何かしっくりこない感じ
何かしっくりきません。あまり細かい事は書きませんが、
何となくしっくりきません。
最近イライラも多いです。
そんな折に久し振りに自分がブログに書いた事を振り返ってみました。
30代の目標: 周囲を率いて成功体験を持つ。
その為に、以下3つの目標を立てました。
1)レスポンスに気をつける
2)笑顔を忘れない
3)周囲の状況・感情に留意
しっくりこない場合は、自分に責任があると思うようにしたいです。
人間は感情の動物。先ずは相手を好きになる事。
そしたらよっぽどの事が無い限り、相手も好意を持って接してくれます。
最近のイライラは僕が3つの目標をそれほど守れていないため
かもしれません。仕事の忙しさにかまけて、ちょっと自分を見失った感が
ありますね。もう、1回原点回帰です。
応援宜しくお願いします。
遙かなるクリスマスの本
前回エントリーで紹介したさだまさしの「遙かなるクリスマス」。
この絵本を買ってみました。この絵本は、ある編集者が曲の歌詞を
読み深く感動し、是非絵本にして中学生、高校生に読ませたい、との
想いから出版された本だそうです。
前半は世界各地の風景(恐らくクリスマスでしょうか?)に歌詞が印刷され、
後半はさだまさしのメッセージが綴られています。
このメッセージはすごく良いので、是非買って読んでみてください。
1つだけ、さだまさしからの問いかけを記します。
「あなたの大切な人の笑顔を守るために、あなたは何をしますか?」
この絵本を出版に漕ぎ着けた前段の編集者の方の、その後です。
彼は絵本の出版後、白血病で亡くなったそうです。42歳の若さで。
さだまさしはこう結びます。
「通夜の席でまだ父の死の意味も分からない3歳くらいの彼の
幼い遺児の笑顔を見ながら、僕は涙を拭った。そうか彼は
息子の未来のために父親のメッセージとしてあの本を作ったのだ。
生きてくれ、生きてくれ、生きてくれ、という叫びは彼の心の叫び だったのだ」
合掌。
遙かなるクリスマス by さだまさし
http://jp.youtube.com/watch?v=p0p_YpW0qT8&feature=related
初めて、この曲を聴いた。何の理由もない。
でも本当に考えさせられた。
自分の視線があるべき自分の視線から随分と
ズレてしまってきていることに。
このブログを振り返ってみた。このブログは自身の鏡として書いている。
つまり僕の視線、心のありようを書いている。
この曲を聴いて、僕は自分の視線が自分の事ばかりに
向いていることに気付いた。
この曲にこんな下りがある:
「メリークリスマス
二人のためのワインと それから君への贈り物を抱えて駅を出る
メリークリスマス
携帯電話で君の弾む声に もうすぐ帰るよと告げた時のこと
メリークリスマス
ふいに誰かの悲鳴が聞こえた 正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース
メリークリスマス
僕には何も関係ないことだと 言い聞かせながら無言でひたすらに歩いた
メリークリスマス
僕達のための平和と 世の中の平和とが少しずつずれ始めている
メリークリスマス
誰もが正義を口にするけど 二束三文の正義 十把一絡げの幸せ つまり嘘
メリークリスマス
子供の瞳は大人の胸の底を 探りながらじわりじわりと壊れてゆく
メリークリスマス
本当に君を愛している 永遠に君が幸せであれと叫ぶ
メリークリスマス
その隣で自分の幸せばかりを 求め続けている卑劣な僕がいる
メリークリスマス
世界中を幸せにと願う君と いえいっそ世界中が不幸ならと願う僕がいる
メリークリスマス
僕は胸に抱えた小さな 君への贈り物について深く深く考えている」
僕が未だもう少し若かった頃、世の中の大半の人たちが冷たく見えた。
いつも守りばかり。いつも自分と自分の周りのごく一部の幸せだけを
考えている。僕は、もうちょっと世の中の事、正義について考えていた。
一千万と言えど我行かん、だった。
今の自分は自分の一日の振り返りばかり。もっと世の中のことに純粋に
考える余裕が無くなってしまっていた。そして愚痴の繰り返し。
自分の幸せのみに視線が向き、世の中の幸せに目が向いていない。
世の中にはもっと苦しんでいる人たちがいる。
人種差別、飢餓、病気、戦争で家族を失った人々、そして親に見捨てられた子供達。
僕の志って何なんだろうか?ビジネスに打ち込む事、スキルを磨く事、
起業して自分の夢を追うこと。それらは重要な事だけど、僕の志だろうか?
それらは僕の志ではなく、単なる実現のための手段だと思う。いや、そう思っていた。
自分や家族の幸せは勿論大事。でも、僕はもうちょっと大きな志を持っていなかったか?
純粋に世の中の不条理に怒り、純粋に困っている人達を憐れみ、助けようとしてなかったか?
いつから人のために泣けなくなってしまったんだろうか?
いつから人のために泣こうとしなくなってしまったんだろうか?
いつから僕には何も関係ないことだと 言い聞かせながら無言で
ひたすらに歩くようになってしまったんだろうか?
僕はもうちょっと精神的な気高さを持っていなかったか?
僕はもうちょっと自分のことを好きでなかったか?
この曲は怠惰になってしまった僕の心をほんの少し、昔に引き戻してくれた。
終戦記念日~東条英機の手記~
昨日は残業で疲れきり、一日遅れで終戦記念日を振り返りたいと思います。
で、いきなり東条英機の手記にプッチンしました。
僕はこの手記を見るまでは、東条英機は彼なりに当時の時勢の中で、
必死に生きていたんだろうと思ってました(戦争責任の有無は別にして)。
ただ、この手記を見て、大変がっかりしましたし、何の罪もなく死んでいった人たちに、
言いようのない無念を感じました。
曰く、敗戦の原因は「敵の脅威におびえ簡単に手を挙ぐるに至るがごとき
国政指導者及国民の無気魂」と断じます。レベル感は全く違いますが、
倒産した会社の社長が倒産の原因を「従業員が働かないから」と言うに等しいです。
自分の愚かな決断で、戦争を始め、自分の愚かな政治運営のせいで
国民に負担を強い、あまつさえ多くの死者を出し(この中には戦闘力のない
女・子供も多く含まれてます)、最後に及んで、敗戦の責任を国民に
押し付けるこのメンタリティー。
これだけではありません。手記では自決する決意を述べる傍ら、
家族をよろしくと言い残したりしてます。勿論、家族は大事ですが、
その前に気に病むべき大勢の人たちがいるだろ、と思います。更に
連合国側の官憲が自宅へ来て逮捕するまで生きていた彼は、
拳銃自殺を図ったものの、失敗して身柄を米軍に押さえられ、
東京裁判にのぞんだ、というオマケつき。
日本の指導者がこんな小者だったとは情けない限りです。
ただ日本だって、間違った人間を指導者に選んでしまったということは、
これからもずっと忘れてはいけない事だと思います。
「指導者のレベルは、それに従う人間のレベルに比例する」
厳しい言葉ですが、これは事実だと思います。
国は違いますが、ヒトラーを選んだのは当時のドイツ国民だと言うこと。
勿論、当時の日本は軍部の独裁でした。民主選挙も凍結。
でも、その流れを許してしまった責任は60年以上たった
僕らの世代でも、しっかり認識し続けたいことです。
民主主義が「輸入」され、まがりなりにも自由選挙がある。
終戦記念日という日に、その事を強く意識しました。
仕事とチームワーク
先日のエントリーに書いた通り、ホームページの製作を今してます。
で、昨日の途中までは結構快調だったのですが、本日スタックしました。
htmlというのは結構複雑系で、ある人が書いたソースは結構クセがあり、
結構適当に書いたソースだとアップデートした時に、えらい大変な目にあいます。
僕はDream WeaverとHome Page Builderというソフトを併用しているのですが、
Home Page Builderは間違ったソースを見つけると、自動的に修正するそうです。
今回ハマッたのは、その部分。僕がテキスト文書や画像を入れ替えたりすると、
ソース自体の間違いをソフトが勝手に修正してしまい、結果として
文字や画像がズレて表示されるという現象が多発しました。
こうなるとソース自体を見て、修正する必要があり、素人の僕はもうお手上げ。
で、ここで周りの人の助けが有りました。僕の会社はシステム開発部隊を持っており、
Webデザイナーやプログラマーがいます。この人たちに見てもらい、
何とか解決方向に向かいました(でも、この人たちでも数時間かかったので、
素人にはちょっと手が出ない問題だったようです)。
こういう時に、やっぱ仕事って1人じゃ出来ないよな~、と実感します。
特にMBA上がりのコンサルって、ゼネラリストである傾向が強いため、
意外につぶしが利かないケースがあります。僕はITに疎いため、
こういう時には、本当にIT系の人たちの凄さに舌を巻きます。
仕事はチームでやるもの。但しGive & Takeの言葉どおり、
先ず与える事。与えるものが無い時は、モノを頼む態度を取る事。
こうしていれば、周りの人たちは結構助けてくれると思います。
今日の出来事は鼻っ柱の強い僕に、良い意味でチームワークや
謙虚さ、人間関係の大切さを教えてくれたような気がします。
女子バレー2勝目
ポーランド戦、何とか勝ちました。
フルセットの接戦で首の皮一枚、と言う所でしょうか。
まあマスコミは提灯記事でしょうが、僕は2つの点で不満です。
① 相変わらず、つまらないミスが多い
例えばラリーが続き、相手のミスや日本のブロックの奮闘で
チャンスボールが回ってきた時、セッターにつなげる
何でもないボールをミスってしまい、結果として竹下の
トスが乱れ、スパイクを止められる、みたいなケースが多かったです。
今日勝てたのは、正直言ってポーランドが日本を上回るミスを重ねた、
この一点に尽きるような気がします。すごいアタッカーがいる反面、
あの国は荒すぎる。
強豪国になればなるほど、つまらないミスをしなくなります。
勝負の分かれ目はいかにミスを減らすか、にかかっていると思います。
徐々には良くなってきていると思うので、この調子で頑張って欲しいです。
② フルセット戦った事で、体力が消耗された
五輪のような短期決戦では、全体を見据えたストーリーが必要だと思います。
で、ピークを持っていくところを調整すると思うのですが、
今日フルセット戦った事で、間違いなく今後きつくなります。
特に2セット先取してからのフルセットなどで、相当疲労が溜まっていると思います。
別に予選リーグで感動的な勝利は要りません。決勝トーナメントに進めば、
嫌でも接戦になるのですから。勝てるときに、素早く勝つ。すごく重要だと思います。
最後に、TVに吉原が出てました。よく見ると、B'zの稲葉に似ているような・・・
ホームページ製作
今のクライアントのホームページを製作をしてます。
企画ではありません(勿論、企画からやってますが)、
製作です。経営コンサルタントという立場はどこへやら、
便利屋として酷使されています。勿論ホームページの製作など
初めての経験です。
一般的に経営コンサルタントとは経営戦略の立案の
お手伝いをする仕事です。まあ、世の中のイメージとは
表裏逆で地味な仕事ですが・・・
実際に事業計画など、戦略も当然やってますが、最近の仕事は
卑役も多いです。
でもそれがベンチャー経営だとも思ってます(思うようにしてます)。
人的リソースが圧倒的に不足しているため、1人何役も出来なければいけません。
そしてそれこそが汎用性の高いスキルの向上に繋がると思ってます。
実際ホームページは確かに地味ですが、今のご時世、
このレベルが低いと企業のイメージが決定的に損なわれるのも事実。
またホームページとは企業の広報戦略の一環でもあるため、
その部分との整合性の確認など、色々検討すべきところはあります。
またこう言う経験が出来るのも今の内、と言うのも事実です。
今は自力をつける時期。様々な企業活動の側面を見ることで、
また1つ1つの作業に意義を見出す事で、必ず自分にとって
将来の引き出しとなるような気がします。
1つ1つの作業、経験に意味付けをしていくこと。
そして1日1日を大事に生きること。自分がコントロールできる事に妥協しないこと。
最後にその過程において、出来る限り多くの味方を付けること。
それこそ「とんでもない所にたどり着く唯一の道」ではないでしょうか。
気を引き締める
久し振りに仕事の話です。
最近、慣れてきたせいか、はたまた単にクライアント先が
お盆休みで気が緩んでいるのか、ちょっと精神的に甘えが出てきてます。
良い例が愚痴。過去2ヶ月間は愚痴一つ言わず、黙々と仕事に打ち込んできました。
それがYさんにも、クライアントにも、職場の同僚にも好感を持ってもらえた理由の
1つのような気がします。でも最近、上司に在りのままの現状を報告した際、
「まあ、言っている事は結構良く分かります」みたいな事を言われ、
安心したのか、愚痴が加速度的に増えてきてます。
これは危険なシグナルです。未だ僕の身辺が落ち着いてもいないのに、
この状態ではマズイです。で、問題の根幹にあるのは最近謙虚さが無くなって来た
様に思えます。MBAの先輩のTさん(某ベンチャー企業社長)はこう言ってました。
「僕の知っている成功している人たちって皆謙虚ですよ」。
最近弛みがちな自分の耳に痛く響きます。
プライドとエゴは違う。謙虚さを復活させ、また明日から走り始めたいと思います。
オグシオ2~残念なニュース~
昨日、オグシオの事を書きました。
一夜経ち、残念なニュースを見ました。
本人達ではなく、会場での出来事です。
以下に記事を引きます:
”「シャーッ! シャーッ!」。中国選手がスマッシュを打つたびに、
中国人の大応援団から、敵を威嚇する獣のような声が起こった。
漢字を当てると「殺!殺!」。本来はスマッシュの時のかけ声は
「扣殺(コーシャー)!」がフェアな応援なのに、オグシオにむけて
会場全体で一糸乱れず「殺せ!殺せ!」の大合唱をしていたのだ。
「殺せ」の引き金は、この試合よりも前に行われた女子ダブルス準々決勝。
末綱・前田組が、世界ランク1位で第1シードの中国組を下す金星を挙げた。
その報復として、中国人応援団が大挙してオグシオ2人に大ブーイングをしたのだ。
中国側も北京五輪にむけて応援に関して「横断幕や国旗を振り回すことを厳禁」
とする教則本を出したが、どこ吹く風。会場のあちこちで中国国旗が振られ、
赤いシャツを着た中国応援団があちこちに陣取っていた。
そして、「殺せ! 殺せ!」である。とても五輪とは思えない光景だ。”
非常に残念なニュースですよね。
スポーツと言う場で、しかも4年に1度の祭典でこの様な非人道的な態度は
本当にがっかりです。
僕は以前のエントリーにこう書きました。
”五輪開催は一流国家への登竜門だとすれば、それは国民のメンタリティーも
同時に試されていると言うこと。例えば日本に対するブーイングしかり、
自国選手に対する過剰な応援しかりです。
五輪がかくも世界的な注目を浴び続けてきたのは、「健全なナショナリズム」と
「国境を越えた感動の共有」の2つを同時に内包していたからだと思います。
中国の人たちは北京五輪を機に、経済力のみならず、国民性の高さでも
世界の一流であることを証明して欲しいと思ってます。僕はどちらかというと
中国好きの人間なので尚更願ってます。”
発展途上にある国は往々にして、国威発揚が間違ったナショナリズムを
誘発するきらいがあります。例えばソウル五輪のときも、似たような
過激なナショナリズムが見られました。
「健全なナショナリズム」は五輪の醍醐味です。でもこの様な間違った
応援は「国家の品格」が問われます。五輪に参加する人たちは
すべからず常人の何倍もの努力をして、晴れの舞台に参加するわけです。
そうした人たちが織り成す「国境を越えた感動」も同時に五輪の醍醐味なのです。
自国の選手を応援することと、類稀な才能と不断の努力で晴れの舞台に立っている
選手に対して敬意を表すること。その2つは完全に同期できるはずです。
中国の人たちは今一度、この原点に立って、北京五輪を成功に導いて欲しいと思います。
個人的には中国が好きです。だからこそ尚更キッチリやって欲しいです。
オグシオ
負けちゃいましたね~オグシオ。
個人的には美人過ぎないけど可愛い、
普通そう、小椋が怪我した時でもコンビ解消しない、など
結構好感を持ってました。
と言っても実際に試合を見たのは北京が初めて。
写真よりも全然可愛い。小椋は日本美人タイプ。
出っ歯が若干惜しいですが、涼しげな目許が好感持てます。
あと多分、この人は性格が真面目そうですね。
一方の潮田は可愛いタイプ。性格も図太そうで、
小椋と良い対比がきいたコンビそうですね。
個人的には負けた後の潮田の笑顔がすごく良い印象を持ちました。
負けて悲壮感も状況により良いですが、負けて爽やかも良いと思いました。
オグシオ、好感度高いです。
特に中国の親父ヘアのペアと対戦すると、その好感度は100倍に・・・
あの髪型は反則だろ~ たまに近所のおばちゃんでもいますよね。