に決まり、小生は困惑している。

 

 武力で国を守ろうというのか。

 なぜ敵対した国と外交努力で戦争を回避しようという努力を放棄するのか。

 誤って敵国の軍事施設を攻撃してしまったらどうなるのだろう。

 真珠湾攻撃とまでいわないが、宣戦布告なしの先制攻撃をしてしまう可能性は否定できない。

 専守防衛は古臭い考え方なのか。

 憲法の「問題解決のために武力は行使しない」という考えはどこへ行ってしまったのか。

 

 軍事財源確保のために法人税を充てようとしている。

 法人税は景気に左右されるため、安定した財源とはいえない。

 これまで国際競争力を重視し、日本の法人税は軽課されてきた。

 法人に大きな税負担をかけると、これまで重視してきた国際競争力とは何だったのだろう。

 疑問が尽きない。

 

 どうやら日本が軍国化しつつあるのは間違いなさそうである。

 2022年が終わろうとしている。

 この年を生涯忘れることはないだろう。

 この一年は精神疾患を発症した2007年に匹敵する。

 振り返ってみよう。

 

 3月上旬。

 小生が属する零細組織の親方が体調を崩し、3ヵ月間入院した。

 親方の命令で小生が零細組織を運営せねばならなくなった。

 優秀な古参兵ではなく、なぜか小生を指名した。

 小生よりも20年程年上の古参兵に指示を出し、時には注意しなければならない。

 これまで人に使われ続け、ある日突然、使う立場になった。

 しみじみと思ったのは「人を使うことは難しい」ということである。

 

 親方不在のため、小生が顧客に接しなければならない。

 無資格であるにも関わらず。

 顧客は資格を持った親方に用がある。

 小生には親方の役目は果たせない。

 改めて自分の能力の低さを思い知らされた。

 

 親方の入院を機に小生の勤務時間が長くなった。

 月に10回のブログの更新を目標としていたが、それは困難になってしまった。

 読書に充てる時間も激減した。

 現在は積読状態で、職務上必要な書籍を読むことで精いっぱいである。

 

 

 2023年、快進撃の人生が幕を開けると思いたい。

 

 

 京都市内がかなり混雑している。

 小生は良からぬ妄想をしてしまう。

 この妄想が現実のものにならないことを祈るばかりである。

 

 政府は人命よりカネを重視し始めた。

 今年の秋は新型コロナウィルスが蔓延する前に匹敵する観光客が京都を訪れている。

 日本人のみならず、外国人の姿を多く見かける。

 地下鉄やJRは満員御礼の状態である。これは数年ぶりの光景である。

 新型コロナウィルスに用心しても、この込み具合を考慮するとウィルス対策は無効に近い。

 

 京都も11月に入ってから新型コロナウィルスの新規感染者が増加している。

 これに加えて今年はインフルエンザの流行が懸念されている。

 様々な地域から多くの御仁が京都を訪れるため、帰宅してから発症する可能性が高い。

 新型コロナウィルスの第7波が到来している時期に小生の周りでも、発症する御仁が複数いた。

 そのうちの一人はエクモを使用する手前まで悪化したと語る。

 第7波の時期は今ほど、人は密集していなかった。

 人がそれほど密集していない時期であっても多くの御仁が新型コロナウィルスにかかった。

 

 現在、京都の繁華街は多くの御仁で賑わっている。

 混雑しているのは京都だけではないだろう。

 この状態で新型コロナウィルスが蔓延すると、感染者は第7波を軽く超えると小生は睨んでいる。

 忍び寄る第8波と懸念されるインフルエンザ流行が重なると、医療はどうなってしまうのか。

 これが杞憂に終わることを切に願う。

 2007年に精神疾患を罹患し、15年が経過した。

 原因はよくわからないが、もう少し器用な性格であれば罹ることはなかったのかもしれない。

 数年で治る病らしいが、まだ格闘している。

 治療の終了はまだ見えない。

 今生限りの苦しみなので、死ねば治る。

 

 病にかかった頃は自分が15年も生きることを想像できなかった。

 脳内は常に「死」という漢字に支配されていた。

 何かを契機に自死してもおかしくない状態であった。

 今もそれはぼんやりと続いている。

 

 あの頃から15年。

 これからの15年。

 あと15年も生きることは想像できない。