うみパパのブログ -5ページ目

越し人 谷口桂子 小学館

副題が、芥川龍之介 最後の恋人。

第一章 死ぬことを恐ろしきように思ひはじめ一二歩われは死に近づける 昭和二年、第二章 生死にかかはりあらぬことながらこの十日ほど心にかかる 大正十三年、第三章 待つといふ一つのことを教えられ髪しろき老に入るなり 大正十四年~大正十五/昭和元年、第四章 よわりはてすべてのものうくなりし時涼風ふきてわれを生かしぬ 大正十二年、第五章 四十路すぎわれ老いたりと思ひしも遥けくふるき物語なる 昭和三年~、第六章 心狂い君をおもひし其日すら我が身一つをつひに捨て得ず 昭和二十年~、第七章 ほほゑみて静かにものをいひし人いまわが側にゐるとおもはむ 昭和二十五年~、第八章 遠くまでわが夢はわれを誘ふなり混乱の世にうつしみを置き 昭和二十七年、第九章 一つの夢満たされて眠る人の如くけふの入日のしづかなる色 昭和二十九年~、終章、という構成で、芥川龍之介の最後の思い人といわれる片山廣子の生涯を綴る。

 

上流階級で歌人やアイルランド文学者として活躍していた片山廣子に芥川が静養先の軽井沢で出会い、その才能に強く惹かれたとされる。

芥川は14歳年上のこの女性を「越し人」と呼んで歌を残し、また自身の自殺の前に知人から借りたもの、貰ったものは律儀に元の持ち主に返却したにもかかわらず、廣子から送られたといわれる文鎮は書斎の机の上に置かれていたともいわれています。

 

まあこの辺りのことになるとゴシップ的な内容になってしまいますが、その才能を尊敬できる女性として親近感と敬意を持っていたことは確かだと思います。

戦争を経て斜陽の暮らしを余儀なくされた物語は当時の日本の物語でもありました。

小屋番三六五日 山と渓谷社編 ヤマケイ文庫

第一章 山小屋の仕事一二カ月、第二章 新しいわが家をつくる、第三章 山小屋に入り、山を見つめる、第四章 山小屋をめぐる人々、という構成で、山小屋番のエッセイ。53話からなり53の山小屋の其々の小屋番に人によって綴られています。

 

執筆しているのは北アルプスの白馬山荘のような大規模な施設の従業員から、避難小屋に毛の生えたような小屋の創始者まで様々です。

 

山はテント派で小屋の利用はあまり多くないが還暦も過ぎ山小屋を上手に利用していかないとなかなか厳しいことになるだろう。

山小屋番は変わり者が多いという先入観もあり少々近づきがたいイメージがありましたが、其々に物語があり苦労があることが分かります。

来月に小屋に行ったら声をかけてみようと思う。

群雲、賤ケ岳へ 岳宏一郎 光文社文庫

戦国末期の武将、軍師の黒田官兵衛の生涯を綴る長編歴史小説。

 

播磨の豪族小寺氏の有力御家人の家に生まれた官兵衛は類まれな洞察力を持ち、播磨国内での権力争いに対して毛利ではなく織田信長に付くこと主張、紆余曲折を経て中国攻めの大将羽柴秀吉の軍師格として高松城の水攻めを提案する。

そのさなかに本能寺の変が起こり官兵衛の作戦通り毛利と和議を結び明智を滅ぼす。

柴田勝家との賤ケ岳の合戦を制し天下人となった秀吉だが官兵衛の底知れぬ詭計を恐れ恩賞は少なく44歳で家督を息子に譲り隠居してしまう。

関ケ原の合戦ではその趨勢を予想し九州制圧を試みるも合戦が一日で終わったために夢とついえる。

 

文庫本で550ページを超える大作です。

戦国の世を生きていく武将たちが生き生きと描かれています。

これは10年位前に放送されたNHKの大河ドラマの原作だと思われます。

私はそのドラマを見ていたのでどうしてもその登場人物がそれぞれの俳優と重なってしまい少々妙な具合になってしまったのは残念でした。

吉村昭の人生作法 谷口桂子 中公新書ラクレ

副題が、仕事の流儀から最後の選択まで。第一章 毎日の暮らしの中でー日常の作法、第二章 これは小説になる、を探してー仕事の作法、第三章 生活の中に文学を持ち込まないー家庭の作法、第四章 食と酒と旅を味わうー余暇の作法、第五章 幸せだなあ、と毎朝つぶやいてー人生の作法、という構成で、作家吉村昭の人生のこだわり、流儀を紹介する。

 

吉村昭は東京の下町の日暮里の商家に生まれ、21歳で結核のためろっ骨を5本切除する胸郭形成術の受け九死に一生を得、作家を志し40歳の前に太宰治文学賞を受賞し世に出た。

その後は関係者への徹底した取材に基づいた『戦艦武蔵』などの歴史小説を世に送り出した大作家です。

 

歴史の検証は徹底していて2人以上の証言が取れないと文字にはしなかったほどで長崎には150回も取材で訪問したという。

取材旅行はその他の要素は徹底的に排除したもので大浦天主堂にも訪れたことはなく、用が済めば早々に帰宅し原稿用紙に向かったという。

 

下町の商家の大家族で育ったので人に迷惑をかけない、争わない、伝統行事を大切にするということは徹底していて、大家になっても分をわきまえるという信条を貫き、ハイヤーを使ったり、高級料理店に行くようなことは決してなかった由。

作法の点でも弔問、通夜、葬儀について其々を故人との交際の濃淡によって厳格に規定し、自分の都合に優先させています。

弔問は近親者のみ、通夜は基本親族、それ以外は葬儀でお別れを告げるそうで、私にはその認識は正直なところありませんでした。

取材は基本私費で行い、講演会なども極力避けて執筆活動に専念したという。

 

唯一の趣味といえるのが酒で日没後に楽しんだというが、おいしければ褒め、そうでなければ静かに離れていく流儀だったそうです。

なんともダンディな大人の佇まいです。

若いころから近親者の死に遭い、自らも大病をしたことから自分の残り時間というものを常に気にかけていたという。

ある意味私の理想の生き方でした。

フランケンシュタイン シェリー 小林章夫訳 光文社古典新訳文庫

ヴィクター・フランケンシュタインは科学を極めようとしついに人間のような生物体を生み出した。

しかしその生物体は8フィートもある醜悪な容貌を持ったものとなり目を離したすきにいなくなってしまった。

生物体は人間社会に受け容れられず恐怖の対象でしかなく製作者のヴィクターのもとに救いを求めて現れる。

ヴィクターは同伴者となるべくもう一体の制作を約束するも、生物体が乱暴狼藉をはたらくのを見て中止する。

生物体は復讐のためにヴィクターの愛する人々を殺していく。

 

お化け屋敷等で有名なフランケンシュタインの原作です。

1818年に当時21歳のメアリー・シェリーというイギリス女性によって書かれています。

この作家の夫は詩人として非常に高名です。フランケンシュタインは怪物の名として現在では通っていますが、怪物には名がなくそれは製作者の名前です。

筋書きとしてはかなり荒唐無稽なSFになりましょう。

マクマスターズ殺人者養成学校 ルパート・ホームズ 奥村章子訳 ハヤカワ・ミステリ

クリフ・アイヴァーソンは航空機会社の技術者だったが横暴な上司に手柄を横取りされ、執拗なパワハラを受け、恋人だった同僚は自殺に追い込まれた。

会社を解雇されたクリフは上司を殺害しようとするが失敗し警察を名乗る二人に拉致されマクマスターズ応用芸術学院という全寮制殺人者養成学校に入校させられる。

マクマスターズで1年間様々な場面を想定した授業、トレーニングを受けて課業を修了したクリフは修了論文を完遂すべく計画を実行に移す。

 

マクマスターズは世界のどこにあるのかもわからず、学生たちは校内から一歩も出ることもできない。

ただイギリスのパブリックスクールのようにディナーには正装で出席し、土曜の夜にはダンスパーティーも開かれる。

高額の授業料が必要だがクリフの場合は正体不明のスポンサーが支払ってくれ、本編の多くの部分はクリフからそのスポンサーへの現況報告となっています。

 

課業を修了した後にクリフの他に二人の女性の殺人の顛末も描かれています。

時代背景は第二次世界大戦が終わってから10年程度というところでしょうか。

彼らの殺人実施場所はアメリカですが、そもそもがありえない設定ですし、思いがけないトラブルがあってそう深刻にならすにエンターテイメントに徹しています。

上流階級 富久丸百貨店外商部Ⅲ 高殿円 小学館文庫

富久丸百貨店芦屋川支店外商部に勤務する鮫島静緒の活躍を描く第3弾。

 

長年の上得意だった清家家の奥様の余命短いということでお別れの日までの身辺整理やお別れ会などについて趣向を凝らしたり、中学受験の子どものサポート、自分自身も母との終の棲家を探して奔走するもかち合った相手の引っ越しを最大サポートすることになったりする。

上流階級を相手に大きな売り上げをたたき出していくもサラリーは上がらないのが悩みの種でヘッドハンティングにもあって心が揺れ動いたりもします。

 

テレビドラマに適した内容のようだと思っていましたが案の定2015年にドラマ化されているようでした。

モンスーンの世界 安成哲三 中公新書

副題が、日本、アジア、地球の風土の未来可能性。

第1章 変化に富む日本の気候ー季節変化と地域性、第2章 地球の気候とその変動のしくみ、第3章 アジアモンスーンー地球気候における重要な役割、第4章 アジアモンスーンと日本の気候、第5章 気候と生物圏により創られてきたモンスーンアジア、第6章 モンスーンアジアの風土、第7章 日本の風土と日本人の自然観の変遷、第8章 モンスーンアジアの近代化とグローバル化、第9章 「人新生」を創り出したモンスーンアジア、終章 モンスーンアジアの未来可能性、という構成で、東アジア、東南アジア、南アジアのいわゆるアジアモンスーンと呼ばれる地域の気候文化について解説する。

 

モンスーンというのは季節風、貿易風とも呼ばれる地球規模の気流の流れで、モンスーンによって雨季と乾季に分かれる。

地球規模ではコリオリ力とチベット高気圧による影響によって世界でも類を見ない気象特性を見せる。

またこの地域は氷期に氷河に覆われつくして植生が途絶えたことがないために豊かな植物系を有している。

雨季の豊富な降水によって稲作が導入され中世以降この地域で世界人口の6割前後を有し、またヨーロッパの産業革命まではGDPにおいても過半を占めた豊かな地域となっている。

そして現在、中国、インドの躍進によって人口だけでなくGDPにおいても世界の過半を奪還しています。

 

本書で特筆すべき点はアジアモンスーンというくくりで全体を俯瞰し、地球規模でその気象特性を丁寧に解説している点です。

日本で冬は西高東低の気圧配置になり日本海側に豪雪と太平洋側に乾燥をもたらし、それが春になると移動性の高気圧が発生し変化しやすい天気となり、梅雨を迎え、それが終わると盛夏となり、次に台風シーズンを迎え、といった現象を理路整然と地球規模のダイナミックな流れの中で示しています。

 

最近の新書はびっくりするくらい内容の薄いものがありますが本書は新書の枠組みを超えた充実した内容でした。

無名 沢木耕太郎 幻冬舎

89歳の父親が病に倒れ看病し亡くなり父親を回想するノンフィクション。

 

沢木の父親の生家は事業を行っていてかなり成功していたが、祖父は会社を倒産させてしまう。

父も大学を中退するも伯父が事業を引き継ぐも失敗し、父は失意の中再就職も思うに任せず母親の頑張りで何とか成長する。

しかし沢木と二人の姉は、物静かで読書が大好きで物知りで優しい父を尊敬し愛してきた。

その父が脳に障害をきたして入院する。

仕事を持つ3人の子供たちは交代で入院先で付き添いをして念願だった帰宅をはたし元気を取り戻したように見えたが急死してしまう。

 

世間的には全くの無名であった父親に対する愛情にあふれたノンフィクションでした。

読書人として作家となってからも一目おいていたという父の句集を死後に出版することを思い立ちその作句を通して再び父親と向き合う。

ひとつのうらやむべき父と子との関係性が示されていました。

山のごはん 沢野ひとし 角川文庫

タラコ、ホッケ、海の幸(羅臼岳)、春うららの自信作おにぎり(奥多摩・小藤山)、残された秘境で天ぷら(海谷山塊)、ビールとおでんと鍋焼きうどん(丹沢・鍋割山)、思い出と安らぎのコーヒー(阿弥陀岳北西稜)、薪ストーブでシカ焼き肉(雲取山)、岩魚のミソ焼きと憂いの秋(黒部峡谷・志合谷)、滑落のち、おにぎり(巻機山・米子沢)、前夜のフリーズドライ宴会(北鎌尾根)、低山の愛妻弁当(秩父・観音山)、山の幸福な食卓(北八ヶ岳)、縦走の知恵、時短・簡単・節約メニュー(大雪山)、兄が教えてくれた甘いミルク(川苔山)、山頂の豪華サンドイッチ(高水三山)、焼き肉と日本酒で酒盛り(西丹沢)、体にしみ込む白湯(西穂高)、ホテル並みの朝食(飯豊連峰)、開放のソーメン(朝日連峰)、という構成で、食事を絡めた山のエッセイ集。

 

書名ではごはんが前面に出ておりますがメインは山行の印象を綴ったエッセイでした。

著者が40歳代から50歳代にかけての仕事に追われながら徹夜で仕事を都合して山に行く、そうしないとバランスが取れないと書いています。

 

積雪期やけっこう厳しいルートの山行もあれば日帰りでの気軽なものもあります。

同行者も結構バラエティに富んでいて素晴らしい山の仲間が大勢いてうらやましい。

中年の山行なのであまり無理はせず、ただのピークハントではない多彩な山の楽しさを紹介しています。

 

翻って自分のことを考えてしまった。

結構ブランクができてしまったがそろそろ山行を再開しようとしていますが、当然体力に全くの自信がない。

酒を飲んでの朦朧登山ばかりでは芸がなさすぎる。