2026年9月30日 Walk In The Rain. 公園には誰もいない。
「フォレスト・ガンプ 一期一会」 アート・シネマ(8)

私は映画好きでたまにブログネタにしてアップしているが、そんなにたくさんの作品を観ているわけではなく、見逃している名作も多い。
本はスキマ時間に読むので不満の残る読後感であっても「まあいいや」と思えるのだが、貴重な休日の2~3時間を消費する映画がハズレだとダメージが大きいので、慎重になり過ぎてこうなっているのだろう。

連休前半が台風だったので、以前から感動作品といういい評判を耳にして、いつか観たいと思っていたロバート・ゼメキス監督「フォレスト・ガンプ 一期一会」を観ることにした。
また感想だけを述べるつもりだが、ネタバレにはご注意頂きたい。

「フォレスト・ガンプ」はトム・ハンクス演じる主人公の名前である。
およそ70以下が精神遅滞とされる知能指数(IQ)が、彼は75という設定である。

ギリギリ精神遅滞ではないが、これぐらいIQが低いということは融通が効かず不器用で愚鈍。
だが人並み外れて優れた身体能力と純真で実直なキャラクターの彼をトム・ハンクスが見事に演じている。

そんな彼の幼少期から成人して家庭を持つまでの人生を、1950年代~1980年代の現代アメリカ史を背景に描いたジンワリ・ホノボノ・コメディーである。
爆笑ではなく、クスッという笑いが誘われる悲喜劇という印象である。

私はこの作品から人の純粋さについて考えさせられた。
人として純粋なことはいいことのはずだが、純粋過ぎると周囲との軋轢(あつれき)が増して生きていきにくくなってしまう。

だからみんな妥協して、周囲に合わせていくうちに純粋さを少しずつ失って世慣れていくのだろう。
子供はみんな純粋だが、やがて世慣れた大人になってゆく。

「純粋と世慣れ」は「理想と現実」とも置き換えられると思う。
社会生活を送る上で両者とも避けては通れない。
どのようなバランスをとるかでその人がどんな人なのかが決まるので、自分らしくあるために、とても重要で難しいコントロールが求められる。

この作品は、純粋なフォレスト・ガンプが世慣れすることなく社会的に成功していくのがクスッでジンワリでホノボノなのである。
鑑賞後の家内の感想はいつもお約束の「○○○カッコイイわねェ!」だったのだが、今回は「トム・ハンクス上手いわねェ!」だったのも、私にとっては「クスッ!」だった。

最近天気が悪い日が多く運動不足だったので、台風ではない雨の日に傘をさして散歩した。
天気がよければ賑わっているはずの公園も、ひっそりとしていた。

いろいろな場所の「しずく」が美しく何度もシャッターを切った。
といってもiPhoneなのだが…。
こんな静かな連休最終日もいいものである。

2026年8月23日 短パンデイズ 2026 。
No Music No Life ! 音楽のない人生なんて!(2)

山の日を山で過ごすべく、軽井沢の別荘に行ったりするほど富裕層ではない私のお盆休みは、自宅でのんびり短パンデイズである。
短パンの上はアロハなどのシャツかTシャツになるが、先日Tシャツに出逢いがあった。
あるセレクトショップのサイトを何気なく見ていた私の目にとまったのは、ブラックのTシャツの胸に淡い紫がかったピンクをバックに女性の横顔がぼんやりと浮かび上がるシルエットのデザインだった。

個人が特定できるようなリアルなデザインではないのだが、私は知っている。
彼女が「デビー」という7歳の少女であることを。
デビーは往年のジャズピアニスト「ビル・エバンス」の姪で、ビル・エバンス・トリオの「ワルツ・フォー・デビー」(デビ―のワルツ)というタイトルのアルバムジャケットデザインがこの横顔シルエットなのである。


そして背中にはアルバム・ジャケットの背面がデザインされており、左上ビル・エバンスの目を伏せたポートレイトの左手の指にはトレードマークのタバコがある。
表題曲「ワルツ・フォー・デビー」はアルバムの2曲目に収録されており、幼い無邪気な女の子が踊るように遊ぶ姿がイメージとして浮かぶような軽快で明るいオシャレなメロディーで、ビル・エバンスが優しい叔父さんとしてデビーを可愛がっている気持ちが表れており微笑ましい。
BGMというわけではないのだが山手パーク歯科では、女の子がテーマの曲なので3月にかかることがある。

アルバム「ワルツ・フォー・デビー」は1961年6月25日にニューヨークの名門ジャズ・クラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」でライブ録音されたものである。
おそらく青山の「ブルー・ノート」のように食事も提供されているのだろう、もちろん音楽の邪魔になるほどではないが曲が終わると拍手と共に客のざわめきや笑い声、食器やカトラリーが触れ合う音などもかすかに聞こえる。
他ジャンル音楽のライブ盤とは異なり、張り詰めたような緊張感や盛り上がった雰囲気だけでなく、ジャズというジャンル特有のリラックスした雰囲気も伝わり、それもまた大人っぽくていいものである。

当時のビル・エバンス・トリオは、ピアノ:ビル・エバンス / ベース:スコット・ラファロ / ドラムス:ポール・モチアンで構成されるビル・エバンスのキャリアとしては最初のトリオ(ファースト・トリオ)である。
しかしこの録音の11日後の7月6日、ベースのスコット・ラファロが交通事故で他界してしまったため「ワルツ・フォー・デビー」は、このトリオ最後のアルバムになった。

私は音楽好きで何でも聴くが、特にジャズに造詣(ぞうけい)が深いというわけではない。
この「ワルツ・フォー・デビー」は、ジャズのアルバムとしては大ヒットしてビル・エバンスは日本でも高く評価されるモダンジャズピアニストであるが、私が好きなのはジャズとして難解すぎないところである。
メロディーが比較的シンプルでアドリブが暴走し過ぎないが、フュージョンやイージーリスニングになってしまわず、ちゃんとジャズなのである。

ピアノトリオというとベースやドラムスは曲の中でソロパートがあるにしても、正確なリズムを刻んでピアノを支える役割が大きい。
ところがこのトリオではそれぞれがお互いを尊重し合っていて、楽器で対話するようにプレイされており、メンバー間の良好な人間関係のバランスが音楽の親密さを高めているように思えてならない。

私の講義を受講しているある男子学生が古いロック・バンドのTシャツを着ていて、なかなかいいなと思っていたところ、このTシャツをネット上で見つけて一目ボレしてしまったのだが、ネットショップ上の在庫がもうすでになく店舗の在庫を確認したら町田店にあったので取り置きしてもらい、相模原の専門学校の講義後に立ち寄って購入した。
私にとってTシャツの価格としては高額だったのだが、そこはファン心理である。
ビル・エバンスは1980年に51歳で亡くなっているため、もはやライブ会場のグッズ販売でTシャツをゲットするチャンスも失われているのだから。

休日の夜このTシャツを身にまとい、夕食の食卓で「ワルツ・フォー・デビー」を流せば、メニューが例えとん汁であったとしても、わが家のダイニングはヴィレッジ・ヴァンガードである。

2026年7月31日 オトナの夏休み 2026 。
大変けっこうな「ボンヤリ」でした。
7月28日に発生した、令和8年熊本地震に大きなショックを受けています。
大学同期の友人とは連絡がとれ、無事が確認できました。
被災した多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。

例年通り今年も「海の日」を海で過ごすべく下田へ行ってきた。
私は昔から電車やクルマなど乗り物に乗ってどこかへ出かけるのが好きだった。

幼少期の私は上品に表現すれば「活発なお子さん」かもしれないが、「ワルガキ」が表現としては妥当だったように思う。
そんな私は電車に乗ると窓に向かってシートにヒザ立ち、クルマでも窓にかじりついて窓外を流れる風景を飽きることなく見つめていた。

それは走馬灯でも万華鏡でもTVやビデオでもなく、作り物ではない美しい風景がダイナミックに変化しながら連続するリアルな動画なのであり、その魅力はなぜか私を強く引きつけてやまない。
乗り物に乗せられると、必ず3分で寝てしまう弟とは対照的な兄の私であった。

言うまでもなく今はもちろん窓に向かって正座することはないが、いまだに私は窓外を流れる風景に強く惹かれており、以前は眺めのいい窓際の席は家内に譲っていたのだが、家内もすぐ寝てしまうので近年は窓際の席を譲ってくれるようになった。
早朝に起床してワールドカップを観戦後そのまま自宅を出発し、大船から踊り子で伊豆急下田までの2時間ちょっとの間、眠ることもなく持参した文庫本を少し読んだ以外はほとんど飛び去るようにうつり行く窓外の景色を眺めて過ごした。

そんなときの私は何も考えていない。
頭の中はカラッポである。

歯科医院、専門学校、歯科医師会など、社会が私に課したタスク(任務)をいったんすべて置き去りにするだけでなく、いいことや楽しいことも思い浮かべたりせず、大好きな音楽すらほとんど耳にすることなくただひたすらボンヤリしている。
忙しい日常の継続には、上質なボンヤリの非日常が避けられないということなのだろう。

下田での2泊3日、大変けっこうな「ボンヤリ」でした。

2026年6月29日 ワールドカップの季節。

サッカーのワールドカップが盛り上がっている。
日本はグループステージを1勝0敗2引き分けの2位通過して、次は決勝トーナメントの1回戦で優勝候補ブラジルと対戦する。

私はスポーツ観戦好きだが、ふだんプロ野球やJリーグはスポーツニュースでダイジェストを観るぐらいである。
そんな私だがワールドカップは深夜・早朝に目覚ましをかけてライブで観戦することにしている。
録画してもそれを見る前に報道で結果が分かってしまうと、感動が半減するからである。

そんな私と共に観戦する家族、特に娘たちのサムライブルー応援熱はかなり熱いものがある。
二人とも社会人になってしまったわが家の娘たちと父親である私は、ふだんはそれほど話すこともなくなってしまったが、ワールドカップのおかげで最近は大変良好なコミュニケーションがとれている。

これまで私がTV観戦する際に身に着けていたのは、往年のファンタジスタ中村俊輔選手の背番号10番の応援用Tシャツだった。
それは私がNAKAMURAな上に10番なので、もう古いモデルになってしまっていたのだが大のお気に入りだったのである。

しかし、今回は何年ぶりかでワールドカップが始まる前に新調した。
現在日本代表チームの左ウィング13番、中村敬斗選手のユニフォームである。

もちろんこちらもNAKAMURAで、オランダ戦1点目で決めたまた抜きシュートやチュニジア戦1点目の鎌田大地選手へのアシストなど、大活躍がとても熱い。
次のブラジル戦でもきっと活躍してくれることだろう。

13番を身に着け10番は壁に飾って、TVの前で正座して応援しようと思う。
バモス(行け)ニッポン!

2026年5月31日 「テンブランク」
No Music No Life ! 音楽のない人生なんて!(1)
ローズ・ガーデンの5月

なぜだろう、いつも音楽に心ひかれている。
それがどういうわけか昔から聞いているなじみの深い曲だけでなく、最近の若者むけの曲でも気に入ると、どっぷりハマってしまうのだ。
出逢いはこのyoutubeの動画だった。
その動画はこちら↓
雷鳴ひびくどしゃ降りの雨の中で繰り広げられる、ピアノとドラムのセッションに引き込まれた。
ピアノはフーディーをかぶった謎めいた男性、そしてドラムは可憐な少女のような女性である。
激しく降りしきる雨、波打つ水面(みなも)、飛び散るしぶき、ずぶ濡れの演奏という非日常的シチュエーション、激しくも美しいピアノのメロディー、キュートな女性が裸足で叩くパワフルなドラム…。
ヤラレた。

白状しよう。
ギャップ萌えである。
なんだこれは?となって調べたら、ネットフリックスのドラマ「グラス・ハート」の冒頭のシーンだった。
その動画はこちら↓
また感想だけを述べるつもりだが、ネタバレにはご注意頂きたい。
「グラス・ハート」はライトノベルが原作の、ロックバンド「テンブランク」を舞台にした青春音楽ドラマである。
ピアノ・ベース・ヴォーカル担当で、作詞・作曲・編曲を担う才能溢れるカリスマ的リーダーだが、音楽バカ的な側面をもつ藤谷直季を演ずるのは佐藤健。
ヒロインの下町大学生ドラマーガール、西城朱音を演ずるのはオーディションで採用された宮崎優。
業界で一目おかれるスゴ腕ギターテクニシャン、高岡尚を演ずるのは町田啓太。
作曲・編曲とベースもこなす育ちのよさそうなツンデレキーボードマニア、坂本一至を演ずるのは志尊淳。

以上四名が「テンブランク」のメンバーである。
容姿が整った俳優たちで構成されたバンドなので、ある意味ビジュアル系バンドともいえる。
それぞれに孤独を抱えながら、バンド活動を通じて絆を深めたりぶつかり合ったりしながら成長してゆく、王道エンターテイメント人間ドラマが展開する。

乗り物好きの観点からは、西城朱音が乗る真っ赤なヴェスパ(イタリアン・スクーター)はキュートな彼女にジャスト・フィットしている。
ヴェスパといえば古くは映画「ローマの休日」でグレゴリー・ペックが後ろにオードリー・ヘップバーンを乗せて走っていたし、ドラマ「探偵物語」で松田勇作が乗っていたのは白だった。

高岡尚が乗るダーク・メタリック・ブリティッシュ・グリーンのレンジ・ローバー(元祖SUVとも呼ばれる丸目の旧型)はシブい選択でナイス・チョイスだと思った。
高岡尚がロック・ギタリストのタイプとしてアメリカン・ハード・ロックのエディ・ヴァンヘイレンではなく、UKロックのエリック・スローハンド・クラプトン寄りであることがイメージとして愛車のキャラから伝わった。
ただ両車ともオシャレだが壊れやすく日常のアシとしては現実味が薄いが、見るものに夢を与えるドラマの小道具としては絶妙なアジが出ていてナルホドであった。

5月の連休は毎年どこへも遠出はせず、買い物や友人と会って食事をするぐらいなのだが、今年は引きこもって「グラス・ハート」全10話のドラマ三昧だった。
明らかに若者向けのドラマだが音楽好きオヤジの私には、楽しめる作品だった。
しかしドラマはもちろん観る者の心に訴えかけるものだから、ストーリーがドラマティック(劇的)になるのは当たり前だが飛躍しすぎて一線を越えてしまうと、興ざめエリアに突入してしまう。

ストーリーや演出としてはやや「やり過ぎ」感はあり、ファンのための作品といえるだろう。
ネットにおいて原作との乖離(かいり)を指摘する、原作ファンからの否定的な意見も見受けられる。
私としては、特に医療的な観点からそれを感じざるをえないシーンは確かにあった。

私が引き込まれたどしゃ降りセッションも、考えてみればピアノもドラムも水ぬれ厳禁な楽器である。
私としては、ドラマが与えてくれる非日常的シーンとして歓迎だが、楽器に携わる人々にはドン引きシーンになってしまうだろう。
しかし、そんなモヤモヤを吹き飛ばしてしまうぐらい音楽が私にササった。
近年洋楽にはたまに出逢いがあったのだが、好みに合うJ-POPに飢えていたのである。

メイン・テーマ「グラス・ハート」、サブ・テーマ「旋律と結晶」、ラヴ・テーマ「永遠前夜」どれもいいが、日比谷野音を伝説のステージにしたデビュー・テーマ「マトリックス」が一番よかった。
それ以外の「シトラス」、「君とうたう歌」などもよかったが、「テンブランク」以外の挿入歌もヨアソビ「アンコール」などのいい選曲がそれぞれのシーンを際立たせていた。

そして、楽器未経験だった四人の俳優たちがこの作品のために長期間猛練習にはげみ、実際に演奏しているクォリティーの高さが驚きである。
その大変さはメイキングの動画から伝わる。
その動画はこちら↓
こんなロックバンドがドラマだけで終わるのはもったいないと思っていたら、しっかりメジャーデビューしていた。

私は音楽好きだが、なにか楽器をやろうとするとそれがストレスになってしまう。
カラオケも苦手である。
聞くだけの音楽マニアで、好みのジャンルはJ-Pop・洋楽・ジャズ・クラシックなど幅広いが、ストライクゾーンは狭い方だと思うのだがこのアルバムは、どストライクだった。

作詞・作曲・編曲だけ本職のRADWIMPS野田洋次郎らにまかせ、ドラマの劇中歌でアルバムデビューを果たしたということで、ここまでやり遂げた「テンブランク」の四人に心から拍手を送りたい。
昨年7月31日配信開始になった作品なので、メガヒット映画「国宝」と時期的にかぶってしまったのは不運だったのかもしれない。
武器の輸出を解禁するよりも、アニメだけでなくこういった上質なドラマや映画、音楽などをもっと輸出できるようになればいいのにと思う。

家内の感想は、お約束の「タケル君、カッコイイわネェー!」だった。
推しです! 「テンブランク」

2026年4月26日 桜
山手パーク歯科アート・ギャラリー・ストーリー(1)
桜の時期が終わり季節は新緑である。
今年の桜は卒業式から入学式までもって、長く楽しめたように思う。
花見は鎌倉の段葛(だんかづら)に行ったが、天気は曇りであまり映(バ)える画像は撮れなかった。
長年このブログを継続しているのでその時期は天気を意識しているのだが、お花見日和の日に仕事をしていることも多く、なかなかタイミングが合わないものである。

私にとって思い出深いこの画像は、勤務医時代のある休日のものである。
当時磯子の屛風ヶ浦に住んでいたのだが、長女の幼稚園のイベントに家内が参加しなければならないことになり、私が未就園の次女をみることになった。
クルマが修理か車検で、ディーラーから鮮やかなブルーの新型小型車の代車がきていた。
いつもと違うクルマに乗ってみたかったのもあり、次女を連れて近くの久良岐公園に出かけた。
普段ジョギング・コースにしていた公園なので、勝手知ったるスポットである。
桜はまだほころび始めたばかりで満開にはほど遠かったので、桜の画像を撮ることはあまり意識になく、次女のスナップを撮るつもりで買ったばかりのコンパクト・デジカメがポケットに入っていた。
地元の人々の憩いの場である公園に、このタイミングでは人出もあまり多くはなかった。
天気は曇っていたのだが風が強かった。
幼い次女と遊びながら公園をひと回りし、ベンチに座ってオヤツタイムにした。
そのベンチのそばに桜の木があり、ふと見上げるとほころび始めた桜が咲いていた。
そんな花を撮っておけば今日という日がどんな時期だったのか記録できると思い、デジカメだから大したムダにもならないので、手が届きそうなほど低い位置に咲いていた花に思い切りカメラを近づけて撮った瞬間、雲が流れてバックが青空になった。
手を高く伸ばしてモニターを見ながら撮ったもので、それまでのファインダーをのぞいて撮るフィルムカメラの習慣からは思いつかない撮影スタイルだった。
撮った瞬間手応えを感じ、背筋がゾクッとしたことを憶えている。
いい画像をモノにした瞬間が分かるものなのだということを、初めて理解した。
偶然が重なって撮った自分が驚いた、神様が撮らせてくれた宝物のような「ギフテッド・ショット」である。
ほぼ家内のワンオペだったわが家の育児環境において、珍しく少しばかりイクメンした私へのごほうびだったのかもしれない。
2026年3月30日 卒業。
山手パーク歯科アート・ビデオ(2)

卒業シーズンである。
私は長年、専門学校の一年生に「衛生学・公衆衛生学」という教科の一年間かけて行う講義を担当している。
先日、卒業式に出席した。

卒業生の彼らに講義を始めた3年前はほとんどの学生たちが18歳の高校新卒で、新しい環境に戸惑っている印象だったが、今はすっかり逞しく成長し国家試験も終えてもうすぐ柔道整復師として社会に羽ばたこうとしている。
当たり前のことなのだが、社会的にド素人だった彼らが3年間でプロフェッショナルになる瞬間に立ち会うのは、何とも言えずいいものである。
みんないい笑顔であった。

私は毎年この時期になると見る動画がある。
卒業式におけるメッセージ動画である。

海外は卒業シーズンが夏だが、こういった動画を見るのは日本人の私としてはやはり3月がしっくりくる。
こういう動画を見るきっかけになったのはスタンフォード大学卒業式におけるApple創業者の故スティーブ・ジョブズ氏の有名なスピーチである。
(その動画はこちら↓)
iPhoneなどの新製品発表会におけるプレゼンが有名な彼の祝辞は、聞く者の意識を引きつけるユーモアがちりばめられているが、ウケを狙っているわけではないようで真顔である。
“Stay Hungry Stay Foolish” 「貪欲であれ 愚かであれ」が印象的な素晴らしいスピーチであった。

他にもいくつも卒業生への祝辞スピーチの動画があるが、私が最も好きなのはNYU TISCH(ニューヨーク大学ティッシュ芸術大学院)の卒業式における映画俳優ロバート・デニーロ氏のスピーチである。
(その動画はこちら↓)
卒業式の祝辞でありながら冒頭からシニカル(皮肉)な表現で卒業生たちを落としてゆくが、そのあまりの落差の大きさに出席者全員が爆笑に包まれる。
そしてその理由を説明してゆくと、社会的に後輩に当たる自分と同じ芸術分野を志す若者たちへの愛情に満ちた素晴らしいスピーチになってゆき、最後のオチも完璧でまたもや大爆笑。

すかさずのキレッキレのシメもあざやかに決まって温かい気持ちに包まれ、思わず「ブラボー!」と叫んでスタンディングオベーションしたくなる。
「拒絶を恐れるな」と ”NEXT”「次へ」が印象的だった。

ところでまた戦争が始まってしまった。
2月28日にアメリカとイスラエルがイランを攻撃したのである。
私は正義の戦争よりも、不正義でも平和の方がいいと思っている。

人間は歴史上、統合と分断を繰り返してきた。
グローバル化の統合の時期の次に、いま分断の時期を迎えたのかもしれない。
そんな今、私に響くのは2025年ハーバード大学卒業式における卒業生代表の中国系女子学生のスピーチである。
(その動画はこちら↓)
昨年2025年はハーバード大学が分断志向の大統領から圧力をかけられていることが、たびたび報じられていた。
その背景の下、世界各国から集まったクラスメイトたちと国際的な融合を学んでいた彼女は、途中感極まって涙ぐみながらもグッとこらえて厳しい現実を目の当たりにしながらも、胸に理想を抱くことの大切さを主張している。

若者たちがこういう考え方をしてくれているのならいずれこの分断の時期も終わり、きっとまた統合の時期がやってくるのだろう。
戦争がこれ以上拡大せずに、早期に終結することを祈ってやまない。
それにしても私たち人間は、いったいいつになったら戦争から卒業できるのだろう。

2026年2月27日 夢
山手パーク歯科 アート・ビデオ(1)

夢とは、言うまでもなく睡眠中の無意識下において体感する現実味のある一連の観念や心像であり幻覚である。
夢を語る上で、告白しなければならないことがある。
私は幼い頃、朝目覚めたときに夢を見たことだけを覚えていて、夢の内容が思い出せないことをとても残念に思っていた。
そこで寝る前に枕元に紙と鉛筆を置いておき、夜中に夢を見て目覚めたときにその内容をメモってからまた寝ることにしたのである。
そうすると起床時に、見た夢の内容を思い出すことができて大満足であった。

その後成長して様々なストレスに晒されるようになったのか、追いかけられる怖い夢しか見なくなり、そんなこともやめてしまった。
怖い夢ばかりがあまりにも続くと、無意識の中のどこかで追いかけられながらも夢であることを認識していて、恐怖よりも「やれやれまたか」という感じでめんどくさがりながら逃げ回るのである。
私が、ちょっとかわった子供であったことがバレてしまうエピソードである。

いまの私は夢を見ない。
歯科医院という職場で一日を過ごすと適度な肉体労働でもあるためか、夢を見るほどの余裕もなく貪るように深い眠りに落ちて、目覚ましが鳴るまで爆睡してしまう。
夜中にあった大きな地震を知らなくて、よく恥ずかしい思いをする。

しかし「夢」はそれ以外にも「理想」や「高い目標」、「非現実的なこと」なども夢と呼ばれ多義的に使用される言葉である。
動画の11分45秒ごろから始まる“ I have a dream”「私には夢がある」が印象的なのは、マーティン・ルーサー・キング牧師の演説である。
人種差別撤廃を呼びかけたこの演説における夢は「理想」ということになる。
(その動画はこちら ↓ )
ミラノ・コルティナオリンピックが幕を閉じた。
約2週間に渡り熱戦がくりひろげられ、数々のドラマが生まれた。
2000年シドニーオリンピック女子マラソン金メダリスト高橋尚子選手の「夢はかなう!」や、2021年東京オリンピックソフトボール金メダリスト上野由岐子選手の「諦めなければ夢はかなう!」は、見るものに勇気を与えた。
この場合の夢は金メダルという「高い目標」のことになる。

しかし私たちは知っている。
世の中は理想と現実でできていることを。
ただ単に諦めさえしなければ、夢がかなうわけではないことを。
夢をかなえるためには、それ以外の多くのことを諦めなければならないことを。
だから私たちはアスリートに対して敬意を払うのだろう。
その期待の裏返しとして、SNSにおけるアスリートに対する誹謗中傷が問題となっているのだが。

ところで私は子供の頃からのクルマ好きである。
父もそうだったので「重症遺伝性クルマ好き症候群」といえるだろう。
単にクルマが好きなだけではなく運転好き、そしてクルマで出かけるドライブ好きでもあることは、以前このブログでも何度か述べた。
(そのブログはこちら→2022年8月13日ストレスを以ってストレスを制す。)
(そのブログはこちら→2023年7月6日たまにはいいな助手席も。)

クルマ好きにとっての憧れはやはりスポーツカーだろう。
若い頃、そんなクルマに乗っていたこともなくはない。
しかし、結婚して家族が増えるとどうしてもドアの数が多いファミリーカーが現実的になり、スポーツカーは二台目の選択肢になってしまう。
二台持ちができるほどの富裕層ではない私が乗っているのは、ワゴンタイプのちょっとスポーティーなファミリーカーである。

以前、夏のバカンスで下田へ行くときに家族四人と荷物をたくさん載せて自宅から、ヨコヨコ→保土ヶ谷バイパス→東名→小田厚で小田原まではハイスピード・クルージング。
箱根ターンパイク→伊豆スカイライン→天城越え→下田までは、ワインディング・ロードの峠攻めで3時間ちょうどという記録を持っていた。
箱根ターンパイク→伊豆スカイラインは、カー・グラフィックTVのロケによく使われていたコースで、ファミリーカーのオートマ車だが2~4速を変速してエンジンブレーキを駆使しながら連続するコーナリングを楽しんでいた。
わが家の家族は鍛えられてタフになりクルマ酔いすることもなく、右に左に揺られながらも爆睡していた。

だから私は流行りのSUVやミニバンに興味がない。
二台持てない私にとって割高なのと、ファミリーカーのその一台にスポーツカー的な要素であるドライビング・プレジャー(走るよろこび)も求めているため、アイ・ポイント(着座位置)が高いクルマは魅力に欠けるのである。
しかし今やこのワゴンタイプは不人気車種になってしまい、どんどん少なくなっているのがさみしいかぎりである。

そんな私が冬の寒い時期、繰り返し見る古いyoutubeの動画がある。
私はこの動画を初めて見たとき、夢を見ているようだと思った。
この場合の夢は「非現実的なこと」に該当する。
(その動画はこちら ↓ )
この赤いスポーツカーはフェラーリF40(エフ・フォーティ)である。
生産台数が少なく、人気も価格も非常に高いクルマでハイスピード走行する動画もたくさんあるのだが、このクルマで雪上を走るというのが非現実的なのである。
その非現実的な光景を実際に撮影するのがいかに大変なことかは、メイキングの動画から理解できる。
(その動画はこちら ↓ )
非現実的なことを現実にやるとしたらかなり高額な出費が避けられないが、スポンサーがレッドブル(エナジードリンク・メーカー)である。
私は身に着ける物や身の回りの物は実用品なんだから、使わずに飾って眺めて楽しむのはむしろもったいないと思っている。
大して高額な物は持っていないのだが、分不相応ないいものが欲しくなったときそれを使うことができるかどうかを考える。
ちょっとムリすれば買えそうな物でも、もったいなくて使えないと考えれば買わないことにしている。

そんな私が逆立ちしても買えない資産や文化遺産として扱われるF40で、こんな夢のような非現実的光景を見せてくれるこの動画(ビデオ)を、飽きずに何度もリピートしてしまう。
こんな夢なら繰り返し見るのも悪くない。

2026年1月21日 Happy Birthday 山手パーク歯科 25th Anniversary

お正月も成人の日もあっという間に過ぎて、暦の上で大寒の20日になり寒さが厳しくなってきました。
昨日1月20日は、山手パーク歯科の誕生日でした。
おかげさまで25周年を迎えることができました。
25年間いろいろなことがありましたが、山手パーク歯科を受け入れて下さったみなさま、関係取引先やスタッフ、家族など支えてくださったすべての方々に感謝します。
これからも宜しくお願いします。

一昨年になった2024年の末にアップしたブログ(そのブログはこちら→2024年12月22日もうすぐクリスマス2024)で、流行語大賞を受賞した「ふてほど」を知らなかったことを述べました。
昨年2025年は「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」が受賞しました。

もちろんこれは私も知っていて、わが国初の女性首相がその覚悟を表現した言葉のようですが、傷つく方もいて抗議の声も上がっていたので、私としては「国宝(観た)」でよかったような気がしました。
価値観の多様化が進み、音楽と共に映画もメガヒットが出なくなっていた中での記録ずくめの大ヒットは、もはや社会現象と言えると思ったのです。

昨年9月のブログ(そのブログはこちら→2025年9月20日「国宝」金沢八景水辺関扉)で述べたように私は映画鑑賞後原作も読了、11月26日には発売直後のサントラCDまで手に入れるというハマりまくった状態です。
そして映画の象徴的なシーンと予告編でも流れているテーマ曲とも言える「Luminance」という楽曲が素晴らしいです。

原摩利彦作曲、坂本美雨作詞、ヴォーカル : king gnuの井口理というスローバラードで、メインキャラクター喜久雄(吉沢亮)が歌舞伎役者として追い求めている理想である「きれいな景色」が表現されていると思います。
ゆったりとしたメロディーと伸びやかなファルセット(高音)がとても印象的ですが、私に最も響いたのはその歌詞です。

それは冒頭に「ああ ここは 痛みも 恐れもない …」というもので、これ以上歯科医院にピッタリとハマる楽曲もそうそうありません。
歯科医師がその匠の技を評価されて「国宝」になることは考えづらいですが、私もこれからその「きれいな景色」を追い求めて更にいっそう精進していこうと思います。

2025年12月22日 もうすぐクリスマス。
たくさんのありがとう。

早いもので今年も、一年をふり返るこの時期になりました。
言うまでもなく人生は、出逢いと別れでできています。
今年は別れの多い一年でした。
3月のブログでアップしたM.H先生は山手パーク歯科初代の矯正治療担当医でした。
10月のブログでアップしたのは私の弟でした。

そしてもう一人、古い友人のY.Tさんが8月に亡くなりました。
私にとって彼は少し年上でアウトドア派の、あまり周りにいないタイプの魅力的な存在でした。
親しくなって誕生日にプレゼントを差し上げたら喜んで頂き、私の誕生日にお返しのプレゼントを頂いたのが、刃渡り4cmの小さな折りたたみ式のナイフでした。

そのとき彼はこうコメントされました。
「何をあげたらいいか全然浮かばなかったから、自分がもらったら嬉しい物にしたよ。」
アウトドア派ではない私ですがこれがとても嬉しくて、すぐにオレンジの皮をむいてみたことはありますが、それ以来ほとんど使ったことはありません。
ふだんデスクの引き出しにしまってあり、ときどき手に取ってそのクールな輝きやナイフとしてはキュートなフォルム、小ぶりな外見にしては意外なズッシリした存在感と滑らかでヒンヤリした肌触りを確かめていると不思議に気持ちが落ち着いて、私にとってお守りのような宝物になりました。
村上春樹著「海辺のカフカ」の冒頭で、これから家出する15歳の少年「田村カフカ」がその準備のために父親のデスクの引き出しを物色してナイフを持ち出すシーンでは、すぐにこのナイフのことが浮かびました。
誰かにプレゼントをする際に相手を想うのはもちろん大事なことだけど、あげる人の気持ちなのだから自分が貰って嬉しいものをあげればいいということを、私は彼から学びました。

夜釣りに出かけるときに、ご一緒させて頂いたことがあります。
湘南の暗いビーチで、投げては引き投げては引きする彼の影を黙って見ていました。
釣りは糸を垂れてのんびりと待つものだと思っていたら、意外と忙しいんだなと思いました。
結局そのときは何も釣れなかったのですが、特に残念そうでもなくあっさりと引き上げました。
彼が運転する帰りの車の中で釣りをしながら何を考えているのか質問したところ、彼はこう応えました。
「何も考えない時間を作るために釣りをするんだよ。
普段、少しボーっとしていてもたいてい何か少しは考えてしまうだろ?」
「なるほど!」でした。
彼にとっての釣りは日常のリセット行動であり、私のジョギングと同じだなと思ったのです。

今から約25年前、山手パーク歯科を開院することになった私は看板のデザインをグラフィックデザイナーであるY.Tさんにお願いしました。
できあがったロゴマークは大変気に入っており、看板だけでなく患者さんにお渡しする診察券、白衣の胸や袖口のネームの刺繍、もちろん私の名刺にもこのロゴを使わせて頂いております。

私が迷ってメインのマークは葉っぱではなく、やっぱり歯科医院なので歯の形をデザインしたものの方がいいか相談したところ彼はこともなげにこう応えました。
「バカなデザイナーが歯と葉を間違えたことにすれば面白いよ」
私は仕事を続ける限り、このデザインと共に歩んでいくつもりです。

近年忙しさ故にすっかりご無沙汰してしまっていたのですが、彼の訃報に接し大きなショックを受けました。
先日行われた、お別れの会に出席して最期の様子をうかがいました。
倒れて運ばれた病院に、駆けつけたお嬢さんにかけた最期の言葉は「泣くなベイビー」だったそうです。
なんてカッコイイ、彼らしい最期の言葉なんでしょう。
たくさんの形ある思い出と、共に過ごした楽しい時間に感謝し、心よりご冥福をお祈り申し上げます。
合掌。

本年も一年間、この拙いブログをご愛読いただきありがとうございました。
もうすぐやってくる2026(令和8)年は、どんな一年になるのでしょう。
みなさんにとって、よい一年になることをお祈り致します。
それでは最後になりましたが、みなさん「メリー・クリスマス」。
そしてよいお年をお迎え下さい。
