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民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever

ビリー・バンバンにせよ坂本冬美にせよ「また君に恋してる」のメロディーが聞こえてくると、条件反射的にiichikoを連想する人がいることでしょう。

 

 

 

大分県宇佐市の観光ガイドブックには絶対載ってない秘密のスポットを紹介します。

 

 

iichikoを作っている「三和酒類」という会社の隣に位置する小山がそれで、倭国の王「薈」がその頂上で継体軍に討たれたのです。

 

 

その乱の直後にその小山を古墳化した可能性があります。

 

現在、ケータイ用の電波塔が立っているので分かり易いです。

                    

 

麓の田圃一帯に大伽藍が広がっていたとの古文書があります。(米田説では 倭国時代の東大寺伽藍)

 

まだ観光地化されていませんので三和酒類の会社の方に案内してもらいました。

 

 

聞いた話では、ビリー兄弟は工場見学に来てiichikoを賞味したそうですが、冬美さんはnot yetだそうです。

 

                       

 

   「また焼酎に恋してる」 三和酒類前を通過

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、私は前記第四書にある長谷寺の倭国時代の所在地について 是非突き止めたい、という気持ちが抑えられず、電話で議論する日々が続いた。

 

 

やがて、米田氏から、移築前の所在地の見当が付いた、と連絡が入り 現地で確かめようということになり、2008年11月、博多駅で落ち合い、佐賀県三瀬村に向かった。

 

 

その時のいきさつも含め、倭国長谷寺に関する詳細は 〝311テロ〟 後に完成したAB&JC PRESS版第二書『現代を解く・長谷寺考』を読んで頂ければ総てが理解できる、と自信を持って言える。

 

 

その日の晩は 二日市のホテルで一杯飲りながら 古代史談義となり、米田氏の引き出しの多さ・深さに圧倒された。二人とも松阪生まれということもあり、賀茂真淵と本居宣長の松阪の一夜」を勝手に連想していた。

 

 

「りょうぞう&しょうぞう の 二日市の一夜」と将来語り継がれるほど「長谷寺移築説」が認められる日が来る事を待ち望んでいる。

                    次回(あとがきの続き)をお楽しみに!


 

 

 

近所にスーパーが出来て間もない頃、2FのCDショップで1970年代初頭の日本のフォークソングの弦楽4重奏3枚組CDを購入しました。 

 

 

安価でもあり期待は薄く1、2回聴いただけで、その後は忘れていました。

https://www.youtube.com/watch?v=_9dgxJx3J-I&feature=emb_logo

 

最近聴く機会があったのですが、これがなかなかの優れものなんです。

https://www.youtube.com/watch?v=9bMKd9ozoSg&feature=emb_logo

 

ノスタルジーを割り引いても若い人たちにも合うんじゃないかと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=1i-3ej5elwA&feature=emb_logo

 

ネットで調べてみると、演奏はプラハ・シティ・カルテット(第1ヴァイオリン/ヤン・ターリッヒ、第2ヴァイオリン/ラディック・クシジャノフスキー、ヴィオラ/ウラディーミル・クロウバ、チェロ/ペテル・ブラウス)。

 

編曲は田中三憙、日本ビクターのスタッフが現地で録音したといわれています。

 

 

1990年代 共産主義体制だった国の一流演奏家はアルバイト的にこういうものを録音していたとのことです。

 

このCDが初めて発売されたのは199311月、私が買ったのは2004年製作です。

 

                   

 

最新版は2枚組となり、曲目も入れ替わっているようです。

                 

 

クラッシックに疎いけれど雰囲気に浸りたい向きには絶好の音源です。

 

 

演奏は旨いし(当たり前)録音もGood

 

 

 

冒頭のスーパーですが、その後少しずつ経営不振、外資の乗っ取り、飲食店撤退、と お決まりのコースを辿り閉店しました。

 

 

近くのもう1件のスーパーも閉店となり、市民生活は快適でなくなりました。

 

 

CDショップをうろつき回っていた頃に比べ、この国は随分劣化したと思えるのです。

 

 

この3枚組を手にすると、70年代を懐かしむ前に、その後の我が国の坂を下る様が眼前に広がってくるのです。

 

 

ストリング・カルテットで聴く'70年代ベスト・フォークソング

 

 

 

 

 

 

       

 

その後、『建築から古代を解く』という第二作がある、と知るも入手できず、直接 著者にファックスを送りゲットした

 

 

これを契機に分からないことを質問するなど、著者との お付き合いが始まった。 

 

 

その頃、米田氏は某建築雑誌に続けていた連載を終え、その原稿を某社に持ち込むも 出版を断られた、という。

 

 

小・中学校時代の学級文集、高校のクラス会の記念誌の編集などに手腕を発揮した経験から、米田氏の連載の単行本化に心が動き、ごく短い電話での話し合いだけで、編集・出版を引き受けるという約束をしてしまった。

 

 

当時、私はパソコンを触ったことすらなかったのだが、この機会に扱い方を覚えてしまおうと思ったことと、歴史・建築の学会が米田氏の連載の内容に不快感を抱いている、と聞かされ 〝自分がやらなきゃ 誰がやる ? !〟 の心境に至ったことも確かだ。

 

 

もうひとつは、編集を担当すれば、米田史学の真髄をとことん学ぶことが出来るに違いない、と期待した。

 

 

確かに、一読者であるよりは勉強にはなったが、その時は まさか十五年以上も のめり込むとは 全く予想だにしていなかった。   

 

 

                  次回(あとがきの続き)をお楽しみに!

 

                           

 

          

                    あとがき

 

20年程前、名古屋の鶴舞にある古書店で手にした『法隆寺は移築された』という不思議な(当時はそう思えた)タイトルの本が「米田建築史学」との出会いであった。

 

 

私自身は自宅や仕事場の設計を手掛けるほどの建築マニアであったが、いざ 読み始めてみると 知らない建築用語に満ちており、ギブ・アップしそうになった。

 

 

そこを我慢して、ひと通り目を通したところ、書いてあることは直感的に真実である、と思えた。

 

 

著者・米田良三氏は建築家としての閃きを武器にして「移築説」に到達し、繰り出す仮説にはロマンがあり、謎解きの楽しさもあり、さすが 理系の歴史家だと感心させられた。

 

 

さっそく 高校の同窓会の席で、東大出身の仲間に 「法隆寺移築説」 を披露したところ、「バカヤロー ! そんなことあるかーっ、教科書に書いてないがや!」 とB層さながらに名古屋弁でまくし立てられ、こちらの闘争心に火が点いた。        

 

                         次回(あとがきの続き)をお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  それだけで本全体のイメージが掴めるのは優れた目次である証拠です。

 

ここに落ち着くまでには少々議論しました。

 

 

続 法隆寺は移築された YONEDA’S 建築史学入門

 

                 目 次

 

はじめに

 

 1.ビデオカメラの視覚 

2.達磨落とし

 3.掘立柱建物

4.歴史感覚に問う

 5.日本語の古層 

6.法隆寺移築説の骨子

 7.大仏 

8.尺度論の世界

 9.五重塔の主題

 10.百済観音

11.山田寺

12.百済国と倭国

13.摂関政治の真相

14.七条の憲法(プラス 十条)

15.倭薈の業績

16.源氏物語は筑紫起源

17.桐壺帝・更衣 = 上宮王・千食王后

18.紅葉賀は観世音寺落成式

19.清水の御寺・観世音寺

20.シンポジウム「法隆寺移築問題」

21.ヴィジュアルな資料を求めて

22.古代の近畿地方

23.地名の移動

24.住吉物語

25.小倉百人一首再論

小倉山・隠国・難波津・紀貫之・近江海・

逢坂関・蝉丸・沖の石・香具山・天智天皇・

宇治山・石山寺・和泉式部・紫式部・その他

終わりに

あとがき

壬申の乱前後・日本歴史年表(米田)

 

                         次回(あとがき)をお楽しみに!

 

 

 

 

毎年、年が明け大学入試が話題になる頃、医系大学受験に特化した予備校からダイレクトメールが届きます。

 

 

該当者はいません。

 

 

今年はコロナ騒ぎに対応する必要があり、少し雰囲気が違うようです。

 

 

寮生活を送る受験生を預かる予備校サイドは親御さんたちの期待に応えねばならないので、子弟の健康面には特に気を使っているようです。

 

 

案内の冊子を見ると「インフルエンザの予防接種を義務付けています」とありますので安心です。

 

 

と言いたいところですが、何しろ父兄には開業医が多いわけで、実際に接種(とりわけ対コロナワクチン)ということになったらどんな事態が始まるのやら・・・見ものデス。

 

「前書き」トップに著者 米田良三氏の文を引用  し、それに続く文です。

 

米田良三氏の未掲載原稿の冒頭部分である。

 

氏は『日本国王室全滅亡 東アジアの悲劇』の中で実は法隆寺が移築された建物であることを認めるだけで、論理的に日本の歴史はひっくり返ってしまう・・・ 」と述べている。

 

たとえ仮説であるにせよ、大手マスコミがこの話題を取り上げる筈もなく、歴史とか建築の学会が沈黙を守り続ければ、会員たちは研究者生命を絶たれる心配もなく、枕を高くして眠ることが出来るであろう。

 

しかし、それも後暫くのことであり、激変する世界情勢から派生する世界史見直しのうねりは蛸壺状態の受験用日本史を一瞬にしてぶっ飛ばすことは確実である。

 

既に米田良三氏の影響を受けた者たちによるインターネット上の書き込みから、その予感的中の時は近づきつつあると思う。(中略)

 

 

 

私が二十年程前、古書店で手にした『法隆寺は移築された』は自分の後半生を変えてしまう発端となった書物である。

 

あの日、あの本を手にしなかったら、米田氏の著作の編集に没頭するようなことには ならなかったし、新たに芽生えた異説が広がることも なかったかも知れない。(中略)

 

米田史学」シリーズは 余りにも突飛な説と固い文体のためか、ごく限られたファンにしか支持されないが、心躍るテーマを、より多くの人々に知っていただくために本書は編集された。

 

米田良三氏の研究キャリアの中期の原稿を骨挌とし、それに注・コラム、参考文献・資料・写真 などを散りばめ、親しみが深まり、成る程と納得していただける本作りを心がけた。

 

本書により、まず「法隆寺は移築された」ことを納得していただければ、後は芋づる式に理解は進み、タイトルにある「建築史学入門」は達成され、読者の日本人としての自覚が今日から一変し、独立国家日本(倭)国の栄光が再び復活すると信じて止まない。

 

                                 

    次回(目次)をお楽しみに!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シリーズ第1作『続 法隆寺は移築された YONEDA’S 建築史学入門』初版のサブタイトルは「源氏物語は筑紫が舞台だ」でしたが、著者没後、改定に当たりサブタイトルを変更しました。

 

 

当初、新たに初心者向けに入門書を執筆する話もあったのですが、著者による本文には手をつけず、僭越ながら私が読者目線で「注」、コメント」を追加しました。

 

 

「まえがき」は著者の未公開原稿をトップに据え、出版の意義、経緯を分かりやすいように構成し直しました。

 

 

はじめに

 

犬山城のある犬山市に明治村がある。

 

日本各地にあった明治期を中心とした建物で、壊してしまうのにはもったいないものが解体され運ばれて、元の姿に再建されている。

 

建物の博物館である特殊な公園で、昭和四十年頃から移築が行われている。

 

驚かれると思うが、同様に奈良 斑鳩(いかるが)の法隆寺も移築された建物である。

 

710年に出来上がるが、何と607年に筑紫に観世音寺として造られた建物で、新築ではない。

 

1991年『法隆寺は移築された』新泉社)を発表して十七年が経つ。

 

法隆寺解体修理報告書の詳細な検討から導き出した結論である。

 

五重塔天井格子の落書き「六月肺出」が617年のハレー彗星出現の記録であることを周期から導き出せたことがポイントである。

 

以来、法隆寺は新築されたのでなく、移築であることに異論を聞くことはない。

 

が、しかし観世音寺からの移築であることには拒否反応を示す人が少なくない。以下略)

 

 

 

                次回「前書き」の後半 をお楽しみに! 

「米田建築史学シリーズ」全4冊  Web de “立ち読み” (その3)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書店で本を買う場合、前書き、後書き、目次をチェックすると思うのですが、それをこのブログでやっていただこうという趣向です。

 

 

“読めば買う気になって頂ける”と思えばの(冊単価を下げるための)企画です。

 

 

コロナ騒ぎの世の中で、我々はfake,lie,true,real,etc.、ごった煮の情報に囲まれていますが、あと数年で素晴らしい世の中になるとの嬉しい知らせがあり、私はそれを信じたいと思います。

 

 

その際、日本人の心の拠り所は明治維新でもなければ、大化の改新でもなく、壬申の乱以前の倭国です。

 

 

自分が倭国のDNAで作られていると証明できるものではありませんが「米田説」で心が躍る人は総て(気分は)倭国人の末裔です。

 

 

「米田建築史学シリーズ」は難しいことで有名で、漆の重ね塗りのように何度も読むと面白さ、良さが分かり、噛めば噛むほど味が出るスルメのようです。

 

 

この馬鹿げたコロナ騒ぎの最中には打ってつけのエンターテイメントでもあります。

 

 

DNA診断レベルは無理だとしても、読んでいただければ、リトマス試験紙並みの判定で、貴方が倭国の民の末裔か否かが分かるでしょう。

 

                         次回をお楽しみに!

「米田建築史学シリーズ」全4冊  Web de “立ち読み” (その2)