棱山泊 -46ページ目

プラネタリウム投影機MS-8

佐世保市には、「佐世保市少年科学館星きらり」という施設があります。プラネタリウムを楽しむことができます。

 

 場所は、保立町に有る佐世保市総合教育センター。その1階に、先代のプラネタリウム投影機が置いてありました。文字が小さいので、説明文を抜粋します。
 ミノルタ製MS-8。昭和48年3月に設置。恒星数約3,600個。長崎県で初のプラネタリウムとして設置された。37年間、市民の皆様に親しまれたと説明されています。
 調べると、2021年3月にリニューアルし、最新鋭のデジタル投影機に置き換わったとか。

 ここ、総合教育センターは、佐世保に帰郷して、ネットワークの仕事の為に、暫く通った場所でした。何かと縁がある場所です。ただ、まだプラネタリウムは見たことはありません。取り敢えず、投影機のみ。
 佐世保市には、大水族館とクルーズ船遊覧が楽しめる「海きらら」が有ります。そして、動植物園が有る「森きらら」も有名です。そういう流れで、「星きらら」だと思っていたのですが。この記事を書くために調べると勘違いが判明。「星きらり」でした。
 去年、用事で訪問した時に撮っていた写真なのですが。珍しいので紹介しまします。

佐世保市で一番繁華な国道交差点の風景

昨年の10月末頃に、名切交差点の歩道橋からの風景を紹介しました。佐世保市は、真ん中を国道35号線が走り抜けています。片側3車線の大きな通りです。四隅を歩道橋で繋ぐ大きな交差点は、前回紹介した名切交差点と今回紹介する本島交差点の2箇所です。


 本島交差点の特徴は、佐世保市で一番繁華な、四ヶ町と上京町が近いこと。この写真は、四ヶ町の中心となるドームが有る交差点。1km直線で有名な「さるくシティ403アーケード」の上にドームが付いています。今は、五番街が一番繁華となっていますが、このドームの左右に四ヶ町が広がっています。


 四ヶ町ドームの左手を向くと、佐世保駅の方向。長崎市の方向とも言えます。次の交差点の右手に見えているのが、上京町入り口の看板です。そこを進むと、夜店公園通りに続きます。夜が繁華な場所です。
 国道35号線の道路は、幹線道路なので、全体としては閑散としています。しかし、この本島交差点と上京町交差点の辺りは、この国道付近も何だか賑やかです。真昼なので、人出は見れませんが、夕方は賑やかです。


 さらに左手を見ると、目の前に広がるのが、佐世保市の東側に聳える烏帽子岳です。見えるビル群が終わった辺りの左側に、佐世保市文化体育館という大きな施設もあり、賑やかな通りです。
 実は、この写真を撮っている歩道橋には、大きな思い出があります。まだ、タクシー乗務をしている時の事。ときは、2020年2月10日の深夜。私のタクシーは、空車で向こう側からこの交差点に差し掛かりました。そうすると、突然、ガタンという大きな音が。
 なんと、今私が居る辺りの歩道橋から投石を受けたのです。タクシーのボンネットに大きなキズ。そして、近くに10cm程度の小石が落ちていました。怖い話ですが、懐かしくもあります。


 さて、最後はさらにその左側。交差点の北側です。私が住む大野地区へ向かう道。そのずっと先は、平戸に繋がっています。 正面に見えている山は、将冠岳。その左手はビルで見えませんが、弓張岳です。山頂からの景観が素晴らしい展望台が有ります。そして、弓張岳、但馬岳、将冠岳と連なった、山脈となっています。
 将冠岳の麓に見えているビルが佐世保市市役所の建物です。正しくは、その右手に有るマンションと繋がって見えていますが。見えている建物の左半分が市役所の建物です。
 実は、年末に撮った写真でしたが、何だか慌ただしくて、今となってしまいました。でも、佐世保市の中心部の風景として紹介させて頂きました。

 10月末に紹介した名切交差点の記事も紹介しておきます。イベント参加の帰りに撮影した写真でした。
かっちぇてアイラブ西九州フェア

終活の一つ

先日、終活の一つとして、受信するメールを減らすという話を書きました。まあ、終活かどうかというと、微妙な話ではあるのですが。一つ気付いた事が有るので、報告してみます。


 この写真は、パルスイートというお砂糖です。味の素から発売されています。メーカーに依ると、同じ重量の砂糖と比べてカロリーを60%カット。同じ甘さの量だと、90%もカットすると説明されています。さて、何でしょう。
 一昨年の8月に、小さい頃から肥満体だった私が、標準体重を達成したという話題を記事にしました。あれから、それ以上の減量はありませんが、体重は維持出来ています。そして、昔は肥満体で、ダイエットを気にしていました。

 記憶にある限りで思い返すと、30年くらい前に体重を気にして、コーヒーを飲む時などに、砂糖の代わりにと使い始めた。それが、パルスイートでした。
 当時の記録を見ると、体重は80kg程度。今より20kg以上は多い。甘いものは、今でも好きです。だから、一日数杯のコーヒーにパルスイートを使っても、どれほど効果はあるのか不思議。でも、30年間も使っていると、効果は少なくても有ったのでしょう。

 最後にパルスイートを買ったのは、半年くらい前。ずっと買い置きしながら買っていたので、気付いた時点の在庫は、2個。面白いでしょう。2年近く前に標準体重を達成しているのに。まだ、ダイエットをしていたのです。
 今思うと、必要な方に上げると良かった。気付いていたのに、2個の内、1個を安易に開けてしまった。

 一緒に映っている容器は、まあ言わば、私の砂糖入れ。コーヒーに小さじ一杯を入れるのに、色々と試して最終的に落ち着いた、100円ショップの容器です。2本で丁度、1袋が入ります。そして、2本をセットで100円です。
 既に20年間以上続けています。佐世保に帰郷する時に、廃棄したのですが、佐世保でも同様に購入して使っていました。

 こういう事を、一つ一つ気付いて整理していく。これも「終活」の一つだと思い知ったという話でした。
 

皿山公園の冬桜

市瀬小学校跡の入り口は、皿山公園となっています。佐々町で有名な公園です。今の季節、花も咲いていないと思いつつ、帰りに寄ってみました。


 なんとが咲いていました。冬の桜に遭遇したのは、厚木市の七沢森林公園の一角に、説明付きで咲いていた10月桜でした。佐世保に来ると、色んなところに咲いているので、不思議でも無くなったのですが。種類をざっと調べてみました。
 冬桜と呼ばれるものは、狭義でコバザクラ。その他、コブクザクラジュウガツザクラシキザクラがあると。花綸が一重と八重。色が白とピンク。大きさは、小輪、中輪と様々。
 この特徴と合わせると、ジュウガツザクラがマッチしました。八重でピンク色ですね。


 皿山公園は、季節になると花菖蒲など色々な花が咲き乱れ、お祭りも開催されます。この時期に来るとどうなだろうと見て始めて知りました。
 花壇の畝が見えると思います。ここは、花菖蒲の花壇なのですが。通常は畝の部分は、水を張っています。水路には、水は流れていますが、花壇の中が、この季節には乾燥させるというのを始めて知りました。


 既に季節は終わっていますが。サザンカの花も最盛期の面影が残っていました。散った花びらでピンクのカーペット。まだ残っている花びらとコラボして、中々な見頃でした。

 皿山公園の皿山は、陶器の窯が有ったから付いた名前です。以前も紹介しましたが、ざっとだけ。
 江戸時代の中期、古くから有った瀬戸焼の里で生まれた加藤民吉という陶工が居ました。次男だった民吉は、瀬戸を追われた後、天草、佐世保、三河内、佐々、有田を転々とするが、よそ者扱いをされていたとか。
 そこで、ここの佐々に来て、焼き物の修行を積んだ。その場所が、ここ皿山公園。その後も修行を続け、瀬戸に戻ってその技術が評価された。その時点で衰退していた瀬戸焼を再興させたとのこと。死後、昭和天皇から勲章を授かったとか。
 この写真に写った部分は、皿山公園菖蒲園と呼ぶのですが。公園は、奥まで続いて高台となっています。その頂上に加藤民吉の記念碑が建っています。

 ここで一言。この記事を書くのに、Googleマップで調べて「皿山公園菖蒲園」と書いたのですが。佐世保市の天神町の天神公園にも「しょうぶ園」が有ります。佐世保に帰郷してから気付いて調べたのですが。
 菖蒲は、ショウブ科の植物で、菖蒲湯などの利用されている。花菖蒲は、アヤメ科の植物で、アヤメ、カキツバタと似たきれいな花。全く別の植物なのですが。
 今回調べると、その原因が分かりました。上記の通り、花菖蒲、アヤメ、カキツバタは、アヤメ科の花なのですが。アヤメは、普通はカタカナで表記し、漢字では書きません。ななんと、アヤメの漢字が「菖蒲」だったのでした。だから、「菖蒲園」は正解。「しょうぶ園」は間違い。天神公園は訂正した方が良いですね。入り口に「しょうぶ園」と書いてあります。佐々町は、正しく「花菖蒲が咲く菖蒲園」と説明していました。勉強になりました。
 

楓の枝に宝石

昨日から断続的に雨が降っていました。今朝、陽が照り始めたのですが、窓から外を見ると、なんだか素晴らしい。昨夜からの雨粒が、楓の枝に宝石の様に輝いていました。


 一番、固まっている場所を撮影してみました。やっぱり、写真だと、目で見る程には感動は与えないのですが。雰囲気は伝わったでしょうか。


 大きな楓の木が3本、並んでいるのですが。多くのしずくを並べてみました。ピントがズレたものは、大きな珠になるのですが。端っこの雨粒も意外に見えています。


 実は、気付いて撮り始めたのですが。雲が厚く、太陽がすぐ隠れてしまう。そういう、少々苦労した撮影でした。一番のアップは、太陽が薄日となっている間に撮ったこの1枚しか、うまく撮れていませんでした。
 薄日は射しているので、しずくは見えるのですが。あまり輝いていません。

市瀬村立市瀬小学校跡

Instagramの友達が紹介していたので、佐々町に行ったついでに見てきました。


 まずは、キッカケとなった市瀬小学校跡の碑が有る入り口。正面に見えている祠には、「平戸新四国第12番霊場」と書かれていました。この地が小学校だったのは、近代の話。ここが大日山城だった頃に遡るので、年代順に追ってみました。


 市瀬小学校の説明は、現在の佐々小学校のwikiに、大日庵跡に創設されたと説明があります。祠の右手に「大日如来」の石碑が建っていました。
 佐々町のホームページで「大日山」の説明が有り、引用します。「平安末期の大日佛の伝播地名であろう。1280年頃から1498年の200年間、佐々氏の居城として、大日山城と呼ばれ空堀を残している。」
 相浦の愛宕山に築城した松浦宗家の飯盛城を造ったのは松浦親。その父親である松浦政が、私の家のすぐ近くの大智庵城を平戸松浦氏に攻められて没したのが、丁度1498年です。
 佐々氏も平戸松浦に加担した勢力。何となく繋がります。


 その奥には、大日山城墓石群があります。約17基の墓石群との説明。半壊とかで、数量は確定していない様子。殆どが在地の有力者、支配に関わった武士層のものと説明されています。
 中でも、佐々氏の最盛期を創出した二代目左馬助存(さまのすけたもつ)のものが最古とされているとの説明でした。


 この墓石群の奥には、殉国英霊塔が立っています。佐々町でけでなく、佐世保の各地に、慰霊塔の様な記念碑が多数立っています。戦中、戦後の英霊を称えた慰霊碑が立つにはうってつけだったのでしょう。

 そして、1874年にこの地に市瀬小学校が創設される。この頃は、まだ行政区は、現在のものと違いますが。小浦村に小浦小学校、市瀬村に市瀬小学校となっています。
 その後、一旦は、両小学校は合併し、佐々小学校となるのですが。最終的には、口石免に有る口石小学校と2校制となります。
 現在の佐々小学校は、清峰高校の北側。佐々川の対岸にあるのですが。この時期の佐々小学校は、佐々川の西岸、古川岳の麓にありました。こちらは、佐々小学校跡の石碑が建っています。この地から南南西に約1.6km。


 これらの地区の一番北の端にある小道の向こうには、松岡大權現の大きな鳥居があります。ネットで検索しても、これと同じ写真で松岡神社と出てくるだけ。関係は、まったく分かりませんが。太古の昔から有名な場所だったので、神社も有るのですね。少々疲れたので、今日はここまでとしました。

久し振りの九十九島観光公園

正月前から慌ただしい日々を過ごしていました。2日に飯盛神社に行ってきたのは報告したのですが。その流れで、九十九島観光公園にも足を延ばしたので紹介します。
 九十九島観光公園は、2021年頃に新しい観光公園として開発された公園です。コロナ禍が始まる前に計画されて、コロナ禍が始まっても、致し方がなく完成させて公開されたという感じでしょうか。


 久し振りに足を延ばしましたが。ここは、何もない公園。有るのは、いつもの九十九島の風景です。松浦島の右上に、観光船「パールクイーン」がいるのですが、ちょっと小さくでわからないですね。
 ここの風景は、広いので、いつもの様にパノラマにしました。こちらだと分かるかも。
『九十九島のパノラマ』
 いつもの様に横スクロールして見れますので、ご覧ください。


 今日は、公園の中で一番九十九島に近い場所で撮影。後ろを振り向くと、九十九島観光公園の頂上がこんな感じなのです。この季節ということか、凧揚げをしている方々もいらっしゃいましたが。

 2021年に報告した、九十九島観光公園が出来たばかりの頃の報告の記事のリンクを紹介しておきます。Amebaブログでは、FaceBookの記事を再現して公開しました。
『新しくできた九十九島観光公園』
 

 

 自宅サーバで苦労した話に絡んで、自分のWebサーバやメールアドレスも、終活ということで、縮小の作業を開始しました。そういう中、毎月500通のメールの受信をしているのですが、その大半のメールは、新聞社のニュースメールです。
 流石に月に500通は多いと思うのですが。終活を考えると、早い内に、必要最小限度に抑えたいと配信停止を始めました。
 配信停止の手続きをすると、必ず、「配信停止を思い立った理由」を聞かれます。始めて間もないのですが、思わず「終活」と回答しました。

 上記で紹介したパノラマのページは、新しいサーバーのurlです。IPv4となったので、自宅から直接には確認できません。掲載後にスマホから確認する手順となります。終わり。
 

解決のお知らせ

一昨日、緊急でお知らせしたトラブルは、先程解決しました。お騒がせしました。お知らせしたurlは、現在は開通しています
 今回、問題となったサイトは、移行中のサイトで現行のWebサーバと同じ内容しか掲載していないので、特に、urlはお知らせいたしません。その内に、正式に切り替えが終わったら、プロファイル等で紹介致します。


 なお、話題として、今回、トラブった内容をいくつか紹介しておきます。

OCNのサポートは腐っている
 暫く前に、電話で技術的相談に乗ってくれた電話番号は知っています。
 掛けてみると、選択肢が無くなっている。最終時に見つかった選択肢を選ぶと、SMSで「設定方法のurl」を通知するといって切れました。設定方法は、最初に調べているのです。説明が無いから問い合わせしているのに。
 私は、正式に契約したプロバイダーは、ヤッホーとOCNですが、どちらも●ですね。まあ、技術的に高度な使い方をしなければ、問題は無いのでしょうが。

NTTが提供するルーター
 今回のトラブルの直接原因は、NTTがプロバイダーOCNを通して提供しているゲートウエイ・ルーターのバグの問題でした。
 数年前に、PPPoEという接続から、IPoE(IPv4 over IPv6)という仕組みに切り替わったのですが。ルーターの動作も、それに合わせて変わりました。しかし現在、提供しているルータの最新の説明書には、何も記載されていません。


 問題となったルーターの設定画面です。ヘルプには、それなりの事が説明はされているのですが。ここで設定できる設定内容は、全て無視されるという恐ろしい動作。
 それにも関わらず、前項の通りに、一切の技術サポートを拒否する。恐ろしい企業です。

 ということで、無事解決です。ご心配お掛けしました。ああ、疲れました。この2日間は、この問題解決に専念していました。

知人・友人・親族への重要なお知らせ

困った事になりましたので、プライベートなお知らせに使用させて頂きます。

 今年の正月の挨拶で、私の新しいWebサーバーのurlをお知らせしました。お知らせを作成した時点で、最低限のアクセスができていると思い込んでいたのですが。色々と調べると、実際には見えていないという事が分かりました。
 私も一応の技術者で、そういう現象の仕組みは理解できています。だから、正月からここ数日、解決を試みました。しかし、不可解な状態で解決に至っていません。


 ハガキでお知らせしているので、現状をこちらからお知らせ手段がありません。幸いにも、snsのアカウントを付けてお知らせしていますので、こちらを使用して、告知させて頂きました。お騒がせして申し訳ありません。

 なお、お知らせしたurlは、現行のWebサーバーを自宅設置サーバーに切り替えようとしているものです。
 現行のWebサーバーは、次のurlとなります。今年の春には閉鎖する予定ですが、当分は見ることができます。情報も最新です。(廃止に備えて、リンクは無くしました)
https://serios.rampro.org/


 解決しましたら、この場でまたお知らせいたします。よろしくお願いいたします。

蚊柱を作るユスリカ

庭にが群れを成している。なんとも気持ちが悪い。そこで調べてみることにしました。


 生物を調べるときには、写真で撮って、Google Lensで検索すると大体どの様な生物かは分かる。そこで、写真を撮ることにしました。
 まず、数十匹の蚊の様な小さな昆虫が飛んでいる。ピントを合わせるのが難しい。そして、何度か撮ると分かったのですが、高速で羽を動かしているので、ある程度の形を捉えるのが難しい。
 そうやって、300mmの望遠レンズを使って、カメラの感度をASA1000まで増感。シャッタースピードを1/1000まで上げて撮った写真です。何とか、蚊の様な姿を捉えました。


 拡大するとこんな感じ。300mmの望遠でも大きくはならない。そして、ASA1000の感度だと画像も荒い。しかし、調べるまでもありませんでした。
 勿論、Goole Lensに掛けるとすぐに「ユスリカ」と出てきたのですが。調べるまでもありませんでした。庭に集まっている蚊の様な昆虫は、蚊柱といって、有名な昆虫の生態でした。「蚊柱」で調べるだけで、その様態は一目瞭然でした。

 ユスリカは、双翅目、カ下目、ユスリカ科の昆虫。双翅目は、ハエ目とも言い、蠅や蚊を含む種類なのですが。同じカ下目の中でも、カ科のいわゆるとは別の昆虫だそうです。
 蚊にそっくりなのですが、血を吸う口が退化して、血は吸わない。血を吸わないというより、餌を一切摂ることができない昆虫だそうです。その為に、寿命は、成虫となって1日程度。すごい生物です。
 蚊柱は、雄のユスリカの集まり。その中に、1匹の雌が入って交尾。そうやって、雌が産卵すると、この塊のユスリカは、役割を終えるというのです。毎日、鬱陶しいと思って見ていましたが。何と儚い生物なのでしょうか。

 当家の前には、この蚊柱が毎日数本が立っています。それぞれが50匹だとして、毎日、数100匹程度のユスリカが、1日程度寿命を全うして果てる。そんな夥しいユスリカがどこで生まれて育っているのだろうか。不思議は尽きません。