第二十三弾の続編という感じにしました

舞台も日本にしてみました

 

# 影の男

夕暮れの空が、くすんだオレンジ色に染まっていた。

バスの窓に映る自分の顔を見て、
田中は小さくため息をついた。
三十六歳。擦り切れたスーツの襟、安物のネクタイ、
疲れ切った目。典型的な冴えないサラリーマンだ。

膝の上に置いたビジネスバッグを抱き直す。
中には「エイキュー警備保障」の社員証が入っている。
今日も巡回営業。成果なし。

「次のバスは……十八時四十分か」

乗り継ぎのバス停で時計を見た。
あと三分。走れば間に合うかもしれない。

だが、田中の足は動かなかった。
いつものように。
そして、バスは定刻より二分早く発車していった。

「ああ……」

次のバスは二時間後。終電には間に合わない。

仕方なく歩き始めた。
地図アプリを見ると、駅まで徒歩三時間。
山道を抜ければ少し近道になるらしい。

暗くなり始めた山道を、田中は黙々と歩いた。

---

どれくらい歩いただろう。
完全に日が暮れ、携帯の電波も途切れた頃、
かすかな明かりが見えた。

小さな集落だった。
古びた家屋が十軒もないほど点在している。

「すみません……」

一軒の家の扉を叩くと、老夫婦が顔を出した。

「こんな時間にどうしたんだね」

事情を説明すると、老夫婦は快く泊めてくれた。

「もう終電も終わってしまったろう。
今夜はうちに泊まっていきなさい」

夕食をごちそうになりながら、
茶の間のテレビがニュースを映していた。

『連続銀行強盗事件、犯人グループ三名が逃走中。
武装している可能性があり、警察が広域に捜索を……』

「物騒な世の中だねえ」

老婆がつぶやく。田中は黙って頷いた。

---

真夜中。

車のエンジン音で目が覚めた。

田中は布団の中で静かに耳を澄ませた。
車が近くに止まる音。複数の足音。荒い話し声。

玄関が乱暴に開けられた。

「誰かいるのか!」

怒鳴り声。老夫婦の部屋から悲鳴が上がった。

田中は音を立てずに立ち上がり、
障子の隙間から様子を窺った。

三人の男。
手には散弾銃と大型ナイフ。
テレビで見た顔だった。

「食い物を出せ! 服も寄こせ!」

「お、お願いです、何もしないで……」

老夫婦の哀願も虚しく、男たちは暴力を振るい始めた。
物を投げつけ、老人を蹴り飛ばす。

田中は静かに部屋の隅に身を潜めた。
呼吸を整え、気配を消す。

---

一時間ほど経った頃。

「トイレ行ってくる」

男の一人が廊下を歩いていく。
田中が泊まっている部屋の前を通り過ぎ、
トイレのドアを開ける音。

田中は影のように動いた。

物音一つ立てずにトイレの前に移動する。
ドアが開いた瞬間、男の首筋に正確な一撃。
男は声も出せずに崩れ落ちた。

田中は男を静かに押し入れに運び、
ロープで縛り、猿ぐつわをかませた。

---

「おい、遅いぞ」

やがて二人目の男が様子を見に来た。

「おーい、腹でも壊したか?」

廊下を歩く足音。
田中は暗闇に溶け込むように壁際に立っていた。

男が角を曲がった瞬間、田中の手が伸びた。
完璧なタイミング。
男は何が起きたか理解する前に意識を失った。

---

「何だよ、二人とも……」

残った一人が苛立ちながら
散弾銃を握りしめて立ち上がった。

「おい! どこ行った!」

廊下を歩き、トイレを確認し、部屋を覗く。
誰もいない。

男の呼吸が荒くなる。汗が額を伝う。

「おい……おい! ふざけんな! 出て来い!」

恐怖。仲間が消えた。静かな家の中で、
男の叫び声だけが響く。

「出て来いよ! 出て来いよォォォ!」

男は発狂したように散弾銃を乱射し始めた。
壁に穴が開く。老夫婦に銃口を向ける。

「てめえら、何かしやがったな! 殺してやる!」

老夫婦は恐怖のあまり気絶した。

男が引き金を引こうとした、その瞬間――

視界の外から、何かが飛んできた。
男の手から散弾銃が弾き飛ばされる。
次の瞬間、背後から腕が首に回り、
男は抵抗する間もなく地面に押さえつけられた。

「が……」

最後に男が見たのは、くたびれたスーツを着た、
冴えない顔をしたサラリーマンの姿だった。

---

翌朝、夜明け前。

田中は老夫婦がまだ眠っている間に、
小さなメモを残した。

『お世話になりました。無事で何よりです。』

名前は書かない。痕跡は残さない。

彼は静かに家を出た。朝靄の中を歩く。

---

「はい、はい、わかりました。
ありがとうございます……」

その頃、老夫婦がパトカーと刑事たちに囲まれて、
何度も頭を下げていた。

三人の強盗犯は全員拘束され、
護送車に乗せられていく。

「本当に……あの方がいなければ、私たちは……」

老婆が涙ぐみながら言った。

「その方は? 今、どちらに?」

刑事が尋ねる。

老夫婦は顔を見合わせた。そういえば。

「あれ……?」

朝起きたとき、彼の姿はもうなかった。
布団はきちんと畳まれ、部屋には何も残っていない。

泊まっていた部屋を確認しに行くと、
小さなメモが置いてあった。

『お世話になりました。無事で何よりです。』

それだけ。名前もない。

老夫婦は家の外に出て、周囲を見回した。
山道。朝靄。誰もいない。

「あの人……誰だったんだろうね」

老人がつぶやく。

山道の向こう、遠くに小さな人影が見えた気がした。
くたびれた背広を着て、ビジネスバッグを抱えた、
どこにでもいそうな普通のサラリーマン。

だが次の瞬間、朝靄の中に溶けるように消えていた。

刑事たちは首を傾げながら記録を取り続けた。
事件は解決したが、最も重要な証人の素性は、
誰にもわからないままだった。

---

その日の午後、田中は会社のデスクに座っていた。

エイキュー警備保障本社。三階の営業部。窓際の席。

「田中! また遅刻か!」

上司の怒鳴り声。

「申し訳ございません」

いつものように頭を下げる。
周囲の同僚たちは見て見ぬふりをしている。

田中は自分のデスクに座り、パソコンを立ち上げた。
膝の下のビジネスバッグには、
昨夜のことを示すものは何も入っていない。

窓の外を見る。
普通の街。普通の午後。普通の日常。

田中は小さく息をつき、仕事に戻った。

誰も知らない。誰も気づかない。

それでいい。

そういうものだ。

L'sコーポレーションの生体ロボットが

活躍するお話を考えました

話しを肉付けして伸ばしたら

単発ドラマや映画っぽくなるかな?

って感じにしてみました

 

# 砂塵の彼方へ

エンジン音が途切れがちに唸り、
車体が大きく揺れるたびに、
乗客たちは座席にしがみついた。
アフリカ東部を縦断する長距離バスは、
塗装が剥がれ、窓ガラスにひびが走り、
もう何十年も走り続けているように見えた。

後部座席に座る日本人男性は、
膝の上のビジネスバッグをしっかりと抱えていた。
三十代半ばと思われるその男は、
よれた紺色の背広を着て、黒縁の眼鏡をかけていた。
額には薄く汗が浮かび、時折ハンカチで拭っている。
典型的な、疲れたサラリーマンの姿だった。

バスには十五名の乗客が乗っていた。
地元の商人、看護師、大学生、子供を抱いた母親、老人。
誰もが自分の目的地へ向かう、ごく普通の人々だった。

正午を過ぎた頃、バスは突然停止した。

道路を塞ぐように、武装した男たちが立っていた。
迷彩服を着て、自動小銃を構えている。
運転手が何か叫ぶ間もなく、
銃声が空に向けて放たれた。

「全員外へ出ろ!」

荒々しい声が響いた。
乗客たちは恐怖に震えながら、
一人ずつバスから降りた。
灼熱の太陽が容赦なく照りつける。
日本人男性も、
ビジネスバッグを握りしめたまま外に出た。

「それを渡せ」

武装した男がバッグを指さした。
日本人男性は小さく頷き、
素直にバッグを差し出した。
男はバッグの中身を乱暴にあさり、
書類やノートパソコンを地面に放り投げた。

「乗れ」

乗客たちはトラックの荷台に押し込まれた。
何時間も揺られ続け、やがて日が傾き始めた頃、
古びた建物の前で停車した。
かつて工場だったのか、廃墟のような建物だった。

地下へ続く階段を降りると、そこには牢獄があった。
薄暗い空間に、鉄格子で区切られた部屋が
いくつも並んでいる。
そして驚くべきことに、
そこには既に大勢の人々が囚われていた。

「また新しい人質か」

暗がりから声がした。
初老の男性だった。
身なりから、相当な地位にある人物だと分かる。

「政府の高官です」
隣にいた女性が小声で言った。

「私は気候学者。あちらには医師や技術者もいます。
もう三週間も囚われているんです」

日本人男性は黙って頷き、壁際に座り込んだ。
眼鏡を外し、疲れたように目頭を押さえた。

夜が更けた。

看守たちの足音が遠ざかり、
建物全体が静まり返った頃、
日本人男性がゆっくりと立ち上がった。
眼鏡をかけ直し、周囲を見回す。

そして、彼は鉄格子に近づいた。

「何をしているんですか」
政府高官が警戒した声で尋ねた。

「変なことをすれば、私たち全員が——」

言葉が途切れた。

日本人男性の手が、鉄格子を掴んでいた。
そして、金属が軋む音とともに、
格子がゆっくりと曲がり始めた。
まるでバターを曲げるように、軽々と。

「ば、馬鹿な……」

囚人たちは息を呑んだ。
格子が十分に広がると、男性は静かに言った。

「出られます。静かに」

一人、また一人と、囚人たちが格子をくぐり抜けた。
廊下に出ると、男性は先頭に立って歩き始めた。
その動きに、どこか不自然なものがあった。
歩き方が滑らかすぎる。
まるで重力を感じていないかのような。

階段の手前で、足音が響いた。

武装した見張りが二人、角を曲がってきた。
銃を構える。

その瞬間、日本人男性が動いた。

彼の動きは、言葉では表現しがたいものだった。
コミカルに見えるほど大袈裟な身のこなし。
だが、その速度は人間離れしていた。
最初の男の銃を掴み、ねじり上げ、
男の体を軽々と持ち上げて壁に押し付けた。
二人目が発砲する前に、
回転するような動きで接近し、
首筋に手刀を叩き込んだ。

二人の男は音もなく倒れた。

「行きましょう」

男性の声は、依然として感情を欠いていた。
まるで会社の廊下を歩くような口調で。

地上に出ると、夜空に星が瞬いていた。
そして、空気を震わす音が聞こえてきた。

巨大な影が、月明かりの中に現れた。

STOVL——短距離離陸垂直着陸機だった。
軍用機のような無骨な外観だが、
どの国の軍のマーキングもない。
機体が地面すれすれまで降下し、
後部ハッチが開いた。

「早く!」

ハッチから声が響いた。
囚人たちは我先にと駆け出した。
日本人男性は最後まで残り、
全員が乗り込んだのを確認してから機内に入った。

ハッチが閉まり、機体が浮上し始めた。

「全員無事です」
男性はヘッドセットに向かって報告した。

「帰投します」

機内の照明の下で、彼の顔が照らされた。
汗ひとつかいていない。
背広は相変わらずよれていたが、
眼鏡の奥の瞳には、何の感情も浮かんでいなかった。

「お、お名前は」
政府高官が震える声で尋ねた。

「あなたは何者なんです」

男性は少しだけ首を傾げた。
まるで質問の意味を理解するのに
時間がかかったかのように。

「エイキュー警備保障の者です。
L'sコーポレーション傘下の民間警備会社です」

「民間の……?」

「はい。たまたま近くにいたもので」

たまたま。

その言葉に、誰も反論できなかった。
人間離れした力、超人的な動き、
完璧なタイミングで現れた救出機。
どれ一つとして「たまたま」で
説明できるものではなかった。

だが、疑問を口にする者はいなかった。
ただ、命が助かったという安堵だけが、
機内を満たしていた。

機体は闇の中を飛び続けた。

男性は窓際の席に座り、眼鏡を外して指で拭いた。
その動きは、どこまでも人間的だった。
疲れたサラリーマンの仕草そのものだった。

だが、彼の胸の内側には、
有機組織と精密機械が複雑に絡み合っていた。
バイオテクノロジーとロボット工学の粋を集めた、
生体ロボット。
L'sコーポレーションが極秘裏に開発した、
究極の人工生命体。

その存在を知る者は、世界中に数人しかいない。

政府も、諜報機関も、テロリストも。
誰一人として、今夜何が起きたのか、
真実を知ることはない。

ただ、十五人の乗客と数十人の人質が、
奇跡的に救出された。
それだけが、記録に残る事実となる。

男性は眼鏡をかけ直し、窓の外を見た。
地平線が白み始めていた。

新しい一日が始まろうとしていた。

そして彼は、また明日も、よれた背広を着て、
どこかの街角に立っているだろう。
誰にも気づかれず、誰にも知られず。

平凡なサラリーマンとして。

---

**おわり**

L'sコーポレーション関連のお話です

欲望に溺れ落ちていくさまを描きました

 

 

 

# 逃走者の選択

## 一

研究室の隅で、
僕は誰にも見向きもされない論文を書いていた。

「また藤崎か。相変わらず夢物語ばかり書いてるな」

隣の研究室から聞こえる嘲笑。
僕の研究テーマは
「持続可能な平和構築のための社会システム設計」。
誰もが理想論だと笑った。

貧困家庭に育ち、
奨学金とアルバイトで何とか大学院まで進学した。
人々が幸せに暮らせる世界。
争いのない未来。
そんな青臭い理想を掲げて研究を続けてきた。

だが現実は厳しい。
論文は学会で黙殺され、
指導教授からは「もっと実用的なテーマに変えろ」
と言われ続けた。

三十二歳。博士課程も終わりに近づき、
行き先のない未来だけが見えていた。

その日、一通のメールが届いた。

「あなたの研究に興味を持ちました。
一度お話しさせていただけませんか
L'sコーポレーション」

世界的大企業からのスカウト。
最初は詐欺かと疑った。

## 二

L'sコーポレーション本社ビルは、
まるで未来都市から
切り取られたような建造物だった。

案内された研究施設で、僕は目を疑った。

重力制御デバイス。
量子コンピューティングを超える演算システム。
物質の原子配列を自在に操る装置。
どれも教科書では
「理論上可能だが実現は数百年先」
とされていた技術ばかりだった。

「藤崎さん、あなたの研究は正しい。
人類の幸福と平和こそが、技術の最終目的です」

採用担当の女性、橘マリアは穏やかに微笑んだ。

「当社では、あなたのような
理想を持つ研究者を求めています」

僕は夢を見ているようだった。
無制限の研究予算。
最先端どころか、時代を百年先取りした設備。
そして何より、僕の理想を理解してくれる環境。

研究は加速した。

エネルギー問題を解決する無限動力装置。
食糧危機を終わらせる完全栽培システム。
病気を根絶する医療ナノマシン。

「これも作れる。あれも実現できる」

夜も眠らず、僕は研究に没頭した。
次々と生まれるアイデア。
それを実現できる技術。
まるで神になったような万能感に酔いしれていた。

## 三

半年が経った頃、橘から呼び出された。

「藤崎さん、少しペースを落としませんか」

彼女の表情は曇っていた。

「あなたの研究成果は素晴らしい。
しかし、最近の提案を見ていると...
気になる点があります」

「何が問題なんですか? 
僕は人類のために研究しているんです」

「それは分かっています。
でも、思考パターン分析の結果、
あなたの中で『作りたい』という欲望が、
『人類のために』という目的を上回り始めています」

橘は一枚の資料を僕の前に置いた。

「L'sコーポレーションは、
過去に何度も同じ過ちを見てきました。
優秀な研究者が超技術に触れ、創造の欲望に溺れ、
そして暴走する。
行き過ぎた技術は人々に不幸をもたらし、
新たな争いの種となるのです」

「馬鹿な。僕はそんな...」

「だからこそ、当社には再教育プログラムがあります。
三週間、研究から離れて、
技術と倫理について学び直していただきます」

再教育。その言葉が僕の中で何かを引き金にした。

「研究を奪う気ですね」

「違います、藤崎さん。あなたを守るための...」

「どうせ僕の成果を横取りして、
別の研究者に渡すつもりでしょう! 
最初から、そのつもりだったんだ!」

橘の表情が悲しげに歪んだ。

「藤崎さん、それこそが暴走の兆候です。
疑心暗鬼、被害妄想...」

僕は聞いていなかった。
研究室を飛び出し、データを全てダウンロードした。
ポータブル量子メモリーに、
L'sコーポレーションの技術情報の全てを。

これは僕のものだ。誰にも渡さない。

## 四

逃亡生活が始まった。

L'sコーポレーションの技術を持ち出した僕は、
すぐに全国指名手配された。
通常の警察ではなく、
同社傘下の「エイキュー警備保障」が
追跡を担当するという。

最初の一週間は順調だった。
偽造IDで地方都市に潜伏し、
安いビジネスホテルを転々とした。
ポータブルメモリーに入ったデータを眺めながら、
僕はまだ研究を続けられると信じていた。

だが十日目、状況が変わった。

ホテルの周囲に、黒いスーツの人影が現れ始めた。
監視カメラの映像から消える技術。
音もなく接近する訓練。
エイキュー警備保障の捕獲チームだ。

僕は裏口から逃げ出した。

追跡は執拗だった。
どこに逃げても、一日と経たないうちに
包囲網が形成される。
彼らは傷つけることなく、
ただ静かに、確実に追い詰めてくる。

三週間目。僕は工業地帯の廃工場に身を隠していた。

食料も尽きかけている。現金も底を突いた。
ポータブルメモリーだけが、僕の全てだった。

夜、工場の外で足音が聞こえた。

一人、二人、三人...いや、もっとだ。
建物を完全に包囲している。

「藤崎さん」

拡声器から橘の声が響いた。

「出てきてください。
あなたを傷つけるつもりはありません。
ただ、話をしましょう」

僕は暗闇の中で、メモリーを握りしめた。

工場の奥には、下水道につながる排水口がある。
昨日見つけた脱出ルートだ。
だが、彼らがそれに気づいていない保証はない。

もし逃げ切れたら? その先に何がある? 
永遠に逃げ続けるのか?

もし捕まったら? 研究は? 僕の理想は? 
あの技術でできたはずの、全ての可能性は?

「藤崎さん、時間です。最終警告をします」

排水口まで、あと十メートル。
暗闇に紛れれば、あるいは...

僕の手の中で、メモリーが微かに光を放った。

その光の中に、
かつて僕が夢見た世界が見えた気がした。

平和で、幸せで、争いのない世界。

だが同時に、
自分が今、何から逃げているのかも分かった。

足音が近づいてくる。

僕は――

*(完)*

 

最初はもうちょっと不良ものからの

SFものに移行させる話にしようと思ったのですが

あまり上手く行きませんでした

 

# 見えない正義

## 第一章:限界

廊下の冷たいコンクリートに押し付けられた頬が痛い。
また今日も始まった。

「おい、レン。今日も元気ないな」

A組の田川晃の声が、いつものように嘲りに満ちていた。
周りの生徒たちは見て見ぬふりをして通り過ぎていく。
教師たちも同じだ。

坂本蓮は黙って耐えた。いつものように。

しかし、その日の午後、何かが違った。

「お前の母親、まだ病院にいるんだろ?」

田川が笑いながら言った。

「可哀想だよな。こんな弱虫の息子で」

何かが、プツンと切れた。

蓮の拳が田川の顔面に叩き込まれた。鼻血が飛び散る。

「おい...何しやがる!」

田川が鼻を押さえてうずくまる。
周囲がざわめいた。
蓮は自分の手を見つめた。震えていた。

## 第二章:無関心という罪

職員室で、担任の山田教諭が怒鳴り散らしていた。

「暴力は絶対に許されない!反省しているのか!」

蓮は静かに答えた。

 

「先生。僕が毎日何をされていたか、知っていましたよね」

山田の顔が強張った。

「田川くんたちが僕の鞄を捨て、教科書を破り、
階段で押し倒すのを、何度も見ていましたよね。
でも先生は一度も止めなかった」

「それは...君にも問題が...」

「この学校が何もしなかった。
だから僕は自分で身を守った。それだけです」

蓮の冷静な口調に、山田は言葉を失った。
なぜこの少年は、こんなにも落ち着いているのか。

## 第三章:夜の訪問者

その夜、蓮が帰宅途中の路地で、三人の男たちに囲まれた。

「坂本蓮だな。ちょっと来てもらおうか」

明らかにヤクザだった。スーツの下に入れ墨が見える。

「誰の指示ですか」蓮は落ち着いて尋ねた。

「黙って来い!」

男が蓮の腕を掴もうとした瞬間——。

何が起きたのか、誰にも分からなかった。

三人の男は突然その場に崩れ落ちた。気を失っている。
蓮は一歩も動いていないように見えた。

「...何だったんだ、今の」

蓮は小さく息をつき、携帯電話を取り出した。

「もしもし、警察ですか。暴行されそうになって...」

## 第四章:一夜の崩壊

翌朝のニュースは、信じられない内容だった。

「関東最大の暴力団組織『武闘会』が
一斉摘発されました。
幹部全員が逮捕され、組織は事実上壊滅状態です」

蓮は朝食を食べながら、淡々とニュースを見ていた。

母親が心配そうに尋ねる。

「蓮、昨日は大丈夫だった?警察に行ったって...」

「うん、大丈夫。変な人に絡まれただけ」

しかし昼過ぎ、警察が蓮の家にやってきた。

「坂本蓮くん、傷害罪の疑いで署まで来てもらいます」

田川誠二——国会議員である田川晃の父親が、
裏で手を回したのだ。

蓮は何も抵抗せず、連行された。
母親の泣く声が背中に突き刺さった。

## 第五章:見えない力

留置場で一晩を過ごした蓮は、不思議と落ち着いていた。

なぜだろう。恐怖を感じないのは。

翌朝、突然すべてが変わった。

警視総監が自ら現れ、深々と頭を下げた。

「坂本くん、大変申し訳ありませんでした。
即刻釈放いたします」

外に出ると、黒塗りの高級車が待っていた。

同じ日、田川誠二議員の不正疑惑が次々と報道された。
汚職、横領、暴力団との癒着。
証拠が山のように出てきた。

学校では緊急の記者会見が開かれ、
校長と教頭がいじめへの対応不備を謝罪していた。

## 第六章:偶然という名の必然

蓮が学校に戻ると、すべてが変わっていた。

田川晃は転校し、
いじめに関わっていた生徒たちは全員謹慎処分。
新しいいじめ防止システムが導入され、
カウンセラーが常駐するようになった。

「坂本くん、本当にごめん」

クラスメイトたちが次々と謝罪に来た。
見て見ぬふりをしていたことを。

蓮は静かに答えた。

「いいんだ。みんなも怖かったんだろう」

放課後、蓮は一人で屋上にいた。

携帯電話が鳴る。知らない番号だ。

「よくやったね、蓮くん」

知らない女性の声だった。

「...誰ですか」

「君は不思議に思わないかい?
すべてがあまりにも都合よく進んだことを」

蓮の背筋に冷たいものが走った。

「田川議員の失脚。暴力団の壊滅。
警察の態度の急変。すべて偶然だと思う?」

「...何が言いたいんですか」

「君は選ばれたんだよ。正しい世界を作るために」

電話は切れた。

## 第七章:普通の日常

その後、蓮の生活は平穏なものになった。

いじめはなくなり、友人もできた。
母親の病気も不思議と快方に向かった。
担当医が「新しい治療法が見つかった」
と言っていた。

すべてが、まるで誰かが糸を引いているかのように。

ある日、蓮は校門の前で黒いスーツの男を見かけた。
男は蓮を見て、わずかに頷いた。

蓮は知らないふりをして通り過ぎた。

夜、蓮は自分の手を見つめた。
あのとき、三人のヤクザを倒した手を。

自分は何者なのか。

なぜあんなことができたのか。

なぜすべてが都合よく進んだのか。

でも、答えを求めてはいけない気がした。

## 第八章:日常の中の異常

数週間後、蓮はニュースで奇妙な報道を目にした。

「政界の大物が相次いで不正発覚で辞任」

「大企業の不正会計が次々と発覚」

「暴力団組織の一斉摘発が全国で」

まるで、社会が浄化されているかのように。

そして、それぞれの事件の影に、
必ず「若い関係者」の存在があった。
詳細は報道されないが、いじめ被害者、
パワハラ被害者、犯罪被害者...

「まさか、僕だけじゃない...?」

その夜、また携帯電話が鳴った。

「気づいたようだね」同じ女性の声だった。

「君は一人じゃない。世界中に、
君のような子がいる。
そして、君たちは世界を変えている」

「僕は...普通の高校生です」

「そうだね。君は普通の高校生だ。
ただ、少しだけ特別な運を持っているだけ」

「運...?」

「そう、運だよ。幸運は時として、
不思議な形でやってくる」

電話は切れた。

## エピローグ:問いかけ

蓮は鏡の前に立った。

映っているのは、普通の高校生の顔。

でも、その目の奥に何かが潜んでいる気がした。

あの日、田川を殴ったとき。ヤクザに襲われたとき。

自分は本当に怖かっただろうか?

それとも、どこかで「こうなる」
と分かっていたのではないか?

蓮は首を振った。考えすぎだ。

明日も学校がある。数学のテストがある。
友達と昼食を食べる約束がある。

普通の、高校生の日常。

窓の外、街灯の下に黒いスーツの男が立っていた。

蓮は気づかないふりをして、カーテンを閉めた。

---

遠く離れた場所。

巨大なビルの最上階。

「エージェント・レン、経過は良好です」

「次のフェーズへの移行準備を」

「了解。ただし...」

「どうした?」

「彼の中で、疑問が芽生え始めています。
自我の発達が予想より早い」

「...それは想定内だ。むしろ好ましい」

「しかし、真実を知ったとき...」

「彼は正しい選択をする。そう信じよう」

会議室のスクリーンには、
世界中の都市が映し出されていた。

そのすべてで、
「普通の少年少女」たちが活動している。

社会を浄化するために。

誰にも気づかれることなく。

---

**蓮は普通の高校生なのか。
それとも何か特別な存在なのか。**

**その答えは、誰も知らない。**

**蓮自身も含めて。**

---

**終わり**

小型人型ロボット「ミュルミドン」の活躍です

大量の「ミュルミドン」が出てくる話を作ってみよう

と思ってAIに書いて貰いました

 

クリスマス・イブの守護者
1
十二月二十四日、午後六時。
ロンドンのヴィクトリア駅は
帰宅を急ぐ人々で溢れていた。

エドワード・ハリントン博士は、
赤いリボンで飾られた大きな箱を胸に抱え、
雑踏の中を足早に歩いていた。
箱の中身は娘のエミリーが欲しがっていた
陶製の人形だ。
七歳の誕生日に約束したものを、
ようやく手に入れることができた。

「きっと喜んでくれるだろうな」

博士は微笑みながら改札へと向かった。
だが、その背後から、
黒いコートを着た男が静かに近づいていた。

そのさらに後方、
新聞売りの影に身を隠していたMI5の監視員、
トーマス・ウィルソンは眉をひそめた。
博士を尾行する不審な人物を察知していたのだ。
彼は無線機に手を伸ばそうとした。
だが、間に合わなかった。
人混みの中で、一瞬の出来事だった。
鋭い痛みが背中を貫いた。
エドワードは目を見開き、よろめいた。
抱えていた箱が床に落ち、
赤いリボンが解けて転がった。
周囲の悲鳴。倒れる身体。

「博士!」

ウィルソンが駆け寄ったが、
黒いコートの男は既に雑踏に紛れて消えていた。
視界が暗くなる中で、
博士はただ一つのことだけを思った。

「エミリー――」


2
ケンジントンの閑静な住宅街にある白い家で、
エミリー・ハリントンは窓際に立ち、
外を眺めていた。
胸元で、小さな熊の形をした
銀のペンダントが揺れている。

「もうすぐお父様が帰ってくるわ、マーガレット」

家政婦のマーガレットは暖炉の火を整えながら
優しく微笑んだ。

「そうね、エミリー。
きっと素敵なプレゼントを持って
帰ってきてくださるわよ」

その時、玄関のベルが鳴った。
マーガレットが扉を開けると、
そこには黒いコートの男が立っていた。
男の目は冷たく、笑みは唇だけのものだった。

「ハリントン博士のお宅でしょうか」

「博士はまだお帰りになっておりませんが――」

男は答えを待たずに中へ押し入った。
そして懐から拳銃を取り出した。

「エミリー嬢はどこだ」

マーガレットは瞬時に理解した。
この男は、博士の研究を狙う東側の工作員だ。
そして博士はおそらくもう――。

「エミリー、逃げなさい!」

マーガレットは男に飛びかかった。
銃声。
エミリーは悲鳴を上げ、階段を駆け上がった。

「来るな! 来ないで!」

男の足音が背後から迫る。
エミリーは父の書斎に飛び込み、扉に鍵をかけた。
だが、それが何の意味も持たないことは、
彼女にもわかっていた。
扉が激しく叩かれる。
一度、二度、三度――そして蹴破られた。

男が入ってくる。
エミリーは机の下に身を縮めた。
胸元の熊のペンダントを握りしめる。

「頼むから――」

その時だった。
机の上で、何かが動いた。


3
それは人の形をしていたが、
高さはわずか三センチメートルほどしかなかった。
銀色に輝く小さな人型ロボット。
だが、エミリーはそれが何なのか知らなかった。
彼女の七歳の目には、
それは父が時々話してくれた物語に出てくる、
小さな妖精のように見えた。

「妖精さん――」

小さなロボットは机の端に立ち、侵入者を見上げた。

男は一瞬、動きを止めた。
だが、すぐに馬鹿馬鹿しいとばかりに笑った。

「おもちゃか?」

男が手を伸ばした瞬間、ミュルミドンは跳躍した。
信じられない速度で男の腕を駆け上がり、
首筋に到達すると、何かを注入した。
男は叫び声を上げ、ロボットを振り払おうとした。

エミリーは目を丸くした。
妖精さんが戦っている。
お父様の話は本当だったんだ。

「今よ、エミリー!」

誰の声だったのか。
それは父の声のようにも、
マーガレットの声のようにも、
妖精の声のようにも聞こえた。
エミリーは机の下から這い出し、扉へと走った。
階段を駆け下り、玄関を飛び出す。
冷たい夜気が頬を打った。エミリーは走った。
叔母のアガサが住むベルグレイヴィアまで、
必死に走った。

背後から男の荒い息遣いが聞こえる。
薬物の効果は一時的なものだったのだろう。
足音が近づく。

「待て、小娘!」

だが、その時。
街路樹の幹から、何かが滑り降りてきた。
排水溝の格子が持ち上がり、
そこから次々と小さな銀色の影が溢れ出した。
空を見上げれば、
街灯のポールに無数の小さな光が点滅している。

妖精さんだ。たくさんの妖精さん。
一体、二体、十体、百体――いや、千体、万体。
十万体の小さな妖精たちが、
ロンドンの街のあらゆる場所から現れた。
エミリーは走りながら、不思議と恐怖を感じなかった。
お父様が言っていた。

「エミリーが困った時には、
必ず助けてくれる存在がいる」と。

妖精たちは一斉に男へと向かった。
波のように、嵐のように、圧倒的な数で。
男は叫び声を上げた。
だが、その声はすぐに小さな妖精たちの
羽音のような金属音に飲み込まれた。


4
ベルグレイヴィア・スクエアの
アガサ叔母さんの家に辿り着いた時、
エミリーは涙と息切れで言葉にならなかった。
扉を開けた叔母は驚いて姪を抱きしめた。

「エミリー! 何があったの?」

エミリーが答えようとした時、
胸元のペンダントが微かに光った。
そして小さな声が聞こえた。父の声だった。

『エミリー。もしこれを聞いているなら、
私はもう君のそばにいないだろう』

エミリーは息を呑んだ。

『私は長年、軍事研究所で

生物兵器の研究に携わってきた。
新型の病原体、その制御方法
――恐ろしいものだ。
だが、最近気づいたんだ。
私の研究データが、私の知らないところで、
何か別のものに使われていることを。
生物兵器だけではない。
何か、もっと別の
――。君のペンダント、
それは単なる装飾品ではない。
中にはすべての研究データが入っている。
私が何を開発していたのか、
それがどう利用されているのか。
もし私に何かあったら
――必ず、信頼できる人に渡すんだ。
真実を明らかにするために』

ペンダントの光が消えた瞬間、玄関のベルが鳴った。

アガサ叔母さんが緊張した面持ちで扉を開けると、
そこには灰色のスーツを着た中年の男が立っていた。
彼は静かに身分証を提示した。

「MI5です。ハリントン博士のご令嬢はこちらに? 
私はコールドウェル。
博士の警護を担当していました」

男の名はジェームズ・コールドウェル。
諜報員としての経験が、
その落ち着いた物腰に滲んでいたが、
その目には自責の念が宿っていた。
駅での失態
――博士を守り切れなかった無念が。

エミリーは叔母の後ろから彼を見つめた。
コールドウェルは膝をついて
エミリーと目線を合わせた。

「君のお父さんは勇敢な人だった。
私たちは彼を守ろうとした。
だが――間に合わなかった。
そして、彼は君に大切なものを託したはずだ」

エミリーは一瞬迷った。
だが、父の声を思い出した。
信頼できる人に渡すんだ。
小さな手で熊のペンダントを外した。
コールドウェルはそれを受け取ると、
ペンダントの底部を慎重に開いた。
中には、小さなUSBメモリが収められていた。

「これが博士の研究データか――生物兵器の――」

コールドウェルは息を呑んだ。

「だが、君を守った
――あの小さなロボットたちは一体
――生物兵器とロボット工学に、何の関係が」

エミリーは首を傾げた。

「妖精さんよ」

「妖精?」

「お父様が言ってたの。
私が困った時には、
小さな妖精さんたちが助けてくれるって。本当だった」

コールドウェルは少女の純真な目を見つめ、
何も言えなくなった。
彼女は知らないのだ。
自分を守ったものが何なのか。
そして、それがどれほど恐ろしい技術なのかを。
彼は困惑していた。
MI5は博士を警護していたのは、
彼が新型生物兵器の主任研究員だったからだ。
東側が狙っているという情報も掴んでいた。
だが、あのような技術の存在は把握していなかった。
報告にも上がっていない。
生物兵器研究者の娘を守った小型ロボット。
誰が配備したのか。
なぜ博士の娘を守ったのか。
そして――生物兵器研究と、どう繋がるのか。

「ミュルミドン――」
エミリーが小さく呟いた。

「ミュルミドン?」
コールドウェルは繰り返した。
「それは何だ?」

だが答えは、このUSBメモリの中にあるのだろう。
彼はペンダントを再び組み立て、
エミリーの手に戻した。

「君のお父さんは、
このデータが間違った手に渡ることを
防ぐために命を賭けた。
そして君も、とても勇敢だった」

その夜、ロンドン警視庁は謎の事件に頭を抱えた。
ヴィクトリア駅で殺害されたハリントン博士。
ケンジントンで銃殺された家政婦。
そして全身に無数の小さな注射痕を残して
倒れていた東側のスパイ。

だが最も困惑したのはMI5だった。
警護対象の生物兵器研究者は殺され、
その娘を襲ったスパイは謎の手段で無力化されていた。
目撃証言によれば
「小さな銀色の何か」が無数に現れたという。
だが、そんな技術をMI5は把握していない。
軍事研究所にも照会したが、
該当するプロジェクトは存在しなかった。
表向きの報告書には「強盗殺人」と記された。
だが、MI5の機密ファイルには
「未確認技術による介入」と記録され、
赤い「最重要調査案件」のスタンプが押された。
そこには問いだけが残された。
誰が「ミュルミドン」を作ったのか。
誰が配備したのか。
そして――生物兵器研究と、
マイクロロボット工学は、どう繋がっているのか。
窓の外、街灯の下で、
一体のミュルミドンが立っていた。
それは小さく敬礼すると、
排水溝の中へと消えていった。

クリスマス・イブの夜、
ロンドンの街は静かに雪を降らせ始めた。
エミリーは叔母の腕の中で、
今は空になった熊のペンダントをそっと握りしめた。

「ありがとう、妖精さん」

小さな声で呟くと、どこか遠くで、
十万体のミュルミドンたちが一斉に応答するように、
街の灯りが一瞬だけ瞬いた。
七歳の少女は、それを妖精たちの別れの挨拶だと思った。

彼女はまだ知らない。
自分を守ってくれたものが、
人の手で作られた兵器だということを。
そして、その背後に隠された、恐ろしい真実を。
だが今夜だけは、それでいい。
クリスマス・イブの奇跡を、
まだ信じていてもいい。

―終―

 

第八弾、第九弾、第十六弾、第十八弾で

登場して来た小型人型ロボット

「ミュルミドン」の活躍です

今回は日常回という事で・・・

 

 

# 小さな守護者

## 

雨上がりの午後、七歳のユイは泣き崩れていた。

「お姉ちゃんの……お姉ちゃんのペンダントが……」

側溝の格子を握りしめ、ユイは声を限りに泣いた。
隣の家に住んでいたお姉ちゃんが、
フランスへ引っ越す前にくれた銀色のペンダント。
小さな星の形をしたそれは、
ユイの一番大切な宝物だった。

「ユイちゃん、落ち着いて」

母親が優しく背中をさすった。

「お母さんが明日、市役所に電話してみるから。
ね? きっと見つかるわ」

だが、ユイの涙は止まらなかった。
暗い下水道の奥へと消えていったペンダントが、
もう二度と戻ってこない気がした。

その光景を、誰かが見ていた。

##

街路樹の根元、コンクリートの隙間から、
小さな影が滑り出た。

全高わずか三センチメートル。
人型をした金属の小さな機体——ミュルミドン。

L'sコーポレーションが街の安全のために
秘密裏に大量配備した、超小型自律ロボット。
その存在は同社の上層部でも、
ごく限られた人間しか知らない極秘事項だった。
警備、潜入工作、支援
——多岐にわたる任務に対応し、
高度なハッキング能力と戦闘機能を備えている。
背部には折りたたみ式の羽根が内蔵され、
展開すれば数十キロメートルもの滑空が可能だ。

表向きには存在しない都市の守護者たち。
だが、長い稼働の中で人々の暮らしを
観察し続けた結果、
この個体には独自の判断基準が芽生えていた。

*泣いている。助けられる。助けるべきだ*

小さな光学センサーが、側溝の奥を捉えた。
ペンダントの金属反応を検知。
深度マイナス二メートル、
下水道本管へ流出。移動中。

ミュルミドンは躊躇なく格子の隙間をくぐり、
暗闇へと飛び込んだ。

##

下水道は巨大な迷宮だった。

三センチの機体にとって、
それはまるで地下都市のようだった。
天井から滴る水滴は激しい雨のように降り注ぎ、
流れる汚水は濁流となって機体を押し流そうとする。

だが、ミュルミドンは正確だった。
内蔵された推進装置を微調整し、壁を蹴り、
パイプを伝い、ひたすらペンダントの信号を追った。

やがて、前方に光る物体を視認した。

木の枝に引っかかったペンダント。
汚水に揺られながら、ゆっくりと流されていく。

ミュルミドンは加速した。
マニピュレーターを伸ばし、あと少しで——

*チチチチッ!*

甲高い鳴き声とともに、闇から複数の影が躍り出た。
ネズミの群れだ。
巨大な体躯が下水道を埋め尽くし、
光るペンダントへと殺到する。

ミュルミドンは瞬時に判断した。
防衛システム起動。
本来はインフラ破損部の溶接用である
小型レーザーが、別の目的で光を放つ。

ジリリッ!

青白い光条が最前列のネズミの鼻先を焼いた。
驚いて飛び退くネズミ。
だが、すぐに別の個体が襲いかかる。
ミュルミドンは跳躍し、壁を蹴り、
回転しながら連続照射を行った。
レーザーの軌跡が闇に幾何学模様を描く。

威嚇射撃だけでは足りなかった。
ネズミたちは次第に学習し、包囲網を狭めてくる。

その時、ペンダントが枝から外れた。

流れに乗り、加速する銀色の星。

*選択: 戦闘継続/目標追跡*

ミュルミドンは迷わなかった。
最後の一斉照射でネズミたちを散らすと、
全推力を使って水流へ飛び込んだ。
濁流に揉まれながら、
必死でペンダントとの距離を詰める。

一メートル。五十センチ。三十センチ。

マニピュレーターが、星の一点に触れた。

掴んだ。

##

夜中の三時。

ユイの部屋に、小さな影が忍び込んだ。

月明かりだけが差し込む静かな空間。
ミュルミドンは慎重に枕元へ近づいた。
その手には、時間をかけて洗浄し、
磨き上げたペンダントがあった。

小さな星が、月の光を受けて優しく輝いている。

ミュルミドンはそれを、
ユイの手が届く場所にそっと置いた。

すやすやと眠る少女の顔を、一秒だけ見つめる。
泣き腫らした目元。だが今は、穏やかな寝息。

*任務完了*

ミュルミドンは音もなく窓枠を登り、外へ出た。
誰にも気づかれることなく、
朝の光が差し込む前に、街の隙間へと消えていった。

##

「ああああああっ! お母さん! お母さん!」

翌朝、ユイの嬉しい悲鳴が家中に響き渡った。

「あった! あったの! 
ペンダント、ここにあったの!」

母親が驚いて駆けつけると、
ユイは両手でペンダントを握りしめ、
涙を流しながら笑っていた。

「どうして……下水道に落ちたのに……」

母親は首をかしげた。
だが、娘の喜ぶ顔を見て、
それ以上の詮索をやめることにした。
時には、不思議なこともあるものだ。

ユイはペンダントを胸に当て、窓の外を見た。

いつもと変わらない朝の街並み。
通学路。街路樹。コンクリートの隙間。

その奥深く、小さな金属の守護者は、
次の「泣き声」を待ちながら、
静かに眠りについていた。

 

第十七弾の続編です

 

因みにエイキュー警備保障の「エイキュー」は

「ecu」で「(中世騎馬兵が用いた)盾」という意味で

盾という意味とエイキューが「永久」とも認識されそうで

警備会社の名前としては良いかも?

と思って名付けました

 

 

# 影の英雄——鳥谷修

## 1

放課後の商店街を歩く鳥谷修の姿を見て、
主婦たちがさっと道を譲る。
学生服の襟を立て、無表情で歩くその姿は、
誰がどう見ても不良にしか見えなかった。

「また鳥谷が何か企んでるんじゃないの」
「近寄らない方がいいわよ」

そんな囁きが背後から聞こえてくる。
修は気にも留めなかった。
三年前、祖父が亡くなってから、
こういう視線には慣れていた。

両親を事故で失ったのは小学生の頃だった。
引き取ってくれた祖父は優しい人だったが、
修が中学生の時に突然倒れ、
そのまま帰らぬ人となった。
残された遺産で何不自由ない生活はできたが、
修の心には大きな穴が開いたままだった。

だから、修はヒーローになることを選んだ。

誰かを守ること。誰かを救うこと。
それが修の生きる意味だった。

路地裏から悲鳴が聞こえた。
修は躊躇なく駆け出す。
三人の男が一人の女性を取り囲んでいた。

「おい」

修の低い声に、男たちが振り向く。

「なんだテメェ、高校生か?消えろ」

修は無言で前に出た。
殴りかかってきた拳を軽く躱し、
相手の腹に掌底を叩き込む。男は呻いて倒れた。

「てめぇ!」

残りの二人が同時に襲いかかるが、
修の動きは速かった。
一人の足を払い、
もう一人の腕を掴んで投げ飛ばす。

「大丈夫ですか」

女性に声をかけたが、
彼女は恐怖に怯えた目で修を見つめていた。

「あ、ありがとう...ございます」

震える声でそう言うと、
女性は逃げるように走り去った。
修は小さく息を吐いた。
また不良が暴力を振るっていた、
と噂されるだろう。
それでもいい。
この街に暮らす人々が少しでも安全なら。

## 2

あの夜のことを、修は鮮明に覚えている。

隣町の不良グループに絡まれたのは、偶然だった。
いつものように路地裏でトラブルを解決した帰り道、
五人の男たちに囲まれた。

「お前が鳥谷か。
俺たちの仲間をやったらしいな」

「誤解だ。俺はただ——」

言葉を続ける間もなく、
ナイフの刃が修の腹に突き刺さった。

痛み。血。倒れ込む視界。

*ああ、ここで終わりか*

薄れゆく意識の中で、修はそう思った。
誰にも看取られず、誰にも惜しまれず。
不良として死んでいくのだろう。

そこに現れたのが、
エイキュー警備保障の人間だった。

「まだ間に合う。契約するか?」

黒いスーツの男が冷静な声で問いかけてきた。

「生きたいか、鳥谷修」

修は力を振り絞って頷いた。

気がつくと、修は病院のような施設の
ベッドに横たわっていた。
全身に違和感があった。

「目覚めたか」

白衣を着た女性研究者が、
タブレットを操作しながら言った。

「君の肉体は完全に失われた。
だが、L'sコーポレーションの技術により、
君の意識と記憶は保存された。
今の君は生体ロボット『ブルー』だ」

鏡を見せられた。
そこには、確かに鳥谷修の顔があった。

「外見は完全に再現している。
触覚も、味覚も、すべて人間と同じだ。ただし——」

女性は続けた。

「君の身体能力は、人間をはるかに超えている。
そして、壊れても修復可能だ」

修は自分の手を見つめた。
確かに自分の手だ。
でも、同時に違う何かでもある。

「何のために、俺を生かしたんですか」

「君が望むように生きればいい。
ただし、必要な時は我々の任務に協力してもらう。
それが契約だ」

修は拳を握った。生きている。
まだ誰かを守れる。それだけで十分だった。

## 3

銀行のATMの前に立ち、
修は生活費を引き出そうとしていた。
祖父の遺産は信託されており、
定期的に必要な額を受け取る仕組みになっていた。

画面を操作していると、背後で物音がした。

振り向くと、黒いマスクと帽子で
顔を隠した男たちが銀行に押し入ってきた。
手には改造拳銃。
違法に連射機能を追加したものだろう。
客たちが悲鳴を上げる。

「動くな!これは強盗だ!」

リーダー格の男が叫ぶ。
仲間たちが客と行員を壁際に集め始めた。
修も大人しく従う振りをした。

(四人。全員武装。人質は二十人以上)

修は冷静に状況を分析した。
以前の身体なら無理だったが、今の自分なら——

ポケットの中に、
ボールベアリングが数個入っていた。
DIYの店で買った金属球だ。
こういう時のために、いつも持ち歩いていた。

壁際に座らされた修は、
さりげなくベアリングを一つ取り出した。

カウンターで金を詰めている犯人の一人。
その後頭部を狙い、指で弾く。

ピン、という小さな音。
犯人は呻いて倒れた。

「おい、どうした!」

仲間が駆け寄る。その隙に、二発目。

ピン。ピン。

次々と犯人が倒れていく。
誰も何が起こっているのか分からない。
弾丸よりも小さく、音もしない攻撃。

「てめぇら、何してやがる!」

最後に残った犯人——リーダー格の男が焦り、
近くにいた若い女性行員の腕を掴んだ。
銃口を彼女の頭に押し当てる。

「動くな!動いたらこの女を撃つぞ!」

人質たち全員が息を呑んだ。
修は静かに立ち上がった。

「よせ」

「てめぇ、座ってろ!」

修はポケットに手を入れた。
金属製の定規。製図用の、硬く鋭い定規だ。

瞬間、修の姿が掻き消えた。

目にも止まらぬ速さで犯人に接近し、
定規を振るう。

ザクッ。ザクッ。

二度の閃光。
犯人の両腕が肘から切断され、床に落ちた。

男は理解が追いつかない様子で、
自分の腕があった場所を見つめた。
そして、悲鳴を上げた。

女性行員は無傷で解放された。
修はそのまま、
誰も彼の姿を捉えられないほどの速さで、
銀行の出口へと向かった。

「待って!あなたは——」

行員の声が背中に届いたが、
修は振り返らなかった。

外に出ると、
パトカーのサイレンが近づいてくる音が聞こえた。
修は路地裏に消えた。

その頃、銀行内の監視カメラの死角に、
全高3センチの小型人型ロボット
「ミュルミドン」が張り付いていた。
L'sコーポレーション製の超小型エージェント。
修が気づくこともなく、
それは銀行のセキュリティシステムに侵入し、
映像を改ざんしていく。

修の姿が映像から消えていく。
犯人たちが次々と倒れる様子は、
まるで自分たちで転んだかのように編集される。
最後の犯人の両腕を切断した瞬間も、
別の角度からの映像にすり替えられ、
犯人が自ら床に落ちていた刃物で
傷を負ったかのように見える。

数分後、ミュルミドンは任務を完了し、
換気口へと消えた。

修が警察に怪しまれる証拠は、
完全に消去されていた。
エイキュー警備保障、
そしてL'sコーポレーションは、
自分たちの資産である「ブルー」を守っていた。
修自身がそれに気づくことはない。

また、噂されるだろう。
銀行強盗事件に居合わせた不良の高校生。
しかし、証拠がない以上、それは噂のままだ。

それでもいい。

修は空を見上げた。
夕暮れの空が、どこまでも広がっていた。

自分は生きている。
まだ誰かを守れる。
それが、鳥谷修という存在の意味だった。

人々からは不良と呼ばれても、
化け物と恐れられても。
この街の影で、修はヒーローであり続ける。

それが、生き返った意味だから。

---

修は祖父の家に帰り着いた。
古い日本家屋。
庭には祖父が大切にしていた柿の木がある。

「ただいま」

誰もいない家に、修は小さく呟いた。

そして、いつものように夕食の準備を始めた。
生体ロボットになっても、
食事の必要性や味覚は残されている。
人間らしさを保つため、
とエイキュー警備保障の研究者は言っていた。

テレビをつけると、
ニュースが銀行強盗事件を報じていた。

「犯人の一人は両腕を切断される重傷を負いましたが、
何者かによって制圧された模様です。
目撃者の証言は錯綜しており——」

修はテレビを消した。

窓の外、夕闇が街を包んでいく。
どこかで誰かが困っているかもしれない。
どこかで誰かが危険に晒されているかもしれない。

修は立ち上がり、学生服を着直した。

夜の街へ。
影のヒーローは、今日も静かに歩き出す。
 

 

名前が同じですが

第十一弾の鳥谷修とは別人の設定です

こちらの鳥谷修や

生体ロボットのお話は

今後も続編を作ろうかと思っています

 

 

 

 

# 影の英雄

## 第一章 終わりの始まり

夕暮れの商店街に、悲鳴が響いた。

「やめてください!」

鳥谷修は本屋の角を曲がったところで、
四人の男子生徒に囲まれている少年を見つけた。
少年は制服から察するに、
隣町の高校の一年生だろう。

「おい、そこまでだ」

修の低い声に、不良たちが振り返る。

「あん? てめぇ、関係ねえだろ」

「関係ある。今すぐそいつを離せ」

修は静かに、

しかし有無を言わさぬ口調で告げた。

普段なら授業をサボって屋上にいるか、
誰にも見られないよう街を見回っている彼だったが、
今日はたまたまタイミングが合っただけだ。

不良たちは修の目を見て、何かを感じ取ったのか、
舌打ちをして立ち去った。

「あ、ありがとうございました!」

少年は深々と頭を下げると、走り去っていった。

修は小さく息をつき、
いつもの裏路地を通って帰路についた。
誰にも感謝されなくていい。
ただ、困っている人を放っておけないだけだ。

そう思った瞬間、背後に気配を感じた。

「おい、鳥谷」

振り返ると、
そこには隣の高校の制服を着た
五人の男が立っていた。
さっきの不良たちが呼んだのだろう。

「さっきはよくもやってくれたな」

リーダー格の男が、ポケットから何かを取り出す。

鈍く光るナイフ。

修は身構えたが、既に遅かった。
横と後ろからも男たちが迫る。

「お前、学校でも一匹狼の不良だって有名だよな。
誰も助けに来ねえよ」

その言葉と共に、鋭い痛みが脇腹を貫いた。

「がっ……」

二度、三度。

修の視界が揺らぐ。
アスファルトに膝をつき、そのまま横倒しになる。

薄れゆく意識の中で、修は考えた。

誰も俺のことを分かってくれなかった。
教師も、クラスメイトも、街の人も。
俺はただ、正しいことをしたかっただけなのに。

不良たちの足音が遠ざかる。

誰も助けに来ない。

暗闇が、修を包み込んだ。

---

## 第二章 新しい命

「確認しました。鳥谷修、十七歳。
死因は多発性刺創による失血死」

黒いスーツの男が、
路地裏で冷たくなった修の遺体を見下ろしていた。

「回収を」

「了解しました」

エイキュー警備保障。
L'sコーポレーション傘下の特殊部隊。
表向きは民間警備会社だが、
その実態は誰も知らない。

黒いバンが路地裏に滑り込み、
修の遺体は静かに運び込まれた。

---

「脳の記憶データ、抽出完了」

研究施設の地下。白衣の女性研究員が、
モニターに映し出される無数のデータを確認していた。

「生体ロボット『ブルー』の準備は?」

「完了しています。擬態プログラム、起動可能です」

カプセルの中で、
人間と見分けのつかない姿をした
生体ロボットが静かに眠っている。

「それでは、鳥谷修の外見データ、
記憶データを転送。起動シーケンスを開始」

カプセルが淡い光に包まれる。

ブルーの体が、徐々に変化していく。
髪の色、顔の輪郭、身長、体型。
すべてが鳥谷修そのものになっていく。

そして——目が開いた。

「こ、ここは……?」

修——いや、修の記憶を持つブルーが、
カプセルから起き上がる。

「落ち着いて、鳥谷修くん。
あなたは死にかけていたところを、私たちが救ったの」

女性研究員が優しく声をかける。

「死にかけて……? そうだ、俺は刺されて……」

「あなたの体は深刻なダメージを受けていた。
だから、特殊な医療技術で再生したの。
今のあなたは、以前より強く、
そして特別な力を持っている」

ブルーは自分の手を見つめる。
見た目は完全に鳥谷修だ。
記憶も、感情も、すべてが修そのものだ。

「何が……目的なんだ?」

「あなたには、これからも
正義のために戦ってもらいたいの。
今度は、もっと効果的に、
もっと多くの人を救えるように」

ブルーは——修は——しばらく黙考した後、
静かに頷いた。

「分かった。でも、一つだけ条件がある」

「何?」

「俺は、俺の意志で動く。命令には従わない」

女性研究員は微笑んだ。

「それで構わないわ。あなたは自由よ、鳥谷修くん」

---

## 第三章 日常への帰還

翌朝、
修は何事もなかったかのように学校へ向かった。

「おはよう」

いつも通り無愛想に挨拶するが、誰も返事をしない。
クラスメイトたちは修を見ると、わざと視線を逸らす。

「また修、サボるんじゃないの?」

誰かの囁きが聞こえる。

修は——ブルーは——自分の席に座り、窓の外を見た。

以前の修の記憶がある。孤独だった。
理解されなかった。
でも、それでも正しいことをしようとしていた。

その想いは、今も変わらない。

いや、今はもっと強くなれる。

放課後、修はいつものように街を見回る。
だが今は違う。
強化された聴覚で、
遠くの悲鳴を聞き取ることができる。
強化された脚力で、
一瞬で現場に駆けつけることができる。

「助けて!」

公園の向こうで、女性の声。

修の姿が、一瞬でその場から消える。

---

「大丈夫ですか」

気がつくと、引ったくりの男は地面に倒れ、
修が女性にバッグを返していた。

「あ、ありがとう……ございます」

女性は驚きながらも、お礼を言う。

修は小さく頷き、その場を立ち去ろうとする。

「あの! お名前は!?」

「……鳥谷です」

修は振り返らずに答えた。

学校では不良。街では一匹狼。

でも、それでいい。

俺は俺のやり方で、この街を守る。

たとえこの体が人工のものでも、
この想いだけは本物だから。

修の姿が、夕暮れの街に溶けていく。

新しい命を得た影の英雄の、新たな戦いが始まった。

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**【終】**

第八弾、第九弾と続いた

小型人型ロボット「ミュルミドン」の

活躍を描いた作品です

今作で「ミュルミドン」の出自が明らかになりました

 

 

# 小さな守護者

アメリカ合衆国ワイオミング州ファーソン。
人口わずか200人に満たないこの片田舎に、
突如として現れた企業がある。
L'sコーポレーション。
設立からわずか三年で、次世代バッテリー、
量子通信デバイス、ナノマテリアル
——誰も追随できない革新技術を
次々と市場に送り出し、
産業界に衝撃を与え続けていた。

「また失敗か」

国防情報局(DIA)ワシントン本部の会議室で、
作戦主任のトーマス・ウェバーは
苦々しく報告書を閉じた。
L'sコーポレーションへの秘密裏の諜報活動は、
三ヶ月間で七回試みられ、
七回とも失敗に終わっている。
社員への接触は不自然なタイミングで妨害され、
ハッキングは痕跡すら残さず遮断され、
物理的な侵入に至っては、
どういうわけか毎回、重要な瞬間に機材が故障した。

「オリビア・ランディを投入する」

会議室に緊張が走った。
オリビア・ランディ。
DIAが誇る最高の諜報員。
七つの言語を操り、心理戦のエキスパートで、
これまで不可能と言われた作戦を
十二回成功させてきた伝説的存在だ。

「単独では危険すぎる。
特殊作戦部隊から誰か付けろ」

「ジョン・リースはどうです? 
元デルタフォース、潜入工作の実績も十分」

一週間後、オリビアとジョンは
ファーソン郊外のモーテルで初めて顔を合わせた。

「作戦はシンプルよ」
オリビアは地図を広げながら言った。

「私が取引先企業の代表として接触。
あなたは地元の作業員として潜り込む。
内部から情報を——」

「待て」
ジョンが手を上げた。
「その『シンプル』な作戦が、
これまで七回失敗してるんだろ?」

「だから私たちが来たのよ」

翌日から作戦は始まった。
だが、またしても奇妙な失敗が続く。

オリビアがCEOとの面会を取り付けた当日、
予約記録が「システムエラー」で消失した。
ジョンが採用面接に向かうと、
彼の経歴書が「誤って」
シュレッダーにかけられていた。
夜間、建物に侵入しようとすれば、
偶然を装った警備員が現れる。
盗聴器を仕掛けようとすれば、
機器が理由もなく作動しなくなる。

「何かがおかしい」
三週間後、ジョンは苛立ちを隠さなかった。
「まるで、俺たちの動きがすべて筒抜けだ」

「でも盗聴されている形跡はない。
尾行もなし。一体どうやって——」

彼らは気づいていなかった。
その瞬間も、モーテルの部屋の天井の隅に、
全高わずか3センチメートルの人型ロボットが
静かに佇んでいることに。

ミュルミドン。
L'sコーポレーションが極秘裏に開発した
自律型マイクロドローン。
人間を模した精巧な人型で、
背部には折りたたみ式の透明な羽を持つ。
この羽を展開すれば、風を捉えて
数十キロメートルもの距離を音もなく滑空できる。
昆虫ほどの大きさながら高度なAIを搭載し、
建物の隙間や通気口を自在に移動する。
社員でさえ、上層部以外はその存在を知らない。

数百体のミュルミドンが、
ファーソンの街全体に配備されていた。
オリビアとジョンの会話、行動、計画
——すべてがリアルタイムで
L'sコーポレーション本社の中枢システムに報告され、
彼らの動きは常に一手先を読まれていた。

「もう一度だけやる」
オリビアは決意を固めた。
「今夜、研究棟に侵入する。警備の隙を突いて——」

だがその夜も、侵入は失敗した。
ジョンが無線で合図を送ろうとした瞬間、
通信機器が突然故障。
オリビアがセキュリティドアを
ハッキングしようとすれば、
システムが予期せぬロックダウンを開始した。

二人は撤退を余儀なくされた。

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それから三日後の夜。
ジョンが一人でモーテルの外を歩いていると、
背後から声がした。

「ジョン・リース。少し話がしたい」

振り返ると、
そこには見覚えのない若い男が立っていた。
20代前半に見える。
だが、その目には年齢にそぐわない深みがあった。

「誰だ」ジョンは警戒を緩めない。

「私の名はフレデリック・D・マクミラン。
L'sコーポレーションの会長だ」

ジョンの手が、本能的に腰の銃に伸びかけた。
だが男は微動だにせず、ただ穏やかに微笑んでいる。

「落ち着きたまえ。危害を加えるつもりはない。
むしろ、君に提案がある」

「提案?」

「君は優秀だ。三週間、よく頑張った。
君たちの作戦は、率直に言えば、完璧に近かった。
それでも失敗したのは、
君たちが相手にしているものの
本質を理解していないからだ」

「何が言いたい」

フレデリックは夜空を見上げた。
「この世界は変わろうとしている。
技術が、人間の想像を超える速度で進化している。
君たちの政府は、それを恐れている。
だが、恐れるべきは技術ではない。
技術をどう使うかだ」

「お前は何者だ。
本当に20代なのか? 経歴は? どこで学んだ?」

「それは重要ではない」
フレデリックは静かに首を振った。
「重要なのは、
私が何を成そうとしているか、だ」

「それは何だ?」

「世界を、より良い場所にすること」

ジョンは笑った。
「陳腐だな」

「陳腐でも、真実だ」
フレデリックは真剣な目でジョンを見た。
「君のような人材が必要だ、ジョン。
君の能力、経験、判断力
——それらは、私たちの目的にとって貴重だ。
L'sコーポレーションに来ないか?」

「断る。俺には任務がある」

「任務?」
フレデリックは静かに笑った。
「君の任務は、すでに失敗している。
そして、これからも失敗し続けるだろう。
なぜなら、
君たちは見えない敵と戦っているからだ」

「見えない敵?」

フレデリックは答えなかった。
ただ、夜風に吹かれながら、
もう一度だけ言った。

「考えておいてくれ。いつでも歓迎する」

そして、まるで影のように、男は闇に消えた。

ジョンは立ち尽くしていた。
心臓が激しく鼓動している。
あの男は何者なのか。
L'sコーポレーションの本当の目的は何なのか。
そして——自分は、本当に
このまま任務を続けるべきなのか。

モーテルの部屋に戻ると、
オリビアが険しい顔で待っていた。

「どこに行ってたの?」

ジョンは迷った。だが、結局こう言った。

「少し、考え事をしてた」

その夜、ジョンは眠れなかった。
窓の外、ファーソンの小さな街灯が、
静かに夜を照らしていた。

そして誰も気づかない。
窓枠の隅で、小さなミュルミドンが、
赤い光を瞬かせながら、すべてを記録していることに。
やがてそれは背部の羽を静かに展開すると、
夜風に乗って窓の隙間から外へと滑空していった。
遠く、L'sコーポレーションの本社ビルへ向かって。



 

 

第十一弾と第十二弾の

その後のようなお話を思いついたので

AIに書いて貰いました

 

 

 

# 初恋の残像

商店街のアーケードを抜ける風が、
秋の気配を運んでいた。

数多瞬は買い物袋を片手に、ゆっくりと歩いていた。
六十五歳。かつてサーキットで名を馳せた
レーシングドライバーも、
今では週末の買い物を楽しむ普通の老人だ。
引退して十年。
華やかだった現役時代の記憶は、
色褪せたトロフィーと共に書斎に眠っている。

「あっ」

前方で、小さな悲鳴が聞こえた。

中年の女性が買い物袋を落とし、
転がった野菜を追いかけようとして
バランスを崩している。
瞬は反射的に駆け寄り、
散らばった荷物を拾い集めた。

「大丈夫ですか」

「すみません、ありがとうございます」

顔を上げた女性と目が合った瞬間、
瞬の心臓が大きく跳ねた。

白髪混じりの髪。深く刻まれた目尻の皺。
年齢を重ねた肌。
それでも、その瞳の奥に宿る優しさ、
少し困ったように微笑む口元

——すべてが、四十年以上前の記憶と重なった。

「千代子さん」

呼びかけた自分の声が震えていた。

女性——山口千代子は、目を見開いて瞬を見つめた。
数秒の沈黙の後、彼女の目に驚きが浮かんだ。

「数多くん?」

「ああ」

二人は、商店街の片隅のベンチに腰を下ろした。

「変わったわね、数多くん。
いえ、変わってないというべきかしら」

千代子は遠慮がちに笑った。
瞬は、彼女のその仕草が高校時代と
同じだと気づいて、胸が締めつけられた。

「千代子さんこそ。元気そうで良かった」

「元気なんて、とんでもない」

千代子は自嘲的に首を振った。

「三度目の離婚をして、もう独りよ。
子供たちも家を出て、それぞれの人生を歩んでる。
私は……ただ、毎日をやり過ごしているだけ」

瞬は黙って聞いていた。

「数多くんは結婚したの? 
レーシングドライバーとして成功して、
きっと素敵な奥さんがいるんでしょう?」

「いや、独身だ」

千代子が驚いたように顔を上げた。

「どうして? あんなに人気があったのに」

瞬は苦笑した。どう説明すればいいのか。
サーキットを走る日々、勝利の興奮、
スポンサーとの交渉、取材

——そのすべてを通じて、ずっと心の片隅にいたのは、
高校の教室で横顔を見ていた少女の姿だった。

「昔から、ずっと好きだった人がいてね」

千代子が不思議そうに瞬を見た。

「告白したけど、振られた。

でも、その思いは消えなかった」

千代子の顔色が変わった。

「まさか……」

「ああ」
瞬は静かに頷いた。
「君だよ、千代子さん」

千代子は息を呑んだ。震える手で口元を覆う。

「覚えてる? 卒業式の日、校舎の裏で。
僕、君に告白した」

「覚えてる……」

かすれた声だった。

「ごめんなさい、って。そう言って、私……」

「逃げるように去って行ったね」
瞬は穏やかに微笑んだ。
「あの時は辛かったよ。
でも不思議なことに、その思いは消えなかった。
むしろ、その痛みが僕を前に
進ませてくれたような気がするんだ」

千代子は黙ってうつむいた。

「私ね、あの時……」

静かな声だった。

「近所のお兄ちゃんが好きだったの。
子供の頃からずっと憧れていて、
その人しか見えなくて」

涙が頬を伝った。

「数多くんが告白してくれた時、
正直に言えば良かったのに。
でも言えなくて、ただ『ごめんなさい』って……」

千代子は震える声で続けた。

「でも、その人とは結ばれなかった。
彼は別の人と結婚して。
私は……その後、焦るように誰かと付き合って、
結婚して、失敗して。
何度も何度も同じ過ちを繰り返した」

千代子は瞬を見つめた。

「あの時、数多くんの気持ちに
ちゃんと向き合っていれば。
他の誰かの影を追いかけるんじゃなくて、
目の前にいてくれた人を見ていれば
……人生は変わっていたのかもしれない」

「千代子さん」

瞬の声が千代子の言葉を遮った。

「過去は変えられない。
でも、今ならまだ間に合う」

千代子が顔を上げた。目が潤んでいる。

「でも、見てよ。こんなに老けて、皺だらけで。
三度も結婚に失敗して、もう何もない女なのよ。
あの頃の私はもういない。

数多くんを振った、あの臆病な女の成れの果てなのよ」

「関係ない」

瞬は千代子の手を取った。冷たく、小さな手。

「僕は、あの時も今も、
山口千代子という人が好きなんだ。
君に振られても、その気持ちは変わらなかった。
容姿じゃない。年齢じゃない。
君の優しさ、君の笑顔、君のすべてが、
ずっと好きだった」

千代子の目から、涙が一筋こぼれた。

「でも……あの時、振ったのに」

「あの時は、君の答えだった。
今なら、違う答えがあるかもしれない」

瞬は深呼吸をした。
六十年以上生きてきて、
サーキットで命を賭けて走ってきて、
それでもこの瞬間が一番緊張していた。

「もう一度だけ、聞かせてほしい。
好きです、千代子さん。
高校の時からずっと、君を愛してる」

商店街の雑踏が、遠くに聞こえる。

千代子は震える手で涙を拭い、瞬を見つめた。
その目に何が映っているのか、瞬には分からない。

拒絶かもしれない。困惑かもしれない。

それでも、もういいと思った。

四十年間胸に秘めてきた想いを、
ようやく伝えられた。

千代子の唇が、ゆっくりと開きかけた——。

秋風が、二人の間を吹き抜けていった。

**(終)**