相手に乗っかると
目線が高くなって
遠くまで見渡せて
気持ち良い。

そんな快楽が欲しくて
相手に上から接したくなる。

口実は
「守る」
「教育する」
「あなたのため」

これじゃ、相手は楽しくない。



対等な関係は
高さでいえば、同じ高さ。

同じように見えるし
同じように見えない。

立場に差がないから
どちらが魅力的か?など
優劣つけようとしても、できない。

だから対等だと
相手の方が楽しいからと
嫉妬したりねたんだりすることに
意味がなくなる。

手を伸ばせば同じものが手に入る。
そんな状況だと
一緒に楽しくなるのは
たやすいことになる。



上下関係だと
下が上を支える。

例えば、
上が「善」なら
下が「悪」となる。

上が「優秀」なら
下が「劣悪」となる。

上でいればいるほど快楽が増え
下でいればいるほど快楽は減る。

上は魅力的だから
ついつい上を取りにいってしまう。




先輩
上司
教師
監督

「上」と見られやすい立場。



後輩
部下
生徒
チームメンバー

「下」と見られやすい立場。



上から
よくやりがちなのが
「叱る」
「罰を与える」
「脅す」
この3つ。

お互い苦しくなる一方なのに
その場しのぎに
ついついやってしまう。



「ちゃんと言うことききなさい」

「罰として〇〇な」

「今度できなかったら〇〇だぞ」

言った人は
「善いことしてる」という快楽を感じる。

それを「教育」とか
「使命感」とか
「お前のことを思って」とかに
すり替えたりすることも、ある。



言われる側は恐怖を感じ、
本来の目的の達成なんかより
その恐怖を解消したくなる。

一時的に「上からの人」に従順になる。

本来の目的達成が後回しになるため
また同じようなことを言われるサイクルが
繰り返される。

こんなサイクル、楽しくない。



一緒に楽しくなりたいなら
対等に接する方が、簡単だ。

同じ高さから「提案」し
「協力」をお願いしてみる。

そして、相手の話をよく聞く。

「〇〇は危ないと思うから
変えてくれると、私は安心できるかも」

「〇〇を〇〇にしてくれると、嬉しいです」

言われて受け取りやすい感じ。



相手の行動の最終決定権は
相手自身にあります。

それを大切に扱う感じ。

「お前は〇〇しなければいけない」
「〇〇しないと罰を与えるぞ」
「〇〇するとどうなるかわかるか?」
なんて否定する伝え方になると、
相手は受け取りにくくなる。



中学校の頃、
不登校になった時期があります。

遅刻すると教師に殴られるが
休むと殴られない、とわかって
遅刻するなら休んでしまえ
と思ったわけです。
(遅刻の方がやる気あるのに)

親も体調が悪いなら
休むことはしかたがないと
思っていたので
好都合でした。



親は「学校には行くべき」と
信じていました。

そこに「私の納得」は
入っていません。

どうして学校に行きたくないの?
と親に訊かれて
初めは正直に答えました。

「遅刻すると殴られるから」
「教師に殴られたくないから」

すると親は
「お前がちゃんとしてれば
先生は殴らないよ」
と教師の味方となる。

さらに
そんなことは
病気でも怪我でもないのに
学校を休む理由にはならない、と。

私の最終決定権は
ないがしろにされてる状況。
全部上から。

そうして、
どんどんふさぎ込む。



正直に話しても通じないので
体温計いじって37.6℃くらいにして
休み続けました。

そうして2週間くらい経つと
学校から担任教師が家に来ました。

担任は温厚な人だったので
蹴る殴るはないだろうと思っていたけど
他の教師に知れたら
何されるかわからない。
どうなるんだろう!?



すると意外にも
担任は横から接してくれました。

「休んでて、どう?疲れとれた?」

「ゲームとか好きなことやって
気が済んだら学校にも来てね」

私の最終決定権が
私にあると扱ってくれてる感じ。

普段はありえないような
対等を感じる時間でした。



話を聞いてもらう、という体験が
日常にない私にとって
話を聞いてくれる大人がいることは
驚きでした。

自分の興味のあることを
親に話すと
親は私の話を聞かずに
すぐ自分の話を始める。

だから興味のあることを
大人に話すことはまずありません。

それを一時的にでも
大人に聞いてもらえるとは
青天の霹靂です。

一瞬でしたが
心の底から笑えた時間でした。



強く言って
相手を従わせるのは
一時的に有効に見えます。

しかし
その強さに慣れた相手を
さらに従わせるには
さらに強く言う必要があります。

そうして強度を増していくと
お互いに苦しさは深まって
いきますね。



相手と一緒に
笑ってすごしたいなら
上下関係よりも
対等な関係になろうと
接する方が、簡単ですね。




お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ8年目、常楽でした。



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