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気付く

しばらく前、自分の心がけを上司に気付いていただいた。
とても小さなことだった。
しかし、嬉しくやる気が出たことを覚えている。

相手の小さな変化に気付くこと。
それによりもたらされるのは変化の実感、そして更なる変化への気概。

小さなアクション。
リアクションによる化学反応。
生み出される新たなアクション。

認められたい。
その感情が満たされることによる感情の変化と行動の変化。

相手の成長を引き出すための行為。
マネジメントに必要な要素。

人生の充実のため。

「生存」
「安定」
「変化」
「自己重要感」
「連帯感」

人間はどんな方法を取ってもこのニーズを満たそうとするらしい。

そんな中、人生を充実させるために。

「成長」
「貢献」

これに集中する。

それで上記のニーズは満たされる。より高次元の形で。



「成長・貢献」したい。
仕事を通して、大きな価値を生み出し、多くの人を喜ばせるため。

価値を作り出し提供すれば売り上げが立つ。
生活の「安定」は満たされる。

価値を生み出すことが出来れば多くの客がやってくる。
客の持ってくる問題は毎日毎日違うもの。
今日はこういう人のニーズに応えた、明日は別の人のニーズに応える。
「変化」が得られる。

客から、周りの人から感謝される。
貢献すればするほどそれは大きくなる。
「自己重要感」が得られる。

大きな価値を生み出すための行為。
その中で共に貢献している人と、貢献している相手との「連帯感」が満たされる。

成長・貢献により新しい知識、能力を身につける。
周りの状況が変わらないから得られる偽の安定ではなく、どんな変化にも対応できる自信から安定が生まれる。

成長と貢献に集中することで多くの人を幸せにできる。
さらに自分のニーズを満たすことができる。
これによって生活は充実する。


最近、ランニングのお供にジェームスを連れていきます。

教育者

PTジャーナルを読んでいて目についた。
浜出茂治先生の文章より引用。


《私が考える理学療法学教育のあり方は「理学療法士による、理学療法士のための教育」である。教員である理学療法士が自立して独自の専門技術教育を行うことで、卒業後、臨床の場で誰に頼ることなく自立して理学療法業務を遂行できる理学療法士を育成することである。
こんなことはもうどこの養成校でも当然行っているとお叱りを受けるかもしれないが、現状を考えてみるとなかなか難しい面がある。特に教員側が理学療法士として、独自の専門技術教育を行えているか。臨床においては他職種連携の重要性が増しており、関連職種と協力する中でも理学療法士独自の専門技術を発揮することが我々の専門性を高め、社会的な評価にも繋がっていくと考える。
その意味で、理学療法士養成に関わるものは独自の専門技術を磨くことで学生にその成果を示すことができなければ、卒業生が臨床の場で自立していくことが難しくなるのではないかと危惧している。》


我が母校では、教員が独自の専門技術による治療介入をしばしば見せてくださった。
目に見える形で変化を起こす、まるで魔法のように。
それが我々学生に理学療法の楽しさ、そして大きな可能性を想像させた。

だからこそ、今の仕事には誇りが持てるし、もっともっとやらなければならないと思うことができる。
この気持ちはきっと、教員のたゆまぬ努力から我々がいただいた賜物である。

自己研鑽を積み重ね、それを伝える。
それによって生徒・子供に未来への希望、夢を持たせ、成長の喜びからその必要性を学ばせる。
これが本来の教育者、そして大人の姿なのではないだろうか。

努力しない、夢のない教育者、大人の姿を見て生徒は、子供は何を思う。
そんな背中しか見せられない大人にはなりたくない。

コミュニケーションと時間

その信頼関係は一体どれくらいの時間で築いたものなのか。

家族であれば、友人であれば、職場の仲間であれば、出会ってからの期間がそれにあたるだろう。


担当の美容師さんの話。
美容師はお客さん(僕の場合)と約2ヶ月に一度、1時間しか会わない。
つまり、共に過ごす時間は年間通じて6時間。
その中で結果を出さなくてはならない。
もっと言うならば、初めの機会で気に入らなければ客はまた来ようとは思わない。
従って、初めの1時間が非常に大事になる。
お客は自分の話を聞いてもらいたい。要望を聞いてもらいたい。
会話の中からニーズを掴む。
プロでやっているわけだから、ときには客の意見を断ることもある。
そのときには当然新たな提案をする。
信頼関係が成り立ってないと断れないし、提案できない。
より良いサービスは提供できない。


これはどんな仕事においても言えることではないだろうか。

与えられた時間、その間にどれほどのサービスを提供できるか。
どれほどの信頼関係が築けるか。

その一瞬一瞬が勝負。


コミュニケーションを時間で考えるという概念は自分にはあまりなかった。

少しひねると「与えられた時間の中で」と言ったが、顧客との時間を作ることはできる。

今働く回復期のリハビリであれば病棟に行けば患者さんとの時間は作れる。

塾であれば授業前後で生徒との時間は作れる。

業種によっては難しいだろうが、意識的に時間を作り出す。

この手段を構築することも一つのコミュニケーション能力になるのではないだろうか。

親孝行

数年ぶりに両親を食事に誘った。
父の日と母の日にかこつけてちょっとした親孝行。
今日は父親がとにかく楽しそうで良かった。

そんな親父が夢を語る。

自分のハーレーを購入してツーリングに行くこと。
そして、家族での旅行。

後者であれば叶えられないことはない。
だから、次の親孝行として計画したいと思う。



父親には父親の、母親には母親の、それぞれ波乱万丈な人生があり、今の自分を見ている。
やりたいことをやれという父親の一人の男としての考え。
安定を求める母親の立場からの考え。
それに対しては「自分らしく生きるよ」そう答えた。

誕生日を迎え、今までありがとうと伝えることができた。
そのときの会話に関して。

数年前、家計が苦しくて大学進学を諦めた。
その頃は考えも知識も足りず仕方がないことと自分に言い聞かせた。
両親は「何もしてやれなくて申し訳なかった」と今でも言う。
しかし、それがあって今の自分がある。
今はそう思える。
大学進学して就職してはできなかった多くの体験がある。
その逆もまた然りではあるが。
振り返って見て、遠回りの人生は悪くない、そう感じる。

どんな道を選ぼうと、現時点で正解はわからない。
しかし、どんな道でさえ正解を導き出せることはわかっている。
自分の価値は、自分の行為で決まる。
だからこそ、今できることを精一杯楽しんでやる。

それにしても、親からしたら、いくつになっても子供は子供なんだなー。