こんにちは。

『花は咲く、修羅の如く』
いよいよドラマ作りに
入っていきましたね
冬賀くんが生き生きしていて
いいですね
冬賀君推しな私です
今回は
そんな冬賀君を分析します
第7話 冬賀君は冷たくわがまま人?
冬賀君は
Nコンでの
アナウンスも朗読も出ない!
と言いきり
本当は「読み」をやりたくないけど
やることにした
箱山先輩にも
『いや むしろ
冬賀くん自我が
強すぎなんですけど!』
って言われている
そして
秋山君の作った脚本の
「こうだい役」を
薦められるも
『俺はやんねえぞ!』
と断ったり
やりたくないことを
やらされている人から見たら
わがまま
と言われてしまうかもしれません
でも
冬賀くんは
人に言われて
行動を決めるのではなく
自分の行動を
自分で決めている
相手を困らせるから仕方なくやる、とか
相手に認められたいからやる、とか
相手に褒められたいからやる、とか
ではない
行動の基準が
相手ではなく自分
なのですよね
特に
自分の好きがアクセルであり
ガソリンであるのですね
これからの時代には
こういう生き方が
幸せだと私は思うのです。
悪く言えば
わがままですが
よく言えば
自分軸です
自分の行動を
自分で決める
それが冬賀くんです
かっこいいですね!
そういう冬賀くんに対して
『いやほんとに僕は
そういうのは向いてないし・・・』
『善処はしますけど
期待はしないでくださいね』
と押し切られた形で
「こうだい役」を引き受けた秋山くん
練習の際に
『秋山 お前
演技 下手くそだな!』
と瑞稀に言われ
『やるつもりはない
って言った僕に
キャストを押しつけたのは
冬賀くんだよね』
と笑顔で冬賀くんのせいにした秋山くん
秋山くんの中では
やらされている感覚だったんですね
自分がやらされている感覚だと
どうしても
誰かのせいにして
逃げたくなります
誰かのせいにしたくなった時は
自分はどう思っている?
やりたいと思ってる?
本当はやりたくないのに
無理やりやってる?
というふうに
自分に問いかけてみると
自分でやるって決めたんだった
って思えます
冬賀くんは言ってます
『でも引き受けたのはお前だ。
効率よく生きたい
って言うくせに
放送部に入ったのも
脚本も書いてくれたのも
役者をやっていいと思ったのも
全部お前だ。』
と秋山くんに
自分で選んで行動しているんだ
ということを
伝えます
それは
冬賀くんが
自分で選んで行動する人だから
そして
人との境界線を
しっかりひいているんですね
決めたのはあなただと
周りが何を言おうが
決めるのは自分だと
ちょっと冷たいと
感じるのも
境界線がはっきりしているから
例えば
花奈のに対して
『あんた』って言う
距離をとっている感じがして
それが冷たく感じる
花奈が杏ちゃんと
友達になりたい
って部の仲間に話している時も
『知らねえけど』と
どの考えがいいとか悪いとか
そう言うことは
自分で考えろ的な一言
って言う
『知らねえけど』
それでも
『まあやってみればいいんじゃね?
あんたがやりたいなら』
と背中を押してくれたりもした。
一見冷たくは見えるけど
境界線をとっていて
自分のことは自分で決める
っていう生き方をしています
冬賀くんは
いつも笑顔で話す秋山くんに
『普段からうさんくさい
いい子の芝居してんじゃねえか』と。
自分を生きている冬賀くんからしたら
秋山くんが
芝居に見えるんですね。
鋭い。
秋山くんに
『俺 この(こうだい)役は
お前がやったほうがいいと思う』
と言ったのも
秋山くん自身が向き合うことだ
っていう意味で言ったんでしょうね
『こうだいから逃げるな』
と秋山の心の成長も
背中を押す
鋭くて
自分軸で
境界線がはっきりあって
冷たくもあるが
それが
優しさであったりする
そんな冬賀くん
その関わりの中で
成長していく秋山くん
秋山くんはさらに
仲間との芝居を通して
家を出て行ったお姉さんへの
自分の本当の気持ち
に気づき
お姉さんからのメッセージに
返信をして
5年ぶりに会いに行くことを決めた
『ずっと効率的に生きろ
って言われてきたし
僕も
それが正しいと
思い込もうとしてた
そんなの無理だったよ』
自分の気持ちに
正直になって
自分で生きようと
し始めた秋山くん
第7回は秋山くんの成長が見られた回
でもありましたね!
人は人と関わり合って生きていて
自分以外の価値観を知ることで
時には
グッと
心を鷲掴みされ
背中を押されたり
踏み込んだりしながら
傷つきもするだろうが
成長していくんだなと
思いました。
素敵なアニメです!
【結論】
冬賀くんは自分軸で境界線がしっかりある
成熟した人
カッコいい!!
最後まで
お読みくださり
ありがとうございました!


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