「愛してる」と言うと
自分って善いことしてる、と
言ってる自分に酔ってしまいそう。
まさか
責められることなどないと
信じたくなります。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/08/yurushino/f9/46/j/o0640042714990666803.jpg?caw=800)
しかし
本当に「愛してる」が
役に立つのは、
言われる側が
言われて嬉しいときです。
言われて納得のいく
ときだけです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/08/yurushino/69/59/j/o0640042714990667656.jpg?caw=800)
ある映画の中で
少女が父親に話す場面。
「お父さん、私ピアノやめたい」
すると父親は
「高名な先生だから
やめることはできないよ」と
返します。
さらに父親は続けます。
「愛してるよ」
見ていて少女が
愛されてるように
見えませんでした。
父親は少女に
一方的にダメと言うだけで
彼女の気持ちも聞かず
ないがしろにしているからです。
少女は複雑な表情をして
その場面は終わります。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/08/yurushino/ec/a4/j/o0640042714990667976.jpg?caw=800)
習い事のピアノを
少女には何か嫌なことがあって
やめたいと言っています。
その「何か」は
少女にとっては
とても大切なものです。
少女にとって大切な
その「何か」を
父親も大切にしてくれるなら
父親は娘である少女を
言葉の通り「愛してる」ことに
なるでしょう。
しかし、その「何か」は
横に追いやられて
「高名な先生だから」という
父親の都合が優先されています。
あなたの大切なものは
大切にできない。
でも自分はあなたを愛してる。
言ってることと
やってることが
違うので、違和感あります。
それで、いくら
「愛してる」と言われても
嬉しい気持ちになるのは
難しいことでしょう。
納得もできずに
その後も気持ちは
もやもやし続けてしまいます。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210325/09/yurushino/aa/e4/j/o0640049514915532795.jpg?caw=800)
「愛してる」は
上下関係の上から下に
言う言葉ではありません。
「愛してる」から
何をやっても許される、と
ただの免罪符に
なり下がるかもしれませんから。
そんな状況で言われても
言われる側は
自然な納得ができず、
生き延びるために
無理に納得しようと
努力するかもしれません。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/09/yurushino/e0/2d/j/o0640042614990668654.jpg?caw=800)
対等な関係であれば
普段から互いに相手を
大切に扱いますから、
わざわざ「愛してる」なんて
言う必要がありません。
でも気持ちは
言わないと具体的に
相手に伝わりませんから
具体的に伝えたいときに
言いたくなります。
言われる側も
普段から大切にされてるので
相手の言ってることと
やってることが一致しますから
「愛してる」って言われたら
受け取りやすいし、
なにより嬉しいし、
自然に納得もできます。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/09/yurushino/89/2e/j/o0640042714990670199.jpg?caw=800)
「愛してる」って
気軽に使えそうだけど
取扱い注意な言葉です。
使うときには
言われる側の納得も
感じた上で使いたい言葉です。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/09/yurushino/5a/38/j/o0640042714990669849.jpg?caw=800)
お読みいただき、
ありがとうございます。
プロコーチ8年目、常楽でした。
《関連記事》
・課題を分離できると、対等になれる
・愛してる、禁止
・愛されるにふさわしい自分の要件は、まず自分が愛する側にいること。
・より愛する。それは「愛さない」を知るとできる。
・夫婦の対等は、行動しないと手に入らない
・一緒に楽しくなりたければ、上下関係より対等を選ぶ
・本当に安心できるのは、支配ではなく対等な関係
自分って善いことしてる、と
言ってる自分に酔ってしまいそう。
まさか
責められることなどないと
信じたくなります。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/08/yurushino/f9/46/j/o0640042714990666803.jpg?caw=800)
しかし
本当に「愛してる」が
役に立つのは、
言われる側が
言われて嬉しいときです。
言われて納得のいく
ときだけです。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/08/yurushino/69/59/j/o0640042714990667656.jpg?caw=800)
ある映画の中で
少女が父親に話す場面。
「お父さん、私ピアノやめたい」
すると父親は
「高名な先生だから
やめることはできないよ」と
返します。
さらに父親は続けます。
「愛してるよ」
見ていて少女が
愛されてるように
見えませんでした。
父親は少女に
一方的にダメと言うだけで
彼女の気持ちも聞かず
ないがしろにしているからです。
少女は複雑な表情をして
その場面は終わります。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/08/yurushino/ec/a4/j/o0640042714990667976.jpg?caw=800)
習い事のピアノを
少女には何か嫌なことがあって
やめたいと言っています。
その「何か」は
少女にとっては
とても大切なものです。
少女にとって大切な
その「何か」を
父親も大切にしてくれるなら
父親は娘である少女を
言葉の通り「愛してる」ことに
なるでしょう。
しかし、その「何か」は
横に追いやられて
「高名な先生だから」という
父親の都合が優先されています。
あなたの大切なものは
大切にできない。
でも自分はあなたを愛してる。
言ってることと
やってることが
違うので、違和感あります。
それで、いくら
「愛してる」と言われても
嬉しい気持ちになるのは
難しいことでしょう。
納得もできずに
その後も気持ちは
もやもやし続けてしまいます。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210325/09/yurushino/aa/e4/j/o0640049514915532795.jpg?caw=800)
「愛してる」は
上下関係の上から下に
言う言葉ではありません。
「愛してる」から
何をやっても許される、と
ただの免罪符に
なり下がるかもしれませんから。
そんな状況で言われても
言われる側は
自然な納得ができず、
生き延びるために
無理に納得しようと
努力するかもしれません。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/09/yurushino/e0/2d/j/o0640042614990668654.jpg?caw=800)
対等な関係であれば
普段から互いに相手を
大切に扱いますから、
わざわざ「愛してる」なんて
言う必要がありません。
でも気持ちは
言わないと具体的に
相手に伝わりませんから
具体的に伝えたいときに
言いたくなります。
言われる側も
普段から大切にされてるので
相手の言ってることと
やってることが一致しますから
「愛してる」って言われたら
受け取りやすいし、
なにより嬉しいし、
自然に納得もできます。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/09/yurushino/89/2e/j/o0640042714990670199.jpg?caw=800)
「愛してる」って
気軽に使えそうだけど
取扱い注意な言葉です。
使うときには
言われる側の納得も
感じた上で使いたい言葉です。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20210823/09/yurushino/5a/38/j/o0640042714990669849.jpg?caw=800)
お読みいただき、
ありがとうございます。
プロコーチ8年目、常楽でした。
《関連記事》
・課題を分離できると、対等になれる
・愛してる、禁止
・愛されるにふさわしい自分の要件は、まず自分が愛する側にいること。
・より愛する。それは「愛さない」を知るとできる。
・夫婦の対等は、行動しないと手に入らない
・一緒に楽しくなりたければ、上下関係より対等を選ぶ
・本当に安心できるのは、支配ではなく対等な関係