2025年9月20日 「国宝」アート・シネマ(7)
金沢八景水辺関扉(かなざわはっけいみずべのせきのと)
先日、年に一度のお勤めにございますが人間ドックに行って参りました。
この歳になるとたまに小さなチェックが入ることがございますが、今年はオールセーフでホッと致しました。
毎年お世話になる金沢八景の検診病院は入り江の向こうに野島を望む、私の健康にとっては水辺の関所のような場所でございます。
前回ブログの「F 1 / エフワン」ザ・ムービーは完全に私のワガママに家内を付き合わせたわけでございますが、一方的なワガママだけを通してそれで終わりにできるほどわが家の掟(おきて)は甘くはございません。
今回は家内のワガママに付き合って歌舞伎の世界を描いた映画「国宝」を観ることになり、横浜の映画館で友人の奥様もご一緒して三人で鑑賞致しました。
歌舞伎鑑賞という高尚な趣味をお持ちの別の友人ご夫妻から、歌舞伎座土産に手拭いを頂いたことがございます。
私の姓の中村にちなみ中村屋の手拭いなのでございますが、「中」と「ら」はプリントされていますが「む」がございません。
デザイン上クロスするラインが細線5本に太線1本の合計6本で、おそらくこの「六」を「む」と読ませて「中むら」なのでございましょう。
私は高校生のときに学校の行事で歌舞伎鑑賞に連れて行かれたことはありますが、退屈したことしか覚えていないのでございます。
私のワガママに付き合わされた家内の交換条件が映画「国宝」だったのでちょっと気おくれしたのですが、異例の大ヒットを記録しているニュースに興味がわき、観に行くことに致しました。
また感想だけを述べるつもりではございますが、これから鑑賞予定の方にはネタバレにご注意頂きますようお願い申し上げます。
大変素晴らしい映画でございました。
数奇な運命により出会い、同じ環境で共に育った立花喜久雄(吉沢亮)と大垣俊介(横浜流星)の二人が、歌舞伎役者の女形として芸の道を究めてゆく物語でございます。
同い年で兄弟のような繋がりを持ちつつもライバルとしての葛藤もあり、彼らを支える女性たちや様々な人間関係における絆と裏切り、芸の世界につきものの残酷な運命や激しい浮き沈みなどが展開致します。
例えば、才能がある名門のボンボンには手を差し伸べますが、同じように才能があっても不遇の野心家には目の前に立ちはだかる歌舞伎界特有の血統の壁なども描かれております。
歌舞伎の知識は持ち合わせない私でも、豪華絢爛な舞台や衣装だけでなく劇中劇として描かれる歌舞伎の演技の完成度の高さや人間ドラマとしての深さに圧倒されたのでございます。
吉沢亮と横浜流星は歌舞伎の舞踊と所作などの稽古に一年半を費やしたのですが、やればやるほど間に合わないことを感じ、必死でくらいついて稽古したようでございます。
この作品ではスクリーン上の彼らがもちろん輝いているのですが、その少年時代を演じた子役たち(少年・喜久雄:黒川想也 / 少年・俊介:越山敬達)もまた素晴らしい演技でございました。
特に少年・喜久雄が演じた「積恋雪関扉:つもるこいゆきのせきのと」のあどけなさの残る遊女墨染(すみぞめ)にはグッとくるものがございました。
屋上で乱舞するシーンに流れるテーマ曲「Luminance」 by 原摩利彦 feat. king gnu 井口理 は伸びやかなファルセット(高音)が特徴のスローバラードで、 J-pop というよりはオペラのようであり、ストーリーの展開に見事にハマっている大変印象深い楽曲で、そのシーンが脳裏に焼き付けられるのでございます。
上映時間の長さにビビッていたのですが、アッという間の3時間でございました。
この映画を鑑賞して一つだけ心残りだったのは、作品側の問題ではなくこちら側の問題として、高校生のときの経験を無駄にせずもう少し歌舞伎の知識が私に備わっていれば、この作品をより楽しめたのではないかというものでございました。
と申しますのも、歌舞伎の演目が終わって割れんばかりの拍手の明るくなった客席が映るシーンにおいて観客の一人、エキストラと思われる中年女性がハンカチで目頭を押さえているのが一瞬映し出されたのですがその仕草がとても演技には見えず、撮影のために鑑賞した演目に感動しているように見えたのでございます。
この作品が歌舞伎の紹介や解説のための物語ではなく、歌舞伎界に生きる人々の人間ドラマとして見ごたえがあったので、演目のあらすじや登場人物の背景やキャラクターが理解できていれば、更に深くストーリーの世界観に没入できたような気がしたのでございます。
そこで原作の吉田修一著「国宝」の文庫版を購入し読んでみたのですが、こちらも素晴らしい作品でございました。
この著者は三年間、裏方である黒子として歌舞伎の世界に身を置き、肌で空気を感じることによりその経験を著作に反映させたようでございます。
まるで役者の「役づくり」ならぬ作者の「本づくり」のようなお話で、この著者の執筆に対する姿勢の真摯さが伝わるエピソードでございます。
通常、文章の様式はシンプルに意図を伝える「だ・である調」と丁寧な印象になる「です・ます調」のどちらかですが、この原作は当ブログと同じく大変ご丁寧な「ございます調」なのでございます。
それがまた語り部が語る物語を耳にするようで、この作品の世界観にピッタリとハマっているのでございます。
映画を観てから原作を読むとネタバレ状態で読み進めることになるのですが、気に入った映画を繰り返し観ることがあるように、まったく飽きることがないばかりか物語を再度検証することになり、大変理解が深まったのでございます。
もちろんこちらでは歌舞伎の演目のストーリーや背景、キャラクターの人物像からみどころまで解説されており、これは読んでから観てもよかったなと思った次第でございます。
映画には出てこないシーンや登場人物もあり、映画ではやや納得感が足りなかったところも「なるほど」と思えるのでございます。
そして映画にあって原作にないシーンもあるのですがそれがまた映画を上手くまとめており、かといって原作の内容から乖離し過ぎることもなく、この原作のエッセンスをギュッと凝縮したのが映画「国宝」ということになりますが、それでも上映時間3時間でそれがまたアッという間なのでございます。
「きれいな景色」… 私も見てみたいものでございます。
独特の世界観を持つため、楽しむにはそれなりの準備が求められる歌舞伎という芸能を題材にしながら、まったくのシロウトである私が心から楽しめる作品になっているところが、映画「国宝」大ヒットの所以(ゆえん)ではないかと思われるのでございます。
李相日監督の力作に「天晴れ(アッパレ)!」 でございます。
この映画「国宝」は認知度が高まるため歌舞伎界の反応も概ね良好のようですが、コアな歌舞伎ファンからはネガティブな意見もあるようでございます。
家内はといいますと「リョウ君もリュウセイ君もカッコイイわねぇー!」とのことでございました。
私はと申しますと、大変上等で手の込んだ美味しい懐石料理のフルコースを、お腹いっぱい頂いた後のような鑑賞後感と読後感に大満足で、昔のTV番組「料理の鉄人」の審査員、故岸朝子氏ではございませんが「大変、美味しゅうございました」 でございました。
ほぼ社会現象的な異例の大ヒット中の映画「国宝」、オススメでございます。