抑鬱亭日乗 -8ページ目

抑鬱亭日乗

複数の精神疾患を抱える者の独言を忌憚なく収録する
傾いた視線からこの世はどのように見えるのか

 珍客は小生が坐骨神経痛と格闘している時に現れた。

 いつどこで会ったのか記憶にないが、小生にも付いてきたらしい。

 その名を「新型コロナウィルス オミクロン株」という。

 

 ある日、同居の親族が急に39度の熱を出し、病院へ連れ込んだ。

 アレかもしれない。しかし感染症対策は徹底して行っていた。

 珍客はどこから来たのか。

 いくら考えても感染ルートは分からない。

 

 翌日、病院から同居の親族が新型コロナウィルスに感染していることが判明した。

 小生は濃厚接触者に該当するため、仕事を放棄し、病院でPCR検査を受けた。

 女医に鼻の奥をグリグリされた。

 

 翌日の昼頃、病院から電話があった。

 小生もPCR検査で陽性と判定された。

 珍客は39度の発熱をもたらしたり、喉に激痛を与えると聞いていたが、小生はその症状がない。

 強いて挙げるなら、喉にかすかな違和感がある程度である。

 

 年明け早々、坐骨神経痛で苦しみ、アレに感染し、仕事が忙しくなる。

 陽性と判定されてから、夜に職場で仕事をする日々を送った。

 こうして繁忙期に突入した。

 整形外科で処方された薬を数日間、服用するが効果はない。

 痛みに悶える日は数日続いた。

 

 あの整形外科のヤブ医者め。

 薬がなくなる前に文句を言おう、仕事を放棄し病院を訪れた。

 「薬が効きません、痛みがおさまりません、何とかなりませんか?」

 

 けわしい顔つきの医者が新たなる提案をする。

 「よしゃ、わかった、この薬で痛みはおさまるはずや、しばらく飲んでみてな」

 医者は数種類の薬を処方した。

 エース格の薬であろうか。

 

 ・ロキソニン

 ・ノイロトロピン

 ・トアラセット

 

 新しく処方された薬を飲むと、一時的に痛みはおさまった。

 だが、薬の効能が切れる頃になると、再び左脚が痛くなる。

 勤務中も夕方が近づくと、大人しく椅子に座っていられない。

 

 坐骨神経痛と格闘している最中に、珍客がやって来た。

 2023年1月中旬。

 左脚の太ももに軽い痛みが生じた。

 軽い筋肉痛であろうと思い、シップを貼ってしのぐことにした。

 シップの効能を感じられなかったことが気になったが、放置した。

 

 それからおよそ3日後、酷いめにあった。

 睡眠中に左脚の太ももの裏に激痛が走った。

 時計を見ると、午前2時頃。

 脚にこれ程の痛みを感じたのは生まれて初めてである。

 左脚を抱えるような態勢で夜は明けた。

 これが土曜の朝であり、医療機関は閉まっている。

 一歩も歩くことができない。当然、日曜も閉まっている。

 

 病院へ行かねばならぬが、何科を受診すればよいのか分からない。

 体の痛みといえば整骨院を連想するが、この痛みを抑えてくれるとは思えない。

 精神科、外科、内科、眼科、皮膚科、産婦人科、耳鼻科は消去法で選択肢から消えた。

 これは神経外科、整形外科の守備範囲らしいことが分かってきた。

 

 二日間、一睡もできずに月曜を迎えた。

 職場の近くに整形外科があるため、仕事をさぼって受診した。

 左脚の状態を詳細に医者に説明する。

 医者は「これは、坐骨神経痛やな」と判断した。

 人体模型のようなもので坐骨神経痛のメカニズムを教えてもらった。

 

 薬を処方され、ようやく痛みから解放されると思ったが、それは間違いであった。

 繁忙期が終わった。

 およそ一か月間、休みなしで朝から夜中まで働かされる。

 過労死ラインは軽く超えているだろう。

 事業主の体調不良がさらに拍車をかけた。

 

 仕事を終えて車を運転していると、歩行者信号が4人に見える。

 その4名の脚も複数に見えるため、走っているような感覚に陥る。

 乱視が進んでいるかと思いきや、朝は歩行者信号は1名で2本足である。

 精神と肉体に予想以上に負担がかかっていたようだ。

 

 過去2年間はコロナウィルスにより、期限が1か月延長されていた。

 今年は3年ぶりに原則の提出期限であった。

 今年の困った御仁を数名紹介しよう。

 

 期限直前に資料を持ち込む御仁。

 一年間の領収書を封筒に無造作に入れて持参する御仁。

 公的年金の源泉徴収票を紛失する御仁。

 経費が多すぎて、どうやって生活しているのか心配させる御仁。

 令和4年の控除証明書に過去の証明書を混ぜて持ち込む御仁。

 ふるさと納税に何十万円も費やす御仁。

 医療費にオットピンの領収書を入れる御仁。

 同じく、バイアグラの領収書を医療費にしようとする御仁。

 

 嗚呼、疲れた。

 本日は2023年1月7日。

 コロナウィルスの感染による死者が463名で、過去最多を更新した日である。

 

 このウィルスは京都の田舎でも蔓延している。

 隣の家に住んでいる家族が全員、コロナウィルスに感染した。

 おそらく小学生が学校から持ち帰り、室内で放出したものと思われる。

 同じ職場の御仁の長男も感染した。

 40度近い熱と咳、倦怠感で苦しんだという。

 医療機関に相談しても入院させてくれなかったようだ。

 

 昨年の第7波の影響であろうか。

 地方自治体が新規感染者数を公表しなくなった。

 保健所等の負担があまりにも大きいため、このような措置をとったのであろう。

 それに加え、政府は個人の行動制限を撤廃した。

 これらが要因となり、新規感染者と死者が増え続けているのかもしれない。

 

 保健所等に大きな負担がかかる怖れがあるが、市や町単位で新規感染者数を公表してもらいたい。

 どの程度、身近にウィルスが潜んでいるのかを明らかにすると、自主的にウィルスを回避する行動をとるだろう。

 

 現在、京都はコロナ前の様相を呈している。

 多くの外国人観光客が町中を歩いている。

 京都でウィルスに感染し、帰国した頃に発症する御仁は多く存在すると思われる。