12人産んだ助産師HISAKOさん、NPO法人Social Change Agency Hokuto Yokoyamaさんnoteのまねブログです。
先にツッコミます。
入院している妊婦なのに周りの妊産婦さんの助産診断してしまうー!の流れで出てきたこのくだり
観察眼を鍛え抜かれた戦士ゆえ
やめとこうと思うのに
つい妄想が膨らんでしまうのです。
戦士・・・?
プロフェッショナルな助産師さんは妄想しないと思うの。
戦士が、戦場ではない場所で戦闘行為の妄想を膨らませていたら、やばいと思うの。
たくさんの専門性の高い情報が溢れかえっている
周産期センターの大部屋にいては
無意識に観察&アセスメント
してしまうクセが・・・
誰のためにもならないその行為にアセスメントと呼ぶ価値はあるのか。
このブログに限らず、入院中の発信は他の患者さんのことまでリアルタイムでブログで書いたり、動画配信してたり、直接言えないことをなぜ世界中に公開するのか。
それはただの野次馬スピーカーじゃないか。
辛いです。
誰か助けてーーー。(ToT)
これ、ネタにされちゃった人たちのセリフだと思います。
「言ってはいけないことは言わない」のが、プロの姿だと思います。
2020-10-16
Hokuto Yokoyamaさん
2017-09-26
対人支援の現場にはたくさんの情報が溢れている。
周産期センターの大部屋にいては
こどもから高齢者まで。目の前にいる対象者に関する情報を、日々の支援における介入(関わり)に活かすことをサポートしてくれるものの1つが「アセスメント」である。
医療従事者が、
目の前にいる患者さんに関する情報を
日々の支援における介入に活かすことを
サポートしてくれるもののひとつが
『アセスメント』です。
アセスメントは技術であり、それゆえトレーニングによって鍛えることができるが、ソーシャルワーカーの専売特許ではなく、福祉専門職であれ、ボランティアであれ、技術の違いはあれど、構造的にはみな、アセスメントをした上で、目の前にいる人に関わっていると言える。
医師、看護師、助産師、助産師
理学・作業療法士も
ソーシャルワーカー、福祉専門職も、
みんなアセスメントをした上で
目の前にいる人と関わっています。
※医師が病名を診断する「診断学」が起源。
診断学がベースとなります。
それゆえ、「適切なアセスメント抜きに、適切な介入は生まれ得ない」ということが言える。
適切なアセスメント抜きに
適切な介入は生まれません。
どのような打ち手を打つか、その決定プロセスにおいて、アセスメントの質の向上は欠かせない。
どのような手を打つか、
その決定プロセスにおいて
アセスメントの質の向上は欠かせないと確信して
日々、仕事をしています。
適切な医学的介入のためには
まず患者さんについての情報を集め
→何が起きているのか?
原因は?因果関係を考え
→今後起こり得ることを予測し
→情報の意味を解き明かし仮説を立て、
→複数の介入の選択肢の中から
患者さんに合った方法を選び