うみパパのブログ -4ページ目

燃えつきた地図 安部公房 新潮文庫

興信所所員のぼくは失踪した夫を探してほしいという依頼を受ける。

妻からは捜索の手掛かりになるような情報は与えられず、わずかな手掛かりで出向いた先にはことごとく妻の弟と名乗る男に出くわす。

その弟が事故で死亡し、夫の勤め先で手掛かりを提供した男は自殺、ぼくは興信所を辞めるが契約期間は夫を探そうと試みるもいつの間にか自分の居場所が分からなくなり逆に探される立場になってしまう。

 

昭和42年に発表された長編小説です。

ぼくは妻とは別居していて一人暮らしであり、依頼人もさほど熱意をもって夫を探しているようには見えない、弟が訳ありのように見える。

その弟は地回りの組長でマイクロバスを使った屋台を何台も束ねていたが、屋台の顧客である労働者の動乱に巻き込まれてしまう。

夫は蒸発したのではないかと考えたぼくは臨時雇いのタクシー運転手をあっせんする喫茶店を見つけ、そこを足掛かりに都会の蒸発者が身を隠すようなところを回っていくが、気が付くと自分がその一人になってしまう、というかなりシュールな筋立てです。

 

高度経済成長期の都会の盛り場のいかがわしい感じがよく表現されています。

不思議に魅力にあふれた小説でした。

ニコライの日記(下) 中村建之介編訳 岩波文庫

1902年から1911年12月までの聖ニコライの日記。

 

聖ニコライは1912年の2月に帰天していますのでほぼその生涯を閉じるまでこの日記を記し続けていたということになります。

この期間は日露間の対立が危機的に高まりニコライに帰国を促す声も強かったようですが70歳に手が届こうかという老司祭は滞日を毅然として選択しています。

これほどのロシアの苦戦はさすがに予想しなかったようで日本海海戦の結果には強い驚きと悲しみが感じられます。

その後の講和会議で賠償金が取れなかったことで暴徒化した民衆がニコライのいる東京大聖堂に殺到しますが警察隊によって防御されたことに対して感謝を示しています。

1909年の伊藤博文暗殺、翌年の日韓併合など激動の時代に対して聖職者も無関心ではいられなかったことが分かります。

 

最晩年にロシア正教が所有していた現在の麹町教会の土地の売却に対して自分の相談なく決めたことに対して反対し続けながらも最終的に認可した経緯が記載されており大変興味深く感じました。

また日記の記載内容の多くのトピックスが寄付金など金にまつわる悩みであることにも興味をひかれます。

 

聖人の日常の記録という宗教的な側面よりも明治時代を通して滞日したロシア人の見た日本の姿が生き生きと描かれていて当時の偲ばせる記録としてとても興味深いものになっていたと思います。

孔丘 上下 宮城谷昌光 文春文庫

高名な儒家孔子の生涯を描いた小説。

 

中国春秋時代の後期に魯の国で生まれ礼を重んじる儒家として一家を成すも政にかかわることはほとんどなく、教育者として選り好みをせずに弟子を受け入れ育て、時の権力者に疎まれたり、立身の機会をうかがって中国各地を流浪する生涯を描いています。

際立った長身と怪異な風貌、派手な装束を身にまとった奇異な外見と沈着冷静で優しさを秘めた人物として描かれています。

 

孔子の言動が弟子たちによって『論語』として後代に伝えられることによって半ば神格化されている人物を人間味豊かに描いております。

中国史にも暗い自分としては孔子の生きた時代の背景やその人間性を多少なりとも知ることができたような気がします。

子ども若者抑圧社会・日本 室橋祐貴 光文社新書

副題が、社会を変える民主主義とは何か。

第一章 25歳まで選挙に出馬できない日本の若者、第二章 子どもの人権が認められていない?日本の学校、第三章 子どもの権利を尊重する海外の取り組み、第四章 権力者にとって都合の良い日本の「民主主義」、第五章 欧州の民主主義教育、第六章 社会を変えるための「武器」を渡そう、という構成で、子どもや若者が除外されている日本の民主主義の現状とあるべき姿を考える。

 

日本では近年成人と選挙権取得の年齢が18歳に引き下げられた。

しかし、被選挙権取得年齢は衆院で25歳、参院では30歳のままであり、学校の校則は学校側から一方的に押し付けられる形でいまだに頭髪の色など細部にわたり生徒の人権を無視したような「ブラック校則」が散見される。

本書ではこのような現状と、未成年者の人権の尊重、政治参加、民主主義教育の徹底している北欧の例をひいてあるべき姿を示しています。

 

政治に参加するのは思想、学識、経済的に十分に成熟した大人の仕事という固定観念があり、学校で生徒は学業に専念し校則に従うべきとの概念が日本には抜きがたい存在になっていると思うが、それが現在の日本の政治不信であり長期低迷の一因となっているとも考えられる。

若年層の権利拡大に関し今真摯に向き合う必要があるように感じます。

純喫茶トルンカ 八木沢里志 徳間文庫

「日曜日のバレリーナ」「再会の街」「恋の雫」の3つの物語で構成される東京谷中の袋小路の路地にある純喫茶トルンカの関係者が織りなす物語。

 

「日曜日のバレリーナ」はトルンカでアルバイトをする修一に店に来た若い女性千夏が前世で恋人だったと声をかけてくる。

修一の幼い頃その父が近くに住む女性と浮気をしてその家の娘千夏と幼い修一がよく遊んでいてそれが温かい思い出として残っていた千夏が訪ねてきたのだった。

 

「再会の街」はトルンカの常連の絢子が50過ぎのくたびれた初老の男沼田と知り合う。

沼田はこの町で30年前に女性と恋に落ちるが金もうけに走り女性を捨てたことを後悔し、その元恋人が亡くなり忘れ形見の絢子が谷中に残っていることを知り戻ってきたのだ。

不思議な縁で知り合いになり沼田は余命宣告を受けていた手術を受けることを決意する。

 

「恋の雫」はトルンカの自称看板娘の雫には6歳上の姉菫がいたが高校2年生の夏に病気に亡くなってしまう。

6年ぶりに町に戻ってきた菫の元恋人の荻野に雫は恋心を抱き姉の服を着たりするが幼馴染の浩太からたしなめられ自分を取り戻す。

 

登場人物や背景は一貫しているのですが3つの物語は其々修一、沼田、雫が一人称で物語る形になっていて其々が別の物語の体を取っています。

下町の濃厚な人情味あるれる人間関係が生き生きと描かれています。

ちょっとした夢の世界のように感じられました。

家守奇譚 梨木香歩 新潮文庫

綿貫は売れない売文稼業で生活のために英語講師もしていたが、早逝した友人の高堂の実家にいた彼の父親が高堂の姉と同居することになりその家の管理を依頼され講師をやめて移り住んだ。

その家は裏が山で疎水をひいた池があり多くの植物が庭に生えている。

住み着いてしまった犬のゴローとの家守生活の四季を綴ったもの。

 

高堂は生前ボートの選手でしばしば綿貫の前に姿を現す。

高堂の庭のサルスベリは綿貫の書いたものを読み聞かせてもらうことを好み、また池にはしばしば河童が出没したり鬼がでたり狸に化かされたりという幽玄境をさまようような独特の世界観です。

 

場所は琵琶湖南部からも今日の都からも程遠からぬところで、ようやく電機は通じたが停電が多く洋燈の方がずっと信頼度の高い灯だった時代の設定になっています。

綿貫は定職なく金はないが時間は自由で隣家のおばさんや寺の和尚、生薬の素になりそうな蛇や百足などを集めている長虫屋という奇妙な生業の男などの人間と動物や植物との交流を詩情豊かに描いています。

不思議な世界なのですがどこか懐かしいような感じもするとても魅力あふれる小説でした。

ボードゲームで社会が変わる 與那覇潤 小野卓也 河出新書

副題が、遊戯(ゆげ)するケアへ。

第1章 なぜボードゲームに注目するかー「ブーム」の理由と現在地、第2章 ボードゲームをどう楽しむかー有識者6名とのプレイング、第3章 どんな未来をボードゲームは開くかー「遊戯(ゆげ)するケア」の可能性、第4章 ボードゲームはなにを私に考えさせたかーリワークデイケアでの体験から、第5章 ボードゲームはどこまで世界を掘り下げるかー「えっ!」と驚くテーマの作品たち、という構成で、デジタル時代の現在注目されているボードゲームの魅力と可能性について考える。

 

ボードゲームというと「人生ゲーム」くらいしか知りませんでしたが今ひそかに若者たちの間でボードゲームカフェなるものが流行ってきているそうで、コロナ前のカラオケに置き換わったくらいの勢いであるそうです。

著者の與那覇氏は2017年頃に鬱になり引きこもりになってしまったそうですが、その治療の一環としてデイケアでボードゲームをしたことによって症状の改善に大きく資したそうです。

テレビゲームやオンラインゲームが基本ひとりでゲーム機に向き合っているものに対して、マニュアルゲームとも呼ばれるボードゲームは実際に人と対面し、時に対決し時に協力してゲームを進めていくところがポイントのようです。

 

第2章では「ディクシット」「主計将校」「ナショナル エコノミー」「ハイソサエティ」「ドラゴンイヤー」「京都議定書」という6種類のボードゲームを紹介し、其々のジャンルでの有識者と実際にそのボードゲームをプレイしその印象を伝えており、一口にボードゲームといっても多彩であり、冬季が寒くて活動が制限されるドイツがボードゲーム大国で毎年多くのゲームが発信されているそうです。

今まで全く興味関心のなかった世界ですが意外と面白そうと思わせてくれました。

廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕 今野敏 幻冬舎文庫

マンションの自室でキャバクラに勤める若い女性の紋殺体が発見され、その被害者がストーカーの被害届を出していたことから警察の不祥事に繋がりかねないと捜査陣は緊張するがストーカーの疑義は晴れる。

さらに痴漢の被害にも遭っていた被害者だが痴漢の被疑者は強く無罪を主張し控訴審を争っていた。

ストーカーや痴漢の被疑者の周辺を捜査していく内に意外な人物が浮かび上がってくる。

 

警視庁強行犯係係長で強引な捜査方法が性に合わず自分は本当に刑事に向いているのかと疑問を持ち自問自答を繰り返しながら事件の核心に迫っていくシリーズです。

今回は若い女性キャリアの小泉刑事指導官がストーカーの専門家として捜査に参加し男性社会の捜査陣に新たな視点を与える。

 

樋口は事件が発生すると何日間も帰宅しないで捜査本部でごろ寝の生活で家庭を顧みることが少ないが、大学生の娘のPCから脅迫メールが発信された形跡があるとの情報があり娘のことも気にかけながら捜査を進めていくことになる。

作者はこの樋口の姿に警察官としてのひとつの理想の形を示そうとしているようにも見えます。

まあ面白かった。

他人の顔 安部公房 新潮文庫

実験中に液体空気をもろに顔にかぶってしまい顔全体がケロイド状の醜い蛭の巣のようになってしまった男が、勤め先に長期休暇を取り、奥さんには長期出張と偽りアパートを借りて精巧な仮面を制作し他人に成りすましながら仮面をかぶっている自分への他の人たちの反応を確かめる。

そして妻の許に他人として姿を現し妻を誘惑し関係を結ぶ。

妻に自分が仮面を造って妻のもとに現れた顛末を綴った手記を渡すがとうから仮面のことに気が付いていた妻は男の許を去る。

 

顔が火傷で醜く崩れてしまったことに絶望し、それを仮面をかぶることで克服しようとするが、外見だけにこだわりをもつ男に対して、その人間の本質というものは決して変わらず、他人に成りすまそうとしても近所の知恵遅れの娘には容易に見抜かれてしまう。

顔を変えることによる悲喜劇を扱っていますが、外見にこだわる男の心理を執拗に描き、それはある意味で世の中の風刺にもなっており様々な読み方が可能な重層性を持っています。

なかなかの傑作だと思いました。

 

日本の物流問題 野口智雄 ちくま新書

副題が、流通の危機と進化を読みとく。

序章 2024年問題とは何かードライバー不足と働き方改革、第一章 ロジスティクスの発展をたどるー産業と物流の相関史、第二章 変貌する流通の現在、第三章 ロボット化は救世主となるかー仕分けロボや自動運転配達の現在地、第四章 災害と物流ー大震災の教訓、コロナ禍・露ウ戦争下の流通、終章 新時代の潮流ーSDGsを中心として、という構成で、日本の流通の中心であるトラック輸送の問題点と将来の展望について考察する。

 

物流業界では2024年問題というのがあって、ブラック産業として定評のあるトラック運転手の労働環境改善のために今まで青天井だった年間時間外労働時間の上限を今年の4/1から960時間に制限される。

そのことによってドライバーの確保がより困難になることが予想されるというもの。

年間時間外労働時間が960時間というのは月80時間であるから普通の労働者にとってはとんでもなく長いものであるのにトラックドライバーでにとっては死活問題にもなるそうです。

それは待ち時間も含めて長時間労働が慣行化している点と基本給が低く長時間の残業を前提とした賃金体系になっているため生活に支障をきたし離職者が増加する懸念が出ています。

 

そういった様々な問題を抱えるトラック物流ですが対策も紹介されています。

少なくともパレタイゼーションによる荷揚げ荷下ろしのような肉体労働からの解放は当然のこととして、AI利用による集荷配送、自動運転、ドローンの利用などまさに最先端の技術が注ぎ込まれています。

ラストワンマイルという言葉が物流業界ではあり、利用者に最後に届けるところに大きなコストがかかり問題が山積している。

不在時の再配達などは本当に必要なのかどうかも含めた議論が必要でしょう。

EC全盛の現代社会において非常に大きな問題であることを再認識させられました。