近鉄5200系 (名古屋線米野~黄金間)
昨日、少しだけ時間があったので名古屋駅から歩いて近鉄の車両を撮ってきました。
松阪行急行の6連で、先頭の4両が第29回世界新体操選手権の記念塗装が施された5210F編成です。
こちらは後追いの一枚。
米野~黄金間(黄金寄りですけど)は手軽に撮れるので便利ですが、道路沿いで塀が続いていて、その塀越しに撮っていますから、三脚を立てるのは厳しいです。
レンズも下りは85mm~100m位、上り(後追)だと200mm~250mm位のレンズが最適と思います。
時間帯は午後からですね。
2009年5月12日、米野~黄金間で撮影。
松阪行急行の6連で、先頭の4両が第29回世界新体操選手権の記念塗装が施された5210F編成です。
こちらは後追いの一枚。
米野~黄金間(黄金寄りですけど)は手軽に撮れるので便利ですが、道路沿いで塀が続いていて、その塀越しに撮っていますから、三脚を立てるのは厳しいです。
レンズも下りは85mm~100m位、上り(後追)だと200mm~250mm位のレンズが最適と思います。
時間帯は午後からですね。
2009年5月12日、米野~黄金間で撮影。
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国鉄キユニ17 (金沢駅)
金沢駅に停車中のキユニ1712を先頭にした七尾線の普通列車です。
当時の金沢駅は1、2番線が七尾線用になっていて、架線が掛かっていませんででした。
キハ17を改造した郵便荷物合造車ですが、二両目にキハユニ26が連結されています。
限られた路線でしか走っていませんでしたので、この時撮れたのはラッキーだったかも知れません。
1972年7月、金沢駅で撮影。
当時の金沢駅は1、2番線が七尾線用になっていて、架線が掛かっていませんででした。
キハ17を改造した郵便荷物合造車ですが、二両目にキハユニ26が連結されています。
限られた路線でしか走っていませんでしたので、この時撮れたのはラッキーだったかも知れません。
1972年7月、金沢駅で撮影。
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北陸鉄道石川線 (新西金沢駅付近) その2
昨日に引き続き、北陸鉄道新西金沢駅付近で撮った写真です。
凸型の外観をしたED201です。
この頃はまだ貨物営業をしていて、西金沢駅構内に国鉄への渡り線があったと思います。
「でんしゃにちゆうい」と書かれた標識が微笑ましい感じがします。
こちらは電動貨車。
221と車番は書かれていますが、記号は忘れてしましました。
かつてはこんな可愛い車両があちこちの地方で見られたのですけどね。
こちらは箱型電機のED301です。
今なお在籍しているようですが、台車は変わってしまったようですね。
貨物営業を止めて新西金沢駅も昔の面影が残っていないでしょうけど、機会があれば訪れたいと思っています。
1972年7月、新西金沢駅付近で撮影。
凸型の外観をしたED201です。
この頃はまだ貨物営業をしていて、西金沢駅構内に国鉄への渡り線があったと思います。
「でんしゃにちゆうい」と書かれた標識が微笑ましい感じがします。
こちらは電動貨車。
221と車番は書かれていますが、記号は忘れてしましました。
かつてはこんな可愛い車両があちこちの地方で見られたのですけどね。
こちらは箱型電機のED301です。
今なお在籍しているようですが、台車は変わってしまったようですね。
貨物営業を止めて新西金沢駅も昔の面影が残っていないでしょうけど、機会があれば訪れたいと思っています。
1972年7月、新西金沢駅付近で撮影。
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北陸鉄道石川線 (新西金沢駅付近)
1972年夏、初めて北陸に写真を撮りに出かけました。
一番の目的は七尾線と能登線に運転された「ふるさと列車おくのと号」を撮る事でしたが、宿泊代を浮かすために周遊券のフリー区間である敦賀~糸魚川間を、夜行急行「きたぐに」の自由席で往復したものでした。
で、その時に新西金沢駅付近で撮った写真です。
クハ1721を先頭にした3両編成のようです。
このクハ1721は、車体が元名鉄のもののようですが、この時でもかなりの年代物的な車両でした。
こちらも同じ形式のクハ1724を先頭とした2両編成です。
車両はもちろんですが、踏切の道路が簡易舗装なのが時代を感じます。
こちらは、モハ3731を先頭とした2両編成。
両運転台の車両でした。
昔の地方の私鉄には個性的な車両が多くありましたが、今は系統だった車両だけになって寂しい気もします。
でも、やはり特色のある車両が居ますから、機会があれば足を延ばして撮りに行きたいと思います。
1972年7月、新西金沢駅付近で撮影。
一番の目的は七尾線と能登線に運転された「ふるさと列車おくのと号」を撮る事でしたが、宿泊代を浮かすために周遊券のフリー区間である敦賀~糸魚川間を、夜行急行「きたぐに」の自由席で往復したものでした。
で、その時に新西金沢駅付近で撮った写真です。
クハ1721を先頭にした3両編成のようです。
このクハ1721は、車体が元名鉄のもののようですが、この時でもかなりの年代物的な車両でした。
こちらも同じ形式のクハ1724を先頭とした2両編成です。
車両はもちろんですが、踏切の道路が簡易舗装なのが時代を感じます。
こちらは、モハ3731を先頭とした2両編成。
両運転台の車両でした。
昔の地方の私鉄には個性的な車両が多くありましたが、今は系統だった車両だけになって寂しい気もします。
でも、やはり特色のある車両が居ますから、機会があれば足を延ばして撮りに行きたいと思います。
1972年7月、新西金沢駅付近で撮影。
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国鉄クモハ42 (飯田線)
豊橋駅に停車中のクモハ42を先頭とした編成です。
並んでいる人たちは、反対側の名鉄電車を待っているようですけど。
こちらは、平井信号場~下地間を走るクモハ42を先頭とした編成です。
2両目に70系のサロ75を改造したサハ75が入っています。
内装はサロ時代と変わりませんので、クッションも厚くて豪華な感じでした。
こちらも同じ場所で同じ編成の写真。
豊川方面に向かう列車なので、後追いで撮っていますけど。
飯田線には、同じような外観をしたクモハ43やクモハ43を改造したクモハ53も走っていましたが、クモハ42は両運転台なので今見ても区別が出来ます。
逆にクモハ43とクモハ53は車番が判読出来ないとさっぱり判りません。
形式写真的なものも、しっかり撮っておくべきでしたが、学生の身には余裕がありませんでしたから、一枚撮るにも選んでいた頃なので仕方がないですね。
1枚目は1971年1月、2・3枚目は1972年6月に撮影。
並んでいる人たちは、反対側の名鉄電車を待っているようですけど。
こちらは、平井信号場~下地間を走るクモハ42を先頭とした編成です。
2両目に70系のサロ75を改造したサハ75が入っています。
内装はサロ時代と変わりませんので、クッションも厚くて豪華な感じでした。
こちらも同じ場所で同じ編成の写真。
豊川方面に向かう列車なので、後追いで撮っていますけど。
飯田線には、同じような外観をしたクモハ43やクモハ43を改造したクモハ53も走っていましたが、クモハ42は両運転台なので今見ても区別が出来ます。
逆にクモハ43とクモハ53は車番が判読出来ないとさっぱり判りません。
形式写真的なものも、しっかり撮っておくべきでしたが、学生の身には余裕がありませんでしたから、一枚撮るにも選んでいた頃なので仕方がないですね。
1枚目は1971年1月、2・3枚目は1972年6月に撮影。
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