うみパパのブログ
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上流階級 富久丸百貨店外商部Ⅱ 高殿円 小学館文庫

富久丸百貨店芦屋川支店外商部に勤務するアラフォーの鮫島静緒の活躍を描く続編。

 

得意先の娘が海外で買い物がしたいというのでパリへのショッピングツアーに同行したり、静緒が開拓した上得意の反社の奥さんが二度目の妊娠を機に妾生活に終止符を打つことを決意し、別れた後の生活が成り立つように換金性の高い買い物を進めたり、など活躍する。

私生活では高級マンションで計らずもルームシェアしていた桝家との関係が周知となりいよいよ外商部からの異動を覚悟するも静緒が温めていたお得意様の子弟のお見合い旅行の企画の斬新性が認められ外商部に留まることになる。

 

外商部の華やかなところだけでなく厳しい面にも目を向けたのが続編の特徴でしょうか。

静緒が憧れるスーパー外商員の葉鳥さんはゲイの桝家にとってもいろいろな意味で憧れの存在であり、どうも二人が格安で借りている部屋も葉鳥さんのものであるらしい。

おそらくその辺が続々編で描かれるのではないでしょうか。

黒髪の月 澤田ふじ子 光文社文庫

『黒髪の月』『ひとりの側室』『花の絵』『蜜柑庄屋・金十郎』『十寸神』『青玉の笛』を収める短編小説集。

 

『黒髪の月』は、病弱な夫の世話をする女と不倫関係になった下人が処刑された遺体を紛失するという失態をおかすと女はためらいなく夫を殺してその遺体をの補填にするように指示する。

『ひとりの側室』は、殺生関白といわれた豊臣秀次が秀吉の逆鱗に触れ処罰され、妻妾子どもなど一族が三条河原で処刑される。

『花の絵』は、狩野派の絵師として大成を期していた宋与だが妻が病で薬代に事欠き、それを知った画商がその腕を見込み宋画の贋作を依頼、宋与は自分の贋作と手本とした本物をひそかに入れ替える。

『蜜柑庄屋・金十郎』は、江戸時代後期に南知多の貧しい農村の庄屋が数々の困難に直面しながら蜜柑栽培による振興を志す姿を描く。

『十寸神』は、室町時代に一族が籠城する中許嫁を捨てて逃げて能面を打つ男の物語。

『青玉の笛』は、遣唐使として唐に渡るも帰りの船が難破して帰船を待って唐に残るも亡くなってしまった日本人の忘れ形見の娘が困難の末帰国するまでを描く。

 

短編とはいえごく短いものから中編と呼んだ方がいいものまで様々です。

『蜜柑庄屋・金十郎』は、本書の中で最も長い力作で、貧しい村を救うために私財をなげうって蜜柑の植樹に尽力するも、その日の貧しい生活から逃れられない村人からは全く理解されずに弾劾され村八分に合ってしまうという理不尽な庄屋の生涯を切々と描いています。

著者はなかなか巧みな物語作家だと思いました。

けものたちは故郷をめざす 安部公房 新潮文庫

久木久三は満州の北部で終戦を迎えるも孤児となり2年7ヵ月間ソ連の兵士と現地に留まっていたが日本を目指して逃走する。

乗った汽車が軍に襲われ汽車で知り合った高と名乗る得体のしれない男と徒歩での彷徨が始まる。

高は凍傷にかかり久三がその指を切り落とすなど凍てつく冬の満州の大平原での逃避行は苛烈を極めるが何とか国府軍のいる街にたどり着く。

高は大量の麻薬を身に着けており、それを久三に託して姿を消すが久三もみぐるみをはがれてしまう。

最後に久三は日本行きのおんぼろ船に乗ることができるがそこで久三を偽称していた高と会い二人して拘束されてしまう。

 

終戦後の満州からの逃亡を主題とした小説は藤原ていの『流れる星は生きている』や帚木蓬生の『逃亡』などの名作があり一つのジャンルを築いているといってよいだろう。

その中でも久三たちの逃避行は厳しい自然、飢えと渇き、二人の間の関係性の変化が細かく描写されていて秀逸といえる。

安部公房の比較的初期の作品で、常識の範囲を超えた不思議、不条理を描いた作家の作品の中では異彩を放っており物語として普通に面白かった。

一流の作家は多彩な引出しをもっていてそれを高いレベルで実現できるということですね。

藤井聡太はどこまで強くなるのか 谷川浩司 講談社+α新書

副題が、名人への道。

第一章 最高峰を極める、第二章 王道の将棋、第三章 過酷な戦い、第四章 「打倒藤井」戦略、第五章 史上最年少名人への道、第六章 巨星の軌跡、第七章 最前線の攻防、という構成で将棋の藤井聡太八冠の強さについて17世永世名人が解説する。

 

本書が書かれたのが2022年の藤井聡太5冠の時代です。

将棋のタイトルで一番の伝統のある名人位にはまだ届いていませんでした。

著者は当時の名人襲位の最年少記録を持っていて、藤井が名人への挑戦権を得るためのA級順位戦に初めて昇級したタイミングでした。

この昇級一年目で順位戦に優勝してタイトル戦に勝たなければ最年少記録更新には届かないというギリギリのタイミングです。

本書を読むとA級の順位戦で優勝することは容易ではないことが理解できます。

それでも著者は優勝して最年少記録を更新する可能性がかなりあることを記しています。

その辺のところは藤井の強さを熟知したプロならではの見立てでしょう。

 

後半は今までの名人戦で活躍した強豪たちを紹介しています。

今までの将棋の歴史を振り返っても藤井の実力は一時代を築いた数少ない天才棋士たちと比肩するところまで来ているように見えます。

歴史的な現場に立ち会っているといえそうです。

婚姻の話 柳田国男 岩波文庫

「家を持つということ」「子無しと子沢山」「女の身すぎ」「よばいの零落」「錦木と山遊び」「出おんな・出女房」「嫁盗み」「仲人及び世間」「婚礼の起源」「聟入考」という構成で、日本の伝統的な婚姻について民俗学的に考察しています。

 

これら一連の作品というか論文が発表されたのが昭和初年から戦後すぐの時期にかけてのものになります。

日本の家制度を考えた時に婚姻というのは非常に大きなトピックであり、民俗学としては最重要課題の一つと位置付けることができると考えられます。

おそらく明治大正期の日本の農村漁村での婚姻の風習を調査したものと思われます。

殊に離島での風習などは江戸期からほぼ連続して継承されてきたものでしょう。

当時は基本的に大家族ですので一家の主婦(刀自)は大きな権力を持っていましたし、働き手としても大いに頼られていましたので男尊女卑のような都市部での価値観とは大きく違っていたことが分かります。

若い男女が一つ屋根の下に集団で生活するような例や男性が若い女性の家による訪れる例、その反対のケースなど様々な形態が紹介されています。

 

かなり閉ざされた濃厚な人間関係があり、そうしないと持続していけなかったのだろうと思う。

柳田の報告は聞き書きのようなところが多分にあり、それは彼が高級官僚上がりの大家であったこともあろうかと思う。

宮本常一の体を張った報告分に比べると少々おとなしく上品でリアリティに欠けるきらいがあるように感じられた。

上流階級 富久丸百貨店外商部 高殿円 小学館文庫

鮫島静緒は富久丸百貨店芦屋川店の外商部に配属された。

元々洋菓子の専門学校を出て洋菓子の店の営業をやっていたが富久丸百貨店に営業で入ったのがきっかけで富久丸百貨店の食品部に中途入社したのが37歳での抜擢人事だった。

芦屋六甲の上流階級の多くを顧客に持つ伝説の外商員の葉鳥さんが早期退職するというのでその穴を埋めることができるか私権配属の形で静緒は持ち前のガッツで失敗もしながら外商員として成長していく。

 

百貨店の外商部は店の売り上げの30%を占めるともいわれ店の屋台骨を背負っている部署だといいます。

毎年多額の買い上げのある顧客に声掛けをして外商員が付くことになるのだが、もう何代にもわたって七五三、成人式、結婚式、そして葬儀まで取り仕切るような濃度の濃い付き合いになる。

高いノルマが課される中、様々な難題を乗り越える静緒が描かれています。

 

この世界は知らなかったというか、今でもあるのか、という驚きがありました。

値段が高い安いなど問題にしない、その人間から物を買いたいという階級の人間がいまだに存在するのです。

なかなか作家は面白い世界に目を付けたと思います。

回帰 警視庁強行犯係・樋口顕 今野敏 幻冬舎文庫

四谷の大学構内で爆発事件が起きる。

テロの可能性も出てくる中、警視庁強行犯係は所轄警察、公安警察と合同で捜査を進める。

 

爆発現場で中東系と思しき男性の姿が目撃され国際テロ事件の線が強くなってくると公安警察が自分たちのテリトリーとばかりに捜査の主導権を取ろうとして刑事たちとの対立の構図ができてしまう。

争いを好まない樋口はなんとか両者の間を取り持とうと腐心する。

一方樋口の上司の管理官天童のもとに元警察官で今は国際ジャーナリストを名乗る因幡から連絡が来る。

因幡がテロが分か警察側かわからない中その情報の扱いにも腐心する。

 

今野敏の小説らしく2重3重に謎が絡まる複雑な構成です。

取調室で参考人と対峙しても相手の人権のことを考えると同僚のやり方には納得できず樋口は自分が刑事には向いていないと常に自問自答を繰り返すが、天童ら上層部はそんな樋口を信頼し事件解決に導いていくという、これもまた一連のシリーズに通底した流れで、捜査中に家庭問題にも心を悩ますのもまた然り。

今回は大学生の娘が一人で海外バックパック旅行に行くのを認めるかどうかに心を悩ませます。

等身大の警察官を描いた秀作だと思います。

名著で読み解く 日本人はどのように仕事をしてきたか 海老原嗣生・荻野進介 中公新書ラクレ

§1 戦中~戦後という奇跡的な時代環境が協調経営を形作った(『日本の経営』ジェームス・アベグレン)、§2 欧米型vs.日本型「人で給与が決まる」仕組みの正当化(『能力主義管理』日本経営者団体連盟、『職能資格制度』楠田丘)§3 「Japan sa No.1」の空騒ぎと、日本型の本質(『日本の熟練』小池和男、『人本主義企業』伊丹敬之),§4 栄光の余韻と弥縫策への警鐘(『心理学的経営』大沢武志、『日本の雇用』島田晴雄、『知識創造企業』野中郁次郎・竹内弘高、§5 急場しのぎの欧米型シフトとその反動(『人材マネジメント論』高橋俊介、『コンピテンシー人事』太田隆次)、§6 雇用は企業ではなく社会が変える(『定年退職』清家篤、『雇用改革の時代』八代尚宏、『新しい労働社会』濵口桂一郎、という構成で、戦後からの日本企業の人事制度について解説する。

 

本書ではセクションごとにその時代の経済的な背景を解説し、その時代に刊行されc企業の人事制度、働き方に大きな影響を与えた書籍を紹介、その著者との往復書簡という形で進行します。

日本企業は年功序列、終身雇用、定年制、企業内労働組合などが特徴で欧米の成果主義、実力主義の制度とは大きく異なると一般にされておりますがそれは真実なのか。

バブル景気の後に大きな景気後退の波にまみれているが、そこからの処方箋はないのか、といった問いかけがなされています。

 

またワーキングプアと非正規雇用とは必ずしも等号で結びつけられる関係ではなく、非正規雇用者は主婦、高齢者、学生が多くの部分が占められ、年収200万円に達しない正規雇用者がその中心にいるという指摘も新たな視点を与えてくれるものです。

人事制度とはかくも重要なのだということを再認識させられました。

半落ち 横山秀夫 講談社文庫

W県警の警察学校に勤務する梶聡一郎警部は妻を殺害したと自首してきた。

一人息子を白血病で亡くし若年性アルツハイマー症にり患した妻が不憫で紋殺したと自供するも妻の殺害日から自首するまでの空白の2日間の行動については口を閉ざした。

梶は事件の翌日に新幹線に乗って上京し歌舞伎町にいたという証言も出たが警察のメンツを保とうとする上層部の意向で自殺の場所を探して彷徨していたという供述になっていた。

 

捜査一課の志木、検事の佐瀬、新聞記者の中尾、弁護士の植村、裁判官の藤林、刑務所の矯正処遇官の古賀と主語として事件を語る人がリレーされる異色の展開です。

嘱託殺人犯でありながら澄んだ目をしていながら50歳で死ぬことをほのめかしている49歳の梶の口を閉ざした2日間をめぐるミステリー。

 

警察、検察、裁判所、弁護士、マスコミ、刑務所において其々組織に盲従していたり、組織を守るために事実が曲げられることに義憤を感じたり、様々な人々の人間模様が描かれているなかなかの意欲作でした。

頑として口を閉ざしていた梶の歌舞伎町に行った理由というのが少々現実味にかける気がした。

厳しい言い方になるが竜頭蛇尾の感ぬぐえず。

好色一代男 井原西鶴 中嶋隆訳 光文社古典新訳文庫

幼少のころから女色、男色に目覚め遊蕩三昧で親から勘当され、入牢する羽目にまで落ちるも親から莫大な遺産を相続し、京、大坂、江戸はもちろん各地の遊郭で放蕩の限りを尽くし、還暦を迎え仲間たちと女護の島に出発するまでを描く。

 

54歳までに戯れた女が3,742人、相手にした若衆が725人だそうで、婚約者がいる女を奪い取っておきながら妊娠すると放り出すというような今日の倫理観から見ると(多分当時でも)かなり不道徳な行為が目につきますが、サラッとした書きぶりでそこにはユーモアが盛られていてさすがに長い年月を経て読み継がれている物語という感じはします。

元禄期の文化を垣間見せてくれた気がしました。

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