横浜市中区の山手パーク歯科のブログ(石川町)

横浜市中区の山手パーク歯科のブログ(石川町)

横浜市中区石川町の歯医者が日々の生活で気付いたことを綴る趣味の日記です。最近では歯科の話以外の趣味やペットのブログにになりつつあります。。。

   2025年12月22日 もうすぐクリスマス。
            たくさんのありがとう。




 早いもので今年も、一年をふり返るこの時期になりました。

言うまでもなく人生は、出逢いと別れでできています。

今年は別れの多い一年でした。

3月のブログでアップしたM.H先生は山手パーク歯科初代の矯正治療担当医でした。

10月のブログでアップしたのは私の弟でした。



そしてもう一人、古い友人のY.Tさんが8月に亡くなりました。

私にとって彼は少し年上でアウトドア派の、あまり周りにいないタイプの魅力的な存在でした。

親しくなって誕生日にプレゼントを差し上げたら喜んで頂き、私の誕生日にお返しのプレゼントを頂いたのが、刃渡り4cmの小さな折りたたみ式のナイフでした。



そのとき彼はこうコメントされました。

「何をあげたらいいか全然浮かばなかったから、自分がもらったら嬉しい物にしたよ。」

アウトドア派ではない私ですがこれがとても嬉しくて、すぐにオレンジの皮をむいてみたことはありますが、それ以来ほとんど使ったことはありません。

ふだんデスクの引き出しにしまってあり、ときどき手に取ってそのクールな輝きやナイフとしてはキュートなフォルム、小ぶりな外見にしては意外なズッシリした存在感と滑らかでヒンヤリした肌触りを確かめていると不思議に気持ちが落ち着いて、私にとってお守りのような宝物になりました。

村上春樹著「海辺のカフカ」の冒頭で、これから家出する15歳の少年「田村カフカ」がその準備のために父親のデスクの引き出しを物色してナイフを持ち出すシーンでは、すぐにこのナイフのことが浮かびました。

誰かにプレゼントをする際に相手を想うのはもちろん大事なことだけど、あげる人の気持ちなのだから自分が貰って嬉しいものをあげればいいということを、私は彼から学びました。



夜釣りに出かけるときに、ご一緒させて頂いたことがあります。

湘南の暗いビーチで、投げては引き投げては引きする彼の影を黙って見ていました。

釣りは糸を垂れてのんびりと待つものだと思っていたら、意外と忙しいんだなと思いました。

結局そのときは何も釣れなかったのですが、特に残念そうでもなくあっさりと引き上げました。

彼が運転する帰りの車の中で釣りをしながら何を考えているのか質問したところ、彼はこう応えました。

「何も考えない時間を作るために釣りをするんだよ。

普段、少しボーっとしていてもたいてい何か少しは考えてしまうだろ?」

「なるほど!」でした。

彼にとっての釣りは日常のリセット行動であり、私のジョギングと同じだなと思ったのです。



今から約25年前、山手パーク歯科を開院することになった私は看板のデザインをグラフィックデザイナーであるY.Tさんにお願いしました。

できあがったロゴマークは大変気に入っており、看板だけでなく患者さんにお渡しする診察券、白衣の胸や袖口のネームの刺繍、もちろん私の名刺にもこのロゴを使わせて頂いております。



私が迷ってメインのマークは葉っぱではなく、やっぱり歯科医院なので歯の形をデザインしたものの方がいいか相談したところ彼はこともなげにこう応えました。

「バカなデザイナーが歯と葉を間違えたことにすれば面白いよ」

私は仕事を続ける限り、このデザインと共に歩んでいくつもりです。



近年忙しさ故にすっかりご無沙汰してしまっていたのですが、彼の訃報に接し大きなショックを受けました。

先日行われた、お別れの会に出席して最期の様子をうかがいました。

倒れて運ばれた病院に、駆けつけたお嬢さんにかけた最期の言葉は「泣くなベイビー」だったそうです。

なんてカッコイイ、彼らしい最期の言葉なんでしょう。

たくさんの形ある思い出と、共に過ごした楽しい時間に感謝し心よりご冥福をお祈り申し上げます。

合掌。



本年も一年間、この拙いブログをご愛読いただきありがとうございました。

もうすぐやってくる2026(令和8)年は、どんな一年になるのでしょう。

みなさんにとって、よい一年になることをお祈り致します。

それではみなさん「メリー・クリスマス」

そしてよいお年をお迎え下さい





 

   2025年11月25日 海辺の「海辺のカフカ」
        No Book No Life(本のない人生なんて)!(1)




 電車・デスク・ベッドなど、読書する場所にこだわりはない。

だがこの作品は、ダジャレではないがなんとなく海辺で読もうと思っていた。



今年は夏に下田に行かなかったので、秋になってから先日行ってきた。

秋のビーチリゾートは人出も少なく海やプールに入ることもないため、その分さらに時間がゆっくりと流れており、読書するにはとてもいい環境だった。

いつものように感想だけを述べるつもりだが、ネタバレにはご注意頂きたい。



村上春樹著「海辺のカフカ」は、2002年に刊行された23年前の作品である。

私が意識的に村上作品を避けてきたことは、以前にアップしたブログ(そのブログはこちら→2024年2月13日バレンタインにラヴストーリーを!)で述べた。

そのブログでとり上げた「1Q84」がとてもよかったので、いずれ「海辺のカフカ」は海辺で読まなくてはと思っていたのである。



どの村上作品にもストーリーに幻想的で非現実的なシーンはあるがその中でも私が好きなのは、ある程度リアリティーに繋がりがある「1Q84」のような作品で、「ねじまき鳥クロニクル」のような抽象的で暗示的、閉塞感に満ちた作品は苦手である。

「海辺のカフカ」はちょうどその中間のような作品で、田村カフカという十五歳の少年の成長物語としてストーリーが展開する。

ナカタさんの物語がサブストーリーとして展開するが、こちらは星野青年の成長物語にもなっている。



「1Q84」と同じようにたくさん登場する本・映画・音楽の引用が大変興味深く、特に音楽情報が豊富で手軽なのでAmazonでCDを購入して聞いてみた。

古い洋楽はロックを中心にビートルズ・レッドツェッペリンのようななじみのあるものや、プリンス・レディオヘッドのような時代的にリアルタイムではあったがなじみがないものもあって、あらためて聞いてみるとどれもなかなかよかった。

その他ポップス・ジャズ・ソウル・ラテン・映画音楽も少しあったが、クラッシックの情報が充実していた。



「1Q84」のクラシックのテーマ曲はヤナーチェックの「シンフォニエッタ」だったが、「海辺のカフカ」では星野青年が出会ったベートーヴェンのピアノ三重奏曲(ピアノ・ヴァイオリン・チェロ)第7番、「大公」だった。

喫茶店のマスター推しの百万ドルトリオ、星野青年がCDを購入した廉価盤とされたおそらくはアリスタトリオ、大島さん推しのスークトリオを聞き比べてみたが、私には百万ドルトリオが一番耳になじみがよかった。

録音が古いせいなのかもしれないが、CDなのにアナログレコードのような音に柔らかさが感じられた。



読み進めて物語の終盤、田村カフカが自分に対する母の愛に疑念を抱いていることが分かったとき、私の中でスイッチが入る音がした。

「これは私だ」と。



私は、一般的な時期より早く両親を亡くした。

今の自分が幸せだと思うからこそ、もちろん両親には感謝している。

にもかかわらず、感謝だけではないフクザツな思いが胸の中に凍りついている。

反論の機会が失われている死者について多くを語るべきではないが、だからこそやり場のない葛藤を長年抱え続けているのである。



しかし私は学んだ。

自分の中で乗り越えるしかないことを。

そしてすべてを許すことだけが、唯一の救いであることを。



8月に弟が亡くなって私一人になり、冷静に物語と向き合うことができるようになったこのタイミングで23年前のこの作品に出合ったのも、単なる偶然ではなく必然だったのだろう。

田村カフカと共に私も、〇十五歳の「少年」として成長できたような気がする。





 

   2025年10月5日 言葉にできない。

 

 先日長年の闘病の末、弟が亡くなりました。

 

過去ログ(そのブログはこちら→2023年2月16日 冬来たりなば春遠からじ)でアップした「遺伝子を共有する肉親」です。

 

 

三歳ちがいの弟で、二人兄弟だったので子供の頃は一緒によく遊び、ケンカもしました。

 

私に生を与え育んだ家庭の構成員は、私だけになってしまいました。

 

今の気持ちを上手く言葉にすることができません。

 

早すぎる弟の死去を悼み、哀悼の意を表します。

 

合掌。

 

 

 

 2025年9月20日 「国宝」アート・シネマ(7)

 金沢八景水辺関扉(かなざわはっけいみずべのせきのと)

 

 

 先日、年に一度のお勤めにございますが人間ドックに行って参りました。

 

この歳になるとたまに小さなチェックが入ることがございますが、今年はオールセーフでホッと致しました。

 

毎年お世話になる金沢八景の検診病院は入り江の向こうに野島を望む、私の健康にとっては水辺の関所のような場所でございます。

 

 

前回ブログの「F 1 / エフワン」ザ・ムービーは完全に私のワガママに家内を付き合わせたわけでございますが、一方的なワガママだけを通してそれで終わりにできるほどわが家の掟(おきて)は甘くはございません。

 

今回は家内のワガママに付き合って歌舞伎の世界を描いた映画「国宝」を観ることになり、横浜の映画館で友人の奥様もご一緒して三人で鑑賞致しました。

 

歌舞伎鑑賞という高尚な趣味をお持ちの別の友人ご夫妻から、歌舞伎座土産に手拭いを頂いたことがございます。

 

私の姓の中村にちなみ中村屋の手拭いなのでございますが、「中」と「ら」はプリントされていますが「む」がございません。

 

デザイン上クロスするラインが細線5本に太線1本の合計6本で、おそらくこの「六」を「む」と読ませて「中むら」なのでございましょう。

 

 

私は高校生のときに学校の行事で歌舞伎鑑賞に連れて行かれたことはありますが、退屈したことしか覚えていないのでございます。

 

私のワガママに付き合わされた家内の交換条件が映画「国宝」だったのでちょっと気おくれしたのですが、異例の大ヒットを記録しているニュースに興味がわき、観に行くことに致しました。

 

また感想だけを述べるつもりではございますが、これから鑑賞予定の方にはネタバレにご注意頂きますようお願い申し上げます。

 

 

大変素晴らしい映画でございました。

 

数奇な運命により出会い、同じ環境で共に育った立花喜久雄(吉沢亮)と大垣俊介(横浜流星)の二人が、歌舞伎役者の女形として芸の道を究めてゆく物語でございます。

 

同い年で兄弟のような繋がりを持ちつつもライバルとしての葛藤もあり、彼らを支える女性たちや様々な人間関係における絆と裏切り、芸の世界につきものの残酷な運命や激しい浮き沈みなどが展開致します。

 

例えば、才能がある名門のボンボンには手を差し伸べますが、同じように才能があっても不遇の野心家には目の前に立ちはだかる歌舞伎界特有の血統の壁なども描かれております。

 

歌舞伎の知識は持ち合わせない私でも、豪華絢爛な舞台や衣装だけでなく劇中劇として描かれる歌舞伎の演技の完成度の高さや人間ドラマとしての深さに圧倒されたのでございます。

 

 

吉沢亮と横浜流星は歌舞伎の舞踊と所作などの稽古に一年半を費やしたのですが、やればやるほど間に合わないことを感じ、必死でくらいついて稽古したようでございます。

 

この作品ではスクリーン上の彼らがもちろん輝いているのですが、その少年時代を演じた子役たち(少年・喜久雄:黒川想也 / 少年・俊介:越山敬達)もまた素晴らしい演技でございました。

 

特に少年・喜久雄が演じた「積恋雪関扉:つもるこいゆきのせきのと」のあどけなさの残る遊女墨染(すみぞめ)にはグッとくるものがございました。

 

屋上で乱舞するシーンに流れるテーマ曲「Luminance」 by 原摩利彦 feat. king gnu 井口理 は伸びやかなファルセット(高音)が特徴のスローバラードで、 J-pop というよりはオペラのようであり、ストーリーの展開に見事にハマっている大変印象深い楽曲で、そのシーンが脳裏に焼き付けられるのでございます。

 

上映時間の長さにビビッていたのですが、アッという間の3時間でございました。

 

 

この映画を鑑賞して一つだけ心残りだったのは、作品側の問題ではなくこちら側の問題として、高校生のときの経験を無駄にせずもう少し歌舞伎の知識が私に備わっていれば、この作品をより楽しめたのではないかというものでございました。

 

と申しますのも、歌舞伎の演目が終わって割れんばかりの拍手の明るくなった客席が映るシーンにおいて観客の一人、エキストラと思われる中年女性がハンカチで目頭を押さえているのが一瞬映し出されたのですがその仕草がとても演技には見えず、撮影のために鑑賞した演目に感動しているように見えたのでございます。

 

この作品が歌舞伎の紹介や解説のための物語ではなく、歌舞伎界に生きる人々の人間ドラマとして見ごたえがあったので、演目のあらすじや登場人物の背景やキャラクターが理解できていれば、更に深くストーリーの世界観に没入できたような気がしたのでございます。

 

 

そこで原作の吉田修一著「国宝」の文庫版を購入し読んでみたのですが、こちらも素晴らしい作品でございました。

 

この著者は三年間、裏方である黒子として歌舞伎の世界に身を置き、肌で空気を感じることによりその経験を著作に反映させたようでございます。

 

 まるで役者の「役づくり」ならぬ作者の「本づくり」のようなお話で、この著者の執筆に対する姿勢の真摯さが伝わるエピソードでございます。

 

通常、文章の様式はシンプルに意図を伝える「だ・である調」と丁寧な印象になる「です・ます調」のどちらかですが、この原作は当ブログと同じく大変ご丁寧な「ございます調」なのでございます。

 

それがまた語り部が語る物語を耳にするようで、この作品の世界観にピッタリとハマっているのでございます。

 

 

映画を観てから原作を読むとネタバレ状態で読み進めることになるのですが、気に入った映画を繰り返し観ることがあるように、まったく飽きることがないばかりか物語を再度検証することになり、大変理解が深まったのでございます。

 

もちろんこちらでは歌舞伎の演目のストーリーや背景、キャラクターの人物像からみどころまで解説されており、これは読んでから観てもよかったなと思った次第でございます。

 

映画には出てこないシーンや登場人物もあり、映画ではやや納得感が足りなかったところも「なるほど」と思えるのでございます。

 

そして映画にあって原作にないシーンもあるのですがそれがまた映画を上手くまとめており、かといって原作の内容から乖離し過ぎることもなく、この原作のエッセンスをギュッと凝縮したのが映画「国宝」ということになりますが、それでも上映時間3時間でそれがまたアッという間なのでございます。

 

「きれいな景色」…  私も見てみたいものでございます。

 

 

独特の世界観を持つため、楽しむにはそれなりの準備が求められる歌舞伎という芸能を題材にしながら、まったくのシロウトである私が心から楽しめる作品になっているところが、映画「国宝」大ヒットの所以(ゆえん)ではないかと思われるのでございます。

 

李相日監督の力作に「天晴れ(アッパレ)!」でございます。

 

この映画「国宝」は認知度が高まるため歌舞伎界の反応も概ね良好のようですが、コアな歌舞伎ファンからはネガティブな意見もあるようでございます。

 

 

家内はといいますと「リョウ君もリュウセイ君もカッコイイわねぇー!」とのことでございました。

 

私はと申しますと、大変上等で手の込んだ美味しい懐石料理のフルコースを、お腹いっぱい頂いた後のような鑑賞後感と読後感に大満足で、昔のTV番組「料理の鉄人」の審査員、故岸朝子氏ではございませんが「大変、美味しゅうございました」でございました。

 

ほぼ社会現象的な異例の大ヒット中の映画「国宝」、オススメでございます。

 

 

 

 

   2025年8月11日 「 F 1 / エフワン」アート・シネマ(6)

  山手パーク歯科アート・ギャラリー「我走る、故に我あり。」

 

 

毎年お盆休みは、普段なかなか会えない友人と会うぐらいでどこへも遠出はせず、短パンで過ごしているので「短パン・デイズ」である。

 

このブログのアート・シネマ・シリーズは、いつも古い映画のDVDを自宅で鑑賞してアップしているのだが、久しぶりに映画館へ出かけた。

 

 

「トップ・ガン / マーヴェリック」のジョセフ・コシンスキー監督、ブラッド・ピット主演の「 F 1 / エフワン」ザ・ムービーである。

 

また感想だけを述べるつもりだが、これから鑑賞予定の方にはネタバレにご注意頂きたい。

 

 

父の影響もあり私は子供の頃からクルマ好きでそのスピードや、スポーツカー・レーシングカーの機能から導かれる造形美に強く惹かれる。

 

それでこの作品はDVDになる前に、迫力ある大画面の映画館で見ておきたかったのである。

 

 

面白かった。

 

人生について考えさせられるような場面は少ないが、単純に娯楽作品・エンターテイメントとしていい出来だと思う。

 

 

まず現実の F 1 の世界に APX GP(エイペックス・グランプリ)という架空のチームが参戦するという発想が面白いが莫大な製作費がかかったはずである。

 

その架空のチームのフォーミュラーカー(実車)を俳優たちが時速300kmで走行・バトルしながら撮影した映像だから、技術的な小細工一切ナシなので疾走感がめっちゃヤバい

 

 

いい歳したオヤジの私から、おもわず若者言葉が出てしまうほどのスゴイ迫力である。

 

レースシーンの走行音も映画館できくと爆音で、社会問題化している地球温暖化の抑制には逆行する感覚だが、やっぱりエンジンの音はいい音だと思ってしまう。

 

 

ブラッド・ピットのイケオジぶりはサスガでソニー・ヘイズという役がハマっている。

 

ジョニー・デップほどワイルド過ぎずトム・クルーズほど優等生過ぎずで、この役は彼しかあり得ないと思う。

 

 

現役 F 1 ドライバーや各チームの関係者も多数出演しており、各所に小ネタがちりばめられていて、 F 1 オタクというほどではないがファンの一人としてニヤリとさせられるところがたくさんあった。

 

映画館で鑑賞するのが久しぶりだったのだが、イマドキはイスの座面や背もたれがブルブル振動して背中やオシリから高い臨場感が伝わるのには驚いた。

 

この作品にはピッタリな効果と言えるだろう。

 

 

音楽は「ウィー・ウィル・ロック・ユー」byクウィーンなどの古いロックも盛り上がるが、「ドライブ」byエド・シーランはMVにこの「 F 1 / エフワン」ザ・ムービーのシーンが使用されているので、おそらく書き下ろされた曲なのだろう。

 

大迫力の大画面にパワフルなロックがハマる。

 

 

巨額な製作費、派手なアクション、名前で集客できる大スターというだけでつまらない作品もあるが、しっかりした物語なので最後までワクワクの連続だった。

 

斬新さ意外性を追求するよりも安定感のある脚本と、出演した俳優たちの高い実力に支えられた物語には感情移入しやすく引き込まれた。

 

 

主演のブラッド・ピットだけでなく、ワキを固めた俳優たちも印象的だった。

 

新人ドライバー:ジョシュア・ピアース役のダムソン・イドリス、マシンデザイナー:ケイト・マッケンナ役のケリー・コンドン、スゴ腕チーム監督:ルーベン役のハビエル・バルデムもとてもよかった。

 

 

「我(われ)走る、故(ゆえ)に我(われ)あり」(古代ギリシャの哲学者:トール・ナカムラテス)という言葉があるように(ないけど)、世の中の私を含む一部の人々にはクルマ・バイク・自転車にしろ自分の足にしろ、「走る」という行為が人生における重要なポイントになっている場合がある。

 

登場人物たちはみんな、それぞれの役割があるものの「走る」ということに対する姿勢に同じニオイがして親近感が感じられた。

 

 

封切りから一ヶ月以上がたち、観客の動員も落ち着いてきたのか朝や夜遅い時間帯の上映だったので、休日の夕食後の時間帯で鑑賞した。

 

特にクルマに興味もなくこの映画になんの期待もせず、私のワガママにただ付き合わされただけの家内もタイクツしたわけではなく作品を楽しめたようである。

 

 

「やっぱりブラピはカッコイイわねぇー!」

 

とのことだった。

 

 

連日猛暑のこの夏、涼しく快適な映画館で映画という夢を見て過ごすひと時がとても気に入ってしまった。


オトナの夕涼みに「 F 1 / エフワン」ザ・ムービー、オススメです。

 

 

 

 

 

 

 2025年7月30日「グラン・ブルー」アート・シネマ(5)

   山手パーク歯科アート・ギャラリー 「マイ・グラン・ブルー」

 

 

毎年「海の日」は海で過ごすべく下田に行っていた。

 

(そのブログはこちら→)

2024年7月26日 ぼくたちはどこからきたのだろう。

 

 

しかし今年は6月に石垣島へ行ったばかりで、毎月バカンスというわけにもいかない。

 

そこで「海の日」に海の映画を見ることにした。

 

 

 

1988年公開、リュック・ベッソン監督の「グラン・ブルー」である。

 

また感想だけを述べるつもりだが、これから鑑賞予定の方にはネタバレにご注意頂きたい。

 

 

主な舞台はギリシャのエーゲ海とイタリア・シチリア島の地中海という限りなく美しい海で、フリー・ダイビングの世界記録を競うジャック・マイヨール(ジャン・マルク・バール)とエンツォ・モリナーリ(ジャン・レノ)の、親友としての友情とライバルとしての葛藤が描かれる。

 

そこにジャックとジョアンナ・ベーカー(ロザンナ・アークェット)のラヴストーリーが展開する。

 

 

フリー・ダイビングとは素潜りのことで、ボンベやレギュレーターなど呼吸するための機材は一切使わずに、ただ息を止めて潜った深さを競う競技である。

 

この競技のシーンで私が驚いたのは浮上スピードの速さである。

 

私は以前スキューバダイビングの経験があり、自分の呼気(はいた息)が泡になって上っていくのを追い越さない程度のゆっくりしたスピードで浮上するように叩き込まれていた。

 

 

私が専門学校で講義する潜水病は、この浮上スピードが速すぎると高い水圧の状態から急激に体に加わる水圧が低下して、高圧下で血液中に溶け込んでいたチッ素が気泡になって起こす塞栓症(血行障害)で大変危険である。

 

だがよく考えてみると空気中の約78%を占めるチッ素が血液中に溶け込むのは、高い水圧を受けながら背負ったボンベの圧縮空気を呼吸しているからであり、呼吸をせずに潜る彼らには関係のないことなのかもしれない。

 

 

もう一点気になったのは、競技に参加していた日本チームの描かれ方である。

 

日本人らしさをコミカルに表現されるのはいいのだが、ややバカにされているように感じられて残念だった。

 

 

この作品が公開された1988年といえばバブルがはじける直前の日本社会が迎えていた経済的な絶頂期で、ジャパン・アズ・ナンバーワンといわれた頃であり世界中どこにでも日本人が顔を出すようになって、きっとこんな風に思われていたのだろう。

 

時代はかわり、今はインバウンドで世界中から観光客が日本に押し寄せて色々な問題が起きているようだが、バカにしたりされたりすることなく上手くやっていきたいものである。

 

 

この物語は実在したダイバー、ジャック・マイヨールとエンツォ・マイオルカ(モリナーリではない)をモデルに作られたフィクションであり、ジョアンナは架空の人物らしい。

 

バックに流れるエリック・セラの音楽は、静かでおだやかな海が表現されておりスクリーンに流れる映像にマッチしていて素晴らしい。

 

 

 

ジャックとエンツォは男性にありがちな二つのタイプを表していると思う。

 

社交的だが尊大(エラそう)で、酒と女性とカネを愛するエンツォは豪傑タイプ。

 

寂しさを抱えながらも孤独を愛するあまり、ひとの気持ちが理解できずにイルカと心を通わせるジャックは仙人タイプ。

 

 

豪傑エンツォを演じたジャン・レノと仙人ジャックを演じたジャン・マルク・バールがその役にハマっていて見事である。

 

そしてジャックに想いを寄せるジョアンナを演じたロザンナ・アークェットのコケティッシュ(色っぽさとキュートさを併せ持つ)な魅力がこれもまた見事にハマっていて、ストーリーに引き込まれる。

 

 

もちろん分かっている。

 

私はどちらかというと仙人タイプである。

 

トイプードルの吾輩(麻呂)とは心を通わせているが、しかし言うまでもなくジョアンナではないうちの家内と長年家庭を維持しているし、歯科医師と専門学校の講師という形で社会生活を営めているので、仙人の度合いがジャックほど高くはないということだと思う。

 

 

 

ジャックとジョアンナのラヴストーリーから考えた。

 

惹かれ合う大人の男性と女性が愛し合うのは自然なことであり、やがて子供が生まれる。

 

 

男性にとって愛し合うことは大切な目的であって、その結果として子供が生まれると考えていると思う。

 

女性にとっても愛し合うことは男性と同じように大切な目的であると思うのだが、いつしか身ごもるための手段という要素が増してゆく。

 

そこに男性と女性の間の微妙な意識のズレがあるように思う。

 

 

この映画はジャック・エンツォ・ジョアンナの三人が輝いている作品なのだが、もう一人(?)孤独なジャックと心を通わせるイルカの演技(?)が実に素晴らしい。

 

あれだけの濃密な交流シーンを撮るのにどれだけの時間撮影したのだろう。

 

 

 

是非イルカにもスタンディングオベーションと「ブラボー!」を。

 

 

 

 

 

 

2025年6月29日 R・A・K・U・E・N でした 2025。健康と平和(3)

 

 

近年ときどきあるんですが、5月にまた感染症ではない理由で体調を崩していました。

 

おかげ様で今は回復したのですが、そのときは半日長女に診療を代わってもらい自分が受診してなんとか乗り切ったのですが、患者さんのアポイントをとるこの仕事は休みたいと思っても急に休むことはできません。


 

そのときまだアポイントの入っていなかった6月に休みを取ることにして、3年ぶりに石垣島に行って来ました。

 

(そのブログはこちら→)

 

3年前はコロナの中休みのような時期で「3年ぶりの行動制限がない5月の連休」でした。

 

 

 

そのとき家内の友人の紹介で訪れたイタリアン・レストランのご夫婦とも、今回移転した新しいお店で再会を楽しみました。

 

地元の食材を取り入れたイタリアンでとても美味しかったです。

 

 

 

新しいお店は、南の島らしい海辺に沖縄らしい民家が並ぶ白保地区の古民家を改装したもので、トラディショナルとモダンが融合されており雰囲気抜群でした。

 

石垣牛の焼き肉や海鮮料理もいいけど、イタリアン「ピッツァ・ダ・トゥッティ」オススメです。

 

 

 

3年前はロシアとウクライナの戦争が始まった直後でした。

 

今回は6月13日にイスラエルとイランの戦争が始まった直後になります。

 

イスラエルのガザ地区への侵攻はまだ続いています。

 

 

 

平和な世の中で暮らせること、健康でいられることに感謝します。

 

石垣島、R・A・K・U・E・N でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   2025年5月31日 「スタンド・バイ・ミー」 アート・シネマ(4)
           これが私の「スタンド・バイ・ミー」なのか…。


 新緑の緑が濃さを増し5月が終わろうとしている。



5月の映画に私が選んだのは「スタンド・バイ・ミー」である。

画面に流れる季節は明らかに夏なのだが、5月といえば端午の節句で少年たちの冒険を描いたこの作品がフィットすると思ったからだ。

また感想だけを述べるつもりだが、これから鑑賞予定の方はネタバレにご注意頂きたい。



いままでこのブログの「アート・シネマ」で取り上げた映画はどれも見たことがあるものだったがこの作品は見逃していて、いつか見たいと思っていた。

1986年公開ロブ・ライナー監督の「スタンド・バイ・ミー」は原作スティーブン・キングで、舞台は1959年オレゴン州の田舎町キャッスルロックである。



懐かしいフィフティーズの音楽が全編で流れ、印象的なテーマ曲はベン・E・キングの名曲「スタンド・バイ・ミー」である。

原作とテーマ曲のタイトルが同名で、作者がキング繋がりとなっている。

「スタンド・バイ・ミー」は「そばにいてくれ」もしくは「味方でいてくれ」という意味であり、切なさ・心細さが感じられる。



それぞれに問題を抱える家庭に育つ個性のバラバラな4人の12歳の少年たちの、ひと夏の冒険が描かれるのだが、子供から大人になり始めた思春期の不安定さがうまく表現されている。

物語の語り部は4人の少年のうちの一人が大人になって作家として成功した「ゴーディー」でリチャード・ドレイファスが演じている。

リチャード・ドレイファスはスティーブン・スピルバーグ監督の映画「ジョーズ」で、サメ退治の船に乗り込む海洋学者を演じており、とても同じ人とは思えない演技力が流石である。



少年の一人「クリス」を演じたリバー・フェニックスはこの作品で俳優としてブレイクし活躍したが、1993年23歳でヘロインとコカインの過剰摂取により急逝したことにより更に伝説的な存在となっている。

2019年の映画「ジョーカー」でアカデミー主演男優賞を受賞したホアキン・フェニックスは弟で、その才能を見出したのが兄のリバー・フェニックスと言われている。



街の不良グループのリーダー「エース」を演じたキーファー・サザーランドはこの作品の後しばらくはヒット作に恵まれなかったようだが、ドラマシリーズ「24-TWENTY FOUR」のジャック・バウアー役は大ヒットした。

映画「スタンド・バイ・ミー」は誰にも思い当たるようなことがあったり、なくてもあったような気がするストーリーで、かき立てられるノスタルジーがこの作品の価値だと思う。



今から約7年前、平成が終わり令和が始まったばかりの頃、私の職場に一本の電話がかかってきた。

対応したスタッフによるとかけてきた人はM.Oと名乗り、ある高校名を告げて

「クラス会をするのでクラスメイトだった中村徹という人を探している。
噂では横浜で歯科医師をしているとのことなので、ネットで調べてかけてみた。
思い当たれば電話をしてほしい。
思い当たらなければ返信はいらない。」

とのことで電話番号を残して切ったということだった。



思い当たり過ぎる名前だったのでもちろん返信し、何十年ぶりかで再会した。

それをきっかけもう一人T.O君とも再会した。

 

高校時代この三人は教室の後ろの方の座席で、不良グループの構成員ではないが勉強しないでよからぬことをたくらんでばかりいた。

 

 

学年が上がって志望する進路により受ける授業が分かれた後も、T.O君とは同じ進路を志望していたため行動を共にしていた。

 

受験が終わってすぐ、今でいう卒業旅行にも一緒に行った。

 

あまり勉強していなかったにもかかわらず開放感は絶大で、当時の私たちとしてはかなりハメを外して楽しんだ。

 

 

現在この3人で毎日LINEでやりとりをしている。

いい歳したオヤジたちが丸一日、LINEのスタンプだけで会話しているなんて想像できるだろうか?



今となってはとても面白いとは思えない他の人とだったら口にできないようなくだらない冗談も、このメンツだと大笑いしてしまうのがとても不思議に感じられる。

これが私の「スタンド・バイ・ミー」なのかもしれない。





 

  2025年4月30日 「愛と青春の旅だち」 教育とハラスメント。
             山手パーク歯科 アート・シネマ(3)




桜の時期も過ぎ専門学校の講義も新年度を迎え、あっという間にゴールデンウィークである。

さて、何かとスタートすることが多い4月の映画に私が選んだのは「愛と青春の旅だち」である。

またできるだけ感想だけを述べるつもりだが、これから鑑賞予定の方はネタバレにはご注意頂きたい。



テイラー・ハックフォード監督、リチャード・ギア主演のこの映画は1982年の作品で
私たちバブル世代には好きな人が多い。

原題は ” an Officer and a Gentleman “ で直訳すると「士官と紳士」となる。

おそらく「士官たるもの紳士たれ」のような意味合いのタイトルなのだろう。

このままではちょっと映画の邦題にならないのは分かるが、「愛と青春の…」というタイトルはあまりにもロマンチック過ぎて、ソフトなラヴストーリーのようだがそうではない。



複雑な生い立ちの心を閉ざした青年ザック・メイヨ(リチャード・ギア)がパイロットを志し海軍士官学校に入学する。

そこで出会った仲間たちと共にフォーリー軍曹(ルイス・ゴセット・Jr.)の厳しい訓練に耐えるうちに鍛えられて高まる身体、学術、メンタルなどのスキル(技能)や連帯感。

一人の男性の成長物語として地元の娘ポーラ・ポクリフキー(デブラ・ウィンガー)との出逢いも絡んでくるが、甘いだけのラヴストーリーではなく仕事と家庭、理想と現実をめぐる男性と女性の利害関係も描かれる。

「たたき上げ」もしくは「成り上がり」と「玉の輿」(たまのこし)のせめぎ合いである。

 

 

1982年度アカデミー賞助演男優賞を受賞したルイス・ゴセット・Jr.(フォーリー)の鬼軍曹ぶりが見事である。

 

同じく1982年度アカデミー賞歌曲賞を受賞した「愛と青春の旅だち」テーマ曲 / ジョー・コッカ―&ジェニファー・ウォーンズは、いわゆるカントリー・ロックのバラードで全編でメロディーが流れ、ヴォーカル・ヴァージョンはラストシーンからエンディングを盛り上げる。




イケメン俳優であるリチャード・ギアの代表作はこの他に1980年「アメリカン・ジゴロ」、1990年「プリティウーマン」などがあるが、私は「愛と青春の…」が一番いいと思う

その理由の一つは、制服フェチでなくても目を奪われる海軍の白い詰襟(つめえり)制服姿の彼の圧倒的な美しさである。

それに対して地元でくすぶる娘という設定のデブラ・ウィンガーはヒロインとして輝き過ぎていないところにリアリティーを感じる。

オスが美しく自己顕示して地味なメスを誘うというのはクジャクなど自然界にはよくあるケースだが、観客に夢を与える使命を持つ映画の世界では珍しいと思う。



いずれにせよこの作品は男性が外で仕事をして稼ぎ、女性は家事育児などに専念する専業主婦というジェンダーによる役割がある程度はっきりしていた古い時代の価値観の上に成り立ったストーリーである。

女性の社会進出が進みジェンダーの平等が尊重される現代、若い世代にはこの作品の良さが伝わらないらしい。

もちろん社会の多様性は尊重されるべきだが、こういう古い価値観にもいいところはあると思うのは私が古い人間だからなのだろう。



志を立て、それまでできなかったことをできるようにすることは美徳とされる行動だろう。

男性が立てた高い志を恵まれない環境から成し遂げた場合「たたき上げ」という美称が用いられるが、スタートラインと成し遂げたことのギャップがあまりにも大きい場合「成り上がり」という蔑称が用いられることがある。

女性の場合、社会的地位が高く裕福な配偶者を得ることで自分の社会的立場を改善させることを「玉の輿」、男性の場合は「逆玉:ぎゃくたま」といい蔑称として用いられる。



しかし女性の「玉の輿」は、必ずしも悪いイメージだけではないと思われる。

典型的な玉の輿ストーリーである「シンデレラ」は美談として描かれ、「シンデレラストーリー」と呼べば美称となる。

子供を産むのが女性だけに限られるため優れた遺伝子を継続させることになる結果を考えると、社会的にもある程度歓迎される行為と言えるのかもしれない。

          言語道断 / 銅弾つつじ

言うまでもなく私はリチャード・ギア(ザック・メイヨ)ではないが、かく言う私も以前人生におけるある時期において「歯科医師」という志を立てた。

私が在籍した歯科大も士官学校のように様々な背景を持つ学生たちや個性豊かな教官たちがいた。

忘れられない講義もあるが実習にそれは多い。



一年生は語学など教養課程の座学が多いが、実習はウシガエルの解剖だった。

逃げ出した大きなカエルが飛び跳ねて女子学生は泣き出すし、教室中が大さわぎだった。

二年生は通称「シガチョウ」の歯牙彫刻実習があった。

 



石膏の塊を削って拡大した歯の形に彫刻する実習で、それぞれの歯の形態的特徴が叩き込まれた。

成績は通常の評価に加えて「永久保存」と呼ばれる「格別に素晴らしい」というスペシャルな評価があった。

三年生は人体解剖実習だった。

6人の班に一体のご遺体が割り振られ、教授・インストラクターの指導の下行われた。



四年生は臨床系科目の実習で、模型上で虫歯を削って詰めたり義歯を作ったりした。

五年生は頭部解剖実習だった。

三年生が解剖したご遺体の頭部を用いた実習で、口腔に隣接する部位の構造の理解が深まった。

そして六年生は登院実習でインストラクターの監督の下、大学病院で臨床実習が行われた。

今までの大学生活のすべてがここに至る階段を上っていたのであり、患者さんが生身の人間であることに改めて気づかされ、身の引き締まる想いであった。



その日の実習が終わると担当インストラクターのチェックを受け、進むべき行程ノルマに達していれば、各自実習の進行表に印鑑を押してもらう。

この進行表には〇注(マルチュウ)と呼ばれる欄があり、例えば忘れ物など何かやらかすとそこに押印され、成績評価のペナルティーポイントとなる。

講義や試験・レポートなどを含めた過酷なカリキュラムが進むうちに進級できずに下の学年に落ちて行く者、上の学年から落ちてくる者、そんなことを繰り返すうちに映画にも出てくるD.O.R(自主退学)する者もいた。

そんな中には、二年生の歯牙彫刻実習で永久保存を連発するおそろしく手先の器用な者もいた。



全部の教科の雰囲気が硬く厳しい訳ではないのだがだいぶ昔の話なので解剖学、補綴科(義歯)、小児歯科、口腔外科などでは、大声でキツイ叱責を受け、頭をはたかれるぐらいの体罰が少しはあった。

士官学校のような体力的な追い込みはないが、メンタルは鍛えられたのだと思う。

その頃はビビりながら必死で受講していた私だが専門学校の講義を担当する立場になって、限られた時間でズブの素人を国家試験に合格させ、医療従事者というプロフェッショナルに育てるのがいかに大変なことかは身に染みて分かった。



今はハラスメントに厳しい世の中で教育の現場でもアカハラ(アカデミック・ハラスメント)が取り上げられるようになった。

学生が怒られたときに、それを教育と感じるかハラスメントと感じるかは教育者から愛(思いやり)が感じられるかどうかなのだと思う。

私は学生に対してはっきりした物言いはするが、怒らないことをポリシーにしている。

医療も教育も人間関係の信頼の上に成り立つ行為なので、相手が患者さんであれ学生であれ感情的になって怒ったら私の負けだと思うのだ。



ところでこの映画は大変印象的なラストシーンである。

「たたき上げ」もしくは「成り上がり」と「玉の輿」のせめぎ合いのドラマチックな終焉なのだが、そこがこの作品が見せてくれる「夢」なのだと思う。

そこで終われるのならいいのだが、人生という物語はそこからも続く。



私は国家試験の合格者発表に自分の番号があることを確認したとき、達成感よりも安堵感が大きく強かった。

なんとか歯科医師という志を成就したことになるが、その後の人生をここまで歩んだ私は自分のことを「たたき上げ」とも「成り上がり」とも思わない。

ましてやここまで苦労させた家内を「玉の輿」などと呼ぼうものなら、逆鱗(げきりん)に触れること間違いなしである。

 

 


 

   2025年3月31日 やりきれない気持ちでいっぱいです。

 先日、湘南で矯正歯科を開業するK.H先生から久しぶりに電話がありました。

共通の友人であるM.H先生が急死されたというのです。

あまりのショックに暫く呆然自失し、その後もふとしたときにM.H先生のことを考えてしまいます。



よく患者さんから意外そうな顔をされますが、私たちが持つ歯科医師免許で歯並びやかみ合わせの治療である矯正治療をすることはできます。

しかし矯正治療は歯科の中でも特殊な専門性の高い分野なので、虫歯や歯ぐきや義歯などの治療をする一般歯科とは別に分けて考えられることが多いです。


山手パーク歯科をオープンするにあたり私は矯正治療を矯正の専門医に任せることにして、勤務医時代の後輩女性歯科医師のご主人である矯正歯科医に人選を相談。

紹介されたのがM.H先生でした。

当時歯科大の矯正科に在籍した彼は穏やかな人柄でしっかりした治療内容に信頼が持て、私の娘たちもお世話になりました。


大変物腰が柔らかい彼はスタッフからは「お休みの日は公園のベンチで紅茶を飲みながら本を読んでいそう」と言われるような方でしたがスポーツカーのドライブを愛し、スキーやフットサルを嗜み、飲み会ではお酒もよく召し上がるというイメージと本質のギャップの大きさが楽しい方でした。

子供の頃のエピソードもワルガキぶりがすごくて大笑いしてしまいました。

その頃、専門学校の講義を担当することになった私にパソコンの基本を教えてくれたのも彼でした。

今こうやってこのブログが書けているのも彼のお陰です。


約5年間山手パーク歯科の矯正治療を担当し、開業されるためお辞めになりました。

お辞めになるときに後任としてご紹介頂いたのが今回お電話を頂いたK.H先生でした。

その後やはり開業するためにK.H先生がお辞めになり後任はY.U先生という女性の矯正歯科医師が担当してくれていましたが、山手パーク歯科の矯正治療は地域医療に一定の役割を果たしたと判断し現在は行っていません。


矯正治療を終了するにあたって、連携先として同じ横浜市内で開業しているM.H先生に連絡したところ、こころよく引き受けてくれました。

お嬢さんが山手地区の名門女子校に通学中で、先生も父兄としてたまにこちらに来ることがあるらしいので遊びに来て下さいと伝えたのですが、実現できなくなってしまい残念です。

子供の頃お世話になったわが家の長女が歯科医師になり、勤務先の一つが先生の医院の近くであることを伝えると驚きと共に喜んでくれて、逆に遊びに来て下さいと言って頂きましたがこちらも実現できなくなり残念です。


人は誰もみな限られた時間を生きています。

そしてそれがいつまでなのかは誰にも分かりません。


この理不尽や不条理の多い世の中で全員に平等に訪れるイベント(できごと)が、「生まれて生きて死ぬ」ということです。

そのどれもが誰にとっても大事なことですが、この三つの出来事の中で自分である程度コントロールできるのは「生きる」ことだけです。

だから日々悔いが残らぬように精一杯生きていきますが、それが予知できない形で突然終わるのはあまりにも残念過ぎます。


若いころ両親ともに急死という形で亡くした私はM.H先生のご遺族を思うと、いたたまれない気持ちで言葉がありません。

高齢だった義母のときや闘病中だった友人のときも大きなダメージでしたが、それらとはまた違う無防備に受けた突然の衝撃の大きさに、やりきれない気持ちでいっぱいです。


この場をお借りしてM.H先生のご逝去を悼み、心より悔やみ申し上げます。

合掌