民営文化センター -101ページ目

民営文化センター

民営の文化センターを開設するのが夢。このブログを書いているうちに何かヒントが掴めると思ってやっています。不器用で華やかさに欠ける画面ですが、少しでも世の為人の為になればとwrite everything forever







中学時代の切り抜き帳からです。




前回のコンクリート打ちの写真で斜めの鉄筋が走っていましたが、




あれはつっかい棒的な役割をするのではなく、




石垣に建物の重量(8000トン)が載らないように




1・2層周囲部分を引っ張り上げているということを再認識しました。





全体を支えるのは中心部のケーソンです。





「天守閣の耐震性に問題アリ」と聞かされても、イマイチ分からなかったのですが、この写真を見れば誰でも納得できます。




同じ鉄筋コンクリート作りでも、戦前に造られた大坂城

はリニューアルしたくらいですので、全くものが違うのでしょう。




戦争に負けるとはこんなにも辛いものなのですね。




昭和30年代前半、みんなよく頑張った。




天守閣はマンションではありませんので、中へは入らず精巧な模型がそこにあると思って眺めればそれで良いのではないでしょうか。


 



 



 





小学校時代からの秘蔵資料を公開します。世の中の為になると思いますので、どんどん放出します。コンクリート天守を死守するために。







安易に現在の天守を壊すのは、当時の職人さんたちを冒涜することになりはしないだろうか?




本当に今の天守閣を壊すんきゃー?




何考えてりゃーす?




愛知一中の校舎は保存しようとしとったくせに、




それってダブルスタンダードじゃにゃーきゃー?




名古屋市民は“ターケ”ばっかりだぎゃー。




解体工事を無理に進めると社長が死ぬぜーも。




バチが当たるんだわ。




引退したら名古屋に戻ろうと考えとったけど、まあ止めだがね。





ホームページでご案内しています『現代を解く・長谷寺考』 の在庫はまだ若干あるのですが、改訂版を作りたい衝動に駆られ準備を始めました。




本文をいじることは許されませんので以下の方針で臨みます。




①ミスプリントの撲滅 



②カラー版にする 



③頭出し、改行を工夫し読み易くする 



④分かりやすい資料を追加、等々。




体裁は『柿本人麿の真実』の倍の厚さのイメージです。




制作費はいまのところ不明。




サイズはA5版にしたいのですが、読み易さはやはりB5版でしょう。




本当はハードカバー・糸綴じとし、孫の代までもつ保存版を目指したいところです。




今までAB&JC PRESS版をお求め頂いた方で、ご意見、先行予約等の気持ちがおありでしたら、Eメール(abandjcclub@gmail.com )お待ちしています。


写真は戦前の着色絵葉書で、前回アップした写真は1970年春撮影です。





両写真を対比しながら読んでください。




小学校時代、社会科のフィールドワークで主のない天主台を見て以来の筋金入りの名城マニアの発言です。




前回提案した「他所新築後移築案」は多くの方に読んでいただけたようです。




「いいね」と思われる方は拡散していただけると有り難いです。




現在の名古屋市のお城の管理・運営には愛情が感じられません。




今回は3つの点を指摘したいと思います。




① 天守閣最上階の窓は観光客のニーズに応えるためワイドに作られていますが、移動式の壁を作動させれば木造時代と同じ外観になるのです。



しかし、実行されたのは何かの撮影の時、ただ一回だけだったと記憶しています。



外観にこだわる人は多いと思いますし、このたびの耐震性云々の問題にしても天守閣はマンションではないのですから危ないと思えば入らなければいいのです。




観光用の伏見城がいい例です。名古屋城天守閣の外観は今が旬です。



造にして天下取りの気分に浸りたい人が主導していることが問題です。




② 城内の樹木が放ったらかしなのも問題です。



城内は総て庭園なのですから、しっかりトリムして景観をベストに維持すべきです。



現在はジャングル化しています。根がどんどん伸びて石垣を破壊しそうな部分もあります。





③ 現段階では天守閣にこだわることなく、櫓、門、塀などを計画的に復活させるプランが検討されるべきだと思うのです。



一言で言えば、トータルプランがお粗末です。






名古屋城天守閣の「木造建て替え」 についての市民アンケートの結果が発表され、


木造化は望むものの時期はもう少し先という意見が多数を占めたようです。




4月の超不自然(P波がない)直下型地震で無残な姿を晒した熊本城の映像がアンケート結果に影響を及ぼしたことは想像に固くありません。




直下型であれば、鉄筋コンクリートであろうが木造であろうが同じであり、スカイツリーでもひっくり返ります。




建て替えに関して、まだ充分存在価値があるどころか、


文化財的価値のある現在の天守閣を壊すと言う精神衛生上好ましくないステップを踏むことが大問題と思われます。




そこで「移築」という工程を取り入れることにより、


万人が納得できる結果を得ることが出来ると信じます。




二通りしか方法がないと思い込んでいる時に登場するアイディアという点では、米田良三氏の「法隆寺移築説」に似ています。




法隆寺が新築か再建かという思考停止状態にあった時、「太宰府にあった観世音寺を移築した」とする説が唱えられたのです。




以下のアイディアについては姫路城と安土城の例が参考になります。




まず、現在のコンクリート天守閣を補修し、可能な限り長く(40年近く?)維持し、


石垣は低くて構いませんので、愛知万博記念公園あたりに木造の天守閣を新築します。




これで林業が再興され、日本建築の技が継承されます。




そして、コンクリート天守閣が維持出来なくなったところで木造天守を本来の位置に移築するのです。




その際、狂いの生じたところは修正できますので、より完成度は高まります。




姫路城は高校時代の修学旅行の時に解体修理中であり、つい最近も修理が行われました。




一人の人生の間に2度も大修理を行って良好な状態を維持していることに注目したいのです。




木造であれば、それで安泰というわけではないのです。




扱いが厄介と言う点でコンクリート建築神話は完全に終わっています。




安土城祉に行くと博物館があり、安土城の上部2層分の実物大の模型 が展示されています。




セビリア万博(1992)の際に出展されていたものを移築したのです。




美しく再現されており一見の価値があります。




以上の方法ですと、総ての人が納得できると思いますが、


手ぐすね引いて待っていた解体屋さんだけが割を食います。




同じ外観の天守閣が併存することが評判となり、名古屋を訪れる観光客の増加が見込まれるかもしれません。





霧の朝 とか、桜のシーン で紹介したエリアの新緑バージョンです。




実物よりはるかに美しく見えます。




左下にはミニ版四国八十八ヵ所の石仏が並んでいます。




幸い、わが町はここ何年もの間、不自然な自然災害 に見舞われることもなく、



名古屋への通勤も容易で人気があり、不動産価格も高値が続いています。




この件の取材で東京から来たTVクルーに街中でインタビューされそうになったことがあり、



諸々言いたいことをぶちまけてやろう、と思いましたが、どうせ放映されないので断った経緯があります。





好かん奴らでした。








何かと話題の多いビルヂングですが、これは壊す前の昔のビルの姿です。




ビルの建て替えには色々ドラマがありました。




地下の飲食街の人気店が工事に伴い移転し、苦戦している最中に新ビルへのカムバックを誘われたものの、申し出を断ったとか・・・・・ 





今、外食産業は大変なんです。





ところで、屋上にある球形のCokeの回転CM塔上方に名古屋城が見えます。




一ヶ月前、直下で揺さぶられた熊本城の惨状を見せつけられましたので、名古屋市長の年内に天守閣を(建て替えの為に)壊す目論見に市民は大反対することでしょう。




「耐震性に問題があると難癖をつけ、わざわざ壊す馬鹿がどこにいる」といった心境でしょう。


 





大学受験の時の「詰め込み教育」もまんざら悪くはないという趣旨の書評と理解しました。





NHKTV「ブラタモリ」 での何気ない発言が彼の教養の奥深さや人柄を感じさせますが、基本となるものは受験勉強の際、頭の中に整理されたものと思います。




高度成長以前は教養人が尊敬されたものですが、バブル前後からバカでも金を持った者が幅を利かす風潮になってしまいました。




東大出が総理大臣にならない世の中はどこか変です。




本日発売の週刊誌によれば、頭は良くてもトンでもない事をしでかす東大生が出現しているようですが・・・ 




さて、どのようなテーマでも真に正しいかどうかの吟味は必要です。




この新聞のコラムで扱っている寺院建築のテーマですが、東大寺が宇佐で創建されたのは太宰府の観世音寺(後に移築されて法隆寺となる)より古いですし、




飛鳥寺は高句麗系であって倭国の寺院とは比較になりません。




受験時代はいわゆる正解を答案用紙に書くトレーニング期間中であるため、諸説を信じるしかないのですが、




大人になってからは受験時代に築いたフレームワークは利用しつつも、偉い先生の説を鵜呑みするのではなく、




総ての事柄が嘘かマコトかしっかり判断するべきでしょう。




この新聞コラムを読んで始めは「ウーン成る程」と思った人も、このブログを読んで更に一段上の「成る程」を感じていただきたいものです。