禅の本を読んでいたら、次のようなことが書いてありました。
『月は海にも草葉の露にも映ります。でも、月には映ろうという心はありませんし、水にも映そうという心はありません。映ったら映ったまま、消えたら消えたまま、そこに何のこだわりもとらわれもありません。私たちの心もいろいろな事が映りますが、月と水のようにこだわりもとらわれもない境地を確立せねばなりません。』(意訳)
月には映ろうという心もなければ、水には映そうという心もない。
このような水と月の関係、いいですね。
羨ましいです。
対人恐怖の私たちは、何かを言ったり行ったりする時も、人にどう思われるだろうか、嫌われたりしないだろうかと、戦々恐々としています。
そんな疲れ果てる毎日を送っています。
ですから、月や水のように何にもこだわることもとらわれることもない、自然に映ったり映したりする関係に憧れます。
どうすれば月や水のように余計なことを考えずに生きていけるのだろうと考えてしまいます。
でも、どれだけ考えても結論は出ません。
いろいろな本を読んだり、セミナーを受けたりしても、分かりません。
けっきょく対人恐怖の私たちには、そのような生き方は出来ないのかも知れません。
できないのであれば、悟りきった生き方や、人の目や言動を気にしない生き方ではなく、対人恐怖としての自然な生き方を求めたほうがいいのではないかなとも思います。
人の目や言動に怯える毎日、人の目や言動を気にしてビクビクしながら何かを言ったりやったりする毎日、それが対人恐怖の私の生き方です。
それはツラい毎日です。
泣きたくなることもよくあります。
でも、無理矢理そこから逃げ出そうとすると、余計に苦しくなることもありますから、覚悟を決めて、対人恐怖を受け入れた生き方を選択した方がいいかなと思います。
それも決して安易な道ではないでしょうが。