ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにするな
みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを
友人のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを
暮らしのせいにするな
そもそもがひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
茨木のり子 『自分の感受性くらい』 花神社(1977)
◆全ての責任は自分に、
最後の ”ばかものよ” がとても印象的に思えます。
もしかすると抵抗を感じる方もいるかもしれませんね、、、
このことも含めご案内させて頂ければと思います。
「自分自身に関する責任は全て自分自身にある」
これはカウンセリングを進めていく上でとても重要な概念です。
自分自身の人生の主役は常に自分自身。
他人にあなたの人生を取って代わることはできません。
何をするにしても
自分自身が中心に物事が変化します。
常に自分の事は自分で動かしています。
ですから、
■あなた自身の感情の変化
■あなた自身の思考の構築
■あなた自身の行動の選択
実際に、れらは全てはあなた自身の意思によるものです。
意図的か無意識かは曖昧でも
結局のところ
あなたを動かしているのはあなた自身による自由意志
だからこそ自分で自分を守る責任が生じるのです。
彼女のこの詩にはそんな力強さの勢いを感じます。
この詩を読むと
心理カウンセラーの立場からも
身の引き締まる思いです。
◆茨木のり子の生き抜いた時代
彼女のこの力強さはどこから来るのか?
なぜ、茨木のり子はここまで
”ばかものよ” と言い切ることができたのでしょう。
その訳は彼女の生い立ちに触れると理解を促せそうです。
1926年に生まれた彼女にとっては青春時代が第二次世界大戦の真っ只中、
怒涛の時代で育ってきた彼女にとって大きな変化を虐げられたことでしょう。
今までの軍国主義が打ち砕かれ、
新たな民主政へと大きく変化した
そんな怒涛の時代の変化
自分の感受性を保つことは何よりも重要だったのかもしれません。
時代のせいには出来ず、
国のせいにも出来ず、
他人のせいにも出来ず、
ただただ
移り行く時代の変化に自信を適用せざるを得なかったのではないでしょうか。
◆わたしが一番きれいだったとき
そんな彼女の青春時代がどのようなものなのか、
それを記した詩として
「わたしが一番きれいだったとき」が代表的です。
彼女の作品の中で最も有名な詩の一つで
多くの教科書にも掲載されています。
この詩を読むと、彼女の生き抜いた青春時代が反映されているような気がします。
より“茨木のり子”と言う人物を理解することができると思います。
を深く理解する意味でこちらの詩も読んで頂けたら幸いです。
◆わたしが一番きれいだったとき
わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で海で名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった
わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた
できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
ね
他人の言葉にはリスペクト
いつもになく真面目にお送りしました
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ハートウッド心理カウンセリング では
もっと真面目です。
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毎週金曜日にブログを更新しています。
来週も是非またお立ち寄りください。
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