溜まった乳酸を癒すような練習が始まり、いよいよ大会前が目の前まで迫ってってきていることを実感していた。


私はこのプールであと何回泳げることやら、そんなことをふと考える余裕が出てきていた。


いよいよ大会まであと2日。基本メニューの後はリレーの引継ぎの練習を入念に行ったりしていた。


私はこの日、リレーメンバーで揃えたキャップと水着を着用した。


男女とも黄色のキャップで統一し、オプションでサイドに学校の名前とハートマークを入れた。


ハートマークは日の丸風で、白地に赤のハートを入れた。そして少々高くつくが記念ということもあり各々が、白地の余白に好きな文字を黒字でいれることにした。


男子陣は最後の大会だというのに相変わらず下品で、淳はPlayBoy、貴司はCityBoy、テツはCerryBoy、陽介はShyBoyと入れた。


女子は私がJoy、綾がMelody、マリーンがBunny、杏がHappyと入れて、綺麗にまとめた。


淳のPlayBoyはそのままなので笑ってしまったが、最近その淳が私や綾によくアドバイスをくれるよになった。


個人的には凄く嬉しいことで、家に帰ってから、それを思い出してはニヤけてしまう程だ。


おかげで気づいたら寝ていた等ということもしばしばあり、起きて再びゴロゴロしながら彼のことを考えたりする時間が私服の時である。


もうこんな日々がもう少しで終わってしまうなんて、考えたくもないことだ。練習に行けば彼に会えて、何か話せるなら、毎日練習があってもいいし、辛く苦しい練習にも耐えられる・・・なんて今更ながら馬鹿なことを考えていたりする。


大会ではいい泳ぎを淳に見てもらえるように頑張るつもりだ。


ただし、私だけというだけではなく、最近女子陣に淳が優しいのだ。


今日は帰り際に杏が淳に漫画を貸していた。少女漫画だ。博学な淳なら何でも興味を示すのかもしれないが、ちょっと妬いている自分がいたりする。私ももっと繋がりたいし、もっとお喋りしたいのに、なんて。


一番変わったのはマリーンと淳だった。

マリーンが唯一、あまり甘えたりジャレたりしない相手が淳だった。普段クールすぎて近づき難いオーラを出している為であろう。基本的には後輩のことは貴司やテツにまかせて、ほとんど面倒をみることがなかった淳だったが、コミュニケーションを頻繁にとるようになっていた。


私は淳チェックを頻繁に行っているが、新しい彼女ができたとか、浮いた話は最近聞いていない。


他愛もないことだが、変わった点でいえば、

以前はTMCと書かれた綺麗で格好良いバックを愛用していたが、

今は違うスポーツバッグを持ってきているとういことぐらいだ。


顧問もいないし、夏休みということで皆私服で登校しているのだが、最近めっきり淳と同じ色の服を着るようになってきた。


まるで超能力が使えるかのごとく的中するのだ。


外れた日は嫌われたのではないかと、付き合ってもいないのにすごく凹むのだが。


帰り道で、先に帰ったマリーンがビル前のエントランスで数人と踊っていた。練習後だというのに元気な子である。


杏はそれを見つけると手を振った。


マリーンが気づくまで手を振っていた。

野見山はCANDYの話を淳から持ちかけられた時のことを思い返していた。

陽介が言っていた通り、淳がSCREAMを脱退してまでCANDYを始めようとした理由が野見山にもよく理解できていなかった。

野見山はある言葉に引っかかっていた。


『野見山、チームやってみないか。俺とお前で。』


『お前と?』


『ああ、俺とお前が組めば、全部ひっくり返るぜ。』


『ほう。』


『本気なんだ。やってみたい。もうオッサンにペコペコする必要はなくなるぜ。』


『それはお前の都合だ。俺はペコペコしねぇ。』


『野見山、お前と組んでみたいと思った。これは本当なんだ。お前となら最強のチームがつくれる気がするんだ。』


『最強か・・・』


『想像してみろ。誰にも舐められないチームができる。』


『俺も、お前のことは認めるよ。ただよ・・・』


『なんだよ。こんなに格好いいチーム他に無いぜ、野見山。一発ブチかまそうそうぜ、一緒に。たまには一緒に何かするのもいいだろ?きっと楽しいぜ。興奮の毎日だ。』


『SCREAMは?』


『すぐに俺らが潰す。あっという間にな。立ち上げと同時にだ。名前は決めた。CANDYだ。お前にトップに立ってもらいたい。最強のシンボルとして。こんなチーム潰せる奴がいうと思うか?』


『確かにな。た、楽しそうかな。ところでCANDYって飴か?』


『飴だ。誰もが舐めたがらないな。』


『ははっ。変な名前だな。面白れぇや。』


『やってくれるか?』


『まぁ、うん。』


『SCREAMから、あと斉木、ゴーストから陽介と田口とかも呼ぼうと思っている。』


『聞いたことある名前だな。ゴーストの三浦だろ。そこそこ強いらしいな。』


『ああ。なかなかやるよ。そんなに、しっかりしたもんでもないが団体行動はOKか?』


『わからん。たぶんOKだ。大丈夫だろ。』


『決まりだ。あと少し待ってくれ。脱退して集まる。』


『わかった。なんか面白そうだな。』


『だろ?無敵に近い。ある種潰れるとしたら、アポトーシスがあって・・・って感じだろ。』


『よく分からんが、とにかく速攻でNo1になろう。ところでお前、トオルと何かあったのか?』


『いや、別に。もう、面白くないんだ、あそこは。興奮しねぇ。それだけだ。』


『ほおぅ。とりあえず、待つぜ。ま、本気ならまた連絡くれ。』


『もちろん。じゃあな。』


『おう。』



『なぁ、すまん起きてるか? アポトーシスって知ってるか?』


『えっ?アポ・・・、うん。確か本で読んだことあるような。細胞が死を自ら選ぶってことだったと思うけど。』


『何の本だ?』


『確か、雑誌だったと思うんだけど。研究系の。』


『あぁ、まさか、トオルのか?』


『多分ね。本を受け取って、ちょっと読んだことあった気がしたな。雑誌にしては凄い値段したから憶えてるわ。』


『詳しく教えてくれ。』


『アポトーシスってギリシャ語で、木の葉が落ちるっていう意味らしいよ。ちょうど今ぐらいの季節だね。秋から冬って感じの。生命体にあらかじめプログラムされている細胞死のことらしくて、決まった時期になると自然とある細胞が自殺を選ぶことなの。積極的に死んでいくっていうポジティブな意味らしいんだけど。』


『細胞が死を選ぶのか?』


『あたかも意思を持ったかのように、死がプログラムされているらいいよ。』


『何のために?』


『生命体、全体のことを考えて、自分は死ぬべきだと・・・積極的に死を選ぼうと思うときが来る運命にあるんだろうね。そうプログラムされているらしいの。決まった時期に決まった場所で死ぬことが。この働きでほとんどの腫瘍の成長は未然に防がれているらいいよ。』


『生きていく上で必要な死ということか。』


『プログラムされた死ね。』


『生かされているんだなぁ。』


『ねぇ。でもアポトーシスはいい意味で使われることが多いわ。生命体、その全体の繁栄に貢献するということで。芋虫から蝶に変わるときもアポトーシスが大きく作用するし、おたまじゃくしからカエルに変わるときもそうらしいわ。』


『アポトーシスが起きないと?』


『そんなアポトーシス機構を持たない細胞はそれこそ、ガン細胞ができても、死なずに成長し続けることになるわ・・・、ってまさか、アナタ自分がCANDYってチームのガンだと思ってない?考えすぎよ。』


『淳は確かに言ったぜ。潰れるならアポトーシスだって。』


『アポトーシスでは潰れないわ。次のステージに進むって意味じゃない?』


『CANDYって組織全体が次のステージに行くってことだろう。要は・・・俺は・・・俺が死んでさ・・・、俺の今の姿は、あたかも必然で、始めからこうなることが分かっていたってのかい?』


『考えすぎよ。淳くんだって今、怪我してるんでしょ。お互い様よ。誰がガンだってことでもないわ。』


キャンディーを産んだのは誰なんだ?野見山は考えていた。自分でないことはハッキリしていた。

普通に考えれば淳だ。野見山をトップに担いだのも淳だった。淳がキャンディー繁栄プランをプログラムしたのか?

もっと純粋な気持ちだったはずだと野見山は思いたかった。淳のCANDY立ち上げの深い理由を聞いておくべきであったと後悔した。それでも野見山は淳を信じた。また、例え信じれなくても、やってしまった事は変わらないことだけは分かっていた。


店内で冬の匂いを感じた。皮肉にも外では木の葉が舞っていそうな強い風が吹いていた。


もし、淳を踊らせることができる奴がいるとすればトオルだ。CANDYはなんだかんだトオルが仕向けたものだったのか。野見山は考え込んでいた。全く答えが出ずにいた。


『ちくしょう。一番強いのは俺だぜ。 淳、CANDYは最強だよな?答えてくれ!』


そう心で叫んだが、実際自分が置かれている状況を考えると不安の波が押し寄せて来て、体が震えた。

野見山は僅かではあるが、恐怖心を抱き始めていた。


逃げて、逃げて、その先に何があるっていうのか。


野見山は光恵の手を握った。


幸せにします、僕はその為に生きよう。


逃げてに、逃げて、逃げまくろう。


俺はこの戦いにも勝ち、勝利者となる。


胸を張って逃げようじゃないか。


今、僕はそう思ってます。



『ごめんね。こんな時、お腹すくなんて変だよね。』


『まぁ変態だからな。うそうそ、いっぱい食べる人の方が俺は好きだよ。』


店のオヤジさんは出来たものからカウンターに出してくれた。漬物と肝の吸い物を2つづ並べた後に

うな重が出された。


『いただきます。』

既に食べ始めていたが、改めて光恵がそう言うと、野見山も小さな声でそう言った。

2人は黙々と食べた。オヤジさんはサラダの準備をしつつ2人の食べっぷりを時折見ていた。

すぐにサラダを出すと、カウンターを出て店のシャッターを閉め始めた。野見山はチラリと後ろを振り返ったがオヤジさんは表情一つ変えず、淡々と作業していただけであった。しばらくすると店内は2人きりになった。


『はい、お口あけて。 だめ、あーんして。』


『はい。』


『ちゃんと噛んでね。あっ虫歯無いんだ、偉いのねぇ。』


『ガキ扱いすんなや。』


野見山はドキドキしながらも、オヤジさんが何処へ行ったかが気になっていた。誘惑に負けて野見山はウナギを箸でつまみ、無言で光恵に食べさせた。光恵はにっこり笑いながらはしゃいでいた。


『お箸、綺麗に持つのね。あっ、こう持つ方が楽よ。』


『ほう。始めて知った。』


光恵の唇を見ながらそう言った。彼女に酔っていた。野見山は、シャッターが風で揺れた音で理性を取り戻した。


『おっと溺れるところだったぜ。』


わざわざそう言って、席を立った。袖の中で拳銃を握りながら奥の厨房に入ると、オヤジさんは冷蔵庫をいじっていた。


『デザート柿でいいかな?それとも、もう帰るかい?』


『い、いただきます。』


『アンタその制服さ・・・。』


『いや、ちょっと』


『・・・明日、朝イチで出るのか?』


『・・・』




『結構前だが、うちの息子が殴られた。あっちのビルの上でな。』


『すみません。』


『重症だった。まぁ、息子も息子で馬鹿やって、毎日変なとこ出入りしてたんだがね。子供の喧嘩ごときと思うかもしれないが、親としては憎んだよ、やっぱりね・・・。アンタ、野見山君だろ?』


『はい。』


『それ以来、息子は、変わっていったよ。』


『・・・』


『アンタに助けられた以来ね。口をきこうと思ってもアンタには話しかけずらいらしい。感謝しているようだ。たまにアンタの目撃情報を俺に話してきてさ、その度にアンタの武勇伝を聞かされたよ。どこまで本当かは知らんがね・・・とりあえず、朝6時にはカミさんが起きて店の方に出入りしだすから、その前には出てってくれ。』


『いいんですか。』


『今日だけだ。後のことは知らんぞ。後で俺の前に風呂に入っとけ。どうせ、ろくな生活できないだろ。』


『すみません。』


『あの子は彼女か?』


『はい。』


『綺麗な子だな・・・大事にしろよ。これ、あの子に剥いてやりな。できるか?』


オヤジさんは手本を見せてくれた。


『ゆっくりでいいから、手切るなよ。』


野見山は柿とお皿を持ってカウンターに戻った。


『柿?』


『おう、オヤジさんからだ。』


野見山はナイフを持って、慣れない手つきで剥き始めた。手元をあまり見られないように会話を始めた。


『朝まで、ここにいて大丈夫だってよ。オヤジさんの息子と前にちょっとあって、それで今日だけならってことでさ。6時前には出てけって。』


『本当に?』


『ああ。あとで風呂に入りに来いって。』


『えっお風呂まで?』


『朝イチで出よう。始発でさ。』


『うん。 あっ、なかなかヤルわね。私も得意よ。はいっ。』


光恵は柿をナイフを受け取ると、綺麗に剥いてみせた。


『滑らかだな。』


『でしょ?これだけは得意なんだ。って自慢にもなんないか。』


4つに切り分けると、野見山の口に入れた。


『美味しい?』


『おいちい。』




オヤジさんが顔だけ出して、野見山に2階を指差した。


『風呂の準備してくれたみたいだな。行ってきな。』


途中まで野見山はついて行き、2階へ上がった。


『本当にすみません、お風呂まで。』


『いえ、ゆっくりしなさい。お湯熱いかもしれないけど、そしたら水足してね。』


光恵は洗面所の方へ入って行った。


『おい、荷物つくれよ。着替えとか、大体の物はこれに入れた。彼女の着替えはないけどな。』


『え?』


『え、じゃないよ。そんな格好して。お前が彼女守るんだぞ。しっかり準備しろ。とりあえず、必要なものをリストアップしろ。』


『はい。』


オヤジさんから古びたスポーツバッグを受け取った。後で買えばいいと思っていた物も、オヤジさんは詰め込んでくれた。野見山が風呂から出るまでを見届けると、ソファから立ち上がり、下へ行くように命じた。

オヤジさんは最後になにか言いたげだったが、うまく言葉にできなかったように口元をモゾモゾさせていた。


『じゃあ、後は頼んだぞ。下、電気消してくれな。できれば早めに出てくれな。何かあったら俺を起こせ。』


『わかりました。ありがとうございました。』


『おい、脱いだ制服は、道に捨てるなよ。ちゃんとしたとこに捨てるか、しっかり焼きな。』


『はい。すみません、いろいろ。』


2人は下に戻った。


『ようやく一日が終わるな。そして朝が待ちどうしい。少し寝なよ。俺も一人で考えたいことがあるし。』


『考えたいこと?』


『整理したり、色々。アンタもしたいだろ?』


『そうね。確かに。』


『寝てたら起こすよ。ゆっくりしな。』


『はい。』


野見山は電気を消した。考えたいことは沢山あったが一気に睡魔が襲ってきた。

始発までがものすごく長く感じた。

耳に突き刺さるようなサイレンの爆音が鳴り響いている。


『ここは病院前だぜ。デリカシーのねぇ奴らだ。必死だな。』


エントランスを出て、植木の間を潜り抜けた。


『淳君のとこ行かなくていいの?』


『淳とはいずれ会える。そう思う。だから大丈夫だ。地元だから安心しろ、ついて来いよ。』


野見山と光恵はトラックを捨てて、逃走した。病院の敷地を出て、いつものごとく慣れたように逃げた。

暗い闇を2人は走った。その姿を街灯が定期的に照らした。時折、光恵の様子を見ながら、野見山は手を握り、影を揺らした。2人は絡まりながら踊るようにして走り過ぎていった。光恵の表情は柔らかく、笑みを浮かべているようでもあった。


『もうちょっとだけ我慢してくれ。』


『OK。ぜんぜん大丈夫だから。』


左折し、少し入った所で5階建てビルの非常階段を登りはじめた。足音を立てぬようにしながらも、素早く駆け上がった。5階まで到着すると、階段の手すりに上り、両手を壁に這わせた。つま先立ちになると中指の先端が屋上の縁に届く距離であった。野見山はそのやり方を光恵に見せて、先に上らせようとした。


『手届くか?無理か?』


『もうちょっとなんだけど・・・。』


『よし。そのまま手を上にあげたままでいろよ。』


大通りを第二陣と思われるパトカーが通過している。サイレンの音に掻き消されながらも、野見山は光恵の両太ももを持ちながらアドバイスした。


『1、2の3でジャンプしろよ、同時に持ち上げるから。ジャンプすれば必ず届くから。手がついたら、力でのぼれよ。下には俺がいるから大丈夫だ。駄目でもキャッチできる。』


『うん。思い切って跳ぶね。』


光恵は跳び付き、野見山が下から体を押した。光恵が屋上に上がると、すぐに野見山は上がってきた。


『まぁ、なんだかんだいつもここだな。俺、なんかここ好きなんだよな。』


淳と出会った場所だった。パトカーが連なって走り去って行く。2人は身を屈めて、大通りの様子を眺めていた。


『ここでしょ? 皆と出合った場所って。また皆と踊れるといいね。』


『ああ。』


『見て!すごく綺麗ね、あっちの方。なんかデンジャラス。』


『どこがだよ。俺は、見慣れたなぁ。うーん、どっか遠く行こうか?北海道とか』


『嘘? 私、北海道出身なんだけど。』


『うぉ! どこ?』


『函館。』


『函館かぁ。いいなぁ。』


『いいでしょ。 ねっ、ちょっと来て。』


パトカーが通り過ぎたのを確認すると、光恵は野見山の手をとった。


『踊ろうよ。』


『俺、踊り方知らないもん。』


『教えてあげるわ。』


野見山は光恵に身を預け、ゆっくりステップを踏みながら、しばらく踊った。


『ねぇ、行かない?』


『おう。行こう。是非とも。』


『嬉しいな、なんか。』


『何でだよ。』


『なんででも、です。 あぁ、お腹減ってきちゃった。』


2人は踊りをやめた。野見山はしばらく黙り、通りの様子をずっと観察していた。打って変わって通りは静まりかえっていた。


『あそこ行くか。確かまだやってるぜ。』


『うん、行く。』


2人は大通りを挟んで向かいの店に入った。


『まだ大丈夫かな?』


『あい、大丈夫ですよ。』


2人はカウンターに腰掛けた。


『うな重セット2つで。』


『はい、かしこまりました。』



『おいしそうね。』


『美味いよ。がっつりお食べ。』


『ねぇ、大丈夫かしら食べてて。』


『平気さ。腹が減っては戦はできんよ。』


トラックは病院へ向かった。淳は地元のすぐ近くの病院にいるらしい。

集中治療室に入っていたという連絡を受けていた。


『あいつ、部活とかやってんだぜ。水泳だっけか。ウケるよな。かなりサボリまくってるみたいだけど。』


『淳君?へーそうなんだ。でも似合うかも。』


『アンタは何かやってたのか?』


『私も中学のときはバスケやってた。高校は何もやってないけど。』


『バスケかぁ。高校ではやんなかったんだ?』


『うん。高校になったら、もっと外で遊んでみたかったし。』


『高校ってどんなところなんだ?中学と何が変わる?』


『そんなに変わらないよ。うーん、私は電車で通学したかったの。すごく楽しみでねぇ。バイトしてお金を持って外に出ればそれなりに自由でしょ?』


『楽しかったか?』


『やっぱ考えてる程、甘くなかったかも。やっぱ出席しなくちゃクビになっちゃうし。学校が終われば楽しかったわ。学校がお昼からなら、もっと学校が好きになってたかも。』


『確かに。学校は昼からにすべきだよな。』


『入学前はね、制服も可愛かったし、電車で音楽も聴けるし、雑誌も読めるし、何だってできると思ってたの。これからは超自由だと思ってたんだけど、実際に通学してみると朝のラッシュでそれどころじゃ無いって感じで。眠いし。急いでいてイライラしている人もいるし。イメージとちょっと違ったわ。』


『なるほどね。』


『そうなの。学校見学とかは、お昼ぐらいに行ったからラッシュとか無くて、こんな生活いいなぁって思ってたのにね。私、音楽も大きめの音で聴く方だから、電車が混んでるとなんか聴けなくて。』


『それは聴いていいと思うよ。』


『でもさぁ、一人で鼻息荒くなってたら嫌じゃない?』


『気にしすぎだよ。』


『だって周りの音、何も聞こえないんだもん。いいよ、どうせ小心だよだ。野見山君だってそのうち味わうよきっと。通過儀礼だね。』


『高校かぁ。行ってみたい気もするな。ま、どっちみち金無いし、行けないけどな。』


『そっか。でも中学も高校もあんま変わらないよ。新しく友達ができてHAPPYってぐらいで。』


『友達ねぇ。まぁ、それも面白そうだな。今は、夢が欲しいぜ。夢がさ。何かねぇかな。夢さえあればよぉ・・・。』


『あれば?』


『親孝行できねぇかなって思ってよ。』


『偉いのね。私はそんな事考えたことないわ。』


『俺、父親いないんだ。だから・・・、母親一人でさ。しかも俺、どうにか、一発金を作って、渡したいな。金銭感覚が狂って、逆に不幸にしちゃうくらい手渡したいなぁ。それなのに今の俺は、警察に追われてまた迷惑かけてさ。この際、縁を切った方がいいかもしれないな。指名手配犯の息子なんてよ、むこうだって御免だろうよ。アンタよぉ、こんなこと言って悪いかもしれないけど、家族の匂いがしないよな。両親は健在か?』


『うち? うーんと、うちもね離婚して、父親に連れてかれたんだけど、一昨年死んだわ。病気で。湿っぽくなっちゃったね、なんか・・・。よし、殺人を犯した指名手配犯が将来を語ってるのに、私が暗い顔してちゃ駄目だね。それにもう過去は変えられないわけだし、未来を考えようよ。明るい未来を。ね?とりあず、今ひっかかってるのはお母さんのことでしょ?私もできるだけサポートするわ。またお店に勤めればお金の援助だってできるし。』


『いいのかよ。』


『何言ってるのよ!アナタらしくない。仮に殺人で捕まっても、お母さんは私が守るわ。殺人を犯しても、野見山君の本質的な部分は何も変わってない事を何度でも説明するわよ。それに長い間、刑務所に入ることになったら、どうやったら中の生活を楽しくできるか、お互い考えましょ?』


『ああ・・・アンタ強いな。 あっもう着くぜ、病院に。』


トラックが駐車場に突っ込むように、勢い良く入った。


野見山は着信したメールを再び、読み返した。


『6階だ。』


2人はエレベータに乗り、6階へ向かった。


『全くどこがどこだか分からんな。集中治療室はどっちだ? とりあえず、右行ってみるか。』


静かな廊下を2人は無言で歩いた。幾つもの部屋が並んでおり、入院患者の名前が部屋のドアの脇に貼ってあった。とりあえず、貼ってある名前は全部チェックして回った。エレベータを降りて、真っ直ぐ見てきたが、淳の名前は見つからなかった。


『場所違うのか?っつーか病院間違えたか?とりあえず、609号室までは見たよな。』


メールには何号室とは書かれておらず、集中治療室とだけ書かれていた。

2人は左に曲がり、続けて部屋をチェックすることにした。

左に曲がってすぐの壁に蓮見徹様と書かれたプレートが入っていたのを野見山が見つけた。

野見山は瞬時にトオルであることを確信した。光恵がこのプレートを見てどう思うかが気がかりであった。


『えっ?トオル君と同じ名前なんだけど。』


『だな。見てくるよ。お前はここで待ってろ。』


野見山はトオルの部屋のドアノブを捻り、少しドアを開いて、体を押し込むようにして中に入った。

個室で中は暗かった。野見山はトオルの部屋であることの確認を深めた。入っていくとベッドにトオルは寝ていた。包帯だらけの姿で右頬を上にして、寝そべっていた。


『こんなとこにいたのかよ、トオル。テメーの寝顔見に来たわけじゃねーんだけどな。そんな趣味ねーし。』


拳銃をホルダーから取出し、顔に向けた。


『寝てろよ大将。』


野見山は拳銃を元に戻した。


『おせーよ野見山。テメーなら絶対くると思ってたぜ単細胞野郎。お約束のごとく現われたな。』


『うぐ・・・。』


トオルは暗闇の背後から現われた。野見山の拳銃をベッドに投げ、髪の毛を後ろに引っ張り、アゴが上がった所で直ぐに首を絞めた。


『泊から血相変えた連絡がきたぜ。やってくれたらしいね。あー腕痛て。お前に刺された腕が痛てえよ、野見山。淳にも会いにきたんだろ。案内してやろうか。お前馬鹿だから道分からないだろ?』


『おい、トオルその状態で俺に勝てると思うのか?』


ベッドの男は起き上がり、野見山に怯えながらも拳銃を隠した。トオルの兵隊だった。


『おい、あれ本物かよ。』


『さあな。お前に話すことはない。ウグ・・・』


トオルの手を解こうと、野見山は踏ん張った。刺した右腕を殴りつけた。トオルは冷静にナイフを首にあてた。


『おい、侘び入れろや、野見山。まずは土下座だ,馬鹿息子。 オヤジがニュースに出てたな。殺したんだって?そっくりだな、お前ら。ラブホの件と銀座の乱射はお前だろ。』


『さあな。』


『お前に連絡入れる仲間はいたか? ニュース見てれば、お前が人殺ししたことぐらい分かるだろ。お前と誰も関わりたくないんだよ。着信履歴すら残したくないんだろうな。哀れだぜ。よぉ、詫びて綺麗になれや。殺人の件は俺が金でなんとかしてやるよ。二度と歯向かいませんって土下座して謝れや。』


薄暗い部屋に光が入った。光恵がナイフをトオルに押し付けた。


『なんだお前。どの面下げて姿見せてんだよ、光恵。』


『ナイフを下ろしなさい。刺すわよ。』


光恵は刃先をさらにトオルに押し付けた。トオルはナイフを持った右手を下ろし、右肘で光恵の腹を強打した。光恵が嗚咽を漏らしながら、包丁を握り直し、突進した。


『刺すんじゃねぇ!』


野見山は叫んだ。普段小声でボソボソしゃべる野見山が初めて大きな声を出した。光恵は踏みとどまった。

トオルはナイフを蹴り落とすと光恵の首にナイフをあてた。


『この馬鹿女が。野見山悪いが刺すぜ。無性に腹が立っている。よって俺はしまいには本当に刺すでしょう。』


トオルの口調がおかしくなった。野見山に緊張が走った。


『刺さないでくれ。』


『どういうことですか?』


『頼む。』


『まさか、恋でもしましたか?野見山君。』


トオルが狂ったように笑った。


『頼む。』


『口の利き方も知らないのですか?』


『頼み・・・ます。』


『お前、恋したんだな。俺のお古に。笑いがとまらねぇな。』


野見山が下手に出ると、トオルの口調が少し戻った。野見山は手元に拳銃がないことを悔やんだ。手元にあれば撃ち殺したいと思っていた。だが、ここで撃てば、必ず淳に迷惑がかかることも同時に頭に浮かんでいた。光恵と出会い、野見山は少し変わっていっていた。


『放してやって下さい、その子を。そしたら謝ります。』


『駄目だ。俺とコイツの前で土下座しろ。』


野見山は膝を畳んだ。足首を床に付けて、頭を垂れた。トオルは足で頭を押さえつけた。


『言え!』


『二度と・・・歯向かいません。』


光恵は涙を見せずに野見山を直視していた。


『もういいでしょ。』


光恵は言った。


『何がもういいんだ? 人殺しが土下座して済むと思うか?』


トオルはナイフを下ろし、携帯でどこかに電話した。


『あっ、警察ですか?本日お世話になりました蓮見と申しますが、野見山が病院に現われました。至急お願いします。はい。』


トオルはゲラゲラ笑った。


野見山はすぐにトオルを殴りつけた。トオルが終わると兵隊から拳銃を奪い取った。


『テメエ、野見山。 詫びいれたんじゃねーのかよ。』


『トオル、俺はお前と二度と同じ土俵に立たないって意味だ。よく覚えておけ。次は撃ち殺す! いくぞ。』


光恵の手をひっぱり、勢い良く部屋を飛び出した。